とても鋭いところに来ました。
ここは道元理解の分水嶺です。
結論から言います。
| 『身心脱落』は〈出来事〉の名であり、
| 『眼睛』は〈その出来事が世界として働いている相〉の名です。
同じ体験を別角度から言っている、ではありません。
機能も位相も、まったく違う。
以下、厳密に切り分けます。

まず結論を図式化すると
| 項目 | 身心脱落 | 眼睛 |
| | ------・| ---- |
| 位相 | 断絶・脱落 | 現成・作動 |
| 性質 | 否定・破壊 | 肯定・露呈 |
| 時制 | 一挙・瞬断 | 常時・遍在 |
| 主語 | 失われる | そもそも立たない |
| 危険性 | 経験として固着しやすい | 固着不能 |

『身心脱落』とは何か(厳密定義)
✔ 身心脱落は「悟り」ではない
道元が言う身心脱落は、
・身が消えた

・心がなくなった

・無我を理解した
ではない。
| 「身心」という構成が、
| そのまま保持されなくなった出来事
です。
つまり:
・身と心を
・自分のものとして
・管理・把握していた
その枠組みが崩壊した
ここで重要なのは
“崩れた”という一回性
だから身心脱落は:
・言えてしまう
・思い出せてしまう
・「あの時」と語れてしまう
この瞬間から、危険が始まる

なぜ身心脱落は「危険」なのか
理由は明確です。
| 身心脱落を経験した「私」が生まれるから
すると:
・私は身心脱落を知っている
・私は悟りを体験した
・私は前と違う
という
新しい自己物語が始まる。
道元は、これを絶対に許さない。
だから彼は次の段階へ行く。

『眼睛』とは何か(厳密定義)
✔ 眼睛は「結果」でも「能力」でもない
眼睛は:
・見る力

・覚知能力

・仏の智慧
ではない。
| 身心脱落のあとに残るものですらない
眼睛とは:
| 世界が、
| 誰の視点でもなく、
| そのまま現れている働き
だから道元は言う:
・山河大地露眼睛
・雨も、虫も、棒も喝も眼睛
・打坐も睡眠も眼睛
ここには「出来事」がない

決定的差①:時間性
身心脱落
・起こる
・記述できる
・過去形にできる
眼睛
・起こらない
・記録できない
・常に「いま」
だから:
| 身心脱落は語られるが、
| 眼睛は語ろうとすると壊れる

決定的差②:主体の扱い
身心脱落
・主体が 脱落する
眼睛
・主体が 成立しない
これは大きい。
・脱落=「あったものが消えた」
・非成立=「最初から立たなかった」
眼睛には、喪失感すらない

なぜ『眼睛』では徹底的に破壊が激化するのか
理由は一つ。
| 身心脱落は“悟った私”に回収されうるが、
| 眼睛は誰の所有にもならないから
だから道元は:
・達磨の眼睛を抉り出す
・非眼睛と言い切る
・打失眼睛を讃歎する
悟りすら破壊して、なお働いてしまうもの
それが眼睛。

一言で言うなら(核心)
| 身心脱落は「私が崩れた」という出来事、
| 眼睛は「崩れたあとにも、世界が世界しているという事実」
そして道元にとって本当に大事なのは、後者。

なぜ道元はこの二つを分けたのか
理由ははっきりしています。
| 仏道を、
| 特別な体験にしたくなかったから
・特別な瞬間

・特別な人

・特別な境地

ただ、いまこの現成
それを担保する言葉が『眼睛』。
1

最後に(かなり重要)
もしあなたが今、
・身心脱落はわかる気がする
・眼睛は掴めない
と感じているなら、
それは正確です。
| 眼睛は、
| わからないまま
| 働いているものだから。
次に行くなら、さらに核心に入れます。
・なぜ『眼睛』では「安心」が一切与えられないのか
・眼睛と「只管打坐」の関係
・眼睛は倫理や行為とどう関わるのか
どこまで行きますか。
とても鋭いところに来ました。
ここは道元理解の分水嶺です。
結論から言います。
| 『身心脱落』は〈出来事〉の名であり、
| 『眼睛』は〈その出来事が世界として働いている相〉の名です。
同じ体験を別角度から言っている、ではありません。
機能も位相も、まったく違う。
以下、厳密に切り分けます。
1️⃣ まず結論を図式化すると
| 項目 | 身心脱落 | 眼睛 |
| | ------・| ---- |
| 位相 | 断絶・脱落 | 現成・作動 |
| 性質 | 否定・破壊 | 肯定・露呈 |
| 時制 | 一挙・瞬断 | 常時・遍在 |
| 主語 | 失われる | そもそも立たない |
| 危険性 | 経験として固着しやすい | 固着不能 |
2️⃣ 『身心脱落』とは何か(厳密定義)
✔ 身心脱落は「悟り」ではない
道元が言う身心脱落は、
・身が消えた ❌
・心がなくなった ❌
・無我を理解した ❌
ではない。
| 「身心」という構成が、
| そのまま保持されなくなった出来事
です。
つまり:
・身と心を
・自分のものとして
・管理・把握していた
その枠組みが崩壊した
ここで重要なのは
“崩れた”という一回性
だから身心脱落は:
・言えてしまう
・思い出せてしまう
・「あの時」と語れてしまう
この瞬間から、危険が始まる
3️⃣ なぜ身心脱落は「危険」なのか
理由は明確です。
| 身心脱落を経験した「私」が生まれるから
すると:
・私は身心脱落を知っている
・私は悟りを体験した
・私は前と違う
という
新しい自己物語が始まる。
道元は、これを絶対に許さない。
だから彼は次の段階へ行く。
4️⃣ 『眼睛』とは何か(厳密定義)
✔ 眼睛は「結果」でも「能力」でもない
眼睛は:
・見る力 ❌
・覚知能力 ❌
・仏の智慧 ❌
ではない。
| 身心脱落のあとに残るものですらない
眼睛とは:
| 世界が、
| 誰の視点でもなく、
| そのまま現れている働き
だから道元は言う:
・山河大地露眼睛
・雨も、虫も、棒も喝も眼睛
・打坐も睡眠も眼睛
ここには「出来事」がない
5️⃣ 決定的差①:時間性
身心脱落
・起こる
・記述できる
・過去形にできる
眼睛
・起こらない
・記録できない
・常に「いま」
だから:
| 身心脱落は語られるが、
| 眼睛は語ろうとすると壊れる
6️⃣ 決定的差②:主体の扱い
身心脱落
・主体が 脱落する
眼睛
・主体が 成立しない
これは大きい。
・脱落=「あったものが消えた」
・非成立=「最初から立たなかった」
眼睛には、喪失感すらない
7️⃣ なぜ『眼睛』では徹底的に破壊が激化するのか
理由は一つ。
| 身心脱落は“悟った私”に回収されうるが、
| 眼睛は誰の所有にもならないから
だから道元は:
・達磨の眼睛を抉り出す
・非眼睛と言い切る
・打失眼睛を讃歎する
悟りすら破壊して、なお働いてしまうもの
それが眼睛。
8️⃣ 一言で言うなら(核心)
| 身心脱落は「私が崩れた」という出来事、
| 眼睛は「崩れたあとにも、世界が世界しているという事実」
そして道元にとって本当に大事なのは、後者。
9️⃣ なぜ道元はこの二つを分けたのか
理由ははっきりしています。
| 仏道を、
| 特別な体験にしたくなかったから
・特別な瞬間 ❌
・特別な人 ❌
・特別な境地 ❌
ただ、いまこの現成
それを担保する言葉が『眼睛』。
10️⃣ 最後に(かなり重要)
もしあなたが今、
・身心脱落はわかる気がする
・眼睛は掴めない
と感じているなら、
それは正確です。
| 眼睛は、
| わからないまま
| 働いているものだから。
次に行くなら、さらに核心に入れます。
・なぜ『眼睛』では「安心」が一切与えられないのか
・眼睛と「只管打坐」の関係
・眼睛は倫理や行為とどう関わるのか
どこまで行きますか。