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Re: 釈迦牟尼仏言、声聞持戒、菩薩破戒。

Posted: 土 1 10, 2026 3:34 pm
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以下は、この一句

| 「声聞持戒、菩薩破戒」
| を、反戒律・破戒礼賛・過激な逆説として誤読することを厳密に避け、
| なぜ釈尊があえてこの言い方をするのか/〈戒〉とは何を守り、何を破るものなのか
| という一点に集中して、仏道的に深掘りする視点です。

この一句は挑発ではありません。
戒の次元を決定的に分けるための、精密な定位文です。

Ⅰ.まず誤読を断つ —— これは「破戒を勧める言葉」ではない

この一句は、次のように読まれがちです。

・声聞は形式的
・菩薩は自由
・菩薩は戒を破ってもよい

すべて誤りです。

釈尊も道元も、
戒を軽んじる思想を一度たりとも説いていません。
問題は
「何のための戒か」
「どこに向かって戒が働いているか」
です。

Ⅱ.「声聞持戒」とは何を意味するか

声聞は、

・生死を厭い
・煩悩を断ち
・自己の解脱を完成させる

この目的のために戒を持つ。
声聞戒の本質は、

| 汚れないための戒
| 巻き込まれないための戒
| 自己を守るための戒

だからこそ、

・厳密
・一貫
・破られない
持戒であることが完成形

Ⅲ.「菩薩破戒」とは何を意味するか

ここが核心です。

菩薩は、

・生死を引き受け
・衆生の中に入り
・仏法を未来へ生かし続ける

そのために戒を受ける。
菩薩戒の本質は、

| 衆生を捨てないための戒
| 生死を避けないための戒
| 法を止めないための戒

Ⅳ.なぜ「破戒」と言われるのか

菩薩が衆生に入るとき、

・汚れに触れる
・危険を引き受ける
・非難される
・誤解される

その結果、

・声聞の戒の基準から見れば
 「破っている」ように見える
しかしそれは、

・戒を軽んじたからではない
・欲に負けたからでもない
戒の射程が違うから

Ⅴ.持戒と破戒は、対立ではない

この一句は、

・持つ戒 vs 破る戒
 ではありません。
守っているものが違う

|    | 声聞  | 菩薩   |
| --- | --- | ---・|
| 守るもの | 自己の清浄 | 仏法の命脈 |
| 避けるもの | 生死・煩悩 | 仏法断絶  |
| 戒の向き | 内向  | 外向   |
| 結果  | 持戒  | 破戒と見える |

Ⅵ.なぜ「破戒」と強く言うのか

もし釈尊が、

・菩薩は柔軟である
・菩薩は応用が利く

と穏やかに言えば、
菩薩道は
すぐに自己正当化の道具になる。

だからこそ、

| あえて「破戒」と言う

・世俗の目にどう見えるか
・僧団からどう裁かれるか
・非難を引き受けられるか
それを引き受ける覚悟があるか
を問う。

Ⅶ.ここで問われているのは「覚悟」

この一句は、修行者にこう迫ります。

| あなたは
| 清らかに終わりたいのか
| それとも
| 仏法を終わらせないのか

・清らかさを守るなら、声聞
・仏法を守るなら、菩薩
どちらが正しい、ではないどちらを引き受けるか、である

Ⅷ.正命・正業との完全な接続

これまでの文脈と完全に一致します。

・正業=僧業
・正命=仏法に養われ、仏法に使われる命
菩薩は、

・戒を守ることで
 正命を壊すなら
・戒を破ってでも
 正命を生かす

それが

| 菩薩破戒

Ⅸ.この一句の恐ろしさ

この一句は、

・自由を与えない
・安心も与えない
・正解も示さない
逃げ場を完全に奪う

・破っても責任を負え
・持っても閉じるな

Ⅹ.参究の一句(結語)

| 戒を守ることは尊い
| 戒を破ることは危険である
| だが
| 仏法を守らぬ戒は
| 最も深い破戒である
| 声聞は戒を守る
| 菩薩は
| 戒を引き受けて壊れる


最後に(決定的に重要)

この一句は、

・破戒を正当化する免罪符ではありません
・菩薩を英雄化する言葉でもありません
戒を生き物として扱え、という命令

戒を守るなら、
何を守っているのか。

戒を破るなら、
何を守るために破っているのか。

この問いから逃げる者は、
声聞にも菩薩にもなっていない。

それほどまでに、
この一句は重い。

だからこそ、
釈尊は
この言い方を選んだのです。

釈迦牟尼仏言、声聞持戒、菩薩破戒。

Posted: 土 1 10, 2026 3:34 pm
by writer
釈迦牟尼仏言、声聞持戒、菩薩破戒。