ページ 11

Re: 第二十一祖婆修盤頭尊者道、 心同虚空界、 示等虚空法。 証得虚空時、 無是無非法。

Posted: 水 1 14, 2026 5:49 am
by writer
この段は、『正法眼蔵・虚空』の結語部にあたる決定的な提示です。
道元は、祖師の偈を借りながら、虚空とは何かを説明するのではなく、
「虚空として生きている事実をどう参究するか」を一気に畳みかけています。

以下、仏道的に深掘りします。

一、祖師偈の位置づけ──結論ではなく「実地の入口」

ここで引かれる第二十一祖は、
婆修盤頭尊者
(サンスクリット名:ヴァスバンドゥ)です。

しかし重要なのは、
権威として引用しているのではないという点。

この四句は、

・理論的定義
・空の形而上学

ではなく、
修行の現場を一点で言い切った言葉

として置かれています。

二、「心同虚空界」──心を内面に閉じない

| 心は虚空界に同じ

これは、

・心が空っぽ
・心が広い

という意味ではありません。

仏道的転倒

・心=内面 ❌
・虚空=外界 ❌

という分離そのものが、すでに破られている。
心があるところが、すでに虚空界

だから、

・思っている心
・止まった心
・壁のような心

すべてが「虚空界」。

三、「示等虚空法」──説法とは、姿を変えること

| 等虚空の法を示す

ここで道元は、すぐに観音経を重ねます。

・応以此身得度者、即現此身
・応以他身得度者、即現他身

これは説教ではありません。
生き方そのものが、すでに説法

・壁に向かって坐る
・壁のように動かない
・枯木のように反応しない

それらすべてが「示等虚空法」。

四、「牆壁心・枯木心」──否定された心ではない

道元は、通常なら否定されがちな状態を、
一切否定しません。

・壁面人
・人面壁
・牆壁心
・枯木心

これらをまとめて言う:
| これはこれ虚空界なり

つまり、

・動かない心
・反応しない心
・生気のないように見える心
それを排除しようとすること自体が、もう虚空を外している

五、「被十二時使・使得十二時」──時間に使われ、時間を使う

ここは極めて深い一句です。

・時間に追われる
・時間をコントロールする

どちらも、

| 証得虚空時

だと言う。

仏道的含意

・主体として時間を支配するのでもない
・客体として時間に支配されるのでもない
時間が起こっている、その渦中にあること自体が虚空

六、「無是無非法」──価値判断の消滅

| 石頭大底大、石頭小底小

これは禅語ですが、ここでの意味は明快。

・大きいものは大きい
・小さいものは小さい

それ以上でも、それ以下でもない。

だから:
| 是も無し、非法も無し

正しい・間違い、悟り・迷い、
修行・非修行――
それらを立てる場そのものが、すでに外れている

七、最終一句の決定性

「正法眼蔵涅槃妙心」として参究せよ

道元は最後に言う:
| かくのごとくの虚空、
| これを正法眼蔵涅槃妙心と参究するのみ

これは定義ではありません。

・虚空=涅槃
・虚空=妙心

と言っているのではない。
いま生きているこの在り方を、
 名前を付けずに、丸ごと引き受けよ

という指示。

八、仏道的核心(この段の一点)

| 虚空とは、
| 何かを超えた世界ではない。
|
| 今ここで、
| 逃げ場なく現れている生の全体である。

・壁のような心も
・枯木のような心も
・時間に追われる生も
・時間を操る生も
そのすべてが、正法眼蔵の現成


この段を読んだあと、
何かを「理解した」と思ったなら、
それはもう外れています。

ただ、

| いまのこの身心を、
| そのまま虚空として参究する

そこに、この巻の着地があります。

第二十一祖婆修盤頭尊者道、 心同虚空界、 示等虚空法。 証得虚空時、 無是無非法。

Posted: 水 1 14, 2026 5:44 am
by writer
第二十一祖婆修盤頭尊者道、
心同虚空界、
示等虚空法。
証得虚空時、
無是無非法。
(心は虚空界に同じ、等虚空の法を示す。虚空を証得する時、是も無く非法も無し。)
いま壁面人と人面壁と、相逢相見する牆壁心、枯木心、これはこれ虚空界なり。応以此身得度者、即現此身、而為説法、これ示等虚空法なり。応以他身得度者、即現他身、而為説法、これ示等虚空法なり。被十二時使、および使得十二時、これ証得虚空時なり。石頭大底大、石頭小底小、これ無是無非法なり。
かくのごとくの虚空、しばらくこれを正法眼蔵涅槃妙心と参究するのみなり。