Re: 四神足
Posted: 土 1 10, 2026 6:53 am
以下は、提示文を 道元禅師的(修証一等・現成公案)視座 から
「四神足(四如意足)」を仏道的に深掘りする参究の視点として整理したものです。
解説ではなく、坐り・生き・迷いの只中で働く法として提示します。
Ⅰ.四神足は「超能力」ではない
一般には四神足(四如意足)は、
・禅定によって得られる力
・自在に世界を操る能力
と誤解されがちです。
しかし本文は最初からそれを否定しています。
| 未運而到名如意足
| (まだ運ばずして到る)
動かして到るのではない
修めて獲得するのではない
すでに到っている働き
――これが神足。
Ⅱ.欲神足 ―― 欲を滅さない
欲=煩悩という理解の転倒
| 欲神足は、図作仏の身心なり
・欲は断つものではない
・欲は仏を図る身心そのもの
欲=向かう力向かう力があるから坐る
因縁から外れた欲
| さらに身心の因縁にあらざるなり
・条件づけられた欲(快・不快)ではない
・意志や計画でもない
比喩の決定性
| 莫涯空の鳥飛なり
| 徹底水の魚行なり
・鳥は「飛ぼう」と思って飛ばない
・魚は「泳ごう」と決意して泳がない
欲神足=自然法爾の向かい
Ⅲ.心神足 ―― 心は内側にない
心=世界
| 牆壁瓦礫なり、山河大地なり
・心は心理状態ではない
・認識主体でもない
現れているすべてが心
凡聖・草木・器物すべてに心
| 草木心あり、變化心あり
・仏の心/凡夫の心という区別が消える
・生物/無生物の境界も消える
尽心=神足
| 尽心は心神足なり
心を使うのではない
心を尽くすのでもない
心が尽きていること自体が神足
Ⅳ.進神足 ―― 進退の外にある進
百尺竿頭の再定義
| 百尺竿頭驀直歩なり
・百尺竿頭とは「極限状態」ではない
・立っている場所そのもの
不驀直不得
| 驀直一歩はなきにあらず
・準備・逡巡・計画が入るとすでに違う
・ただ一歩
神足の転倒
| 随神足到也、随神足至なり
・自分が進むのではない
・世界が神足に随って到る
進神足=主体なき前進
Ⅴ.思惟神足 ―― 思考を止めない
思惟=妄想ではない
| 業識忙忙、無本可據なり
・思惟は混乱していてよい
・根拠がなくてよい
無本であることが神足
思惟は全存在に及ぶ
| 草鞋思惟あり
| 空劫已前自己思惟あり
・身体が思惟する
・履物が思惟する
・時間以前が思惟する
考えている「私」はいない
Ⅵ.四如意足 ―― 躊躇の消滅
| これをまた四如意足といふ、無躊躇なり
・如意とは「思いどおり」ではない
・迷いながら止まらないこと
躊躇がないとは
確信があることではない
立ち止まる主体がないこと
Ⅶ.「未運而到」の核心
| ときこと、きりのくちのごとし
| 方あること、のみのはのごとし
比喩の深意
・霧の口:入る前にすでに包まれている
・鑿の刃:当たる前にすでに割れている
到る前に、すでに到っている
Ⅷ.四神足を貫く一貫構造
| 神足 | 通常理解 | 本文の転倒 |
| -・| -- | ---・|
| 欲 | 断つ | 自然の向き |
| 心 | 内面 | 世界そのもの |
| 進 | 努力 | 主体なき一歩 |
| 思惟 | 妄想 | 無本の働き |
| 如意 | 成就 | 既到 |
Ⅸ.参究の一句
| 歩く前に到り
| 考える前に働き
| 欲する前に向かっている
| これ四神足なり
この視点に立つと、
・坐っていること
・迷っていること
・考えが止まらないこと
・進めないと感じること
すべてが すでに如意足として働いている と見えてきます。
次に深めるなら
五根・五力との照応
禅定(三昧)との非連続性
只管打坐における神足
どこからでも、続けられます。
「四神足(四如意足)」を仏道的に深掘りする参究の視点として整理したものです。
解説ではなく、坐り・生き・迷いの只中で働く法として提示します。
Ⅰ.四神足は「超能力」ではない
一般には四神足(四如意足)は、
・禅定によって得られる力
・自在に世界を操る能力
と誤解されがちです。
しかし本文は最初からそれを否定しています。
| 未運而到名如意足
| (まだ運ばずして到る)
動かして到るのではない
修めて獲得するのではない
すでに到っている働き
――これが神足。
Ⅱ.欲神足 ―― 欲を滅さない
| 欲神足は、図作仏の身心なり
・欲は断つものではない
・欲は仏を図る身心そのもの
欲=向かう力向かう力があるから坐る
| さらに身心の因縁にあらざるなり
・条件づけられた欲(快・不快)ではない
・意志や計画でもない
| 莫涯空の鳥飛なり
| 徹底水の魚行なり
・鳥は「飛ぼう」と思って飛ばない
・魚は「泳ごう」と決意して泳がない
欲神足=自然法爾の向かい
Ⅲ.心神足 ―― 心は内側にない
| 牆壁瓦礫なり、山河大地なり
・心は心理状態ではない
・認識主体でもない
現れているすべてが心
| 草木心あり、變化心あり
・仏の心/凡夫の心という区別が消える
・生物/無生物の境界も消える
| 尽心は心神足なり
心を使うのではない
心を尽くすのでもない
心が尽きていること自体が神足
Ⅳ.進神足 ―― 進退の外にある進
| 百尺竿頭驀直歩なり
・百尺竿頭とは「極限状態」ではない
・立っている場所そのもの
| 驀直一歩はなきにあらず
・準備・逡巡・計画が入るとすでに違う
・ただ一歩
| 随神足到也、随神足至なり
・自分が進むのではない
・世界が神足に随って到る
進神足=主体なき前進
Ⅴ.思惟神足 ―― 思考を止めない
| 業識忙忙、無本可據なり
・思惟は混乱していてよい
・根拠がなくてよい
無本であることが神足
| 草鞋思惟あり
| 空劫已前自己思惟あり
・身体が思惟する
・履物が思惟する
・時間以前が思惟する
考えている「私」はいない
Ⅵ.四如意足 ―― 躊躇の消滅
| これをまた四如意足といふ、無躊躇なり
・如意とは「思いどおり」ではない
・迷いながら止まらないこと
躊躇がないとは
確信があることではない
立ち止まる主体がないこと
Ⅶ.「未運而到」の核心
| ときこと、きりのくちのごとし
| 方あること、のみのはのごとし
比喩の深意
・霧の口:入る前にすでに包まれている
・鑿の刃:当たる前にすでに割れている
到る前に、すでに到っている
Ⅷ.四神足を貫く一貫構造
| 神足 | 通常理解 | 本文の転倒 |
| -・| -- | ---・|
| 欲 | 断つ | 自然の向き |
| 心 | 内面 | 世界そのもの |
| 進 | 努力 | 主体なき一歩 |
| 思惟 | 妄想 | 無本の働き |
| 如意 | 成就 | 既到 |
Ⅸ.参究の一句
| 歩く前に到り
| 考える前に働き
| 欲する前に向かっている
| これ四神足なり
この視点に立つと、
・坐っていること
・迷っていること
・考えが止まらないこと
・進めないと感じること
すべてが すでに如意足として働いている と見えてきます。
次に深めるなら
五根・五力との照応
禅定(三昧)との非連続性
只管打坐における神足
どこからでも、続けられます。