五根
一者、信根
二者、精進根
三者、念根
四者、定根
五者、慧根
信根は、しるべし、自己にあらず、他己にあらず。自己の強為にあらず、自己の結構にあらず、他の牽挽にあらず、自立の規矩にあらざるゆゑに、東西密相附なり。渾身似信を信と称ずるなり。かならず仏果位と随他去し随自去す。仏果位にあらざれば信現成にあらず。このゆゑにいはく、仏法大海信為能入(仏法の大海は信を能入と為す)なり。おほよそ信現成のところは、仏祖現成のところなり。精進根は、省来祗管打坐なり。休也休不得なり、休得更休得なり。大駆駆生なり、不駆駆者なり。大駆不駆、一月二月なり。
釈迦牟尼仏言、我常勤精進、是故我已得成阿耨多羅三藐三菩提(我れ常に勤め精進せり、是の故に我れ已に阿耨多羅三藐三菩提を成ることを得たり)。
いはゆる常勤は、尽過現当来、頭正尾正なり。我常勤精進を我已得成菩提とせり。我已得成阿耨菩提のゆゑに、我常勤精進なり。しかあらずは、いかでか常勤ならん。しかあらずは、いかでか我已得ならん。論師経師、この宗旨を見聞すべからず、いはんや参学せるあらんや。
念根は、枯木の赤肉団なり。赤肉団を枯木といふ。枯木は念根なり。摸索当の自己、これ念なり。有身のときの念あり、無心のときも念あり。有心の念あり、無身の念あり。尽大地人の念根、これを念根とせり。尽十方仏の命根、これは念根なり。一念に多人あり、一人に多念あり。しかあれども、有念人あり、無念人あり。人にかならずしも念あるにあらず、念かならずしも人にかかれるにあらず。しかありといへども、この念根、よく持して究尽の功徳あり。
定根は、惜取眉毛なり、策起眉毛なり。このゆゑに不昧因果なり、不落因果なり。ここをもて、入驢胎、入馬胎なり。いしの玉をつつめるがごとし、全石全玉なりといふべからず。地の山をいただけるがごとし。尽地尽山といふべからず。しかあれども、頂領より跳出し跳入す。
慧根は、三世諸仏不知有なり、狸奴白牯却知有なり。為甚如此(なにとしてかかくの如くなる)といふべからず、いはれざるなり。鼻孔有消息なり、拳頭有指尖なり。驢は驢を保任す、井は井に相見す。おほよそ根嗣根なり。
五根
■60.三十七品菩提分法:正法眼蔵 ■
★注目スレッド: 四念住 四念処とも称ず(1) 四正断 あるいは四正勤と称ず(0) 四神足(1) 五根(1) 五力(1) 七等覚支(1) 八正道支 また八聖道とも称ず(1) 釈迦牟尼仏言、三十七品是僧業。(1) 普勧すらくは尽十方の天衆生、(1) かくのごとくなるによりて、(1) 嵩山高祖古仏、(1) 釈迦牟尼仏言、(1) おほよそ仏法東漸よりこのかた、(1) おほよそ梵王、釈王、人王、龍王、鬼神王等、(1) あるいは又あまりさへは、維摩と釈尊と、(1)
★注目スレッド: 四念住 四念処とも称ず(1) 四正断 あるいは四正勤と称ず(0) 四神足(1) 五根(1) 五力(1) 七等覚支(1) 八正道支 また八聖道とも称ず(1) 釈迦牟尼仏言、三十七品是僧業。(1) 普勧すらくは尽十方の天衆生、(1) かくのごとくなるによりて、(1) 嵩山高祖古仏、(1) 釈迦牟尼仏言、(1) おほよそ仏法東漸よりこのかた、(1) おほよそ梵王、釈王、人王、龍王、鬼神王等、(1) あるいは又あまりさへは、維摩と釈尊と、(1)
以下は、提示文を 道元禅師的(修証一等・現成公案)視座 から、
五根を「能力の一覧」ではなく「仏道が生きて働く根源構造」として深掘りするための参究視点です。
解説ではなく、坐り・迷い・日用のただなかで照らすための読みとして提示します。
Ⅰ.五根は「徳目」ではなく「根(ね)」である
五根はしばしば、
・信仰
・努力
・念(気づき)
・定(集中)
・智慧
という修行者の資質として理解されます。
しかし本文では一貫して、
| 人が持つのではない
| 法が自ら立つ“根”
として語られています。
根とは、支えるものではなく、生えてくるもの修めて得る以前に、すでに地中で働いている
Ⅱ.信根 ―― 信じる主体がない
信は自己でも他己でもない
| 自己にあらず、他己にあらず
| 自己の強為にあらず、他の牽挽にあらず
・決意でも同調でもない
・理解や納得でもない
信=選択以前の肯定
東西密相附
・東と西が離れず結びつく
・主体と客体が分かれない
信とは、世界が世界を信じている状態
仏果位と同時成就
| 仏果位にあらざれば信現成にあらず
・信があるから悟るのではない
・悟りが現成していることが信
信根=仏祖現成そのもの
Ⅲ.精進根 ―― 努力をしない精進
精進=只管打坐
| 省来祗管打坐なり
・何かを積み上げる努力ではない
・坐る以外の余計を省くこと
休也休不得
・休めないから精進するのではない
・休めないほど、すでに働いている
因果の反転
| 我常勤精進 → 我已得成菩提
| 我已得成菩提 → 我常勤精進
結果が原因を生む成仏しているから、常に精進している
Ⅳ.念根 ―― 気づきではない念
枯木の赤肉団
| 枯木の赤肉団なり
・枯れているのに生きている
・感情も思考も止まっていても失われない
念=覚醒した注意ではない
存在の拍動そのもの
有心・無心・有身・無身を貫く
・心があっても念あり
・心がなくても念あり
念は人に属さない
命根としての念
| 尽十方仏の命根、これは念根なり
念があるから生きるのではない
生が生であることが念
Ⅴ.定根 ―― 固まらない定
眉毛の譬え
| 惜取眉毛なり、策起眉毛なり
・守るべきものがある
・同時に動かさねばならない
定=保持と動揺の同時成立
不昧因果・不落因果
・因果を否定しない
・因果に縛られない
跳出・跳入
・定は安定ではない
・出入り自在
定根=どこにも留まらない安住
Ⅵ.慧根 ―― 知らない智慧
仏は知らず、狸は知る
| 三世諸仏不知有
| 狸奴白牯却知有
・仏の智慧は「知っている」ではない
・動物的直覚のほうが近い
慧=即応性
説明を拒む慧
| 為甚如此といふべからず
・理由を問うと外れる
・説明できた瞬間に死ぬ
根嗣根
| おほよそ根嗣根なり
・知が知を生むのではない
・根が根を嗣ぐ
智慧は継承されるのではなく、発芽する
Ⅶ.五根の相互貫通構造
| 根 | 誤解 | 本文の核心 |
| -・| ---・| ---・|
| 信 | 信仰心 | 仏果の現成 |
| 精進 | 努力 | 休めない働き |
| 念 | マインドフル | 命の拍動 |
| 定 | 集中 | 出入り自在 |
| 慧 | 知識 | 知らぬ即応 |
五根は五つではない
一つが五つとして現れている
Ⅷ.参究の一句
| 信は疑わず
| 精進は進まず
| 念は覚えず
| 定は止まらず
| 慧は知らず
| しかして仏道は、いまここに根づいている
この読みで五根を見ると、
・疑っていること
・進めないこと
・気づけないこと
・落ち着かないこと
・分からないこと
それ自体が すでに五根として働いている と見えてきます。
次に進むなら
五力への転成
七覚支との関係
八正道との非段階性
どこからでも、続けられます。
五根を「能力の一覧」ではなく「仏道が生きて働く根源構造」として深掘りするための参究視点です。
解説ではなく、坐り・迷い・日用のただなかで照らすための読みとして提示します。
Ⅰ.五根は「徳目」ではなく「根(ね)」である
五根はしばしば、
・信仰
・努力
・念(気づき)
・定(集中)
・智慧
という修行者の資質として理解されます。
しかし本文では一貫して、
| 人が持つのではない
| 法が自ら立つ“根”
として語られています。
根とは、支えるものではなく、生えてくるもの修めて得る以前に、すでに地中で働いている
Ⅱ.信根 ―― 信じる主体がない
| 自己にあらず、他己にあらず
| 自己の強為にあらず、他の牽挽にあらず
・決意でも同調でもない
・理解や納得でもない
信=選択以前の肯定
・東と西が離れず結びつく
・主体と客体が分かれない
信とは、世界が世界を信じている状態
| 仏果位にあらざれば信現成にあらず
・信があるから悟るのではない
・悟りが現成していることが信
信根=仏祖現成そのもの
Ⅲ.精進根 ―― 努力をしない精進
| 省来祗管打坐なり
・何かを積み上げる努力ではない
・坐る以外の余計を省くこと
・休めないから精進するのではない
・休めないほど、すでに働いている
| 我常勤精進 → 我已得成菩提
| 我已得成菩提 → 我常勤精進
結果が原因を生む成仏しているから、常に精進している
Ⅳ.念根 ―― 気づきではない念
| 枯木の赤肉団なり
・枯れているのに生きている
・感情も思考も止まっていても失われない
念=覚醒した注意ではない
存在の拍動そのもの
・心があっても念あり
・心がなくても念あり
念は人に属さない
| 尽十方仏の命根、これは念根なり
念があるから生きるのではない
生が生であることが念
Ⅴ.定根 ―― 固まらない定
| 惜取眉毛なり、策起眉毛なり
・守るべきものがある
・同時に動かさねばならない
定=保持と動揺の同時成立
・因果を否定しない
・因果に縛られない
・定は安定ではない
・出入り自在
定根=どこにも留まらない安住
Ⅵ.慧根 ―― 知らない智慧
| 三世諸仏不知有
| 狸奴白牯却知有
・仏の智慧は「知っている」ではない
・動物的直覚のほうが近い
慧=即応性
| 為甚如此といふべからず
・理由を問うと外れる
・説明できた瞬間に死ぬ
| おほよそ根嗣根なり
・知が知を生むのではない
・根が根を嗣ぐ
智慧は継承されるのではなく、発芽する
Ⅶ.五根の相互貫通構造
| 根 | 誤解 | 本文の核心 |
| -・| ---・| ---・|
| 信 | 信仰心 | 仏果の現成 |
| 精進 | 努力 | 休めない働き |
| 念 | マインドフル | 命の拍動 |
| 定 | 集中 | 出入り自在 |
| 慧 | 知識 | 知らぬ即応 |
五根は五つではない
一つが五つとして現れている
Ⅷ.参究の一句
| 信は疑わず
| 精進は進まず
| 念は覚えず
| 定は止まらず
| 慧は知らず
| しかして仏道は、いまここに根づいている
この読みで五根を見ると、
・疑っていること
・進めないこと
・気づけないこと
・落ち着かないこと
・分からないこと
それ自体が すでに五根として働いている と見えてきます。
次に進むなら
五力への転成
七覚支との関係
八正道との非段階性
どこからでも、続けられます。
五根
一者、信根
二者、精進根
三者、念根
四者、定根
五者、慧根
信根は、しるべし、自己にあらず、他己にあらず。自己の強為にあらず、自己の結構にあらず、他の牽挽にあらず、自立の規矩にあらざるゆゑに、東西密相附なり。渾身似信を信と称ずるなり。かならず仏果位と随他去し随自去す。仏果位にあらざれば信現成にあらず。このゆゑにいはく、仏法大海信為能入(仏法の大海は信を能入と為す)なり。おほよそ信現成のところは、仏祖現成のところなり。精進根は、省来祗管打坐なり。休也休不得なり、休得更休得なり。大駆駆生なり、不駆駆者なり。大駆不駆、一月二月なり。
釈迦牟尼仏言、我常勤精進、是故我已得成阿耨多羅三藐三菩提(我れ常に勤め精進せり、是の故に我れ已に阿耨多羅三藐三菩提を成ることを得たり)。
いはゆる常勤は、尽過現当来、頭正尾正なり。我常勤精進を我已得成菩提とせり。我已得成阿耨菩提のゆゑに、我常勤精進なり。しかあらずは、いかでか常勤ならん。しかあらずは、いかでか我已得ならん。論師経師、この宗旨を見聞すべからず、いはんや参学せるあらんや。
念根は、枯木の赤肉団なり。赤肉団を枯木といふ。枯木は念根なり。摸索当の自己、これ念なり。有身のときの念あり、無心のときも念あり。有心の念あり、無身の念あり。尽大地人の念根、これを念根とせり。尽十方仏の命根、これは念根なり。一念に多人あり、一人に多念あり。しかあれども、有念人あり、無念人あり。人にかならずしも念あるにあらず、念かならずしも人にかかれるにあらず。しかありといへども、この念根、よく持して究尽の功徳あり。
定根は、惜取眉毛なり、策起眉毛なり。このゆゑに不昧因果なり、不落因果なり。ここをもて、入驢胎、入馬胎なり。いしの玉をつつめるがごとし、全石全玉なりといふべからず。地の山をいただけるがごとし。尽地尽山といふべからず。しかあれども、頂領より跳出し跳入す。
慧根は、三世諸仏不知有なり、狸奴白牯却知有なり。為甚如此(なにとしてかかくの如くなる)といふべからず、いはれざるなり。鼻孔有消息なり、拳頭有指尖なり。驢は驢を保任す、井は井に相見す。おほよそ根嗣根なり。
一者、信根
二者、精進根
三者、念根
四者、定根
五者、慧根
信根は、しるべし、自己にあらず、他己にあらず。自己の強為にあらず、自己の結構にあらず、他の牽挽にあらず、自立の規矩にあらざるゆゑに、東西密相附なり。渾身似信を信と称ずるなり。かならず仏果位と随他去し随自去す。仏果位にあらざれば信現成にあらず。このゆゑにいはく、仏法大海信為能入(仏法の大海は信を能入と為す)なり。おほよそ信現成のところは、仏祖現成のところなり。精進根は、省来祗管打坐なり。休也休不得なり、休得更休得なり。大駆駆生なり、不駆駆者なり。大駆不駆、一月二月なり。
釈迦牟尼仏言、我常勤精進、是故我已得成阿耨多羅三藐三菩提(我れ常に勤め精進せり、是の故に我れ已に阿耨多羅三藐三菩提を成ることを得たり)。
いはゆる常勤は、尽過現当来、頭正尾正なり。我常勤精進を我已得成菩提とせり。我已得成阿耨菩提のゆゑに、我常勤精進なり。しかあらずは、いかでか常勤ならん。しかあらずは、いかでか我已得ならん。論師経師、この宗旨を見聞すべからず、いはんや参学せるあらんや。
念根は、枯木の赤肉団なり。赤肉団を枯木といふ。枯木は念根なり。摸索当の自己、これ念なり。有身のときの念あり、無心のときも念あり。有心の念あり、無身の念あり。尽大地人の念根、これを念根とせり。尽十方仏の命根、これは念根なり。一念に多人あり、一人に多念あり。しかあれども、有念人あり、無念人あり。人にかならずしも念あるにあらず、念かならずしも人にかかれるにあらず。しかありといへども、この念根、よく持して究尽の功徳あり。
定根は、惜取眉毛なり、策起眉毛なり。このゆゑに不昧因果なり、不落因果なり。ここをもて、入驢胎、入馬胎なり。いしの玉をつつめるがごとし、全石全玉なりといふべからず。地の山をいただけるがごとし。尽地尽山といふべからず。しかあれども、頂領より跳出し跳入す。
慧根は、三世諸仏不知有なり、狸奴白牯却知有なり。為甚如此(なにとしてかかくの如くなる)といふべからず、いはれざるなり。鼻孔有消息なり、拳頭有指尖なり。驢は驢を保任す、井は井に相見す。おほよそ根嗣根なり。