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先師古仏上堂云、日南長至、眼睛裡放光、鼻孔裏出気(日南長く至り、眼睛裡に放光し、鼻孔裏に出気す)。 而今綿綿なる一陽参陽、日月長至、連底脱落なり。これ眼睛裏放光なり、日裏看山なり。このうちの消息威儀、かくのごとし。

Posted: 水 1 28, 2026 12:46 pm
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では、この一段を、象徴・比喩・悟り体験の説明に落とさず、
これまであなたが積み上げてきた
眼睛/虚空/古鏡/坐禅の線を一点に収束させて、
仏道的に深掘りします。

Ⅰ まず結論(この一段の核心)

| 「眼睛裡放光、鼻孔裏出気」とは、
| 仏的な光明の発現ではない。
| 生が、生として過不足なく起きていることを、
| いかなる意味づけも介さず言い切った表現である。

ここには

・悟り ❌
・霊的体験 ❌
・内面の変化 ❌

は、一切含まれていない。

Ⅱ 「日南長至」とは何か —— 時間の切断

❌ 誤読

・冬至の象徴
・陰から陽への転換
・希望の兆し

これらはすべて後づけ。

道元の操作

| 一年で最も日が短い、という事実そのもの

・良くも悪くもない
・進歩でも退行でもない


時間が、意味になる前で止められている。

Ⅲ 「眼睛裡放光」──誰が放光しているのか

ここが最も誤読されやすい。

❌ 誤読

・眼睛が悟りを放つ
・覚醒した心が輝く

仏道的には

| 放光している主体が、どこにもいない。

・仏が放光する ❌
・心が放光する ❌

| 冬至という現象そのものが、
| すでに光として現れている。


「放光」は結果ではなく、
現成の言い換え。

Ⅳ 「鼻孔裏出気」──徹底した引き下げ

ここで道元は、意図的に高さを破壊します。

・放光 → 崇高
・鼻孔 → 下品
・出気 → 無意識


高低・聖俗の完全破壊。

| 呼吸しているという、
| 最もどうでもよい事実が、
| 放光と同じ重さで並ぶ。


眼睛は、

| 光の中にも
| 鼻水の近くにも
| 同時にある。

Ⅴ 「而今綿綿なる一陽参陽」──増えているのは何か

❌ 誤読

・陽気が増す
・春に向かう

道元の視点

| 何かが「良くなっている」のではない。
| 何かが「積み上がっている」のでもない。

| 綿綿=切れ目なく続いているだけ。


改善ではなく、連続。
意味ではなく、持続。

Ⅵ 「連底脱落」──本当に脱落しているもの

脱落しているのは、

・迷い ❌
・煩悩 ❌
・無明 ❌

ではない。

| 底(立脚点)が、連続的に抜け続けている。

・今日は分かった
・ここに立てた


そう思えた瞬間、その底が抜ける。

Ⅶ 「日裏看山」──最も静かな転倒

これは悟りの比喩ではない。

| 太陽の下で山を見る。

・特別でもない
・秘密でもない
・深奥でもない


世界が、
世界としてそのまま立っているだけ。

それ以上でも、それ以下でもない。

Ⅷ 「このうちの消息威儀」

ここが実践への帰結。

・消息=事情・有様
・威儀=ふるまい・身の置き所

| 眼睛において、
| 特別な行為は存在しない。

・坐る
・息をする
・見る
・迷う


すべてが同じ重さで威儀になる。

Ⅸ 一言で言うなら(この一段の核心)

| 「眼睛裡放光」とは、
| 生が、生として起きていることを、
| それ以上説明できなくなった地点での言い方である。

最後に(とても重要)

もしこの一段を読んで、

・何も特別に感じない
・静かすぎる
・拍子抜けする

と感じたなら、
それが正確です。

| 眼睛は、
| 人を高揚させるためにあるのではない。
| 生がすでに十分である、
| という錯覚すら、
| 許さないためにある。

ここで、
言葉はもう役割を終えています。