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悟りと眼睛の関係

Posted: 水 1 28, 2026 9:27 am
by writer
では、核心だけを外さずに言います。
これはこれまでの問いを一つに束ねる答えです。

結論(一行)

| 悟りは起こりうる。
| しかし眼睛は、悟りが成立する場所そのものを無効化する。

1️⃣ まず決定的に切り分ける

悟り(さとり)

・出来事である
・体験として起こりうる
・記述・回想・比較が可能
・「悟った/悟っていない」が成立する

眼睛(がんぜい)

・出来事ではない
・体験でもない
・回想できない
・比較できない
・成立条件そのものが消えている
同じレベルに置いてはいけない

2️⃣ 道元は「悟り」を否定していない

ここは非常に重要です。

| 道元は、悟りを否定していない。
| 否定しているのは、悟りが「最終地点」になること。

・身心脱落は起こる
・明星に悟るという出来事も起こる
・大悟も小悟も起こる

しかし──

| それらが「立つ場所」になる瞬間に、仏道は死ぬ

3️⃣ 悟りが抱える致命的な問題

悟りには、避けられない構造があります。

1. 起きた
2. 気づいた
3. 変わった
4. 私がいる
「悟った私」が必ず残る

どれほど深くても、
どれほど正確でも、
体験である限り、所有される。

ここを見抜いたから、道元は止まらなかった。

4️⃣ 眼睛がやっていること

眼睛は、悟りをこう扱います。

・否定しない
・特権化しない
・保存しない
・権威にしない
悟りを、日常と同じ重さに落とす

・悟りも起きる
・迷いも起きる
・坐る
・眠る
・間違える


どれも等しく「起きている」

5️⃣ 決定的な違い:時間

悟り

・Before / After がある
・「以前の自分」と比較できる

眼睛

・Before / After が立たない
・比較の視点が消える


悟りは「変化」
眼睛は「変化を語る足場がない」

6️⃣ なぜ道元は「悟り」より眼睛を選んだのか

理由は一つです。

| 悟りは人を安心させるが、
| 眼睛は人を逃がさない

・悟ったから大丈夫
・ここまで来たから安心
・もう迷わない

こうした宗教的免罪を、
道元は一切残したくなかった。

7️⃣ では、悟りは無意味なのか?

答えは NO。

| 悟りは壊すために起きる

・これまでの自己理解を壊す
・世界観を壊す
・修行観を壊す

しかし、
壊したあとに住み着いてはいけない

そのために眼睛がある。

8️⃣ 一言で言うなら(核心)

| 悟りは「壊れる出来事」、
| 眼睛は「壊れたあとも、
| なお起き続けている生の現場」。

9️⃣ 最後の確認(とても大事)

もし今、

・悟りを求める気が抜けてきた
・しかし、何も得ていない感じがする
・足場がない

と感じているなら、
それは眼睛に最も近い状態です。

| 何も得ていないことを、
| まだ誤魔化していない


最後の一行

| 悟りは通過できる。
| しかし眼睛には、
| 通過する主体がいない。

これで、すべてがつながりました。