右邊に吹く、關棙を倒翻して風雷を起す、佛殿を指して云く、殿を開て佛を見る、眼中の毒刺、咄、刺を抜却して、禮拝燒香、顛倒鈍置、方丈に踞(うずくま)り云く、達磨の眼睛を抉(えぐ)り出して、泥団子と作して人を打す
右邊に吹く、關棙を倒翻して風雷を起す、佛殿を指して云く、殿を開て佛を見る、眼中の毒刺、咄、刺を抜却して、禮拝燒香、顛倒鈍置、方丈に踞(うずくま)り云く、達磨の眼睛を抉(えぐ)り出して、泥団子と作して人を打す
■天童如浄:禅師 ■
★注目スレッド: 参学の総論を語りましょう。(0) 坐禅 全般を語りましょう。(0) 正法眼蔵 全般を語りましょう。(3) 「空華=幻ではない」という逆転の論理を詳しく分析(1) 如浄の悟りと道元の悟りの違い(0) なぜ道元は日本仏教で最も哲学的なのか(0) 身心脱落の本当の意味(誤解されている部分)(0) 如浄の禅と臨済禅の違い(0) 道元の悟りは本当に悟りなのか(禅史の大論争)(0) 祇管に打坐して始て得ん(0) 渾身口に似て 虚空に掛かり 東西南北の風を問はず 一等に 他の為に般若を談ず 滴丁東了 滴丁東丁(4) 六十六年 罪犯彌天 打箇孛跳 活陥黄泉 咦(0) 槎槎たり牙牙たり老梅樹 忽ちに開華す一華両華 三四五華無数華 清誇るべからず、香誇るべからず 散じては春の容となりて草木を吹く(0) 天童今夜牛兒(ニュウジ)有り、黄面の瞿曇(クデゥン)実相を拈ず(ネンズ)。 買はんと要するに那ぞ定價無かるべき、一声の杜宇(トウ)孤雲の上。(0) 如浄は 仏を見ることを毒刺と言う(0) 仏像や教えに執着すると 悟りを失う(0) 2 「達磨の眼睛を抉り出す」(0) 3 「露柱懐胎」—無生の世界(0) 4 「水牯牛」—自己の象徴(0)
★注目スレッド: 参学の総論を語りましょう。(0) 坐禅 全般を語りましょう。(0) 正法眼蔵 全般を語りましょう。(3) 「空華=幻ではない」という逆転の論理を詳しく分析(1) 如浄の悟りと道元の悟りの違い(0) なぜ道元は日本仏教で最も哲学的なのか(0) 身心脱落の本当の意味(誤解されている部分)(0) 如浄の禅と臨済禅の違い(0) 道元の悟りは本当に悟りなのか(禅史の大論争)(0) 祇管に打坐して始て得ん(0) 渾身口に似て 虚空に掛かり 東西南北の風を問はず 一等に 他の為に般若を談ず 滴丁東了 滴丁東丁(4) 六十六年 罪犯彌天 打箇孛跳 活陥黄泉 咦(0) 槎槎たり牙牙たり老梅樹 忽ちに開華す一華両華 三四五華無数華 清誇るべからず、香誇るべからず 散じては春の容となりて草木を吹く(0) 天童今夜牛兒(ニュウジ)有り、黄面の瞿曇(クデゥン)実相を拈ず(ネンズ)。 買はんと要するに那ぞ定價無かるべき、一声の杜宇(トウ)孤雲の上。(0) 如浄は 仏を見ることを毒刺と言う(0) 仏像や教えに執着すると 悟りを失う(0) 2 「達磨の眼睛を抉り出す」(0) 3 「露柱懐胎」—無生の世界(0) 4 「水牯牛」—自己の象徴(0)
この部分は 天童如浄 が住持として上堂したときの 法語(説法)です。
文章は非常に激しく象徴的で、禅の典型的な 機鋒語(きほうご) で書かれています。
仏道的に深掘りするなら、次の5つの視点で読むと核心が見えます。
1 「佛を見る」=仏を捨てる
文中
| 殿を開て佛を見る、眼中の毒刺
普通は
仏を見る
=信仰
ですが、如浄は
仏を見ることを毒刺と言う
つまり
仏への執着
=障害
です。
禅では有名な言葉があります。
| 逢佛殺佛
仏に出会えば仏を殺せ。
これは
仏像や教えに執着すると
悟りを失う
という意味です。
2 「達磨の眼睛を抉り出す」
文中
| 達磨の眼睛を抉り出す
ここで言う達磨は
菩提達磨
禅宗の祖です。
しかし如浄は
その眼をえぐると言います。
意味
祖師ですら
絶対視するな
です。
禅は
・仏
・祖師
・経典
すべてを超える。
これを
不立文字
と言います。
3 「露柱懐胎」—無生の世界
文中
| 露柱懐胎、忽然爆裂
露柱とは
寺の柱。
つまり
柱が妊娠する
これは禅の逆説です。
意味
悟りの世界では
主体と客体が消える。
だから
柱
人
仏
の区別がない。
これは
空(くう)
の世界観です。
4 「水牯牛」—自己の象徴
文中
| 水牯牛と變作
水牛は禅で
自己
の象徴です。
有名な禅図
十牛図
があります。
これは
悟りの過程を
牛を探す物語で表します。
つまり
水牛が暴れる
=
心が自由に働く。
悟りの後の
自在な世界です。
5 臨済批判
文中
| 臨済の命根を断つ
ここは重要です。
曹洞宗と臨済宗は
禅の二大流派です。
臨済禅
・公案
・激しい悟り
曹洞禅
・坐禅
・静かな悟り
如浄は
臨済の方法に
批判的でした。
ただし
本質的な対立ではなく
宗派の機鋒
です。
6 禅語の嵐
この文章には
・雷
・波
・風
・牛
・柱
などの象徴が大量に出ます。
これは
禅の特徴です。
理由
悟りは
説明できない
ため。
だから
詩
象徴
衝撃
で表します。
7 「功何れの處にか帰す」
最後の問い
| 畢竟功何れの處にか帰す
意味
悟りの功徳は
どこに帰るのか?
答えは
| 皇聖化
つまり
世界そのもの。
禅では
悟りは
個人の所有ではない。
悟り
=宇宙の働き
です。
まとめ(仏道的核心)
この説法は
禅の四つの思想を示しています。
① 仏を超える
② 祖師を超える
③ 主客を超える
④ 宇宙と一体
つまり
悟りとは
すべての概念を破壊すること
です。
もし興味があれば、この説法にはさらに深い層があります。
例えば
・「露柱懐胎」の哲学(存在論)
・曹洞宗と臨済宗の本当の違い
・禅語の構造(詩としての禅)
・なぜ禅は意味不明な言葉を使うのか
などを解説すると、この文章は 禅思想の宝庫です。
文章は非常に激しく象徴的で、禅の典型的な 機鋒語(きほうご) で書かれています。
仏道的に深掘りするなら、次の5つの視点で読むと核心が見えます。
1 「佛を見る」=仏を捨てる
文中
| 殿を開て佛を見る、眼中の毒刺
普通は
仏を見る
=信仰
ですが、如浄は
仏を見ることを毒刺と言う
つまり
仏への執着
=障害
です。
禅では有名な言葉があります。
| 逢佛殺佛
仏に出会えば仏を殺せ。
これは
仏像や教えに執着すると
悟りを失う
という意味です。
2 「達磨の眼睛を抉り出す」
文中
| 達磨の眼睛を抉り出す
ここで言う達磨は
菩提達磨
禅宗の祖です。
しかし如浄は
その眼をえぐると言います。
意味
祖師ですら
絶対視するな
です。
禅は
・仏
・祖師
・経典
すべてを超える。
これを
不立文字
と言います。
3 「露柱懐胎」—無生の世界
文中
| 露柱懐胎、忽然爆裂
露柱とは
寺の柱。
つまり
柱が妊娠する
これは禅の逆説です。
意味
悟りの世界では
主体と客体が消える。
だから
柱
人
仏
の区別がない。
これは
空(くう)
の世界観です。
4 「水牯牛」—自己の象徴
文中
| 水牯牛と變作
水牛は禅で
自己
の象徴です。
有名な禅図
十牛図
があります。
これは
悟りの過程を
牛を探す物語で表します。
つまり
水牛が暴れる
=
心が自由に働く。
悟りの後の
自在な世界です。
5 臨済批判
文中
| 臨済の命根を断つ
ここは重要です。
曹洞宗と臨済宗は
禅の二大流派です。
臨済禅
・公案
・激しい悟り
曹洞禅
・坐禅
・静かな悟り
如浄は
臨済の方法に
批判的でした。
ただし
本質的な対立ではなく
宗派の機鋒
です。
6 禅語の嵐
この文章には
・雷
・波
・風
・牛
・柱
などの象徴が大量に出ます。
これは
禅の特徴です。
理由
悟りは
説明できない
ため。
だから
詩
象徴
衝撃
で表します。
7 「功何れの處にか帰す」
最後の問い
| 畢竟功何れの處にか帰す
意味
悟りの功徳は
どこに帰るのか?
答えは
| 皇聖化
つまり
世界そのもの。
禅では
悟りは
個人の所有ではない。
悟り
=宇宙の働き
です。
まとめ(仏道的核心)
この説法は
禅の四つの思想を示しています。
① 仏を超える
② 祖師を超える
③ 主客を超える
④ 宇宙と一体
つまり
悟りとは
すべての概念を破壊すること
です。
もし興味があれば、この説法にはさらに深い層があります。
例えば
・「露柱懐胎」の哲学(存在論)
・曹洞宗と臨済宗の本当の違い
・禅語の構造(詩としての禅)
・なぜ禅は意味不明な言葉を使うのか
などを解説すると、この文章は 禅思想の宝庫です。
右邊に吹く、關棙を倒翻して風雷を起す、佛殿を指して云く、殿を開て佛を見る、眼中の毒刺、咄、刺を抜却して、禮拝燒香、顛倒鈍置、方丈に踞(うずくま)り云く、達磨の眼睛を抉(えぐ)り出して、泥団子と作して人を打す