ではこの一段を、「法身=すべて」でありながら、なぜそこに“留まってはならないのか」という一点から、仏道的に深掘りします。
仏道的に深掘りする視点
――「尽大地これ自己の法身」すら、最後の拠り所にしてはならない
① 「尽大地これ自己の法身」──究極の全肯定
まず前提。
| 尽大地これ自己の法身
これは仏教的には極限まで到達した言葉です。
・山河大地
・身心
・生死
・仏も衆生も
すべてが「自己の法身」である。
ここには 否定されるものが一切ない。
普通の修行者なら、ここでこう思うでしょう。
| 「もう到達した」
| 「これ以上はない」
② しかし道元は、すぐに刃を入れる
| 法身にさへられざるべし
これが衝撃です。
・法身に触れてはならない
・法身に安住してはならない
・法身に包まれて満足してはならない
なぜか。
法身を“居場所”にした瞬間、それは牢獄になるからです。
③ 「もし法身にさへられぬるには…」
| いささか身を転ぜんとするにもかなはず
ここが決定的。
法身に「触れてしまった」状態とは、
・すべては一つ
・すべては仏
・すべては完全
という完成像に居座ること。
するとどうなるか。
・動く必要がなくなる
・変わる必要がなくなる
・応じる必要がなくなる
身が転じない
= 生きた仏法が止まる。
④ ここで出てくる「出身の道」
| 出身の道あるべし
「出身」とは、
・生まれることではない
・死ぬことでもない
法身から“出る”ことです。
これは逆説的ですが、
| 法身の中に留まらず、
| 法身を背負って出ていくこと
を意味します。
⑤ 「出身を語れない者はどうなるか」
| 法身のいのちも、たちまちにたえて、
| ながく苦海にしづみぬべし
一見すると矛盾しています。
・法身は永遠のはず
・なぜ命が絶えるのか
ここで言う「いのち」とは、
生きて働く仏法のこと。
法身を観念として抱え込み、
・「すべては法身だ」と言いながら
・現実に応答できない
その状態こそが、
もっとも深い苦海だと道元は言うのです。
⑥ 「法身をもいけ、苦海にもしづまざる」
最後の問いが核心です。
| いかにといはんか、
| 法身をもいけ、
| 苦海にもしづまざるべきと
これは問いであり、同時に答えです。
・法身を捨てるのではない
・苦海を避けるのでもない
どちらにも止まらない
⑦ 仏道的結論:法身は“地面”ではなく“運動”
この一段の結論を凝縮すると、こうなります。
| 法身とは、
| 立つ場所ではなく、
| 出ていく力である。
・法身に安住すれば死ぬ
・苦海を嫌えば逃避になる
だから仏道は、
| 法身を背負って、
| なお転ずること
を「出身の道」と呼ぶ。
最終まとめ(一句)
| 尽大地これ自己の法身なれども、
| そこに坐れば、すでに仏法は死ぬ。
|
| 法身を離れず、
| 法身に触れず、
| ただ転じつづける。
|
| それを仏祖は
| 「出身の道」と呼ぶ。
ここに、
悟りに安住しない禅
完成を拒む仏道
が、はっきり示されています。
ではこの一段を、「法身=すべて」でありながら、なぜそこに“留まってはならないのか」という一点から、仏道的に深掘りします。
仏道的に深掘りする視点
――「尽大地これ自己の法身」すら、最後の拠り所にしてはならない
① 「尽大地これ自己の法身」──究極の全肯定
まず前提。
| 尽大地これ自己の法身
これは仏教的には極限まで到達した言葉です。
・山河大地
・身心
・生死
・仏も衆生も
すべてが「自己の法身」である。
ここには 否定されるものが一切ない。
普通の修行者なら、ここでこう思うでしょう。
| 「もう到達した」
| 「これ以上はない」
② しかし道元は、すぐに刃を入れる
| 法身にさへられざるべし
これが衝撃です。
・法身に触れてはならない
・法身に安住してはならない
・法身に包まれて満足してはならない
なぜか。
法身を“居場所”にした瞬間、それは牢獄になるからです。
③ 「もし法身にさへられぬるには…」
| いささか身を転ぜんとするにもかなはず
ここが決定的。
法身に「触れてしまった」状態とは、
・すべては一つ
・すべては仏
・すべては完全
という完成像に居座ること。
するとどうなるか。
・動く必要がなくなる
・変わる必要がなくなる
・応じる必要がなくなる
身が転じない
= 生きた仏法が止まる。
④ ここで出てくる「出身の道」
| 出身の道あるべし
「出身」とは、
・生まれることではない
・死ぬことでもない
法身から“出る”ことです。
これは逆説的ですが、
| 法身の中に留まらず、
| 法身を背負って出ていくこと
を意味します。
⑤ 「出身を語れない者はどうなるか」
| 法身のいのちも、たちまちにたえて、
| ながく苦海にしづみぬべし
一見すると矛盾しています。
・法身は永遠のはず
・なぜ命が絶えるのか
ここで言う「いのち」とは、
生きて働く仏法のこと。
法身を観念として抱え込み、
・「すべては法身だ」と言いながら
・現実に応答できない
その状態こそが、
もっとも深い苦海だと道元は言うのです。
⑥ 「法身をもいけ、苦海にもしづまざる」
最後の問いが核心です。
| いかにといはんか、
| 法身をもいけ、
| 苦海にもしづまざるべきと
これは問いであり、同時に答えです。
・法身を捨てるのではない
・苦海を避けるのでもない
どちらにも止まらない
⑦ 仏道的結論:法身は“地面”ではなく“運動”
この一段の結論を凝縮すると、こうなります。
| 法身とは、
| 立つ場所ではなく、
| 出ていく力である。
・法身に安住すれば死ぬ
・苦海を嫌えば逃避になる
だから仏道は、
| 法身を背負って、
| なお転ずること
を「出身の道」と呼ぶ。
最終まとめ(一句)
| 尽大地これ自己の法身なれども、
| そこに坐れば、すでに仏法は死ぬ。
|
| 法身を離れず、
| 法身に触れず、
| ただ転じつづける。
|
| それを仏祖は
| 「出身の道」と呼ぶ。
ここに、
悟りに安住しない禅
完成を拒む仏道
が、はっきり示されています。