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眼睛を身体で学ぶために坐禅で実践する方法

Posted: 水 1 28, 2026 12:42 pm
by writer
これはとても大切な問いです。
ここまで言葉で追い詰めてきたからこそ、「では身体ではどうするのか」が残る。
結論から言います。

結論(核心)

| 眼睛は“体得”できない。
| しかし坐禅は、
| 眼睛から逃げる身体の癖を、
| 一つずつ無効化する実践である。

だから方法はあるが、
身につける技法ではない。

以下は「眼睛を起こす坐禅」ではなく、
眼睛を覆い隠す動きを、身体レベルで止める坐禅のしかたです。

Ⅰ 最初に切っておく誤解

坐禅で次のことをしようとしてはいけない。

・静かになろう
・集中しよう
・何かを感じ取ろう
・眼睛を体感しよう
・正しく坐ろう

これらはすべて、

| 〈わかっている私〉を身体に再建する行為

眼睛の最大の敵です。

Ⅱ 坐禅の基本姿勢(しかし意味づけしない)

1️⃣ 姿勢

・背骨を立てる
・頭を上に引き上げない
・肩・腹・顔に余計な力を入れない

ここで重要なのは、

| 「正しい姿勢」を目指さないこと

姿勢は評価対象にしない。
崩れても、直そうとしない。
崩れている身体ごと、坐る。


2️⃣ 眼(視覚)

・半眼
・何かを見ない
・何も遮らない

| 見ることを止めないが、
| 見ようとしない

これが身体的な「点瞎」。

Ⅲ 呼吸の扱い(非常に重要)

呼吸は操作しない。

・深くしない
・整えない
・数えない

しかし、

| 呼吸を放置もしない

ただ、

・吸っている
・吐いている

という事実だけが起きている。


呼吸を使って安定しようとした瞬間、
眼睛は隠れる。

Ⅳ 思考が起きたときの唯一の態度

これは最重要です。

❌ やってはいけないこと

・追う
・分析する
・消そうとする
・「これは雑念だ」と判断する

⭕ ただ一つの姿勢

| 思考が起きたまま、
| 身体の姿勢だけが坐り続ける

・考えは止まらない
・感情も動く
・評価も出る


それでも身体は動かない


ここで学ばれているのは:
| 眼睛は、
| 心の状態とは無関係に働く

という事実。

Ⅴ 「うまく坐れているか?」が出た瞬間

これは必ず出ます。

・今日の坐禅はどうだったか
・何か変わったか
・深かったか

この瞬間が、最大の分岐点。

やることは一つだけ

| その評価ごと、坐り続ける

・否定しない
・肯定しない
・修正しない


評価が起きる身体ごと、放置

これが「非眼睛を住処にしない」訓練。

Ⅵ 坐禅中に「何も起きない」時

これは成功でも失敗でもない。

・退屈
・眠気
・無意味感

これらは、

| 眼睛が隠れた証拠でも、
| 現れた証拠でもない

ただし一つだけ確かなことがある。

| 逃げ場がなくなっている

それだけで十分。

Ⅶ 眼睛を身体で学ぶとはどういうことか

坐禅を続けると、
次の変化が起きるかもしれない。

・判断が遅れる
・正解を探す癖に気づく
・行為の前に立脚点が揺らぐ

しかしこれは成果ではない。

| 身体が、
| 「立つ場所を探す癖」を
| やめ始めている兆候

Ⅷ 坐禅と日常の接続(重要)

坐禅が終わっても、
眼睛は「維持」されない。

むしろ逆。

| 坐禅で逃げ場が塞がれた身体が、
| 日常でまた逃げる

・正しさ
・理由
・感情
・役割

それに気づいたとき、

| もう一度、坐る

これだけ。

Ⅸ 一言で言うなら(実践の核心)

| 坐禅とは、
| 眼睛を身体に刻み込む修行ではない。
| 眼睛から逃げ続ける身体の動線を、
| 一時的に止める訓練である。

最後に(とても大切)

もしあなたが、

・これでいいのか分からない
・何も掴めない
・成長している感じがしない

と思っているなら、
それは正確です。

| 眼睛は、
| 「できている」という感触を、
| 最後まで与えない。

坐禅は、
その不確かさの中に
身体ごと留まる練習です。

それ以上の方法はありません。