右邊に吹く、關棙を倒翻して風雷を起す、佛殿を指して云く、殿を開て佛を見る、眼中の毒刺、咄、刺を抜却して、禮拝燒香、顛倒鈍置、方丈に踞(うずくま)り云く、達磨の眼睛を抉(えぐ)り出して、泥団子と作して人を打す

右邊に吹く、關棙を倒翻して風雷を起す、佛殿を指して云く、殿を開て佛を見る、眼中の毒刺、咄、刺を抜却して、禮拝燒香、顛倒鈍置、方丈に踞(うずくま)り云く、達磨の眼睛を抉(えぐ)り出して、泥団子と作して人を打す
この部分は 天童如浄 が住持として上堂したときの 法語(説法)です。
文章は非常に激しく象徴的で、禅の典型的な 機鋒語(きほうご) で書かれています。
仏道的に深掘りするなら、次の5つの視点で読むと核心が見えます。

1 「佛を見る」=仏を捨てる

文中

| 殿を開て佛を見る、眼中の毒刺

普通は

仏を見る
=信仰

ですが、如浄は

仏を見ることを毒刺と言う

つまり

仏への執着
=障害

です。

禅では有名な言葉があります。

| 逢佛殺佛

仏に出会えば仏を殺せ。

これは

仏像や教えに執着すると
悟りを失う

という意味です。

2 「達磨の眼睛を抉り出す」

文中

| 達磨の眼睛を抉り出す

ここで言う達磨は

菩提達磨

禅宗の祖です。

しかし如浄は

その眼をえぐると言います。

意味

祖師ですら

絶対視するな

です。

禅は

・仏
・祖師
・経典

すべてを超える。

これを

不立文字

と言います。

3 「露柱懐胎」—無生の世界

文中

| 露柱懐胎、忽然爆裂

露柱とは

寺の柱。

つまり

柱が妊娠する

これは禅の逆説です。

意味

悟りの世界では

主体と客体が消える。

だから





の区別がない。

これは

空(くう)

の世界観です。

4 「水牯牛」—自己の象徴

文中

| 水牯牛と變作

水牛は禅で

自己

の象徴です。

有名な禅図

十牛図

があります。

これは

悟りの過程を

牛を探す物語で表します。

つまり

水牛が暴れる


心が自由に働く。

悟りの後の

自在な世界です。

5 臨済批判

文中

| 臨済の命根を断つ

ここは重要です。

曹洞宗と臨済宗は

禅の二大流派です。

臨済禅

・公案
・激しい悟り

曹洞禅

・坐禅
・静かな悟り

如浄は

臨済の方法に

批判的でした。

ただし

本質的な対立ではなく

宗派の機鋒

です。

6 禅語の嵐

この文章には

・雷
・波
・風
・牛
・柱

などの象徴が大量に出ます。

これは

禅の特徴です。

理由

悟りは

説明できない

ため。

だから


象徴
衝撃

で表します。

7 「功何れの處にか帰す」

最後の問い

| 畢竟功何れの處にか帰す

意味

悟りの功徳は
どこに帰るのか?

答えは

| 皇聖化

つまり

世界そのもの。

禅では

悟りは

個人の所有ではない。

悟り
=宇宙の働き

です。

まとめ(仏道的核心)

この説法は

禅の四つの思想を示しています。

① 仏を超える
② 祖師を超える
③ 主客を超える
④ 宇宙と一体

つまり

悟りとは

すべての概念を破壊すること

です。


もし興味があれば、この説法にはさらに深い層があります。

例えば

・「露柱懐胎」の哲学(存在論)
・曹洞宗と臨済宗の本当の違い
・禅語の構造(詩としての禅)
・なぜ禅は意味不明な言葉を使うのか

などを解説すると、この文章は 禅思想の宝庫です。
右邊に吹く、關棙を倒翻して風雷を起す、佛殿を指して云く、殿を開て佛を見る、眼中の毒刺、咄、刺を抜却して、禮拝燒香、顛倒鈍置、方丈に踞(うずくま)り云く、達磨の眼睛を抉(えぐ)り出して、泥団子と作して人を打す
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