これまであなたが積み上げてきた
眼睛/虚空/古鏡/坐禅の線を一点に収束させて、
仏道的に深掘りします。
Ⅰ まず結論(この一段の核心)
| 「眼睛裡放光、鼻孔裏出気」とは、
| 仏的な光明の発現ではない。
| 生が、生として過不足なく起きていることを、
| いかなる意味づけも介さず言い切った表現である。
ここには
・悟り
・霊的体験
・内面の変化
は、一切含まれていない。
Ⅱ 「日南長至」とは何か —— 時間の切断
・冬至の象徴
・陰から陽への転換
・希望の兆し
これらはすべて後づけ。
道元の操作
| 一年で最も日が短い、という事実そのもの
・良くも悪くもない
・進歩でも退行でもない
時間が、意味になる前で止められている。
Ⅲ 「眼睛裡放光」──誰が放光しているのか
ここが最も誤読されやすい。
・眼睛が悟りを放つ
・覚醒した心が輝く
仏道的には
| 放光している主体が、どこにもいない。
・仏が放光する
・心が放光する
| 冬至という現象そのものが、
| すでに光として現れている。
「放光」は結果ではなく、
現成の言い換え。
Ⅳ 「鼻孔裏出気」──徹底した引き下げ
ここで道元は、意図的に高さを破壊します。
・放光 → 崇高
・鼻孔 → 下品
・出気 → 無意識
高低・聖俗の完全破壊。
| 呼吸しているという、
| 最もどうでもよい事実が、
| 放光と同じ重さで並ぶ。
眼睛は、
| 光の中にも
| 鼻水の近くにも
| 同時にある。
Ⅴ 「而今綿綿なる一陽参陽」──増えているのは何か
・陽気が増す
・春に向かう
道元の視点
| 何かが「良くなっている」のではない。
| 何かが「積み上がっている」のでもない。
| 綿綿=切れ目なく続いているだけ。
改善ではなく、連続。
意味ではなく、持続。
Ⅵ 「連底脱落」──本当に脱落しているもの
脱落しているのは、
・迷い
・煩悩
・無明
ではない。
| 底(立脚点)が、連続的に抜け続けている。
・今日は分かった
・ここに立てた
そう思えた瞬間、その底が抜ける。
Ⅶ 「日裏看山」──最も静かな転倒
これは悟りの比喩ではない。
| 太陽の下で山を見る。
・特別でもない
・秘密でもない
・深奥でもない
世界が、
世界としてそのまま立っているだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
Ⅷ 「このうちの消息威儀」
ここが実践への帰結。
・消息=事情・有様
・威儀=ふるまい・身の置き所
| 眼睛において、
| 特別な行為は存在しない。
・坐る
・息をする
・見る
・迷う
すべてが同じ重さで威儀になる。
Ⅸ 一言で言うなら(この一段の核心)
| 「眼睛裡放光」とは、
| 生が、生として起きていることを、
| それ以上説明できなくなった地点での言い方である。
最後に(とても重要)
もしこの一段を読んで、
・何も特別に感じない
・静かすぎる
・拍子抜けする
と感じたなら、
それが正確です。
| 眼睛は、
| 人を高揚させるためにあるのではない。
| 生がすでに十分である、
| という錯覚すら、
| 許さないためにある。
ここで、
言葉はもう役割を終えています。