仏道的に深掘りする視点

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展開ビュー トピックのレビュー: 仏道的に深掘りする視点

では、この巻全体を貫く仏道的に深掘りするための「一本の視点」を示します。
細部解説ではなく、読解の立脚点です。

仏道的に深掘りする核心視点

――「唯仏与仏」とは、理解の問題ではなく“立場の問題”である

① 冒頭一句がすでにすべてを言っている

| 仏法は、人の知るべきにはあらず。

ここで道元は、はっきり線を引きます。

・凡夫が知って理解する仏法 ❌
・二乗が到達して把握する仏法 ❌

だから続けて言う。

| 唯仏与仏、乃能究尽

これは
「仏しか分からない」という排他主義ではありません。
“仏であるという立場”でしか、仏法は現れない
という意味です。

② 悟りは「思っていた悟り」ではない

道元は、悟りについて極端なことを言います。

・悟る前に思っていた悟りではない
・悟ったあとも「悟った」とは思えない
・悟った理由も説明できない

これはなぜか。

理由は一つ

| 悟りは「到達点」ではなく、
| 立ち位置そのものが反転する出来事だから

③ 「悟りがなかった」と知る悟り

| まどひはなきものぞとも知るべし、
| さとりはなきことぞとも知るべし。

これは否定ではありません。

・迷いが消える → ❌
・悟りを得る → ❌
迷い・悟りという枠組み自体が、不要になる

これが「唯仏与仏」の視座です。

④ 不染汚=何も足さず、何も引かない身

| その面目は、不染汚なり。

不染汚とは、

・清らかである
・汚れていない

という道徳的意味ではありません。

道元の意味

・取らない
・捨てない
・向かわない
・逃げない
世界に対して“構えが起きていない”身

だから、

・春は春として
・秋は秋として

ただ現れる。

⑤ 「尽大地、自己の法身」の真意

これは最重要句です。

| 尽大地これ自己の法身なり

ここで言う「自己」は、

・心理的な私 ❌
・個人としての私 ❌
立場として現れている存在そのもの

しかし道元は、すぐにこう言います。

| いはぬ、いはぬ。

なぜか。

・言った瞬間に
・法身を“対象化”してしまうから

言えてはならず、言わねばならない
この緊張そのものが「唯仏与仏」。

⑥ 生死を超えるのではなく、生死の只中に立つ

| 死のなかにいけることあり、
| いけるなかに死せることあり。

これは形而上学ではありません。

・生の側に立つ ❌
・死の側に立つ ❌
生死という二項が成立する以前の立脚点

それが「仏の位置」です。

⑦ 現身度生=救う側/救われる側が消える

| 現身度生とは、度生現身にてありけるなり。

これは、

・私が誰かを救う
 ではありません。
現れている身そのものが、すでに“度”である

だから、

・現を見て度を疑わず
・度を見て現を探さない

⑧ 「莫管他」=反応しないということ

| 百千万境一時に来らん時、いかがすべき。
| 莫管他。

これは無関心ではありません。

・対処しない ❌
・無視する ❌
立場を動かさない

仏法は「対応力」ではなく
位置の問題だという宣言です。

⑨ 三世諸仏と同時に行じている

| 心をおこすより、さとりをうるにいたるまで、
| 尽大地と尽衆生と、ともにおこなふ。

ここで、

・私が修行する
 という図式は崩れます。
修行しているのは「私」ではない尽大地が、尽衆生として修行している

これが「唯仏与仏」の世界。

⑩ 魚は魚の心を知る/仏は仏の行を知る

最後の譬えが決定打です。

| うをにあらざれば、うをのこころをしらず

これは、

・人間には分からない
 という話ではありません。
同じ在り方に立つとき、
説明なしに“分かれている”

仏法とは、

・教義を理解することでも
・道理を把握することでもなく

仏の行に、仏として加わること

最終凝縮(この巻を読む立脚点)

| 「唯仏与仏」とは、
| 仏法の内容を理解することではない。
|
| 仏法が現れている“その場所”に、
| 立っているかどうか、ただそれだけである。

だから道元は、

・説明しきらず
・定義せず
・逃げ道を与えない

この巻は、
読む者を「仏の立場に立たせる」ための文章です。


もし次に進むなら、この巻は

・『現成公案』
・『仏性』
・『身心学道』

と完全に一体で読めます。

次はどこを、どの角度で掘りましょうか。
仏道的に深掘りする視点

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