七等覚支
一者、擇法覚支
二者、精進覚支
三者、喜覚支
四者、除覚支
五者、捨覚支
六者、定覚支
七者、念覚支
擇法覚支は、毫釐有差、天地懸隔なり。このゆゑに、至道不難易、唯要自揀擇(至道難易にあらず、唯自ら揀擇せんことを要す)のみなり。
精進覚支は、不曽奪行市なり。自買自売、ともに定価あり、知貴あり。屈己推人(己を屈して人を推す)に相似なりといへども通身撲不碎なり。一転語を自売することいまだやまざるに、一転心を自買する商客に相逢す。驢事未了、馬事到来なり。
喜覚支は、老婆心切血滴滴なり。大悲千手眼、遮莫太多端。臘雪梅花先漏泄、来春消息大家寒(大悲千手眼、遮莫太だ多端なり。臘雪の梅花先づ漏泄す、来春の消息大家寒し)なり。しかもかくのごとくなりといへども、活撥撥、笑呵呵なり。
除覚支は、もしみづからがなかにありてはみづからと群せず、他のなかにありては他と群せず。我得你不得なり。灼然道著、異類中行なり。捨覚支は、設使将来、他亦不受(設使将来すとも他もまた受けじ)なり。唐人赤脚学唐歩、南海波斯求象牙(唐人赤脚にして唐歩を学し、南海の波斯象牙を求む)なり。
定覚支は、機先保護機先眼(機先に保護す機先の眼)なり。自家鼻孔自家穿(自家の鼻孔自家穿ぐ)なり。自家把索自家牽(自家の索を把りて自家牽く)なり。しかもかくのごとくなりといへども、さらに牧得一頭水牯牛なり。
念覚支は、露柱歩空行(露柱、空を歩みて行く)なり。このゆゑに、口似椎、眼如眉(口は椎に似たり、眼は眉の如し)なりといふとも、なほこれ栴檀林裏爇栴檀、獅子窟中獅子吼(栴檀林裏に栴檀爇し、獅子窟中に獅子吼す)なり。
七等覚支
■60.三十七品菩提分法:正法眼蔵 ■
★注目スレッド: 四念住 四念処とも称ず(1) 四正断 あるいは四正勤と称ず(0) 四神足(1) 五根(1) 五力(1) 七等覚支(1) 八正道支 また八聖道とも称ず(1) 釈迦牟尼仏言、三十七品是僧業。(1) 普勧すらくは尽十方の天衆生、(1) かくのごとくなるによりて、(1) 嵩山高祖古仏、(1) 釈迦牟尼仏言、(1) おほよそ仏法東漸よりこのかた、(1) おほよそ梵王、釈王、人王、龍王、鬼神王等、(1) あるいは又あまりさへは、維摩と釈尊と、(1)
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以下は、提示文を 道元禅師的(修証一等・現成公案)視座 から、
七等覚支(七覚支)を「悟りへ向かう心理プロセス」ではなく、
悟りがすでに世界として作動している〈七つの相〉として深掘りするための参究視点です。
あくまで解説ではなく、坐中・行住坐臥で噛みしめるための読みです。
Ⅰ.七覚支は「悟りの条件」ではない
一般には七覚支は、
・悟りに至るために順次育てる要素
と説明されます。
しかし本文では、七覚支はすでに
| 迷いと悟りが分かれる以前に、
| 世界が自ら目を覚ましている様相
として現れています。
覚支とは「覚る主体」が持つ徳目ではなく、
覚りが自ら分節している姿
Ⅱ.擇法覚支 ―― 選ばない選択
| 毫釐有差、天地懸隔
微差が世界を分ける
・少しのずれが、天地ほどの隔たりとなる
・しかしそれは「正誤」の差ではない
至道は難易にあらず
| 唯要自揀擇
・選ぶとは、取捨選択することではない
・いま立っているところが、すでに選ばれている
擇法=法が法を選び取っている状態人為が介入する余地がない正確さ
Ⅲ.精進覚支 ―― 交換不能の働き
| 不曽奪行市
市に出ても奪わない
・競争も略奪もない
・しかし価値は厳然としてある
自買自売
・自分が売り
・自分が買い
精進とは、他人と比べて進むことではない生きているという取引が止まらないこと
驢事未了、馬事到来
・一件終わる前に次が来る
・完結しないからこそ続く
Ⅳ.喜覚支 ―― 感情としての喜びではない
| 老婆心切血滴滴
喜は切実さから湧く
・軽快な楽しさではない
・血が滴るほどの切実さ
大悲と同根
・千手眼の多忙さ
・世話が尽きないからこその喜
しかも活撥撥、笑呵呵
喜=世界が生き生きしてしまう止めようのなさ悲と反対ではない
Ⅴ.除覚支 ―― 離れながら属さない
| 我得你不得
群れない除
・自分の中にいても、自分と群れない
・他の中にいても、他と群れない
除=切り捨てではなく、混ざらないこと
異類中行
・同類の安心を捨てる
・しかし孤立でもない
除覚支=どこにも安住しない清浄
Ⅵ.捨覚支 ―― 受け取らない自由
| 他亦不受
差し出されても受けない
・善悪
・評価
・成果
捨=放棄ではない
執着の成立点がない
異国の比喩
・唐人が裸足で唐歩を学ぶ
・象牙を求めて異郷へ行く
捨覚支=自文化・自基準を超える力
Ⅶ.定覚支 ―― 制御の内側で自由
| 自家把索自家牽
自分で縛り、自分で引く
・他に任せない
・しかし自己制御でもない
牧得一頭水牯牛
・完全には従わない牛
・それでも一頭は牧せている
定=完全制御ではなく、付き合いきる力
Ⅷ.念覚支 ―― 世界が歩いている
| 露柱歩空行
露柱が歩く
・主体が消える
・世界そのものが動く
無骨さと荘厳
・口は椎のよう
・眼は眉のよう
念=洗練された注意ではない
存在の直立
獅子吼
・正当な場で
・正当な声が出る
Ⅸ.七覚支の相互即入
| 覚支 | 世俗理解| 本文の核心 |
| -・ | -- | --- |
| 擇法 | 判断 | 法の自選 |
| 精進 | 努力 | 交換不能 |
| 喜 | 快 | 切実な躍動 |
| 除 | 排除 | 群れなさ |
| 捨 | 放棄 | 受けなさ |
| 定 | 安定 | 付き合い |
| 念 | 注意 | 世界の歩行 |
七つは段階ではない一つが立つと、七つが同時に立つ
Ⅹ.参究の一句
| 選ばずして正しく
| 進まずして止まらず
| 喜びて切なく
| 離れて混じらず
| 捨てて受けず
| 縛って自由
| 世界が歩く
| これ七等覚支なり
この読みで七覚支を観ると、
・判断に迷うこと
・進めないこと
・喜びが重いこと
・群れられないこと
・何も受け取れないこと
・落ち着かないこと
・注意が散ること
それらすべてが すでに覚りが働いている相 として立ち上がります。
次に進むなら
八正道との合流
止観・禅定との非連続性
只管打坐における七覚支の同時現成
どこからでも、さらに深められます。
七等覚支(七覚支)を「悟りへ向かう心理プロセス」ではなく、
悟りがすでに世界として作動している〈七つの相〉として深掘りするための参究視点です。
あくまで解説ではなく、坐中・行住坐臥で噛みしめるための読みです。
Ⅰ.七覚支は「悟りの条件」ではない
一般には七覚支は、
・悟りに至るために順次育てる要素
と説明されます。
しかし本文では、七覚支はすでに
| 迷いと悟りが分かれる以前に、
| 世界が自ら目を覚ましている様相
として現れています。
覚支とは「覚る主体」が持つ徳目ではなく、
覚りが自ら分節している姿
Ⅱ.擇法覚支 ―― 選ばない選択
| 毫釐有差、天地懸隔
・少しのずれが、天地ほどの隔たりとなる
・しかしそれは「正誤」の差ではない
| 唯要自揀擇
・選ぶとは、取捨選択することではない
・いま立っているところが、すでに選ばれている
擇法=法が法を選び取っている状態人為が介入する余地がない正確さ
Ⅲ.精進覚支 ―― 交換不能の働き
| 不曽奪行市
・競争も略奪もない
・しかし価値は厳然としてある
・自分が売り
・自分が買い
精進とは、他人と比べて進むことではない生きているという取引が止まらないこと
・一件終わる前に次が来る
・完結しないからこそ続く
Ⅳ.喜覚支 ―― 感情としての喜びではない
| 老婆心切血滴滴
・軽快な楽しさではない
・血が滴るほどの切実さ
・千手眼の多忙さ
・世話が尽きないからこその喜
喜=世界が生き生きしてしまう止めようのなさ悲と反対ではない
Ⅴ.除覚支 ―― 離れながら属さない
| 我得你不得
・自分の中にいても、自分と群れない
・他の中にいても、他と群れない
除=切り捨てではなく、混ざらないこと
・同類の安心を捨てる
・しかし孤立でもない
除覚支=どこにも安住しない清浄
Ⅵ.捨覚支 ―― 受け取らない自由
| 他亦不受
・善悪
・評価
・成果
捨=放棄ではない
執着の成立点がない
・唐人が裸足で唐歩を学ぶ
・象牙を求めて異郷へ行く
捨覚支=自文化・自基準を超える力
Ⅶ.定覚支 ―― 制御の内側で自由
| 自家把索自家牽
・他に任せない
・しかし自己制御でもない
・完全には従わない牛
・それでも一頭は牧せている
定=完全制御ではなく、付き合いきる力
Ⅷ.念覚支 ―― 世界が歩いている
| 露柱歩空行
・主体が消える
・世界そのものが動く
・口は椎のよう
・眼は眉のよう
念=洗練された注意ではない
存在の直立
・正当な場で
・正当な声が出る
Ⅸ.七覚支の相互即入
| 覚支 | 世俗理解| 本文の核心 |
| -・ | -- | --- |
| 擇法 | 判断 | 法の自選 |
| 精進 | 努力 | 交換不能 |
| 喜 | 快 | 切実な躍動 |
| 除 | 排除 | 群れなさ |
| 捨 | 放棄 | 受けなさ |
| 定 | 安定 | 付き合い |
| 念 | 注意 | 世界の歩行 |
七つは段階ではない一つが立つと、七つが同時に立つ
Ⅹ.参究の一句
| 選ばずして正しく
| 進まずして止まらず
| 喜びて切なく
| 離れて混じらず
| 捨てて受けず
| 縛って自由
| 世界が歩く
| これ七等覚支なり
この読みで七覚支を観ると、
・判断に迷うこと
・進めないこと
・喜びが重いこと
・群れられないこと
・何も受け取れないこと
・落ち着かないこと
・注意が散ること
それらすべてが すでに覚りが働いている相 として立ち上がります。
次に進むなら
八正道との合流
止観・禅定との非連続性
只管打坐における七覚支の同時現成
どこからでも、さらに深められます。
七等覚支
一者、擇法覚支
二者、精進覚支
三者、喜覚支
四者、除覚支
五者、捨覚支
六者、定覚支
七者、念覚支
擇法覚支は、毫釐有差、天地懸隔なり。このゆゑに、至道不難易、唯要自揀擇(至道難易にあらず、唯自ら揀擇せんことを要す)のみなり。
精進覚支は、不曽奪行市なり。自買自売、ともに定価あり、知貴あり。屈己推人(己を屈して人を推す)に相似なりといへども通身撲不碎なり。一転語を自売することいまだやまざるに、一転心を自買する商客に相逢す。驢事未了、馬事到来なり。
喜覚支は、老婆心切血滴滴なり。大悲千手眼、遮莫太多端。臘雪梅花先漏泄、来春消息大家寒(大悲千手眼、遮莫太だ多端なり。臘雪の梅花先づ漏泄す、来春の消息大家寒し)なり。しかもかくのごとくなりといへども、活撥撥、笑呵呵なり。
除覚支は、もしみづからがなかにありてはみづからと群せず、他のなかにありては他と群せず。我得你不得なり。灼然道著、異類中行なり。捨覚支は、設使将来、他亦不受(設使将来すとも他もまた受けじ)なり。唐人赤脚学唐歩、南海波斯求象牙(唐人赤脚にして唐歩を学し、南海の波斯象牙を求む)なり。
定覚支は、機先保護機先眼(機先に保護す機先の眼)なり。自家鼻孔自家穿(自家の鼻孔自家穿ぐ)なり。自家把索自家牽(自家の索を把りて自家牽く)なり。しかもかくのごとくなりといへども、さらに牧得一頭水牯牛なり。
念覚支は、露柱歩空行(露柱、空を歩みて行く)なり。このゆゑに、口似椎、眼如眉(口は椎に似たり、眼は眉の如し)なりといふとも、なほこれ栴檀林裏爇栴檀、獅子窟中獅子吼(栴檀林裏に栴檀爇し、獅子窟中に獅子吼す)なり。
一者、擇法覚支
二者、精進覚支
三者、喜覚支
四者、除覚支
五者、捨覚支
六者、定覚支
七者、念覚支
擇法覚支は、毫釐有差、天地懸隔なり。このゆゑに、至道不難易、唯要自揀擇(至道難易にあらず、唯自ら揀擇せんことを要す)のみなり。
精進覚支は、不曽奪行市なり。自買自売、ともに定価あり、知貴あり。屈己推人(己を屈して人を推す)に相似なりといへども通身撲不碎なり。一転語を自売することいまだやまざるに、一転心を自買する商客に相逢す。驢事未了、馬事到来なり。
喜覚支は、老婆心切血滴滴なり。大悲千手眼、遮莫太多端。臘雪梅花先漏泄、来春消息大家寒(大悲千手眼、遮莫太だ多端なり。臘雪の梅花先づ漏泄す、来春の消息大家寒し)なり。しかもかくのごとくなりといへども、活撥撥、笑呵呵なり。
除覚支は、もしみづからがなかにありてはみづからと群せず、他のなかにありては他と群せず。我得你不得なり。灼然道著、異類中行なり。捨覚支は、設使将来、他亦不受(設使将来すとも他もまた受けじ)なり。唐人赤脚学唐歩、南海波斯求象牙(唐人赤脚にして唐歩を学し、南海の波斯象牙を求む)なり。
定覚支は、機先保護機先眼(機先に保護す機先の眼)なり。自家鼻孔自家穿(自家の鼻孔自家穿ぐ)なり。自家把索自家牽(自家の索を把りて自家牽く)なり。しかもかくのごとくなりといへども、さらに牧得一頭水牯牛なり。
念覚支は、露柱歩空行(露柱、空を歩みて行く)なり。このゆゑに、口似椎、眼如眉(口は椎に似たり、眼は眉の如し)なりといふとも、なほこれ栴檀林裏爇栴檀、獅子窟中獅子吼(栴檀林裏に栴檀爇し、獅子窟中に獅子吼す)なり。