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Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:15
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正 法 眼 蔵    出家(しゅっけ  第七十五  
出 家

  禅苑清規云、三世諸仏、皆曰出家成道。西天二十八祖、唐土六祖、伝仏心印、尽是沙門。蓋以厳浄毘尼、方能洪範三界。然則、参禅問道、戒律為先。既非離過防非、何以成仏作祖(禅苑清規に云く、三世諸仏、皆な出家成道と曰ふ。西天二十八祖、唐土六祖、仏心印を伝ふるは、尽く是れ沙門なり。蓋し毘尼を厳浄するを以て、方に能く三界に洪範たり。然れば則ち参禅問道は戒律為先なり。既に過を離れ非を防ぐに非ざれば、何を以てか成仏作祖せん)。
  受戒之法、応備三衣鉢具并新浄衣物。如無新衣、浣染令浄、入壇受戒。不得借衣鉢。一心専注、慎勿異縁。像仏形儀、具仏戒律、得仏受用、此非小事、豈可軽心。若借衣鉢、雖登壇受戒、竝不得戒。若不曽受、一生為無戒之人。濫廁空門、虚受信施。初心入道、法律未諳、師匠不言、陷人於此。今茲苦口、敢望銘心(受戒の法は、応に三衣、鉢具并に新浄の衣物を備ふべし。新衣無きが如きは、浣染して浄からしめて、入壇受戒すべし。衣鉢を借ること得ざれ。一心専注して、慎んで異縁なかるべし。仏の形儀を像り、仏の戒律を具す、仏受用を得。此れは小事に非ず、豈に軽心すべけんや。若し衣鉢を借らば、登壇受戒すと雖も竝びに得戒せず。若し曽受せずは、一生無戒の人為り。濫りに空門に廁つて、虚しく信施を受けん。初心の入道は、法律未だ諳んぜず、師匠言はずは、人を此に陷さん。今茲に苦口す、敢へて望すらくは心に銘ずべし)。
  既受声聞戒、応受菩薩戒。此入法之漸也(既に声聞戒を受けては、応に菩薩戒を受くべし。此れ入法の漸なり)。
あきらかにしるべし、諸仏諸祖の成道、ただこれ出家受戒のみなり。諸仏諸祖の命脈、ただこれ出家受戒のみなり。いまだかつて出家せざるものは、ならびに仏祖にあらざるなり。仏をみ、祖をみるとは、出家受戒するなり。
  摩訶迦葉、随順世尊、志求出家、冀度諸有。仏言善来比丘、鬢髪自落、袈裟著体(摩訶迦葉、世尊に随順して出家を志求す、諸有を度せんことを冀ふ。仏、善来比丘と言へば、鬢髪自落し、袈裟著体す)。
  ほとけを学して諸有を解脱するとき、みな出家受戒する勝躅、かくのごとし。

  大般若波羅蜜経第三云、
  仏世尊言、若菩薩摩訶薩、作是思惟、我於何時、当捨国位、出家之日、即成無上正等菩提、還於是日、転妙法輪。即令無量無数有情、遠塵離垢、生浄法眼、復令無量無数有情、永尽諸漏、心慧解脱、亦令無量無数有情、皆於無上正等菩提、得不退転。是菩薩摩訶薩、欲成斯事、応学般若波羅蜜(仏世尊言はく、若し菩薩摩訶薩是の思惟を作さん、我れ何れの時に於てか当に国位を捨て、出家せん日、即ち無上正等菩提を成じ、還た是の日に於て妙法輪を転ずべき。即ち無量無数の有情をして遠塵離垢し、浄法眼を生ぜしめ、復た令無量無数の有情をして永く諸漏を尽くし、心慧解脱せしめ、亦た無量無数の有情をして皆な無上正等菩提に於て不退転を得せしめん。是れ菩薩摩訶薩、斯の事を成ぜんと欲はば、応に般若波羅蜜を学すべし)。

  おほよそ無上菩提は、出家受戒のとき満足するなり。出家の日にあらざれば成満せず。しかあればすなはち、出家之日を拈来して、成無上菩提の日を現成せり。成無上菩提の日を拈出する、出家の日なり。この出家の翻筋斗する、転妙法輪なり。この出家、すなはち無数有情をして無上菩提を不退転ならしむるなり。しるべし、自利利他ここに満足して、阿耨菩提不退不転なるは、出家受戒なり。成無上菩提かへりて出家の日を成菩提するなり。まさにしるべし、出家の日は、一異を超越せるなり。出家の日のうちに、三阿僧祇劫を修証するなり。出家之日のうちに、住無辺劫海、転妙法輪するなり。出家の日は、謂如食頃にあらず、六十小劫にあらず。三際を超越せり、頂寧を脱落せり。出家の日は、出家の日を超越せるなり。しかもかくのごとくなりといへども、籮籠打破すれば、出家の日すなはち出家の日なり。成道の日、すなはち成道の日なり。

  大論第十三曰、
  仏在祇洹、有酔婆羅門、来至仏所、欲作比丘。仏敕諸比丘、与剃頭著袈裟。酒醒驚怪見身、変異忽為比丘、即便走去(仏祇洹に在しますに、酔婆羅門有つて仏所に来至し、比丘と作らんことを欲ひき。仏、諸比丘に敕して、剃頭を与へ、袈裟を著せしむ。酒醒めて身を見るに、変異して忽ちに比丘と為れることを驚怪し、即便ち走り去りぬ)。
  諸比丘問奉仏、何以聴此酔婆羅門、而作比丘、而今帰去(諸比丘仏に問ひ奉らく、何を以てか此の酔婆羅門を聴して比丘と作し、而も今帰去するや)。
  仏言、此婆羅門、無量劫中、無出家心。今因酔後、暫発微心、為此縁故、後出家(仏言はく、此の婆羅門は、無量劫中にも出家の心無し。今酔後に因つて暫く微心を発す。此の縁の為の故に、後に出家すべし)。
  如是種種因縁、出家破戒、猶勝在家持戒。以在家戒不為解脱(是の如く種種の因縁ありて、出家の破戒は猶在家の持戒に勝れたり。在家の戒は、解脱の為ならざるを以てなり)。
  仏敕の宗旨あきらかにしりぬ、仏化はただ出家それ根本なり。いまだ出家せざるは仏法にあらず。如来在世、もろもろの外道、すでにみづからが邪道をすてて仏法に帰依するとき、かならずまづ出家をこふしなり。
  世尊あるいはみづから善来比丘とさづけまします、あるいは諸比丘に敕して剃頭鬚髪、出家受戒せしめましますに、ともに出家受戒の法、たちまちに具足せしなり。
しるべし、仏化すでに身心にかうぶらしむるとき、頭髪自落し、袈裟覆体するなり。もし諸仏いまだ聴許しましまさざるには、鬚髪剃除せられず、袈裟覆体せられず、仏戒受得せられざるなり。しかあればすなはち、出家受戒は、諸仏如来の親受記なり。

  釈迦牟尼仏言、
  諸善男子、如来見諸衆生楽於小法、徳薄垢重者、為是人説、我小出家、得阿耨多羅三藐三菩提。然我実成仏已来、久遠若斯。但以方便教化衆生、令入仏道、作如是説(諸の善男子、如来、諸の衆生の小法を楽ひ、徳薄垢重なる者を見たまひて、是の人の為に説きたまはく、我れ小きより出家して阿耨多羅三藐三菩提を得たり。然るに我れ実に成仏してよりこのかた、久遠なること斯の若し。但だ方便を以て衆生を教化し、仏道に入らしめんとして、是の如くの説を作す)。
  しかあれば、久遠実成は我小出家なり、得阿耨多羅三藐三菩提は我小出家なり。我小出家を挙拈するに、徳薄垢重の楽小法する衆生、ならびに我小出家するなり。我小出家の説法を見聞参学するところに、見仏阿耨多羅三藐三菩提なり。楽小法の衆生を救度するとき、為是人説、我小出家、徳阿耨多羅三藐三菩提なり。
  しかもかくのごとくなりといふとも、畢竟じてとふべし、出家功徳、それいくらばかりなるべきぞ。
  かれにむかうていふべし、頂寧許なり。

正法眼蔵第七十五

爾時寛元四年丙午九月十五日在越于永平寺示衆
右出家後、有御龍草本、以之可書改之。仍可破之

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:15
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正 法 眼 蔵    王索仙陀婆おうさくせんだば  第七十四  
王索仙陀婆

有句無句、如藤如樹。邛驢邛馬、透水透雲(有句も無句も、藤の如く樹の如し。驢に邛ひ馬に邛ふ、水を透り雲を透る)。
すでに恁麼なるゆゑに、
大般涅槃経中、世尊道、譬如大王告諸群臣仙陀婆来。仙陀婆者、一名四実。一者鹽、二者器、三者水、四者馬。如是四物、共同一名。有智之臣善知此名。若王洗時索仙陀婆、即便奉水。若王食時索仙陀婆、即便奉鹽。若王食已欲飲漿時索仙陀婆、即便奉器。若王欲遊索仙陀婆、即便奉馬。如是智臣、善解大王四種密語(大般涅槃経中に、世尊道はく、譬へば大王の、諸の群臣に仙陀婆来と告ぐるが如し。仙陀婆とは一名にして四実あり。一つには鹽、二つには器、三つには水、四つには馬なり。是の如くの四物、共同一名なり。有智の臣は善く此の名を知る。若し王、洗時に索仙陀婆せんには、即便ち水を奉る。若し王、食時に索仙陀婆せんには、即便ち鹽を奉る。若し王、食し已りて欲漿を飲まんとせん時索仙陀婆せんには、即便ち器を奉る。若し王、遊ばんとして索仙陀婆せんには、即便ち馬を奉る。是の如く智臣、善く大王の四種の密語を解するなり)。
この王索仙陀婆ならびに臣奉仙陀婆、きたれることひさし、法服とおなじくつたはれり。世尊すでにまぬかれず挙拈したまふゆゑに、兒孫しげく挙拈せり。疑著すらくは、世尊と同参しきたれるは仙陀婆を履践とせり、世尊と不同参ならば、更買草鞋行脚、進一歩始得(更に草鞋を買ひて行脚して、一歩を進めて始得なるべし)。すでに仏祖屋裏の仙陀婆、ひそかに漏泄して大王家裏に仙陀婆あり。

大宋慶元府天童山宏智古仏上堂示衆云、挙、僧問趙州、王索仙陀婆時如何。趙州曲躬叉手(大宋慶元府天童山宏智古仏上堂の示衆に云く、挙す、僧趙州に問ふ、王索仙陀婆の時如何。趙州曲躬叉手す)。
雪竇拈云、索鹽奉馬(雪竇拈じて云く、鹽を索むるに馬を奉れり)。
師云、雪竇一百年前作家、趙州百二十歳古仏。趙州若是雪竇不是、雪竇若是趙州不是。且道、畢竟如何(雪竇は一百年前の作家、趙州は百二十歳の古仏なり。趙州若し是ならんには雪竇不是なり、雪竇若し是ならんには趙州不是なり。且く道ふべし、畢竟如何)。
天童不免下箇注脚。差之毫釐、失之千里。会也打草驚蛇、不会也焼銭引鬼。荒田不揀老倶胝、只今信手拈来底(天童免れず箇の注脚を下さん。之に差ふこと毫釐ならば、之を失ふこと千里。会するも草を打つて蛇を驚かす、不会なるも銭を焼きて鬼を引く。荒田揀ばず老倶胝、只今手に信せて拈じ来る底なり)。
先師古仏上堂のとき、よのつねにいはく、宏智古仏。
しかあるを、宏智古仏を古仏と相見せる、ひとり先師古仏のみなり。宏智のとき、徑山の大慧禅師宗杲といふあり、南嶽の遠孫なるべし。大宋一国の天下おもはく、大慧は宏智にひとしかるべし、あまりさへ宏智よりもその人なりとおもへり。このあやまりは、大宋国内の道俗、ともに疎学にして、道眼いまだあきらかならず、知人のあきらめなし、知己のちからなきによりてなり。
宏智のあぐるところ、真箇の立志あり。
趙州古仏、曲躬叉手の道理を参学すべし。正当恁麼時、これ王索仙陀婆なりやいなや、臣奉仙陀婆なりやいなや。
雪竇の索鹽奉馬の宗旨を参学すべし。いはゆる索鹽奉馬、ともに王索仙陀婆なり、臣索仙陀婆なり。世尊索仙陀婆、迦葉破顔微笑なり。初祖索仙陀婆、四子、馬鹽水器を奉す。馬鹽水器のすなはち索仙陀婆なるとき、奉馬奉水する関棙子、学すべし。

南泉一日見訒隠峰来、遂指浄缾曰、浄缾即境、缾中有水、不得動著境、与老僧将水来(南泉一日、訒隠峰の来るを見て、遂に浄缾を指して曰く、浄缾は即ち境なり、缾中に水有り、境を動著することを得ず、老僧が与に水を将ち来るべし)。
峰遂将缾水、向南泉面前瀉(峰、遂に缾の水を将つて、南泉の面前に向つて瀉す)。
泉即休(泉、即ち休す)。
すでにこれ南泉索水、徹底海枯。隠峰奉器、缾漏傾湫(南泉水を索むる、底に徹し海枯る。隠峰器を奉る、缾漏れて湫を傾く)。しかもかくのごとくなりといへども、境中有水、水中有境を参学すべし。動水也未、動境也未。

香厳襲灯大師、因僧問、如何是王索仙陀婆(如何ならんか是れ王索仙陀婆)。
厳云、過遮辺来(遮辺を過ぎ来れ)。
僧過去(僧、過ぎ去く)。
厳云、鈍置殺人。
しばらくとふ、香厳道底の過遮辺来、これ索仙陀婆なりや、奉仙陀婆なりや。試請道看(試みに道ひ看んことを請ふ)。
ちなみに僧過遮辺去せる、香厳の索底なりや、香厳の奉底なりや、香厳の本期なりや。もし本期にあらずは鈍置殺人といふべからず。もし本期ならば鈍置殺人なるべからず。香厳一期の尽力道底なりといへども、いまだ喪身失命をまぬかれず。たとへばこれ敗軍之将さらに武勇をかたる。おほよそ説黄道黒、頂寧眼睛(黄と説き黒と道ふ、頂寧と眼睛と)、おのれづから仙陀婆の索奉、審審細細なり。拈拄杖、挙払子、たれかしらざらんといひぬべし。しかあれども、膠柱調絃するともがらの分上にあらず。このともがら、膠柱調絃をしらざるがゆゑに、分上にあらざるなり。

世尊一日陞座、文殊白槌云、諦観法王法、法王法如是(世尊一日陞座したまふに、文殊白槌して云く、諦観法王法、法王法如是)。
世尊下座。
雪竇山明覚禅師重顯云、
列聖叢中作者知(列聖叢中、作者のみ知る)、
法王法令不如欺(法王法令欺の如くならず)。
衆中若有仙陀客(衆中若し仙陀の客有らんには)、
何必文殊下一槌(何ぞ必ずしも文殊一槌を下さん)。
しかあれば、雪竇道は、一槌もし渾身無孔ならんがごとくは、下了未下、ともに脱落無孔ならん。もしかくのごとくならんは、一槌すなはち仙陀婆なり。すでに恁麼人ならん、これ列聖一叢仙陀客なり。このゆゑに法王法如是なり。使得十二時、これ索仙陀婆なり。被十二時使、これ索仙陀婆なり。索拳頭、奉拳頭すべし。索払子、奉払子すべし。
しかあれども、いま大宋国の諸山にある長老と称ずるともがら、仙陀婆すべて夢也未見在なり。苦哉苦哉、祖道陵夷なり。苦学おこたらざれ、仏祖命脈まさに嗣続すべし。たとへば、如何是仏(如何ならんか是れ仏)といふがごとき、即心是仏と道取する、その宗旨いかん。これ仙陀婆にあらざらんや。即心是仏といふはたれといふぞと、審細に参究すべし。たれかしらん、仙陀婆の築著磕著なることを。

正法眼蔵第七十四

爾時寛元三年十月二十二日在越州大仏寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:15
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 正 法 眼 蔵    他心通(たしんつう  第七十三  
他心通

西京光宅寺恵忠国師者、越州諸曁人也。姓冉氏。自受心印、居南陽白崖山黨子谷、四十余祀。不下山門、道行聞于帝里。唐肅宗上元二年、敕中使孫朝進賚詔徴赴京。待以師礼。敕居千福寺西禅院。及代宗臨御、復迎止光宅精藍、十有六載、随機説法。時有西天大耳三蔵、到京。云得他心恵眼。帝敕令与国師試験(西京光宅寺恵忠国師は、越州諸曁の人なり。姓は冉氏なり。心印を受けしより、南陽白崖山黨子谷に居すこと四十余祀なり。山門を下らず、道行帝里に聞ゆ。唐の肅宗の上元二年、中使孫朝進に敕して、詔を賚せて赴京を徴す。待つに師礼を以てす。敕して千福寺の西禅院に居せしむ。代宗の臨御に及んで、復た光宅の精藍に迎止すること十有六載、随機説法す。時に西天の大耳三蔵といふものありて到京せり。他心恵眼を得たりと云ふ。帝、敕して国師と試験せしむ)。

三蔵才見師便礼拝、立于右辺(三蔵才に師を見て、便ち礼拝して右辺に立つ)。
師問曰、汝得他心通耶(汝他心通を得たりや)。
対曰、不敢。
師曰、汝道、老僧即今在什麼処(汝道ふべし、老僧即今什麼処にか在る)。
三蔵曰、和尚是一国之師、何得却去西川看競渡(和尚は是れ一国の師なり、何ぞ西川に却去いて競渡を看ることを得んや)。
師再問、老僧即今在什麼処(汝道ふべし、老僧即今什麼処にか在る)。
三蔵曰、和尚是一国之師、何得却在天津橋上、看弄猢猻(和尚は是れ一国の師なり、何ぞ天津橋の上に在つて、猢猻を弄するを看ることを得んや)。
師第三問、老僧即今在什麼処(汝道ふべし、老僧即今什麼処にか在る)。
三蔵良久、罔知去処(三蔵良久して去処を知ること罔し)。
師曰、遮野狐精、他心通在什麼処(遮の野狐精、他心通什麼処にか在る)。
三蔵無対(三蔵無対なり)。

僧問趙州曰、大耳三蔵、第三度、不見国師在処、未審、国師在什麼処(僧、趙州に問うて曰く、大耳三蔵、第三度、国師の在処を見ず、未審、国師什麼処にか在る)。
趙州云、在三蔵鼻孔上(三蔵が鼻孔上に在り)。
僧問玄沙、既在鼻孔上、為什麼不見(僧、玄沙に問ふ、既に鼻孔上に在り、什麼と為てか見ざる)。
玄沙云、只為太近(只だ太だ近きが為なり)。
僧問仰山曰、大耳三蔵、第三度、為什麼、不見国師(僧、仰山に問うて曰く、大耳三蔵、第三度、什麼と為てか国師を見ざる)。
仰山曰、前両度是渉境心、後入自受用三昧、所以不見(前の両度は是れ渉境心なり、後には自受用三昧に入る、所以に見ず)。
海会端曰、国師若在三蔵鼻孔上、有什麼難見。殊不知、国師在三蔵眼睛裏(国師若し三蔵が鼻孔上に在らば、什麼の難見か有らん。殊に知らず、国師、三蔵の眼睛裏に在ることを)。
玄沙徴三蔵曰、汝道、前両度還見麼(玄沙、三蔵を徴して曰く、汝道ふべし、前の両度、還た見る麼)。
雪竇明覚重顕禅師曰、敗也、敗也。

大証国師の大耳三蔵を試験せし因縁、ふるくより下語し道著する臭拳頭おほしといへども、ことに五位の老拳頭あり。しかあれども、この五位の尊宿、おのおの諦当甚諦当はなきにあらず、国師の行履を覰見せざるところおほし。ゆゑいかんとなれば、古今の諸員みなおもはく、前両度は三蔵あやまらず国師の在処をしれりとおもへり。これすなはち古先のおほきなる不是なり、晩進しらずはあるべからず。
いま五位の尊宿を疑著すること両般あり。一者いはく、国師の三蔵を試験する本意をしらず。二者いはく、国師の身心をしらず。
しばらく国師の三蔵を試験する本意をしらずといふは、第一番に、国師いはく、汝道、老僧即今在什麼処といふ本意は、三蔵もし仏法を見聞する眼睛なりやと試問するなり。三蔵おのづから仏法の他心通ありやと試問するなり。当時もし三蔵に仏法あらば、老僧即今在什麼処としめされんとき、出身のみちあるべし、親曽の便宜あらしめん。いはゆる国師道の老僧即今在什麼処は、作麼生是老僧と問著せんがごとし。老僧即今在什麼処は、即今是什麼時節と問著するなり。在什麼処は、這裏是什麼処在と道著するなり。喚什麼作老僧の道理あり。国師かならずしも老僧にあらず、老僧かならず拳頭なり。大耳三蔵、はるかに西天よりきたれりといへども、このこころをしらざることは、仏道を学せざるによりてなり、いたづらに外道二乗のみちをのみまなべるによりてなり。
国師かさねてとふ、汝道、老僧即今在什麼処。ここに三蔵さらにいたづらのことばをたてまつる。
国師かさねてとふ、汝道、老僧即今在什麼処。ときに三蔵ややひさしくあれども、茫然として祗対なし。国師ときに三蔵を叱していはく、這野狐精、他心通在什麼処。かくのごとく叱せらるといへども、三蔵なほいふことなし、祗対せず、通路なし。
しかあるを、古先みなおもはくは、国師の三蔵を叱すること、前両度は国師の所在をしれり、第三度のみしらず、みざるがゆゑに、国師に叱せらるとおもふ。これおほきなるあやまりなり。国師の三蔵を叱することは、おほよそ三蔵はじめより仏法也未夢見在なるを叱するなり。前両度はしれりといへども、第三度をしらざると叱するにあらざるなり。おほよそ他心通をえたりと自称しながら、他心通をしらざることを叱するなり。
国師まづ仏法に他心通ありやと問著し試験するなり。すでに不敢といひて、ありときこゆ。そののち、国師おもはく、たとひ仏法に他心通ありといひて、他心通を仏法にあらしめば恁麼なるべし。道処もし挙処なくは、仏法なるべからずとおもへり。三蔵たとひ第三度わづかにいふところありとも、前両度のごとくあらば道処あるにあらず、縈じて叱すべきなり。いま国師三度こころみに問著することは、三蔵もし国師の問著をきくことをうるやと、たびたびかさねて三番の問著あるなり。
二者いはく、国師の身心をしれる古先なし。いはゆる国師の身心は、三蔵法師のたやすく見及すべきにあらず、知及すべきにあらず。十聖三賢およばず、補処等覚のあきらむるところにあらず。三蔵学者の凡夫なる、いかでか国師の渾身をしらん。
この道理、かならず一定すべし。国師の身心は三蔵の学者しるべし、みるべしといふは謗仏法なり。経論師と齊肩なるべしと認ずるは狂顛のはなはだしきなり。他心通をえたらんともがら、国師の在処しるべしと学することなかれ。
他心通は、西天竺の土俗として、これを修得するともがら、ままにあり。発菩提心によらず、大乗の正見によらず。他心通をえたるともがら、他心通のちからにて仏法を証究せる勝躅、いまだかつてきかざるところなり。他心通を修得してのちにも、さらに凡夫のごとく発心し修行せば、おのづから仏道に証入すべし。ただ他心通のちからをもて仏道を知見することをえば、先聖みなまづ他心通を修得して、そのちからをもて仏果をしるべきなり。しかあること、千仏万祖の出世にもいまだあらざるなり。すでに仏祖の道をしることあたはざらんは、なににかはせん。仏道に不中用なりといふべし。他心通をえたるも、他心通をえざる凡夫も、ただひとしかるべし。仏性を保任せんことは、他心通も凡夫もおなじかるべきなり。学仏のともがら、外道二乗の五通六通を、凡夫よりもすぐれたりとおもふことなかれ。ただ道心あり、仏法を学せんものは、五通六通よりもすぐれたるべし。頻伽の卵にある声、まさに衆鳥にすぐれたるがごとし。いはんやいま西天に他心通といふは、他念通といひぬべし。念起はいささか縁ずといへども、未念は茫然なり、わらふべし。いかにいはんや心かならずしも念にあらず、念かならずしも心にあらず。心の念ならんとき、他心通しるべからず。念の心ならんとき、他心通しるべからず。
しかあればすなはち、西天の五通六通、このくにの薙草修田にもおよぶべからず。都無所用なり。かるがゆゑに、震旦国より東には、先徳みな五通六通をこのみ修せず、その要なきによりてなり。尺璧はなほ要なるべし、五六通は要にあらず。尺璧はなほ悪にあらず、寸陰これ要枢なり。五六通、たれの寸陰をおもくせん人かこれを修習せん。おほよそ他心通のちから、仏智の辺際におよぶべからざる道理、よくよく決定すべし。しかあるを、五位の尊宿、ともに三蔵さきの両度は国師の所在をしれりとおもへる、もともあやまれるなり。国師は仏祖なり、三蔵は凡夫なり。いかでか相見の論にもおよばん。

国師まづいはく、汝道、老僧即今在什麼処。
この問、かくれたるところなし、あらはれたる道処あり。三蔵のしらざらんはとがにあらず、五位の尊宿のきかずみざるはあやまりなり。すでに国師いはく、老僧即今在什麼処とあり。さらに汝道、老僧心即今在什麼処といはず。老僧念即今在什麼処といはず。もともききしり、みとがむべき道処なり。しかあるを、しらずみず、国師の道処をきかずみず。かるがゆゑに、国師の身心をしらざるなり。道処あるを国師とせるがゆゑに、もし道処なきは国師なるべからざるがゆゑに。いはんや国師の身心は、大小にあらず、自他にあらざること、しるべからず。頂寧あること、鼻孔あること、わすれたるがごとし。国師たとひ行李ひまなくとも、いかでか作仏を図せん。かるがゆゑに、仏を拈じて相待すべからず。
国師すでに仏法の身心あり、神通修証をもて測度すべからず。絶慮忘縁を挙して擬議すべからず。商量不商量のあたれるところにあらざるべし。国師は有仏性にあらず、無仏性にあらず、虚空身にあらず。かくのごとくの国師の身心、すべてしらざるところなり。いま曹谿の会下には、青原、南嶽のほかは、わづかに大証国師、その仏祖なり。いま五位の尊宿、おなじく勘破すべし。

趙州いはく、国師は三蔵の鼻孔上にあるがゆゑにみずといふ。この道処、そのいひなし。国師なにとしてか三蔵の鼻孔上にあらん。三蔵いまだ鼻孔あらず、もし三蔵に鼻孔ありとゆるさば、国師かへりて三蔵をみるべし。国師の三蔵をみること、たとひゆるすとも、ただこれ鼻孔対鼻孔なるべし。三蔵さらに国師と相見すべからず。
玄沙いはく、只為太近。
まことに太近はさもあらばあれ、あたりにはいまだあたらず。いかならんかこれ太近。おもひやる、玄沙いまだ太近をしらず、太近を参ぜず。ゆゑいかんとなれば、太近に相見なしとのみしりて、相見の太近なることをしらず。いふべし、仏法におきて遠之遠なりと。もし第三度のみを太近といはば、前両度は太遠在なるべし。しばらく玄沙にとふ、なんぢなにをよんでか太近とする。拳頭をいふか、眼睛をいふか。いまよりのち、太近にみるところなしといふことなかれ。
仰山いはく、前両度是渉境心、後入自受用三昧、所以不見。
仰山なんぢ東土にありながら小釈迦のほまれを西天にほどこすといへども、いまの道取、おほきなる不是あり。渉境心と自受用三昧と、ことなるにあらず。かるがゆゑに、渉境心と自受用とのことなるゆゑにみず、といふべからず。しかあれば、自受用と渉境心とのゆゑを立すとも、その道取いまだ道取にあらず。自受用三昧にいれば、他人われをみるべからずといはば、自受用さらに自受用を証すべからず、修証あるべからず。仰山なんぢ前両度は実に国師の所在を三蔵みるとおもひ、しれりと学せば、いまだ学仏の漢にあらず。
おほよそ大耳三蔵は、第三度のみにあらず、前両度も国師の所在はしらず、みざるなり。この道取のごとくならば、三蔵の国師の所在をしらざるのみにあらず、仰山もいまだ国師の所在をしらずといふべし。しばらく仰山にとふ、国師即今在什麼処。このとき、仰山もし開口を擬せば、まさに一喝をあたふべし。
玄沙の徴にいはく、前両度還見麼。
いまこの前両度還見麼の一言、いふべきをいふときこゆ。玄沙みづから自己の言句を学すべし。この一句、よきことはすなはちよし。しかあれども、ただこれ見如不見といはんがごとし。ゆゑに是にあらず。これをききて、
雪竇明覚重顕禅師いはく、敗也、敗也。
これ玄沙のいふところを道とせるとき、しかいふとも、玄沙の道は道にあらずとせんとき、しかいふべからず。
海会端いはく、国師若在三蔵鼻孔上、有什麼難見。殊不知、国師在三蔵眼睛裏。
これまた第三度を論ずるのみなり。前両度もかつていまだみざることを、呵すべきを呵せず。いかでか国師を三蔵の鼻孔上に、眼睛裏にあるともしらん。もし恁麼いはば、国師の言句いまだきかずといふべし。三蔵いまだ鼻孔なし、眼睛なし。たとひ三蔵おのれが眼睛鼻孔を保任せんとすとも、もし国師きたりて鼻孔眼睛裏にいらば、三蔵の鼻孔眼睛、ともに当時裂破すべし。すでに裂破せば、国師の窟籠にあらず。
五位の尊宿、ともに国師をしらざるなり。国師はこれ一代の古仏なり、一世界の如来なり。仏正法眼蔵あきらめ正伝せり。木槵子眼たしかに保任せり。自仏に正伝し、他仏に正伝す。釈迦牟尼仏と同参しきたれりといへども、七仏と同時参究す。かたはらに三世諸仏と同参しきたれり、空王のさきの成道せり、空王ののちに成道せり。正当空王仏に同参成道せり。国師もとより娑婆世界を国土とせりといへども、娑婆かならずしも法界のうちにあらず、尽十方界のうちにあらず。釈迦牟尼仏の裟婆国の主なる、国師の国土をうばはず、罣礙せず。たとへば、前後の仏祖おのおのそこばくの成道あれど、あひうばはず、罣礙せざるがごとし。前後の仏祖の成道、ともに成道に罣礙せらるるがゆゑにかくのごとし。

大耳三蔵の国師をしらざるを証據として、声聞縁覚人、小乗のともがら、仏祖の辺際をしらざる道理、あきらかに決定すべし。国師の三蔵を叱する宗旨、あきらめ学すべし。
いはゆるたとひ国師なりとも、前両度は所在をしられ、第三度はわづかにしられざらんを叱せんはそのいひなし、三分に両分しられんは全分をしれるなり。かくのごとくならん、叱すべきにあらず。たとひ叱すとも、全分の不知にあらず。三蔵のおもはんところ、国師の懡羅なり。わづかに第三度しられずとて叱せんには、たれか国師を信ぜん。三蔵の前両度をしりぬるちからをもて、国師をも叱しつべし。
国師の三蔵を叱せし宗旨は、三度ながら、はじめてよりすべて国師の所在所念、身心をしらざるゆゑに叱するなり。この宗旨あるゆゑに、第一度より第三度にいたるまで、おなじことばにて問著するなり。
第一番に三蔵まうす、和尚是一国之師、何却去西川看競渡。しかいふに、国師いまだいはず、なんぢ三蔵、まことに老僧所在をしれりとゆるさず。ただかさねざまに三度しきりに問するのみなり。この道理をしらずあきらめずして、国師よりのち数百歳のあひだ、諸方の長老、みだりに下語、説道理するなり。
前来の箇箇、いふことすべて国師の本意にあらず、仏法の宗旨にかなはず。あはれむべし、前後の老古錐、おのおの蹉過せること。いま仏法のなかに、もし他心通ありといはば、まさに他身通あるべし、他拳頭通あるべし、他眼睛通あるべし。すでに恁麼ならば、まさに自心通あるべし、自身通あるべし。すでにかくのごとくならんには、自心の自拈、いまし自心通なるべし。かくのごとく道取現成せん、おのれづから心づからの他心通ならん。しばらく問著すべし、拈他心通也是、拈自心通也是。速道速道(他心通を拈ずる也た是なりや、自心通を拈ずる也た是なりや。速やかに道へ速やかに道へ)。
是則且置、汝得吾髄、是他心通也(是なることは則ち且く置く、汝得吾髄、是れ他心通也)。

正法眼蔵 第七十三

爾時寛元三年乙巳七月四日在越宇大仏寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:15
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正 法 眼 蔵    安居あんご  第七十二  
安居

先師天童古、結夏小参云、平地起骨堆、虚空剜窟籠。驀透参重関、拈却黒漆桶(先師天童古、結夏の小参に云く、平地に骨堆を起し、虚空に窟籠を剜る。驀に参重の関を透すれば、黒漆桶を拈却せり)。
しかあれば、得遮巴鼻子了、未免喫飯伸脚睡、在這裏三十年(遮の巴鼻子を得ぬれば、未だ免れず飯を喫しては脚を伸べて睡り、這裏に在つて三十年することを)なり。すでにかくのごとくなるゆゑに、打併調度、いとまゆるくせず。その調度に九夏安居あり。これ祖祖の頂寧面目なり。皮肉骨髄に親曽しきたれり。祖の眼睛頂寧を拈来して、九夏の日月とせり。安居一枚、すなはち祖祖と喚作せるものなり。
安居の頭尾、これ祖なり。このほかさらに寸土なし、大地なし。夏安居の一橛、これ新にあらず旧にあらず、来にあらず去にあらず。その量は拳頭量なり、その様は巴鼻様なり。しかあれども、結夏のゆゑにきたる、虚空塞破せり、あまれる十方あらず。解夏のゆゑにさる、迊地を裂破す、のこれる寸土あらず。このゆゑに結夏の公案現成する、きたるに相似なり。解夏の#31854;籠打破する、さるに相似なり。かくのごとくなれども、親曽の面面ともに結解を罣礙するのみなり。万里無寸草なり、還吾九十日飯銭来(吾れに九十日の飯銭を還し来れ)なり。

黄檗死心和尚云、山僧行脚三十余年、以九十日為一夏。増一日也不得、減一日也不得(黄檗死心和尚云く、山僧行脚すること三十余年、九十日を以て一夏と為す。一日を増すこと也た不得なり、一日を減ずること也た不得なり)。
しかあれば、三十余年の行脚眼、わづかに見徹するところ、九十日為一夏安居のみなり。たとひ増一日せんとすとも、九十日かへりきたりて競頭参すべし。たとひ減一日せんとすといふとも、九十日かへりきたりて競頭参するものなり。さらに九十日の窟籠を跳脱すべからず。この跳脱は、九十日の窟籠を手脚として孛跳するのみなり。九十日為一夏は、我箇裏の調度なりといへども、祖のみづからはじめてなせるにあらざるがゆゑに、祖祖、嫡嫡正稟して今日にいたれり。
しかあれば、夏安居にあふは諸諸祖にあふなり。夏安居にあふは見見祖なり。夏安居ひさしく作祖せるなり。この九十日為一夏、その時量たとひ頂寧量なりといへども、一劫十劫のみにあらず、百千無量劫のみにあらざるなり。余時は百千無量等の劫波に使得せらる、九十日は百千無量等の劫波を使得するゆゑに、無量劫波たとひ九十日にあふて見すとも、九十日かならずしも劫波にかかはれず。
しかあれば参学すべし、九十日為一夏は眼睛量なるのみなり。身心安居者それまたかくのごとし。夏安居の活驋驋地を使得し、夏安居の活驋驋地を跳脱せる、来処あり、職由ありといへども、他方他時よりきたりうつれるにあらず、当処当時より起興するにあらず。来処を把定すれば九十日たちまちにきたる、職由を摸索すれば九十日たちまちにきたる。凡聖これを窟宅とせり、命根とせりといへども、はるかに凡聖の境界を超越せり。思量分別のおよぶところにあらず、不思量分別のおよぶところにあらず、思量不思量の不及のみにあらず。

世尊在摩竭陀国、為衆説法。是時将欲白夏、乃謂阿難曰、諸大弟子、人天四衆、我常説法、不生敬仰。我今入因沙臼室中、坐夏九旬。忽有人、来問法之時、汝代為我説、一切法不生、一切法不滅(世尊、摩竭陀国に在して衆の為に説法したまふ。是の時まさに白夏せんとしたまひて、乃ち阿難に謂つて曰はく、諸大弟子、人天四衆、我れ常に説法すれども敬仰を生ぜず。我れ今因沙臼室中に入つて坐夏九旬すべし。忽ちに人有り、来つて法を問はん時、汝代つて我が為に説くべし、一切法不生、一切法不滅と)。
言訖掩室而坐(言ひ訖つて掩室して坐したまふ)。
しかありしよりこのかた、すでに二千一百九十四年[当日本寛元三年乙巳歳]なり。堂奥にいらざる兒孫、おほく摩竭掩室を無言説の証拠とせり。いま邪党おもはくは、掩室坐夏の意は、それ言説をもちゐるはことごとく実にあらず、善巧方便なり。至理は言語道断し、心行処滅なり。このゆゑに、無言無心は至理にかなふべし、有言有念は非理なり。このゆゑに、掩室坐夏九旬のあひだ、人跡を断絶せるなりとのみいひいふなり。これらのともがらのいふところ、おほきに世尊の意に孤負せり。
いはゆる、もし言語道断、心行処滅を論ぜば、一切の治生産業みな言語道断し、心行処滅なり。言語道断とは、一切の言語をいふ。心行処滅とは、一切の心行をいふ。いはんやこの因縁、もとより無言をたうとびんためにはあらず。通身ひとへに泥水し入草して、説法度人いまだのがれず、転法拯物いまだのがれざるのみなり。もし兒孫と称ずるともがら、坐夏九旬を無言説なりといはば、還吾九旬坐夏来(吾れに九旬坐夏を還し来るべし)といふべし。
阿難に敕令していはく、汝代為我説、一切法不生、一切法不滅と代説せしむ。この儀、いたづらにすごすべからず。おほよそ、掩室坐夏、いかでか無言無説なりとせん。しばらく、もし阿難として当時すなはち世尊に白すべし、一切法不生、一切法不滅。作麼生説。縦説恁麼、要作什麼(一切法不生、一切法不滅。作麼生か説かん。縦ひ恁麼に説くも、什麼を作すことをか要せん)。かくのごとく白して、世尊の道を聴取すべし。
おほよそ而今の一段の儀、これ説法転法の第一義諦、第一無諦なり。さらに無言説の証拠とすべからず。もしこれを無言説とせば、可憐三尺龍泉剣、徒掛陶家壁上梭(憐れむべし三尺龍泉の剣、徒らに掛る陶家壁上の梭)ならん。
しかあればすなはち、九旬坐夏は古転法輪なり、古祖なり。而今の因縁のなかに、時将欲白夏とあり。しるべし、のがれずおこなはるる九旬坐夏安居なり、これをのがるるは外道なり。
おほよそ世尊在世には、あるいは忉利天にして九旬安居し、あるいは耆闍崛山静室中にして五百比丘とともに安居す。五天竺国のあひだ、ところを論ぜず、ときいたれば白夏安居し、九夏安居おこなはれき。いま現在せる祖、もとも一大事としておこなはるるところなり。これ修証の無上道なり。梵網経中に冬安居あれども、その法つたはれず、九夏安居の法のみつたはれり。正伝まのあたり五十一世なり。

清規云、行脚人欲就処所結夏、須於半月前掛搭。所貴茶湯人事、不倉卒(清規に云く、行脚の人、処所に就て結夏せんと欲はば、須らく半月前に於て掛搭すべし。貴するところは、茶湯人事倉卒ならざらんことを)。
いはゆる半月前とは、三月下旬をいふ。しかあれば、三月内にきたり掛搭すべきなり。すでに四月一日よりは、比丘僧ありきせず。諸方の接待および諸寺の旦過、みな門を鎖せり。しかあれば、四月一日よりは、雲衲みな寺院に安居せり、庵裡に掛搭せり。あるいは白衣舍に安居せる、先例なり。これ祖の儀なり、慕古し修行すべし。拳頭鼻孔、みな面面に寺院をしめて、安居のところに掛搭せり。
しかあるを、魔党いはく、大乗の見解、それ要樞なるべし。夏安居は声聞の行儀なり、あながちに修習すべからず。かくのごとくいふともがらは、かつて法を見聞せざるなり。阿耨多羅三藐三菩提、これ九旬安居坐夏なり。たとひ大乗小乗の至極ありとも、九旬安居の枝葉花菓なり。

四月三日の粥罷より、はじめてことをおこなふといへども、堂司あらかじめ四月一日より戒臘の榜を理会す。すでに四月三日の粥罷に、戒臘牌を衆寮前にかく。いはゆる前門の下間の窓外にかく。寮窓みな櫺子なり。粥罷にこれをかけ、放参鐘ののち、これををさむ。三日より五日にいたるまでこれをかく。をさむる時節、かくる時節、おなじ。
かの榜、かく式あり。知事頭首によらず、戒臘のままにかくなり。諸方にして頭首知事をへたらんは、おのおの首座監寺とかくなり。数職をつとめたらんなかには、そのうちにつとめておほきならん職をかくべし。かつて住持をへたらんは、某甲西堂とかく。小院の住持をつとめたりといへども、雲水にしられざるは、しばしばこれをかくして称ぜず。もし師の会裏にしては、西堂なるもの、西堂の儀なし。某甲上座とかく例もあり。おほくは衣鉢侍者寮に歇息する、勝躅なり。さらに衣鉢侍者に充し、あるいは焼香侍者に充する、旧例なり。いはんやその余の職、いづれも師命にしたがふなり。他人の弟子のきたれるが、小院の住持をつとめたりといへども、おほきなる寺院にては、なほ首座書記、都寺監寺等に請ずるは、依例なり、芳躅なり。小院の小職をつとめたるを称ずるをば、叢林わらふなり。よき人は、住持をへたる、なほ小院をばかくして称ぜざるなり。榜式かくのごとし。

某国某州某山某寺、今夏結夏海衆、戒臘如後。
陳如尊者
堂頭和尚
建保元戒
某甲上座 某甲蔵主
某甲上座 某甲上座
建保二戒
某甲西堂 某甲維那
某甲首座 某甲知客
某甲上座 某甲浴主
建暦元戒
某甲直歳 某甲侍者
某甲首座 某甲首座
某甲化主 某甲上座
某甲典座 某甲堂主
建暦三戒
某甲書記 某甲上座
某甲西堂 某甲首座
某甲上座 某甲上座
右、謹具呈、若有誤錯、各請指揮。謹状(右、謹んで具呈す。若し誤錯有らば、各請すらくは指揮せんことを。謹んで状す)。
某年四月三日 堂司比丘某甲謹状
かくのごとくかく。しろきかみにかく。真書にかく、草書隷書等をもちゐず。かくるには、布線のふとさ参米粒許なるを、その紙榜頭につけてかくなり。たとへば、簾額のすぐならんがごとし。四月五日の放参罷にをさめをはりぬ。

四月八日は生会なり。
四月十三日の斉罷に、衆寮の僧衆、すなはち本寮につきて煎点諷経す。寮主ことをおこなふ。点湯焼香、みな寮主これをつとむ。寮主は衆寮の堂奥に、その位を安排せり。寮首座は、寮の聖僧の左辺に安排せり。しかあれども、寮主いでて焼香行事するなり。首座、知事等、この諷経におもむかず。ただ本寮の僧衆のみおこなふなり。
維那、あらかじめ一枚の戒臘牌を修理して、十五日の粥罷に、僧堂前の東壁にかく、前架のうへにあたりてかく。正面のつぎのみなみの間なり。
清規云、堂司預設戒臘牌、香華供養[在僧堂前設之](清規に云く、堂司預め戒臘牌を設けて、香華もて供養すべし[僧堂前に在りて之を設く])。

四月十四日の斉後に、念誦牌を僧堂前にかく。諸堂おなじく念誦牌をかく。至晩に、知事あらかじめ土地堂に香華をまうく、額のまへにまうくるなり。集衆念誦す。
念誦の法は、大衆集定ののち、住持人まづ焼香す。つぎに知事、頭首、焼香す。浴のときの焼香の法のごとし。つぎに維那、くらゐより正面にいでて、まづ住持人を問訊して、つぎに土地堂にむかうて問訊して、おもてをきたにして、土地堂にむかうて念誦す。詞云、
竊以蝉風扇野、炎帝司方。当法王禁足之辰、是釈子護生之日。躬裒大衆、肅詣霊祠、誦持万徳洪名、囘向合堂真宰。所祈加護得遂安居。仰憑尊衆念(竊に以みるに、蝉風野を扇ぎ、炎帝方を司る。法王禁足の辰に当る、是れ釈子護生の日なり。躬ら大衆を裒めて、肅んで霊祠に詣し、万徳の洪名を誦持し、合堂の真宰に囘向す。祈る所は加護して安居を遂ぐるを得んことを。仰いで尊衆を憑んで念ず)。
清浄法身毘盧遮那 金打
円滿報身盧遮那 同
千百億化身釈迦牟尼 同
当来下生彌勒尊 同
十方三世一切諸 同
大聖文殊師利菩薩 同
大聖普賢菩薩 同
大悲観世音菩薩 同
諸尊菩薩摩訶薩 同
摩訶般若波羅蜜 同
上来念誦功徳、竝用囘向、護持正法、土地龍神。伏願、神光協贊、発揮有利之勳。梵楽興輶、亦錫無私之慶。再憑尊衆念(上来念誦の功徳、竝びに用つて正法を護持せん土地龍神に囘向す。伏して願はくは神光協贊し、有利の勳を発揮せんことを。梵楽興輶して、亦た無私の慶を錫はらんことを。再び尊衆を憑んで念ず)。
十方三世一切諸、諸尊菩薩摩訶薩、
摩訶般若波羅蜜。
ときに鼓響すれば、大衆すなはち雲堂の点湯の座に赴す。点湯は庫司の所弁なり。大衆赴堂し、次第巡堂し、被位につきて正面而坐す。知事一人行法事す。いはゆる焼香等をつとむるなり。
清規云、本合監院行事。有改維那代之(清規に云く、本としては監院行事すべし。改むること有らば維那之に代るべし)。
すべからく念誦已前に寫牓して首座に呈す。知事、搭袈裟帶坐具して首座に相見するとき、あるいは参展三拝しをはりて、牓を首座に呈す。首座、答拝す。知事の拝とおなじかるべし。牓は箱に複秋子をしきて、行者にもたせてゆく。首座、知事をおくりむかふ。
牓式
庫司今晩就
雲堂煎点、特為
首座
大衆、聊表結制之儀。伏冀
衆慈同垂
光降。
寛元元年四月十四日 庫司比丘某甲等謹白
知事の第一の名字をかくなり。牓を首座に呈してのち、行者をして雲堂前に貼せしむ。堂前の下間に貼するなり。前門の南頬の外面に、牓を貼いる板あり。このいた、ぬれり。
殼漏子あり。殼漏子は、牓の初にならべて、竹釘にてうちつけたり。しかあれば、殼漏子もかたはらに押貼せり。この牓は如法につくれり。五分許の字にかく、おほきにかかず。殼漏子の表書は、かくのごとくかく。
状請 首座 大衆 庫司比丘某甲等謹封
煎点をはりぬれば、牓ををさむ。

十五日の粥前に、知事、頭首、小師、法眷、まづ方丈内にまうでて人事す。住持人もし隔宿より免人事せば、さらに方丈にまうづべからず。
免人事といふは、十四日より、住持人、あるいは頌子あるいは法語をかける牓を、方丈門の東頬に貼せり。あるいは雲堂前にも貼す。
十五日の陞座罷、住持人、法座よりおりて堦のまへにたつ。拝席の北頭をふみて、面南してたつ。知事、近前して参展三拝す。
一展云、此際安居禁足、獲奉巾瓶。唯仗和尚法力資持、願無難事(一展して云く、此際の安居禁足、巾瓶奉することを獲たり。ただ和尚の法力の資持に仗りて、願はくは難事無からんことを)。
一展、叙寒暄(一展して寒暄を叙す)、触礼三拝。
叙寒暄云者、展坐具三拝了、收坐具、進云、即辰孟夏漸熱。法王結制之辰、伏惟、堂頭和尚、法候動止万福、下情不勝感激之至(叙寒暄といふは、展坐具三拝了に、坐具を收め、進んで云く、即辰孟夏漸くに熱なり。法王結制の辰、伏して惟れば堂頭和尚、法候動止万福、下情感激の至りに勝へず)。
かくのごとくして、その次、触礼三拝。ことばなし、住持人みな答拝す。
住持人念、此者多幸得同安居、亦冀某[首座監寺]人等、法力相資、無諸難事(此者多幸にも同じく安居すること得たり、亦た冀はくは某[首座監寺]人等、法力相資け、諸の難事無からんことを)。
首座大衆、同此式也(此の式に同ず)。
このとき、首座大衆、知事等、みな面北して礼拝するなり。住持人ひとり面南にして、法座の堦前に立せり。住持人の坐具は、拝席のうへに展ずるなり。
つぎに首座大衆、於住持人前、参展三拝(首座大衆、住持人の前に参展三拝す)。このとき、小師、侍者、法眷、沙彌、在一辺立。未得与大衆雷同人事(小師、侍者、法眷、沙彌、一辺に在りて立す。未だ大衆と雷同して人事することを得ず)。
いはゆる一辺にありてたつとは、法堂の東壁のかたはらにありてたつなり。もし東壁辺に施主の垂箔のことあらば、法鼓のほとりにたつべし、また西壁辺にも立すべきなり。
大衆礼拝をはりて、知事まづ庫堂にかへりて主位に立す。つぎに首座すなはち大衆を領して庫司にいたりて人事す。いはゆる知事と触礼三拝するなり。
このとき小師、侍者、法眷等は、法堂上にて住持人を礼拝す。法眷は参展三拝すべし、住持人の答拝あり。小師、侍者、おのおの九拝す。答拝なし。沙彌九拝、あるいは十二拝なり。住持人合掌してうくるのみなり。
つぎに首座、僧堂前にいたりて、上間の知事牀のみなみのはしにあたりて、雲堂の正面にあたりて、面南にて大衆にむかうてたつ。大衆面北して、首座にむかうて触礼三拝す。首座、大衆をひきて入堂し、戒臘によりて巡堂立定す。知事入堂し、聖僧前にて大展礼三拝しておく。つぎに首座前にて触礼三拝す。大衆答拝す。知事、巡堂一迊して、いでてくらゐによりて叉手してたつ。
住持人入堂、聖僧前にして焼香、大展三拝起(大展三拝して起く)。このとき、小師於聖僧後避立。法眷随大衆(小師、聖僧の後に避けて立つ。法眷、大衆に随ふ)。
つぎに住持人、於首座触礼三拝(首座に於て触礼三拝す)。
いはく、住持人、ただくらゐによりてたち、面南にて触礼す。首座大衆答拝、さきのごとし。
住持人、巡堂していづ。首座、前門の南頬よりいでて住持人をおくる。
住持人出堂ののち、首座已下、対礼三拝していはく、此際幸同安居、恐三業不善、且望慈悲(此の際幸ひに安居を同じうす、三業不善ならんことを恐る、且望すらくは慈悲あらんことを)。
この拝は、展坐具三拝なり。かくのごとくして首座、書記、蔵主等、おのおのその寮にかへる。もしそれ衆寮僧は、寮主、寮首座已下、おのおの触礼三拝す。致語は堂中の法におなじ。

住持人こののち、庫堂よりはじめて巡堂す。次第に大衆相随、送至方丈。大衆乃退(大衆相随ひて、送つて方丈に至りて、大衆乃ち退す)。
いはゆる住持人まづ庫堂にいたる、知事と人事しをはりて、住持人いでて巡堂すれば、知事しりへにあゆめり。知事のつぎに、東廊のほとりにあるひとあゆめり。住持人このとき延寿院にいらず。東廊より西におりて、山門をとほりて巡寮すれば、山門の辺の寮にある人、あゆみつらなる。みなみより西の廊下および諸寮にめぐる。このとき、西をゆくときは北にむかふ。このときより、安老、勤旧、前資、頤堂、単寮のともがら、浄頭等、あゆみつらなれり。維那、首座等あゆみつらなるつぎに、衆寮の僧衆あゆみつらなる。巡寮は、寮の便宜によりてあゆみくははる。これを大衆相送とはいふ。
かくのごとくして、方丈の西階よりのぼりて、住持人は方丈の正面のもやの住持人のくらゐによりて、面南にて叉手してたつ。大衆は知事已下みな面北にて住持人を問訊す。この問訊、ことにふかくするなり。住持人、答問訊あり。大衆退す。
先師は方丈に大衆をひかず、法堂にいたりて、法座の堦前にして面南叉手してたつ、大衆問訊して退す、これ古往の儀なり。
しかうしてのち、衆僧おのおのこころにしたがひて人事す。
人事とは、あひ礼拝するなり。たとへば、おなじ郷間のともがら、あるいは照堂、あるいは廊下の便宜のところにして、幾十人もあひ拝して、同安居の理致を賀す。しかあれども、致語は堂中の法になずらふ。人にしたがひて今案のことばも存ず。あるいは小師をひきゐたる本師あり、これ小師かならず本師を拝すべし、九拝をもちゐる。法眷の住持人を拝する、参展三拝なり。あるいはただ大展三拝す。法眷のともに衆にあるは、拝おなじかるべし。師叔、師伯、またかならず拝あり。隣単隣肩みな拝す、相識道旧ともに拝あり。単寮にあるともがらと、首座、書記、蔵主、知客、浴司等と、到寮拝賀すべし。単寮にあるともがらと、都寺、監寺、維那、典座、直歳、西堂、尼師、道士等とも、到寮到位して拝賀すべし。到寮せんとするに、人しげくして入寮門にひまをえざれば、牓をかきてその寮門におす。その牓は、ひろさ一寸余、ながさ二寸ばかりなる白紙にかくなり。かく式は、
某寮 某甲
拝賀
又の式
巣雲 懐昭等
拝賀
又の式
某甲
礼賀
又の式
某甲
拝賀
又の式
某甲
礼拝
かくしき、おほけれど、大旨かくのごとし。しかあれば、門側にはこの牓あまたみゆるなり。門側には左辺におさず、門の右におすなり。この牓は、斉罷に、本寮主をさめとる。今日は、大小諸堂諸寮、みな門簾をあげたり。
堂頭、庫司、首座、次第に煎点といふことあり。しかあれども、遠島深山のあひだには省略すべし。ただこれ礼数なり。退院の長老、および立僧の首座、おのおの本寮につきて、知事、頭首のために特為煎点するなり。
かくのごとく結夏してより、功夫弁道するなり。衆行を弁肯せりといへども、いまだ夏安居せざるは祖の兒孫にあらず、また祖にあらず。孤独園、霊鷲山、みな安居によりて現成せり。安居の道場、これ祖の心印なり、諸の住世なり。

解夏七月十三日、衆寮煎点諷経。またその月の寮主これをつとむ。
十四日、晩念誦。
来日陞堂。人事、巡寮、煎点、竝同結夏。唯牓状詞語、不同而已(人事、巡寮、煎点、竝びに結夏に同じ。唯牓状の詞語、不同なるのみ)。
庫司湯牓云、庫司今晩、就雲堂煎点、特為首座大衆、聊表解制之儀。伏冀衆慈同垂光降(庫司湯牓に云く、庫司今晩、雲堂に就て煎点す。特に首座大衆の為にし、聊か解制の儀を表す。伏して冀はくは衆慈同じく光降を垂れんことを)。
庫司比丘某甲 白
土地堂念誦詞云、切以金風扇野、白帝司方。当覚皇解制之時、是法歳周円之日。九旬無難、一衆咸安。誦持諸洪名、仰報合堂真宰。仰憑大衆念(土地堂念誦の詞に云く、切に以みれば金風野を扇ぎ、白帝方を司る。覚皇解制の時に当り、是れ法歳周円の日なり。九旬難無く、一衆咸安なり。諸の洪名を誦持し、仰いで合堂の真宰に報ず。仰いで大衆を憑んで念ず)。
これよりのちは結夏の念誦におなじ。
陞堂罷、知事等、謝詞にいはく、伏喜法歳周円、無諸難事。此蓋和尚道力廕林、下情無任感激之至(伏して喜すらくは法歳周円し、もろもろの難事無かりしことを。此れ蓋し和尚道力の廕林なり、下情感激の至りに任へず)。
住持人謝詞いはく、此者法歳周円、皆謝某[首座監寺]人等法力相資、不任感激之至(此者法歳周円す、皆な某[首座監寺]人等の法力相資せるを謝す、感激の至りに任へず)。
堂中首座已下、寮中寮主已下、謝詞いはく、九夏相依、三業不善、悩乱大衆、伏望慈悲(九夏相依す、三業不善なり、大衆を悩乱せり。伏して望むらくは慈悲あらんことを)。
知事、頭首告云、衆中兄弟行脚、須候茶湯罷、方可随意[如有緊急縁事、不在此限](知事、頭首告して云く、衆中の兄弟行脚せんには、須らく茶湯罷を候つて、方に随意なるべし[如し緊急の縁事有らば、此の限りに在らず])。
この儀は、これ威音、空王の前際後際よりも頂寧量なり。祖のおもくすること、ただこれのみなり。外道天魔のいまだ惑乱せざるは、ただこれのみなり。三国のあひだ、祖の兒孫たるもの、いまだひとりもこれをおこなはざるなし。外道はいまだまなびず、祖一大事の本懐なるがゆゑに、得道のあしたより涅槃のゆふべにいたるまで、開演するところ、ただ安居の宗旨のみなり。西天の五部の僧衆ことなれども、おなじく九夏安居を護持してかならず修証す。震旦の九宗の僧衆、ひとりも破夏せず。生前にすべて九夏安居せざらんをば、弟子、比丘僧と称ずべからず。ただ因地に修習するのみにあらず、果位の修証なり。大覚世尊すでに一代のあひだ、一夏も闕如なく修証しましませり。しるべし、果上の証なりといふこと。
しかあるを、九夏安居は修証せざれども、われは祖の兒孫なるべしといふは、わらふべし。わらふにたへざるおろかなるものなり。かくのごとくいはんともがらのこと葉をばきくべからず。共語すべからず、同坐すべからず、ひとつみちをあゆむべからず。法には、梵壇の法をもて悪人を治するがゆゑに。

ただまさに九夏安居これ祖と会取すべし、保任すべし。その正伝しきたれること、七より摩訶迦葉におよぶ。西天二十八祖、嫡嫡正伝せり。第二十八祖みづから震旦にいでて、二祖大祖正宗普覚大師をして正伝せしむ。二祖よりこのかた、嫡嫡正伝して而今に正伝せり。震旦にいりてまのあたり祖の会下にして正伝し、日本国に正伝す。すでに正伝せる会にして九旬坐夏しつれば、すでに夏法を正伝するなり。この人と共住して安居せんは、まことの安居なるべし。まさしく在世の安居より嫡嫡面授しきたれるがゆゑに、面祖面まのあたり正伝しきたれり。祖身心したしく証契しきたれり。かるがゆゑにいふ、安居をみるはをみるなり、安居を証するはを証するなり。安居を行ずるはを行ずるなり、安居をきくはをきくなり、安居をならふはを学するなり。
おほよそ九旬安居を、諸諸祖いまだ違越しましまさざる法なり。しかあればすなはち、人王、釈王、梵王等、比丘僧となりて、たとひ一夏なりといふとも安居すべし。それ見ならん。人衆、天衆、龍衆、たとひ一九旬なりとも、比丘比丘尼となりて安居すべし。すなはち見ならん。祖の会にまじはりて九旬安居しきたれるは見来なり。われらさいはひにいま露命のおちざるさきに、あるいは天上にもあれ、あるいは人間にもあれ、すでに一夏安居するは、祖の皮肉骨髄をもて、みづからが皮肉骨髄に換却せられぬるものなり。祖きたりてわれらを安居するがゆゑに、面面人人の安居を行ずるは、安居の人人を行ずるなり。恁麼なるがゆゑに、安居あるを千万祖といふのみなり。ゆゑいかんとなれば、安居これ祖の皮肉骨髄、心識身体なり。頂寧眼睛なり、拳頭鼻孔なり。円相性なり、払子拄杖なり、竹箆蒲団なり。安居はあたらしきをつくりいだすにあらざれども、ふるきをさらにもちゐるにはあらざるなり。

世尊告円覚菩薩、及諸大衆、一切衆生言、若経夏首三月安居、当為清浄菩薩止住。心離声聞、不假徒衆。至安居日、即於前作如是言。我比丘比丘尼、優婆塞優婆夷某甲、踞菩薩乗修寂滅行、同入清浄実相住持。以大円覚為我伽藍、心身安居。平等性智、涅槃自性、無繋属故。今我敬請、不依声聞、当与十方如来及大菩薩、三月安居。為修菩薩無上妙覚大因縁故、不繋徒衆。善男子、此名菩薩示現安居(世尊、円覚菩薩、及び諸の大衆、一切衆生に告げて言はく、若し夏首より三月の安居を経ば、当に清浄菩薩の止住たるべし。心、声聞を離れて徒衆を假らざれ。安居の日に至りなば、即ち前に於て是の如くの言を作すべし。我れ比丘比丘尼、優婆塞優婆夷某甲、菩薩乗に踞して寂滅の行を修す、同じく清浄実相に入りて住持せん。大円覚を以て我が伽藍と為して心身安居せん。平等性智、涅槃自性、繋属無きが故に。今我れ敬請す、声聞に依らず、当に十方如来、及び大菩薩とともに、三月安居すべし。菩薩の無上妙覚大因縁を修せんが為の故に、徒衆を繋せず。善男子、此れを菩薩の示現安居と名づく)。
しかあればすなはち、比丘比丘尼、優婆塞優婆夷等、かならず安居三月にいたるごとには、十方如来および大菩薩とともに、無上妙覚大因縁を修するなり。しるべし、優婆塞優婆夷も安居すべきなり。この安居のところは大円覚なり。しかあればすなはち、鷲峰山、孤独園、おなじく如来の大円覚伽藍なり。十方如来及大菩薩、ともに安居三月の修行あること、世尊のをしへを聴受すべし。

世尊於一処、九旬安居、至自恣日、文殊倏来在会(世尊一処に九旬安居したまひしに、自恣の日に至つて、文殊倏ちに来つて会に在り)。
迦葉問文殊、今夏何処安居(迦葉文殊に問ふ、今夏何れの処にか安居せる)。
文殊云、今夏在三処安居(文殊云く、今夏三処に在つて安居せり)。
迦葉於是集衆白槌欲擯文殊。纔挙犍槌、即見無量刹顯現、一一所有一一文殊、有一一迦葉、挙槌欲擯文殊(迦葉是に於て集衆し白槌して文殊を擯せんとす。纔かに犍槌を挙するに、即ち無量の刹顯現し、一一の所に一一の文殊有り、一一の迦葉有り、挙槌して文殊を擯せんとするを見る)。
世尊於是告迦葉云、汝今欲擯阿那箇文殊(世尊是に於て迦葉に告げて云く、汝今阿那箇の文殊を擯せんとするや)。
于時迦葉茫然(時に迦葉茫然たり)。
圜悟禅師拈古云、
鐘不撃不響(鐘撃たざれば響かず)、
鼓不打不鳴(鼓打たざれば鳴らず)。
迦葉即把定要津(迦葉即に要津を把定すれば)、
文殊乃十方坐断(文殊乃ち十方坐断す)。
当時好一場事(当時好一場の事なり)。
可惜放過一著(惜しむべし、一著を放過せることを)。
待釈迦老子道欲擯阿那箇文殊、便与撃一槌看、他作什麼合殺(釈迦老子の阿那箇の文殊をか擯せんとすると道せんを待つて、便ち撃一槌を与へて看るべし、他什麼の合殺をか作す)。
圜悟禅師頌古云、
大象不遊兔徑(大象は兔徑に遊ばず)、
燕雀安知鴻鵠(燕雀安くんぞ鴻鵠を知らん)。
拠令宛若成風(拠令宛も風を成すが若し)、
破的渾如囓鏃(破的渾て鏃を囓むが如し)。
徧界是文殊(徧界是れ文殊)、徧界是迦葉(徧界是れ迦葉)、
相対各儼然(相対しておのおの儼然たり)。
挙椎何処罰好一箚(挙椎何れの処か罰せん好一箚)、
金色頭陀曽落却(金色の頭陀曽て落却せり)。
しかあればすなはち、世尊一処安居、文殊三処安居なりといへども、いまだ不安居あらず。もし不安居は、及菩薩にあらず。祖の兒孫なるもの安居せざるはなし、安居せんは祖の兒孫としるべし。安居するは祖の身心なり、祖の眼睛なり、祖の命根なり。安居せざらんは祖の兒孫にあらず、祖にあらざるなり。いま泥木、素金、七宝の菩薩、みなともに安居三月の夏坐おこなはるべし。これすなはち住持法僧宝の故実なり、訓なり。
おほよそ祖の屋裏人、さだめて坐夏安居三月、つとむべし。

正法眼蔵第七十二

爾時寛元三年乙巳夏安居六月十三日在越宇大寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:15
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正 法 眼 蔵    鉢盂はつう  第七十一  
鉢盂

七仏向上より七仏に正伝し、七仏裏より七仏に正伝し、渾七仏より渾七仏に正伝し、七仏より二十八代正伝しきたり、第二十八代の祖師、
菩提達磨高祖、みづから神丹国にいりて、二祖大祖正宗普覚大師に正伝し、六代つたはれて曹谿にいたる。東西都盧五十一代、すなはち正法眼蔵涅槃妙心なり、袈裟、鉢盂なり。ともに先仏は先仏の正伝を保任せり。かくのごとくして仏仏祖祖正伝せり。
しかあるに仏祖を参学する皮肉骨髄、拳頭眼睛、おのおの道取あり。いはゆる、あるいは鉢盂はこれ仏祖の身心なりと参学するあり、あるいは鉢盂はこれ仏祖の飯椀なりと参学するあり、あるいは鉢盂はこれ仏祖の眼睛なりと参学するあり、あるいは鉢盂はこれ仏祖の光明なりと参学するあり、あるいは鉢盂はこれ仏祖の真実体なりと参学するあり、あるいは鉢盂はこれ仏祖の正法眼蔵涅槃妙心なりと参学するあり、あるいは鉢盂はこれ仏祖の転身処なりと参学するあり、あるいは鉢盂はこれ仏祖の縁底なりと参学するあり。かくのごとくのともがらの参学の宗旨、おのおの道得の処分ありといへども、さらに向上の参学あり。
先師天童古仏、大宋宝慶元年、住天童日(天童に住せし日)、上堂云、記得、僧問百丈(記し得たり、僧百丈に問ふ)、如何是奇特事(如何ならんか是れ奇特の事)。百丈云、独坐大雄峰。
大衆不得動著、且教坐殺者漢。今日忽有人問浄上座、如何是奇特事。只向他道、有甚奇特。畢竟如何、浄慈鉢盂、移過天童喫飯(大衆、動著することを得ざれ、且く者漢を坐殺せしめん。今日忽ちに人有つて浄上座に問はん、如何ならんか是れ奇特の事と。ただ他に向つて道ふべし。甚の奇特か有らん。畢竟如何。浄慈の鉢盂、天童に移過して喫飯す)。
しるべし、奇特事はまさに奇特人のためにすべし。奇特事には奇特の調度をもちゐるべきなり。これすなはち奇特の時節なり。しかあればすなはち、奇特事の現成せるところ、奇特鉢盂なり。これをもて四天王をして護持せしめ、諸龍王をして擁護せしむる、仏道の玄軌なり。このゆゑに仏祖に奉献し、仏祖より附嘱せらる。
仏祖の堂奥に参学せざるともがらいはく、仏袈裟は、絹なり、布なり、化絲のをりなせるところなりといふ。仏鉢盂は、石なり、瓦なり、鉄なりといふ。かくのごとくいふは、未具参学眼のゆゑなり。仏袈裟は仏袈裟なり、さらに絹、布の見あるべからず。絹布等の見は旧見なり。仏鉢盂は仏鉢盂なり、さらに石瓦といふべからず、鉄木といふべからず。

おほよそ仏鉢盂は、これ造作にあらず、生滅にあらず。去来せず、得失なし。新旧にわたらず、古今にかかはれず。仏祖の衣盂は、たとひ雲水を採集して現成せしむとも、雲水の籮籠にあらず。たとひ草木を採集して現成せしむとも、草木の籮籠にあらず。その宗旨は、水は衆法を合成して水なり、雲は衆法を合成して雲なり。雲を合成して雲なり、水を合成して水なり。鉢盂は但以衆法、合成鉢盂なり。但以鉢盂、合成衆法なり。但以渾心、合成鉢盂なり。但以虚空、合成鉢盂なり。但以鉢盂、合成鉢盂なり。鉢盂は鉢盂に罣礙せられ、鉢盂に染汚せらる。
いま雲水の伝持せる鉢盂、すなはち四天王奉献の鉢盂なり。鉢盂もし四天王奉献せざれば現前せず。いま諸方に伝仏正法眼蔵の仏祖の正伝せる鉢盂、これ透脱古今底の鉢盂なり。しかあれば、いまこの鉢盂は、鉄漢の旧見を覰破せり、木橛の商量に拘牽せられず、瓦礫の声色を超越せり。石玉の活計を罣礙せざるなり。碌塼といふことなかれ、木橛といふことなかれ。かくのごとく承当しきたれり。

正法眼蔵鉢盂第七十一

爾時寛元参年乙巳参月十二日在越宇大仏精舍示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:15
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正 法 眼 蔵    虚空(こくう  第七十  
虚空

這裏是什麼処在のゆゑに、道現成をして仏祖ならしむ。
仏祖の道現成、おのづから嫡嫡するゆゑに、皮肉骨髄の渾身せる、掛虚空なり。
虚空は、二十空等の群にあらず。おほよそ、空ただ二十空のみならんや、八万四千空あり、およびそこばくあるべし。

撫州石鞏慧蔵禅師、問西堂智蔵禅師、汝還解捉得虚空麼(撫州石鞏慧蔵禅師、西堂智蔵禅師に問ふ、汝還た虚空を捉得せんことを解する麼)。
西堂曰、解捉得(捉得せんことを解す)。
師曰、你作麼生捉(你作麼生か捉する)。
西堂以手撮虚空(西堂、手を以て虚空を撮す)。
師曰、你不解捉虚空(你虚空を捉せんことを解せず)。
西堂曰、師兄作麼生捉(師兄作麼生か捉する)。
師把西堂鼻孔拽(師、西堂が鼻孔を把りて拽く)。
西堂作忍痛声曰、太殺人、拽人鼻孔、直得脱去(西堂、忍痛の声を作して曰く、太殺人、人の鼻孔を拽いて、直得脱去す)。
師曰、直得恁地捉始得(直に恁地に捉することを得て始得ならん)。
石鞏道の汝還解捉得虚空麼。
なんぢまた通身是手眼なりやと問著するなり。
西堂道の解捉得。
虚空一塊触而染汚なり。染汚よりこのかた、虚空落地しきたれり。
石鞏道の你作麼生捉。
換作如如、早是変了也(換んで如如と作すも、早く是れ変じ了りぬ)なり。しかもかくのごとくなりといへども、随変而如去也(変るに随ひて如にして去る也)なり。
西堂以手撮虚空。
只会騎虎頭、未会把虎尾(ただ虎頭に騎るを会して、未だ虎尾を把るを会せず)なり。
石鞏道、你不解捉虚空。
ただ不解捉のみにあらず、虚空也未夢見在なり。しかもかくのごとくなりといへども、年代深遠、不欲為伊挙似(伊が為に挙似せんと欲はず)なり。
西堂道、師兄作麼生。
和尚也道取一半、莫全靠某甲(和尚も也た一半を道取すべし、全く某甲に靠ること莫かれ)なり。
石鞏把西堂鼻孔拽。
しばらく参学すべし、西堂の鼻孔に石鞏蔵身せり。あるいは鼻孔拽石鞏の道現成あり。しかもかくのごとくなりといへども、虚空一団、磕著築著なり。
西堂作忍痛声曰、太殺人、拽人鼻孔、直得脱去。
従来は人にあふとおもへども、たちまちに自己にあふことをえたり。しかあれども、染汚自己即不得(自己を染汚することは即ち得ず)なり、修己すべし。
石鞏道、直得恁地捉始得。
恁地捉始得はなきにあらず、ただし石鞏と石鞏と、共出一隻手の捉得なし。虚空と虚空と、共出一隻手の捉得あらざるがゆゑに、いまだみづからの費力をからず。
おほよそ尽界には、容虚空の間隙なしといへども、この一段の因縁、ひさしく虚空の霹靂をなせり。石鞏、西堂よりのち、五家の宗匠と称ずる参学おほしといへども、虚空を見聞測度せるまれなり。石鞏、西堂より前後に、弄虚空を擬するともがら面面なれども、著手せるすくなし。石鞏は虚空をとれり、西堂は虚空を覰見せず。大仏まさに石鞏に為道すべし、いはゆるそのかみ西堂の鼻孔をとる、捉虚空なるべくは、みづから石鞏の鼻孔をとるべし。指頭をもて指頭をとることを会取すべし。しかあれども、石鞏いささか捉虚空の威儀をしれり。たとひ捉虚空の好手なりとも、虚空の内外を参学すべし。虚空の殺活を参学すべし。虚空の軽重をしるべし。仏仏祖祖の功夫弁道、発心修証、道取問取、すなはち捉虚空なると保任すべし。

先師天童古仏曰、渾身似口掛虚空(渾身口に似て虚空に掛る)。
あきらかにしりぬ、虚空の渾身は虚空にかかれり。

洪州西山亮座主、因参馬祖。祖問、講什麼経(洪州西山の亮座主、因みに馬祖に参ず。祖問ふ、什麼経をか講ずる)。
師曰、心経。
祖曰、将什麼講(什麼を将てか講ずる)。
師曰、将心講(心を将て講ず)。
祖曰、心如工伎兒、意如和伎者。六識為伴侶、争解講得経(心は工伎兒の如く、意は和伎者の如し。六識伴侶たり、争でか経を講得することを解せん)。
師曰、心既講不得、莫是虚空講得麼(心既に講不得ならば、是れ虚空講得すること莫き麼)。
祖曰、却是虚空講得(却つて是れ虚空講得せん)。
師払袖而退(師、払袖して退く)。
祖召云、座主。
師廻首(師、廻首す)。
祖曰、従生至老、只是這箇(生より老に至るまで、只是這箇)。
師因而有省。遂隠西山、更無消息(師、因みに省有り。遂に西山に隠れて更に消息無し)。
しかあればすなはち、仏祖はともに講経者なり。講経はかならず虚空なり。虚空にあらざれば一経をも講ずることをえざるなり。心経を講ずるにも、身経を講ずるにも、ともに虚空をもて講ずるなり。虚空をもて思量を現成し、不思量を現成せり。有師智をなし、無師智をなす。生知をなし、学而知をなす、ともに虚空なり。作仏作祖、おなじく虚空なるべし。

第二十一祖婆修盤頭尊者道、
心同虚空界、
示等虚空法。
証得虚空時、
無是無非法。
(心は虚空界に同じ、等虚空の法を示す。虚空を証得する時、是も無く非法も無し。)
いま壁面人と人面壁と、相逢相見する牆壁心、枯木心、これはこれ虚空界なり。応以此身得度者、即現此身、而為説法、これ示等虚空法なり。応以他身得度者、即現他身、而為説法、これ示等虚空法なり。被十二時使、および使得十二時、これ証得虚空時なり。石頭大底大、石頭小底小、これ無是無非法なり。
かくのごとくの虚空、しばらくこれを正法眼蔵涅槃妙心と参究するのみなり。

正法眼蔵虚空第七十

爾時寛元三年乙巳三月六日在越宇大仏寺示衆
弘安二年己卯五月十七日在同国中浜新善光寺書寫之 義雲

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:14
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正 法 眼 蔵    自証三昧じしょうざんまい  第六十九
自証三昧

諸仏七仏より、仏仏祖祖の正伝するところ、すなはち修証三昧なり。いはゆる或従知識、或従経巻なり。これはこれ仏祖の眼睛なり。このゆゑに、
曹谿古仏、問僧云、還仮修証也無(還修証を仮るや無や)。
僧云、修証不無、染汚即不得(修証は無きにあらず、染汚することは即ち得ず)。
しかあればしるべし、不染汚の修証、これ仏祖なり。仏祖三昧の霹靂風雷なり。
或従知識の正当恁麼時、あるいは半面を相見す、あるいは半身を相見す。あるいは全面を相見す、あるいは全身を相見す。半自を相見することあり、半他を相見することあり。神頭の披毛せるを相証し、鬼面の戴角せるを相修す。異類行の随他来あり、同條生の変異去あり。かくのごとくのところに為法捨身すること、いく千万廻といふことしらず。為身求法すること、いく億百劫といふことしらず。これ或従知識の活計なり、参自従自の消息なり。瞬目に相見するとき破顔あり、得髄を礼拝するちなみに断臂す。おほよそ七仏の前後より、六祖の左右にあまれる見自の知識、ひとりにあらず、ふたりにあらず。見他の知識、むかしにあらず、いまにあらず。
或従経巻のとき、自己の皮肉骨髄を参究し、自己の皮肉骨髄を脱落するとき、桃花眼睛づから突出来相見せらる、竹声耳根づから、霹靂相聞せらる。おほよそ経巻に従学するとき、まことに経巻出来す。その経巻といふは、尽十方界、山河大地、草木自他なり。喫飯著衣、造次動容なり。この一一の経典にしたがひ学道するに、さらに未曽有の経巻、いく千万巻となく出現在前するなり。是字の句ありて宛然なり、非字の偈あらたに歴然なり。これらにあふことをえて、拈身心して参学するに、長劫を消尽し、長劫を挙起すといふとも、かならず通利の到処あり。放身心して参学するに、朕兆を抉出し、朕兆を趯飛すといふとも、かならず受持の功成ずるなり。
いま西天の梵文を、東土の法本に翻訳せる、わづかに半万軸にたらず。これに三乗五乗、九部十二部あり。これらみな、したがひ学すべき経巻なり。したがはざらんと廻避せんとすとも、うべからざるなり。かるがゆゑに、あるいは眼睛となり、あるいは吾髄となりきたれり。頭角正なり、尾條正なり。他よりこれをうけ、これを他にさづくといへども、ただ眼睛の活出なり、自他を脱落す。ただ吾髄の附属なり、自他を透脱せり。眼睛吾髄、それ自にあらず他にあらざるがゆゑに、仏祖むかしよりむかしに正伝しきたり、而今より而今に附属するなり。拄杖経あり、横説縦説、おのれづから空を破し有を破す。払子経あり、雪を澡し霜を澡す。坐禅経の一会両会あり。袈裟経一巻十袟あり。これら諸仏祖の護持するところなり。かくのごとくの経巻にしたがひて、修証得道するなり。あるいは天面人面、あるいは日面月面あらしめて、従経巻の功夫現成するなり。
しかあるに、たとひ知識にもしたがひ、たとひ経巻にもしたがふ、みなこれ自己にしたがふなり。経巻おのれづから自経巻なり。知識おのれづから自知識なり。しかあれば、遍参知識は遍参自己なり、拈百草は拈自己なり、拈万木は拈自己なり。自己はかならず恁麼の功夫なりと参学するなり。この参学に、自己を脱落し、自己を契証するなり。

これによりて、仏祖の大道に自証自悟の調度あり、正嫡の仏祖にあらざれば正伝せず。嫡嫡相承する調度あり、仏祖の骨髄にあらざれば正伝せず。かくのごとく参学するゆゑに、人のために伝授するときは、汝得吾髄の附属有在なり。吾有正法眼蔵、附属摩訶迦葉なり。為説はかならずしも自他にかかはれず、他のための説著すなはちみづからのための説著なり。自と自と、同参の聞説なり。一耳はきき、一耳はとく。一舌はとき、一舌はきく。乃至眼耳鼻舌身意根識塵等もかくのごとし。さらに一身一心ありて証するあり、修するあり。みみづからの聞説なり、舌づからの聞説なり。昨日は他のために不定法をとくといへども、今日はみづからのために定法をとかるるなり。かくのごとくの日面あひつらなり、月面あひつらなれり。他のために法をとき法を修するは、生生のところに法をきき法をあきらめ、法を証するなり。今生にも法をたのためにとく誠心あれば、自己の得法やすきなり。あるいは他人の法をきくをも、たすけすすむれば、みづからが学法よきたよりをうるなり。身中にたよりをえ、心中にたよりをうるなり。聞法を障礙するがごときは、みづからが聞法を障礙せらるるなり。生生の身身に法をとき法をきくは、世世に聞法するなり。前来わが正伝せし法を、さらに今世にもきくなり。法のなかに生じ、法のなかに滅するがゆゑに。尽十方界のなかに法を正伝しつれば、生生にきき、身身に修するなり。生生を法に現成せしめ、身身を法ならしむるゆゑに、一塵法界ともに拈来して法を証せしむるなり。
しかあれば、東辺にして一句をききて、西辺にきたりて一人のためにとくべし。これ一自己をもて聞著説著を一等に功夫するなり。東自西自を一齊に修証するなり。なにとしてもただ仏法祖道を自己の身心にあひちかづけ、あひいとなむを、よろこび、のぞみ、こころざすべし。一時より一日におよび、乃至一年より一生までのいとなみとすべし。仏法を精魂として弄すべきなり。これを生生をむなしくすごさざるとす。
しかあるを、いまだあきらめざれば人のためにとくべからずとおもふことなかれ。あきらめんことをまたんは、無量劫にもかなふべからず。たとひ人仏をあきらむとも、さらに天仏あきらむべし。たとひ山のこころをあきらむとも、さらに水のこころをあきらむべし。たとひ因縁生法をあきらむとも、さらに非因縁生法をあきらむべし。たとひ仏祖辺をあきらむとも、さらに仏祖向上をあきらむべし。これらを一世にあきらめをはりて、のちに他のためにせんと擬せんは、不功夫なり、不丈夫なり、不参学なり。
およそ学仏祖道は、一法一儀を参学するより、すなはち為他の志氣を衝天せしむるなり。しかあるによりて、自他を脱落するなり。さらに自己を参徹すれば、さきより参徹他己なり。よく他己を参徹すれば、自己参徹なり。この仏儀は、たとひ生知といふとも、師承にあらざれば体達すべからず、生知いまだ師にあはざれば不生知をしらず、不生不知をしらず。たとひ生知といふとも、仏祖の大道はしるべきにあらず、学してしるべきなり。
自己を体達し、他己を体達する、仏祖の大道なり。ただまさに自初心の参学をめぐらして、他初心の参学を同参すべし。初心より自他ともに同参しもてゆくに、究竟同参に得到するなり。自功夫のごとく、他功夫をもすすむべし。
しかあるに、自証自悟等の道をききて、麁人おもはくは、師に伝授すべからず、自学すべし。これはおほきなるあやまりなり。自解の思量分別を邪計して師承なきは、西天の天然外道なり、これをわきまへざらんともがら、いかでか仏道人ならん。いはんや自証の言をききて、積聚の五陰ならんと計せば、小乗の自調に同ぜん。大乗小乗をわきまへざるともがら、おほく仏祖の兒孫と自称するおほし。しかあれども、明眼人たれか瞞ぜられん。

大宋国紹興のなかに、徑山の大慧禅師宗杲といふあり、もとはこれ経論の学生なり。遊方のちなみに、宣州の袟禅師にしたがひて、雲門の拈古および雪竇の頌古拈古を学す。参学のはじめなり。雲門の風を会せずして、つひに洞山の微和尚に参学すといへども、微、つひに堂奥をゆるさず。微和尚は芙蓉和尚の法子なり、いたづらなる席末人に齊肩すべからず。
杲禅師、ややひさしく参学すといへども、微の皮肉骨髄を摸著することあたはず、いはんや塵中の眼睛ありとだにもしらず。あるとき、仏祖の道に臂香嗣書の法ありとばかりききて、しきりに嗣書を微和尚に請ず。しかあれども微和尚ゆるさず。つひにいはく、なんぢ嗣書を要せば、倉卒なることなかれ、直須功夫勤学すべし。仏祖受授不妄付授也。吾不惜付授、只是你未具眼在(仏祖の受授は妄りに付授せず。吾れ付授を惜しむにあらず、ただ是れ你未だ眼を具せざることあり)。
ときに宗杲いはく、本具正眼自証自悟、豈有不妄付授也(本具の正眼は自証自悟なり、豈に妄りに付授せざること有らんや)。
微和尚笑而休矣(微和尚、笑つて休みぬ)。

のちに湛堂準和尚に参ず。
湛堂一日問宗杲云、你鼻孔因什麼、今日無半辺(湛堂一日、宗杲に問うて云く、你が鼻孔什麼に因つてか今日半辺無き)。
杲云、宝峰門下。
湛堂云、杜撰禅和。

杲、看経次、湛堂問、看什麼経(什麼経をか看る)。
杲曰、金剛経。
湛堂云、是法平等無有高下。為什麼、雲居山高、宝峰山低(是法平等にして高下有ること無し。什麼と為てか雲居山は高く、宝峰山は低なる)。
杲曰、是法平等、無有高下。
湛堂云、你作得箇座主(你箇の座主と作り得たり)。
使下(下せしむ)。

又一日、湛堂見於粧十王処。問宗杲上座曰、此官人、姓什麼(又一日、湛堂、十王を粧ふを見て、宗杲上座に問うて曰く、此の官人、姓は什麼ぞ)。
杲曰、姓梁(姓は梁なり)。
湛堂以手自摸頭曰、争奈姓梁底少箇幞頭(湛堂、手を以て自ら摸頭して曰く、姓の梁底なる、箇の幞頭を少くを争奈せん)。
杲曰、雖無幞頭、鼻孔髣髴(幞頭無しと雖も、、鼻孔髣髴たり)。
湛堂曰、杜撰禅和。

湛堂一日、問宗杲云、杲上座、我這裏禅、你一時理会得。教你説也説得、教你参也参得。教你做頌古拈古、小参普説、請益、你也做得。祇是你有一件事未在、你還知否(湛堂一日、宗杲に問うて云く、杲上座、我が這裏の禅、你一時に理会得なり。你をして説かしむれば也た説得す、你をして参ぜしむれば也た参得す。你をして頌古拈古、小参普説、請益を做さしむれば、你也た做得す。ただ是れ你一件事の未だしき在ること有り、你還た知るや否や)。
杲曰、甚麼事未在(甚麼事か未在なる)。
湛堂曰、你祇缺這一解在。カ。若你不得這一解、我方丈与你説時、便有禅、你纔出方丈、便無了也。惺惺思量時、便有禅、纔睡著、便無了也。若如此、如何敵得生死(你ただ這の一解を缺くこと在り。カ。若し你這の一解を不得ならば、我れ方丈にして你がために説く時は便ち禅有り、你纔かに方丈を出づれば便ち無了也。惺惺に思量する時は便ち禅有り、纔かに睡著すれば便ち無了也。若し此の如くならば、如何が生死を敵得せん)。
杲曰、正是宗杲疑処(正しく是れ宗杲が疑処なり)。
後稍経載、湛堂示疾(後稍載を経て、湛堂疾を示す)。
宗杲問曰、和尚百年後、宗杲依附阿誰、可以了此大事(和尚百年の後、宗杲阿誰に依附してか以て此の大事を了ずべき)。
湛堂属曰、有箇勤巴子、我亦不識他。雖然、你若見他、必能成就此事。你若見他了不可更他遊。後世出来参禅也(湛堂属して曰く、箇の勤巴子といふもの有り、我れもまた他を識らず。然りと雖も、你若し他を見ば、必ず能く此の事を成就せん。你若し他を見んよりは、了に更に他遊すべからず。後世参禅を出来せん)。
この一段の因縁を撿點するに、湛堂なほ宗杲をゆるさず、たびたび開発を擬すといへども、つひに缺一件事なり。補一件事あらず、脱落一件事せず。微和尚そのかみ嗣書をゆるさず、なんぢいまだしきことありと勧勵する、微和尚の観機あきらかなること、信仰すべし。正是宗杲疑処を究参せず、脱落せず。打破せず、大疑せず、被疑礙なし。そのかみみだりに嗣書を請ずる、参学の倉卒なり、無道心のいたりなり、無稽古のはなはだしきなり。無遠慮なりといふべし、道機ならずといふべし、疎学のいたりなり。貪名愛利によりて、仏祖の堂奥ををかさんとす。あはれむべし、仏祖の語句をしらざることを。
稽古はこれ自証と会せず、万代を渉獵するは自悟ときかず、学せざるによりて、かくのごとくの不是あり、かくのごとくの自錯あり。かくのごとくなるによりて、宗杲禅師の門下に、一箇半箇の真巴鼻あらず、おほくこれ仮底なり。仏法を会せず、仏法を不会せざるはかくのごとくなり。而今の雲水、かならず審細の参学すべし、疎慢なることなかれ。

宗杲因湛堂之属、而湛堂順寂後、参圜悟禅師於京師之天寧。圜悟一日陞堂、宗杲有神悟、以悟告呈圜悟(宗杲、湛堂の属に因つて、湛堂順寂の後、圜悟禅師に京師の天寧に参ず。圜悟一日陞堂するに、宗杲、神悟有りといつて、悟を以て圜悟に告呈す)。
悟曰、未也、子雖如是、而大法故未明(未だし、子是くの如くなりと雖も、大法故らに未だ明らめず)。
又一日圜悟上堂、挙五祖演和尚有句無句語。宗杲聞而言下得大安楽法。又呈解圜悟(又一日、圜悟上堂して、五祖演和尚の有句無句の語を挙す。宗杲聞いて言下に大安楽の法を得たりといふ。又、解を圜悟に呈す)。
圜悟笑曰、吾不欺汝耶(吾れ汝を欺かざらんや)。
これ宗杲禅師、のちに圜悟に参ずる因縁なり。圜悟の会にして書記に充す。しかあれども、前後いまだあらたなる得処みえず。みづから普説陞堂のときも得処を挙せず。しるべし、記録者は神悟せるといひ、得大安楽法と記せりといへども、させることなきなり。おもくおもふことなかれ、ただ参学の生なり。
圜悟禅師は古仏なり。十方中の至尊なり。黄檗よりのちは、圜悟のごとくなる尊宿いまだあらざるなり。他界にもまれなるべき古仏なり。しかあれども、これをしれる人天まれなり、あはれむべき裟婆国土なり。いま圜悟古仏の説法を挙して、宗杲上座を撿點するに、師におよべる智いまだあらず、師にひとしき智いまだあらず、いかにいはんや師よりもすぐれたる智、ゆめにもいまだみざるがごとし。
しかあればしるべし、宗杲禅師は減師半徳の才におよばざるなり。ただわづかに華厳、楞厳等の文句を諳誦して伝説するのみなり。いまだ仏祖の骨髄あらず。宗杲おもはくは、大小の隱倫、わづかに依草附木の精霊にひかれて保任せるところの見解、これを仏法とおもへり。これを仏法と計せるをもて、はかりしりぬ、仏祖の大道いまだ参究せずといふことを。圜悟よりのち、さらに他遊せず、知識をとぶらはず。みだりに大刹の主として雲水の参頭なり。のこれる語句、いまだ大法のほとりにおよばず。しかあるを、しらざるともがらおもはくは、宗杲禅師、むかしにもはぢざるとおもふ。みしれるものは、あきらめざると決定せり。つひに大法をあきらめず、いたづらに口吧吧地のみなり。
しかあればしりぬ、洞山の微和尚、まことに後鑑あきらかにあやまらざりけりといふことを。宗杲禅師に参学せるともがらは、それすゑまでも微和尚をそねみねたむこと、いまにたえざるなり。微和尚はただゆるさざるのみなり。準和尚のゆるさざることは、微和尚よりもはなはだし。まみゆるごとには勘過するのみなり。しかあれども、準和尚をねたまず。而今およびこしかたのねたむともがら、いくばくの懡羅なりとかせん。

おほよそ大宋国に仏祖の兒孫と自称するおほかれども、まことを学せるはすくなきゆゑに、まことををしふるすくなし。そのむね、この因縁にてもはかりしりぬべし。紹興のころ、なほかくのごとし。いまはそのころよりもおとれり、たとふるにもおよばず。いまは仏祖の大道なにとあるべしとだにもしらざるともがら、雲水の主人となれり。
しるべし、仏仏祖祖、西天東土、嗣書正伝は、青原山下これ正伝なり。青原山下よりのち、洞山おのづから正伝せり。自余の十方、かつてしらざるところなり。しるものはみなこれ洞山の兒孫なり、雲水に声名をほどこす。宗杲禅師なほ生前に自証自悟の言句をしらず、いはんや自余の公案を参徹せんや。いはんや宗杲禅老よりも晩進、たれか自証の言をしらん。
しかあればすなはち、仏祖道の道自道他、かならず仏祖の身心あり、仏祖の眼睛あり。仏祖の骨髄なるがゆゑに、庸者の得皮にあらず。

正法眼蔵 第六十九

爾時寛元二年甲辰二月二十九日在越宇吉峰精舍示衆
同四月十二日越州在吉峰下侍者寮書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:14
by writer
 正 法 眼 蔵    大修行だいしゅぎょう  第六十八  
大修行

洪州百丈山大智禅師[嗣馬祖、諱懐海]、凡参次、有一老人、常随衆聴法。大衆若退、老人亦退。忽一日不退 (洪州百丈山大智禅師[馬祖に嗣す、諱は懐海]、凡そ参次に一りの老人有つて、常に衆に随つて聴法す。大衆若し退すれば老人もまた退す。忽ちに一日退せず)。
師遂問、面前立者、復是何人(師遂に問ふ、面前に立せる者、復た是れ何人ぞ)。
老人対云、某甲是非人也、於過去迦葉仏時、会住此山。因学人問、大修行底人、還落因果也無。某甲答他云、不落因果。後五百生、墮野狐身。今請和尚代一転語、貴脱野狐身 (老人対して云く、某甲は是れ非人也。過去迦葉仏の時に、会て此の山に住せり。因みに学人問ふ、大修行底の人、還た因果に落つや無や。某甲他に答へて云く、因果に落ちず。後五百生まで、野狐の身に墮す。今請すらくは和尚、一転語を代すべし。貴すらくは野狐の身を脱れんことを)。
遂問云、大修行底人、還落因果也無 (大修行底の人、還た因果に落つや無や)。
師云、不昧因果 (因果に昧からず)。
老人於言下大悟。作礼云、某甲已脱野狐身、住在山後。敢告和尚、乞依亡僧事例 (老人言下に大悟す。礼を作して云く、某甲已に野狐身を脱れぬ、山後に住在せらん。敢告すらくは和尚、乞ふ亡僧の事例に依らんことを)。
師令維那白槌告衆云、食後送亡僧 (師、維那に令して白槌して衆に告して云く、食後に亡僧を送るべし)。
大衆言議、一衆皆安、涅槃堂又無病人、何故如是 (大衆言議す、一衆皆安なり、涅槃堂に又病人無し、何が故ぞ是の如くなる)。
食後只見、師領衆至山後岩下、以杖指出一死野狐。乃依法火葬 (食後に只見る、師、衆を領して山後の岩下に至り、杖を以て一つの死野狐を指出するを。乃ち法に依つて火葬す)。
師至晩上堂、挙前因縁(師、至晩に上堂して、前の因縁を挙す)。
黄檗便問、古人錯対一転語、墮五百生野狐身。転転不錯、合作箇什麼 (黄檗便ち問ふ、古人の一転語を錯対する、五百生野狐の身に墮す。転転錯らざらん、箇の什麼にか作る合き)。
師云、近前来、与?道 (近前来、?が与に道はん)。
檗遂近前、与師一掌 (檗、遂に近前して、師に一掌を与ふ)。
師拍手笑云、将為胡鬚赤、更有赤鬚胡 (師、拍手して笑つて云く、将に胡の鬚の赤きかと為へば、更に赤き鬚の胡有り)。
而今現成の公案、これ大修行なり。
老人道のごときは、過去迦葉仏のとき、洪州百丈山あり。現在釈迦牟尼仏のとき、洪州百丈山あり。これ現成の一転語なり。かくのごとくなりといへども、過去迦葉仏時の百丈山と、現在釈迦牟尼仏の百丈山と、一にあらず異にあらず、前参参にあらず後参参にあらず。過去の百丈山にきたりて而今の百丈山となれるにあらず、いまの百丈山さきだちて迦葉仏時の百丈山にあらざれども、会住此山の公案あり。為学人道、それ今百丈の為老人道のごとし。因学人問、それ今老人問のごとし。挙一不得挙二、放過一著、落在第二なり。
過去学人問、過去百丈山の大修行底人、還落因果也無。
この問、まことに卒爾に容易会すべからず。そのゆゑは、後漢永平のなかに仏法東漸よりのち、梁代普通のなか、祖師西来ののち、はじめて老野狐の道より過去の学人問をきく。これよりさきはいまだあらざるところなり。しかあれば、まれにきくといふべし。
大修行を摸得するに、これ大因果なり。この因果かならず圓因満果なるがゆゑに、いまだかつて落不落の論あらず、昧不昧の道あらず。不落因果もしあやまりならば、不昧因果もあやまりなるべし。将錯就錯すといへども、墮野狐身あり、脱野狐身あり。不落因果たとひ迦葉仏時にはあやまりなりとも、釈迦仏時はあやまりにあらざる道理もあり。不昧因果たとひ現在釈迦仏のときは脱野狐身すとも、迦葉仏時しかあらざる道理も現成すべきなり。
老人道の後五百生墮野狐身は、作麼生是墮野狐身(作麼生ならんか是れ野狐に墮したる身)。さきより野狐ありて先百丈をまねきおとさしむるにあらず。先百丈もとより野狐なるべからず。先百丈の精魂いでて野狐皮袋に撞入すといふは外道なり。野狐きたりて先百丈を呑却すべからず。もし先百丈さらに野狐となるといはば、まづ脱先百丈身あるべし、のちに墮野狐身すべきなり。以百丈山換野狐身なるべからず。因果のいかでかしかあらん。因果の本有にあらず、始起にあらず、因果のいたづらなるありて人をまつことなし。たとひ不落因果の祗対たとひあやまれりとも、かならず野狐身に墮すべからず。学人の問著を錯対する業因によりて野狐身に墮すること必然ならば、近来ある臨濟、徳山、およびかの門人等、いく千万枚の野狐にか墮在せん。そのほか二参百年来の杜撰長老等、そこばくの野狐ならん。しかあれども、墮野狐せりときこえず。おほからば見聞にもあまるべきなり。あやまらずもあるらんといふつべしといへども、不落因果よりもはなはだしき胡亂答話のみおほし。仏法の邊におくべからざるもおほきなり。参学眼ありてしるべきなり、未具眼はわきまふべからず。
しかあればしりぬ、あしく祗対するによりて野狐身となり、よく祗対するによりて野狐身とならずといふべからず。この因縁のなかに、脱野狐身ののち、いかなりといはず。さだめて破袋につつめる真珠あるべきなり。
しかあるに、すべていまだ仏法を見聞せざるともがらいはく、野狐を脱しをはりぬれば、本覚の性海に帰するなり。迷妄によりてしばらく野狐に墮生すといへども、大悟すれば、野狐身はすでに本性に帰するなり。
これは外道の本我にかへるといふ義なり、さらに仏法にあらず。もし野狐は本性にあらず、野狐に本覚なしといふは仏法にあらず。大悟すれば野狐身ははなれぬ、すてつるといはば、野狐の大悟にあらず、閑野狐あるべし。しかいふべからざるなり。
今百丈の一転語によりて、先百丈五百生の野狐たちまちに脱野狐すといふ、この道理あきらむべし。もし傍観の一転語すれば傍観脱野狐身すといはば、従来のあひだ、山河大地いく一転語となく、おほくの一転語しきりなるべし。しかあれども、従来いまだ脱野狐身せず。いまの百丈の一転語に脱野狐身す。これ疑殺古先なり。山河大地いまだ一転語せずといはば、今百丈つひに開口のところなからん。

また往往の古徳、おほく不落不昧の道おなじく道是なるといふを競頭道とせり。しかあれども、いまだ不落不昧の語脈に体達せず。かるがゆゑに、墮野狐身の皮肉骨髄を参ぜず、脱野狐身の皮肉骨髄を参ぜず。頭正あらざれば尾正いまだし。老人道の後五百生墮野狐身、なにかこれ能墮、なにかこれ所墮なる。正当墮野狐身のとき、従来の尽界、いまいかなる形段かある。不落因果の語脈、なにとしてか五百枚なる。いま山後岩下の一條皮、那裏得来なりとかせん。不落因果の道は墮野狐身なり、不昧因果の聞は脱野狐身なり。墮脱ありといへども、なほこれ野狐の因果なり。
しかあるに、古来いはく、不落因果は撥無因果に相似の道なるがゆゑに遂墮すといふ。この道、その宗旨なし、くらき人のいふところなり。たとひ先百丈ちなみありて不落因果と道取すとも、大修行の瞞他不得なるあり、撥無因果なるべからず。
またいはく、不昧因果は、因果にくらからずといふは、大修行は超脱の因果なるがゆゑに脱野狐身すといふ。まことにこれ八九成の参学眼なり。しかありといへども、迦葉仏時、会住此山。釈迦仏時、今住此山。会身今身、日面月面。遮野狐精、現野狐精するなり。
野狐いかにしてか五百生の生をしらん。もし野狐の知をもちゐて五百生をしるといはば、野狐の知、いまだ一生の事を尽知せず、一生いまだ野狐皮に撞入するにあらず。野狐はかならず五百生の墮を知取する公案現成するなり。一生の生を尽知せず、しることあり、しらざることあり。もし身知ともに生滅せずは、五百生を算数すべからず。算数することあたはずは、五百生の言、それ虚説なるべし。もし野狐の知にあらざる知をもちゐてしるといはば、野狐のしるにあらず。たれ人か野狐のためにこれを代知せん。知不知の通路すべてなくは、墮野狐身といふべからず。墮野狐身せずは脱野狐身あるべからず、墮脱ともになくは先百丈あるべからず、先百丈なくは今百丈あるべからず。みだりにゆるすべからず。かくのごとく参詳すべきなり。この宗旨を挙拈して、梁陳隋唐宋のあひだに、ままにきこゆる謬説、ともに勘破すべきなり。

老非人また今百丈に告していはく、乞依亡僧事例。
この道しかあるべからず。百丈よりこのかた、そこばくの善知識、この道を疑著せず、おどろかず。その宗趣は、死野狐いかにしてか亡僧ならん。得戒なし、夏臘なし、威儀なし、僧宗なし。かくのごとくなる物類、みだりに亡僧の事例に依行せば、未出家の何人死、ともに亡僧の例に準ずべきならん。死優婆塞、死優婆夷、もし請ずることあらば、死野狐のごとく亡僧の事例に依準すべし。依例をもとむるに、あらず、きかず。仏道にその事例を正伝せず、おこなはんとおもふとも、かなふべからず。いま百丈の依法火葬すといふ、これあきらかならず。おそらくはあやまりなり。しるべし、亡僧の事例は、入涅槃堂の功夫より、到菩提園の弁道におよぶまで、みな事例ありてみだりならず。岩下の死野狐、たとひ先百丈の自称すとも、いかでか大僧の行李あらん、仏祖の骨髄あらん。たれか先百丈なることを証據する。いたづらに野狐精の変怪をまことなりとして、仏祖の法儀を軽慢すべからず。
仏祖の兒孫としては、仏祖の法儀をおもくすべきなり。百丈のごとく、請ずるにまかすることなかれ。一事一法もあひがたきなり。世俗にひかれ、人情にひかれざるべし。この日本国のごとくは、仏儀祖儀あひがたく、ききがたかりしなり。而今まれにもきくことあり、みることあらば、ふかく髻珠よりもおもく崇重すべきなり。無福のともがら、尊崇の信心あつからず、あはれむべし。それ事の軽重を、かつていまだしらざるによりてなり。五百歳の智なし、一千年の智なきによりてなり。
しかありといふとも、自己をはげますべし、他己をすすむべし。一礼拝なりとも、一端坐なりとも、仏祖より正伝することあらば、ふかくあひがたきにあふ大慶快をなすべし、大福徳を懽喜すべし。このこころなからんともがら、千仏の出世にあふとも、一功徳あるべからず、一得益あるべからず。いたづらに附仏法の外道なるべし。くちに仏法をまなぶに相似なりとも、くちに仏法をとくに証実あるべからず。
しかあればすなはち、たとひ国王大臣なりとも、たとひ梵天釈天なりとも、未作僧のともがら、きたりて亡僧の事例を請ぜんに、さらに聴許することなかれ。出家受戒し、大僧となりてきたるべしと答すべし。参界の業報を愛惜して、参宝の尊位を願求せざらんともがら、たとひ千枚の死皮袋を拈来して亡僧の事例をけがしやぶるとも、さらにこれ、をかしのはなはだしきなり、功徳となるべからず。もし仏法の功徳を結良縁せんとおもはば、すみやかに仏法によりて出家受戒し、大僧となるべし。

今百丈、至晩上堂、挙前因縁。
この挙底の道理、もとも未審なり。作麼生挙ならん。老人すでに五百生来のをはり、脱従来身といふがごとし。いまいふ五百生、そのかず人間のごとく算取すべきか、野狐道のごとく算取すべきか。仏道のごとく算数するか。いはんや老野狐の眼睛、いかでか百丈を?見することあらん。野狐に?見せらるるは野狐精なるべし。百丈に?見せらるるは仏祖なり。このゆゑに、
枯木禅師法成和尚、頌曰、
百丈親会見野狐、
為渠参請太心麁。
而今敢問諸参学、
吐得狐涎尽也無。
(百丈親会に野狐を見る、渠に参請せられて太だ心麁なり。而今敢へて諸の参学に問ふ、狐涎を吐得し尽くすや無や。)
しかあれば、野狐は百丈親会眼睛なり。吐得狐涎たとひ半分なりとも、出広長舌、代一転語なり。正当恁麼時、脱野狐身、脱百丈身、脱老非人身、脱尽界身なり。

黄檗便問、
古人錯対一転語、墮五百生野狐身。転転不錯、合作箇什麼 (古人錯対の一転語、五百生野狐身に墮す。転転不錯ならば、箇の什麼にか作るべき)。
いまこの問、これ仏祖道現成なり。南嶽下の尊宿のなかに黄檗のごとくなるは、さきにもいまだあらず、のちにもなし。しかあれども老人いまだいはず、錯対学人と。百丈もいまだいはず、錯対せりけると。なにとしてかいま黄檗みだりにいふ、古人錯対一転語と。もし錯によれりといふならんといはば、黄檗いまだ百丈の大意をえたるにあらず。仏祖道の錯対不錯対は黄檗いまだ参究せざるがごとし。この一段の因縁に、先百丈も錯対といはず、今百丈も錯対といはずと参学すべきなり。
しかありといへども、野狐皮五百枚、あつさ参寸なるをもて、会住此山し、為学人道するなり。野狐皮に脱落の尖毛あるによりて、今百丈一枚の臭皮袋あり。度量するに、半野狐皮の脱来なり。転転不錯の墮脱あり、転転代語の因果あり、歴然の大修行なり。
いま黄檗きたりて、転転不錯、合作箇什麼と問著せんに、いふべし、也墮作野狐身 (也墮して野狐身と作る)と。黄檗もしなにとしてか恁麼なるといはば、さらにいふべし、這野狐精。かくのごとくなりとも、錯不錯にあらず。黄檗の問を、問得是なりとゆるすことなかれ。
また黄檗、合作箇什麼と問著せんとき、摸索得面皮也未(摸索して面皮を得たりや未だしや)といふべし。また?脱野狐身也未(?野狐身を脱せりや未だしや)といふべし。また?答他学人、不落因果也未(?、他の学人に不落因果と答へしや未だしや)といふべし。
しかあれども、百丈道の近前来、与?道、すでに合作箇這箇(合に箇の這箇を作すべし)の道処あり。
黄檗近前す、亡前失後なり。
与百丈一掌する、そこばくの野狐変なり。
百丈、拍手笑云、将為胡鬚赤、更有赤鬚胡。
この道取、いまだ十成の志氣にあらず、わづかに八九成なり。たとひ八九成をゆるすとも、いまだ八九成あらず。十成をゆるすとも、八九成なきものなり。しかあれどもいふべし、
百丈道処通方、雖然未出野狐窟。黄檗脚跟點地、雖然猶滞?螂徑。与掌拍手、一有二無。赤鬚胡、胡鬚赤 (百丈の道処通方せり、然りと雖も未だ野狐の窟を出でず。黄檗の脚跟點地せり、然りと雖もなほ?螂の徑に滞れり。与掌と拍手と、一は有二は無。赤鬚胡、胡鬚赤)。

正法眼蔵 第六十八

爾時寛元二年甲辰参月九日在越宇吉峰古精舍示衆
同参月十参日在同精舍侍者寮書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:14
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 正 法 眼 蔵    転法輪てんぽうりん  第六十七  
転法輪

先師天童古仏上堂挙、世尊道、一人発真帰源、十方虚空、悉皆消殞(先師天童古仏、上堂に挙す、世尊道はく、一人発真帰源すれば、十方虚空悉皆消殞す)。
師拈云、既是世尊所説、未免尽作奇特商量。天童則不然、一人発真帰源、乞兒打破飯椀(師、拈じて云く、既に是れ世尊の所説なり、未だ免れず尽く奇特の商量を作すことを。天童は則ち然らず、一人発真帰源すれば、乞兒飯椀を打破す)。
五祖山法演和尚道、一人発真帰源、十方虚空、築著磕著。
仏性法泰和尚道、一人発真帰源、十方虚空、只是十方虚空。
夾山圜悟禅師克勤和尚云、一人発真帰源、十方虚空、錦上添花。
大仏道、一人発真帰源、十方虚空、発真帰源。
いま挙するところの一人発真帰源、十方虚空、悉皆消殞は首楞厳経のなかの道なり。この句、かつて数位の仏祖おなじく挙しきたれり。いまよりこの句、まことに仏祖骨髄なり、仏祖眼睛なり。しかいふこころは、首楞厳経一部拾軸、あるいはこれを偽経といふ、あるいは偽経にあらずといふ。両説すでに往往よりいまにいたれり。舊訳あり、新訳ありといへども、疑著するところ、神龍年中の訳をうたがふなり。しかあれども、いますでに五祖の演和尚、仏性泰和尚、先師天童古仏、ともにこの句を挙しきたれり。ゆゑにこの句すでに仏祖の法輪に転ぜられたり、仏祖法輪転なり。このゆゑにこの句すでに仏祖を転じ、この句すでに仏祖をとく。仏祖に転ぜられ、仏祖を転ずるがゆゑに、たとひ偽経なりとも、仏祖もし転挙しきたらば真箇の仏経祖経なり、親会の仏祖法輪なり。たとひ瓦礫なりとも、たとひ黄葉なりとも、たとひ優曇花なりとも、たとひ金襴衣なりとも、仏祖すでに拈来すれば仏法輪なり、仏正法眼蔵なり。
しるべし、衆生もし超出成正覚すれば仏祖なり、仏祖の師資なり、仏祖の皮肉骨髄なり。さらに従来の兄弟衆生を兄弟とせず。仏祖これ兄弟なるがごとく、拾軸の文句たとひ偽なりとも、而今の句は超出の句なり。仏句祖句なり、余文余句に群すべからず。たとひこの句は超越の句なりとも、一部の文句性相を仏言祖語に擬すべからず、参学眼睛とすべからず。而今の句を諸句に比論すべからざる道理おほかる、そのなかに一端を挙拈すべし。
いはゆる転法輪は、仏祖儀なり。仏祖いまだ不転法輪あらず。その転法輪の様子、あるいは声色を挙拈して声色を打失す。あるいは声色を跳脱して転法輪す。あるいは眼睛を抉出して転法輪す。あるいは拳頭を挙起して転法輪す。あるいは鼻孔をとり、あるいは虚空をとるところに、法輪自転なり。而今の句をとる、いましこれ明星をとり、鼻孔をとり、桃花をとり、虚空をとるすなはちなり。仏祖をとり、法輪をとるはすなはちなり。この宗旨、あきらかに転法輪なり。
転法輪といふは、功夫参学して一生不離叢林なり、長連牀上に請益弁道するをいふ。

正法眼蔵第六十七

爾時寛元二年甲辰二月二十七日在越宇吉峰精舍示衆
同参月一日在同精舍侍者寮書寫之 後以御再治本校勘書寫之畢

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:14
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正 法 眼 蔵    三昧王三昧ざんまいおうざんまい  第六十六  
三 昧 王 三 昧

  驀然として尽界を超越して、仏祖の屋裏に太尊貴生なるは、結跏趺坐なり。外道魔儻の頂寧を踏飜して、仏祖の堂奥に箇中人なることは結跏趺坐なり。仏祖の極之極を超越するはただこの一法なり。このゆゑに、仏祖これをいとなみて、さらに余務あらず。
  まさにしるべし、坐の尽界と余の尽界と、はるかにことなり。この道理をあきらめて、仏祖の発心、修行、菩提、涅槃を弁肯するなり。正当坐時は、尽界それ豎なるか横なるかと参究すべし。正当坐時、その坐それいかん。飜巾斗なるか、活撥々地なるか。思量か不思量か。作か無作か。坐裏に坐すや、身心裏に坐すや。坐裡、身心裏等を脱落して坐すや。恁麼の千端万端の参究あるべきなり。身の結跏趺坐すべし、心の結跏趺坐すべし。身心脱落の結跏趺坐すべし。

  先師古仏云、
  参禅者身心脱落也、祗管打坐始得。不要焼香、礼拝、念仏、修懺、看経 (参禅は身心脱落なり、祗管に打坐して始得ならん。焼香、礼拝、念仏、修懺、看経を要せず)。
  あきらかに仏祖の眼睛を抉出しきたり、仏祖の眼睛裏に打坐すること、四五百年よりこのかたは、ただ先師ひとりなり、震旦国に齊肩すくなし。打坐の仏法なること、仏法は打坐なることをあきらめたるまれなり。たとひ打坐を仏法と体解すといふとも、打坐を打坐としれる、いまだあらず。いはんや仏法を仏法と保任するあらんや。
  しかあればすなはち、心の打坐あり、身の打坐とおなじからず。身の打坐あり、心の打坐とおなじからず。身心脱落の打坐あり、身心脱落の打坐とおなじからず。既得恁麼ならん、仏祖の行解相応なり。この念想観を保任すべし、この心意識を参究すべし。

  釈迦牟尼仏告大衆言 (釈迦牟尼仏、大衆に告げて言はく)、
  若結跏趺坐 (結跏趺坐するが若きは)、 身心証三昧 (身心証三昧なり)。
  威徳衆恭敬 (威徳衆恭敬す)、 如日照世界 (日の世界を照すが如し)。
  除睡懶覆心 (睡懶覆心を除き)、 身軽不疲懈 (身軽くして疲懈せず)、 覚悟亦軽便 (覚悟もまた軽便なり)、 安坐如龍蟠 (安坐は龍の蟠まるが如し)。
  見畫跏趺坐 (畫ける跏趺坐を見るに)、 魔王亦驚怖 (魔王もまた驚怖す)。
  何況証道人 (何に況んや証道の人の)、 安坐不傾動 (安坐して傾動せざるをや)。
  しかあれば、跏趺坐を畫図せるを見聞するを、魔王なほおどろきうれへおそるるなり。いはんや真箇に跏趺坐せん、その功徳はかりつくすべからず。しかあればすなはち、よのつねに打坐する、福徳無量なり。
  釈迦牟尼仏告大衆言、以是故、結跏趺坐 (釈釈牟尼仏、大衆に告げて言はく、是を以ての故に結跏趺坐す)。
  復次如来世尊、教諸弟子、応如是坐。或外道輩、或常翹足求道、或常立求道、或荷足求道、如是狂涓心、没邪海、形不安穩。以是故、仏教弟子、結跏趺坐直身坐。何以故。直身心易正故。其身直坐、則心不懶。端心正意、繋念在前。若心馳散、若身傾動、攝之令還。欲証三昧、欲入三昧、種種馳念、種種散乱、皆悉攝之。如此修習、証入三昧王三昧
  (復た次に如来世尊、諸の弟子に教へたまはく、応に是の如く坐すべし。或いは外道の輩、或いは常に翹足して道を求むる、或いは常に立ちて道を求むる、或いは荷足して道を求むる、是の如き狂涓心は邪海に没す。形安穩ならず。是を以ての故に、仏は弟子に教へたまはく、結跏趺坐し、直身に坐すべしと。何を以ての故に。直身は心正し易きが故に。其の身直坐すれば、則ち心、懶ならず。端心正意にして繋念在前なり。若しは心馳散し、若しは身傾動すれば、之を攝して還らしむ。三昧を証せんと欲ひ、三昧に入らんと欲はば、種種の馳念、種種の散乱、皆悉くに之を攝すべし。此の如く修習して、三昧王三昧に証入す)。

  あきらかにしりぬ、結跏趺坐、これ三昧王三昧なり、これ証入なり。一切の三昧は、この王三昧の眷属なり。結跏趺坐は直身なり、直心なり直身心なり。直仏祖なり、直修証なり。直頂寧なり、直命脈なり。 いま人間の皮肉骨髄を結跏して、三昧中王三昧を結跏するなり。世尊つねに結跏趺坐を保任しまします、諸弟子にも結跏趺坐を正伝しまします、人天にも結跏趺坐ををしへましますなり。七仏正伝の心印、すなはちこれなり。

  釈迦牟尼仏、菩提樹下に跏趺坐しましまして、五十小劫を経歴し、六十劫を経歴し、無量劫を経歴しまします。あるいは三七日結跏趺坐、あるいは時間の跏坐、これ転妙法輪なり。これ一代の仏化なり、さらに虧缺せず。これすなはち黄卷朱軸なり。ほとけのほとけをみる、この時節なり。これ衆生成仏の正当恁麼時なり。
  初祖菩提達磨尊者、西来のはじめより、嵩嶽少室峰少林寺にして面壁跏趺坐禅のあひだ、九白を経歴せり。それより頂寧眼睛、いまに震旦国に遍界せり。初祖の命脈、ただ結跏趺坐のみなり。初祖西来よりさきは、東土の衆生、いまだかつて結跏趺坐をしらざりき。祖師西来よりのち、これをしれり。
  しかあればすなはち、一生万生、把尾收頭、不離叢林、昼夜祗管跏趺坐して余務あらざる、三昧王三昧なり。

正法眼蔵 第六十六

爾時寛元二年甲辰二月十五日在越宇吉峰精舍示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:13
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正 法 眼 蔵    如来全身にょらいぜんしん  第六十五  
如来全身

爾時、釈迦牟尼仏、住王舍城耆闍崛山、告薬王菩薩摩訶薩言、薬王、在在処処、若説若読、若誦若書、若経卷所住之処、皆応起七悪塔、極令高広厳飾。不須復安舍利、所以者何。此中已有如来全身、此塔応以一切華香瓔珞、絵蓋幢幡、妓楽歌頌、供養恭敬、尊重讃歎。若有人得見此塔、礼拝供養、当知、是等皆近阿耨多羅三藐三菩提
(爾の時に釈迦牟尼仏、王舍城耆闍崛山に住したまひ、薬王菩薩摩訶薩に告げて言はく、薬王、在在処処に、若しは説き若しは読み、若しは誦し若しは書し、若しは経卷所住の処には、皆応に七悪の塔を起て、極めて高広厳飾ならしむべし。須らく復舍利を安くべからず、所以は者何。此の中に已に如来の全身有り、此の塔は応に一切の華香瓔珞、絵蓋幢幡、妓楽歌頌をもて供養し恭敬し、尊重し讃歎すべし。若し人有つて此の塔を見ることを得て、礼拝供養せば、当に知るべし、是等は皆阿耨多羅三藐三菩提に近づけりといふことを)。

いはゆる経卷は、若説これなり、若読これなり、若誦これなり、若書これなり。経卷は実相これなり。応起七悪塔は、実相を塔といふ。極令の高広、その量かならず実相量なり。此中已有如来全身は、経卷これ全身なり。
しかあれば、若説若読、若誦若書等、これ如来全身なり。一切の華香瓔珞、絵蓋幢幡、妓楽歌頌をもて供養恭敬、尊重讃歎すべし。あるいは天華天香、天絵蓋等なり。みなこれ実相なり。あるいは人中上華上香、名衣名服なり。これらみな実相なり。供養恭敬、これ実相なり。起塔すべし。 不須復安舍利といふ、しりぬ、経卷はこれ如来舍利なり、如来全身なりといふことを。まさしく仏口の金言、これを見聞するよりもすぎたる大功徳あるべからず。いそぎて功をつみ、徳をかさぬべし。もし人ありて、この塔を礼拝供養するは、まさにしるべし、皆近阿耨多羅三藐三菩提なり。この塔をみんとき、この塔を誠心に礼拝供養すべし。すなはち阿耨多羅三藐三菩提に皆近ならん。近は、さりて近なるにあらず、きたりて近なるにあらず。阿耨多羅三藐三菩提を皆近といふなり。而今われら受持読誦、解説書寫をみる、得見此塔なり。よろこぶべし、皆近阿耨多羅三藐三菩提なり。
しかあれば、経卷は如来全身なり、経卷を礼拝するは如来を礼拝したてまつるなり。経卷にあふたてまつるは如来にまみえたてまつるなり。経卷は如来舍利なり。かくのごとくなるゆゑに、舍利は此経なるべし。たとひ経卷はこれ舍利なりとしるといふとも、舍利はこれ経卷なりとしらずは、いまだ仏道にあらず。而今の諸法実相は経卷なり。人間天上、海中虚空、此土他界、みなこれ実相なり。経卷なり、舍利なり。舍利を受持読誦、解説書寫して開悟すべし、これ或従経卷なり。古仏舍利あり、今仏舍利あり。辟支仏舍利あり、転輪王舍利あり、獅子舍利あり。あるいは木仏舍利あり、絵仏舍利あり、あるいは人舍利あり。現在大宋国諸代の仏祖、いきたるとき舍利を現出せしむるあり。闍維ののち舍利を生ぜる、おほくあり。これみな経卷なり。

釈迦牟尼仏告大衆言、我本行菩薩道、所成寿命、今猶未尽、復倍上数
(我れ本より菩薩道を行じて、成る所の寿命、今なほ未だ尽きず、復た上の数に倍せり)。
いま八斛四斗の舍利は、なほこれ仏寿なり。本行菩薩道の寿命は、三千大千世界のみにあらず、そこばくなるべし。これ如来全身なり、これ経卷なり。

智積菩薩いはく、我見釈迦如来、於無量劫、難行苦行、積功累徳、求菩薩道、未曽止息。観三千大千世界、乃至無有如芥子許、非是菩薩捨身命処。然後乃得為衆生故、成菩提道(我れ釈迦如来を見たてまつるに、無量劫に於て、難行苦行し、積功累徳して、菩薩道を求め、未だ曽て止息したまはず。三千大千世界を観るに、乃至芥子の如き許りも是れ菩薩捨身命の処に非ざること有ること無し。然して後乃ち衆生の為の故に、菩提道を成ることを得たまへり)。
はかりしりぬ、この三千大千世界は、赤心一片なり、虚空一隻なり。如来全身なり。捨未捨にかかはるべからず。舍利は仏前仏後にあらず、仏とならべるにあらず。無量劫の難行苦行は、仏胎仏腹の活計消息なり、仏皮肉骨髄なり。すでに未曽止息といふ、仏にいたりてもいよいよ精進なり。大千界に化してもなほすすむるなり。全身の活計かくのごとし。

正法眼蔵 如来全身 第六十五

爾時寛元二年甲辰二月十五日在越州吉田縣吉峰精舍示衆
弘安二年六月廿三日在永平禅寺衆寮書寫之

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:13
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正 法 眼 蔵    優曇華うどんげ  第六十四  
優曇華

霊山百万衆前、世尊拈優曇華瞬目。于時摩訶迦葉、破顔微笑(霊山百万衆の前にして、世尊、優曇華を拈じて瞬目したまふ。時に摩訶迦葉、破顔微笑せり)。
世尊云、我有正法眼蔵涅槃妙心、付嘱摩訶迦葉(我に正法眼蔵涅槃妙心有り、摩訶迦葉に付嘱す)。
七仏諸仏はおなじく拈華来なり、これを向上の拈華と修証現成せるなり。直下の拈花と裂破開明せり。
しかあればすなはち、拈華裏の向上向下、自他表裡等、ともに渾華拈なり。華量仏量、心量身量なり。いく拈華も面面の嫡嫡なり。付嘱有在なり。世尊拈華来、なほ放下著いまだし。拈華世尊来、ときに嗣世尊なり。拈花時すなはち尽時のゆゑに同参世尊なり、同拈華なり。
いはゆる拈花といふは、花拈華なり。梅華春花、雪花蓮華等なり。いはくの梅花の五葉は参百六十余会なり、五千四十八卷なり、参乗十二分教なり、参賢十聖なり。これによりて参賢十聖およばざるなり。大蔵あり、奇特あり、これを華開世界起といふ。一華開五葉、結果自然成とは、渾身是己掛渾身なり。桃花をみて眼睛を打失し、翠竹をきくに耳処を不現ならしむる、拈花の而今なり。腰雪断臂、礼拝得髄する、花自開なり。石碓米白、夜半伝衣する、華已拈なり。これら世尊手裡の命根なり。
おほよそ拈華は世尊成道より已前にあり、世尊成道と同時なり、世尊成道よりものちにあり。これによりて、華成道なり。拈華はるかにこれらの時節を超越せり。諸仏諸祖の発心発足、修証保任、ともに拈華の春風を蝶舞するなり。しかあれば、いま瞿曇世尊、はなのなかに身をいれ、空のなかに身をかくせるによりて、鼻孔をとるべし、虚空をとれり、拈華と称ず。拈花は眼睛にて拈ず、心識にて拈ず、鼻孔にて拈ず、華拈にて拈ずるなり。
おほよそこの山かは天地、日月風雨、人畜草木のいろいろ、角角拈来せる、すなはちこれ拈優曇花なり。生死去来も、はなのいろいろなり、はなの光明なり。いまわれらが、かくのごとく参学する、拈華来なり。 仏言、譬如優曇花、一切皆愛楽(譬へば優曇花の如し、一切皆愛楽す)。
いはくの一切は、現身蔵身の仏祖なり、草木昆蟲の自有光明在なり。皆愛楽とは、面面の皮肉骨髄、いまし活発々地なり。
しかあればすなはち、一切はみな優曇華なり。かるがゆゑに、すなはちこれをまれなりといふ。
瞬目とは、樹下に打坐して明星に眼睛を換却せしときなり。このとき摩訶迦葉、破顔微笑するなり。顔容はやく破して拈華顔に換却せり。如来瞬目のときに、われらが眼睛はやく打失しきたれり。この如来瞬目、すなはち拈華なり。優曇華のこころづからひらくるなり。
拈花の正当恁麼時は、一切の瞿曇、一切の迦葉、一切の衆生、一切のわれら、ともに一隻の手をのべて、おなじく拈華すること、只今までもいまだやまざるなり。さらに手裡蔵身参昧あるがゆゑに、四大五陰といふなり。
我有は附嘱なり、附嘱は我有なり。附嘱はかならず我有に罣礙せらるるなり。我有は頂寧なり。その参学は、頂寧量を巴鼻して参学するなり。我有を拈じて附嘱に換却するとき、保任正法眼蔵なり。祖師西来、これ拈花来なり。拈華を弄精魂といふ。弄精魂とは、祗管打坐、脱落身心なり。仏となり祖となるを弄精魂といふ、著衣喫飯を弄精魂といふなり。おほよそ仏祖極則事、かならず弄精魂なり。仏殿に相見せられ、僧堂を相見する、はなにいろいろいよいよそなはり、いろにひかりますますかさなるなり。さらに僧堂いま板をとりて雲中に拍し、仏殿いま笙をふくんで水底にふく。到恁麼のとき、あやまりて梅華引を吹起せり。

いはゆる先師古仏いはく、瞿曇打失眼睛時、雪裡梅花只一枝。而今到処成荊棘、却笑春風繚乱吹。
(瞿曇眼睛を打失する時、雪裡の梅花只だ一枝なり。而今到処に荊棘を成す、却つて笑ふ春風の繚乱として吹くことを。)
いま如来の眼睛あやまりて梅花となれり。梅花いま彌綸せる荊棘をなせり。如来は眼睛に蔵身し、眼睛は梅花に蔵身す、梅花は荊棘に蔵身せり。いまかへりて春風をふく。しかもかくのごとくなりといへども、桃花楽を慶快す。
先師天童古仏云、霊雲見処桃花開、天童見処桃花落(霊雲の見処は桃花開、天童の見処は桃花落なり)。
しるべし、桃花開は霊雲の見処なり、直至如今更不疑なり。桃花落は天童の見処なり。桃花のひらくるは春のかぜにもよほされ、桃花のおつるは春のかぜににくまる。たとひ春風ふかく桃花をにくむとも、桃花おちて身心脱落せん。
正法眼蔵 優曇華 第六十四
爾時寛元二年甲辰二月十二日在越宇吉峰精藍示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:13
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正 法 眼 蔵    発無上心ほつむじょうしん  第六十三  
発無上心

西国高祖曰、雪山喩大涅槃(雪山を大涅槃に喩ふ)。
しるべし、たとふべきをたとふ。たとふべきといふは、親曽なるなり、端的なるなり。いはゆる雪山を拈来するは喩雪山なり。大涅槃を拈来する、大涅槃にたとふるなり。

震旦初祖曰、心心如木石。
いはゆる心は心如なり。尽大地の心なり。このゆゑに自他の心なり。尽大地人および尽十方界の仏祖および天、龍等の心心は、これ木石なり。このほかさらに心あらざるなり。この木石、おのれづから有、無、空、色等の境界に籠籮せられず。この木石心をもて発心修証するなり、心木心石なるがゆゑなり。この心木心石のちからをもて、而今の思量箇不思量底は現成せり。心木心石の風声を見聞するより、はじめて外道の流類を超越するなり。それよりさきは仏道にあらざるなり。

大証国師曰、牆壁瓦礫、是古仏心。
いまの牆壁瓦礫、いづれのところにかあると参詳看あるべし。是什麼物恁麼現成と問取すべし。古仏心といふは、空王那畔にあらず。粥足飯足なり、草足水足なり。かくのごとくなるを拈来して、坐仏し作仏するを、発心と称ず。

おほよそ発菩提心の因縁、ほかより拈来せず、菩提心を拈来して発心するなり。菩提心を拈来するといふは、一茎草を拈じて造仏し、無根樹を拈じて造経するなり。いさごをもて供仏し、漿をもて供仏するなり。一摶の食を衆生にほどこし、五茎の花を如来にたてまつるなり。他のすすめによりて片善を修し、魔に嬈せられて礼仏する、また発菩提心なり。しかのみにあらず、知家非家、捨家出家、入山修道、信行法行するなり。造仏造塔するなり。読経念仏するなり。為衆説法するなり、尋師訪道するなり。跏趺坐するなり、一礼三宝するなり、一称南無仏するなり。
かくのごとく、八万法蘊の因縁、かならず発心なり。あるいは夢中に発心するもの、得道せるあり、あるいは酔中に発心するもの、得道せるあり。あるいは飛花落葉のなかより発心得道するあり、あるいは桃花翠竹のなかより発心得道するあり。あるいは天上にして発心得道するあり、あるいは海中にして発心得道するあり。これみな発菩提心中にしてさらに発菩提心するなり。身心のなかにして発菩提心するなり。諸仏の身心中にして発菩提心するなり、仏祖の皮肉骨髄のなかにして発菩提心するなり。 しかあれば、而今の造塔造仏等は、まさしくこれ発菩提心なり。直至成仏の発心なり、さらに中間に破廃すべからず。これを無為の功徳とす、これを無作の功徳とす。これ真如観なり、これ法性観なり。これ諸仏集三昧なり、これ得諸仏陀羅尼なり。これ阿耨多羅三藐三菩提心なり、これ阿羅漢果なり、これ仏現成なり。このほかさらに無為無作等の法なきなり。
しかあるに、小乗愚人いはく、造像起塔は有為の功業なり。さしおきていとなむべからず。息慮凝心これ無為なり、無生無作これ真実なり、法性実相の観行これ無為なり。かくのごとくいふを、西天東地の古今の習俗とせり。これによりて、重罪逆罪をつくるといへども造像起塔せず、塵労稠林に染汚すといへども念仏読経せず。これただ人天の種子を損壞するのみにあらず、如来の仏性を撥無するともがらなり。まことにかなしむべし、仏法僧の時節にあひながら、仏法僧の怨敵となりぬ。三宝の山にのぼりながら空手にしてかへり、三宝の海に入りながら空手にしてかへらんことは、たとひ千仏万祖の出世にあふとも、得度の期なく、発心の方を失するなり。これ経卷にしたがはず、知識にしたがはざるによりてかくのごとし。おほく外道邪師にしたがふによりてかくのごとし。造塔等は発菩提心にあらずといふ見解、はやくなげすつべし。こころをあらひ、身をあらひ、みみをあらひ、めをあらうて見聞すべからざるなり。まさに仏経にしたがひ、知識にしたがひて、正法に帰し、仏法を修すべし。
仏法の大道は、一塵のなかに大千の経卷あり、一塵のなかに無量の諸仏まします。一草一木ともに身心なり。万法不生なれば一心も不生なり、諸法実相なれば一塵実相なり。しかあれば、一心は諸法なり、諸法は一心なり、全身なり。造塔等もし有為ならんときは、仏果菩提、真如仏性もまた有為なるべし。真如仏性これ有為にあらざるゆゑに、造像起塔すなはち有為にあらず、無為の発菩提心なり、無為無漏の功徳なり。ただまさに、造像起塔等は発菩提心なりと決定信解すべきなり。億劫の行願、これより生長すべし、億億万劫くつべからざる発心なり。これを見仏聞性といふなり。
しるべし、木石をあつめ泥土をかさね、金銀七宝をあつめて造仏起塔する、すなはち一心をあつめて造塔造像するなり。空空をあつめて作仏するなり、心心を拈じて造仏するなり。塔塔をかさねて造塔するなり、仏仏を現成せしめて造仏するなり。
かるがゆゑに、経にいはく、作是思惟時、十方仏皆現。
しるべし、一思惟の作仏なるときは、十方思惟仏皆現なり。一法の作仏なるときは、諸法作仏なり。

釈迦牟尼仏言、明星出現時、我与大地有情、同時成道。
しかあれば、発心修行、菩提涅槃は、同時の発心、修行、菩提、涅槃なるべし。仏道の身心は草木瓦礫なり、風雨水火なり。これをめぐらして仏道ならしむる、すなはち発心なり。虚空を撮得して造塔造仏すべし。溪水を掬啗して造仏造塔すべし。これ発阿耨多羅三藐三菩提なり。一発菩提心を百千万発するなり。修証もまたかくのごとし。
しかあるに、発心は一発にしてさらに発心せず、修行は無量なり、証果は一証なりとのみきくは、仏法をきくにあらず、仏法をしれるにあらず、仏法にあふにあらず。千億発の発心は、さだめて一発心の発なり。千億人の発心は、一発心の発なり。一発心は千億の発心なり、修証転法もまたかくのごとし。草木等にあらずはいかでか身心あらん、身心にあらずはいかでか草木あらん、草木にあらずは草木あらざるがゆゑにかくのごとし。
坐禅弁道これ発菩提心なり。発心は一異にあらず、坐禅は一異にあらず、再三にあらず、処分にあらず。頭頭みなかくのごとく参究すべし。草木七宝をあつめて造塔造仏する始終、それ有為にして成道すべからずは、三十七品菩提分法も有為なるべし。三界人天の身心を拈じて修行せん、ともに有為なるべし、究竟地あるべからず。草木瓦礫と四大五蘊と、おなじくこれ唯心なり、おなじくこれ実相なり。尽十方界、真如仏性、おなじく法住法位なり。真如仏性のなかに、いかでか草木等あらん。草木等、いかでか真如仏性ならざらん。諸法は有為にあらず、無為にあらず、実相なり。実相は如是実相なり、如是は而今の身心なり。この身心をもて発心すべし。水をふみ石をふむをきらふことなかれ。ただ一茎草を拈じて丈六金身を造作し、一微塵を拈じて古仏塔廟を建立する、これ発菩提心なるべし。見仏なり、聞仏なり。見法なり、聞法なり。作仏なり、行仏なり。

釈迦牟尼仏言、優婆塞優婆夷、善男子善女人、以妻子肉供養三宝、以自身肉供養三宝。諸比丘既受信施、云何不修(優婆塞優婆夷、善男子善女人、妻子の肉を以て三宝に供養し、自身の肉を以て三宝に供養すべし。諸の比丘既に信施を受く、云何が修せざらん)。
しかあればしりぬ、飮食衣服、臥具医薬、僧房田林等を三宝に供養するは、自身および妻子等の身肉皮骨髄を供養したてまつるなり。すでに三宝の功徳海にいりぬ、すなはち一味なり。すでに一味なるがゆゑに三宝なり。三宝の功徳すでに自身および妻子の皮肉骨髄に現成する、精勤の弁道功夫なり。いま世尊の性相を挙して、仏道の皮肉骨髄を参取すべきなり。いまこの信施は発心なり。受者比丘、いかでか不修ならん。頭正尾正なるべきなり。
これによりて、一塵たちまちに発すれば一心したがひて発するなり、一心はじめて発すれば一空わづかに発するなり。おほよそ有覚無覚の発心するとき、はじめて一仏性を種得するなり。四大五蘊をめぐらして誠心に修行すれば得道す、草木牆壁をめぐらして誠心に修行せん、得道すべし。四大五蘊と草木牆壁と同参なるがゆゑなり、同性なるがゆゑなり。同心同命なるがゆゑなり、同身同機なるがゆゑなり。 これによりて、仏祖の会下、おほく拈草木心の弁道あり。これ発菩提心の様子なり。五祖は一時の栽松道者なり、臨濟は黄檗山の栽杉松の功夫あり。洞山には劉氏翁あり、栽松す。かれこれ松栢の操節を拈じて、仏祖の眼睛を抉出するなり。これ弄活眼睛のちから、開明眼睛なることを見成するなり。造塔造仏等は弄眼睛なり、喫発心なり、使発心なり。
造塔等の眼睛をえざるがごときは、仏祖の成道あらざるなり。造仏の眼睛をえてのちに、作仏作祖するなり。造塔等はつひに塵土に化す、真実の功徳にあらず、無生の修練は堅牢なり、塵埃に染汚せられずといふは仏語にあらず。塔婆もし塵土に化すといはば、無生もまた塵土に化するなり。無生もし塵土に化せずは、塔婆また塵土に化すべからず。遮裡是甚麼処在、説有為説無為なり。

経云、
菩薩於生死、最初発心時、一向求菩提、堅固不可動(菩薩生死に於て最初に発心せん時、一向に菩提を求む、堅固にして動かすべからず)。
彼一念功徳、深広無涯際、如来分別説、窮劫不能尽(彼の一念の功徳、深広無涯際なり、如来分別して説きたまひ、劫を窮むるも尽すこと能はじ)。
あきらかにしるべし、生死を拈来して発心する、これ一向求菩提なり。彼一念は一草一木とおなじかるべし、一生一死なるがゆゑに。しかあれども、その功徳の深も無涯際なり、広も無涯際なり。窮劫を言語として如来これを分別すとも、尽期あるべからず。海かれてなほ底のこり、人は死すとも心のこるべきがゆゑに不能尽なり。彼一念の深広無涯際なるがごとく、一草一木、一石一瓦の深広も無涯際なり。一草一石もし七尺八尺なれば、彼一念も七尺八尺なり、発心もまた七尺八尺なり。
しかあればすなはち、入於深山、思惟仏道は容易なるべし、造塔造仏は甚難なり。ともに精進無怠より成熟すといへども、心を拈来すると、心に拈来せらるると、はるかにことなるべし。かくのごとくの発菩提心、つもりて仏祖現成するなり。

正法眼蔵 発菩提心 第六十三

爾時寛元二年甲辰二月十四日在越州吉田縣吉峰精舎示衆
弘安二年己卯三月十日在永平寺書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:13
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正 法 眼 蔵    祖師西来意(そしせいらいのい  第六十二  
祖師西来意
 香厳寺襲灯大師[嗣大潙、諱智閑]示衆云、如人千尺懸崖上樹、口銜樹枝、脚不蹈樹、手不攀枝。樹下忽有人問、如何是祖師西来意。当恁麼時、若開口答他、即喪身失命、若不答他、又違他所問。当恁麼時、且道、作麼生即得(香厳寺襲灯大師[大潙に嗣す、諱は智閑]示衆に云く、人の千尺の懸崖にして樹に上るが如き、口に樹枝を銜み、脚は樹を蹈まず、手は枝を攀ぢず。樹下にして忽ち人有つて問はん、如何ならんか是れ祖師西来意と。当恁麼の時、若し口を開いて他に答へば、即ち喪身失命せん、若し他に答へずは、又他の所問に違す。当恁麼の時、且く道ふべし、作麼生か即ち得ん)。
 時有虎頭照上座、出衆云、上樹時即不問、未上樹時、請和尚道、如何(時に虎頭の照上座有り、出衆して云く、上樹の時は即ち問はず、未上樹の時、請すらくは和尚道ふべし、如何)。
 師乃呵呵大笑(師、乃ち呵呵大笑す)。
 而今の因縁、おほく商量拈古あれど、道得箇まれなり。おそらくはすべて茫然なるがごとし。しかありといへども、不思量を拈来し、非思量を拈来して思量せんに、おのづから香厳老と一蒲団の功夫あらん。すでに香厳老と一蒲団上に兀坐せば、さらに香厳未開口已前にこの因縁を参詳すべし。香厳老の眼睛をぬすみて覰見するのみにあらず、釈迦牟尼仏の正法眼蔵を拈出して覰破すべし。
 如人千尺懸崖上樹。
 この道、しづかに参究すべし。なにをか人といふ。露柱にあらずは、木橛といふべからず。仏面祖面の破顔なりとも、自己他己の相見あやまらざるべし。いま人上樹のところは尽大地にあらず、百尺竿頭にあらず、これ千尺懸崖なり。たとひ脱落去すとも、千尺懸崖裡なり。落時あり、上時あり。如人千尺懸崖裏上樹といふ、しるべし、上時ありといふこと。しかあれば、向上也千尺なり、向下也千尺なり。左頭也千尺なり、右頭也千尺なり。這裏也千尺なり、那裏也千尺なり。如人也千尺なり、上樹也千尺なり。向来の千尺は恁麼なるべし。且問すらくは、千尺量多少。いはく、如古鏡量なり、如火爐量なり、如無縫塔量なり。
 口銜樹枝。
 いかにあらんかこれ口。たとひ口の全闊全口をしらずといふとも、しばらく樹枝より尋枝摘葉しもてゆきて、口の所在しるべし。しばらく樹枝を把拈して口をつくれるあり。このゆゑに全口是枝なり、全枝是口なり。通身口なり、通口是身なり。
 樹自踏樹(樹の自ら樹を踏む)、ゆゑに脚不踏樹といふ。脚自踏脚(脚の自ら脚を踏む)のごとし。枝自攀枝(枝の自ら枝を攀づ)、ゆゑに手不攀枝といふ、手自攀手(手の自ら手を攀づ)のごとし。しかあれども、脚跟なほ進歩退歩あり、手頭なほ作拳開拳あり。自他の人家しばらくおもふ、掛虚空なりと。しかあれども、掛虚空それ銜樹枝にしかんや。
 樹下忽有人問、如何是祖師西来意。
 この樹下忽有人は、樹裏有人といふがごとし、人樹ならんがごとし。人下忽有人問、すなはちこれなり。しかあれば、樹問樹なり、人問人なり、挙樹挙問なり、挙西来意問西来意なり。問著人また口銜樹枝して問来するなり。口銜枝にあらざれば、問著することあたはず。満口の音声なし、満言の口あらず。西来意を問著するときは、銜西来意にて問著するなり。
 若開口答他、即喪身失命。
 いま若開口答他の道、したしくすべし。不開口答他もあるべしときこゆ。もししかあらんときは、不喪身失命なるべし。たとひ開口不開口ありとも、口銜樹枝をさまたぐるべからず。開閉かならずしも全口にあらず、口に開閉もあるなり。しかあれば、銜枝は全口の家常なり。開閉口をさまたぐべからず。開口答他といふは、開樹枝答他するをいふか、開西来意答他するをいふか。もし開西来意答他にあらずは、答西来意にあらず。すでに答他にあらず、これ全身保命なり。喪身失命といふべからず。さきより喪身失命せば答他あるべからず。しかあれども、香厳のこころ答他を辞せず、ただおそらくは喪身失命のみなり。しるべし、未答他時、護身保命なり。忽答他時、翻身活命なり。はかりしりぬ、人人満口是道なり。口銜道なり。口銜道を口銜枝といふなり。若答他時、口上更開壹隻口なり。若不答他、違他所問なりといへども、不違自所問なり。
 しかあればしるべし、答西来意する一切の仏祖は、みな上樹口銜樹枝の時節にあひあたりて答来するなり。問西来意する一切の仏祖は、みな上樹口銜樹枝の時節にあひあたりて答来するなり。
 雪竇明覚禅師重顯和尚云、樹上道即易、樹下道即難。老僧上樹也、致将一問来(雪竇明覚禅師重顯和尚云く、樹上の道は即ち易し、樹下の道は即ち難し。老僧樹に上るや、一問を致将し来るべし)。
 いま致将一問来は、たとひ尽力来すとも、この問きたることおそくして、うらむらくは答よりものちに問来せることを。
 あまねく古今の老古錐にとふ、香厳呵呵大笑する、これ樹上道なりや、樹下道なりや。答西来意なりや、不答西来意なりや。試看道。

正法眼蔵西来意第六十二

爾時寛元二年甲辰二月四日在越宇深山裏示衆
弘安二年己卯六月二日在吉祥山永平寺書寫之

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:13
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正 法 眼 蔵    龍吟りゅうぎん  第六十一  
龍吟

舒州投子山慈濟大師、因僧問、枯木裏還有龍吟也無(枯木裏還龍吟有りや無や)。
師曰、我道、髑髏裏有師子吼(我が道は、髑髏裏に師子吼有り)。
枯木死灰の談は、もとより外道の所教なり。しかあれども、外道のいふところの枯木と、仏祖のいふところの枯木と、はるかにことなるべし。外道は枯木を談ずといへども枯木をしらず、いはんや龍吟をきかんや。外道は枯木は朽木ならんとおもへり、不可逢春(春に逢ふべからず)と学せり。仏祖道の枯木は海枯の参学なり。海枯は木枯なり、木枯は逢春なり。木の不動著は枯なり。いまの山木、海木、空木等、これ枯木なり。萌芽も枯木龍吟なり。百千万圍とあるも、枯木の兒孫なり。枯の相、性、体、力は、仏祖道の枯椿なり。非枯椿なり。山谷木あり、田里木あり。山谷木、よのなかに松栢と称ず。田里木、よのなかに人天と称ず。依根葉分布(根に依つて葉分布す)、これを仏祖と称ず。本末須帰宗(本末須らく宗に帰すべし)、すなはち参学なり。かくのごとくなる、枯木の長法身なり、枯木の短法身なり。もし枯木にあらざればいまだ龍吟せず、いまだ枯木にあらざれば龍吟を打失せず。幾度逢春不変心(幾度か春に逢ひて心を変ぜず)は、渾枯の龍吟なり。宮商角徴羽に不群なりといへども、宮商角徴羽は龍吟の前後二参子なり。 しかあるに、遮僧道の枯木裏還有龍吟也無は、無量劫のなかにはじめて問頭に現成せり、話頭の現成なり。
投子道の我道髑髏裏有師子吼は有甚麼掩処(甚麼の掩ふ処か有らん)なり。屈己推人也未休(己れを屈して人を推すこと也未だ休せず)なり。髑髏遍野なり。

香厳寺襲灯大師、因僧問、如何是道(如何ならんか是れ道)。
師云、枯木裡龍吟。
僧曰、不会。
師云、髑髏裏眼睛。
後有僧問石霜、如何是枯木裡龍吟(後に僧有つて石霜に問ふ、如何ならんか是れ枯木裡の龍吟)。
霜云、猶帯喜在(猶喜を帯すること在り)。
僧曰、如何是髑髏裏眼睛(如何ならんか是れ髑髏裏の眼睛)。
霜云、猶帯識在(猶識を帯すること在り)。
又有僧問曹山、如何是枯木裡龍吟(後に僧有つて石霜に問ふ、如何ならんか是れ枯木裡の龍吟)。
山曰、血脈不断。
僧曰、如何是髑髏裏眼睛(如何ならんか是れ髑髏裏の眼睛)。
山曰、乾不尽。
僧曰、未審、還有得聞者麼(未審、還た得聞者有りや)。
山曰、尽大地未有一箇不聞(尽大地に未だ一箇の不聞有らず)。
僧曰、未審、龍吟是何章句(未審、龍吟是れ何の章句ぞ)。
山曰、也不知是何章句(也た是れ何の章句なるかを知らず)。
聞者皆喪(聞く者皆喪しぬ)。
いま擬道する聞者吟者は、吟龍吟者に不斉なり。
この曲調は龍吟なり。
枯木裡髑髏裏、これ内外にあらず、自他にあらず。而今而古なり。
猶帯喜在はさらに頭角生なり、猶帯識在は皮膚脱落尽なり。
曹山道の血脈不断は、道不諱なり。語脈裏転身なり。
乾不尽は海枯不尽底(海枯れて底を尽さず)なり、不尽是乾なるゆゑに乾上又乾なり。
聞者ありやと道著せるは、不得者ありやといふがごとし。
尽大地未有一箇不聞は、さらに問著すべし。未有一箇不聞はしばらくおく、未有尽大地時、龍吟在甚麼処、速道速道(未だ尽大地有らざる時、龍吟甚麼の処にか在る。速やかに道へ、速やかに道へ)なり。
未審、龍吟是何章句は、為問すべし。吟龍はおのれづから泥裡の作声挙拈なり。鼻孔裏の出気なり。
也不知、是何章句は、章句裏有龍なり。
聞者皆喪は、可惜許なり。
いま香厳、石霜、曹山等の龍吟来、くもをなし、水をなす。不道道、不道眼睛髑髏(道とも道はず、眼睛髑髏とも道はず)。只是龍吟の千曲万曲なり。猶帯喜在也蝦嘛啼、猶帯識在也蚯蚓鳴。これによりて血脈不断なり、葫蘆嗣葫蘆なり。乾不尽のゆゑに、露柱懐胎生なり、灯籠対灯籠なり。

正法眼蔵 龍吟 第六十一

爾時寛元元年癸卯十二月廿五日在越宇禅師峰下示衆
弘安二年参月五日於永平寺書寫之

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:13
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正 法 眼 蔵    菩提分法ぼだいぶんぽう  第六十  
菩提分法

古仏の公案あり、いはゆる三十七品菩提分法の教行証なり。昇降階級の葛藤する、さらに葛藤公案なり。喚作諸仏なり、喚作諸祖なり。

四念住 四念処とも称ず
一者、観身不浄
二者、観受是苦
三者、観心無常
四者、観法無我
観身不浄といふは、いまの観身の一袋皮は尽十方界なり。これ真実体なるがゆゑに、活路に跳跳する観身不浄なり。不跳ならんは観不得ならん、若無身ならん。行取不得ならん、説取不得ならん、観取不得ならん。すでに観得の現成あり、しるべし、跳跳得なり。いはゆる観得は、毎日の行履、掃地掃牀なり。第幾月を挙して掃地し、正是第二月を挙して掃地掃牀するゆゑに、尽大地の恁麼なり。
観身は身観なり、身観にて余物観にあらず。正当観は卓卓来なり。身観の現成するとき、心観すべて摸未著なり、不現成なり。しかあるゆゑに金剛定なり、首楞厳定なり。ともに観身不浄なり。
おほよそ夜半見明星の道理を、観身不浄といふなり。浄穢の比論にあらず。有身是不浄なり、現身便不浄なり。かくのごとくの参学は、魔作仏のときは魔を拈じて降魔し作仏す。仏作仏のときは仏を拈じて図仏し作仏す。人作仏のときは、人を拈じて調人し、作仏するなり。まさに拈処に通路ある道理を参究すべし。たとへば、浣衣の法のごとし。水は衣に染汚せられ、衣は水に浸却せらる。この水を用著して浣洗し、この水を換却して浣洗すといへども、なほこれ水をもちゐる、なほこれ衣をあらふなり。一番洗、両番洗に見浄ならざれば、休歇に滯累することなかれ。水尽更用水なり。衣浄更浣衣なり。水は諸類の水ともにもちゐる、洗衣によろし。水濁知有魚(水濁りて魚有ることを知る)の道理を参究するなり。衣は諸類の衣ともに浣洗あり。恁麼功夫して、浣衣公案現成なり。しかあれども、浄潔を見取するなり。この宗旨、かならずしも衣を水に浸却するを本期とせず、水のころもに染却するを本期とせず。染汚水をもちて衣を浣洗するに、浣衣の本期あり。さらに火風土水空を用著して、衣をあらひ物をあらふ法あり。地水火風空をもちて、地水火風空をあらひきよむる法あり。
いまの観身不浄の宗旨、またかくのごとし。これによりて蓋身蓋観蓋不浄、すなはち孃生袈裟なり。袈裟もし孃生袈裟にあらざれば、仏祖いまだもちゐざるなり、ひとり商那和修のみならんや。この道理よくよくこころをとめて参学究尽すべし。
観受是苦といふは、苦これ受なり。自受にあらず他受にあらず、有受にあらず無受にあらず。生身受なり、生身苦なり。甜熟瓜を苦葫蘆に換却するをいふ。これ皮肉骨髄ににがきなり。有心無心等ににがきなり。これ一上の神通修証なり。徹蔕より跳出し、連根より跳出する神通なり。このゆゑに、将謂衆生苦、更有苦衆生なり。衆生は自にあらず、衆生は他にあらず。更有苦衆生、つひに瞞他不得なり。甜瓜徹蔕甜、苦匏連根苦なりといへども、苦これたやすく摸索著すべきにあらず。自己に問著すべし、作麼生是苦(作麼生ならんか是れ苦)。
観心無常は、曹谿古仏いはく、無常者即仏性也。
しかあれば、諸類の所解する無常、ともに仏性なり。
永嘉真覚大師云、諸行無常一切空、即是如来大円覚。
いまの観心無常、すなはち如来大円覚なり、大円覚如来なり。心もし不観ならんとするにも、随他去するがゆゑに、心もしあれば観もあるなり。おほよそ無上菩提にいたり、無上正等覚の現成、すなはち無常なり、観心なり。心かならずしも常にあらず、離四句、絶百非なるがゆゑに、牆壁瓦礫、石頭大小、これ心なり、これ無常なり、すなはち観なり。
観法無我は、長者長法身、短者短法身なり。現成活計なるがゆゑに無我なり。狗子仏性無なり、狗子仏性有なり。一切衆生無仏性なり、一切仏性無衆生なり。一切諸仏無衆生なり、一切諸仏無諸仏なり。一切仏性無仏性なり、一切衆生無衆生なり。かくのごとくなるがゆゑに、一切法無一切法を観法無我と参学するなり。しるべし、跳出渾身自葛藤なり。
釈迦牟尼仏言、一切諸仏菩薩、長安此法、為聖胎也(一切諸仏菩薩、長に此の法に安んずる、為聖胎なり)。
しかあれば、諸仏菩薩、ともにこの四念住を聖胎とせり。しるべし、等覚の聖胎なり、妙覚の聖胎なり。すでに一切諸仏菩薩とあり、妙覚にあらざらん諸仏も、これを聖胎とせり。等覚よりさき、妙覚よりほかに超出せる菩薩、またこの四念住を聖胎とするなり。まことに諸仏諸祖の皮肉骨髄、ただ四念住のみなり。

四正断 あるいは四正勤と称ず
一者、未生悪令不生(未生の悪をば不生ならしむ)
二者、已生悪令滅(已生の悪をば滅ならしむ)
三者、未生善令生(未生の善をば生ぜしむ)
四者、已生善令増長(已生の善をば増長せしむ)
未生悪令不生といふは、悪の称、かならずしもさだまれる形段なし。ただ地にしたがひ、界によりて立称しきたれり。しかあれども、未生をして不生ならしむるを仏法と称じ、正伝しきたれり。外道の解には、これ未萌我を根本とせりといふ。仏法にはかくのごとくなるべからず。しばらく問取すべし、悪未生のとき、いづれのところにかある。もし未来にありといはば、ながくこれ断滅見の外道なり。もし未来きたりて現在となるといはば、仏法の談にあらず、三世混乱しぬべし。三世混乱せば諸法混乱すべし、諸法混乱せば実相混乱すべし、実相混乱せば唯仏予仏混乱すべし。かるがゆゑに、未来はのちに現在となるといはざるなり。さらに問取すべし、未生悪とは、なにを称ずべきぞ、たれかこれを知取見取せる。もし知取見取することあらば、未生時あり、非未生時あらん。もししかあらば、未生法と称ずべからず、已滅の法と称じつべし。外道および小乗声聞等に学せずして、未生悪令不生の参学すべきなり。彌天の積悪、これを未生悪と称ず、不生悪なり。不生といふは、昨日説定法、今日説不定法なり。
已生悪令滅といふは、已生は尽生なり、尽生なりとは半生なり、半生なりとは此生なり。此生は被生礙なり、跳出生之頂領なり。これをして滅ならしむといふは、調達生身入地獄なり、調達生身得授記なり。生身入驢胎なり、生身作仏なり。かくのごとく道理を拈来して、令滅の宗旨を参学すべきなり。滅は滅を跳出透脱するを滅とす。
未生善令生といふは、父母未生前面目参飽なり、朕兆已前明挙なり、威音王以前の会取なり。
已生善令増長は、しるべし、已生善令生といはず、令増長するなり。自見明星訖、更教他見明星(自ら明星を見ること訖りて、更に他をして明星を見しむ)なり。眼睛作明星なり。胡乱後三十年、不曽闕鹽醋(胡乱より後三十年、曽て鹽と醋とを闕かず)なり。たとへば増長するゆゑに已生するなり。このゆゑに、溪深杓柄長なり、只為有所以来(只有るが為に所以に来る)なり。

四神足
一者、欲神足
二者、心神足
三者、進神足
四者、思惟神足
欲神足は、図作仏の身心なり。図睡快なり、因我礼你なり。おほよそ欲神足、さらに身心の因縁にあらざるなり。莫涯空の鳥飛なり、徹底水の魚行なり。
心神足は、牆壁瓦礫なり、山河大地なり。條條の三界なり、赤赤の椅子竹木なり。尽使得なるがゆゑに、仏祖心あり、凡聖心あり。草木心あり、變化心あり。尽心は心神足なり。
進神足は、百尺竿頭驀直歩なり。いづれのところかこれ百尺竿頭。いはゆる不驀直不得なり。驀直一歩はなきにあらず、遮裏是甚麼処在、説進説退。正当進神足時、尽十方界、随神足到也、随神足至なり。
思惟神足は、一切仏祖、業識忙忙、無本可據なり。身思惟あり、心思惟あり、識思惟あり。草鞋思惟あり、空劫已前自己思惟あり。
これをまた四如意足といふ、無躊躇なり。
釈迦牟尼仏言、未運而到名如意足(未だ運らさずして到るを如意足と名づく)。
しかあればすなはち、ときこと、きりのくちのごとし。方あること、のみのはのごとし。

五根
一者、信根
二者、精進根
三者、念根
四者、定根
五者、慧根
信根は、しるべし、自己にあらず、他己にあらず。自己の強為にあらず、自己の結構にあらず、他の牽挽にあらず、自立の規矩にあらざるゆゑに、東西密相附なり。渾身似信を信と称ずるなり。かならず仏果位と随他去し随自去す。仏果位にあらざれば信現成にあらず。このゆゑにいはく、仏法大海信為能入(仏法の大海は信を能入と為す)なり。おほよそ信現成のところは、仏祖現成のところなり。精進根は、省来祗管打坐なり。休也休不得なり、休得更休得なり。大駆駆生なり、不駆駆者なり。大駆不駆、一月二月なり。
釈迦牟尼仏言、我常勤精進、是故我已得成阿耨多羅三藐三菩提(我れ常に勤め精進せり、是の故に我れ已に阿耨多羅三藐三菩提を成ることを得たり)。
いはゆる常勤は、尽過現当来、頭正尾正なり。我常勤精進を我已得成菩提とせり。我已得成阿耨菩提のゆゑに、我常勤精進なり。しかあらずは、いかでか常勤ならん。しかあらずは、いかでか我已得ならん。論師経師、この宗旨を見聞すべからず、いはんや参学せるあらんや。
念根は、枯木の赤肉団なり。赤肉団を枯木といふ。枯木は念根なり。摸索当の自己、これ念なり。有身のときの念あり、無心のときも念あり。有心の念あり、無身の念あり。尽大地人の念根、これを念根とせり。尽十方仏の命根、これは念根なり。一念に多人あり、一人に多念あり。しかあれども、有念人あり、無念人あり。人にかならずしも念あるにあらず、念かならずしも人にかかれるにあらず。しかありといへども、この念根、よく持して究尽の功徳あり。
定根は、惜取眉毛なり、策起眉毛なり。このゆゑに不昧因果なり、不落因果なり。ここをもて、入驢胎、入馬胎なり。いしの玉をつつめるがごとし、全石全玉なりといふべからず。地の山をいただけるがごとし。尽地尽山といふべからず。しかあれども、頂領より跳出し跳入す。
慧根は、三世諸仏不知有なり、狸奴白牯却知有なり。為甚如此(なにとしてかかくの如くなる)といふべからず、いはれざるなり。鼻孔有消息なり、拳頭有指尖なり。驢は驢を保任す、井は井に相見す。おほよそ根嗣根なり。

五力
一者、信力
二者、精進力
三者、念力
四者、定力
五者、慧力
信力は、被自瞞無廻避処(自に瞞ぜられて廻避の処無し)なり、被他喚必廻頭(他に喚ばれては必ず廻頭す)なり。従生至老、只是這箇なり。七顛也放行なり、八倒也拈来なり。このゆゑに信如水清珠(信は水清珠の如し)なり。伝法伝衣を信とす、伝仏伝祖なり。精進力は、説取行不得底なり、行取説不得底なり。しかあればすなはち、説得一寸、不如説得一寸なり。行得一句、不如行得一句なり。力裏得力、これ精進力なり。
念力は、曵人鼻孔太殺人なり。このゆゑに、鼻孔曵人なり。抛玉引玉なり、抛塼引塼なり。さらに、未抛也三十棒なり。天下人用著未磷なり。
定力は、或者如子得其母(或いは子の其の母を得るが如し)なり、或者如母得其子なり、或者如子得其子なり、或者如母得其母なり。しかあれども、以頭換面にあらず、以金買金にあらず。唱而彌高なるのみなり。
慧力は、年代深遠なり。如船遇度(船の度に遇ふが如し)なり。かるがゆゑに、ふるくはいはく、如度得船(度に船を得たるが如し)。いふこころは、度必是船(度は必ず是れ船)なり。度の度を罣礙せざるを船といふ。春氷自消氷(春の氷自ら氷を消す)なり。

七等覚支
一者、擇法覚支
二者、精進覚支
三者、喜覚支
四者、除覚支
五者、捨覚支
六者、定覚支
七者、念覚支
擇法覚支は、毫釐有差、天地懸隔なり。このゆゑに、至道不難易、唯要自揀擇(至道難易にあらず、唯自ら揀擇せんことを要す)のみなり。
精進覚支は、不曽奪行市なり。自買自売、ともに定価あり、知貴あり。屈己推人(己を屈して人を推す)に相似なりといへども通身撲不碎なり。一転語を自売することいまだやまざるに、一転心を自買する商客に相逢す。驢事未了、馬事到来なり。
喜覚支は、老婆心切血滴滴なり。大悲千手眼、遮莫太多端。臘雪梅花先漏泄、来春消息大家寒(大悲千手眼、遮莫太だ多端なり。臘雪の梅花先づ漏泄す、来春の消息大家寒し)なり。しかもかくのごとくなりといへども、活撥撥、笑呵呵なり。
除覚支は、もしみづからがなかにありてはみづからと群せず、他のなかにありては他と群せず。我得你不得なり。灼然道著、異類中行なり。捨覚支は、設使将来、他亦不受(設使将来すとも他もまた受けじ)なり。唐人赤脚学唐歩、南海波斯求象牙(唐人赤脚にして唐歩を学し、南海の波斯象牙を求む)なり。
定覚支は、機先保護機先眼(機先に保護す機先の眼)なり。自家鼻孔自家穿(自家の鼻孔自家穿ぐ)なり。自家把索自家牽(自家の索を把りて自家牽く)なり。しかもかくのごとくなりといへども、さらに牧得一頭水牯牛なり。
念覚支は、露柱歩空行(露柱、空を歩みて行く)なり。このゆゑに、口似椎、眼如眉(口は椎に似たり、眼は眉の如し)なりといふとも、なほこれ栴檀林裏爇栴檀、獅子窟中獅子吼(栴檀林裏に栴檀爇し、獅子窟中に獅子吼す)なり。

八正道支 また八聖道とも称ず
一者、正見道支
二者、正思惟道支
三者、正語道支
四者、正業道支
五者、正命道支
六者、正精進道支
七者、正念道支
八者、正定道支
正見道支は、眼睛裏蔵身なり。しかあれども、身先須具身先眼(身先には須らく身先眼を具すべし)なり。向前の堂堂成見なりといへども、公案見成なり、親曽見なり。おほよそ眼裏蔵身せざれば、仏祖にあらざるなり。
正思惟道支は、作是思惟時、十方仏皆現なり。しかあれば、十方仏、諸仏現、これ作是思惟時なり。作是思惟時は、自己にあらず、他己をこえたりといへども、而今も思惟是事已、即趣波羅奈(是の事を思惟し已りて、即ち波羅奈に趣く)なり、思惟の処在は波羅奈なり。
古仏いはく、思量箇不思量底、不思量底如何思量。非思量。
これ正思量、正思惟なり。破蒲団、これ正思惟なり。
正語道支は、唖子自己不唖子なり。諸人中の唖子は未道得なり。唖子界の諸人は唖子にあらず。不慕諸聖なり、不重己霊なり。口是掛壁の参究なり。一切口掛一切壁なり。
正業道支は、出家修道なり、入山取証なり。

釈迦牟尼仏言、三十七品是僧業。
僧業は大乗にあらず、小乗にあらず。僧は仏僧、菩薩僧、声聞僧等あり。いまだ出家せざるものの、仏法の正業を嗣続せることあらず、仏法の大道を正伝せることあらず。在家わづかに近事男女の学道といへども、達道の先蹤なし。達道のとき、かならず出家するなり。出家に不堪ならんともがら、いかでか仏位を嗣続せん。
しかあるに、二三百年来のあひだ、大宋国に禅宗僧と称ずるともがら、おほくいはく、在家の学道と出家の学道と、これ一等なりといふ。これただ在家人の屎尿を飮食とせんがために狗子となれる類族なり。あるいは国王大臣にむかひていはく、万機の心はすなはち祖仏心なり、さらに別心あらずといふ。王臣いまだ正説正法をわきまへず、大絓して師号等をたまふ。かくのごとくの道ある諸僧は調達なり。涕唾をくらはんがために、かくのごとくの小兒の狂語あり。啼哭といふべし。七仏の眷属にあらず、魔儻畜生なり。いまだ身心学道をしらず、参学せず、身心出家をしらず。王臣の法政にくらく、仏祖の大道をゆめにもみざるによりてかくのごとし。
維摩居士の仏出世時にあふし、道未尽の法おほし。学未到すくなからず。龐蘊居士が祖席に参歴せし、薬山の堂奥をゆるされず、江西におよばず。ただわづかに参学の名をぬすめりといへども、参学の実あらざるなり。自余の李附馬、楊文公等、おのおの参飽とおもふといへども、乳餅いまだ喫せず、いはんや画餅を喫せんや。いはんや喫仏祖粥飯せんや、未有鉢盂なり。あはれむべし、一生の皮袋いたづらなることを。
普勧すらくは尽十方の天衆生、人衆生、龍衆生、諸衆生、はるかに如来の法を慕古して、いそぎて出家修道し、仏位祖位を嗣続すべし。禅師等が未達の道をきくことなかれ。身をしらず、心をしらざるがゆゑに、しかのごとくいふなり。あるいは又すべて衆生をあはれむこころなく、仏法をまぼるおもひなく、ただひとすぢに在家の人の屎糞をくらはんとして悪狗となれる人面狗、人皮狗、かくのごとくいふなり。同坐すべからず、同語すべからず、同依止すべからず。かれらはすでに生身墮畜生なり。出家人もし屎糞ゆたかならば、出家人すぐれたりといはまし。出家人の屎糞、この畜生におよばざるゆゑにかくのごとく道取するなり。在家心と出家心と一等なりといふこと、証據といひ、道理といひ、五千余軸の文にみえず、二千余年のあとなし。五十代四十余世の仏祖、いまだその道取なし。たとひ破戒無戒の比丘となりて、無法無慧なりといふとも、在家の有智持戒にはすぐるべきなり。僧業これ智なり、悟なり、道なり、法なるがゆゑに。在家たとひ随分の善根功徳あれども、身心の善根功徳おろそかなり。一代の化儀、すべて在家得道せるものなし。これ在家いまだ学仏道の道場ならざるゆゑなり。遮障おほきゆゑなり。万機心と祖師心と一等なりと道取するともがらの身心をさぐるに、いまだ仏法の身心にあらず、仏祖の皮肉骨髄つたはれざらん。あはれむべし、仏正法にあひながら畜生となれることを。
かくのごとくなるによりて、曹谿古仏たちまちに辞親尋師す、これ正業なり。金剛経をききて発心せざりしときは樵夫として家にあり、金剛経をききて仏法の蝉力あるときは重擔を放下して出家す。しるべし、身心もし仏法あるときは、在家にとどまることあたはずといふことを。諸仏祖みなかくのごとし。出家すべからずといふともがらは、造逆よりもおもき罪條なり、調達よりも猛悪なりといふべし。六群比丘、六群尼、十八群比丘等よりもおもしとしりて、共語すべからず。一生の寿命いくばくならず、かくのごとくの魔子畜生等と共語すべき光陰なし。いはんやこの人身心は、先世に仏法を見聞せし種子よりうけたり。公界の調度なるがごとし。魔族となすべきにあらず、魔族とともならしむべきにあらず。仏祖の深恩をわすれず、法乳の徳を保護して、悪狗の叫吠をきくことなかれ。悪狗と同坐同食することなかれ。

嵩山高祖古仏、はるかに西天の仏国をはなれて、邊邦の神丹に西来するとき、仏祖の正法まのあたりつたはれしなり。これ出家得道にあらずは、かくのごとくなるべからず。祖師西来已前は、東地の衆生人天、いまだかつて正法を見聞せず。しかあればしるべし、正法正伝、ただこれ出家の功徳なり。
大師釈尊、かたじけなく父王のくらゐをすてて嗣続せざることは、王位の貴ならざるにあらず、仏位の最貴なるを嗣続せんがためなり。仏位はこれ出家位なり、三界の天衆生、人衆生、ともに頂戴恭敬するくらゐなり。梵王、釈王の同坐するところにあらず。いはんや下界の諸人王、諸龍王の同坐するくらゐならんや。無上正等覚位なり。くらゐよく説法度生し、放光現瑞す。この出家位の諸業、これ正業なり、諸仏七仏の懐業なり。唯仏予仏にあらざれば究尽せざるところなり。いまだ出家せざらんともがらは、すでに出家せるに奉覲給仕し、頭頂敬礼し、身命を抛捨して供養すべし。

釈迦牟尼仏言、出家受戒、是仏種子也、已得度人(出家受戒すれば、是れ仏種子なり。已に得度せる人なり)。
しかあればすなはちしるべし、得度といふは出家なり。未出家は沈淪にあり、かなしむべし。おほよそ一代の仏説のなかに、出家の功徳を讃歎せること、称計すべからず。釈尊誠説し、諸仏証明す。出家人の破戒不修なるは得道す、在家人の得道いまだあらず。帝者の僧尼を礼拝するとき、僧尼答拝せず。諸天の出家人を拝するに、比丘比丘尼またく答拝せず。これ出家の功徳すぐれたるゆゑなり。もし出家の比丘比丘尼に拝せられば、諸天の宮殿、光明、果報等、たちまちに破壌墜墮すべきがゆゑにかくのごとし。
おほよそ仏法東漸よりこのかた、出家人の得道は稻麻竹葦のごとし。在家ながら得道せるもの、一人もいまだあらず。すでに仏法その眼耳におよぶときは、いそぎて出家をいとなむ。はかりしりぬ、在家は仏法の在処にあらず。しかあるに、万機の身心すなはち仏祖の身心なりといふやからは、いまだかつて仏法を見聞せざるなり。黒闇獄の罪人なり。おのれが言語なほ見聞せざる愚人なり、国賊なり。万機の心をもて仏祖の心に同ずるを詮とするは、仏法のすぐれたるによりて、しかいふを帝者よろこぶ。しるべし、仏法すぐれたりといふこと。万機の心は仮令おのづから仏祖の心に同ずとも、仏祖の身心おのづから万機の身心とならんとき、万機の身心なるべからず。万機心と仏祖心と一等なりといふ禅師等、すべて心法のゆきがた、様子をしらざるなり。いはんや仏祖心をゆめにもみることあらんや。
おほよそ梵王、釈王、人王、龍王、鬼神王等、おのおの三界の果報に著することなかれ。はやく出家受戒して、諸仏諸祖の道を修習すべし。曠大劫の仏因ならん。みずや、維摩老もし出家せましかば、維摩よりもすぐれたる維摩比丘をみん。今日はわづかに空生、舍利子、文殊、彌勒等をみる、いまだ半維摩をみず。いはんや三四五の維摩をみんや。もし三四五維摩をみず、しらざれば、一維摩いまだみず、しらず、保任せざるなり。一維摩いまだ保任せざれば維摩仏をみず、維摩仏みざれば維摩文殊、維摩弥勒、維摩善現、維摩舍利子等、いまだあらざるなり。いはんや維摩山河大地、維摩草木瓦礫、風雨水火、過去現在未来等あらんや。維摩いまだこれらの光明功徳みえざることは、不出家のゆゑなり。維摩もし出家せば、これらの功徳あるべきなり。当時唐朝、宋朝の禅師等、これらの宗旨に達せず、みだりに維摩を挙して作得是とおもひ、道得是といふ。これらのともがら、あはれむべし、言教をしらず、仏法にくらし。
あるいは又あまりさへは、維摩と釈尊と、その道ひとしとおもひいへるおほし。これらまたいまだ仏法をしらず、祖道をしらず、維摩をもしらず、はからざるなり。かれらいはく、維摩黙然無言して諸菩薩にしめす、これ如来の無言為人にひとしといふ。これおほきに仏法をしらず、学道の力量なしといふべし。如来の有言、すでに自余とことなり、無言もまた諸類とひとしかるべからず。しかあれば、如来の一黙と維摩一黙と、相似の比論にすらおよぶべからず。言説はことなりとも黙然はひとしかるべしと憶想せるともがらの力量をさぐるには、仏邊人とするにもおよばざるなり。かなしむべし、かれらいまだ声色の見聞なし、いはんや跳声色の光明あらんや。いはんや黙の黙を学すべしとだにもしらず、ありとだにもきかず。おほよそ諸類と諸類と、その動静なほことなり。いかでか釈尊と諸類とおなじといひ、おなじからずと比論せん。これ仏祖の堂奥に参学せざるともがら、かくのごとくいふなり。
あるいは邪人おほくおもはく、言説動容はこれ仮法なり、寂黙凝然はこれ真実なり。かくのごとくいふ、また仏法にあらず。梵天自在天等の経教を伝聞せるともがらの所許なり。仏法いかでか動静にかかはらん。仏道に動静ありや、動静なしや、動静を接すや、動静に接せらるやと、審細に参学すべし。而今の晩学、たゆむことなかれ。
現在大宋国をみるに、仏祖の大道を参学せるともがら、断絶せるがごとし。両三箇あるにあらず。維摩は是にして一黙あり、いまは一黙せざるは維摩よりも劣なりとおもへるともがらのみあり。さらに仏法の活路なし。あるいは又、維摩の一黙はすなはち世尊の一黙なりとおもふともがらのみあり、さらに分別の光明あらざるなり。かくのごとくおもひいふともがら、すべていまだかつて仏法見聞の参学なしといふべし。大宋国人にあればとて、仏法なるらんとおもふことなかれ。その道理、あきらめやすかるべし。
いはゆる正業は僧業なり。論師経師のしるところにあらず。僧業といふは、雲堂裏の功夫なり、仏殿裏の礼拝なり、後架裏の洗面なり。乃至合掌問訊、焼香焼湯する、これ正業なり。以頭換尾するのみにあらず、以頭換頭なり、以心換心なり、以仏換仏なり、以道換道なり。これすなはち正業道支なり。あやまりて仏法の商量すれば、眉鬚墮落し、面目破顔するなり。

正命道支とは、早朝粥、午時飯なり。在叢林弄精魂なり。曲木座上直指なり。老趙州の不満二十衆、これ正命の現成なり。薬山の不満十衆、これ正命の命脈なり。汾陽の七八衆、これ正命のかかれるところなり。もろもろの邪命をはなれたるがゆゑに。
釈迦牟尼仏言、諸声聞人、未得正命。
しかあればすなはち、声聞の教行証、いまだ正命にあらざるなり。しかあるを、近日庸流いはく、声聞、菩薩を分別すべからず、その威儀戒律ともにもちゐるべしといひて、小乗声聞の法をもて、大乗菩薩法の威儀進止を判ず。
釈迦牟尼仏言、声聞持戒、菩薩破戒。
しかあれば、声聞の持戒とおもへる、もし菩薩戒に比望するがごときは、声聞戒みな破戒なり。自余の定慧もまたかくのごとし。たとひ不殺生等の相、おのづから声聞と菩薩にあひにたりとも、かならず別なるべきなり。天地懸隔の論におよぶべからざるなり。いはんや仏仏祖祖正伝の宗旨と諸声聞と、ひとしからんや。正命のみにあらず、清浄命あり。しかあればすなはち、仏祖に参学するのみ正命なるべし。論師等の見解、もちゐるべからず。未得正命なるがゆゑに、本分命にあらず。
正精進道支とは、抉出通身の行李なり、抉出通身打人面なり。倒騎仏殿打一匝、両匝三四五匝なるがゆゑに、九九算来八十二なり。重報君(重ねて君に報ず)の千万條なり。換頭也十字縦横なり、換面也縦横十字なり。入室来、上堂来なり。望州亭相見了なり、烏石嶺相見了なり。僧堂前相見了なり、仏殿裡相見了なり。両鏡相対して三枚影あるをいふ。
正念道支は、被自瞞の八九成なり。念よりさらに発智すると学するは捨父逃逝なり。念中発智と学するは、纏縛之甚(纏縛の甚しき)なり。無念はこれ正念といふは外道なり。また地水火風の精霊を念とすべからず、心意識の顛倒を念と称ぜず。まさに汝得吾皮肉骨髄、すなはち正念道支なり。
正定道支とは、脱落仏祖なり、脱落正定なり。他是能挙(他是れ能く挙す)なり、剖来頂領作鼻孔(頂領を剖き来つて鼻孔と作す)なり。正法眼蔵裏、拈優曇花なり。優曇花裏、有百千枚迦葉破顔微笑(百千枚の葉有りて破顔微笑す)なり。活計ひさしくもちゐきたりて木杓破なり。このゆゑに、落草六年、花開一夜なり。劫火洞燃、大千倶壌、随他去なり。

この三十七品菩提分法、すなはち仏祖の眼睛鼻孔、皮肉骨髄、手足面目なり。仏祖一枚、これを三十七品菩提分法と参学しきたれり。しかあれども、一千三百六十九品の公案現成なり、菩提分法なり。坐断すべし、脱落すべし。

正法眼蔵 菩提分法 第六十

爾時寛元二年甲辰二月二十四日在越宇吉峰精舍示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:12
by writer
正 法 眼 蔵    家常かじょう  第五十九  
家常
おほよそ仏祖の屋裡には、茶飯これ家常なり。この茶飯の儀、ひさしくつたはれて而今の現成なり。このゆゑに、仏祖茶飯の活計きたれるなり。
大陽山楷和尚、問投子曰、仏祖意句、如家常茶飯。離此之余、還有為人言句也無(大陽山楷和尚、投子に問うて曰く、仏祖の意句は、家常茶飯の如し。此れと離れて余に、還た為人の言句有りや無や)。
投子曰、汝道、寰中天子敕、還仮禹湯尭舜也無(汝道ふべし、寰中の天子敕するに、還た禹湯尭舜を仮るや無や)。
大陽擬開口(大陽、開口を擬す)。
投子拈払子掩師口曰、汝発意来時、早有参十棒分也(投子、払子を拈じて師の口を掩ひて曰く、汝発意せしよりこのかた、早く参十棒の分有り)。
大陽於此開悟、礼拝便行(大陽、此に開悟し、礼拝して便ち行く)。
投子曰、且来闍梨。
大陽竟不囘頭(大陽、竟に囘頭せず)。
投子曰、子到不疑之地耶(子不疑の地に到れりや)。
大陽以手掩耳而去(大陽、手を以て耳を掩ひて去る)。
しかあれば、あきらかに保任すべし、仏祖意句は、仏祖家常の茶飯なり。家常の麁茶淡飯は、仏意祖句なり。仏祖は茶飯をつくる。茶飯、仏祖を保任せしむ。しかあれども、このほかの茶飯力をからず、このうちの仏祖力をつひやさざるのみなり。還仮禹湯尭舜也無の見示を、功夫参学すべきなり。
離此之余、還有為人言句也無。この問頭の頂領を参跳すべし。跳得也、跳不得也と試参看すべし。

南嶽山石頭庵無際大師いはく、吾結草庵無宝貝。飯了従容図睡快(吾れ草庵を結ぶに宝貝無し。飯了には従容として睡快を図る)。
道来道去、道来去する飯了は、参飽飽仏祖意句なり。未飯なるは未飽参なり。しかあるに、この飯了従容の道理は、飯先にも現成す、飯中にも現成す、飯後にも現成す。飯了の屋裡に喫飯ありと錯認する、四五升の参学なり。

先師古仏示衆曰、記得、僧問百丈、如何是奇特事。百丈曰、独坐大雄峰(先師古仏示衆に曰く、記得す、僧、百丈に問ふ、如何ならんか是れ奇特の事。百丈曰く、独坐大雄峰)。
大衆不得動著、且教坐殺者漢。今日忽有人問浄上座、如何是奇特事。只向他道、有甚奇特事。畢竟如何。浄慈鉢盂、移過天童喫飯(大衆、動著すること得ざれ、且く者漢を坐殺せしめん。今日忽ちに人有つて浄上座に問はん、如何ならんか是れ奇特の事と。ただ他に向つて道ふべし、甚の奇特の事か有らん。畢竟如何。浄慈の鉢盂、天童に移過して喫飯す)。
仏祖の家裏にかならず奇特事あり。いはゆる独坐大雄峰なり。いま坐殺者漢せしむるにあふとも、なほこれ奇特事なり。さらにかれよりも奇特なるあり、いはゆる浄慈鉢盂、移過天童喫飯なり。奇特事は條條面面みな喫飯なり。しかあれば、独坐大雄峰すなはちこれ喫飯なり。鉢盂は喫飯用なり、喫飯用は鉢盂なり。このゆゑに浄慈鉢盂なり、天童喫飯なり。飽了知飯あり、喫飯了飽あり。知了飽飯あり、飽了更喫飯あり。しばらく作麼生ならんかこれ鉢盂。おもはくは、祗是木頭にあらず、黒如漆にあらず。頑石ならんや、鉄漢ならんや。無底なり、無鼻孔なり。一口呑虚空、虚空合掌受なり。

先師古仏、ちなみに台州瑞巌浄土禅院の方丈にして示衆するにいはく、飢来喫飯、困来打眠。爐韛亙天(飢来れば喫飯し、困来れば打眠す。爐韛天なり)。
いはゆる飢来は、喫飯来人の活計なり。未曽喫飯人は、飢不得なり。
しかあればしるべし、飢一家常ならんわれは、飯了人なりと決定すべし。困来は困中又困なるべし。困の頂領上より全跳しきたれり。このゆゑに、渾身の活計に、都撥転渾身せらるる而今なり。打眠は仏眼法眼、慧眼祖眼、露柱灯籠眼を仮借して打眠するなり。

先師古仏、ちなみに台州瑞巌寺より臨安府浄慈寺の請におもむきて、上堂にいはく、
半年喫飯坐晩峰。
坐断烟雲千万里。
忽地一声轟霹靂、
帝郷春色杏花紅。
(半年喫飯して晩峰に坐す。坐断す烟雲千万里。忽地の一声轟霹靂、帝郷の春色杏花紅なり。)
仏代化儀の仏祖、その化みなこれ坐晩峰喫飯なり。続仏慧命の参究、これ喫飯の活計見成なり。坐晩峰の半年、これを喫飯といふ。坐断する烟雲いくかさなりといふことをしらず。一声の霹靂たとひ忽地なりとも、杏花の春色くれなゐなるのみなり。帝郷といふは、いまの赤赤條條なり。これらの恁麼は喫飯なり。晩峰は瑞巌寺の峰の名なり。

先師古仏、ちなみに明州慶元府の瑞巌寺の仏殿にして示衆するにいはく、黄金妙相、著衣喫飯、因我礼你。早眠晏起。咦。談玄説妙太無端。切忌拈花自熱瞞(黄金の妙相著衣喫飯、我に因つて你を礼す。早眠晏起。咦。談玄説妙太だ無端なり。切忌すらくは拈花自から熱瞞することを)。
たちまちに透擔来すべし、黄金妙相といふは、著衣喫飯なり、著衣喫飯は黄金妙相なり。さらにたれ人の著衣喫飯すると摸索せざれ、たれ人の黄金妙相なるといふことなかれ。かくのごとくするはこれ道著なり。因我礼你のしかあるなり。我既喫飯、你揖喫飯(我れ既に喫飯すれば、你喫飯を揖す)なり。切忌拈花のゆゑにしかあるなり。

福州長慶院圓智禅師大安和尚、上堂示衆云、大安在潙山参十来年、喫潙山飯、屙潙山屎、不学潙山禅。只看一頭水牯牛。若落路入草便牽出。若犯人苗稼即鞭撻。調伏既久、可憐生、受人言語。如今變作箇露地白牛。常在面前、終日露囘囘地。趁亦不去也(福州長慶院圓智禅師大安和尚、上堂の示衆に云く、大安、潙山に在ること参十来年なり。潙山の飯を喫し、潙山の屎を屙して、潙山の禅を学せず。ただ一頭の水牯牛を看す。若し落路入草すれば便ち牽出す。若し人の苗稼を犯さば即ち鞭撻す。調伏すること既に久しくして、可憐生、人の言語を受く。如今變じて箇の露地の白牛と作る。常に面前に在つて、終日露囘囘地なり。趁へども亦た去らず)。
あきらかにこの示衆を受持すべし。仏祖の会下に功夫なる参十来年は喫飯なり。さらに雑用心あらず。喫飯の活計見成するは、おのづから看一頭水牯牛の標格あり。

趙州真際大師、問新到僧曰、曽到此間否(趙州真際大師、新到僧に問うて曰く、曽て此間に到れりや否や)。
僧曰、曽到。
師曰、喫茶去。
又問一僧(又、一僧に問ふ)、曽到此間否。僧曰、不曽到。
師曰、喫茶去。
院主問師、為甚曽到此間也喫茶去、不曽到此間也喫茶去(院主、師に問ふ、甚と為てか曽到此間も喫茶去、不曽到此間も喫茶去なる)。
師召院主(師、院主を召す)。
主応諾(主、応諾す)。
師曰、喫茶去。
いはゆる此間は、頂領にあらず、鼻孔にあらず、趙州にあらず。此間を跳脱するゆゑに曽到此間なり、不曽到此間なり。遮裏是甚麼処在、祗管道曽到不曽到なり。このゆゑに、 先師いはく、誰在畫楼沽酒処、相邀来喫趙州茶(誰か畫楼沽酒の処に在つて、相邀へ来つて趙州の茶を喫せん)。
しかあれば、仏祖の家常は喫茶喫飯のみなり。

正法眼蔵 家常 第五十九

爾時寛元元年癸卯十二月十七日在越宇禅師峰下示衆
同二年壬辰正月一日書寫之在峰下侍者寮 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:12
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正 法 眼 蔵    眼睛がんぜい  第五十八  
眼睛

億千万劫の参学を拈来して団欒せしむるは、八万四千の眼睛なり。
先師天童古仏、住瑞巌時、上堂示衆云、秋風清、秋月明。大地山河露眼睛。瑞巌点瞎重相見。棒喝交馳験衲僧(先師天童古仏、瑞巌に住せし時、上堂の示衆に云く、秋風清く、秋月明らかなり。大地山河露眼睛なり。瑞巌点瞎して重ねて相見す。棒喝交馳して衲僧を験す)。
いま衲僧を験すといふは、古仏なりやと験するなり。その要機は、棒喝の交馳せしむるなり、これを点瞎とす。恁麼の見成活計は眼睛なり。山河大地、これ眼睛裏の朕兆不打なり。秋風清なり、一老なり。秋月明なり、一不老なり。秋風清なる、四大海も比すべきにあらず。秋月明なる、千日月よりもあきらかなり。清明は眼睛なる山河大地なり。衲僧は仏祖なり。大悟をえらばず、不悟をえらばず、朕兆前後をえらばず、眼睛なるは仏祖なり。験は眼睛露なり。瞎現成なり、活眼睛なり。相見は相逢なり。相逢相見は眼頭尖なり、眼睛霹靂なり。おほよそ渾身はおほきに、渾眼はちひさかるべしとおもふことなかれ。往往に老老大大なりとおもふも、渾身大なり、渾眼小なりと解会せり。これ未具眼睛のゆゑなり。

洞山悟本大師、在雲巌会時、遇雲巌作鞋次、師白雲巌曰、就和尚乞眼睛(洞山悟本大師、雲巌の会に在りし時、雲巌の作鞋に遇ふ次でに、師、雲巌に白して曰く、和尚に就いて眼睛を乞はん)。
雲巌曰、汝底与阿誰去也(汝底を阿誰にか与へ去るや)。
師曰、某甲無(某甲無し)。
雲巌曰、有汝向什麼処著(有らば汝什麼処に向つてか著せん)。
師無語。
雲巌曰、乞眼睛底、是眼睛否(乞眼睛底、是れ眼睛なりや否や)。
師曰、非眼睛。
雲巌咄之(雲巌之を咄す)。
しかあればすなはち、全彰の参学は乞眼睛なり。雲堂に弁道し、法堂に上参し、寢堂に入室する、乞眼睛なり。おほよそ随衆参去、随衆参来、おのれづからの乞眼睛なり。眼睛は自己にあらず、他己にあらざる道理あきらかなり。
いはく、洞山すでに就師乞眼睛の請益あり。はかりしりぬ、自己ならんは、人に乞請せらるべからず。他己ならんは、人に乞請すべからず。
汝底与誰去也と指示す。汝底の時節あり、与誰の処分あり。
某甲無。
これ眼睛の自道取なり。かくのごとくの道現成、しづかに究理参学すべし。
雲巌いはく、有向什麼処著。
この道眼睛は、某甲無の無は有向什麼処著なり。向什麼処著は有なり。その恁麼道なりと参究すべし。
洞山無語。
これ茫然にあらず。業識独豎の標的なり。
雲巌為示するにいはく、乞眼睛底、是眼睛否。
これ点瞎眼睛の節目なり、活碎眼睛なり。いはゆる雲巌道の宗旨は、眼睛乞眼睛なり。水引水なり、山連山なり。異類中行なり、同類中生なり。
洞山いはく、非眼睛。
これ眼睛の自挙唱なり。非眼睛の身心慮知、形段あらんところをば、自挙の活眼睛なりと相見すべきなり。参世諸仏は、眼睛の転大法輪、説大法輪を立地聽しきたれり。畢竟じて参究する堂奥には、眼睛裏に跳入して、発心修行、証大菩提するなり。この眼睛、もとよりこのかた、自己にあらず、他己にあらず。もろもろの罣礙なきがゆゑに、かくのごとくの大事も罣礙あらざるなり。このゆゑに、
古先いはく、奇哉十方仏、元是眼中花(奇なる哉十方仏、元より是れ眼中花なり)。
いはゆる十方仏は眼睛なり。眼中花は十方仏なり。いまの進歩退歩する、打坐打睡する、しかしながら眼睛づからのちからを承嗣して恁麼なり。眼睛裡の把定放行なり。

先師古仏云く、抉出達磨眼睛、作泥團子打人(達磨の眼睛を抉出して、泥團子と作して打人す)。
高声云、著。海枯徹底過、波浪拍天高(著。海枯れて徹底過なり、波浪天を拍つて高し)。
これは清涼寺の方丈にして、海衆に為示するなり。しかあれば、打人といふは、作人といはんがごとし。打のゆゑに、人人は箇箇の面目あり。たとへば、達磨の眼睛にて人人をつくれりといふなり。つくれるなり。その打人の道理かくのごとし。眼睛にて打生せる人人なるがゆゑに、いま雲堂打人の挙頭、法堂打人の拄杖、方丈打人の竹箆払子、すなはち達磨眼睛なり。達磨眼睛を抉出しきたりて、泥團子につくりて打人するは、いまの人、これを参請請益、朝上朝参、打坐功夫とらいふなり。打著什麼人。いはく、海枯徹底、浪高拍天なり。

先師古仏上堂、讃歎如来成道云(先師古仏上堂に、如来の成道を讃歎して云く)、
六年落草野狐精、
跳出渾身是葛藤。
打失眼睛無処覓、
誑人剛道悟明星。
(六年落草す野狐精、渾身を跳出する是れ葛藤。眼睛を打失して覓むる処無し、人を誑いて剛に道ふ明星に悟ると。)
その明星にさとるといふは、打失眼睛の正当恁麼時の傍観人話なり。これ渾身の葛藤なり、ゆゑに容易跳出なり。覓処覓は、現成をも無処覓す、未現成にも無処覓なり。

先師古仏上堂云、
瞿曇打失眼睛時、
雪裡梅花只一枝。
而今到処成荊棘、
却笑春風繚乱吹。
(瞿曇眼睛を打失する時、雪裡の梅花只だ一枝。而今到処に荊棘を成す、却つて笑ふ春風の繚乱として吹くことを。)
且道すらくは、瞿曇眼睛はただ一二参のみにあらず。いま打失するはいづれの眼睛なりとかせん。打失眼睛と称ずる眼睛のあるならん。さらにかくのごとくなるなかに、雪裡梅花只一枝なる眼睛あり。はるにさきだちて、はるのここを漏泄するなり。

先師古仏上堂云、霖霪大雨、豁達大晴。蝦麻啼、蚯蚓鳴。古仏不曽過去、発揮金剛眼睛。咄。葛藤葛藤(霖霪たる大雨、豁達たる大晴。蝦麻啼き、蚯蚓鳴く。古仏曽て過去せず、金剛の眼睛を発揮す。咄。葛藤葛藤)。
いはくの金剛眼睛は、霖霪大雨なり、豁達大晴なり。蝦麻啼なり、蚯蚓鳴なり。不曽過去なるゆゑに古仏なり。古仏たとひ過去すとも、不古仏の過去に一齊なるべからず。

先師古仏上堂云、日南長至、眼睛裡放光、鼻孔裏出気(日南長く至り、眼睛裡に放光し、鼻孔裏に出気す)。
而今綿綿なる一陽参陽、日月長至、連底脱落なり。これ眼睛裏放光なり、日裏看山なり。このうちの消息威儀、かくのごとし。

先師古仏ちなみに臨安府浄慈寺にして上堂するにいはく、
今朝二月初一、払子眼睛凸出。明似鏡、黒如漆。驀然孛跳、呑却乾坤。一色衲僧門下、猶是撞牆撞壁。畢竟如何。尽情拈却笑呵呵、一任春風没奈何(今朝二月初一なり、払子眼睛凸出す。明なること鏡に似たり、黒きこと漆の如し。驀然として孛跳し、乾坤を呑却す。一色衲僧の門下、なほ是れ撞牆撞壁す。畢竟如何。情を尽して拈却して笑ふこと呵呵たり、一任す春風の没奈何なるに)。
いまいふ撞牆撞壁は、渾牆撞なり、渾壁撞なり。この眼睛あり。今朝および二月ならびに初一、ともに條條の眼睛なり、いはゆる払子眼睛なり。驀然として孛跳するゆゑに今朝なり。呑却乾坤いく千万箇するゆゑに二月なり。尽情拈却のとき、初一なり。眼睛の見成活計かくのごとし。

正法眼蔵 眼睛 第五十八

爾時寛元元年癸卯十二月十七日在越州禅師峰下示衆
同廿八日書寫之在同峰下侍者寮 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:12
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正 法 眼 蔵    徧参へんさん   第五十七  
徧参

仏祖の大道は、究竟参徹なり。足下無絲去なり。足下雲生なり。しかもかくのごとくなりといへども、花開世界起なり、吾常於此切なり。このゆゑに甜瓜徹蔕甜なり、苦瓠連根苦なり。甜甜徹蔕甜なり。かくのごとく参学しきたれり。
玄沙山宗一大師、因雪峰召師曰、備頭陀、何不遍参去(備頭陀、何ぞ遍参し去らざる)。
師云、達磨不来東土、二祖不往西天。
雪峰深然之。
いはゆる遍参底の道理は、翻巾斗参なり。聖諦の亦不為なり、何階級之有なり。

南嶽大慧禅師、はじめて曹谿古仏に参ずるに、古仏いはく、是甚麼物恁麼来。
この泥彈子を遍参すること、始終八年なり。
末上に遍参する一著子を古仏に白してまをさく、懐譲会得当初来時、和尚接懐譲、是甚麼物恁麼来(懐譲当初来りし時、和尚懐譲を接せし、是甚麼物恁麼来を会し得たり)。
ちなみに曹谿古仏道、你作麼生会。
ときに大慧まうさく、説似一物即不中。
これ遍参現成なり、八年現成なり。
曹谿古仏とふ、還仮修証否(還た修証を仮るや否や)。
大慧まうさく、修証不無、染汚即不得(修証は無きにあらず、染汚することは即ち得じ)。
すなはち曹谿いはく、吾亦如是、汝亦如是、乃至西天諸仏祖亦如是。
これよりさらに八載遍参す。頭正尾正かぞふるに十五白の遍参なり。恁麼来は遍参なり。説似一物即不中に諸仏諸祖を開殿参見する、すなはち亦如是遍参なり。入畫看よりこのかた、六十五百千万億の転身遍参す。等閑の入一叢林、出一叢林を遍参とするにあらず。全眼睛の参見を遍参とす。打得徹を遍参とす。面皮厚多少を見徹する、すなはち遍参なり。
雪峰道の遍参の宗旨、もとより出嶺をすすむるにあらず、北往南来をすすむるにあらず。玄沙道の達磨不来東土、二祖不往西天の遍参を助発するなり。
玄沙道の達磨不来東土は、来而不来の乱道にあらず、大地無寸土の道理なり。いはゆる達磨は、命脈一尖なり。たとひ東土の全土たちまちに極涌して参侍すとも、転身にあらず。さらに語脈の翻身にあらず。不来東土なるゆゑに東土に見面するなり。東土たとひ仏面祖面相見すとも、来東土にあらず。拈得仏祖、失却鼻孔なり。
おほよそ土は東西にあらず、東西は土にかかはれず。二祖不往西天は、西天を遍参するには、不往西天なり。二祖もし西天にゆかば、一臂落了也。しばらく、二祖なにとしてか西天にゆかざる。いはゆる碧眼の眼睛裏に跳入するゆゑに不往西天なり。もし碧眼裏に跳入せずは、必定して西天にゆくべし。抉出達磨眼睛を遍参とす。西天にゆき東土にきたる、遍参にあらず。天台南嶽にいたり、五台上天にゆくをもて遍参とするにあらず。四海五湖もし透脱せざらんは遍参にあらず。四海五湖に往来するは四海五湖をして遍参せしめず、路頭を滑ならしむ、脚下を滑ならしむ。ゆゑに遍参を打失せしむ。
おほよそ尽十方界、是箇真実人体の参徹を遍参とするゆゑに、達磨不来東土、二祖不往西天の参究あるなり。遍参は石頭大底大、石頭小底小なり。石頭を動著せしめず、大参小参ならしむるなり。百千万箇を百千万頭に参見するは、いまだ遍参にあらず。半語脈裏に百千万転身なるを遍参とす。たとへば、打地唯打地は遍参なり。一番打地、一番打空、一番打四方八面来は遍参にあらず。倶胝参天龍、得一指頭は遍参なり。倶胝唯豎一指は遍参なり。

玄沙示衆云、与我釈迦老子同参(我れと釈迦老子と同参なり)。
時有僧出問(時に僧有り出でて問ふ)、未審、参見甚麼人(未審、甚麼人にか参見する)。
師云、釣魚船上謝参郎(釣魚船上の謝参郎)。
釈迦老子参底の頭正尾正、おのづから釈迦老子と同参なり。玄沙老漢参底の頭正尾正、おのづから玄沙老漢と同参なるゆゑに、釈迦老子と玄沙老漢と同参なり。釈迦老子と玄沙老漢と、参足参不足を究竟するを遍参の道理とす。釈迦老子は玄沙老漢と同参するゆゑに古仏なり。玄沙老漢は釈迦老子と同参なるゆゑに兒孫なり。この道理、審細に遍参すべし。
釣魚船上謝参郎。この宗旨、あきらめ参学すべし。いはゆる釈迦老子と玄沙老漢と、同時同参の時節を遍参功夫するなり。釣魚船上謝参郎を参見する玄沙老漢ありて同参す。玄沙山上禿頭漢を参見する謝参郎ありて同参す。同参不同参、みづから功夫せしめ、他づから功夫ならしむべし。玄沙老漢と釈迦老子と同参す、遍参す。謝参郎与我、参見甚麼人の道理を遍参すべし、同参すべし。いまだ遍参の道理現在前せざれば、参自不得なり、参自不足なり。参他不得なり、参他不足なり。参人不得なり、参我不得なり。参挙頭不得なり、参眼睛不得なり。自釣自上不得なり、未釣先上不得なり。
すでに遍参究尽なるには、脱落遍参なり。海枯不見底なり、人死不留心なり。海枯といふは、全海全枯なり。しかあれども、海もし枯竭しぬれば不見底なり。不留全留、ともに人心なり。人死のとき、心不留なり。死を拈来せるがゆゑに、心不留なり。このゆゑに、全人は心なり、全心は人なりとしりぬべし。かくのごとくの一方の表裏を参究するなり。

先師天童古仏、あるとき諸方の長老の道舊なる、いたりあつまりて上堂を請ずるに、
上堂云、大道無門、諸方頂寧上跳出。虚空絶路、清涼鼻孔裏入来。恁麼相見、瞿曇賊種、臨濟禍胎。咦。大家顛倒舞春風、驚落杏花飛乱紅(上堂に云く、大道無門なり、諸方の頂寧上に跳出す。虚空絶路なり、清涼が鼻孔裏に入来せり。恁麼に相見する、瞿曇の賊種、臨濟の禍胎なり。咦。大家顛倒して春風に舞ふ、驚落する杏花飛乱して紅なり)。
而今の上堂は、先師古仏、ときに建康府の清涼寺に住持のとき、諸方の長老きたれり。これらの道舊とは、あるときは賓主とありき、あるいは隣単なりき。諸方にしてかくのごとくの舊友なり、おほからざらめやは。あつまりて上堂を請ずるときなり。渾無箇話の長老は交友ならず、請ずるとものかずにあらず。大尊貴なるをかしつき請ずるなり。
おほよそ先師の遍参は、諸方のきはむるところにあらず。大宋国二参百年来は、先師のごとくなる古仏あらざるなり。
大道無門は、四五千條花柳巷、二参万座管絃楼なり。しかあるを、渾身跳出するに、余外をもちゐず、頂寧上に跳出するなり、鼻孔裏に入来するなり。ともにこれ参学なり。頂寧上の跳脱いまだあらず、鼻孔裏の転身いまだあらざるは、参学人ならず、遍参漢にあらず。遍参の宗旨、ただ玄沙に参学すべし。
四祖かつて参祖に参学すること九載せし、すなはち遍参なり。南泉願禅師、そのかみ池陽に一住してやや参十年やまをいでざる、遍参なり。雲巌道吾等、在薬山四十年のあひだ功夫参学する、これ遍参なり。二祖そのかみ嵩山に参学すること八載なり。皮肉骨髄を遍参しつくす。
遍参はただ祗管打坐、身心脱落なり。而今の去那辺去、来遮裏来、その間隙あらざるがごとくなる、渾体遍参なり、大道の渾体なり。毘盧頂上行は、無諍参昧なり。決得恁麼は毘盧行なり。跳出の遍参を参徹する、これ葫蘆の葫蘆を跳出する、葫蘆頂上を選仏道場とせることひさし。命如絲なり。葫蘆遍参葫蘆なり。一茎草を建立するを遍参とせるのみなり。

正法眼蔵 徧参 第五十七

爾時寛元元年癸卯十一月二十七日在越宇禅師峰下茅庵示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:12
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正 法 眼 蔵    見仏けんぶつ  第五十六  
見仏

釈迦牟尼仏、告大衆言、若見諸相非相、即見如来。
いまの見諸相と見非相と、透脱せる体達なり。ゆゑに見如来なり。この見仏眼すでに参開なる現成を見仏とす。見仏眼の活路、これ参仏眼なり。自仏を他方にみ、仏外に自仏をみるとき、條條の蔓枝なりといへども、見仏を参学せると、見仏を弁肯すると、見仏を脱落すると、見仏を得活すると、見仏を使得すると、日面仏見なり、月面仏見なり。恁麼の見仏、ともに無尽面、無尽身、無尽心、無尽手眼の見仏なり。而今脚尖に行履する発心発足よりこのかた、弁道功夫、および証契究徹、みな見仏裏に走入する活眼睛なり、活骨髄なり。しかあれば、自尽界他尽方、遮箇頭那箇頭、おなじく見仏功夫なり。 如来道の若見諸相非相を拈来するに、参学眼なきともがらおもはくは、諸相を相にあらずとみる、すなはち見如来といふ。そのおもむきは、諸相は相にはあらず、如来なりとみるといふとおもふ。まことに小量の一辺は、しかのごとくも参学すべしといへども、仏意の道成はしかにはあらざるなり。しるべし、諸相を見取し、非相を見取する、即見如来なり、如来あり、非如来あり。
清涼院大法眼禅師云、若見諸相非相、即不見如来。
いまこの大法眼道は、見仏道なり。これに法眼道あり、見仏道ありて、通語するに、競頭来なり、共出手なり。法眼道は耳処に聞著すべし、見仏道は眼処聞声すべし。
しかあるを、この宗旨を参学する従来のおもはくは、諸相は如来相なり、一相の如来相にあらざる、まじはれることなし。この相を、かりにも非相とすべからず。もしこれを非相とするは捨父逃逝なり。この相すなはち如来相なるがゆゑに、諸相は諸相なるべしと道取するなりといひきたれり。まことにこれ大乗の極談なり、諸方の所証なり。しかのごとく決定一定して、信受参受すべし。さらに随風東西の軽毛なることなかれ。諸相は如来相なり、非相にあらずと参究見仏し、決定証信して受持すべし。諷誦通利すべし。かくのごとくして、自己の耳目に見聞ひまなからしむべし。自己の身心骨髄に脱落ならしむべし。自己の山河尽界に透脱ならしむべし。これ参学仏祖行李なり。自己の云為にあれば、自己の眼睛を発明せしむべからずとおもふことなかれ。自己の一転語に転ぜられて、自己の一転仏祖を見脱落するなり。これ仏祖の家常なり。 このゆゑに、参取する隻條道あり。いはゆる諸相すでに非相にあらず、非相すなはち諸相なり。非相これ諸相なるがゆゑに、非相まことに非相なり。喚作非相の相ならびに喚作諸相の相、ともに如来相なりと参学すべし。参学の屋裏に両部の典籍あり。いはゆる参見典と参不見典となり。これ活眼睛の所参学なり。もしいまだこれらの典籍を著眼看の参徹せざれば参徹眼にあらず、参徹眼にあらざれば見仏にあらず。見仏に諸相処見、非相処見あり。吾不会仏法なり。不見仏に諸相処不見、非相処不見あり。会仏法人得なり。法眼道の八九成、それかくのごとし。 しかありといへども、この一大事因縁、さらにいふべし、若見諸相実相、即見如来。
かくのごとくの道取、みなこれ釈迦牟尼仏之所加被力なり。異面目の皮肉骨髄にあらず。

爾時釈迦牟尼仏、在霊鷲山。因薬王菩薩告大衆言、若親近法師、即得菩薩道。随順是師学、得見恆沙仏(爾の時に釈迦牟尼仏、霊鷲山に在しき。因みに薬王菩薩大衆に告げて言く、若し法師に親近せば、即ち菩薩道を得ん。是の師に随順して学せば、恆沙の仏を得見す)。
いはゆる親近法師といふは、二祖の八載事師のごとし。しかうしてのち、全臂得髄なり。南嶽の十五年の弁道のごとし。師の髄をうるを親近といふ。菩薩道といふは、吾亦如是、汝亦如是なり。如許多の蔓枝行李を即得するなり。即得は、古来より現ぜるを引得するにあらず、未生を発得するにあらず、現在の漫漫を策把するにあらず、親近得を脱落するを即得といふ。このゆゑに一切の得は即得なり。 随順是師学は、猶是侍者(猶是れ侍者のごとし)の古蹤なり、参究すべし。この正当恁麼行李時、すなはち得見の承当あり。そのところ、見恆沙仏なり。恆沙仏は、頭頭活撥撥地なり。あながちに見恆沙仏をわしりへつらふことなかれ。まづすべからく随師学をはげむべし。随師学得仏見なり。
釈迦牟尼仏、告一切証菩提衆言、深入禅定、見十方仏。
尽界は深なり、十方仏土なるがゆゑに。これ広にあらず、大にあらず、小にあらず、窄にあらず。挙すれば随他挙す、これを全收と道す。これ七尺にあらず、八尺にあらず、一丈にあらず。全收無外にして入之一字なり。この深入は禅定なり、深入禅定は見十方仏なり。深入裏許無人接渠にして得在なるがゆゑに、見十方仏なり。設使将来、他亦不受のゆゑに、仏十方在なり。深入は長長出不得なり、見十方仏は只見臥如来なり。禅定は入来出頭不得なり。真龍をあやしみ恐怖せずは、見仏の而今、さらに疑著を抛捨すべからず。見仏より見仏するゆゑに、禅定より禅定に深入す。この禅定見仏深入等の道理、さきより閑工夫漢ありて造作しおきて、いまの漢に伝授するにあらず。而今の新條にあらざれども、恁麼の道必然なり。一切の伝道受業かくのごとし。修因得果かくのごとし。
釈迦牟尼仏、告普賢菩薩言、若有受持、読誦正憶念修習書寫、是法華経者、当知是人、則見釈迦牟尼仏、如従仏口、聞此経典(釈迦牟尼仏、普賢菩薩に告げて言はく、若し是の法華経を受持し読誦し正憶念し、修習し書寫せん者有らん、当に知るべし、是の人、則ち釈迦牟尼仏を見たてまつり、仏の口より此の経典を聞くが如し)。 おほよそ一切諸仏は、見釈迦牟尼仏、成釈迦牟尼仏するを成道作仏といふなり。かくのごとくの仏儀、もとよりこの七種の行処の條條よりうるなり。七種行人は、当知是人なり、如是当人なり。これすなはち見釈迦牟尼仏処なるがゆゑに、したしくこれ如来仏口、聞此経典なり。釈迦牟尼仏は、見釈迦牟尼仏よりこのかた釈迦牟尼仏なり。これによりて舌相あまねく参千を覆す、いづれの山海か仏経にあらざらん。このゆゑに書寫の当人、ひとり見釈迦牟尼仏なり。仏口はよのつねに万古に開す、いづれの時節か経典にあらざらん。このゆゑに、受持の行者のみ見釈迦牟尼仏なり。乃至眼耳鼻等の功徳もまたかくのごとくなるべきなり。および前後左右、取捨造次、かくのごとくなり。いまの此経典にむまれあふ、見釈迦牟尼仏をよろこばざらんや、生値釈迦牟尼仏なり。身心をはげまして受持読誦、正憶念、修習書寫是法花経者則見釈迦牟尼仏なるべし、如従仏口、聞此経典、たれかこれをきほひきかざらん。いそがず、つとめざるは、貧窮無福慧の衆生なり、修習するは当知是人、則見釈迦牟尼仏なり。
釈迦牟尼仏、告大衆言、若善男子善女人、聞我説寿命長遠、深心信解、則為見仏、常在耆闍崛山、共大菩薩、諸声聞衆、圍遶説法。又見此裟婆世界、其地瑠璃、坦然平正(釈迦牟尼仏、大衆に告げて言く、若し善男子善女人、我が寿命の長遠なりと説くを聞きて、深心に信解せば、則ちため仏、常に耆闍崛山に在して、共に大菩薩、諸声聞衆に、圍遶せられて説法したまふを見る。又此の裟婆世界は、其の地瑠璃にして、坦然平正なりと見る)。 この深心といふは裟婆世界なり。信解といふは無廻避処なり。誠諦の仏語、たれか信解せざらん。この経典にあひたてまつれるは、信解すべき機縁なり。深心信解是法華、深心解寿命長遠のために、願生此裟婆国土しきたれり。如来の神力、慈悲力、寿命長遠力、よく心を拈じて信解せしめ、身を拈じて信解せしめ、尽界を拈じて信解せしめ、仏祖を拈じて信解せしめ、諸法を拈じて信解せしめ、実相を拈じて信解せしめ、皮肉骨髄を拈じて信解せしめ、生死去来を拈じて信解せしむるなり。これらの信解、これ見仏なり。 しかあればしりぬ、心頭眼ありて見仏す、信解眼をえて見仏す。ただ見仏のみにあらず、常在耆闍崛山をみるといふは、耆闍崛山の常在は、如来寿命と一齊なるべし。しかあれば、見仏常在耆闍崛山は、前頭来も如来および耆闍崛山ともに常在なり、後頭来も如来および耆闍崛山ともに常在なり。菩薩声聞もおなじく常在なるべし、説法もまた常在なるべし。裟婆世界、其地瑠璃、坦然平正をみる、裟婆世界をみること動著すべからず、高処高平、低処低平なり。この地はこれ瑠璃地なり、これを坦然平正なるとみる目をいやしくすることなかれ。瑠璃為地の地はかくのごとし。この地を瑠璃にあらずとせば、耆闍崛山は耆闍崛山にあらず、釈迦牟尼仏は釈迦牟尼仏にあらざらん。其地瑠璃を信解する、すなはち深信解相なり、これ見仏なり。
釈迦牟尼仏、告大衆言、一心欲見仏、不自惜身命。時我及衆僧、倶出霊鷲山。
いふところの一心は、凡夫二乗等のいふ一心にあらず。見仏の一心なり。見仏の一心といふは、霊鷲山なり、及衆僧なり。而今の箇箇、ひそかに欲見仏をもよほすは、霊鷲山心をこらして欲見仏するなり。しかあれば、一心すでに霊鷲山なり、一身それ心に倶出せざらんや。倶一身心ならざらんや。身心すでにかくのごとし、寿者命者またかくのごとし。かるがゆゑに、自惜を霊鷲山の但惜無上道に一任す。このゆゑに我及衆僧、霊鷲山倶出なるを、見仏の一心と道取す。
釈迦牟尼仏、告大衆言、若説此経、則為見我、多宝如来、及諸化仏(若し此の経を説けば、則ち我と多宝如来及び諸の化仏を見ると為す)。
説此経は、我常住於此、以諸神通力、令顛倒衆生、雖近而不見(我れ常に此に住するも、諸の神通力を以て、顛倒の衆生をして、近しと雖も見ざらしむ)なり。この表裏の神力如来に、則為見我等の功徳そなはる。

釈迦牟尼仏、告大衆言、能持是経者、則為已見我。亦見多宝仏、及諸分身者(能く是の経を持すれば、則ち已に我を見ると為す。亦た多宝仏及び諸の分身者を見る者なり)。
この経を持することかたきゆゑに、如来よのつねにこれをすすむ。もしおのづから持是経者あるは、すなはち見仏なり。はかりしりぬ、見仏すれば持経す。持経のもの、見仏のものなり。しかあればすなはち、乃至聞一偈一句受持するは、得見釈迦牟尼仏なり。亦見多宝仏なり、見諸分身仏なり、伝仏法蔵なり、得仏正眼なり、得見仏命なり、得仏向上眼なり、得仏頂寧眼なり、得仏鼻孔なり。
雲雷音宿王華智仏、告妙荘厳王言、大王当知、善知識者、是大因縁。所謂化導、令得見仏、発阿耨多羅参藐参菩提心(大王当に知るべし、善知識は、是れ大因縁なり。所謂化導は、仏を見て、阿耨多羅参藐参菩提心を発すことを得しむ)。
いまこの大会は、いまだむしろをまかず。過去現在未来の諸仏と称ずといへども、凡夫の参世に準的すべからず。いはゆる過去は心頭なり、現在は挙頭なり、未来は脳後なり。しかあれば、雲雷音宿王華智仏は、心頭現成の見仏なり。見仏の通語いまのごとし。化導は見仏なり、見仏は発阿耨多羅参藐参菩提心なり。発菩提心は見仏の頭正尾正なり。
釈迦牟尼仏言、諸有修功徳、柔和質直者、則皆見我身、在此而説法(諸の功徳を修すること有りて、柔和質直なる者は、則ち皆我が身此に在りて而も法を説くと見る)。
あらゆる功徳と称ずるは拕泥帯水なり、随波逐浪なり。これを修するを吾亦如是、汝亦如是の柔和質直者といふ。これを泥裏に見仏しきたり、波心に見仏しきたる、在此而説法にあづかる。

しかあるに、近来大宋国に禅師と称ずるともがらおほし。仏法の縱横をしらず、見聞いとすくなし。わづかに臨濟雲門の両参語を諳誦して、仏法の全道とおもへり。仏法もし臨濟雲門の両参語に道尽せられば、仏法今日にいたるべからず。臨濟雲門を仏法の為尊と称じがたし。いかにいはんやいまのともがら、臨濟雲門におよばず、不足言のやからなり。かれら、おのれが愚鈍にして仏経のこころあきらめがたきをもて、みだりに仏経を謗す。さしおきて修習せず。外道の流類といひぬべし。仏祖の兒孫にあらず、いはんや見仏の境界におよばんや。孔子老子の宗旨になほいたらざるともがらなり。仏祖の屋裡兒、かの禅師と称ずるやからにあひあふことなかれ。ただ見仏眼の眼睛を参究体達すべし。
先師天童古仏挙(先師天童古仏挙す)、
波斯匿王問賓頭盧尊者、承聞尊者、親見仏来、是否(波斯匿王、賓頭盧尊者に問ふ、承聞すらくは尊者、親り仏を見来ると、是なりや否や)。
尊者以手策起眉毛示之(尊者、手を以て眉毛を策起して之を示す)。
先師頌云、
策起眉毛答問端、
親曽見仏不相瞞。
至今應供四天下、
春在梅梢帯雪寒。
(眉毛を策起して問端に答ふ、親曽の見仏相瞞ぜず。今に至るまで四天下に應供す、春は梅梢に在り雪を帯して寒し。)
いはゆる見仏は、見自仏にあらず、見他仏にあらず、見仏なり。一枝梅は見一枝梅のゆゑに、開花明明なり。
いま波斯匿王の問取する宗旨は、尊者すでに見仏なりや、作仏なりやと問取するなり。尊者あきらかに眉毛を策起せり、見仏の証験なり、相瞞すべからず。至今していまだ休罷せず。應供あらはれてかくるることなし。親曽の見仏たどるべからず。かの参億家の見仏といふは、この見仏なり。見参十二相にはあらず。見参十二相は、たれか境界をへだてん。この見仏の道理をしらざる人天声聞縁覚の類おほかるべし。たとへば、払子を豎起するおほしといへども、払子を豎起するはおほきにあらずといふがごとし。見仏は被仏見成なり。たとひ自己は覆蔵せんことをおもふとも、見仏さきだちて漏泄せしむるなり。これ見仏の道理なり。如恆河沙数量の身心を功夫して、審細にこの策起眉毛の面目を参究すべし。たとひ百千万劫の昼夜、つねに釈迦牟尼仏に共住せりとも、いまだ策起眉毛の力量なくは、見仏にあらず。たとひ二千余載よりこのかた、十万余里の遠方にありとも、策起眉毛の力量したしく見成せば、空王以前より見釈迦牟尼仏なり。見一枝梅なり、見梅梢春なり。しかあれば、親曽見仏は礼参拝なり、合掌問訊なり。破顔微笑なり、挙頭飛霹靂なり、跏趺坐蒲團なり。
賓頭盧尊者、赴阿育王宮大会斉。王行香次、作礼問尊者曰、承聞尊者、親見仏来、是否(賓頭盧尊者、阿育王宮の大会に赴いて斉す。王、行香の次でに、作礼して尊者に問うて曰く、承聞すらくは尊者、親り仏を見来ると、是なりや否や)。
尊者以手撥開眉毛曰、会麼(尊者、手を以て眉毛を撥開して曰く、会すや)。
王曰、不会。
尊者曰、阿那婆達多龍王、請仏斉時、貧道亦預其数(尊者曰く、阿那婆達多龍王、仏を請じて斉せし時、貧道も亦其の数に預かりき)。
いはゆる阿育王問の宗旨は、尊者親見仏来是否の言、これ尊者すでに尊者なりやと問著するなり。ときに尊者すみやかに眉毛を撥開す。これ見仏を出現於世せしむるなり、作仏を親見せしむるなり。
阿那婆達多龍王請仏斉時、貧道亦預其数といふ、しるべし、請仏の会には、唯仏与仏、稻麻竹葦すべし。四果支仏のあづかるべきにあらず。たとひ四果支仏きたれりとも、かれを挙して請仏のかずにあづかるべからず。
尊者すでに自称す、請仏斉時、貧道またそのかずなりきと。無端にきたれる自道取なり。見仏なる道理あきらかなり。
請仏といふは、請釈迦牟尼仏のみにあらず、請無量無尽参世十方一切諸仏なり。請諸仏の数にあづかる無諱不諱の親曽見仏なり。見仏見師、見自見汝の指示、それかくのごとくなるべし。
阿那婆達多龍王といふは、阿耨達池龍王なり。阿耨達池、ここには無熱惱池といふ。
保寧仁勇禅師頌曰、
我仏親見賓頭盧、
眉長髪短雙眉麁。
阿育王猶狐疑、
唵摩尼悉哩蘇嚧。
(我仏親り賓頭盧を見る、眉長く髪短く雙眉麁なり。阿育王なほ狐疑す、唵摩尼悉哩蘇嚧。)
この頌は、十成の道にあらざれども、趣向の参学なるがゆゑに拈来するなり。

趙州真際大師、因僧問、承聞和尚、親見南泉、是否(承聞すらくは和尚、親り南泉を見ると、是なりや否や)。
師曰、鎭州出大蘿蔔頭(鎭州に大蘿蔔頭を出す)。
いまの道現成は、親見南泉の証験なり。有語にあらず、無語にあらず。下語にあらず、通語にあらず。策起眉毛にあらず、撥開眉毛にあらず、親見眉毛なり。たとひ軼才の独歩なりとも、親見にあらずよりは、かくのごとくなるべからず。
この鎭州出大蘿蔔頭の語は、真際大師の鎭州竇家園真際院に住持なりしときの道なり。のちに真際大師の号をたてまつれり。
かくのごとくなるがゆゑに、見仏眼を参開するよりこのかた、仏祖正法眼蔵を正伝せり。正法眼蔵の正伝あるとき、仏見雍容の威儀現成し、見仏ここに巍巍堂堂なり。

正法眼蔵 見仏 第五十六

爾時寛元元年癸卯冬十一月朔十九日在禅師峰山示衆
寛元二年甲辰冬十月朔十六日在越州吉田縣大仏寺侍者寮書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:11
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正 法 眼 蔵    十方じっぽう  第五十五
十方

挙頭一隻、只箇十方なり。赤心一片、玲瓏十方なり。敲出骨裏髄了也(骨裏の髄を敲出し了れり)。
釈迦牟尼仏、告大衆言、十方仏土中、唯有一乗法。
いはゆる十方は、仏土を把来してこれをなせり。このゆゑに、仏土を拈来せざれば十方いまだあらざるなり、仏土なるゆゑに以仏為主(仏を以て主と為す)なり。この裟婆国土は、釈迦牟尼仏土なるがごとし。この裟婆世界を挙拈して、八両半斤をあきらかに記して、十方仏土の七尺八尺なることを参学すべし。
この十方は、一方にいり一仏にいる、このゆゑに現十方せり。十方一方、是方自方、今方なるがゆゑに眼睛方なり、挙頭方なり、露柱方なり、灯籠方なり。かくのごとくの十方仏土の十方仏、いまだ大小あらず、浄穢あらず。このゆゑに十方の唯仏与仏、あひ称揚讃歎するなり。さらにあひ誹謗してその長短好悪をとくを転法輪とし、説法とせず。諸仏および仏子として、助発問訊するなり。
仏祖の法を稟受するには、かくのごとく参学するなり。外道魔儻のごとく是非毀辱することあらざるなり。いま真丹国につたはれる仏経を披閲して、一化の始終を覰見するに、釈迦牟尼仏いまだかつて他方の諸仏それ劣なりととかず、他方の諸仏それ勝なりととかず。また他方の諸仏は諸仏にあらずととかず。おほよそ一代の説教にすべてみえざるところは、諸仏のあひ是非する仏語なり。他方の諸仏また釈迦牟尼仏を是非したてまつる仏語つたはれず。このゆゑに、
釈迦牟尼仏、告大衆言、唯我知是相、十方仏亦然(唯だ我れのみ是の相を知る、十方仏も亦た然り)。
しるべし、唯我知是相の相は、打圓相なり。圓相は遮竿得恁麼長、那竿得恁麼短なり。十方仏道は、唯我知是相、釈迦牟尼仏亦然の説著なり。唯我証是相、自方仏亦然なり。我相、知相、是相、一切相、十方相、裟婆国土相、釈迦牟尼仏相なり。
この宗旨は、これ仏経なり。諸仏ならびに国土は両頭にあらず。有情にあらず無情にあらず、迷悟にあらず、善悪無記等にあらず。浄にあらず穢にあらず、成にあらず住にあらず、壌にあらず空にあらず、常にあらず無常にあらず、有にあらず無にあらず、自にあらず。離四句なり、絶百非なり。ただこれ十方なるのみなり、仏土なるのみなり。しかあれば、十方は有頭無尾漢なるのみなり。
長沙景岑禅師、告大衆言、尽十方界、是沙門壹隻眼。
いまいふところは、瞿曇沙門眼の壹隻なり。瞿曇沙門眼は、吾有正法眼蔵なり、阿誰に附嘱するとも瞿曇沙門眼なり。尽十方界の角角尖尖、瞿曇の眼処なり。この尽十方界は、沙門眼のなかの壹隻なり。これより向上に如許多眼あり。
尽十方界、是沙門家常語。
家常は尋常なり。日本国の俗のことばには、よのつねといふ。しかあるに、沙門家のよのつねの言語はこれ尽十方界なり。言端語端なり。家常語は尽十方界なるがゆゑに、尽十方界は家常語なる道理、あきらかに参学すべし。この十方無尽なるゆゑに尽十方なり。家常にこの語をもちゐるなり。かの索馬索鹽、索水索器のごとし。奉水奉器、奉鹽奉馬のごとし。たれかしらん、没量大人この語脈裏に転身転脳することを。語脈裏に転語するなり。海口山舌、言端語直の家常なり。しかあれば、掩口し掩耳する、十方の真箇是なり。
尽十方界、沙門全身。
一手指天是天、一手指地是地。雖然如是、天上天下唯我独尊(一手は天を指す是れ天、一手は地を指す是れ地。然も是の如くなりと雖も、天上天下唯我独尊なり)。
これ沙門全身なる十方尽界なり。頂寧、眼睛、鼻孔、皮肉骨髄の箇箇、みな透脱尽十方の沙門身なり。尽十方を動著せず、かくのごとくなり。擬議量をまたず、尽十方界沙門身を拈来して、見尽十方界沙門身するなり。
尽十方界、是自己光明。
自己とは、父母未生已前の鼻孔なり。鼻孔あやまりて自己の手裏にあるを尽十方界といふ。しかあるに、自己現成して現成公案なり、開殿見仏なり。しかあれども、眼睛被別人換却木槵子了也(眼睛別人に木槵子を換却せられ了りぬ)。しかあれども、劈面来、大家相見することをうべし。さらに呼則易、遣則難(呼ぶことは則ち易く、遣ることは則ち難し)なりといへども、喚得廻頭、自廻頭、堪作何用。便著者漢廻頭(喚んで廻頭することを得ば、自ら廻頭す。何の用を可作すべき。便ち著者漢の廻頭)なり。飯待喫人、衣待著人(飯は人の喫はんことを待ち、衣は人の著んことを待つ)のとき、模索不著なるがごとくなりとも、可惜許、曽与你参十棒(曽て你に参十棒を与ふ)。
尽十方界、在自己光明裏。
眼皮一枚、これを自己の光明とす。忽然として打綻するを在裏とす。見由在眼を尽十方界といふ。しかもかくのごとくなりといへども、同牀眠知被穿(牀を同じうして眠れば被の穿げたることを知る)。
尽十方界、無一人不自己(一人として自己ならざる無し)。
しかあればすなはち、箇箇の作家、箇箇の挙頭、ひとりの十方としても自己にあらざるなし。自己なるがゆゑに、自自己己みなこれ十方なり。自自己己の十方、したしく十方を罣礙するなり。自自己己の命脈、ともに自己の手裏にあるがゆゑに、還他本分草料(他に本分の草料を還せ)なり。いまなにとしてか達磨眼睛、瞿曇鼻孔あらたに露柱の胎裏にある。いはく、出入也、十方十面一任なり。

玄沙院宗一大師云、尽十方界、是一顆明珠。
あきらかにしりぬ、一顆明珠はこれ尽十方界なり。神頭鬼面これを窟宅とせり、仏祖兒孫これを眼睛とせり。人家男女これを頂寧挙頭とせり。初心晩学これを著衣喫飯とせり。先師これを泥彈子として兄弟を打著す。しかもこれ単提の一著子なりといへども、祖宗の眼睛を抉出しきたれり。抉出するとき、祖宗ともに壹隻手をいだす。さらに眼睛裏放光するのみなり。

乾峰[所名也]和尚因僧問、十方薄伽梵、一路涅槃門。未審、路頭在什麼処(十方薄伽梵、一路涅槃門。未審、路頭什麼処にか在る)。
乾峰以拄杖畫一畫云(乾峰、拄杖を以て畫すること一畫して云く)、在遮裏。
いはゆる在遮裏は十方なり。薄伽梵とは拄杖なり。拄杖とは在遮裏なり。一路は十方なり。しかあれども、瞿曇の鼻孔裏に拄杖をかくすことなかれ。拄杖の鼻孔に拄杖を撞著することなかれ。しかもかくのごとくなりとも、乾峰老漢すでに十方薄伽梵、一路涅槃門を料理すると認ずることなかれ。ただ在遮裏と道著するのみなり。在遮裏はなきにあらず、乾峰老漢、はじめより拄杖に瞞ぜられざらんよし。
おほよそ活鼻孔を十方と参学するのみなり。

正法眼蔵十方第五十五

爾時寛元元年癸卯十一月十参日在日本国越州吉峰精舍示衆
寛元参年乙巳窮冬廿四日在越州大仏寺侍司書寫 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:11
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 正 法 眼 蔵    洗浄せんじょう  第五十四  
洗 浄

  仏祖の護持しきたれる修証あり、いはゆる不染汚なり。
  南嶽山観音院大慧禅師、因六祖問、還仮修証不(また修証を仮るや不や)。
  大慧云、修証不無、染汚即不得(修証は無きにあらず、染汚することは即ち不得なり)。
  六祖云、只是不染汚、諸仏之所護念。汝亦如是吾亦如是、乃至西天祖師亦如是云云(只是の不染汚、諸仏の所護念なり。汝もまた如是、吾もまた如是、乃至西天の祖師もまた如是なり云云)。
  大比丘三千威儀経云、浄身者、洗大小便、剪十指爪(浄身とは、大小便を洗ひ、十指の爪を剪るなり)。
  しかあれば、身心これ不染汚なれども、浄身の法あり、心あり。ただ身心をきよむるのみにあらず、国土樹下をもきよむるなり。国土いまだかつて塵穢あらざれども、きよむるは諸仏之所護念なり。仏果にいたりてなほ退せず、廃せざるなり。その宗旨、はかりつくすべきことかたし。作法これ宗旨なり、得道これ作法なり。
  華厳経浄行品云、
  左右便利、当願衆生、蠲除穢汚、無婬怒癡(便利を左右せんには当に願ふべし、衆生、穢汚を蠲除きて婬怒癡無からんことを)。
  已而就水、当願衆生、向無上道、得出世法(已に水に就かんには当に願ふべし、衆生、無上道に向ひて出世の法を得んことを)。
  以水滌穢、当願衆生、具足浄忍、畢竟無垢(水を以て穢を滌がんには当に願ふべし、衆生、浄忍を具足して畢竟垢無からんことを)。
  水かならずしも本浄にあらず、本不浄にあらず。身かならずしも本浄にあらず、本不浄にあらず。諸法またかくのごとし。水いまだ情非情にあらず、身いまだ情非情にあらず、諸法またかくのごとし。仏世尊の説、それかくのごとし。しかあれども、水をもて身をきよむるにあらず。仏法によりて仏法を保任するにこの儀あり。これを洗浄と称ず。仏祖の一身心をしたしくして正伝するなり。仏祖の一句子をちかく見聞するなり。仏祖の一光明をあきらかに住持するなり。おほよそ無量無辺の功徳を現成せしむるなり。身心に修行を威儀せしむる正当恁麼時、すなはち久遠の本行を具足円成せり。このゆゑに、修行の身心本現するなり。
  十指の爪をきるべし。十指といふは、左右の両手の指のつめなり。足指の爪、おなじくきるべし。
  経にいはく、つめのながさもし一麥ばかりになれば罪をうるなり。
  しかあれば、爪をながくすべからず。爪のながきは、おのづから外道の先蹤なり。ことさらつめをきるべし。
  しかあるに、いま大宋国の僧家のなかに、参学眼そなはらざるともがら、おほく爪をながからしむ。あるいは一寸両寸、および三四寸にながきもあり。これ非法なり。仏法の身心にあらず。仏家の稽古あらざるによりてかくのごとし。有道の尊宿はしかあらざるなり。あるいは長髪ならしむるともがらあり、これも非法なり。大国の僧家の所作なりとして、正法ならんとあやまることなかれ。 先師古仏、ふかくいましめのことばを、天下の僧家の長髪長爪のともがらにたまふにいはく、不会浄髪、不是俗人、不是僧家、便是畜生。古来仏祖、誰是不浄髪者。如今不会浄髪箇、真箇是畜生(浄髪を会せざらんは、是れ俗人にあらず、是れ僧家にあらず、便是畜生なり。古来の仏祖、誰か是れ浄髪せざる者ならんや。如今浄髪箇を会せざらんは、真箇是畜生なり)。 かくのごとく示衆するに、年来不剃頭のともがら、剃頭せるおほし。 あるいは上堂、あるいは普説のとき、彈指かまびすしくして責呵す。いかなる道理としらず。胡乱に長髪長爪なる、あはれむべし、南閻浮の身心をして非道におけること。近来二三百年、祖師道廃せるゆゑにしかのごとくのともがらおほし。かくのごとくのやから、寺院の主人となり、師号に署して為衆の相をなす、人天の無福なり。いま天下の諸山に、道心箇渾無なり、得道箇久絶なり、祇管破落儻のみなり。 かくのごとく普説するに、諸方に長老の名をみだりにせるともがら、うらみず、陳説なし。しるべし、長髪は仏祖のいましむるところ、長爪は外道の所行なり。仏祖の兒孫、これらの非法をこのむべからず。身心をきよらしむべし、剪爪剃髪すべきなり。
  洗大小便おこたらしむることなかれ。舍利弗この法をもて外道を降伏せしむることありき。外道の本期にあらず、身子が素懐にあらざれども、仏祖の威儀現成するところに、邪法おのづから伏するなり。 樹下露地に修習するときは起屋なし、便宜の溪谷河水等によりて、分土洗浄するなり。これは灰なし、ただ二七丸の土をもちゐる。二七丸をもちゐる法は、まづ法衣をぬぎてたたみおきてのち、くろからず、黄色なる土をとりて、一丸のおほきさ、大なる大豆許に分して、いしのうへ、あるいは便宜のところに、七丸をひとならべにおきて、二七丸をふたへにならべおく。そののち、磨石にもちゐるべき石をまうく。そののち屙す。屙後使籌、あるいは使紙。そののち水辺にいたりて洗浄する、まづ三丸の土をたづさへて洗浄す。一丸土を掌にとりて、水すこしばかりをいれて、水に合してときて、泥よりもうすく、漿ばかりになして、まづ小便を洗浄す。つぎに一丸の土をもてさきのごとくして大便処を洗浄す。つぎに一丸の土をさきのごとくして略して触手をあらふ。 寺舍に居してよりこのかたは、その屋を起立せり。これを東司と称ず。ふるきには圊といひ、廁といふときもありき。僧家の所住にかならずあるべき屋舍なり。
  東司にいたる法は、かならず手巾をもつ。その法は、手巾をふたへにをりて、ひだりのひぢのうへにあたりて、衫袖のうへにかくるなり。すでに東司にいたりては、浄竿に手巾をかくべし。かくる法は、臂にかけたりつるがごとし。もし九條七條等の袈裟を著してきたれらば、手巾にならべてかくべし。おちざらんやうに打併すべし。倉卒になげかくることなかれ。よくよく記号すべし。記号といふは、浄竿に字をかけり。白紙にかきて月輪のごとく円にして、浄竿につけ列せり。しかあるを、いづれの字にわが直裰はおけりとわすれず、みだらざるを記号といふなり。衆家おほくきたらんに、自他の竿位を乱すべからず。 このあひだ、衆家きたりてたちつらなれば、叉手して揖すべし。揖するに、かならずしもあひむかひて曲躬せず。ただ叉手をむねのまへにあてて気色ある揖なり。東司にては、直裰を著せざるにも、衆家と揖し気色するなり。もし両手ともにいまだ触せず、両手ともにものをひさげざるには、両手を叉して揖すべし。もしすでに一手を触せしめ、一手にものを提せらんときは、一手にて揖すべし。一手にて揖するには、手をあふげて、指頭すこしきかがめて、水を掬せんとするがごとくしてもちて、頭をいささか低頭せんとするがごとく揖するなり。他、かくのごとくせば、おのれかくのごとくすべし。おのれかくのごとくせば、他またしかあるべし。 褊衫および直裰を脱して、手巾のかたはらにかくる法は、直裰をぬぎとりて、ふたつのそでをうしろへあはせて、ふたつのわきのしたをとりあはせてひきあぐれば、ふたつのそでかさなれる。このときは、左手にては直裰のうなぢのうらのもとをとり、右手にてはわきをひきあぐれば、ふたつのたもとと左右の両襟と、かさなるなり。両袖と両襟とをかさねて、又たてざまになかよりをりて、直裰のうなぢを浄竿の那辺へなげこす。直裰の裙ならびに袖口等は、竿の遮辺にかかれり。たとへば、直裰の合腰、浄竿にかくるなり。つぎに竿にかけたりつる手巾の遮那両端をひきちがへて、直裰よりひきこして、手巾のかからざりつるかたにて又ちがへてむすびとどむ。両三匝もちがへちがへしてむすびて、直裰を浄竿より落地せしめざらんとなり。あるいは直裰にむかひて合掌す。 つぎに絆子をとりて両臂にかく。つぎに浄架にいたりて、浄桶に水を盛て、右手に提して浄廁にのぼる。浄桶に水をいるる法は、十分にみつることなかれ、九分を度とす。廁門のまへにして換鞋すべし。蒲鞋をはきて、自鞋を廁門の前に脱するなり。これを換鞋といふ。
  禅苑清規云、欲上東司、応須預往。勿致臨時内逼倉卒。乃畳袈裟、安寮中案上、或浄竿上(東司に上らんと欲はば、須らく預め往くべし。臨時にして内に逼めて倉卒に致すこと勿れ。乃ち袈裟を畳みて寮中の案上或いは浄竿の上に安ずべし)。 廁内にいたりて、左手にて門扉を掩す。つぎに浄桶の水すこしばかり槽裏に瀉す。つぎに浄桶を当面の浄桶位に安ず。つぎにたちながら槽にむかひて彈指三下すべし。彈指のとき、左手は拳にして、左腰につけてもつなり。[禅苑清規、三千威儀経文事、入べし] つぎに袴口衣角ををさめて、門にむかひて両足に槽唇の両辺をふみて、蹲踞し、屙す。両辺をけがすことなかれ、前後にそましむることなかれ。このあひだ黙然なるべし。隔壁と語笑し、声をあげて吟詠することなかれ。涕唾狼藉なることなかれ、怒気卒暴なることなかれ。壁面に字をかくべからず、廁籌をもて地面を劃すことなかれ。
  屙屎退後、すべからく使籌すべし。又かみをもちゐる法あり。故紙をもちゐるべからず。字をかきたらん紙、もちゐるべからず。浄籌触籌わきまふべし。籌はながさ八寸につくりて三角なり。ふとさは手拇指大なり。漆にてぬれるもあり、未漆なるもあり。触は籌斗になげおき、浄はもとより籌架にあり。籌架は槽のまへの版頭のほとりにおけり。 使籌、使紙ののち、洗浄する法は、右手に浄桶をもちて、左手をよくよくぬらしてのち、左手を掬につくりて水をうけて、まづ小便を洗浄す、三度。つぎに大便をあらふ。洗浄如法にして浄潔ならしむべし。このあひだ、あらく浄桶をかたぶけて、水をして手のほかにあましおとし、あましちらして、水をはやくうしなふことなかれ。 洗浄しおわりて、浄桶を安桶のところにおきて、つぎに籌をとりてのごひかはかす。あるいは紙をもちゐるべし。大小両処、よくよくのごひかはかすべし。つぎに右手にて袴口衣角をひきつくろいて、右手に浄桶を提して廁門をいづるちなみに、蒲鞋をぬぎて自鞋をはく。つぎに浄架にかへりて、浄桶を本所に安ず。
つぎに洗手すべし。右手に灰匙をとりて、まづすくひて、瓦石のおもてにおきて、右手をもて滴水を点じて触手をあらふ。瓦石にあててとぎあらふなり。たとへば、さびあるかたなをとにあててとぐがごとし。かくのごとく、灰にて三度あらふべし。つぎに土をおきて、水を点じてあらふこと三度すべし。つぎに右手に皀莢をとりて、小桶の水にさしひたして、両手あはせてもみあらふ。腕にいたらんとするまでも、よくよくあらふなり。誠心に住して慇懃にあらふべし。灰三、土三、皀莢一なり。あはせて一七度を度とせり。つぎに大桶にてあらふ。このときは面薬土灰等をもちゐず、ただ水にてもゆにてもあらふなり。一番あらひて、その水を小桶にうつして、さらにあたらしき水をいれて両手をあらふ。 華厳経に云く、以水盥掌、当願衆生、得上妙手、受持仏法(水を以て掌を盥ふには当に願ふべし、衆生、上妙の手を得て仏法を受持せんことを)。 水杓をとらんことは、かならず右手にてすべし。このあひだ、桶杓おとをなし、かまびすしくすることなかれ。水をちらし、皀莢をちらし、水架の辺をぬらし、おほよそ倉卒なることなかれ。狼藉なることなかれ。つぎに公界の手巾に手をのごふ。あるいはみづからが手巾にのごふ。手をのごひをはりて、浄竿のした、直裰のまへにいたりて、絆子を脱して竿にかく。つぎに合掌してのち、手巾をとき、直裰をとりて著す。つぎに手巾を左臂にかけて塗香す。公界に塗香あり、香木を宝瓶形につくれり。その大は拇指大なり。ながさ四指量につくれり。繊索の尺余なるをもちて、香の両端に穿貫せり。これを浄竿にかけおけり。これを両掌をあはせてもみあはすれば、その香気おのづから両手に蝉ず。絆子を竿にかくるとき、おなじうへにかけかさねて、絆と絆とみだらしめ、乱縷せしむることなかれ。かくのごとくする、みなこれ浄仏国土なり、荘厳仏国なり。審細にすべし、倉卒にすべからず。いそぎをはりてかへりなばやと、おもひいとなむことなかれ。ひそかに東司上不説仏法の道理を思量すべし。
  衆家のきたりゐる面をしきりにまぼることなかれ。廁中の洗浄には冷水をよろしとす、熱湯は腸風をひきおこすといふ。洗手には温湯をもちゐる、さまたげなし。釜一隻をおくことは、焼湯洗手のためなり。 清規云、晩後焼湯上油、常令湯水相続、無使大衆動念(晩後には焼湯し上油して、常に湯水を相続せしめ、大衆を動念せしむること無かれ)。 しかあればしりぬ、湯水ともにもちゐるなり。もし廁中の触せることあらば、門扉を掩して触牌をかくべし。もしあやまりて落桶あらば、門扉を掩して落桶牌をかくべし。これらの牌かかれらん局には、のぼることなかれ。もしさきより廁上にのぼれらんに、ほかに人ありて彈指せば、しばらくいづべし。
  清規云、若不洗浄、不得坐僧牀及礼三宝。亦不得受人礼拝(若し洗浄せずは、僧牀に坐し及び三宝を礼すること得ざれ。また人の礼拝を受くること得ざれ)。 三千威儀経云、若不洗大小便、得突吉羅罪。亦不得僧浄坐具上坐、及礼三宝。設礼無福徳(若し大小便を洗はざれば、突吉羅罪を得。また僧の浄坐具上に坐し、及び三宝を礼すること得ざれ。設礼するとも福徳無からん)。 しかあればすなはち、弁道功夫の道場、この儀をさきにすべし。あに三宝を礼せざらんや、あに人の礼拝をうけざらんや、あに人を礼せざらんや。仏祖の道場かならずこの威儀あり。仏祖道場中人、かならずこの威儀具足あり。これ自己の強為にあらず、威儀の云為なり。諸仏の常儀なり、諸祖の家常なり。ただ此界の諸仏のみにあらず、十方の仏儀なり、浄土穢土の仏儀なり。少聞のともがらおもはくは、諸仏には廁屋の威儀あらず、裟婆世界の諸仏の威儀は浄土の諸仏のごとくにあらずとおもふ。これは学仏道にあらず。しるべし、浄穢は離人の滴血なり。あるときはあたたかなり、あるときはすさまじ。諸仏に廁屋ありしるべし。
  十誦律第十四云、羅睺羅沙彌、宿仏廁。仏覚了、仏以右手摩羅睺羅頂、説是偈言(羅睺羅沙彌のとき、仏の廁に宿す。仏覚し了りて仏右手を以て羅睺羅の頂を摩でて、是の偈を説いて言く)、 汝不為貧窮、 亦不失富貴。
但為求道故、 出家応忍苦。
  (汝貧窮の為にあらず、また富貴を失せるにあらず。但だ求道の為の故なり、出家は応に苦を忍ぶべし。)
  しかあればすなはち、仏道場に廁屋あり、仏廁屋裏の威儀は洗浄なり。祖々相伝しきたれり。仏儀のなほのこれる、慕古の慶快なり、あひがたきにあへるなり。いはんや如来かたじけなく廁屋裏にして羅睺羅のために説法しまします。廁屋は仏転法輪の一会なり。この道場の進止、これ仏祖正伝せり。
  摩訶僧祇律第三十四云、廁屋不得在東在北、応在南在西。小行亦如是(廁屋は東に在り北に在ること得ざれ。南に在り西に在るべし。小行もまた是の如し)。 この方宜によるべし。これ西天竺国の諸精舎の図なり。如来現在の建立なり。しるべし、一仏の仏儀のみにあらず、七仏の道場なり、精舎なり。諸仏の道場なり、精舎なり。はじめたるにあらず、諸仏の威儀なり。これらをあきらめざらんよりさきは、寺院を草創し、仏法を修行せん、あやまりはおほく、仏威儀そなはらず、仏菩提いまだ現前せざらん。もし道場を建立し、寺院を草創せんには、仏祖正伝の法儀によるべし。これ正嫡正伝の法儀によるべし、これ正嫡正伝なるがゆゑに、その功徳あつめかさなれり。仏祖正伝の嫡嗣にあらざれば仏法の身心いまだしらず、仏法の身心しらざれば仏家の仏業あきらめざるなり。いま大師釈迦牟尼仏の仏法あまねく十方につたはれるといふは、仏身心の現成なり。仏身心現成の正当恁麼時、かくのごとし。

正法眼蔵第五十四

爾時延応元年己亥冬十月二十三日在雍州宇治縣観音導利院興聖宝林寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:11
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正 法 眼 蔵    梅花ばいか  第五十三  
梅 花

  先師天童古仏者、大宋慶元府太白名山天童景徳寺第三十代堂上大和尚なり。
  上堂示衆云、天童仲冬第一句、槎槎牙牙老梅樹。忽開花一花両花、三四五花無数花。清不可誇、香不可誇。散作春容吹草木、衲僧箇箇頂門禿。驀箚變怪狂風暴雨、乃至交袞大地雪漫漫。老梅樹、太無端、寒凍摩娑鼻孔酸(上堂の示衆に云く、天童仲冬の第一句、槎槎たり牙牙たり老梅樹。忽ちに開花す一花両花、三四五花無数花。清誇るべからず、香誇るべからず。散じては春の容と作りて草木を吹く、衲僧箇箇頂門禿なり。驀箚に變怪する狂風暴雨あり、乃至大地に交袞てる雪漫漫たり。老梅樹、太だ無端なり、寒凍摩娑として鼻孔酸し)。
  いま開演ある老梅樹、それ太無端なり、忽開花す、自結果す。あるいは春をなし、あるいは冬をなす。あるいは狂風をなし、あるいは暴雨をなす。あるいは衲僧の頂門なり、あるいは古仏の眼睛なり。あるいは草木となれり、あるいは清香となれり。驀箚なる神變神怪きはむべからず。乃至大地高天、明日清月、これ老梅樹の樹功より樹功せり。葛藤の葛藤を結纏するなり。老梅樹の忽開花のとき、花開世界起なり。花開世界起の時節、すなはち春到なり。この時節に、開五葉の一花あり。この一花時、よく三花四花五花あり。百花千花万花億花あり。乃至無数花あり。これらの花開、みな老梅樹の一枝両枝無数枝の不可誇なり。優曇華優鉢羅花等、おなじく老梅樹花の一枝両枝なり。おほよそ一切の花開は、老梅樹の恩給なり。人中天上の老梅樹あり、老梅樹中に人間天堂を樹功せり。百千花を人天花と称ず。万億花は仏祖花なり。恁麼の時節を、諸仏出現於世と喚作するなり。祖師本来茲土と喚作するなり。

  先師古仏、上堂示衆云、瞿曇打失眼睛時、雪裏梅花只一枝。而今到処成荊棘、却笑春風繚亂吹(瞿曇眼睛を打失する時、雪裏の梅花只だ一枝なり。而今到処に荊棘を成す、却つて笑ふ春風の繚亂として吹くことを)。
  いまこの古仏の法輪を尽界の最極に転ずる、一切人天の得道の時節なり。乃至雲雨風水および草木昆蟲にいたるまでも、法益をかうむらずといふことなし。天地国土もこの法輪に転ぜられて活潑潑地なり。未曽聞の道をきくといふは、いまの道を聞著するをいふ。未曽有をうるといふは、いまの法を得著するを称ずるなり。おほよそおぼろげの福徳にあらずは、見聞すべからざる法輪なり。
  いま現在大宋国一百八十州の内外に、山寺あり、人里の寺あり、そのかず称計すべからず。そのなかに雲水おほし。しかあれども、先師古仏をみざるはおほく、みたるはすくなからん。いはんやことばを見聞するは少分なるべし。いはんや相見問訊のともがらおほからんや。いはんや堂奥をゆるさるる、いくばくにあらず。いかにいはんや先師の皮肉骨髄、眼睛面目を礼拝することを聽許せられんや。
  先師古仏たやすく僧家の討掛搭をゆるさず。よのつねにいはく、無道心慣頭、我箇裏不可也。すなはちおひいだす。出了いはく、不一本分人、要作甚麼。かくのごときの狗子は騷人なり、掛搭不得といふ。
  まさしくこれをみ、まのあたりこれをきく。ひそかにおもふらくは、かれらいかなる罪根ありてか、このくにの人なりといへども、共住をゆるされざる。われなにのさいはひありてか、遠方外国の種子なりといへども、掛搭をゆるさるるのみにあらず、ほしきままに堂奥に出入して尊儀を礼拝し、法道をきく。愚暗なりといへども、むなしかるべからざる結良縁なり。先師の宋朝を化せしとき、なほ参得人あり、参不得人ありき。先師古仏すでに宋朝をさりぬ、暗夜よりもくらからん。ゆゑはいかん。先師古仏より前後に、先師古仏のごとくなる古仏なきがゆゑにしかいふなり。
  しかあれば、いまこれを見聞せんときの晩学おもふべし、自余の諸方の人天も、いまのごとくの法輪を見聞すらん、参学すらんとおもふことなかれ。雪裏梅花は一現の曇花なり。ひごろはいくめぐりか我仏如来の正法眼睛を拝見しながら、いたづらに瞬目を蹉過して破顔せざる。而今すでに雪裏の梅花まさしく如来の眼睛なりと正伝し、承当す。これを拈じて頂門眼とし、眼中睛とす。さらに梅花裏に参到して梅花を究尽するに、さらに疑著すべき因縁いまだきたらず。これすでに天上天下唯我独尊の眼睛なり、法界中尊なり。
  しかあればすなはち、天上の天花、人間の天花、天雨曼陀羅華、摩訶曼陀羅花、曼殊沙花、摩訶曼殊沙花および十方無尽国土の諸花は、みな雪裏梅花の眷属なり。梅花の恩徳分をうけて花開せるがゆゑに、百億花は梅花の眷属なり、小梅花と称ずべし。乃至空花地花三昧花等、ともに梅花の大小の眷属群花なり。花裡に百億国をなす、国土に開花せる、みなこの梅花の恩分なり。梅花の恩分のほかは、さらに一恩の雨露あらざるなり。命脈みな梅花よりなれるなり。
ひとへに嵩山少林の雪漫漫地と参学することなかれ。如来の眼睛なり。頭上をてらし、脚下をてらす。ただ雪山雪宮のゆきと参学することなかれ、老瞿曇の正法眼睛なり。五眼の眼睛このところに究尽せり。千眼の眼睛この眼睛に圓成すべし。
  まことに老瞿曇の身心光明は、究尽せざる諸法実相の一微塵あるべからず。人天の見別ありとも、凡聖の情隔すとも、雪漫漫は大地なり、大地は雪漫漫なり。雪漫漫にあらざれば尽界に大地あらざるなり。この雪漫漫の表裏團欒、これ瞿曇老の眼睛なり。
  しるべし、花地悉無生なり、花無生なり。花無生なるゆゑに地無生なり。花地悉無生のゆゑに、眼睛無生なり。無生といふは無上菩提をいふ。正当恁麼時の見取は、梅花只一枝なり。正当恁麼時の道取は、雪裏梅花只一枝なり。地花生生なり。
  これをさらに雪漫漫といふは、全表裏雪漫漫なり。尽界は心地なり、尽界は花情なり。尽界花情なるゆゑに、尽界は梅花なり。尽界梅花なるがゆゑに、尽界は瞿曇の眼睛なり。而今の到処は、山河大地なり。到事到時、みな吾本来茲土、伝法救迷情、一花開五葉、結果自然成の到処現成なり。西来東漸ありといへども、梅花而今の到処なり。
  而今の現成かくのごとくなる、成荊棘といふ。大枝に舊枝新枝の而今あり、小條に舊條新條の到処あり。処は到に参学すべし、到は今に参学すべし。三四五六花裏は、無数花裏なり。花に裏功徳の深広なる具足せり、表功徳の高大なるを開闡せり。この表裏は、一花の花発なり。只一枝なるがゆゑに、異枝あらず、異種あらず。一枝の到処を而今と称ずる、瞿曇老漢なり。只一枝のゆゑに、附嘱嫡嫡なり。
  このゆゑに、吾有の正法眼蔵、附嘱摩訶迦葉なり。汝得は吾髄なり。かくのごとく到処の現成、ところとしても大尊貴生にあらずといふことなきがゆゑに、開五葉なり、五葉は梅花なり。このゆゑに、七仏祖あり。西天二十八祖、東土六祖、および十九祖あり。みな只一枝の開五葉なり、五葉の一枝なり。一枝を参究し、五葉を参究しきたれば、雪裏梅花の正伝附嘱相見なり。只一枝の語脈裏に転身転心しきたるに、雲月是同なり、谿山各別なり。
  しかあるを、かつて参学眼なきともがらいはく、五葉といふは、東地の五代と初祖とを一花として、五世をならべて、古今前後にあらざるがゆゑに五葉といふと。この言は、挙して勘破するにたらざるなり。これらは参仏参祖の皮袋にあらず、あはれむべきなり。五葉一花の道、いかでか五代のみならん。六祖よりのちは道取せざるか。小兒子の説話におよばざるなり。ゆめゆめ見聞すべからず。

  先師古仏、歳旦上堂曰、元正啓祚、万物咸新。伏惟大衆、梅開早春(元正祚を啓き、万物咸く新たなり。伏して惟れば大衆、梅、早春に開く)。
  しづかにおもひみれば、過現当来の老古錐、たとひ尽十方に脱体なりとも、いまだ梅開早春のみちあらずは、たれかなんぢを道尽箇といはん。ひとり先師古仏のみ古仏中の古仏なり。
  その宗旨は、梅開に帶せられて万春はやし。万春は梅裏一両の功徳なり。一春なほよく万物を咸新ならしむ、万法を元正ならしむ。啓祚は眼睛正なり。万物といふは、過現来のみにあらず、威音王以前乃至未来なり。無量無尽の過現来、ことごとく新なりといふがゆゑに、この新は新を脱落せり。このゆゑに伏惟大衆なり。伏惟大衆は恁麼なるがゆゑに。

  先師天童古仏、上堂示衆云、一言相契、万古不移。柳眼発新條、梅花滿舊枝(一言相契すれば万古不移なり。柳眼新條を発き、梅花舊枝に滿つ)。
  いはく百大劫の弁道は、終始ともに一言相契なり。一念頃の功夫は、前後おなじく万古不移なり。新條を繁茂ならしめて眼睛を発明する、新條なりといへども眼睛なり。眼睛の他にあらざる道理なりといへども、これを新條と参究す。新は万物咸新に参学すべし。梅花滿舊枝といふは、梅花全舊枝なり、通舊枝なり。舊枝是梅花なり。たとへば、花枝同條参、花枝同條生、花枝同條滿なり。花枝同條滿のゆゑに、吾有正法、附嘱迦葉なり。面面滿拈花、花花滿破顔なり。

  先師古仏、上堂示大衆云、楊柳粧腰帶、梅花絡臂鞲(先師古仏、上堂して大衆に示すに云く、楊柳腰帶を粧ひ、梅花臂鞲を絡く)。
  かの臂鞲は、蜀錦和璧にあらず、梅花開なり。梅華開は、随吾得汝なり。

  波斯匿王、請賓頭盧尊者斉次、王問、承聞、尊者親見仏来。是不(波斯匿王、賓頭盧尊者を請じて斉する次でに、王問ふ、承聞すらくは、尊者親り仏を見来ると。是なりや不や)。
  尊者以手策起眉毛示之(尊者、手を以て眉毛を策起して之を示す)。
先師古仏頌云(先師古仏頌して云く)、
策起眉毛答問端、
親曽見仏不相瞞。
至今應供四天下、
春在梅梢帶雲寒。
(眉毛を策起して問端に答ふ、親曽の見仏相瞞ぜず。今に至るまで四天下に應供す、春梅梢に在りて雲を帶して寒し。)
  この因縁は、波斯匿王ちなみに尊者の見仏未見仏を問取するなり。見仏といふは作仏なり。作仏といふは策起眉毛なり。尊者もしただ阿羅漢果を証すとも、真阿羅漢にあらずは見仏すべからず。見仏にあらずは作仏すべからず。作仏にあらずは策起眉毛仏不得ならん。
  しかあればしるべし、釈迦牟尼仏の面授の弟子として、すでに四果を証して後仏の出世をまつ、尊者いかでか釈迦牟尼仏をみざらん。この見釈迦牟尼仏は見仏にあらず。釈迦牟尼仏のごとく見釈迦牟尼仏なるを見仏と参学しきたれり。波斯匿王この参学眼を得開せるところに、策起眉毛の好手にあふなり。親曽見仏の道旨、しづかに参学眼あるべし。この春は人間にあらず、仏国にかぎらず、梅梢にあり。なにとしてかしかるとしる、雪寒の眉毛策なり。

  先師古仏云、本来面目無生死、春在梅花入畫図(本来の面目生死無し、春は梅花に在って畫図に入る)。
  春を畫図するに、楊梅桃李を畫すべからず。まさに春を畫すべし。楊梅桃李を畫するは楊梅桃李を畫するなり、いまだ春を畫せるにあらず。春は畫せざるべきにあらず。しかあれども、先師古仏のほかは、西天東地のあひだ、春を畫せる人はいまだあらず。ひとり先師古仏のみ、春を畫する尖筆頭なり。
  いはゆるいまの春は畫図の春なり、入畫図のゆゑに。これ余外の力量をとぶらはず、ただ梅花をして春をつかはしむるゆゑに、畫にいれ、木にいるるなり。善巧方便なり。
先師古仏、正法眼蔵あきらかなるによりて、この正法眼蔵を過去現在未来の十方に聚会する仏祖に正伝す。このゆゑに眼睛を究徹し、梅花を開明せり。

正法眼蔵第五十三

爾時日本国寛元元年癸卯十一月六日在越州吉田縣吉嶺寺深雪参尺大地漫漫

  もしおのづから自魔きたりて、梅花は瞿曇の眼睛ならずとおぼえば、思量すべし、このほかに何法の梅花よりも眼睛なりぬべきを挙しきたらんにか、眼睛とみん。そのときもこれよりほかに眼睛をもとめば、いづれのときも対面不相識なるべし、相逢未拈出なるべきがゆゑに。今日はわたくしの今日にあらず、大家の今日なり。直に梅花眼睛を開明なるべし、さらにもとむることやみね。 先師古仏云、
明明歴歴、
梅花影裏休相覓。
為雨為雲自古今、
古今寥寥有何極。
(明明歴歴たり、梅花の影裏に相覓むること休みね。雨を為し雲を為すこと古今よりす、古今寥寥たり何の極まりか有らん。)
  しかあればすなはち、くもをなしあめをなすは、梅花の云為なり。行雲行雨は梅花の千曲万重色なり、千功徳なり。自古今は梅花なり。梅花を古今と称ずるなり。
古来、法演禅師いはく、
朔風和雪振谿林、
万物濳蔵恨不深。
唯有嶺梅多意氣、
臘前吐出歳寒心。
(朔風雪に和して谿林に振ひ、万物濳し蔵るること恨み深からず。唯嶺の梅のみ有りて意氣多し、臘前に吐出す歳寒の心。)
  しかあれば、梅花の消息を通ぜざるほかは、歳寒心をしりがたし。梅花小許の功徳を朔風に和合して雪となせり。はかりしりぬ、風をひき雪をなし、歳を序あらしめ、および溪林万物をあらしむる、みな梅花力なり。
太原孚上座、頌悟道云(悟道を頌するに云く)、
憶昔当初未悟時、
一声畫角一声悲。
如今枕上無閑夢、
一任梅花大小吹。
(憶昔る当初未悟の時、一声の畫角一声悲なり。如今枕の上に閑なる夢なし、一任す梅花大小に吹くことを。)
  孚上座はもと講者なり。夾山の典座に開発せられて大悟せり。これ梅花の春風を大小吹せしむるなり。

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:11
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正 法 眼 蔵    仏祖ぶっそ  第五十二
仏祖

宗礼
仏祖の現成は、仏祖を挙拈して奉覲するなり。過現当来のみにあらず、仏向上よりも向上なるべし。まさに仏祖の面目を保任せるを拈じて、礼拝し相見す。仏祖の功徳を現挙せしめて住持しきたり、体証しきたれり。
毘婆尸仏大和尚 此云広説
尸棄仏大和尚 此云火
毘舍浮仏大和尚 此云一切慈
拘留孫仏大和尚 此云金仙人
拘那含牟尼仏大和尚 此云金色仙
迦葉仏大和尚 此云飲光
釈迦牟尼仏大和尚 此云能忍寂黙
摩訶迦葉大和尚
阿難陀大和尚
商那和修大和尚
優婆毱多大和尚
提多迦大和尚
彌遮迦大和尚
婆須蜜多大和尚
仏陀難提大和尚
伏駄蜜多大和尚
婆栗濕縛大和尚
富那夜奢大和尚
馬鳴大和尚
迦毘摩羅大和尚
那伽閼刺樹那大和尚 又龍樹、又龍勝、又龍猛
伽那提婆大和尚
羅睺羅多大和尚
僧伽難提大和尚
伽耶舍多大和尚
鳩摩羅多大和尚
闍夜多大和尚
婆修盤頭大和尚
摩拏羅大和尚
鶴勒那大和尚
獅子大和尚
婆舍斯多大和尚
不如蜜多大和尚
般若多羅大和尚
菩提達磨大和尚
慧可大和尚
僧璨大和尚
道信大和尚
弘忍大和尚
慧能大和尚
行思大和尚
希遷大和尚
惟儼大和尚
曇晟大和尚
良价大和尚
道膺大和尚
道丕大和尚
観志大和尚
縁観大和尚
警玄大和尚
義青大和尚
道楷大和尚
子淳大和尚
清了大和尚
宗珏大和尚
智鑑大和尚
如浄大和尚[東地廿参代]
道元 大宋国宝慶元年乙酉夏安居時、先師天童古仏大和尚に参侍して、この仏祖を礼拝頂戴することを究尽せり。唯仏与仏なり。

正法眼蔵第五十二 仏祖

爾時仁治二年辛丑正月参日書于日本国雍州宇治縣観音導利興聖宝林寺而示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:11
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 正 法 眼 蔵    面授めんじゅ  第五十一
面授

爾時釈迦牟尼仏、西天竺国霊山会上、百万衆中、拈優曇花瞬目。於時摩訶迦葉尊者、破顔微笑。
(爾の時に釈迦牟尼仏、西天竺国霊山会上、百万衆の中にして、優曇花を拈じて瞬目したまふ。時に摩訶迦葉尊者、破顔微笑せり)。
釈迦牟尼仏言、吾有正法眼蔵涅槃妙心、附属摩訶迦葉
(釈迦牟尼仏言はく、吾有の正法眼蔵涅槃妙心、摩訶迦葉に附属す)。
 これすなはち、仏仏祖祖、面授正法眼蔵の道理なり。七仏の正伝して迦葉尊者にいたる、迦葉尊者より二十八授して菩提達磨尊者にいたる、菩提達磨尊者、みづから震旦国に降儀して、正宗太祖普覚大師慧可尊者に面授す。五伝して曹谿山大鑑慧能大師にいたる。一十七授して先師大宋国慶元府太白名山天童古仏にいたる。
 大宋宝慶元年乙酉五月一日、道元はじめて先師天童古仏を妙高台に焼香礼拝す。先師古仏はじめて道元をみる。そのとき道元に指授面授するにいはく、
 仏仏祖祖、面授の法門現成せり。これすなはち霊山の拈花なり、嵩山の得髄なり。黄梅の伝衣なり、洞山の面授なり。これは仏祖の眼蔵面授なり。吾屋裡のみあり、余人は夢也未見聞在なり。
この面授の道理は、釈迦牟尼仏まのあたり迦葉仏の会下にして面授し護持しきたれるがゆゑに、仏祖面なり。仏面より面授せざれば諸仏にあらざるなり。釈迦牟尼仏まのあたり迦葉尊者をみること親附なり。阿難羅睺羅といへども迦葉の親附におよばず、諸大菩薩といへども迦葉の親附におよばず、迦葉尊者の座に坐することえず。世尊と迦葉と、同座し同衣しきたるを、一代の仏儀とせり。迦葉尊者したしく世尊の面授を面授せり。心授せり、身授せり、眼授せり。釈迦牟尼仏を供養恭敬、礼拝奉覲したてまつれり。その粉骨碎身、いく千万変といふことをしらず。自己の面目は面目にあらず、如来の面目を面授せり。
 釈迦牟尼仏まさしく迦葉尊者をみまします。迦葉尊者まのあたり阿難尊者をみる。阿難尊者まのあたり迦葉尊者の仏面を礼拝す。これ面授なり。阿難尊者この面授を住持して、商那和修を接して面授す。商那和修尊者まさしく阿難尊者を奉覲するに、唯面与面、面授し面受す。かくのごとく代代嫡嫡の祖師、ともに弟子は師にみえ、師は弟子をみるによりて面授しきたれり。一祖一師一弟としても、あひ面授せざるは仏仏祖祖にあらず。たとへば、水を朝宗せしめて宗派を長ぜしめ、灯を続して光明つねならしむるに、億千万法するにも、本枝一如なるなり。また啐啄の迅機なるなり。

 しかあればすなはち、まのあたり釈迦牟尼仏をまぼりたてまつりて一期の日夜をつめり。仏面に照臨せられたてまつりて一代の日夜をつめり。これいく無量を往来せりとしらず。しづかにおもひやりて随喜すべきなり。
 釈迦牟尼仏の仏面を礼拝したてまつり、釈迦牟尼仏の仏眼をわがまなこにうつしたてまつり、わがまなこを仏眼にうつしたてまつりし仏眼睛なり、仏面目なり。これをあひつたへていまにいたるまで、一世も間断せず面授しきたれるはこの面授なり。而今の数十代の嫡嫡は、面面なる仏面なり。本初の仏面に面受なり。この正伝面授を礼拝する、まさしく七仏釈迦牟尼仏を礼拝したてまつるなり。迦葉尊者等の二十八仏祖を礼拝供養したてまつるなり。
 仏祖の面目眼睛かくのごとし。この仏祖にまみゆるは、釈迦牟尼仏等の七仏にみえたてまつるなり。仏祖したしく自己を面授する正当恁麼時なり。面授仏の面授仏に面授するなり。葛藤をもて葛藤に面授してさらに断絶せず。眼を開して眼に眼授し、眼受す。面をあらはして面に面授し、面受す。面授は面処の受授なり。心を拈じて心に心授し、心受す。身を現じて身を身授するなり。他方他国もこれを本祖とせり。震旦国以東、ただこの仏正伝の屋裏のみ面授面受あり。あらたに如来をみたてまつる正眼をあひつたへきたれり。
 釈迦牟尼仏面を礼拝するとき、五十一世ならびに七仏祖宗、ならべるにあらず、つらなるにあらざれども、倶時の面授あり。一世も師をみざれば弟子にあらず、弟子をみざれば師にあらず。さだまりてあひみ、あひみえて、面授しきたれり。嗣法しきたれるは、祖宗の面授処道現成なり。このゆゑに、如来の面光を直拈しきたれるなり。
 しかあればすなはち、千年万年、百劫億劫といへども、この面授これ釈迦牟尼仏の面現成授なり。この仏祖現成せるには、世尊、迦葉、五十一世、七代祖宗の影現成なり、光現成なり。身現成なり、心現成なり。尖脚来なり、尖鼻来なり。一言いまだ領覽せず、半句いまだ不会せずといふとも、師すでに裏頭より弟子をみ、弟子すでに頂額より師を拝しきたれるは、正伝の面授なり。
 かくのごとくの面授を尊重すべきなり。わづかに心跡を心田にあらはせるがごとくならん、かならずしも太尊貴生なるべからず。換面に面授し、廻頭に面授あらんは、面皮厚参寸なるべし、面皮薄一丈なるべし。すなはちの面皮、それ諸仏大圓鏡なるべし。大圓鑑を面皮とせるがゆゑに、内外無瑕翳なり。大圓鑑の大圓鑑を面授しきたれるなり。
 まのあたり釈迦牟尼仏をみたてまつる正法を正伝しきたれるは、釈迦牟尼仏よりも親曽なり。眼尖より前後参参の釈迦牟尼仏を見出現せしむるなり。かるがゆゑに、釈迦牟尼仏をおもくしたてまつり、釈迦牟尼仏を戀慕したてまつらんは、この面授正伝をおもくし尊崇し、難値難遇の敬重礼拝すべし。すなはち如来を礼拝したてまつるなり。如来に面授せられたてまつるなり。あらたに面授如来の正伝参学の宛然なるを拝見するは、自己なりとおもひきたりつる自己なりとも、他己なりとも、愛惜すべきなり、護持すべきなり。

 屋裏に正伝しいはく、八塔を礼拝するものは罪障解脱し、道果感得す。これ釈迦牟尼仏の道現成処を生処に建立し、転法輪処に建立し、成道処に建立し、涅槃処に建立し、曲女城辺にのこり、菴羅衛林にのこれる、大地を成じ、大空を成ぜり。乃至声香味触法色処等に塔成せるを礼拝するによりて、道果現感す。この八塔を礼拝するを、西天竺国のあまねき勤修として、在家出家、天衆人衆、きほうて礼拝供養するなり。これすなはち一卷の経典なり。仏経はかくのごとし。いはんやまた、参十七品の法を修行して、道果を箇箇生生に成就するは、釈迦牟尼仏の亙古亙今の修行修治の蹤跡を、処処の古路に流布せしめて、古今に歴然せるがゆゑに成道す。
 しるべし、かの八塔の層層なる、霜華いくばくかあらたまる。風雨しばしばをかさんとすれど、空にあとせり、色にあとせるその功徳を、いまの人にをしまざること減少せず。かの根力覚道、いま修行せんとするに、煩惱あり、惑障ありといへども、修証するに、そのちからなほいまあらたなり。
 釈迦牟尼仏の功徳、それかくのごとし。いはんやいまの面授は、かれらに比準すべからず。かの参十七品菩提分法は、かの仏面仏心、仏身仏道、仏光仏舌等を根元とせり。かの八塔の功徳聚、また仏面等を本基とせり。いま学仏法の漢として、透脱の活路に行履せんに、氏静の昼夜、つらつら思量功夫すべし、歡喜随喜すべきなり。
 いはゆるわがくには他国よりもすぐれ、わが道はひとり無上なり。他方にはわれらがごとくならざるともがらおほかり。わがくに、わが道の無上独尊なるといふは、霊山の衆会、あまねく十方に化導すといへども、少林の正嫡まさしく震旦の教主なり。曹谿の兒孫、いまに面授せり。このとき、これ仏法あらたに入泥入水の好時節なり。このとき証果せずは、いづれのときか証果せん。このとき断惑せずは、いづれのときか断惑せん。このとき作仏ならざらんは、いづれのときか作仏ならん。このとき坐仏ならざらんは、いづれのときか行仏ならん。審細の功夫なるべし。

 釈迦牟尼仏かたじけなく迦葉尊者に附属面授するにいはく、吾有正法眼蔵、附属摩訶迦葉とあり。
 嵩山会上には、菩提達磨尊者まさしく二祖にしめしていはく、汝得吾髄。
 はかりしりぬ、正法眼蔵を面授し、汝得吾髄の面授なるは、ただこの面授のみなり。この正当恁麼時、なんぢがひごろの骨髄を透脱するとき、仏祖面授あり。大悟を面授し、心印を面授するも、一隅の特地なり。伝尽にあらずといへども、いまだ欠悟の道理を参究せず。
 おほよそ仏祖大道は、唯面授面受、受面授面のみなり。さらに剩法あらず、虧闕あらず。この面授のあふにあへる自己の面目をも、随喜歡喜、信受奉行すべきなり。
 道元、大宋宝慶元年乙酉五月一日、はじめて先師天童古仏を礼拝面授す。やや堂奥を聴許せらる。わづかに身心を脱落するに、面授を保任することありて、日本国に本来せり。

正法眼蔵第五十一

爾時寛元元年癸卯十月二十日在越宇吉田縣吉峰精舍示衆

 仏道の面授かくのごとくなる道理をかつて見聞せず、参学なきともがらあるなかに、大宋国仁宗皇帝の御宇、景祐年中に薦福寺の承古禅師といふものあり。
上堂云、雲門匡真大師、如今現在、諸人還見麼。若也見得、便是山僧同参。見麼見麼。此事直須諦当始得、不可自謾(雲門匡真大師、如今現在せり、諸人還た見麼。若し也た見得ならば便ち是れ山僧と同参ならん。見麼、見麼。此の事直に須らく諦当にして始得ならん、自ら謾ずべからず)。
且如往古黄檗、聞百丈和尚挙馬大師下喝因縁、他因大省(且く往古の黄檗の如き、百丈和尚の馬大師下喝の因縁を挙するを聞いて、他因みに大省せり)。
百丈問、子向後莫嗣大師否(子向後大師に嗣すること莫しや否や)。
黄檗云、某雖識大師、要且不見大師。若承嗣大師、恐喪我兒孫(某大師を識ると雖も、要且不見大師。若し大師に承嗣せば、恐らくは我が兒孫を喪せん)。
大衆、当時馬大師遷化、未得五年。黄檗自言不見、当知、黄檗見所不圓。要且祗具一隻眼。山僧即不然、識得雲門大師、亦見得雲門大師。方可雲門承嗣大師。祗如雲門、入滅已得一百余年。如今作麼生説箇親見底道理。会麼。通人達士、方可証明。眇劣之徒、心生疑謗、見得不在言之、未見者、如今看取不。請久立珍重(大衆、当時馬大師遷化して未得五年なり。黄檗自ら不見と言ふ。
 当に知るべし、黄檗の見所不圓なり。要且祗一隻眼を具せり。山僧は即ち然らず。雲門大師を識得し、亦雲門大師を見得せり。方に雲門大師を承嗣すべし。祗雲門の如きは、入滅して已得一百余年なり。如今作麼生か箇の親見底の道理を説かん。会麼。通人達士にして方に証明すべし。眇劣の徒らは心に疑謗を生ず。見得は之を言ふこと在らず。未見の者、如今看取すや不や。請すらくは久立珍重)。
いまなんぢ雲門大師をしり、雲門大師をみることをたとひゆるすとも、雲門大師まのあたりなんぢをみるやいまだしや。雲門大師なんぢをみずは、なんぢ承嗣雲門大師不得ならん。雲門大師いまだなんぢをゆるさざるがゆゑに、なんぢもまた雲門大師われをみるといはず。しりぬ、なんぢ雲門大師といまだ相見せざりといふことを。
 七仏諸仏の過去現在未来に、いづれの仏祖か師資相見せざるに嗣法せる。なんぢ黄檗を見処不圓といふことなかれ。なんぢいかでか黄檗の行履をはからん。黄檗の言句をはからん。黄檗は古仏なり、嗣法に究参なり。なんぢは嗣法の道理かつて夢也未見聞参学在なり。黄檗は師に嗣法せり、祖を保任せり。黄檗は師にまみえ、師をみる。なんぢはすべて師をみず、祖をしらず。自己をしらず、自己をみず。なんぢをみる師なし、なんぢ師眼いまだ参開せず。真箇なんぢ見処不圓なり、嗣法未圓なり。
 なんぢしるやいなや。雲門大師はこれ黄檗の法孫なることを。なんぢいかでか百丈黄檗の道処を測量せん。雲門大師の道処、なんぢなほ測量すべからず。百丈黄檗の道処は、参学のちからあるもの、これを拈挙するなり。直指の落処あるもの、測量すべし。なんぢは参学なし、落処なし。しるべからず、はかるべからざるなり。
 馬大師遷化未得五年なるに、馬大師に嗣法せずといふ、まことにわらふにもたらず。たとひ嗣法すべくは、無量劫ののちなりとも嗣法すべし。嗣法すべからざらんは、半日なりとも須臾なりとも、嗣法すべからず。なんぢすべて仏道の日面月面をみざる、暗者愚蒙なり。
 雲門大師入滅已得一百余年なれども雲門に承嗣すといふ、なんぢにゆゆしきちからありて雲門に承嗣するか。参歳の孩兒よりはかなし。一千年ののち雲門に嗣法せんものは、なんぢに十倍せるちからあらん。われいまなんぢをすくふ、いばらく話頭を参学すべし。
 百丈の道取する、子向後莫承嗣大師否の道取は、馬大師に嗣法せよといふにはあらぬなり。しばらくなんぢ師子奮迅話を参学すべし、烏亀倒上樹話を参学して、進歩退歩の活路を参学すべし。嗣法に恁麼の参学力あるなり。黄檗のいふ恐喪我兒孫のことば、すべてなんぢはかるべからず。我の道取および兒孫の人、これたれなりとかしれる。審細に参学すべし。かくれずあらはして道現成せり。
 しかあるを、仏国禅師惟白といふ、仏祖の嗣法にくらきによりて、承古を雲門の法嗣に排列せり、あやまりなるべし。晩進しらずして、承古も参学あらんとおもふことなかれ。
 なんぢがごとく文字によりて嗣法すべくは、経書をみて発明するものはみな釈迦牟尼仏に嗣法するか、さらにしかあらざるなり。経書によれる発明、かならず正師の印可をもとむるなり。
なんぢ承古がいふごとくには、なんぢ雲門の語録なほいまだみざるなり。雲門の語をみしともがらのみ雲門には嗣法せり。なんぢ自己眼をもていまだ雲門をみず、自己眼をもて自己をみず、雲門眼をもて雲門をみず、雲門眼をもて自己をみず。かくのごとくの未参究おほし。さらに草鞋を買来買去して、正師をもとめて嗣法すべし。なんぢ雲門大師に嗣すといふことなかれ。もしかくのごとくいはば、すなはち外道の流類なるべし。たとひ百丈なりとも、なんぢがいふがごとくいはば、おほきなるあやまりなるべし。

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:10
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 正 法 眼 蔵    洗面せんめん  第五十  
洗面

 法華経云、以油塗身、澡浴塵穢、著新浄衣、内外倶浄(油を以て身に塗り、塵穢を澡浴し、新浄の衣を著し、内外倶に浄らかなり)。
 いはゆるこの法は、如来まさに法華会上にして、四安楽行の行人のためにときましますところなり。余会の説にひとしからず、余経におなじかるべからず。しかあれば、身心を澡浴して香油をぬり、塵穢をのぞくは第一の仏法なり。新浄の衣を著する、ひとつの浄法なり。塵穢を澡浴し、香油を身に塗するに、内外倶浄なるべし。内外倶浄とき、依報正報、清浄なり。
 しかあるに、仏法をきかず、仏道を参せざる愚人いはく、澡浴はわづかにみのはだへをすすぐといへども、身内に五臟六腑あり。かれらを一一に澡浴せざらんは、清浄なるべからず。しかあれば、あながちに身表を澡浴すべからず。かくのごとくいふともがらは、仏法いまだしらず、きかず、いまだ正師にあはず、仏祖の兒孫にあはざるなり。
 しばらくかくのごとくの邪見のともがらのことばをなげすてて、仏祖の正法を参学すべし。いはゆる諸法の辺際いまだ決断せず、諸大の内外また不可得なり。かるがゆゑに、身心の内外また不可得なり。しかあれども、最後身の菩薩、すでにいまし道場に坐し、成道せんとするとき、まづ袈裟を洗浣し、つぎに身心を澡浴す。これ三世十方の諸仏の威儀なり。最後身の菩薩と余類と、諸事みなおなじからず。その功徳智慧、身心断厳、みな最尊最上なり。
 澡浴洗浣の法もまたかくのごとくなるべし。いはんや諸人の身心、その辺際、ときにしたがうてことなることあり。いはゆる一坐のとき、参千界みな坐断せらるる。このときかくのごとくなりといへども、自他の測量にあらず、仏法の功徳なり。その身心量また五尺六尺にあらず。五尺六尺はさだまれる五尺六尺にあらざるゆゑなり。所在も、此界他界、尽界無尽界等の有辺無辺にあらず。遮裏是什麼所在、説細説麁のゆゑに。心量また思量分別のよくしるべきにあらず、不思量不分別のよくきはむべきにあらず。身心量かくのごとくなるがゆゑに、澡浴量もかくのごとし。この量を拈得して修証する、これ仏仏祖祖の護念するところなり。計我をさきとすべからず、計我を実とすべからず。しかあればすなはち、かくのごとく澡浴し、浣洗するに、身量心量を究尽して清浄ならしむるなり。たとひ四大なりとも、たとひ五蘊なりとも、たとひ不壞性なりとも、澡浴するみな清浄なることをうるなり。
 これすなはちただ水をきたしすすぎてのち、そのあとは清浄なるとのみしるべきにあらず。水なにとして本浄ならん、本不浄ならん。本浄本不浄なりとも、来著のところをして浄不浄ならしむといはず。ただ仏祖の修証を保任するとき、用水洗浣、以水澡浴等の仏法つたはれり。
 これによりて修証するに、浄を超越し、不浄を透脱し、非浄非不浄を脱落するなり。 しかあればすなはち、いまだ染汚せざれども澡浴し、すでに大清浄なるにも澡浴する法は、ひとり仏祖道のみに保任せり、外道のしるところにあらず。もし愚人のいふがごとくならば、五臟六腑を細塵に抹して即空ならしめて、大海水をつくしてあらふとも、塵中なほあらはずは、いかでか清浄ならん。空中をあらはずは、いかでか内外の清浄を成就せん。
 愚夫また空を澡浴する法、いまだしらざるべし。空を拈来して空を澡浴し、空を拈来して身心を澡浴す。澡浴を如法に信受するもの、仏祖の修証を保任すべし。 いはゆる仏仏祖祖、嫡嫡正伝する正法には、澡浴をもちゐるに、身心内外、五臟六腑、依正二報、法界虚空の内外中間、たちまちに清浄なり。香花をもちゐてきよむるとき、過去、現在、未来、因縁行業、たちまちに清浄なり。

 仏言、参沐参禅、身心清浄。
 しかあれば、身をきよめ心をきよむる法は、かならず一沐しては一禅し、かくのごとくあひつらなれて、参沐参禅して、礼仏し転経し、坐禅し経行するなり。経行をはりてさらに端坐坐禅せんとするには、かならず洗足するといふ。足けがれ触せるにあらざれども、仏祖の法、それかくのごとし。
 それ参沐参禅すといふは、一沐とは一沐浴なり、通身みな沐浴す。しかうしてのち、つねのごとくして衣裳を著してのち、小爐に名香をたきにて、ふところのうちおよび袈裟坐処等に禅ずるなり。しかうしてのちまた沐浴してまた禅ず。かくのごとく参番するなり。これ如法の儀なり。このとき、六根六塵あらたにきたらざれども、清浄の功徳ありて現前す。うたがふべきにあらず。参毒四倒いまだのぞこほらざれども、清浄の功徳たちまちに現前するは仏法なり。たれか凡慮をもて測度せん、なにびとか凡眼をもて覰見せん。 たとへば、沈香をあらひきよむるとき、片片にをりてあらふべからず。塵塵に抹してあらふべからず。ただ挙体をあらひて清浄をうるなり。仏法にかならず浣洗の法さだまれり。あるいは身をあらひ心をあらひ、足をあらひ面をあらひ、目をあらひくちをあらひ、大小二行をあらひ、手をあらひ、鉢盂をあらひ、袈裟をあらひ、頭をあらふ。これらみな参世の諸仏諸祖の正法なり。
 仏法僧を供養したてまつらんとするには、もろもろの香をとりきたりては、まづみづからが両手をあらひ、嗽口洗面して、きよきころもを著し、きよき盤に浄水をうけて、この香をあらひきよめて、しかうしてのちに仏法僧の境界には供養したてまつるなり。ねがはくは摩黎山の栴檀香を、阿那婆達池の八功徳水にてあらひて、参宝に供養したてまつらんことを。

 洗面は西天竺国よりつたはれて、東震旦国に流布せり。諸部の律にあきらかなりといふとも、なほ仏祖の伝持、これ正嫡なるべし。数百歳の仏仏祖祖おこなひきたれるのみにあらず、億千万劫の前後に流通せり。ただ垢膩をのぞくのみにあらず、仏祖の命脈なり。
 いはく、もしおもてをあらはざれば、礼をうけ他を礼する、ともに罪あり。自礼礼他、能礼所礼、性空寂なり、性脱落なり。かるがゆゑに、かならず洗面すべし。
 洗面の時節、あるいは五更、あるいは昧旦、その時節なり。先師の天童に住せしときは、参更の参點を、その時節とせり。裙褊衫を著し、あるいは直直綴を著して、手巾をたづさへて洗面架におもむく。 手巾は一幅の布、ながさ一丈二尺なり。そのいろ、しろかるべからず、しろきは制す。
 三千威儀経に云、当用手巾有五事(当に手巾を用ゐるに五事有るべし)。
 一者当拭上下頭(一つには当に上下の頭にて拭ふべし)。
 二者当用一頭拭手、以一頭拭面(二つには当に一の頭を用ては手を拭ふべし、一の頭を以ては面を拭ふべし)。
 三者不得持拭鼻(三つには持つて鼻を拭ふことを得ざれ)。
 四者以用拭膩汚当即浣之(四つには以用つて膩を拭ひ、汚れば当に即ち之を浣ふべし)。
 五者不得拭身体、若澡浴各当自有巾(五つには身体を拭ふことを得ざれ。澡浴の若きは、おのおの当に自ら巾有るべし)。
 まさに手巾を持せんに、かくのごとく護持すべし。手巾をふたつにをりて、左のひぢにあたりて、そのうへにかく。手巾は半分はおもてをのごひ、半分にては手をのごふ。はなをのごふべからずとは、はなのうち、および鼻涕をのごはず。わきせなかはらへそももはぎを、手巾をしてのごふべからず。垢膩にけがれたらんに、洗浣すべし。ぬれしめれらんは、火に烘じ、日にほしてかわかすべし。手巾をもて沐浴のときもちゐるべからず。 雲堂の洗面処は後架なり。後架は照堂の西なり、その屋図つたはれり。庵内および単寮は、便宜のところにかまふ。住持人は方丈にて洗面す。耆年老宿居処に、便宜に洗面架をおけり。住持人もし雲堂に宿するときは、後架にして洗面すべし。
 洗面架にいたりて、手巾の中分をうなじにかく。ふたつのはしを左右のかたよりまへにひきこして、左右の手にて、左右のわきより手巾の左右のはしをうしろへいだして、うしろにておのおのひきちがへて、左のはしは右へきたし、右のはしは左にきたして、むねのまへにあたりてむすぶなり。かくのごとくすれば、褊衫のくびは手巾におほはれ、両袖は手巾にゆひあげられて、ひぢよりかみにあがりぬるなり。ひぢよりしも、うでたなごころ、あらはなり。たとへば、たすきかけたらんがごとし。そののち、もし後架ならば、面桶をとりて、かまのほとりにいたりて、一桶の湯をとりて、かへりて洗面架のうへにおく。もし余処にては、打湯桶の湯を面桶にいる。
 つぎに楊枝をつかふべし。今大宋国諸山には、嚼楊枝の法、ひさしくすたれてつたはれざれば、嚼楊枝のところなしといへども、今吉祥山永平寺、嚼楊枝のところあり。すなはち今案なり。これによれば、まづ嚼楊枝すべし。楊枝を右手にとりて、呪願すべし。
 華厳経浄行品云、手執楊枝、当願衆生、心得正法、自然清浄(手に楊枝を執りては当に願ふべし、衆生、心に正法を得、自然に清浄ならんことを)。
 この文を誦しをはりて、さらに楊枝をかまんとするに、すなはち誦すべし。
 晨嚼楊枝、当願衆生、得調伏牙、噬諸煩惱(晨に楊枝を嚼まんには当に願ふべし、衆生、調伏の牙を得て、諸の煩惱を噬まんことを)。
 この文を誦しをはりて、また嚼楊枝すべし。楊枝のながさ、あるいは四指、あるいは八指、あるいは十二指、あるいは十六指なり。
 摩訶僧祇律第参十四云、歯木應量用。極長十六指、極短四指(歯木は量に應じて用ゐるべし。極長は十六指、極短は四指なり)。
 しるべし、四指よりもみぢかくすべからず。十六指よりもながきは量に應ぜず。ふとさは手小指大なり。しかありといへども、それよりもほそき、さまたげなし。そのかたち、手小指形なり。一端はふとく、一端ほそし。ふときはしを、微細にかむなり。
 参千威儀経云、嚼頭不得過参分(嚼頭は参分に過ぐることを得ざれ)。
 よくかみて、はのうへ、はのうら、みがくがごとくとぎあらふべし。たびたびとぎみがき、あらひすすぐべし。はのもとのししのうへ、よくみがきあらふべし。はのあひだ、よくかきそろへ、きよくあらふべし。嗽口たびたびすれば、すすぎきよめらる。しかうしてのち、したをこそぐべし。
 三千威儀経云、刮舌有五事(刮舌に五事有り)、
 一者不得過参返(一つには参返に過ぐることを得ざれ)。
 二者舌上血出当止(二つには舌上血出でば当に止むべし)。
 三者不得大振手、汚僧伽梨衣若足(三つには大きに手を振りて、僧伽梨衣若しくは足を汚すことを得ざれ)。
 四者棄楊枝莫当人道(四つには楊枝を棄てんには、人の道に当ること莫れ)。
 五者常当屏処(五つには常に屏処に当りてすべし)。
 いはゆる刮舌参返といふは、水を口にふくみて舌をこそげこそげすること、参返するなり。参刮にはあらず。血いでばまさにやむべしといふにこころうべし。
 よくよく刮舌すべしといふことは、
 三千威儀経云、浄口者、嚼楊枝、漱口、刮舌。
 しかあれば、楊枝は仏祖ならびに仏祖兒孫の護持しきたれるところなり。

 仏在王舍城竹園之中、与千二百五十比丘倶。臘月一日、波斯匿王是日設食。清晨躬手授仏楊枝。仏受嚼竟、擲残著地便生、蓊鬱而起。根茎湧出、高五百由旬。枝葉雲布。周匝亦爾。漸復生花、大如車輪。遂復有菓、大如五斗瓶。根茎枝葉、純是七宝。若干種色、映て殊麗妙。随色発光、掩蔽日月。食其菓、菓者美喩甘露。甘露香氣四塞。聞者情絓。香風来吹、更相撑角、枝葉皆出和雅之音、暢演法要、聞者無厭。一切人民、覩茲樹変、敬信之心、倍益純厚。仏乃説法、應適其意、心皆開解。志求仏者、得果生天、数甚衆多(仏王舍城の竹園の中に在して、千二百五十の比丘と倶なりき。臘月一日、波斯匿王是の日設食す。清晨に躬ら手づから仏に楊枝を授けたてまつる。仏受けて嚼み竟りて、残りを擲げて地に著くるに便ち生じ、蓊鬱として起つ。根茎湧出して高さ五百由旬なり。枝葉雲布せり。周匝も亦爾なり。漸くまた生花、大きさ車輪の如し。遂にまた菓有り、大きさ五斗瓶の如くなり。根茎枝葉、純ら是れ七宝なり。若干種の色、映殊麗妙なり。色に随つて光を発し、日月を掩蔽せり。その菓を食するに、菓美きこと甘露の喩し。甘露の香氣四に塞てり。聞く者情絓す。香風来吹し、更に相撑角に、枝葉より皆和雅の音を出して、法要を暢演す、聞くもの無厭なり。一切人民、茲樹の変を覩るに、敬信の心、倍益純厚なり。仏乃ち説法したまふに、其の意に應適して、心皆な開解す。仏を志求するものあり、得果生天するものあり、数甚だ衆多なり)。
 仏および衆僧を供養する法は、かならず晨旦に楊枝をたてまつるなり。そののち種種の供養をまうく。ほとけに楊枝をたてまつれることおほく、ほとけ楊枝をもちゐさせたまふことおほけれども、しばらくこの波斯匿王みづからてづから供養しまします因縁ならびにこの高樹の因縁、しるべきゆゑに挙するなり。
 またこの日すなはち外道六師、ともにほとけに降伏せられたてまつりて、おどろきおそりてにげはしる。つひに六師ともに投河而死(河に投じて死す)。 六師徒類九億人、皆来師仏求為弟子。仏言善来比丘、鬚髪自落、法衣在身、皆成沙門。仏為説法、示其法要、漏尽結解、悉得羅漢(六師の徒類九億人、皆な来りて仏を師として弟子と為らんことを求む。仏善来比丘と言ふに、鬚髪自落し、法衣在身なり、皆な沙門と成る。仏為に説法し、其の法要を示すに、漏尽結解し、悉く羅漢を得たり)。
 しかあればすなはち、如来すでに楊枝をもちゐましますゆゑに、人天これを供養したてまつるなり。あきらかにしりぬ、嚼楊枝これ諸仏菩薩、ならびに仏弟子のかならず所持なりといふことを。もしもちゐざらんは、その法失墜せり、かなしまざらんや。

 梵網菩薩戒経云、若仏子、常應二時頭陀、冬夏坐禅、結夏安居。常用楊枝、澡豆、参衣、缾、鉢、坐具、錫杖、香爐、漉水嚢、手巾、刀子、火燧、鑷子、繩牀、経律、仏像菩薩形像。而菩薩行頭陀時、及遊方時、行来百里千里、此十八種物、常随其身。頭陀者、従正月十五日至参月十五日、従八月十五日、至十月十五日。是二時中、此十八種物、常随其身、如鳥二翼(梵網菩薩戒経に云く、若仏子、常に應に二時に頭陀し、冬夏に坐禅し、結夏安居すべし。常に楊枝と澡豆と、参衣と缾と鉢と、坐具と錫杖と、香爐と漉水嚢と、手巾と刀子と、火燧と鑷子と、繩牀と経律と、仏像と菩薩の形像とを用ゐるべし。而して菩薩頭陀を行ずる時、及び遊方の時、百里千里を行来せんに、此の十八種物、常に其の身に随ふべし。頭陀は正月十五日より参月十五日に至り、八月十五日より十月十五日に至る。是の二時の中、此の十八種物、常に其の身に随へて、鳥の二翼の如くすべし)。
 この十八種物、ひとつも虧闕すべからず。もし虧闕すれば、鳥の一翼おちたらんがごとし。一翼のこれりとも、飛行することあたはじ、鳥道の機縁にあらざらん。菩薩もまたかくのごとし。この十八種の羽翼そなはらざれば、行菩薩道あたはず。十八種のうち楊枝すでに第一に居せり、最初に具足すべきなり。この楊枝の用不をあきらめんともがら、すなはち仏法をあきらむる菩提薩埵なるべし。いまだかつてあきらめざらんは、仏法也未夢見在ならん。 しかあればすなはち、見楊枝は見仏祖なり。
 或有人問意旨如何、幸値永平老漢嚼楊枝(或し人有つて意旨如何と問はん。幸ひに永平老漢の嚼楊枝に値ふ)。
 この梵網菩薩戒は、過去現在未来の諸仏菩薩、かならず過現当に受持しきたれり。しかあれば、楊枝また過現当に受持しきたれり。
 禅苑清規云、大乗梵網経、十重四十八軽、並須読誦通利、善知持犯開遮。但依金口聖言、莫擅随於庸輩(大乗梵網経、十重四十八軽、並びに須らく読誦し通利し、善く持犯開遮を知るべし。但金口の聖言に依るべし、擅に庸輩に随ふこと莫れ)。
 まさにしるべし、仏仏祖祖正伝の宗旨、それかくのごとし。これに違せんは仏道にあらず、仏法にあらず、祖道にあらず。
 しかあるに、大宋国いま楊枝たえてみえず。嘉定十六年癸未四月のなかに、はじめて大宋に諸山諸寺をみるに、僧侶の楊枝をしれるなく、朝野の貴賎おなじくしらず。僧家すべてしらざるゆゑに、もし楊枝の法を問著すれば失色して度を失す。あはれむべし、白法の失墜せることを。わづかにくちをすすぐともがらは、馬の尾を寸余にきりたるを、牛の角のおほきさ参分ばかりにて方につくりたるが、ながさ六七寸なる、そのはし二寸ばかりに、うまのたちがみのごとくにうゑて、これをもちて牙歯をあらふのみなり。僧家の器にもちゐがたし。不浄の器ならん、仏法の器にあらず。俗人の祠天するにも、なほきらひぬべし。かの器、また俗人僧家、ともにくつのちりをはらふ器にもちゐる、また梳鬢のときもちゐる。いささかの大小あれども、すなはちこれひとつなり。かの器をもちゐるも、万人が一人なり。
 しかあれば、天下の出家在家、ともにその口氣はなはだくさし。二参尺をへだててものをいふとき、口臭きたる。かぐものたへがたし。有道の尊宿と称じ、人天の導師と号するともがらも、漱口刮舌嚼楊枝の法、ありとだにもしらず。これをもて推するに、仏祖の大道いま陵夷をみるらんこと、いくそばくといふことしらず。いまわれら露命を万里の蒼波にをしまず、異域の山川をわたりしのぎて道をとぶらふとすれども、澆雲かなしむべし、いくばくの白法か、さきだちて滅沒しぬらん。をしむべしをしむべし。
 しかあるに、日本一国朝野の道俗、ともに楊枝を見聞す、仏光明を見聞するならん。しかあれども、嚼楊枝それ如法ならず、刮舌の法つたはれず、倉卒なるべし。しかあれども、宋人の楊枝をしらざるにたくらぶれば、楊枝をもちゐるべしとしれるは、おのづから上人の法をしれり。仙人の法にも楊枝をもちゐる。しるべし、みな出塵の器なり、清浄の調度なりといふことを。
 三千威儀経云、用楊枝有五事(楊枝を用ゐるに五事有り)、
 一者断当如度(一つには断つこと当に度の如くなるべし)。
 二者破当如法(二つには破すること当に如法なるべし)。
 三者嚼頭不得過参分(三つには嚼頭して参分を過ることを得ざれ)。
 四者踈歯当中参齧(四つには歯を踈へんには、中に当りて参たび齧むべし)。
 五者当汁澡目用(五つには汁をもて目を澡ふ用に当つべし)。 いま嚼楊枝漱口の水を、右手にうけてもて目をあらふこと、みなもと参千威儀経の説なり。いま日本国の往代の庭訓なり。
 刮舌の法は、僧正榮西つたふ。楊枝つかひてのち、すてんとするとき、両手をもて楊枝のかみたるかたより二片に擘破す。その破口のとき、かほをよこさまに舌上にあててこそぐ。すなはち右手に水をうけて、くちにいれて漱口し刮舌す。漱口、刮舌、たびたびし、擘楊枝の角にてこそげこそげして、血出を度とせんとするがごとし。
 漱口のとき、この文を密誦すべし。
 華厳経云、澡漱口歯、当願衆生、向浄法門、究竟解脱(口歯を澡漱するには当に願ふべし、衆生浄法門に向ひて究竟して解脱せんことを)。
 たびたび漱口して、くちびるのうちと、したのした、あぎにいたるまで、右手の第一指、第二指、第参指等をもて、指のはらにてよくよくなめりたるがごとくなること、あらひのぞくべし。油あるもの食せらんことちかからんには、皀莢をもちゐるべし。
 楊枝つかひをはりて、すなはち屏処にすつべし。楊枝すててのち、参弾指すべし。後架にしては、棄楊枝をうくる斗あるべし、余処にては屏処にすつべし。漱口の水は、面桶のほかにはきすつべし。

 つぎにまさしく洗面す。両手に面桶の湯を掬して、額より両眉毛、両目、鼻孔、耳中、顱頬、あまねくあらふ。まづよくよく湯をすくひかけて、しかうしてのち摩沐すべし。涕唾鼻涕を面桶の湯におとしいるることなかれ。かくのごとくあらふとき、湯を無度につひやして、面桶のほかにもらしおとしちらして、はやくうしなふことなかれ。あかおち、あぶらのぞこほりぬるまであらふなり。耳裏あらふべし、著水不得なるがゆゑに。眼裏あらふべし、著沙不得なるがゆゑに。あるいは頭髪頂額までもあらふ、すなはち威儀なり。洗面をはりて、面桶の湯をすててのちも、参弾指すべし。
 つぎに手巾のおもてをのごふはしにて、のごひかはかすべし。しかうしてのち、手巾もとのごとく脱しとりて、ふたへにして左臂にかく。雲堂の後架には、公界の拭面あり。いはゆる一疋布をまうけたり、烘櫃あり、衆家ともに拭面するに、たらざるわづらひなし。かれにても頭面のごふべし。また自己の手巾をもちゐるも、ともにこれ法なり。
 洗面のあひだ、桶杓ならしておとをなすこと、かまびすしくすることなかれ。湯水を狼藉にして、近辺をぬらすことなかれ。ひそかに観想すべし、後五百歳にむまれて、辺地遠島に処すれども、宿善くちずして古仏の威儀を正伝し、染汚せず修証する、随喜歓喜すべし。雲堂にかへらんに、軽歩低声なるべし。
 耆年宿徳の草庵、かならず洗面架あるべし。洗面せざるは非法なり。洗面のとき、面薬をもちゐる法あり。
おほよそ嚼楊枝、洗面、これ古仏の正法なり。道心弁道のともがら、修証すべきなり。あるいは湯をえざるには水をもちゐる、舊例なり、古法なり。湯水すべてえざらんときは、早晨よくよく拭面して、香草抹香等をぬりてのち、礼仏誦経、焼香坐禅すべし。いまだ洗面せずは、もろもろのつとめ、ともに無礼なり。

正法眼蔵 第五十

延應元年己亥十月二十参日在雍州観音導利興聖宝林寺示衆

 天竺国、震旦国者、国王王子、大臣百官、在家出家、朝野男女、百姓万民、みな洗面す。家宅の調度にも面桶あり、あるいは銀、あるいは鑞なり。天祠神廟にも、毎朝に洗面を供ず。仏祖の搭頭にも洗面をたてまつる。在家出家、洗面ののち、衣裳をただしくして、天をも拝し、神をも拝し、祖宗をも拝し、父母をも拝す。師匠を拝し、参宝を拝し、参界万霊、十方真宰を拝す。いまは農夫田夫、漁樵翁までも洗面わするることなし、しかあれども嚼楊枝なし。日本国は、国王大臣、老少朝野、在家出家の貴賎、ともに嚼楊枝、漱口の法をわすれず、しかあれども洗面せず。一得一失なり。いま洗面、嚼楊枝、ともに護持せん、補虧闕の興輶なり、仏祖の照臨なり。

寛元元年癸卯十月二十日在越州吉田縣吉峰寺重示衆
建長二年庚戌正月十一日在越州吉田縣吉祥山永平寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:10
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正 法 眼 蔵    陀羅尼だらに  第四十九  
陀羅尼

参学眼あきらかなるは、正法眼あきらかなり。正法眼あきらかなるゆゑに、参学眼あきらかなることをうるなり。この関棙を正伝すること、必然として大善知識に奉覲するちからなり。これ大因縁なり、これ大陀羅尼なり。いはゆる大善知識は仏祖なり。かならず巾瓶に勤恪すべし。
しかあればすなはち、縕茶来、点茶来、心要現成せり、神通現成せり。盥水来、瀉水来、不動著境なり、下面了知なり。仏祖の心要を参学するのみにあらず、心要裏の一両位の仏祖に相逢するなり。仏祖の神通を受用するのみにあらず、神通裏の七八員の仏祖をえたるなり。これによりて、あらゆる仏祖の神通は、この一束に究尽せり。あらゆる仏祖の心要は、この一拈に究尽せり。このゆゑに、仏祖を奉覲するに、天華天香をもてする、不是にあらざれども、三昧陀羅尼を拈じて奉覲供養する、これ仏祖の兒孫なり。
いはゆる大陀羅尼は、人事これなり。人事は大陀羅尼なるがゆゑに、人事の現成に相逢するなり。人事の言は、震旦の言音を依模して、世諦に流通せることひさしといふとも、梵天より相伝せず、西天より相伝せず、仏祖より正伝せり。これ声色の境界にあらざるなり、威音王仏の前後を論ずることなかれ。
その人事は、焼香礼拝なり。あるいは出家の本師、あるいは伝法の本師あり。伝法の本師すなはち出家の本師なるもあり。これらの本師にかならず依止奉覲する、これ咨参の陀羅尼なり。いはゆる時時をすごさず参侍すべし。
安居のはじめをはり、冬年および月旦月半、さだめて焼香礼拝す。その法は、あるいは粥前、あるいは粥罷をその時節とせり。威儀を具して師の堂に参ず。威儀を具すといふは、袈裟を著し、坐具をもち、鞋襪を整理して、一片の沈箋香等を帯して参ずるなり。
師前にいたりて問訊す。侍僧ちなみに香爐を裝し燭をたて、師もしさきより椅子に坐せば、すなはち焼香すべし。師もし帳裏にあらば、すなはち焼香すべし。師もしは臥し、もしは食し、かくのごときの時節ならば、すなはち焼香すべし。師もし地にたちてあらば、請和尚坐と問訊すべし。請和尚穩便とも請ず。あまた請坐の辞あり。和尚を椅子に請じ坐せしめてのちに問訊す。曲躬如法なるべし。問訊しをはりて、香台の前面にあゆみよりて、帯せる一片香を香爐にたつ。香をたつるには、香あるいは衣襟にさしはさめることあり。あるいは懐中にもてるもあり。あるいは袖裏に帯せることもあり。おのおの人のこころにあり。問訊ののち、香を拈出して、もしかみにつつみたらば、右手へむかひて肩を転じて、つつめる紙をさげて、両手に香を縕て香爐にたつるなり。すぐにたつべし、かたぶかしむることなかれ。香をたてをはりて、叉手して、右へめぐりてあゆみて、正面にいたりて、和尚にむかひ曲躬如法問訊しをはりて、展坐具礼拝するなり。拝は九拝、あるいは十二拝するなり。拝しをはりて、收坐具して問訊す。あるいは一展坐具礼参拝して、寒暄をのぶることもあり。いまの九拝は寒暄をのべず、ただ一展参拝を参度あるべきなり。その儀、はるかに七仏よりつたはれるなり。宗旨正伝しきたれり。このゆゑにこの儀をもちゐる。かくのごとくの礼拝、そのときをむかふるごとに廃することなし。そのほか、法益をかうぶるたびごとには礼拝す。因縁を請益せんとするにも礼拝するなり。二祖そのかみ見処を初祖にたてまつりしとき、礼参拝するがごときこれなり。正法眼蔵の消息を開演するに参拝す。
しるべし、礼拝は正法眼蔵なり。正法眼蔵は大陀羅尼なり。請益のときの拝は、近来おほく頓一拝をもちゐる。古儀は参拝なり。法益の謝拝、かならずしも九拝十二拝にあらず。あるいは参拝、あるいは触礼一拝なり。あるいは六拝あり。ともにこれ稽首拝なり。西天にはこれを最上礼拝となづく。あるいは六拝あり、頭をもて地をたたく。いはく、額をもて地にあててうつなり、血のいづるまでもす、これにも展坐具せるなり。一拝参拝六拝、ともに額をもて地をたたくなり。あるいはこれを頓首拝となづく。世俗にもこの拝あるなり。世俗には九品の拝あり。法益のとき、また不住拝あり。いはゆる礼拝してやまざるなり。百千拝までもいたるべし。ともにこれら仏祖の会にもちゐきたれる拝なり。
おほよそこれらの拝、ただ和尚の指揮をまぼりて、その拝を如法にすべし。おほよそ礼拝の住世せるとき、仏法住世す。礼拝もしかくれぬれば、仏法滅するなり。
伝法の本師を礼拝することは、時節をえらばず、処所を論ぜず拝するなり。あるいは臥時食時にも拝す、行大小時にも拝す。あるいは牆壁をへだて、あるいは山川をへだてても遙望礼拝するなり。あるいは劫波をへだてて礼拝す、あるいは生死去来をへだてて礼拝す、あるいは菩提涅槃をへだてて礼拝す。
弟子小師、しかのごとく種種の拝をいたすといへども、本師和尚は答拝せず。ただ合掌するのみなり。おのづから奇拝をもちゐることあれども、おぼろげの儀にはもちゐず。かくの如くの礼拝のとき、かならず北面礼拝するなり。本師和尚は南面して端坐せり。弟子は本師和尚の面前に立地して、おもてを北にして、本師にむかひて本師を拝するなり。これ本儀なり。みづから帰依の正信おこれば、かならず北面の礼拝、そのはじめにおこなはると正伝せり。

このゆゑに、世尊の在日に、帰仏の人衆天衆龍衆、ともに北面にして世尊を恭敬礼拝したてまつる。最初には、阿若憍陳如(亦名拘隣)、阿濕卑(亦名阿陛)、摩訶摩南(亦名摩訶拘利)、波提(亦名跋提)、婆敷(亦名十力迦葉)、この五人のともがら、如来成道ののち、おぼえずして起立し、如来にむかひたてまつりて、北面の礼拝を供養したてまつる。外道魔黨、すでに邪をすてて帰仏するときは、必定して自搆他搆せざれども、北面礼拝するなり。
それよりこのかた、西天二十八代、東土の諸代の祖師の会にきたりて正法に帰する、みなおのづから北面の礼拝するなり。これ正法の肯然なり、師弟の搆意にあらず。これすなはち大陀羅尼なり。有大陀羅尼、名為圓覚。有大陀羅尼、名為人事。有大陀羅尼、現成礼拝なり。有大陀羅尼、其名袈裟なり。有大陀羅尼、是名正法眼蔵なり。これを誦呪して尽大地を鎮護しきたる、尽方界を鎮成しきたる、尽時界を鎮現しきたる、尽仏界を鎮作しきたる、庵中庵外を鎮通しきたる。大陀羅尼かくのごとくなると参学究弁すべきなり。一切の陀羅尼は、この陀羅尼を字母とせり。この陀羅尼の眷属として、一切の陀羅尼は現成せり。一切の仏祖、かならずこの陀羅尼門より、発心弁道、成道転法輪あるなり。

しかあれば、すでに仏祖の兒孫なり、この陀羅尼を審細に参究すべきなり。おほよそ為釈迦牟尼仏衣之所覆は、為十方一切仏祖衣之所覆なり。為釈迦牟尼仏衣之所覆は、為袈裟之所覆なり。袈裟は標幟の仏衆なり。この弁肯、難値難遇なり。まれに邊地の人身をうけて、愚蒙なりといへども、宿殖陀羅尼の善根力現成して、釈迦牟尼仏の法にむまれあふ。たとひ百草のほとりに自成他成の諸仏祖を礼拝すとも、これ釈迦牟尼仏の成道なり。釈迦牟尼仏の弁道功夫なり。陀羅尼神變なり。たとひ無量億千劫に古仏今仏を礼拝する、これ釈迦牟尼仏衣之所覆時節なり。ひとたび袈裟を身体におほふは、すでにこれ得釈迦牟尼仏之身肉手足、頭目髄腦、光明転法輪なり。かくのごとくして袈裟を著するなり。これは現成著袈裟功徳なり。これを保任し、これを好楽して、ときとともに守護し搭著して、礼拝供養釈迦牟尼仏したてまつるなり。このなかにいく参阿僧祇劫の修行をも弁肯究尽するなり。
釈迦牟尼仏を礼拝したてまつり、供養したてまつるといふは、あるいは伝法の本師を礼拝し供養し、剃髪の本師を礼拝し供養するなり。これすなはち見釈迦牟尼仏なり。以法供養釈迦牟尼仏なり。陀羅尼をもて釈迦牟尼仏を供養したてまつるなり。

先師天童古仏しめすにいはく、あるいは雪のうへにきたりて礼拝し、あるいは糠のなかにありて礼拝する、勝躅なり、先蹤なり、大陀羅尼なり。

正法眼蔵 陀羅尼 第四十九

爾時寛元癸卯在越宇吉峰精舍示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:10
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正 法 眼 蔵    法性ほっしょう  第四十八  
法性

あるいは経巻にしたがひ、あるいは知識にしたがうて参学するに、無師独悟するなり。無師独悟は、法性の施為なり。たとひ生知なりとも、かならず尋師訪道すべし。たとひ無生知なりとも、かならず功夫弁道すべし。いづれの箇箇か生知にあらざらん。仏果菩提にいたるまでも、経巻知識にしたがふなり。
しるべし、経巻知識にあうて法性三昧をうるを、法性三昧にあうて法性三昧をうる生知といふ。これ宿住智をうるなり、三明をうるなり。これ阿耨菩提を証するなり。生知にあうて生知を習学するなり。無師智自然智にあうて、無師智自然智を正伝するなり。もし生知にあらざれば、経巻知識にあふといへども、法性をきくことをえず、法性を証することをえざるなり。大道は、如人飮水、冷暖自知の道理にはあらざるなり。一切諸仏および一切菩薩、一切衆生は、みな生知のちからにて、一切法性の大道をあきらむるなり。経巻知識にしたがひて法性の大道をあきらむるを、みづから法性をあきらむるとす。経巻これ法性なり、自己なり。知識これ法性なり、自己なり。法性これ知識なり、法性これ自己なり。法性自己なるがゆゑに、外道魔儻の邪計せる自己にはあらざるなり。法性には外道魔儻なし。ただ喫粥来、喫飯来、點茶来のみなり。
しかあるに三二十年の久学と自称するもの、法性の談を見聞するとき、茫然のなかに一生を蹉過す。飽叢林と自称して、曲木の牀にのぼるもの、法性の声をきき、法性の色をみるに、身心依正、よのつねに紛然の窟坑に昇降するのみなり。そのていたらくは、いま見聞する三界十方撲落してのち、さらに法性あらはるべし。かの法性は、いまの万象森羅にあらずと邪計するなり。法性の道理、それかくのごとくなるべからず。この森羅万象と法性と、はるかに同異の論を超越せり。離即の談を超越せり。過現当来にあらず。断常にあらず。色受想行識にあらざるゆゑに法性なり。

洪州江西馬祖大寂禅師云、一切衆生、従無量劫来、不出法性三昧。長在法性三昧中、著衣喫飯、言談祗対。六根運用、一切施為、尽是法性(一切衆生、無量劫よりこのかた、法性三昧を出でず。長く法性三昧中に在つて、著衣喫飯、言談祗対す。六根の運用、一切の施為、尽く是れ法性なり)。
馬祖道の法性は、法性道法性なり。馬祖と同参す、法性と同参なり。すでに聞著あり、なんぞ道著なからん。法性騎馬祖なり。人喫飯、飯喫人なり。法性よりこのかた、かつて法性三昧をいでず。法性よりのち、法性をいでず。法性よりさき、法性をいでず。法性とならびに無量劫は、これ法性三昧なり。法性を無量劫といふ。
しかあれば、即今の遮裏は法性なり。法性は即今の遮裡なり。著衣喫飯は、法性三昧の著衣喫飯なり。衣法性現成なり、飯法性現成なり。喫法性現成なり、著法性現成なり。もし著衣喫飯せず、言談祗対せず、六根運用せず、一切施為せざるは、法性三昧にあらず。不入法性なり。
即今の道現成は、諸仏相授して釈迦牟尼仏にいたり、諸祖正伝して馬祖にいたれり。仏仏祖祖、正伝授手して法性三昧に正伝せり。仏仏祖祖、不入にして法性を活撥撥ならしむ。文字の法師たとひ法性の言ありとも、馬祖道の法性にはあらず。不出法性の衆生、さらに法性にあらざらんと擬するちから、たとひ得処ありとも、あらたにこれ法性の三四枚なり。法性にあらざらんと言談祗対、運用施為する、これ法性なるべきなり。
無量劫の日月は、法性の経歴なり。現在未来もまたかくのごとし。身心の量を身心の量として、法性にとほしと思量するこの思量、これ法性なり。身心量を身心量とせずして、法性にあらずと思量するこの思量、これ法性なり。思量不思量、ともに法性なり。性といひぬれば、水も流通すべからず、樹も栄枯なかるべしと学するは外道なり。
釈迦牟尼仏道、如是相、如是性。
しかあれば、開花葉落、これ如是性なり。しかあるに、愚人おもはくは、法性界には開花葉落あるべからず。しばらく他人に疑問すべからず、なんぢが疑著を道著に依模すべし。他人の説著のごとく挙して、三復参究すべし。さきより脱出あらん向来の思量、それ邪思量なるにあらず、ただあきらめざるときの思量なり。あきらめんとき、この思量をして失せしむるにあらず。開花葉落、おのれづから開花葉落なり。法性に開花葉落あるべからずと思量せらるる思量、これ法性なり。依模脱落しきたれる思量なり。このゆゑに如法性の思量なり。思量法性の渾思量、かくのごとくの面目なり。
馬祖道の尽是法性、まことに八九成の道なりといへども、馬祖いまだ道取せざるところおほし。いはゆる一切法性不出法性といはず、一切法性尽是法性といはず、一切衆生不出衆生といはず、一切衆生法性之少分といはず、一切衆生一切衆生之少分といはず、一切法性是衆生之五分といはず、半箇衆生半箇法性といはず、無衆生是法性といはず、法性不是衆生といはず、法性脱出法性といはず、衆生脱落衆生といはず、ただ衆生は法性三昧をいでずとのみきこゆ。法性は衆生三昧をいづべからずといはず、法性三昧の衆生三昧に出入する道著なし。いはんや法性の成仏きこえず、衆生証法性きこえず、法性証法性きこえず、無情不出法性の道なし。
しばらく馬祖にとふべし、なにをよんでか衆生とする。もし法性よんで衆生とせば、是什麼物恁麼来なり。もし衆生をよんで衆生とせば、 似一物即不中なり。速道速道。

正法眼蔵 法性 第四十八

于時 寛元元年 癸卯 孟冬 在越吉峰古精舍 示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:10
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正 法 眼 蔵    仏経ぶっきょう  第四十七  
仏経

このなかに、教菩薩法あり、教諸仏法あり。おなじくこれ大道の調度なり。調度ぬしにしたがふ、ぬし調度をつかふ。これによりて、西天東地の仏祖、かならず或従知識、或従経券の正当恁麼時、おのおの発意、修行、証果、かつて間隙あらざるものなり。発意も経券知識により、修行も経券知識による、証果も経券知識に一親なり。機先句後、おなじく経券知識に同参なり。機中句裏、おなじく経券知識に同参なり。
知識はかならず経券を通利す。通利すといふは、経券を国土とし、経券を身心とす。経券を為他の施設とせり、経券を坐臥経行とせり。経券を父母とし、経券を児孫とせり。経券を行解とせるがゆゑに、これ知識の経券を参究せるなり。知識の洗面喫茶、これ古経なり。経券の知識を出生するといふは、黄檗の六十拄杖よく児孫を生長せしめ、黄梅の打三杖よく伝衣附法せしむるのみにあらず、桃花をみて悟道し、竹響をききて悟道する、および見明星悟道、みなこれ経券の知識を生長せしむるなり。あるいはまなこをえて経券をうる皮袋拳頭あり、あるいは経券をえてまなこをうる木杓漆桶あり。
いはゆる経券は、尽十方界これなり。経券にあらざる時処なし。勝義諦の文字をもちゐ、世俗諦の文字をもちゐ、あるいは天上の文字をもちゐ、あるいは人間の文字をもちゐ、あるいは畜生道の文字をもちゐ、あるいは修羅道の文字をもちゐ、あるいは百草の文字をもちゐ、あるいは万木上の文字をもちゐる。このゆゑに、尽十方界に森森として羅列せる長短方円、青黄赤白、しかしながら経券の文字なり、経券の表面なり。これを大道の調度とし、仏家の経券とせり。
この経券、よく蓋時に流布し、蓋国に流通す。教人の門をひらきて尽地の人家をすてず、教物の門をひらきて尽地の物類をすくふ。教諸仏し、教菩薩するに、尽地尽界なるなり。開方便門し、開住位門して、一箇半箇をすてず、示真実相するなり。この正恁麼時、あるいは諸仏、あるいは菩薩の慮知念覚と無慮知念覚と、みづからおのおの強為にあらざれども、この経券をうるを、各面の大期とせり。
必得是経のときは、古今にあらず、古今は得経の時節なるがゆゑに。尽十方界の目前に現前せるは、これ得是経なり。この経を読誦通利するに、仏智、自然智、無師智、こころよりさきに現成し、身よりさきに現成す。このとき、新條の特地とあやしむことなし。この経のわれらに受持読誦せらるるは、経のわれらを接取するなり。文先句外、向下節上の消息、すみやかに散花貫花なり。
この経をすなはち法となづく。これに八万四千の説法蘊あり。この経のなかに成等正覚の諸仏なる文字あり、現住世間の諸仏なる文字あり、入般涅槃の諸仏なる文字あり。如来如去、ともに経中の文字なり、法上の法文なり。拈花瞬目、微笑破顔、すなはち七仏正伝の古経なり。腰雪断臂、礼拝得髄、まさしく師資相承の古経なり。つひにすなはち伝法附衣する、これすなはち広文全券を附嘱せしむる時節至なり。みたび臼をうち、みたび箕の米をひる、経の経を出手せしめ、経の経に正嗣するなり。
しかのみにあらず、是什麼物恁麼来、これ教諸仏の千経なり、教菩薩の万経なり。説似一物即不中、よく八万蘊をとき、十二部をとく。いはんや拳頭脚跟、拄杖払子、すなはち古経新経なり、有経空経なり。在衆弁道、功夫坐禅、もとより頭正也仏経なり、尾正也仏経なり。菩提葉に経し、虚空面に経す。
おほよそ仏祖の一動両静、あはせて把定放行、おのれづから仏経の券舒なり。窮極あらざるを、窮極の標準と参学するゆゑに、鼻孔より受経出経す、脚尖よりも受経出経す。父母未生前にも受経出経あり、威音王以前にも受経出経あり。山河大地をもて経をうけ経をとく。日月星辰をもて経をうけ経をとく。あるいは空劫已前の自己をして経を持し経をさづく。あるいは面目已前の身心をもて経を持し経をさづく。かくのごとくの経は、微塵を破して出現せしむ、法界を破していださしむるなり。

第二十七祖般若多羅尊者道、貧道出息不随衆縁、入息不居蘊界。常転如是経、百千万億券。非但一券両券(貧道は出息衆縁に随はず、入息蘊界に居せず。常に如是経を転ずること、百千万億券なり。但一券両券のみにあらず)。
かくのごとくの祖師道を聞取して、出息入息のところに転経せらるることを参学すべし。転経をしるがごときは、在経のところをしるべきなり。能転所転、転経経転なるがゆゑに、悉知悉見なるべきなり。

先師尋常道、我箇裏、不用焼香礼拝念仏修懺看経、祗管打坐、弁道功夫、身心脱落(我が箇裏、焼香礼拝念仏修懺看経を用ゐず、祗管に打坐し、弁道功夫して身心脱落す)。
かくのごとくの道取、あきらむるともがらまれなり。ゆゑはいかん。看経をよんで看経とすれば触す、よんで看経とせざればそむく。不得有語、不得無語。速道、速道。
この道理参学すべし。 この宗旨あるゆゑに、
古人云、看経須具看経眼。
まさにしるべし、古今にもし経なくは、かくのごときの道取あるべからず。脱落の看経あり、不用の看経あること、参学すべきなり。
しかあればすなはち、参学の一箇半箇、かならず仏経を伝持して仏子なるべし。いたづらに外道の邪見をまなぶことなかれ。いま現成せる正法眼蔵はすなはち仏経なるがゆゑに、あらゆる仏経は正法眼蔵なり。一異にあらず、自他にあらず。しるべし、正法眼蔵そこばくおほしといへども、なんだちことごとく開明せず。しかあれども、正法眼蔵を開演す、信ぜざることなし。
仏経もしかあるべし。そこばくおほしといへども、信受奉行せんこと、一偈一句なるべし。八万を解会すべからず、仏経の達者にあらざればとて、みだりに仏経は仏法にあらずといふことなかれ。なんだちが仏祖の骨髄を称じきこゆるも、正眼をもてこれをみれば、依文の晩進なり。一句一偈を受持せるにひとしかるべし、一句一偈の受持におよばざることもあるべし。この薄解をたのんで、仏正法を謗ずることなかれ。声色の仏経よりも功徳なるあるべからず。声色のなんぢを惑亂する、なほもとめむさぼる。仏経のなんぢを惑亂せざる、信ぜずして謗ずることなかれ。
しかあるに、大宋国の一二百余年の前後にあらゆる杜撰の臭皮袋いはく、祖師の言句、なほこころにおくべからず。いはんや経教は、ながくみるべからず、もちゐるべからず。ただ身心をして枯木死灰のごとくなるべし。破木杓、脱底桶のごとくなるべし。かくのごとくのともがら、いたづらに外道天魔の流類となれり。もちゐるべからざるをもとめてもちゐる、これによりて、仏祖の法むなしく狂顛の法となれり。あはれむべし、かなしむべし。たとひ破木杓、脱底桶も、すなはち仏祖の古経なり。この経の券数部帙、きはむる仏祖まれなるなり。仏経を仏法にあらずといふは、仏祖の経をもちゐし時節をうかがはず、仏祖の従経出の時節を参学せず、仏祖と仏経との親疎の量をしらざるなり。かくのごとくの杜撰のやから、稻麻竹葦のごとし。獅子の座にのぼり、人天の師として、天下に叢林をなせり。杜撰は杜撰に学せるがゆゑに、杜撰にあらざる道理をしらず、しらざればねがはず。従冥入於冥、あはれむべし。いまだかつて仏法の身心なければ、身儀心操、いかにあるべしとしらず。有空のむねあきらめざれば、人もし問取するとき、みだりに拳頭をたつ。しかあれども、たつる宗旨にくらし。正邪のみちあきらめざれば、人もし問取すれば、払子をあぐ。しかあれども、あぐる宗旨にあきらかならず。あるいは為人の手をさづけんとするには、臨濟の四料簡四照用、雲門の三句、洞山の三路五位等を挙して、学道の標準とせり。

先師天童和尚、よのつねにこれをわらうていはく、学仏あにかくのごとくならんや。仏祖正伝する大道、おほく心にかうぶらしめ、身にかうぶらしむ。これを参学するに、参究せんと擬するにいとまあらず。なんの間暇ありてか晩進の言句をいれん。まことにしるべし、諸方長老無道心にして、仏法の身心を参学せざることあきらけし。
先師の示衆かくのごとし。まことに臨濟は黄檗の会下に後生なり。六十拄杖をかうぶりて、つひに大愚に参ず。老婆心話のしたに、従来の行履を照顧して、さらに黄檗にかへる。このこと、雷聞せるゆゑに、黄檗の仏法は臨濟ひとり相伝せりとおもへり。あまりさへ黄檗にもすぐれたりとおもへり。またくしかにはあらざるなり。臨濟はわづかに黄檗の会にありて随衆すといへども、陳尊宿すすむるとき、なにごとをとふべしとしらずといふ。大事未明のとき、参学の玄侶として、立地聽法せんに、あにしかのごとく茫然とあらんや。しるべし、上上の機にあらざることを。また臨濟かつて勝師の志氣あらず、過師の言句きこえず。黄檗は勝師の道取あり、過師の大智あり。仏未道の道を道得せり、祖未会の法を会得せり。黄檗は超越古今の古仏なり。百丈よりも尊長なり、馬祖よりも英俊なり。臨濟にかくのごとくの秀氣あらざるなり。ゆゑはいかん。古来未道の句、ゆめにもいまだいはず。ただ多を会して一をわすれ、一を達して多にわづらふがごとし。あに四料簡等に道味ありとして、学法の指南とせんや。
雲門は雪峰の門人なり。人天の大師に堪為なりとも、なほ学地といふつべし。これらをもて得本とせん、ただこれ愁末なるべし。臨濟いまだきたらず、雲門いまだいでざりし時は、仏祖なにをもてか学道の標準とせし。かるがゆゑにしるべし、かれらが屋裏に仏家の道業つたはれざるなり。憑據すべきところなきがゆゑに、みだりにかくのごとく胡亂説道するなり。このともがら、みだりに仏経をさみす、人、これにしたがはざれ。もし仏経なげすつべくは、臨濟雲門をもなげすつべし。仏経もしもちゐるべからずは、のむべき水もなし、くむべき杓もなし。
また高祖の三路五位は節目にて、杜撰のしるべき境界にあらず。宗旨正伝し、仏業直指せり。あへて余門にひとしからざるなり。

また杜撰のともがらいはく、道教儒教両教、ともにその極致は一揆なるべし。しばらく入門の別あるのみなり。あるいはこれを鼎の三脚にたとふ。これいまの大宋国の諸僧のさかりに談ずるむねなり。もしかくのごとくいはば、これらのともがらがうへには、仏法すでに地をはらうて滅沒せり。また仏法かつて微塵のごとくばかりもきたらずといふべし。かくのごとくのともがら、みだりに仏法の通塞を道取せんとして、あやまりて仏経は不中用なり、祖師の門下に別伝の宗旨ありといふ。少量の機根なり。仏道の邊際をうかがはざるゆゑなり。仏経もちゐるべからずといはば、祖経あらんとき、もちゐるや、もちゐるべからずや。祖道に仏経のごとくなる法おほし。用捨いかん。もし仏道のほかに祖道ありといはば、たれか祖道を信ぜん。祖師の祖師とあることは、仏道を正伝するによりてなり。仏道を正伝せざらん祖師、たれか祖師といはん。初祖を崇敬することは、第二十八祖なるゆゑなり。仏道のほかに祖道をいはば、十祖二十祖たてがたからん。嫡嫡相承するによりて、祖師を恭敬するゆゑは、仏道のおもきによりてなり。仏道を正伝せざらん祖師は、なんの面目ありてか人天と相見せん。いはんやほとけをしたふしふかきこころざしをるがへして、あらたに仏道にあらざらん祖師にしたがひがたきなり。
いま杜撰の狂者、いたづらに仏道を軽忽するは、仏道所有の法を決擇することあたはざるによりてなり。しばらくかの道教儒教をもて仏教に比する愚癡のかなしむべきのみにあらず、罪業の因縁なり、国土の衰弊なり。三悪の陵夷なるがゆゑに。孔老の道、いまだ阿羅漢に同ずべからず。いはんや等覚妙覚におよばんや。孔老の教は、わづかに聖人の視聽を大地乾坤の大象にわきまふとも、大聖の因果を一生多生にあきらめがたし。わづかに身心の動静を無為の為にわきまふとも、尽十方界の真実を無尽際断にあきらむべからず。
おほよそ孔老の教の仏経よりも劣なること、天地懸隔の論におよばざるなり。これをみだりに一揆に論ずるは、謗仏法なり、謗孔老なり。たとひ孔老の教に精微ありとも、近来の長老等、いかにしてかその少分をもあきらめん。いはんや万期に大柄をとらんや。かれにも教訓あり、修練あり。いまの庸流たやすくすべきにあらず。修しこころむるともがら、なほあるべからず。一微塵なほ他塵に同ずべからず。いはんや仏経の奥玄ある、いまの晩進、いかでか弁肯することあらん。両頭ともにあきらかならざるに、いたづらに一致の胡 亂道するのみなり。
大宋いまかくのごとくのともがら、師号に署し、師職にをり、古今に無慚なるをもて、おろかに仏道を亂弁す。仏法ありと聽許しがたし。しかのごとくの長老等、かれこれともにいはく、仏経は仏道の本意にあらず、祖伝これ本意なり。祖伝に奇特玄妙つたはれり。
かくのごとくの言句は、至愚のはなはだしきなり、狂顛のいふところなり。祖師の正伝に、またく一言半句としても、仏経に違せる奇特あらざるなり。仏経と祖道と、おなじくこれ釈迦牟尼仏より正伝流布しきたれるのみなり。ただし祖伝は、嫡嫡相承せるのみなり。しかあれども、仏経をいかでかしらざらん、いかでかあきらめざらん、いかでか読誦せざらん。
古徳いはく、なんぢ経にまどふ、経なんぢをまよはさず。
古徳看経の因縁おほし。
杜撰にむかふていふべし、なんぢがいふがごとく、仏経もしなげすつべくは、仏心もなげすつべし、仏身もなげすつべし。仏身心なげすつべくは、仏子なげすつべし。仏子なげすつべくは、仏道なげすつべし。仏道なげすつべくは、祖道なげすてざらんや。仏道祖道ともになげすてば、一枚の禿子の百姓ならん。たれかなんぢを喫棒の分なしとはいはん。ただ王臣の驅使のみにあらず、閻老のせめあるべし。近来の長老等、わづかに王臣の帖をたづさへて、梵刹の主人といふをもて、かくのごとくの狂言あり。是非を弁ずるに人なし。ひとり先師のみこのともがらをわらふ。余山の長老等、すべてしらざるところなり。

おほよそ異域の僧侶なれば、あきらむる道かならずあるらんとおもひ、大国の帝師なれば、達せるところさだめてあるらんとおもふべからず。異域の衆生かならずしも僧種にたへず。善衆生は善なり、悪衆生は悪なり。法界のいく三界も、衆生の種品おなじかるべきなり。
また大国の帝師となること、かならずしも有道をえらばれず。帝者また有道をしりがたし、わづかに臣の挙をききて登用するのみなり。古今に有道の帝師あり、有道にあらざる帝師おほし。にごれる代に登用せらるるは無道の人なり、にごれる世に登用せられざるは有道の人なり。そのゆゑはいかん。知人のとき、不知人のとき、あるゆゑなり。黄梅のむかし、神秀あることをわすれざるべし。神秀は帝師なり。簾前に講法す、箔前に説法す。しかのみにあらず、七百高僧の上座なり。黄梅のむかし、盧行者あること、信ずべし。樵夫より行者にうつる、搬柴をのがるとも、なほ碓米を職とす。卑賎の身、うらむべしといへども、出俗越僧、得法伝衣、かつていまだむかしもきかざるところ、西天にもなし、ひとり東地にのこれる希代の高躅なり。七百の高僧もかたを比せず、天下の龍象あとをたづぬる分なきがごとし。まさしく第三十三代の祖位を嗣続して仏嫡なり。五祖、知人の知識にあらずは、いかでかかくのごとくならん。
かくのごとくの道理、しづかに思惟すべし、卒爾にすることなかれ。知人のちからをえんことをこひねがふべし。人をしらざるは自他の大患なり、天下の大患なり。広学措大は要にあらず。知人のまなこ、知人の力量、いそぎてもとむべし。もし知人のちからなくは、曠劫に沈淪すべきなり。
しかあればすなはち、仏道にさだめて仏経あることをしり、広文深義を山海に参学して、弁道の標準とすべきなり。

正法眼蔵 仏経 第四十七

爾時 寛元元年 癸卯 秋九月 庵居于越州吉田縣吉峰寺 而示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:10
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正 法 眼 蔵    無情説法むじょうせっぽう  第四十六  
無情説法
  説法於説法するは、仏祖附属於仏祖の見成公案なり。この説法は法説なり。有情にあらず、無情にあらず。有為にあらず、無為にあらず。有為無為の因縁にあらず、従縁起の法にあらず。しかあれども、鳥道に不行なり、仏衆に為与す。大道十成するとき、説法十成す。法蔵附属するとき、説法附属す。拈華のとき、拈説法あり。伝衣のとき、伝説法あり。このゆゑに、諸仏諸祖、おなじく威音王以前より説法に奉覲しきたり、諸仏以前より説法に本行しきたれるなり。説法は仏祖の理しきたるとのみ参学することなかれ。仏祖は説法に理せられきたるなり。この説法、わづかに八万四千門の法蘊を開演するのみにあらず、無量無辺門の説法蘊あり。先仏の説法を後仏は説法すと参学することなかれ。先仏きたりて後仏なるにあらざるがごとく、説法も先説法を後説法とするにはあらず。このゆゑに、
  釈迦牟尼仏道、如参世諸仏、説法之儀式、我今亦如是、説無分別法(参世諸仏説法の儀式の如く、我れも今亦た是の如く無分別法を説く)。
  しかあればすなはち、諸仏の説法を使用するがごとく、諸仏は説法を使用するなり。説仏の説説法を正伝するがごとく、諸仏は説法を正伝するによりて、古仏より七仏に正伝し、七仏よりいまに正伝して無情説法あり。この無情説法に諸仏あり、諸祖あるなり。我今説法は、正伝にあらざる新條と学することなかれ。古来正伝は舊窠の鬼窟と証することなかれ。

 大唐国西京光宅寺大証国師、因僧問、無情還解説法否(無情また説法を解すや否や)。
 国師曰、常説熾然、説無間歇(常説熾然、説くに間歇無し)。
 僧曰、某甲為甚麼不聞(某甲甚麼と為てか聞かざる)。
 国師曰、汝自不聞、不可妨他聞者也(汝自ら聞かざるも、他の聞くを妨ぐべからざる者なり)。
 僧曰、未審、什麼人得聞(未審、什麼人か聞くことを得る)。
 国師曰、諸聖得聞(諸聖聞くことを得)。
 僧曰、和尚還聞否(和尚また聞くや否や)。
 国師曰、我不聞(我れ聞かず)。
 僧曰、和尚既不聞、爭知無情解説法(和尚既に聞かず、爭んぞ無情説法を解するを知らんや)。
 国師曰、褚我不聞。我若聞則齊於諸聖、汝既不聞我説法(褚ひに我聞かず。我若し聞かば則ち諸聖に齊し、汝即ち我が説法を聞かざらん)。
 僧曰、恁麼則衆生無分也(恁麼ならば則ち衆生無分なり)。
 国師曰、我為衆生説、不為諸聖説(我れは衆生の為に説く、諸聖の為に説かず)。
 僧曰、衆生聞後如何(衆生聞きて後如何)。
 国師曰、即非衆生(即ち衆生に非ず)。
  無情説法を参学せん初心晩学、この国師の因縁を直須勤学すべし。
  常説熾然、説無間歇とあり。常は諸時の一分時なり。説無間歇は、説すでに現出するがごときは、さだめて無間歇なり。無情説法の儀、かならずしも有情のごとくにあらんずると参学すべからず。有情の音声および有情説法の儀のごとくなるべきがゆゑに、有情界の音声をうばうて、無情界の音声に擬するは仏道にあらず。無情説法かならずしも声塵なるべからず。たとへば、有情の説法それ声塵にあらざるがごとくなり。しばらく、いかなるか有情、いかなるか無情と、問自問他、功夫参学すべし。
  しかあれば、無情説法の儀、いかにかあるらんと審細に留心参学すべきなり。愚人おもはくは、樹林の鳴條する、葉花の開落するを無情説法と認ずるは、学仏法の漢にあらず。もししかあらば、たれか無情説法をしらざらん、たれか無情説法をきかざらん。しばらく廻光すべし。無情界には草木樹林ありやなしや、無情界は有情界にまじはれりやいなや。しかあるを、草木瓦礫を認じて無情とするは不遍学なり。無情を認じて草木瓦礫とするは不参飽なり。たとひいま人間の所見の草木等を認じて無情に擬せんとすとも、草木等も凡慮のはかるところにあらず。ゆゑいかんとなれば、天上人間の樹林、はるかに殊異あり、中国辺地の所生ひとしきにあらず。海裏山間の草木、みな不同なり。いはんや空におふる樹木あり、雲におふる樹木あり。風火等のなかに、所生長の百草万樹、おほよそ有情と学しつべきあり、無情と認ぜられざるあり。草木の人畜のごとくなるあり。有情無情いまだあきらめざるなり。いはんや仙家の樹石花果湯水等、みるに疑著およばずとも、説著せんにかたからざらんや。ただわづかに神州一国の草木をみ、日本一州の草木を慣習して、万方尽界もかくのごとくあるべしと擬議商量することなかれ。
  国師道、諸聖得聞。
  いはく、無情説法の会下には、諸聖立地聽するなり。諸聖と無情と、聞を現成し、説を現成せしむ。無情すでに諸聖のために説法す。聖なりや、凡なりや。あるいは無情説法の儀をあきらめをはりなば、諸聖の所聞かくのごとくありと体達すべし。すでに体達することをえては、聖者の境界をはかりしるべし。さらに超凡越聖の通宵路の行履を参学すべし。
  国師いはく、我不聞。
  この道も容易会なりと擬することなかれ。超凡越聖にして不聞なりや。擘破凡聖褚窟のゆゑに不聞なりや。恁麼功夫して、道取を現成せしむべし。
国師いはく、褚我不聞。我若聞則、齊於諸聖。
  この挙似、これ一道両道にあらず。褚我は凡聖にあらず、褚我は仏祖なるべきか。仏祖は超凡越聖するゆゑに、諸聖の所聞には一齊ならざるべし。
国師道の汝即不聞我説法の理道を修理して、諸仏諸聖の菩提を料理すべきなり。その宗旨は、いはゆる無情説法、諸聖得聞。国師説法、這僧得聞なり。この道理を、参学功夫の日深月久とすべし。
  しばらく国師に問著すべし、衆生聞後はとはず、衆生正当聞説法時、如何。

  高祖洞山悟本大師、参曩祖雲巖大和尚問曰、無情説法什麼人得聞(曩祖雲巖大和尚に参じて問うて曰く、無情説法は什麼人か聞くことを得る)。
  雲巖曩祖曰、無情説法、無情得聞(無情説法は無情聞くことを得)。
  高祖曰、和尚聞否(和尚聞くや否や)。
  曩祖曰、我若聞、汝即不得聞吾説法也(我れ若し聞かば、汝即ち吾が説法を聞くことを得ざらん)。
  高祖曰、若恁麼、即某甲不聞和尚説法(若し恁麼ならば、即ち某甲和尚の説法を不聞ならん)。
  曩祖曰、我説汝尚不聞、何況無情説法也(我れ説くもら汝なほ聞かず、何に況んや無情の説法をや)。
  高祖乃述偈呈曩祖曰(高祖乃ち偈を述して曩祖に呈するに曰く)、
  也太奇、也太奇、
  無情説法不思議。
  若将耳聽終難会、
  眼処聞声方得知。
  (也太奇、也太奇、無情説法不思議なり。若将耳聽は終難会なり、眼処に聞声して方に知ることを得ん。)
  いま高祖道の無情説法什麼人得聞の道理、よく一生多生の功夫を審細にすべし。いはゆるこの問著、さらに道著の功徳を具すべし。この道著の皮肉骨髄あり、以心伝心のみにあらず。以心伝心は初心晩学の弁肯なり。衣を挙して正伝し、法を拈じて正伝する関棙子あり。いまの人、いかでか参秋四月の功夫に究竟することあらん。高祖かつて大証道の無情説法諸聖得聞の宗旨を見聞せりといへども、いまさらに無情説法什麼人得聞の問著あり。これ肯大証道なりとやせん、不肯大証道なりとやせん。問著なりとやせん、道著なりとやせん。もし縈不肯大証爭得恁麼道、もし 肯大証、爭解恁麼道なり。
  曩祖雲巖云、無情説法、無情得聞。
  この血脈を正伝して、身心脱落の参学あるべし。いはゆる無情説法、無情得聞は、諸仏説法、諸仏得聞の性相なるべし。無情説法を聽取せん衆会、たとひ有情無情なりとも、たとひ凡夫賢聖なりとも、これ無情なるべし。この性相によりて、古今の真偽を批判すべきなり。たとひ西天より将来すとも、正伝まことの祖師にあらざらんは、もちゐるべからず。たとひ千万年より習学すること聯綿なりとも、嫡嫡相承にあらずは嗣続しがたし。いま正伝すでに東土に通達せり、真偽の通塞わきまへやすからん。たとひ衆生説法、衆生得聞の道取を聽取しても、諸仏諸祖の骨髄を稟受しつべし。雲巖曩祖の道を聞取し、大証国師の道を聽取して、まさに与奪せば、諸聖得聞の道取する諸聖は無情なるべし。無情得聞と道取する無情は諸聖なるべし。無情所説無情なり、無情説法即無情なるがゆゑに。しかあればすなはち、無情説法なり、説法無情なり。
  高祖道の若恁麼、則某甲不聞和尚説法也。
  いまきくところの若恁麼は、無情説法、無情得聞の宗旨を挙拈するなり。無情説法、無情得聞の道理によりて、某甲不聞、和尚説法也なり。高祖このとき、無情説法の席末を接するのみにあらず、為無情 法の志氣あらはれて衝天するなり。ただ無情説法を体達するのみにあらず、情説法の聞不聞を体究せり。すすみて有情説法の説不説、已説今説当説にも体達せしなり。さらに聞不聞の説法の、これは有情なり、これは無情なる道理あきらめをはりぬ。
  おほよそ聞法は、ただ耳根耳識の境界のみにあらず、父母未生已前、威音以前、乃至尽未来際、無尽未来際にいたるまでの挙力挙心、挙体挙道をもて聞法するなり。身先心後の聞法あるなり。これらの聞法、ともに得益あり。心識に縁ぜざれば聞法の益あらずといふことなかれ。心滅身没のもの、聞法得益すべし。無心無身のもの、聞法得益すべし。諸仏諸祖、かならずかくのごとくの時節を経歴して、作仏し、成祖するなり。法力の身心に接する、凡慮いかにしてか覚知しつくさん。身心の際限、みづからあきらめつくすことをえざるなり。聞法功徳の、身心の田地に下種する、くつる時節あらず。つひに生長ときとともにして、果成必然なるものなり。
  愚人おもはくは、たとひ聞法おこたらずとも、解路に進歩なく、記持に不敢ならんは、その益あるべからず。人天の身心を挙して、博記多聞ならん、これ至要なるべし。即座に忘記し、退席に茫然とあらん、なにの益かあらんとおもひ、なにの学功かあらんといふは、正師にあはず、その人をみざるゆゑなり。正伝の面授あらざるを、正師にあらずとはいふ。仏仏正伝しきたれるは正師なり。愚人のいふ心識に記持せられて、しばらくわすれざるは、聞法の功、いささか心識にも蓋心蓋識する時節なり。
  この正当恁麼時は、蓋身蓋身先、蓋心蓋心先、蓋心後、蓋因縁報業相性体力、蓋仏蓋祖、蓋自他、蓋皮肉骨髄等の功徳あり。蓋言説、蓋坐臥等の功徳現成して、彌綸彌天なるなり。
  まことにかくのごとくある聞法の功徳、たやすくしるべきにあらざれども、仏祖の大会に会して、皮肉骨髄を参究せん、説法の功力ひかざる時節あらず、聞法の法力かうぶらしめざるところあるべからず。かくのごとくして時節劫波を頓漸ならしめて、結果の現成をみるなり。かの多聞博記も、あながちになげすつべきにあらざれども、その一隅をのみ要機とするにはあらざるなり。参学これをしるべし、高祖これを体達せしなり。
  曩祖道、我説法汝尚不聞、何況無情説法也。
  これは高祖たちまちに証上になほ証契を証しもてゆく現成を、曩祖ちなみに開襟して、父祖の骨髄を印証するなり。
  なんぢなほ我説に不聞なり、これ凡流の然にあらず。無情説法たとひ万端なりとも、為慮あるべからずと証明するなり。このときの嗣続、まことに秘要なり。凡聖の境界、たやすくおよびうかがふべきにあらず。
  高祖ときに偈を理して雲巖曩祖に呈するにいはく、無情説法不思議は、也太奇、也太奇なり。
  しかあれば、無情および無情説法、ともに思議すべきことかたし。いはくの無情、なにものなりとかせん。凡聖にあらず、情無情にあらずと参学すべし。凡聖、情無情は、説不説、ともに思議の境界およびぬべし。いま不思議にして太奇なり、また太奇ならん凡夫賢聖の智慧心識、およぶべからず。天衆人間の籌量にかかはるにあらざるべし。
  若将耳聽終難会は、たとひ天耳なりとも、たとひ彌界彌時の法耳なりとも、将耳聽を擬するには、終難会なり。壁上耳、棒頭耳ありとも、無情説法を会すべからず。声塵にあらざるがゆゑに。若将耳聽はなきにあらず、百千劫の功夫をつひやすとも、終難会なり。すでに声色のほかの一道の威儀なり、凡聖のほとりの#35098;窟にあらず。
  眼処聞声方得知。
  この道取を、箇箇おもはくは、いま人眼の所見する草木花鳥の往来を、眼処の聞声といふならんとおもふ。この見処は、さらにあやまりぬ。またく仏法にあらず。仏法はかくのごとくいふ道理なし。
  高祖道の眼処聞声の参学するには、聞無情説法声のところ、これ眼処なり。現無情説法声のところ、これ眼処なり。眼処さらにひろく参究すべし。眼処の聞声は耳処の聞声にひとしかるべきがゆゑに、眼処の聞声は耳処の聞声にひとしからざるなり。眼処に耳根ありと参学すべからず。眼即耳と参学すべからず。眼裏声現と参学すべからず。
  古云、尽十方界是沙門一隻眼。
  この眼処に聞声せば、高祖道の眼処聞声ならんと擬議商量すべからず。たとひ古人道の尽十方界一隻眼の道を学すとも、尽十方はこれ壹隻眼なり。さらに千手頭眼あり、千正法眼あり。千耳眼あり、千舌頭眼あり。千心頭眼あり。千通心眼あり、千通身眼あり。千棒頭眼あり、千身先眼あり、千心先眼あり。千死中死眼あり、千活中活眼あり。千自眼あり、千他眼あり。千眼頭眼あり、千参学眼あり。千豎眼あり、千横眼あり。
  しかあれば、尽眼を尽界と学すとも、なほ眼処に体究あらず。ただ聞情説法を眼処に参究せんことを急務すべし。いま高祖道の宗旨は、耳処は無情説法に難会なり。眼処は聞声す。さらに通身処の聞声あり、遍身処の聞声あり。たとひ眼処聞声を体究せずとも、無情説法、無情得聞を体達すべし、脱落すべし。この道理つたはれるゆゑに、
  先師天童古仏道、胡蘆藤種纏胡蘆。
  これ曩祖の正眼のつたはれ、骨髄のつたはれる説法無情なり。一切説法無情なる道理によりて無情説法なり、いはゆる典故なり。無情は為無情説法なり、喚什麼作無情。しるべし、聽無情説法者是なり。喚什麼作説法。しるべし、不知吾無情者是なり。

  舒州投子山慈濟大師[嗣翠微無学禅師、諱大同。明覚云、投子古仏](舒州投子山慈濟大師[翠微無学禅師に嗣す、諱は大同。明覚云く、投子古仏])、因僧問、如何是無情説法(如何にあらんか是れ無情説法)。
  師曰、莫悪口(悪口すること莫れ)。
  いまこの投子の道取するところ、まさしくこれ古仏の法謨なり、祖宗の治象なり。無情説法ならびに説法無情等、おほよそ莫悪口なり。しるべし、無情説法は、仏祖の総章これなり。臨濟徳山のともがらしるべからず、ひとり仏祖なるのみ参究す。

正法眼蔵 第四十六

爾時寛元元年癸卯十月二日在越州吉田縣吉峰古寺示衆
同癸卯十月十五日書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:09
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正 法 眼 蔵    密語みつご  第四十五  
密語

諸仏之所護念の大道を見成公案するに、汝亦如是、吾亦如是、善自護持、いまに証契せり。
雲居山弘覚大師、因官人送供問曰、世尊有密語有、迦葉不覆蔵。如何是世尊密語(雲居山弘覚大師、因みに官人、供を送りて問うて曰く、世尊に密語有り、迦葉覆蔵せずと。如何ならんか是れ世尊の密語)。
大師召云、尚書。
其人応諾(其の人応諾す)。
大師云、会麼(会すや)。
尚書曰、不会。
大師云、汝若不会世尊密語、汝若会迦葉不覆蔵(汝若し不会なるは世尊の密語なり、汝若し会ならんは迦葉不覆蔵なり)。
大師者、青原五世の嫡孫と現成して、天人師なり、尽十方界の大善知識なり。有情を化し、無情を化す。四十六仏の仏嫡として、仏祖のために説法す。参峰庵主の住裏には、天廚送供す。伝法得道のときより、送供の境界を超越せり。
いまの道取する世尊有密語、迦葉不覆蔵は、四十六仏の相承といへども、四十六代の本来面目として、匪従人得なり、不従外来なり。不是本得なり、未嘗新條なり。この一段事の密語の現成なる、ただ釈迦牟尼世尊のみ密語あるにあらず、諸仏祖みな密語あり。すでに世尊なるは、かならず密語あり。密語あれば、さだめて迦葉不覆蔵あり。百千の世尊あれば百千の迦葉ある道理を、わすれず参学すべきなり。参学すといふは、一時会取せんとおもはず、百廻千廻も審細功夫して、かたきものをきらんと経営するがごとくすべし。かたる人あらば、たちどころに会取すべしとおもふべからず。いま雲居山すでに世尊ならんに密語そなはり、不覆蔵の迦葉あり。喚尚書、書応諾は、すなはち密語なりと参学することなかれ。
大師ちなみに尚書にしめすにいはく、汝若不会、世尊密語、汝若会、迦葉不覆蔵。いまの道取、かならず多劫の弁道功夫を立志すべし。
なんぢもし不会なるは世尊の密語なりといふ、いまの茫然とあるを不会といふにあらず、不知を不会といふにあらず。なんじもし不会といふ道理、しづかに参学すべき処分を聴許するなり。功夫弁道すべし。さらにまた、なんぢもし会ならんはと道取する、いますでに会なるとにはあらず。
仏法を参学するに多途あり。そのなかに、仏法を会し、仏法を不会する関棙子あり。正師をみざれば、ありとだにもしらず、いたづらに絶見聞の眼処耳処におほせて、密語ありと乱会せり。なんぢもし会なるゆゑに迦葉不覆蔵なるといふにあらず、不会の不覆蔵もあるなり。不覆蔵はたれ人も見聞すべしと学すべからず。すでにこれ不覆蔵なり、無処不覆蔵ならん正恁麼時、こころみに参究すべし。
しかあれば、みづからしらざらん境界を密語と参学しきたるにあらず、仏法を不会する正当恁麼時、これ一分の密語なり。これかならず世尊有なり、有世尊なり。
しかあるを、正師の訓教をきかざるともがら、たとひ獅子座上にあれども、夢也未見者箇道理なり。かれらみだりにいはく、世尊有密語とは、霊山百万衆前に拈花瞬目せしなり。そのゆゑに、有言の仏説は浅薄なり、名相にわたれるがごとし。無言説にして拈花瞬目する、これ密語施設の時節なり。百万衆は不得領覽なり。このゆゑは、百万衆のために密語なり。迦葉不覆蔵といふは、世尊の拈花瞬目を、迦葉さきよりしれるがごとく破顔微笑するゆゑに、迦葉におほせて不覆蔵といふなり。これ真訣なり。箇箇相伝しきたれるなり。これをききてまことにおもふともがら、稻麻竹葦のごとく、九州に叢林をなせり。あはれむべし、仏祖の道の破廃せること、もととしてこれよりおこる。明眼漢、まさに一一に勘破すべし。
もし世尊の有言を浅薄なりとせば、拈花瞬目も浅薄なるべし。世尊の有言もし名相なりとせば、学仏法の漢にあらず。有言は名相なることをしれりといへども、世尊に名相なきことをいまだしらず。凡情の未脱なるなり。仏祖は身心の所通みな脱落なり。説法なり、有言説なり、転法輪す。これを見聞して得益するものおほし。信行法行のともがら、有仏祖処に化をかうぶり、無仏祖処に化にあづかるなり。百万衆かならずしも拈花瞬目を拈花瞬目と見聞せざらんや。迦葉と齊肩なるべし、世尊と同生なるべし。百万衆と百万衆と同参なるべし、同時発心なるべし。同道なり、同国土なり。有知の智をもて見仏聞法し、無知の智をもて見仏聞法す。はじめて一仏をみるより、すすみて恆沙仏をみる。一一の仏会上、ともに百万衆なるべし。各各の諸仏、ともに拈花瞬目の開演おなじときなるを見聞すべし。眼処くらからず、耳処聴利なり。心眼あり、身眼あり。心耳あり、身耳あり。
迦葉の破顔微笑、你作麼生会、試道看。
なんだちがいふがごとくならば、これも密語といひぬべし。しかあれども、これを不覆蔵といふ、至愚のかさなれるなり。

のちに世尊いはく、吾有正法眼蔵涅槃妙心、附嘱摩訶迦葉。
かくのごとくの道取、これ有言なりや、無言なりや。世尊もし有言をきらひ、拈花を愛せば、のちにも拈花すべし。迦葉なんぞ会取せざらん、衆会なんぞ聴取せざらん。かくのごときともがらの説話、もちゐるべからず。
おほよそ世尊に密語あり、密行あり、密証あり。しかあるを、愚人おもはく、密は他人のしらず、みづからはしり、しれる人あり、しらざる人ありと、西天東地、古往今来、おもひいふは、いまだ仏道の参学あらざるなり。もしかくのごとくいはば、世間出世間の学業なきもののうへには密はおほく、遍学のものは密はすくなかりぬべし。広聞のともがらは密あるべからざるか。いはんや天眼天耳、法眼法耳、仏眼仏耳等を具せんときは、すべて密語密意あるべからずといふべし。仏法の密語、密意、密行等は、この道理にあらず。人にあふ時節、まさに密語をきき、密語をとく。おのれをしるとき、密行をしるなり。いはんや仏祖よく上来の密意密語を究弁す。しるべし、仏祖なる時節、まさに密語密行きほひ現成するなり。
いはゆる密は、親密の道理なり。無間断なり、蓋仏祖なり。蓋汝なり、蓋自なり。蓋行なり、蓋代なり。蓋功なり、蓋密なり。密語の密人に相逢する、仏眼也覰不見なり。密行は自他の所知にあらず。密我ひとり能知す。密他おのおの不会す。密却在汝邊のゆゑに、全靠密なり、一半靠密なり。
かくのごとくの道理、あきらかに功夫参学すべし。おほよそ為人の処所、弁肯の時節、かならず挙似密なる、それ仏仏祖祖の正嫡なり。而今是甚麼時節のゆゑに、自己にも密なり、他己にも密なり。仏祖にも密なり、異類にも密なり。このゆゑに、密頭上あらたに密なり。かくのごとくの教行証、すなはち仏祖なるがゆゑに、透過仏祖密なり。しかあれば透過密なり。
雪竇師翁示衆曰、
世尊有密語、
迦葉不覆蔵。
一夜落花雨、
満城流水香。
(世尊密語有り、迦葉不覆蔵。一夜落花の雨、満城流水香ばし。)
而今雪竇道の一夜落花雨、満城流水香それ親密なり。これを挙似して、仏祖の眼睛鼻孔を検点すべし。臨濟徳山のおよぶべきところにあらず。眼睛裏の鼻孔を参開すべし、耳処の鼻頭を尖聰ならしむるなり。いはんや耳鼻眼睛裏ふるきにあらず、あらたなるにあらざる渾身心ならしむ。これは花雨世界起の道理とす。
師翁道の満城流水香、それ蔵身影彌露なり。かくのごとくあるがゆゑに、仏祖家裏の家常には、世尊有密語、迦葉不覆蔵を参究透過するなり。七仏世尊、ほとけごとに、而今のごとく参学す。迦葉、釈迦、おなじく而今のごとく究弁しきたれり。

正法眼蔵 第四十五

爾時 寛元元年 癸卯 九月二十日 在越州吉田縣吉峰古精舎示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:09
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正 法 眼 蔵    仏道ぶつどう  第四十四  
仏道

曹谿古仏、あるとき衆にしめしていはく、慧能より七仏にいたるまで四十祖あり。
この道を参究するに、七仏より慧能にいたるまで四十仏なり。仏仏祖祖を算数するには、かくのごとく算数するなり。かくのごとく算数すれば、七仏は七祖なり、三十三祖は三十三仏なり。曹谿の宗旨かくのごとし、これ正嫡の仏訓なり。正伝の嫡嗣のみ、その算数の法を正伝す。
釈迦牟尼仏より曹谿にいたるまで三十四祖あり。この仏祖相承、ともに迦葉の如来にあひたてまつれりしがごとく、如来の迦葉をえましますがごとし。
釈迦牟尼仏の迦葉仏に参学しましますがごとく、師資ともに于今有在なり。このゆゑに、正法眼蔵まのあたり嫡嫡相承しきたれり。仏法の正命、ただこの正伝のみなり。仏法はかくのごとく正伝するがゆゑに、附属の嫡嫡なり。
しかあれば、仏道の功徳要機、もらさずそなはれり。西天より東地につたはれて、十万八千里なり。在世より今日につたはれて二千余載、この道理を参学せざるともがら、みだりにあやまりていはく、仏祖正伝の正法眼蔵涅槃妙心、みだりにこれを禅宗と称ず。祖師を禅祖と称ず、学者を禅子と号す。あるいは禅和子と称じ、あるいは禅家流の自称あり。これみな僻見を根本とせる枝葉なり。西天東地、従古至今、いまだ禅宗の称あらざるを、みだりに自称するは、仏道をやぶる魔なり、仏祖のまねかざる怨家なり。

石門林間録云、菩提達磨、初自梁之魏。経行於嵩山之下、倚杖於少林。面壁燕坐而已、非習禅也。久之人莫測其故。因以達磨為習禅。夫禅那諸行之一耳。何足以尽聖人。而当時之人、以之、為史者、又従而伝於習禅之列、使与枯木死灰之徒為伍。雖然聖人非止於禅那、而亦不違禅那。如易出于陰陽、而亦不違乎陰陽(石門の林間録に云く、菩提達磨、初め梁より魏に之く。嵩山の下に経行し、少林に倚杖す。面壁燕坐するのみなり、習禅には非ず。久しくなりて人其の故を測ること莫し。因て達磨を以て習禅とす。夫れ禅那は、諸行の一つならくのみ。何ぞ以て聖人を尽すに足らん。而も当時の人、之を以てし、為史の者、又従へて習禅の列に伝ね、枯木死灰の徒と伍ならしむ。然りと雖も、聖人は禅那のみに非ず、而も亦た禅那に違せず。易の陰陽より出でて、而も亦た陰陽に違せざるが如し)。
第二十八祖と称ずるは、迦葉大士を初祖として称ずるなり。毘婆尸仏よりは第三十五祖なり。七仏および二十八代、かならずしも禅那をもて証道をつくすべからず。このゆゑに古先いはく、禅那は諸行のひとつならくのみ。なんぞもて聖人をつくすにたらん。
この古先、いささか人をみきたれり、祖宗の堂奥にいれり、このゆゑにこの道あり。近日は大宋国の天下に難得なるべし、ありがたかるべし。たとひ禅那なりとも、禅宗と称ずべからず、いはんや禅那いまだ仏法の縈要にあらず。
しかあるを、仏仏正伝の大道を、ことさら禅宗と称ずるともがら、仏道は未夢見在、未夢聞在なり、未夢伝在なり。禅宗を自号するともがらにも仏法あるらんと聴許することなかれ。禅宗の称、たれか称じきたる。諸仏祖師の禅宗と称ずる、いまだあらず。しるべし、禅宗の称は、魔波旬の称ずるなり。魔波旬の称を称じきたらんは魔儻なるべし、仏祖の兒孫にあらず。


世尊霊山百万衆前、拈優曇花瞬目、衆皆黙然。唯迦葉尊者、破顔微笑(世尊霊山百万衆の前にして、拈優曇花瞬目したまふに、衆皆黙然たり。唯迦葉尊者のみ破顔微笑せり)。 世尊云、吾有正法眼蔵涅槃妙心、竝以僧伽梨衣、附属摩訶迦葉(世尊云はく、吾有正法眼蔵涅槃妙心、竝びに僧伽梨衣を以て、摩訶迦葉に附属す)。
世尊の迦葉大士に附属しまします、吾有正法眼蔵涅槃妙心なり。このほかさらに吾有禅宗附属摩訶迦葉にあらず。竝附僧伽梨衣といひて、竝附禅宗といはず。しかあればすなはち、世尊在世に禅宗の称またくきこえず。

初祖その時二祖にしめしていはく、諸仏無上妙道、曠劫精勤、難行苦行、難忍能忍。豈以小徳小智、軽心慢心、欲冀真乗(諸仏無上の妙道は、曠劫に精勤して、難行苦行、難忍能忍なり。豈小徳小智、軽心慢心を以て、真乗を冀はんとせん)。
またいはく、諸仏法印、匪従人得(諸仏の法印は、人より得るに匪ず)。
またいはく、如来以正法眼蔵、附属迦葉大士(如来、正法眼蔵を以て、迦葉大士に附属す)。
いましめすところ、諸仏無上妙道および正法眼蔵、ならびに諸仏法印なり。当時すべて禅宗と称ずることなし、禅宗と称ずべき因縁きこえず。いまこの正法眼蔵は、揚眉瞬目して面授しきたる、身心骨髄をもてさづけきたる、身心骨髄に稟受しきたるなり。身先身後に伝授し稟受しきたり、心上心外に伝授し稟受するなり。
世尊迦葉の会に禅宗の称きこえず、初祖二祖の会に禅宗の称きこえず。五祖六祖の会に禅宗の称きこえず、青原南嶽の会に禅宗の称きこえず。いづれのときより、たれ人の称じきたるとなし。学者のなかに、学者のかずにあらずして、ひそかに壞法盗法のともがら、称じきたるならん。仏祖いまだ聴許せざるを、晩学みだりに称ずるは、仏祖の家門を損するならん。又仏仏祖祖の法のほかに、さらに禅宗と称ずる法のあるににたり。もし仏祖の道のほかにあらんは、外道の法なるべし。すでに仏祖の兒孫としては、仏祖の骨髄面目を参学すべし。仏祖の道に投ぜるなり。這裏を逃逝して、外道を参学すべからず。まれに人間の身心を保任せり、古来の弁道力なり。この恩力をうけて、あやまりて外道を資せん、仏祖を報恩するにあらず。


大宋の近代、天下の庸流、この妄称禅宗の名をききて、俗徒おほく禅宗と称じ、達磨宗と称じ、仏心宗と称ずる、妄称きほひ風聞して、仏道をみだらんとす。これは仏祖の大道いまだかつてしらず、正法眼蔵ありとだにも見聞せず、信受せざるともがらの乱道なり。正法眼蔵をしらんたれか、仏道をあやまり称ずることあらん。このゆゑに、

南嶽山石頭庵無際大師、上堂示大衆言、吾之法門、先仏伝受、不論禅定精進、唯達仏之知見(南嶽山石頭庵無際大師、上堂して大衆に示して言く、吾が法門は、先仏より伝受せり。禅定精進を論ぜず、唯仏の知見に達す)。
しるべし、七仏諸仏より正伝ある仏祖、かくのごとく道取するなり。ただ吾之法門、先仏伝受と道現成す。吾之禅宗、先仏伝受と道現成なし。禅定精進の條條をわかず、仏之知見を唯達せしむ。精進禅定をきらはず、唯達せる仏之知見なり。これを吾有正法眼蔵附属とせり。吾之は吾有なり、法門は正法なり。吾之、吾有、吾髄は、汝得の附属なり。
無際大師は青原高祖の一子なり、ひとり堂奥にいれり。曹谿古仏の剃髪の法子なり。しかあれば、曹谿古仏は祖なり、父なり。青原高祖は、兄なり、師なり。仏道祖席の英雄は、ひとり石頭庵無際大師のみなり。仏道の正伝、ただ無際のみ唯達なり。道現成の果果條條、みな古仏の不古なり、古仏の長今なり。これを正法眼蔵の眼睛とすべし、自余に比準すべからず。しらざるもの、江西大寂に比するは非なり。
しかあればしるべし、先仏伝受の仏道は、なほ禅定といはず、いはんや禅宗の称論ならんや。あきらかにしるべし、禅宗と称ずるは、あやまりのはなはだしきなり。つたなきともがら、有宗空宗のごとくならんと思量して、宗の称なからんは、所学なきがごとくなげくなり。仏道かくのごとくなるべからず、かつて禅宗と称ぜずと一定すべきなり。
しかあるに、近代の庸流、おろかにして古風をしらず、先仏の伝受なきやから、あやまりていはく、仏法のなかに五宗の門風ありといふ。これ自然の衰微なり。これを拯濟する一箇半箇、いまだあらず。先師天童古仏、はじめてこれをあはれまんとす。人の運なり、法の達なり。

先師古仏、上堂示衆云、如今箇箇祗管道、雲門法眼潙仰臨濟曹洞等、家風有別者、不是仏法也、不是祖師道也(先師古仏、上堂の示衆に云く、如今箇箇祗管に道ふ、雲門法眼潙仰臨濟曹洞等、家風別有りとは、是れ仏法にあらず、是れ祖師道にあらず)。
この道現成は、千歳にあひがたし、先師ひとり道取す。十方にききがたし、圓席ひとり聞取す。しかあれば、一千の雲水のなかに、聞著する耳垜なし、見取する眼睛なし。いはんや心を挙してきくあらんや、いはんや身処に聞著するあらんや。たとひ自己の渾身心に聞著する、億万劫にありとも、先師の通身心を挙拈して聞著し、証著し、信著し、脱落著するなかりき。あはれむべし、大宋一国の十方、ともに先師をもて諸方の長老等に齊肩なりとおもへり。かくのごとくおもふともがらを、具眼なりとやせん、未具眼なりとやせん。またあるいは、先師をもて臨濟徳山齊肩なりとおもへり。このともがらも、いまだ先師をみず、いまだ臨濟にあはずといふべし。先師古仏を礼拝せざりしさきは、五宗の玄旨を参究せんと擬す。先師古仏を礼拝せしよりのちは、あきらかに五宗の乱称なるむねをしりぬ。
しかあればすなはち、大宋国の仏法さかりなりしときは、五宗の称なし。また五宗の称を挙揚して、家風をきこゆる古人いまだあらず。仏法の澆薄よりこのかた、みだりに五宗の称あるなり。これ人の参学おろかにして、弁道を親切にせざるによりてかくのごとし。雲箇水箇、真箇の参究を求覓せんは、切忌すらくは五家の乱称を記持することなかれ、五家の門風を記号することなかれ。いはんや三玄三要、四料簡、四照用、九帶等あらんや。いはんや三句、五位、十同真智あらんや。 釈迦老子の道、しかのごとくの小量ならず、しかのごとくを大量とせず、道現成せず、少林曹谿にきこえず。あはれむべし、いま末代の不聞法の禿子等、その身心眼睛くらくしていふところなり。仏祖の兒孫種子、かくのごとくの言語なかれ。仏祖の住持に、この狂言かつてきこゆることなし。後来の阿師等、かつて仏法の全道をきかず、祖道の全靠なく、本分にくらきともがら、わづかに一両の少分に矜高して、かくのごとく宗称を立するなり。立宗称よりこのかたの小兒子等は、本をたづぬべき道を学せざるによりて、いたづらに末にしたがふなり。慕古の志氣なく、混俗の操行あり。俗なほ世俗にしたがふことをいやしとして、いましむるなり。

文王問太公曰、君務挙賢。而不獲其功、世乱愈甚。以致危亡者何也(君務んで賢を挙ぐ。而も其の功を獲ず、世の乱れ愈甚し。以て危亡を致すは何ぞや)。
太公曰、挙賢而不用、是以有挙賢之名也、無得賢之実也(賢を挙げて用ゐず、是を以て挙賢の名有つて、得賢の実無きなり)。
文王曰、其失安在(其の失安くにか在る)。
太公曰、其失在好用世俗之所譽、不得其真実(其の失好んで世俗の譽むる所を用ゐるに在り、其の真実を得ず)。
文王曰、好用世俗之所譽者何也(好んで世俗の譽むる所を用ゐるは何ぞや)。
太公曰、好聴世俗之所譽者、或以非賢為賢、或以非智為智、或以非忠為忠、或以非信為信。君以世俗所譽者為賢智、以世俗之所毀者為不肖。則多黨者進、少儻者退。是以群邪比周而蔽賢、忠臣死於無罪、邪臣虚譽以求爵位。是以世乱愈甚、故其国不免危亡(好んで世俗の譽むる所を聴かば、或いは賢に非ざるを以て賢と為し、或いは智に非ざるを以て智と為し、或いは忠に非ざるを以て忠と為し、或いは信に非ざるを以て信と為す。君世俗の譽むる所の者を以て賢智なりと為、世俗の毀る所の者を以て不肖なりと為。則ち黨多き者は進み、儻少なき者は退く。是を以て群邪比周して賢を蔽ひ、忠臣は罪無きに死し、邪臣は虚譽をもて爵位を求る。是を以て世乱れ愈甚し、故に其の国危亡を免れず)。
俗なほその国その道の危亡することをなげく。仏法仏道の危亡せん、仏子かならずなげくべし。危亡のもとゐは、みだりに世俗にしたがふなり。世俗にほむるところをきく時は、真賢をうることなし。真賢をえんとおもはば、照後観前の智略あるべし。世俗のほむるところ、いまだかならずしも賢にあらず、聖にあらず。世俗のそしるところ、いまだかならずしも賢にあらず、聖にあらず。しかありといへども、賢にしてそしりをまねくと、偽にしてほまれあると、三察するところ、混ずべからず。賢をもちゐざらんは国の損なり、不肖をもちゐんは国のうらみなり。
いま五宗の称を立するは、世俗の混乱なり。この世俗にしたがふものはおほしといへども、俗を俗としれる人すくなし。俗を化するを聖人とすべし、俗にしたがふは至愚なるべし。この俗にしたがはんともがら、いかでか仏正法をしらん、いかにしてか仏となり祖とならん。七仏嫡嫡相承しきたれり。いかでか西天にある依文解義のともがら五部を立するがごとくならん。
しかあればしるべし、仏法の正命を正命とせる祖師は、五宗の家門あるとかつていはざるなり。仏道に五宗ありと学するは、七仏の正嗣にあらず。


先師示衆云、近年祖師道廃、魔黨畜生多。頻頻挙五家門風、苦哉苦哉(先師示衆に云く、近年祖師道廃して、魔黨畜生多し。頻頻に五家の門風を挙す、苦哉苦哉)。
しかあれば、はかりしりぬ、西天二十八代、東地二十二祖、いまだ五宗の家門を開演せざるなり。祖師とある祖師は、みなかくのごとし。五宗を立して各各の宗旨ありと称ずるは、誑惑世間人のともがら、少聞薄解のたぐひなり。仏道におきて、各各の道を自立せば、仏道いかでか今日にいたらん。迦葉も自立すべし、阿難も自立すべし。もし自立する道理を正道とせば、仏法はやく西天に滅しなまし。各各自立せん宗旨、たれかこれ慕古せん。各各に自立せん宗旨、たれか正邪を決擇せん。正邪いまだ決擇せずは、たれかこれを仏法なりとし、仏法にあらずとせん。この道理あきらめずは、仏道と称じがたし。五宗の称は、各各祖師の現在に立せるにあらず。五宗の祖師と称ずる祖師、すでに圓寂ののち、あるいは門下の庸流、まなこいまだあきらかならず、あしいまだあゆまざるもの、父にとはず、祖に違して、立称じきたるなり。そのむねあきらかなり、たれ人もしりぬべし。

大潙山大圓禅師は、百丈大智子なり。百丈と同時に潙山に住す。いまだ仏法を潙仰宗と称ずべしといはず。百丈も、なんぢがときより潙山に住して潙仰宗と称ずべしといはず。師と祖と称ぜず、しるべし、妄称といふことを。たとひ宗号をほしきままにすといふとも、あながちに仰山をもとむべからず。自称すべくは自称すべし。自称すべからざるによりて、前来も自称せず、いまも自称なし。曹谿宗といはず、南嶽宗といはず、江西宗といはず、百丈宗といはず。潙山にいたりて曹谿にことなるべからず。曹谿よりもすぐるべからず、曹谿におよぶべからず。大潙の道取する一言半句、かならずしも仰山と一條拄杖両人舁せず。宗の称を立せんとき、潙山宗といふべし、大潙宗といふべし、潙仰宗と称ずべき道理いまだあらず。潙仰宗と称ずべくは、両位の尊宿の在世に称ずべし。在世に称ずべからんを称ぜざらんは、なにのさはりによりてか称ぜざらん。すでに両位の在世に称ぜざるを、父祖の道を違して潙仰宗と称ずるは、不孝の兒孫なり。これ大潙禅師の本懐にあらず、仰山老人の素意にあらず。正師の正伝なし、邪黨の邪称なることあきらけし。これを尽十方界に風聞することなかれ。

慧照大師は、講経の家門をなげすてて、黄檗の門人となれり。黄檗の棒を喫すること三番、あはせて六十拄杖なり。大愚のところに参じて省悟せり。ちなみに鎭州臨濟院に住せり。黄檗のこころを究尽せずといへども、相承の仏法を臨濟宗となづくべしといふ一句の道取なし、半句の道取なし。豎拳せず、拈払せず。しかあるを、門人のなかの庸流、たちまちに父業をまぼらず、仏法をまぼらず、あやまりて臨濟宗の称を立す。慧照大師の平生に結搆せん、なほ曩祖の道に違せば、その称を立せんこと、豫議あるべし。いはんや、
臨濟将示滅、属三聖慧然禅師云、吾遷化後、不得滅却吾正法眼蔵(臨濟将に滅を示さんとするに、三聖慧然禅師に属して云く、吾れ遷化の後、吾が正法眼蔵を滅却すること得ざれ)。
慧然云、争敢滅却和尚正法眼蔵(争か敢へて和尚の正法眼蔵を滅却せん)。
臨濟云、忽有人問汝、作麼生対(忽ちに人有つて汝に問はんに、作麼生か対せん)。
慧然便喝。
臨濟云、誰知吾正法眼蔵、向這瞎驢邊滅却(誰か知らん吾が正法眼蔵、這瞎驢邊に向つて滅却せんことを)。
かくのごとく師資道取するところなり。臨濟いまだ吾禅宗を滅却することえざれといはず、吾臨濟宗を滅却することえざれといはず、吾宗を滅却することえざれといはず、ただ吾正法眼蔵を滅却することえざれといふ。あきらかにしるべし、仏祖正伝の大道を禅宗と称ずべからずといふこと、臨濟宗と称ずべからずといふことを。さらに禅宗と称ずること、ゆめゆめあるべからず。たとひ滅却は正法眼蔵の理象なりとも、かくのごとく附属するなり。向這瞎驢邊の滅却、まことに附属の誰知なり。臨濟門下には、ただ三聖のみなり。法兄法弟におよぼし、一列せしむべからず。まさに明窓下安排なり。臨濟三聖の因縁は仏祖なり。今日臨濟の附属は、昔日霊山の附属なり。しかあれば、臨濟宗と称ずべからざる道理あきらけし。

雲門山匡真大師、そのかみは陳尊宿に学す、黄檗の兒孫なりぬべし、のちに雪峰に嗣す。この師、また正法眼蔵を雲門宗と称ずべしといはず。門人また潙仰臨濟の妄称を妄称としらず、雲門宗の称を新立せり。匡真大師の宗旨、もし立宗の称をこころざさば、仏法の身心なりとゆるしがたからん。いま宗の称を称ずるときは、たとへば帝者を匹夫と称ぜんがごとし。

清涼院大法眼禅師は、地蔵院の嫡嗣なり。玄沙院の法孫なり。宗旨あり、あやまりなし。大法眼は署する師号なり。これを正法眼蔵の号として法眼宗の称を立すべしといへることを、千言のなかに一言なし、万句のうちに一句なし。しかあるを、門人また法眼宗の称を立す。法眼もしいまを化せば、いまの妄称、法眼宗の道をけづるべし。法眼禅師すでにゆきて、この患をすくふ人なし。たとひ千万年ののちなりとも、法眼禅師に孝せん人は、この法眼宗の称を称とすることなかれ。これ本孝大法眼禅師なり。おほよそ雲門法眼等は、 原高祖の遠孫なり、道骨つたはれ、法髄つたはれり。


高祖悟本大師は雲巖に嗣法す、雲巖は薬山大師の正嫡なり、薬山は石頭大師の正嫡なり、石頭大師は青原高祖の一子なり。齊肩の二三あらず、道業ひとり正伝せり。仏道の正命なほ東地にのこれるは、石頭大師もらさず正伝せりしちからなり。
青原高祖は、曹谿古仏の同時に、曹谿の化儀を青原に化儀せり。在世に出世せしめて、出世を一世に見聞するは、正嫡のうへの正嫡なるべし、高祖のなかの高祖なるべし。雄参学、雌出世にあらず。そのときの齊肩、いま拔群なり。学者ことにしるべきところなり。
曹谿古仏、ちなみに現般涅槃をもて人天を化せし席末に、石頭すすみて所依の師を請ず。古仏ちなみに尋思去としめして尋譲去といはず。しかあればすなはち、古仏の正法眼蔵、ひとり青原高祖の正伝なり。たとひ同得道の神足をゆるすとも、高祖はなほ正神足の独歩なり。曹谿古仏、すでに青原を、わが子を子ならしむ。子の父の、父の父とある、得髄あきらかなり。祖宗の正嗣なることあきらかなり。
洞山大師、まさに青原四世の嫡嗣として、正法眼蔵を正伝し、涅槃妙心開眼す。このほかさらに別伝なし、別宗なし。大師かつて曹洞宗と称ずべしと示衆する拳頭なし、瞬目なし。また門人のなかに庸流まじはらざれば、洞山宗と称ずる門人なし、いはんや曹洞宗といはんや。 曹洞宗の称は、曹山を称じくはふるならん、もししかあらば、雲居同安をもくはへのすべきなり。雲居は人中天上の導師なり、曹山よりも尊崇なり。はかりしりぬ、この曹洞の称は、傍輩の臭皮袋、おのれに齊肩ならんとて、曹洞宗の称を称ずるなり。まことに、白日あきらかなれども、浮雲しもをおほふがごとし。

先師いはく、いま諸方獅子の座にのぼるものおほし、人天の師とあるものおほしといへども、知得仏法道理箇渾無。
このゆゑに、きほうて五宗の宗を立し、あやまりて言句の句にとどこほれるは、真箇に仏祖の怨家なり。あるいは黄龍の南禅師の一派を称じて黄龍宗と称じきたれりといへども、その派とほからずあやまりをしるべし。おほよそ世尊現在、かつて仏宗と称じましまさず、霊山宗と称ぜず、祇園宗といはず、我心宗といはず、仏心宗といはず。いづれの仏語にか仏宗と称ずる。いまの人、なにをもてか仏心宗と称ずる。世尊なにのゆゑにか、あながちに心を宗と称ぜん。宗なにによりてかかならずしも心ならん。もし仏心宗あらば仏身宗あるべし、仏眼宗あるべし。仏耳宗あるべし、仏鼻舌等宗あるべし。仏髄宗、仏骨宗、仏脚宗、仏国宗等あるべし。いまこれなし、しるべし、仏心宗の称は偽称なりといふこと。
釈迦牟尼仏ひろく十方仏土中の諸法実相を挙拈し、十方仏土中をとくとき、十方仏土のなかに、いづれの宗を建立せりととかず。宗の称もし仏祖の法ならば、仏国にあるべし、仏国にあらば仏説すべし。仏不説なり、しりぬ、仏国の調度にあらず。祖道せず、しりぬ、祖域の家具にあらずといふことを。ただ人にわらはるるのみにあらざらん、諸仏のために制禁せられん、また自己のためにわらはれん。つつしんで宗称することなかれ、仏法に五家ありといふことなかれ。

後来智聰といふ小兒子ありて、祖師の一道両道をひろひあつめて、五家の宗派といひ、人天眼目となづく。人これをわきまへず、初心晩学のやから、まこととおもひて、衣領にかくしもてるもあり。人天眼目にあらず、人天の眼目をくらますなり。いかでか瞎却正法眼蔵の功徳あらん。 かの人天眼目は、智聰上座、淳煕戊申十二月のころ、天台山万年寺にして編集せり。後来の所作なりとも、道是あらば聴許すべし。これは狂乱なり、愚暗なり。参学眼なし、行脚眼なし、いはんや見仏祖眼あらんや。もちゐるべからず。智聰といふべからず、愚蒙といふべし。その人をしらず、人にあはざるが言句をあつめて、その人とある人の言句をひろはず。しりぬ、人をしらずといふことを。
震旦国の教学のともがら宗称するは、齊肩の彼彼あるによりてなり。いま仏祖正法眼蔵の附属嫡嫡せり、齊肩あるべからず、混ずべき彼彼なし。かくのごとくなるに、いまの杜撰の長老等、みだりに宗の称をもはらする自專のくはだて、仏道をおそれず。仏道はなんぢが仏道にあらず、諸仏祖の仏道なり、仏道の仏道なり。

太公謂文王曰、天下者、非一人之天下、天下之天下也(太公、文王に謂て曰く、天下は一人の天下に非ず、天下の天下なり)。
しかあれば、俗士なほこれ智あり、この道あり。仏祖屋裏兒、みだりに仏祖の大道を、ほしきままに愚蒙にしたがへて、立宗の自称することなかれ。おほきなるをかしなり、仏道人にあらず。宗称すべくは、世尊みづから称じましますべし。世尊すでに自称しましまさず、兒孫として、なにゆゑにか滅後に称ずることあらん。たれ人か世尊よりも善巧ならん。善巧あらずは、その益なからん。もしまた仏祖古来の道に違背して、自宗を自立せば、たれかなんぢが宗を宗とする仏兒孫あらん。照古観今の参学すべし、みだりなることなかれ。世尊在世に一毫もたがはざらんとする、なほ百千万分の一分におよばざることをうれへ、およべるをよろこび、違せざらんとねがふを、遺弟の畜念とせるのみなり。これをもて多生の値遇奉覲をちぎるべし、これをもて多生の見仏聞法をねがふべし。ことさら世尊在世の化儀にそむきて宗の称を立せん、如来の弟子にあらず、祖師の兒孫にあらず。重逆よりもおもし。たちまちに如来の無上菩提をおもくせず、自宗を自專する、前来を軽忽し、前来をそむくなり。前来もしらずといふべし。世尊在日の功徳を信ぜざるなり。かれらが屋裏に仏法あるべからず。
しかあればすなはち、学仏の道業を正伝せんには、宗の称を見聞すべからず。仏仏祖祖、附属し正伝するは、正法眼蔵無上菩提なり。仏祖所有の法は、みな仏附属しきたれり、さらに剩法のあらたなるあらず。この道理、すなはち法骨道髄なり。

正法眼蔵 第四十四

爾時寛元元年癸卯九月十六日本国在越州吉田縣吉峰寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:09
by writer
正 法 眼 蔵    諸法実相しょほうじっそう  第四十三  
諸 法 実 相
  仏祖の現成は究尽の実相なり。実相は諸法なり。諸法は如是相なり、如是性なり。如是身なり、如是心なり。如是世界なり、如是雲雨なり。如是行住坐臥なり、如是憂喜動静なり。如是拄杖払子なり、如是拈花破顔なり。如是嗣法授記なり。如是参学弁道なり。如是松操竹節なり。 釈迦牟尼仏言、唯仏与仏、乃能究尽、諸法実相。所謂諸法、如是相、如是性、如是体、如是力、如  是作、如是因、如是縁、如是果、如是報、如是本末究竟等。
  いはゆる如来道の本末究竟等は、諸法実相の自道取なり。闍梨自道取なり。一等の参学なり、参学は一等なるがゆゑに、唯仏与仏は諸法実相なり。諸法実相は唯仏与仏なり。唯仏は実相なり、与仏は諸法なり。諸法の道を聞取して、一と参じ、多と参ずべからず。実相の道を聞取して、虚にあらずと学し、性にあらずと学すべからず。実は唯仏なり、相は与仏なり。乃能は唯仏なり、究尽は与仏なり。諸法は唯仏なり、実相は与仏なり。諸法のまさに諸法なるを唯仏と称ず。諸法のいまし実相なるを与仏と称ず。
  しかあれば、諸法のみづから諸法なる、如是相あり、如是性あり。実相のまさしく実相なる、如是相あり、如是性あり。唯仏与仏と出現於世するは、諸法実相の説取なり、行取なり、証取なり。その説取は、乃能究尽なり。究尽なりといへども、乃能なるべし。初中後にあらざるゆゑに、如是相なり、如是性なり。このゆゑに初中後善といふ。
  乃能究尽といふは諸法実相なり。諸法実相は如是相なり。如是相は乃能究尽如是性なり。如是性は乃能究尽如是体なり。如是体は乃能究尽如是力なり。如是力は乃能究尽如是作なり。如是作は乃能究尽如是因なり。如是因は乃能究尽如是縁なり。如是縁は乃能究尽如是果なり。如是果は乃能究尽如是報なり。如是報は乃能究尽本末究竟等なり。
  本末究竟等の道取、まさに現成の如是なり。かるがゆゑに、果果の果は因果の果にあらず。このゆゑに、因果の果はすなはち果果の果なるべし。この果すなはち相性体力をあひ罣礙するがゆゑに、諸法の相性体力等、いく無量無辺も実相なり。この果すなはち相性体力を罣礙せざるがゆゑに、諸法の相性体力等、ともに実相なり。この相性体力等を、果報因縁等のあひ罣礙するに一任するとき、八九成の道あり。この相性体力等を、果報因縁等のあひ罣礙せざるに一任するとき、十成の道あり。
  いはゆるの如是相は一相にあらず。如是相は一如是にあらず。無量無辺、不可道不可測の如是なり。百千の量を量とすべからず、諸法の量を量とすべし、実相の量を量とすべし。そのゆゑは、唯仏与仏乃能究尽諸法実相なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実性なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実体なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実力なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実作なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実因なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実縁なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実果なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実報なり、唯仏与仏乃能究尽諸法実本末究竟等なり。
  かくのごとくの道理あるがゆゑに、十方仏土は唯仏与仏のみなり、さらに一箇半箇の唯仏与仏にあらざるなし。唯と与とは、たとへば体に体を具し、相の相を証せるなり。また性を体として性を存せるがごとし。このゆゑにいはく、 我及十方仏、乃能知是事。
  しかあれば、乃能究尽の正当恁麼時と、乃能知是の正当恁麼時と、おなじくこれ面面の有時なり。我もし十方仏に同異せば、いかでか及十方仏の道取を現成せしめん。這頭に十方なきがゆゑに、十方は這頭なり。ここをもて、実相の諸法に相見すといふは、春は花にいり、人ははるにあふ。月はつきをてらし、人はおのれにあふ。あるいは人の水をみる、おなじくこれ相見底の道理なり。
  このゆゑに、実相の実相に参学するを仏祖の仏祖に嗣法するとす。これ諸法の諸法に授記するなり。唯仏の唯仏のために伝法し、与仏の与仏のために嗣法するなり。
このゆゑに生死去来あり。このゆゑに発心修行菩提涅槃あり。発心修行菩提涅槃を挙して、生死去来真実人体を参究し接取するに、把定し放行す。これを命脈として花開結果す。これを骨髄として迦葉阿難あり。
  風雨水火の如是相すなはち究尽なり。青黄赤白の如是性すなはち究尽なり。この体力によりて転凡入聖す、この果報によりて超仏越祖す。この因縁によりて、握土成金あり、この果報によりて伝法附衣あり。

  如来道、為説実相印。
  いはゆるをいふべし、為行実相印。為聽実性印。為証実体印。かくのごとく参究し、かくのごとく究尽すべきなり。その宗旨、たとへば珠の盤をはしるがごとく、盤の珠をはしるがごとし。

  日月灯明仏言、諸法実相義、已為汝等説(已に汝等が為に説けり)。
  この道取を参学して、仏祖はかならず説実相義を一大事とせりと参究すべし。仏祖は十八界ともに実相義を開説す。身心先、身心後、正当身心時、説実相性体力等なり。実相を究尽せず、実相をとかず、実相を会せず、実相を不会せざらんは、仏祖にあらざるなり。魔黨畜生なり。

  釈迦牟尼仏道、一切菩薩阿耨多羅三藐三菩提、皆属此経。此経開方便門、示真実相(一切菩薩の阿耨多羅三藐三菩提は、皆此の経に属す。此の経は方便門を開き、真実相を示す)。
  いはゆる一切菩薩は一切諸仏なり。諸仏と菩薩と異類にあらず。老少なし、勝劣なし。此菩薩と彼菩薩と、二人にあらず、自他にあらず。過現当来箇にあらざれども、作仏は行菩薩道の法儀なり。初発心に成仏し、妙覚地に成仏す。無量百千万億度作仏せる菩薩あり。作仏よりのちは、行を癈してさらに所作あるべからずといふは、いまだ仏祖の道をしらざる凡夫なり。
  いはゆる一切菩薩は一切菩薩の本祖なり。一切諸仏は一切菩薩の本師なり。この諸仏の無上菩提、たとひ過去に修証するも、現在に修証するも、未来に修証するも、身先に修証するも、心後に修証するも、初中後ともにこの経なり。能属所属、おなじくこの経なり。この正当恁麼時、これ此経の一切菩薩を証するなり。
  経は有情にあらず、経は無情にあらず。経は有為にあらず、経は無為にあらず。しかあれども、菩提を証し、人を証し、実相を証し、此経を証するとき、開方便門するなり。方便門は仏果の無上功徳なり。法住法位なり、世相常住なり。方便門は暫時の伎倆にあらず、尽十方界の参学なり。諸法実相を拈じ参学するなり。この方便門あらはれて、尽十方界に蓋十方界すといへども、一切菩薩にあらざればその境界にあらず。
  雪峰いはく、尽大地是解脱門、曳人不肯入(尽大地は是れ解脱門なり、人を曳けども肯て入らず)。
  しかあればしるべし、尽地尽界たとひ門なりとも、出入たやすかるべきにあらず。出入箇のおほきにあらず。曳入するにいらず、いでず。不曳にいらず、いでず。進歩のもの、あやまりぬべし。退歩のもの、とどこほりぬべし。又且いかん。人を挙して門に出入せしむれば、いよいよ門ととほざかる。門を挙して人にいるるには、出入の分あり。
  開方便門といふは、示真実相なり。示真実相は蓋時にして、初中後際断なり。その開方便門の正当開の道理は、尽十方界に開方便門するなり。この正当時、まさしく尽十方界を覰見すれば、未曽見の様子あり。いはゆる尽十方界を一枚二枚、三箇四箇拈来して、開方便門ならしむるなり。これによりて、一等に開方便門とみゆといへども、如許多の尽十方界は、開方便門の少許を得分して、現成の面目とせりとみゆるなり。かくのごとくの風流、しかしながら属経のちからなり。
  示真実相といふは、諸法実相の言句を尽界に風聞するなり、尽界に成道するなり。実相諸法の道理を尽人に領覽せしむるなり、尽法に現出せしむるなり。
しかあればすなはち、四十仏四十祖の無上菩提、みな此経に属せり。属此経なり、此経属なり。蒲團禅板の阿耨菩提なる、みな此に属せり。拈花破顔、礼拝得髄、ともに皆属此経なり、此経之属なり。開方便門、示真実相なり。

  しかあるを、近来大宋国杜撰のともがら、落処をしらず、悪所をみず。実相の言を虚説のごとくし、さらに老子荘子の言句を挙す。これをもて、仏祖の大道に一齊なりといふ。また三教は一致なるべしといふ。あるいは三教は鼎の三脚のごとし、ひとつもなければくつがへるべしといふ。愚癡のはなはだしき、たとへをとるに物あらず。
  かくのごときのことばあるともがらも仏法をきけりと、ゆるすべからず。ゆゑいかんとなれば、仏法は西天を本とせり。在世八十年、説法五十年、さかりに人天を化す。化一切衆生、皆令入仏道なり。それよりこのかた、二十八祖正伝せり。これをさかりなるとし、微妙最尊なるとせり。もろもろの外道天魔、ことごとく降伏せられをはりぬ。成仏作仏する人天、かずをしらず。しかあれども、いまだ儒教道教を震旦国にとぶらはざれば、仏道の不足といはず。もし決定して三教一致ならば、仏法出現せんとき、西天に儒宗道教等も同時に出現すべし。しかあれども、仏法は天上天下唯我独尊なり。かのときの事、おもひやるべし、わすれあやまるべからず。三教一致のことば、小兒子の言音におよばず、壞仏法のともがらなり。かくのごとくのともがらのみおほきなり。あるいは人天の導師なるよしを現じ、あるいは帝王の師匠となれり。大宋仏法衰薄の時節なり。先師古仏、ふかくこのことをいましめき。
  かくのごときのともがら、二乗外道の種子なり。しかのごときの種類は、実相のあるべしとだにもしらずして、すでに二三百年をへたり。仏祖の正法を参学しては、流転生死を出離すべしとのみいふ。あるいは仏祖の正法を参学するは、いかなるべし、ともしらざるおほし。ただ住院の稽古と思へり。あはれむべし、祖師道癈せることを。有道の尊宿、おほきになげくところなり。しかのごときのともがら所出の言句、きくべからず、あはれむべし。

  圜悟禅師いはく、生死去来、真実人体。
  この道取を拈挙して、みづからをしり仏法を商量すべし。
  長沙いはく、尽十方界、真実人体。尽十方界、自己光明裏。
  かくのごとくの道取、いまの大宋国の諸方長老等、およそ参学すべき道理となほしらず、いはんや参学せんや。もし挙しきたりしかば、ただ赤面無言するのみなり。

  先師古仏いはく、いま諸方長老は、照古なし、照今なし。仏法道理不曽有なり。尽十方界等恁麼挙、那得知。他那裏也未曽聽相似。
  これをききてのち、諸方長老に問著するに、真箇聽来せるすくなし。あはれむべし、虚説にして職をけがせることを。

  應庵曇華禅師、ちなみに徳徽大徳にしめしていはく、若要易会、祗向十二時中起心動念処、但即此動念、直下頓豁了不可得如大虚空、亦無虚空形段、表裏一如智境雙泯、玄解倶亡、三際平等。到此田地、謂之絶学無為閑道人也(若し会し易からんことを要せば、十二時中の起心動念の処に祗向して、但だこの動念に即して、直下頓に不可得なること大虚空の如く、亦虚空に形段無きことを豁了せば、表裏一如にして智境雙泯、玄解倶に亡じ、三際平等ならん。この田地に到る、之を絶学無為の閑道人と謂ふ)。
  これは應庵老人尽力道得底句なり。これただ影をおうて休歇をしらざるがごとし。表裏一如ならんときは、仏法あるべからざるか。なにかこれ表裏。また虚空有形段を仏祖の道取とす。なにをか虚空とする。おもひやるに、應庵いまだ虚空をしらざるなり、虚空をみざるなり。虚空をとらざるなり、虚空をうたざるなり。
  起心動念といふ、心はいまだ動ぜざる道理あり。いかでか十二時中に起心あらん。十二時中には、心きたりいるべからず。十二心中に十二時きたらず、いはんや起心あらんや。動念とはいかん。念は動不動するか、動不動せざるか。作麼生なるか動、また作麼生なるか不動。なにをよんでか念とする。念は十二時中にあるか、念裏に十二時あるか、両頭にあらざらんときあるべきか。
  十二時中に祗向せば易会ならんといふ、なにごとを易会すべきぞ。易会といふ、もし仏祖の道をいふか。しかあらば、仏道は易会難会にあらざるゆゑに、南嶽江西ひさしく師にしたがひて弁道するなり。
  頓豁了不可得といふ、仏祖道未夢見なり。恁麼の力量、いかでか要易会の所堪ならん。はかりしりぬ、仏祖の大道をいまだ参究しきたらずといふことを。仏法もしかくのごとくならば、いかでか今日にいたらん。
  應庵なほかくのごとし。いま現在せる諸山の長老のなかに、應庵のごとくなるものをもとめんに、歴劫にもあふべからず。まなこはうげなんとすとも、應庵とひとしき長老をばみるべからざるなり。ちかくの人はおほく應庵をゆるす。しかあれども、應庵に仏法およべりとゆるしがたし。ただ叢席の晩進なり、尋常なりといふべし。ゆゑはいかん。應庵は人しりぬべき氣力あるゆゑなり。いまあるともがらは人をしるべからず、みづからをしらざるゆゑに。應庵は未達なりといへども学道あり、いまの長老等は学道あらず。應庵はよきことばをきくといへども、みみにいらず、みみにみず。まなこにいらず、まなこにきかざるのみなり。應庵そのかみは恁麼なりとも、いまは自悟在なるらん。
  いまの大宋諸山の長老等は、應庵の内外をうかがはず、音容すべて境界にあらざるなり。しかのごとくのともがら、仏祖の道取せる実相は、仏祖の道なり、仏祖の道にあらずともしるべからず。このゆゑに、二三百年来の長老杜撰のともがら、すべて不見道来実相なり。

  先師天童古仏、ある夜間に方丈にして普説するにいはく、
  天童今夜有牛兒、黄面瞿曇拈実相。
  要買那堪無定價、一声杜宇孤雲上。
  (天童今夜牛兒有り、黄面の瞿曇実相を拈ず。買はんと要するに那ぞ定價無かるべき、一声の杜宇孤雲の上。)
  かくのごとくあれば、尊宿の仏道に長ぜるは実相をいふ。仏法をしらず、仏道の参学なきは実相をいはざるなり。
  この道取は、大宋悪慶二年丙戌春三月のころ、夜間やや四更になりなんとするに、上方に鼓声三下きこゆ。坐具をとり、搭袈裟して、雲堂の前門よりいづれば、入室牌かかれり。まづ衆にしたがうて法堂上にいたる。法堂の西壁をへて、寂光堂の西階をのぼる。寂光堂の西壁のまへをすぎて、大光明蔵の西階をのぼる。大光明蔵は方丈なり。西屏風のみなみより、香台のほとりにいたりて焼香礼拝す。入室このところに雁列すべしとおもふに、一僧もみえず。妙高台は下簾せり、ほのかに堂頭大和尚の法音きこゆ。ときに西川の祖坤維那、きたりておなじく焼香礼拝しをはりて、妙高台をひそかにのぞめば、満衆たちかさなり、東辺西辺をいはず。ときに普説あり、ひそかに衆のうしろにいりたちて聽取す。
  大梅の法常禅師住山の因縁挙せらる。衣荷食松のところに、衆家おほくなみだをながす。霊山釈迦牟尼仏の安居の因縁、くはしく挙せらる。きくものなみだをながすおほし。
  天童山安居ちかきにあり、如今春間、不寒不熱、好坐禅時節也。兄弟如何不坐禅(如今春間、不寒不熱、好坐禅の時節なり。兄弟如何ぞ坐禅せざる)。
  かくのごとく普説して、いまの頌あり。頌をはりて、右手にて禅椅のみぎのほとりをうつこと一下していはく、入室すべし。
  入室話にいはく、杜鵑啼、山竹裂。
  かくのごとく入室語あり、別の話なし。衆家おほしといへども下語せず、ただ惶恐せるのみなり。
  この入室の儀は、諸方にいまだあらず。ただ先師天童古仏のみこの儀を儀せり。普説の時節は、椅子屏風を周匝して、大衆雲立せり。そのままにて、雲立しながら、便宜の僧家より入室すれば、入室をはりぬる人は、例のごとく方丈門をいでぬ。のこれる人は、ただもとのごとくたてれば、入室する人の威儀進止、ならびに堂頭和尚の容儀、および入室話、ともにみな見聞するなり。この儀いまだ他那裏の諸方にあらず。他長老は儀不得なるべし。他時の入室には、人よりはさきに入室せんとす。この入室には、人よりものちに入室せんとす。この人心道別、わすれざるべし。
  それよりこのかた、日本寛元元年癸卯にいたるに、始終一十八年、すみやかに風光のなかにすぎぬ。天童よりこのやまにいたるに、いくそばくの山水とおぼえざれども、美言奇句の実相なる、身心骨髄に銘じきたれり。かのときの普説入室は、衆家おほくわすれがたしとおもえり。この夜は、微月わづかに楼閣よりもりきたり、杜鵑しきりになくといへども、静間の夜なりき。
  玄沙院宗一大師、参次聞燕根声云(参次に燕子の声を聞くに云く)、深談実相、善説法要。下座。
  尋後有僧講益曰(尋いで後に、僧有り講益して曰く)、某甲不会。
  師云、去、無人信汝(去れ、人の汝を信ずること無し)。
  いはゆる深談実相といふは、燕子ひとり実相を深談すると、玄沙の道ききぬべし。しかあれども、しかにはあらざるなり。参次に聞燕子声あり。燕子の実相を深談するにあらず、玄沙の実相を深談するにあらず。両頭にわたらざれども、正当恁麼、すなはち深談実相なり。
  しばらくこの一段の因縁を参究すべし。参次あり、聞燕子声あり、深談実相、善説法要の道取あり、下座あり。尋後有僧講益曰、某甲不会あり。師云、去、無人信汝あり。
  某甲不会、かならずしも講益実相なるべからざれども、これ仏祖の命脈なり、正法眼蔵の骨髄なり。
  しるべし、この僧たとひ講益して某甲会得と道取すとも、某甲説得と道取すとも、玄沙はかならず去、無人信汝と為道すべきなり。会せるを不会と講益するゆゑに、去、無人信汝といふのにはあらざるなり。まことに、この僧にあらざらん張三李四なりとも、諸法実相なりとも、仏祖の命脈の正直に通ずる時処には、実相の参学、かくのごとく現成するなり。青原の会下に、これすでに現成せり。
  しるべし、実相は嫡嫡相承の正脈なり。諸法は究尽参究の唯仏与仏なり、唯仏与仏は如是相好なり。

正法眼蔵 第四十三

爾時 寛元元年 癸卯 九月 在于日本越州吉峰寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:09
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正 法 眼 蔵    説心説性せっしんせっしょう  第四十二  
説心説性

神山僧密禅師、与洞山悟本大師行次、悟本大師、指傍院曰(洞山悟本大師と行次に、悟本大師、傍院を指して曰く)、裏面有人説心説性(裏面に人有りて説心説性す)。
僧密師伯曰、是誰(是れ誰そ)。
悟本大師曰、被師伯一問、直得去死十分(師伯に一問せられて、直に去死十分なることを得たり)。
僧密師伯曰、説心説性底誰(説心説性底は誰そ)。
悟本大師曰、死中得活(死中に活を得たり)。
説心説性は仏道の大本なり、これより仏仏祖祖を現成せしむるなり。説心説性にあらざれば、転妙法輪することなし、発心修行することなし。大地有情同時成道することなし、一切衆生無仏性することなし。拈花瞬目は説心説性なり、破顔微笑は説心説性なり、礼拝依位而立は説心説性なり、祖師入梁は説心説性なり、夜半伝衣は説心説性なり。拈拄杖これ説心説性なり、横払子これ説心説性なり。
おほよそ仏仏祖祖のあらゆる功徳は、ことごとくこれ説心説性なり。平常の説心説性あり、牆壁瓦礫の説心説性あり。いはゆる心生種種法生の道理現成し、心滅種種法滅の道理現成する、しかしながら心の説なる時節なり、性の説なる時節なり。しかあるに、心を通ぜず、性に達せざる庸流、くらくして説心説性をしらず、談玄談妙をしらず、仏祖の道にあるべからざるといふ、あるべからざるとをしふ。説心説性を説心説性としらざるによりて、説心説性を説心説性とおもふなり。これことに大道の通塞を批判せざるによりてなり。

後来、徑山大慧禅師宗杲といふありていはく、いまのともがら、説心説性をこのみ、談玄談妙をこのむによりて、得道おそし。但まさに心性ふたつながらなげすてきたり、玄妙ともに忘じきたりて、二相不生のとき、証契するなり。
この道取、いまだ仏祖の縑緗をしらず、仏祖の列辟をきかざるなり。これによりて、心はひとへに慮知念覚なりとしりて、慮知念覚も心なることを学せざるによりて、かくのごとくいふ。性は澄湛寂静なるとのみ妄計して、仏性法性の有無をしらず、如是性をゆめにもいまだみざるによりて、しかのごとく仏法を僻見せるなり。仏祖の道取する心は皮肉骨髄なり、仏祖の保任せる性は竹箆拄杖なり。仏祖の証契する玄は露柱灯籠なり、仏祖の挙拈する妙は知見解会なり。
仏祖の真実に仏祖なるは、はじめよりこの心性を聴取し、説取し、行取し、証取するなり。この玄妙を保任取し、参学取するなり。かくのごとくなるを学仏祖の兒孫といふ。しかのごとくにあらざれば学道にあらず。このゆゑに得道の得道せず、不得道のとき不得道ならざるなり。得不の時節、ともに蹉過するなり。たとひなんぢがいふがごとく、心性ふたつながら忘ずといふは、心の説あらしむる分なり、百千万億分の少分なり。玄妙ともになげすてきたるといふ、談玄の談ならしむる分なり。この関棙子を学せず、おろかに忘ずといはば、手をはなれんずるとおもひ、身にのがれぬるとしれり。いまだ小乗の局量を解脱せざるなり、いかでか大乗の奥玄におよばん、いかにいはんや向上の関棙子をしらんや。仏祖の茶飯を喫しきたるといひがたし。
参師勤恪するは、ただ説心説性を身心の正当恁麼時に体究するなり、身先身後に参究するなり。さらに二三のことなることなし。

爾時初祖、謂二祖曰、汝但外息諸縁、内心無喘、心如牆壁、可以入道(爾の時に初祖、二祖に謂つて曰く、汝但だ外諸縁を息め、内心に喘ぐこと無く、心牆壁の如くにして以て道に入るべし)。
二祖種種説心説性、倶不証契。一日忽然省得。果白初祖曰、弟子此囘始息諸縁(二祖種種に説心説性すれども、倶に証契せず。一日忽然として省得す。果に初祖に白して曰く、弟子此囘始めて諸縁を息めたり)。
初祖知其已悟、更不窮詰、只曰、莫成断滅否(初祖其の已に悟りたりと知つて、更に窮詰せず、只曰く、断滅と成ること莫しや否や)。
二祖曰、無(無なり)。
初祖曰、子作麼生。
二祖曰、了了常知、故言之不可及(了了として常に知る、故に言も及ぶべからず)。
初祖曰、此乃従上諸仏諸祖、所伝心体、汝今既得、善自護持(此れ乃ち従上の諸仏諸祖、所伝の心体なり、汝今既に得たり、善く自ら護持すべし)。
この因縁、疑著するものあり、挙拈するあり。二祖の初祖に参侍せし因縁のなかの一因縁、かくのごとし。二祖しきりに説心説性するに、はじめは相契せず。やうやく積功累徳して、つひに初祖の道を得道しき。庸愚おもふらくは、二祖はじめに説心説性せしときは証契せず、そのとが、説心説性するにあり。のちには説心説性をすてて証契せりとおもへり。心如牆壁、可以入道の道を参徹せざるによりて、かくのごとくいふなり。これことに学道の区別にくらし。
ゆゑいかんとなれば、菩提心をおこし、仏道修行におもむくのちよりは、難行をねんごろにおこなふとき、おこなふといへども、百行に一当なし。しかあれども、或従知識、或従経卷して、やうやくあたることをうるなり。いまの一当はむかしの百不当のちからなり、百不当の一老なり。聞教修道得証、みなかくのごとし。きのふの説心説性は百不当なりといへども、きのふの説心説性の百不当、たちまちに今日の一当なり。行仏道の初心のとき、未練にして通達せざればとて、仏道をすてて余道をへて仏道をうることなし。仏道修行の始終に達せざるともがら、この通塞の道理なることをあきらめがたし。
仏道は、初発心のときも仏道なり、成正覚のときも仏道なり、初中後ともに仏道なり。たとへば、万里をゆくものの、一歩も千里のうちなり、千歩も千里のうちなり。初一歩と千歩とことなれども、千里のおなじきがごとし。しかあるを、至愚のともがらはおもふらく、学仏道の時は仏道にいたらず、果上の時のみ仏道なりと。挙道説道をしらず、挙道行道をしらず、挙道証道をしらざるによりてかくのごとし。迷人のみ仏道修行して大悟すと学して、不迷の人も仏道修行して大悟すとしらずきかざるともがら、かくのごとくいふなり。証契よりさきの説心説性は、仏道なりといへども、説心説性して証契するなり。証契は迷者のはじめて大悟するをのみ証契といふと参学すべからず。迷者も大悟し、悟者も大悟し、不悟者も大悟し、不迷者も大悟し、証契者も証契するなり。
しかあれば、説心説性は仏道の正直なり。杲公この道理に達せず、説心説性すべからずといふ、仏道の道理にあらず。いまの大宋国には、杲公におよべるもなし。

高祖悟本大師、ひとり諸祖のなかの尊として、説心説性の説心説性なる道理に通達せり。いまだ通達せざる諸方の祖師、いまの因縁のごとくなる道取なし。
いはゆる僧密師伯と大師と行次に、傍院をさしていはく、裏面有人、説心説性。
この道取は、高祖出世よりこのかた、法孫かならず祖風を正伝せり、余門の夢にも見聞せるところにあらず。いはんや夢にも領覽の方をしらんや。ただ嫡嗣たるもの正伝せり。この道理もし正伝せざらんは、いかでか仏道に達本ならん。いはゆるいまの道理は、
或裏或面、有人人有、説心説性なり。面裏心説、面裏性説なり。
これを参究功夫すべし。性にあらざる説いまになし、説にあらざる心いまだあらず。
仏性といふは一切の説なり。無仏性といふは一切の説なり。仏性の性なることを参学すといふとも、有仏性を参学せざらんは学道にあらず、無仏性を参学せざらんは参学にあらず。説の性なることを参学する、これ仏祖の嫡孫なり。性は説なることを信受する、これ嫡孫の仏祖なり。
心は疎動し、性は恬静なりと道取するは外道の見なり。性は澄湛にして、相は遷移すると道取するは外道の見なり。仏道の学心学性しかあらず。仏道の行心行性は外道にひとしからず。仏道の明心明性は外道その分あるべからず。
仏道には有人の説心説性あり、無人の説心説性あり。有人の不説心不説性あり、無人の不説心不説性あり。説心未説心、説性未説性あり。無人のときの説心を学せざれば、説心未到田地なり。有人のときの説心を学せざれば、説心未到田地なり。説心無人を学し、無人説心を学し、説心是人を学し、是人説心を学するなり。
臨濟の道取する尽力はわづかに無位真人なりといへども、有位真人いまだ道取せず。のこれる参学、のこれる道取、いまだ現成せず、未到参徹地といふべし。説心説性は説仏説祖なるがゆゑに、耳処に相見し、眼処に相見すべし。
ちなみに僧密師伯いはく、是誰。
この道取を現成せしむるに、僧密師伯さきにもこの道取に乗ずべし、のちにもこの道取に乗ずべし。是誰は那裏の説心説性なり。しかあれば、是誰と道取せられんとき、是誰と思量取せられんときは、すなはち説心説性なり。この説心説性は、余方のともがら、かつてしらざるところなり。子をわすれて賊とするゆゑに、賊を認して子とするなり。
大師いはく、被師伯一問、直得去死十分。
この道をきく参学の庸流おほくおもふ、説心説性する有人の、是誰といはれて、直得去死十分なるべし。そのゆゑは、是誰のことば、対面不相識なり、全無所見なるがゆゑに死句なるべし。かならずしもしかにはあらず。この説心説性は、徹者まれなりぬべし。十分の去死は一二分の去死にあらず、このゆゑに去死の十分なり。被問の正当恁麼時、たれかこれを遮天遮地にあらずとせん。照古也際断なるべし、照今也際断なるべし。照来也際断なるべし、照正当恁麼時也際断なるべし。
僧密師伯いはく、説心説性底誰。
さきの是誰といまの是誰と、その名は張三なりとも、その人は李四なり。
大師いはく、死中得活。
この死中は、直得去死を直指すとおもひ、説心説性底を直指して是誰とは、みだりに道取するにあらず。是誰は説心説性の有人を差排す、かならず十分の去死を万期せずといふと参学することありぬべし。大師道の死中得活は、有人説心説性の声色現前なり。またさらに十分の去死のなかの一両分なるべし。活はたとひ全活なりとも、死の變じて活と現ずるにあらず。得活の頭正尾正に脱落なるのみなり。
おほよそ仏道祖道には、かくのごとくの説心説性ありて参究せらるるなり。又且のときは十分の死を死して、得活の活計を現成するなり。
しるべし、唐代より今日にいたるまで、説心説性の仏道なることをあきらめず、教行証の説心説性にくらくて、胡説乱道する可憐憫者おほし。身先身後にすくふべし。為道すらくは、説心説性はこれ七仏祖師の要機なり。

正法眼蔵 第四十二

爾時 寛元元年 癸卯 在于日本国越州吉田縣吉峰寺 示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:09
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正 法 眼 蔵    三界唯心さんがいゆいしん  第四十一
第四十一 三界唯心

釈迦大師道、
三界唯一心、心外無別法。
心仏及衆生、是三無差別。
一句の道著は一代の挙力なり、一代の挙力は尽力の全挙なり。たとひ強為の為なりとも、云為の為なるべし。このゆゑに、いま如来道の三界唯心は、全如来の全現成なり。全一代は全一句なり、三界は全界なり。三界はすなはち心といふにあらず。そのゆゑは、三界はいく玲瓏八面も、なほ三界なり。三界にあらざらんと誤著すといふとも、索不著なり。内外中間、初中後際、みな三界なり。三界は三界の所見のごとし。三界にあらざるものの所見は、三界を見不正なり。三界には三界の所見を舊窠とし、三界の所見を新條とす。舊窠也三界見、新條也三界見なり。このゆゑに、

釈迦大師道、不如三界、見於三界。
この所見、すなはち三界なり、この三界は所見のごとくなり。三界は本有にあらず、三界は今有にあらず。三界は新成にあらず、三界は因縁生にあらず。三界は初中後にあらず。出離三界あり、今此三界あり。これ機関の機関と相見するなり、葛藤の葛藤を生長するなり。今此三界は、三界の所見なり。いはゆる所見は、見於三界なり。見於三界は、見成三界なり、三界見成なり、見成公案なり。よく三界をして発心修行菩提涅槃ならしむ。これすなはち皆是我有なり。このゆゑに、

釈迦大師道、今此三界、皆是我有、其中衆生、悉是吾子。
いまこの三界は、如来の我有なるがゆゑに、尽界みな三界なり。三界は尽界なるがゆゑに、今此は過現当来なり。過現当来の現成は、今此を罣礙せざるなり。今此の現成は、過現当来を罣礙するなり。
我有は、尽十方界真実人体なり、尽十方界沙門一隻眼なり。衆生は尽十方界真実体なり。一一衆生の生衆なるゆゑに衆生なり。
悉是吾子は、子也全機現の道理なり。しかあれども、吾子ならず身体髪膚を慈父にうけて、毀破せず、虧闕せざるを、子現成とす。而今は父前子後にあらず、子先父後にあらず。父子あひならべるにあらざるを吾子の道理といふなり。与授にあらざれどもこれをうく、奪取にあらざれどもこれをえたり。去来の相にあらず、大小の量にあらず、老少の論にあらず、老少を仏祖老少のごとく保任すべし。父少子老あり、父老子少あり。父老子老あり、父少子少あり。ちちの老を学するは子にあらず、子の少をへざらんはちちにあらざらん。子の老少と、父の老少と、かならず審細に功夫参究すべし、倉卒なるべからず。父子同時に生現する父子あり、父子同時に現滅する父子あり。父子不同時に現生する父子あり、父子不同時に現滅する父子あり。慈父を罣礙せざれども吾子と現成せり、吾子を罣礙せずして慈父現成せり。有心衆生あり、無心衆生あり。有心吾子あり、無心吾子あり。かくのごとく、吾子、子吾、ことごとく釈迦慈父の令嗣なり。十方尽界にあらゆる過現当来の諸衆生は、十方尽界の過現当の諸仏なり。諸仏の吾子は衆生なり、衆生の慈父は諸仏なり。しかあればすなはち、百草の花果は諸仏の我有なり、巖石の大小は諸仏の我有なり。安処は林野なり、林野は已離なり。
しかもかくのごとくなりといふとも、如来道の宗旨は吾子の道のみなり、其父の道いまだあらざるなり、参究すべし。

釈迦牟尼仏道、諸仏応化法身、亦不出三界。三界外無衆生、仏何所化。是故我言、三界外別有一衆生界蔵者、外道大有経中説、非七仏之所説(諸仏応化の法身も、また三界を出でず。三界の外に衆生無し、仏何の化する所かあらん。是の故に我れ言ふ、三界の外に別に一衆生界蔵有りといふは、外道大有経中の説なり、七仏の所説に非ずと)。
あきらかに参究すべし、諸仏応化法身は、みなこれ三界なり、無外なり。たとへば如来の無外なるがごとし、牆壁の無外なるがごとし。三界の無外なるがごとく、衆生無外なり。無衆生のところ、仏何所化なり。仏所化はかならず衆生なり。
しるべし、三界外に一衆生界蔵を有せしむるは、外道大有経なり、七仏経にあらざるなり。唯心は一二にあらず、三界にあらず。出三界にあらず、無有錯謬なり。有慮知念覚なり、無慮知念覚なり。牆壁瓦礫なり、山河大地なり。心これ皮肉骨髄なり、心これ拈花破顔なり。有心あり、無心あり。有身の心あり、無身の心あり。身先の心あり、身後の心あり。身を生ずるに胎卵濕化の種品あり、心を生ずるに胎卵濕化の種品あり。青黄赤白これ心なり、長短方圓これ心なり。生死去来これ心なり、年月日時これ心なり。夢幻空花これ心なり、水沫泡焔これ心なり。春花秋月これ心なり、造次顛沛これ心なり。しかあれども毀破すべからず、かるがゆゑに諸法実相心なり、唯仏与仏心なり。

玄沙院宗一大師、問地蔵院真応大師云(玄沙院宗一大師、地蔵院真応大師に問うて云く)、三界唯心、汝作麼生会。
真応指椅子曰、和尚喚遮箇作什麼(真応、椅子を指して曰く、和尚遮箇を喚んで什麼とか作す)。
大師云、椅子。
真応曰、和尚不会三界唯心(和尚三界唯心を会せず)。
大師云、我喚遮箇作竹木、汝喚作什麼(我れ遮箇を喚んで竹木と作す、汝喚んで什麼とか作す)。
真応曰、桂你亦喚作竹木(桂你も亦た喚んで竹木と作す)。
大師云、尽大地覓一箇会仏法人不可得(尽大地一箇の会仏法人を覓むるに不可得なり)。
いま大師の問取する三界唯心、汝作麼生会は、作麼生会、未作麼生会、おなじく三界唯心なり。このゆゑに未三界唯心なるべし。
真応このゆゑに椅子をさしていはく、和尚喚遮箇作什麼。しるべし、汝作麼生会は、喚遮箇作什麼なり。
大師道の椅子は、且道すべし、これ会三界語なりや、不会三界語なりや。三界語なりや、非三界語なりや。椅子道なりや、大師道なりや。かくのごとく試道看の道究すべし。試会看の会取あり、試参看の参究あるべし。
真応いはく、和尚不会三界唯心。
この道、たとへば道趙州するなかの東門南門なりといへども、さらに西門北門あるべし。さらに東趙州南趙州あり。たとひ会三界唯心ありとも、さらに不会三界唯心を参究すべきなり。さらにまた会不会にあらざる三界唯心あり。
大師道、我喚遮箇作竹木。
この道取、かならず声前句後に光前絶後の節目を参徹すべし。いはゆる我喚遮箇作竹木、いまの喚作よりさきは、いかなる喚作なりとかせん。従来の八面玲瓏に、初中後ともに竹木なりとやせん。いまの喚作竹木は、道三界唯心なりとやせん、不道三界唯心なりとやせん。しるべし、あしたに三界唯心を道取するには、たとひ椅子なりとも、たとひ唯心なりとも、たとひ三界なりとも、ゆふべに三界唯心を道取するには、我喚遮箇作竹木と道取せらるるなり。
真応道の桂你亦喚作竹木、しるべし、師資の対面道なりといふとも、同参の頭正尾正なるべし。しかありといへども、大師道の喚遮箇作竹木と、真応道の亦喚作竹木と、同なりや不同なりや、是なりや不是なりやと参究すべきなり。
大師云、尽大地覓一箇会仏法人不可得。
この道取をも審細に弁肯すべし。
しるべし、大師もただ喚作竹木なり、真応もただ喚作竹木なり。さらにいまだ三界唯心を会取せず、三界唯心を不会取せず。三界唯心を道取せず、三界唯心を不道取せず。
しかもかくのごとくなりといへども、宗一大師に問著すべし、覓一箇会仏法人不可得はたとひ道著すとも、試道看、なにを喚作してか尽大地とする。
おほよそ恁麼参究功夫すべきなり。

爾時 寛元元年 癸卯 閏七月初一日 在越宇禅師峰頭示衆
同年月廿五日 書寫于院主坊 懐弉

正法眼蔵 三界唯心 第四十一

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:09
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正 法 眼 蔵    栢樹子はくじゅし  第四十
栢樹子

趙州真際大師は、釈迦如来より第参十七世なり。六十一歳にして、はじめて発心し、いへをいでて学道す。このときちかひていはく、たとひ百歳なりとも、われよりもおとれらんは、われかれををしふべし。たとひ七歳なりとも、われよりもすぐれば、われかれにとふべし。恁麼ちかひて、南方へ雲遊す。道をとぶらひゆくちなみに、南泉にいたりて、願和尚を礼拝す。
ちなみに南泉もとより方丈内にありて臥せるついでに、師、来参するにすなはちとふ、近離什麼処(近離什麼れの処ぞ)。
師いはく、瑞像院。
南泉いはく、還見瑞像麼(還た瑞像を見るや)。
師いはく、瑞像即不見、即見臥如来(瑞像は即ち見ず、即ち臥如来を見る)。
ときに南泉いましに起してとふ、你はこれ有主沙彌なりや、無主沙彌なりや。
師、対していはく、有主沙彌。
南泉いはく、那箇是你主。
師いはく、孟春猶寒、伏惟和尚尊体、起居万福。
南泉すなはち維那をよびていはく、此沙彌別処安排(此の沙彌、別処に安排すべし)。
かくのごとくして南泉に寓直し、さらに余方にゆかず。弁道功夫すること参十年なり。寸陰をむなしくせず、雑用あることなし。つひに伝道受業よりのち、趙州の観音院に住することも又参十年なり。その住持の事形、つねの諸方にひとしからず。
或時いはく、
烟火徒労望四隣、
饅頭鎚子前年別。
今日思量空嚥津、
持念少、嗟歎頻。
一百家中無善人、
来者祗道覓茶喫、
不得茶曈去又嗔。
(烟火徒らに労す四隣を望むを、饅頭、鎚子前年より別れぬ。今日思量して空しく嚥津す、持念は少なく、嗟歎は頻なり。一百家中善人無し、来者祗だ道ふ茶を覓めて喫せんと、茶を得て曈はざれば去つて又嗔る。)
あはれむべし、烟火まれなり、一味すくなし。雑味は前年よりあはず、一百家人きたれば茶をもとむ。茶をもとめざるはきたらず。将来茶人は一百家人にあらざらん。これ見賢の雲水ありとも、思齊の龍象なからん。

あるときまたいはく、
思量天下出家人、
似我住持能有幾。
土榻牀、破蘆簾、
老楡木枕全無被。
尊像不焼安息香、
灰裏唯聞牛糞気。
(天下の出家人を思量るに、我に似たる住持能く幾か有らん。土の榻牀、破れたる蘆簾、老楡の木枕全く被無し。尊像には焼かず安息香、灰裏には唯だ聞く牛糞の気。)
これらの道得をもて、院門の潔白しりぬべし。いまこの蹤跡を学習すべし。僧衆おほからず、不満二十衆といふは、よくすることのかたきによりてなり。僧堂おほきならず、前架後架なし。夜間は灯光あらず、冬天は炭火なし。あはれむべき老後の生涯といひぬべし。古仏の操行、それかくのごとし。

あるとき、連牀のあしのをれたりけるに、燼木をなはにゆひつけて年月をふるに、知事、つくりかへんと報ずるに、師、ゆるさざりけり。希代の勝躅なり。
よのつねには、解斉粥米全無粒、空対閑窓与隙塵(解斉の粥米全く粒も無し、空しく閑窓と隙塵とに対ふ)なり。あるいはこのみをひろひて、僧衆もわが身も、茶飯の日用に活計す。いまの晩進、この操行を讃頌する、師の操行におよばざれども、慕古を心術とするなり。

あるとき、衆にしめしていはく、われ南方にありしこと参十年、ひとすぢに坐禅す。なんだち諸人、この一段の大事をえんとおもはば、究理坐禅してみるべし。参年五年、二十年参十年せんに、道をえずといはば、老僧が頭をとりて、杓につくりて小便をくむべし。
かくのごとくちかひける。
まことに坐禅弁道は、仏道の直路なり、究理坐看すべし。
のちに人いはく、趙州古仏なり。

大師因有僧問、如何是祖師西来意(大師に因みに僧有つて問ふ、如何ならんか是れ祖師西来意)。
師云、庭前栢樹子(庭前の栢樹子)。
僧曰、和尚莫以境示人(和尚境を以て人に示すこと莫れ)。
師云、吾不以境示人(吾れ境を以て人に示さず)。
僧曰、如何是祖師西来意(如何ならんか是れ祖師西来意)。
師云、庭前栢樹子(庭前の栢樹子)。
この一則公案は、趙州より起首せりといへども、必竟じて諸仏の渾身に作家しきたれるところなり。たれかこれ主人公なり。
いましるべき道理は、庭前栢樹子、これ境にあらざる宗旨なり。祖師西来意、これ境にあらざる宗旨なり。栢樹子、これ自己にあらざる宗旨なり。和尚莫以境示人なるがゆゑに。吾不以境示人なるがゆゑに。いづれの和尚か和尚にさへられん。さへられずは、吾なるべし。いづれの吾か吾にさへられん。たとひさへらるとも、人なるべし。いづれの境か西来意に罣礙せられざらん。境はかならず西来意なるべきがゆゑに。しかあれども、西来意の境をもちて相待せるにあらず。祖師西来意かならずしも正法眼蔵涅槃妙心にあらざるなり。不是心なり、不是仏なり、不是物なり。
いま、如何祖師西来意と道取せるは、問取のみにあらず、両人同得見のみにあらざるなり。正当恁麼問時は、一人也未可相見なり、自己也能得幾なり。さらに道取するに、渠無不是なり。このゆゑに錯錯なり、錯錯なるがゆゑに将錯就錯なり。承虚接響にあらざらんや。豁達霊根無向背なるがゆゑに、庭前栢樹子なり。
境にあらざれば栢樹子にあるべからず。たとひ境なりとも、吾不以境示人なり、和尚莫境示人なり。古祠にあらず。すでに古祠にあらざれば埋没しもてゆくなり。すでに埋没しもてゆくことあるは、還吾功夫来なり。還吾功夫来なるがゆゑに吾不以境示人なり。さらになにをもてか示人する、吾亦如是なるべし。

大師有僧問、栢樹還有仏性也無(大師に、僧有りて問ふ、栢樹還た仏性有りや無や)。
大師云、有(有り)。
僧曰、栢樹幾時成仏(栢樹幾の時か成仏せん)。
大師云、待虚空落地(虚空の落地するを待つべし)。
僧曰、虚空幾時落地(虚空幾の時か地に落せん)。
大師云、待栢樹子成仏(栢樹子の成仏を待つべし)。
いま大師の道取を聴取し、這僧問取をすてざるべし。大師道の虚空落地時、および栢樹成仏時は、互相の相待なる道得にあらざるなり。栢樹を問取し、仏性を問取す。成仏を問取し、時節を問取す。虚空を問取し、落地を問取するなり。
いま大師の向僧道するに、有と道取するは、栢樹仏性有なり。この道を通達して、仏祖の命脈を通暢すべきなり。いはゆる栢樹に仏性ありといふこと、尋常に道不得なり、未曽道なり。すでに有仏性なり、その為体あきらむべし。有仏性なり、栢樹いまその次位の高低いかん。寿命身量の長短たづぬべし、種姓類族きくべし。さらに百千の栢樹、みな同種姓なるか、別種胤なるか。成仏する栢樹あり、修行する栢樹あり、発心する栢樹あるべきか。栢樹は成仏あれども、修行発心等を具足せざるか。栢樹と虚空と、有甚麼因縁なるぞ。栢樹の成仏、さだめて待曈落地時なるは、栢樹の樹功、かならず虚空なるか。栢樹の地位は、虚空それ初地か、果位か、審細に功夫参究すべし。我還問汝趙州老、曈亦一根枯栢樹(我れ還つて汝に問はん、趙州老、曈も亦た一根の枯栢樹なり)なれば、恁麼の活計を消息せるか。
おほよそ栢樹有仏性は、外道二乗等の境界にあらず、経師論師等の見聞にあらざるなり。いはんや枯木死灰の言華に開演せられんや。ただ趙州の種類のみ参学参究するなり。いま趙州道の栢樹有仏性は、栢樹被栢樹礙也無(栢樹、栢樹に礙へらるや無や)なり、仏性被仏性礙也無(仏性、仏性に礙へらるや無や)なり。この道取、いまだ一仏二仏の究尽するところにあらず。仏面あるもの、かならずしもこの道得を究尽することうべからず。たとひ諸仏のなかにも、道得する諸仏あるべし、道不得なる諸仏あるべし。
いはゆる待虚空落地は、あるべからざることをいふにあらず。栢樹子の成仏する毎度に、虚空落地するなり。その落地響かくれざること、百千の雷よりもすぎたり。栢樹成仏の時は、しばらく十二時中なれども、さらに十参時中なり。その落地の虚空は、凡聖所見の虚空のみにはあらず。このほかに一片の虚空あり、余人所不見なり、趙州一箇見なり。虚空のおつるところの地、また凡聖所領の地にあらず。さらに一片地あり、陰陽所不到なり、趙州一箇到なり。虚空落地の時節、たとひ日月山河なりとも、待なるべし。たれか道取する、仏性かならず成仏すべしと。仏性は成仏以後の荘厳なり。さらに成仏と同生同参する仏性もあるべし。
しかあればすなはち、栢樹と仏性と、異音同調にあらず。為道すらくは何必なり、作麼生と参究すべし。

正法眼蔵 栢樹子 第四十

爾時 仁治参年 壬寅 五月 菖節二十一日 在雍州宇治郡観音導利院示衆
寛元元年 癸卯 七月参日 丁未 書寫于越州吉田郡志比荘吉峰寺院主房 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:08
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正 法 眼 蔵    嗣 書ししょ  第三十九
嗣 書

仏々かならず仏々に嗣法し、祖々かならず祖々に嗣法する、これ証契なり、これ単伝なり。このゆゑに無上菩提なり。仏にあらざれば仏を印証するにあたはず。仏の印証をえざれば、仏となることなし。仏にあらずよりは、たれかこれを最尊なりとし、無上なりと印することあらん。
仏の印証をうるとき、無師独悟するなり、無自独悟するなり。このゆゑに、仏々証嗣し、祖々証契すといふなり。この道理の宗旨は、仏々にあらざればあきらむべきにあらず。いはんや十地等覚の所量ならんや。いかにいはんや経師論師等の測度するところならんや。たとひ為説すとも、かれらきくべからず。
仏々相嗣するがゆゑに、仏道はただ仏々の究尽にして、仏々にあらざる時節あらず。たとへば、石は石に相嗣し、玉は玉に相嗣することあり。菊も相嗣あり、松も印証するに、みな前菊後菊如々なり、前松後松如々なるがごとし。かくのごとくなるをあきらめざるともがら、仏々正伝の道にあふといへども、いかにある道得ならんとあやしむにおよばず。仏々相嗣の祖々証契すといふ領覽あることなし。あはれむべし、仏種族に相似なりといへども、仏子にあらざることを、子仏にあらざることを。

曹谿あるとき衆にしめしていはく、七仏より慧能にいたるに四十祖あり、慧能より七仏にいたるに四十祖あり。
この道理、あきらかに仏祖正嗣の宗旨なり。いはゆる七仏は、過去荘厳劫に出現せるものあり、現在賢劫に出現せるもあり。しかあるを、四十祖の面授をつらぬるは、仏道なり、仏嗣なり。
しかあればすなはち、六祖より向上して七仏にいたれば四十祖の仏嗣あり。七仏より向下して六祖にいたるに四十仏の仏嗣なるべし。仏道祖道、かくのごとし。証契にあらず、仏祖にあらざれば、仏智慧にあらず、祖究尽にあらず。仏智慧にあらざれば、仏信受なし。祖究尽にあらざれば、祖証契せず。しばらく四十祖といふは、ちかきをかつかつ挙するなり。
これによりて、仏々の相嗣すること、深遠にして、不退不転なり、不断不絶なり。その宗旨は、釈迦牟尼仏は七仏已前に成道すといへども、ひさしく迦葉仏に嗣法せるなり。降生より三十歳、十二月八日に成道すといへども、七仏以前の成道なり。諸仏齊肩、同時の成道なり。諸仏以前の成道なり、一切の諸仏より末上の成道なり。
さらに迦葉仏は釈迦牟尼仏に嗣法すると参究する道理あり。この道理をしらざるは、仏道をあきらめず。仏道あきらめざれば仏嗣にあらず。仏嗣といふは、仏子といふことなり。

釈迦牟尼仏、あるとき阿難にとはしむ、過去諸仏、これたれが弟子なるぞ。
釈迦牟尼仏いはく、過去諸仏は、これ我釈迦牟尼仏の弟子なり。
諸仏の仏義、かくのごとし。この諸仏に奉覲して、仏嗣し、成就せん、すなはち仏々の仏道にてあるべし。
この仏道、かならず嗣法するとき、さだめて嗣書あり。もし嗣法なきは天然外道なり。仏道もし嗣法を決定するにあらずよりは、いかでか今日にいたらん。これによりて、仏々なるには、さだめて仏嗣仏の嗣書あるなり、仏嗣仏の嗣書をうるなり。その嗣書の為体は、日月星辰をあきらめて嗣法す、あるいは皮肉骨髄を得せしめて嗣法す。あるいは袈裟を相嗣し、あるいは拄杖を相嗣し、あるいは松枝を相嗣し、あるいは払子を相嗣し、あるいは優曇花を相嗣し、あるいは金襴衣を相嗣す。靸鞋の相嗣あり、竹箆の相嗣あり。
これらの嗣法を相嗣するとき、あるいは指血をして書嗣し、あるいは舌血をして書嗣す。あるいは油乳をもてかき、嗣法する、ともにこれ嗣書なり。嗣せるもの、得せるもの、ともにこれ仏嗣なり。まことにそれ仏祖として現成するとき、嗣法かならず現成す。現成するとき、期せざれどもきたり、もとめざれども嗣法せる仏祖おほし。嗣法あるはかならず仏々祖々なり。
第二十八祖、西来よりこのかた、仏道に嗣法ある宗旨を、東土に正聞するなり。それよりさきは、かつていまだきかざりしなり。西天の論師法師等、およばすしらざるところなり。および十聖三賢の境界およばざるところ、三蔵義学の呪術師等は、あるらんと疑著するにもおよばず。かなしむべし、かれら道器なる人身をうけながら、いたづらに教網にまつはれて透脱の法をしらず、跳出の期を期せざることを。かるがゆゑに、学道を審細にすべきなり、参究の志氣をもはらすべきなり。

道元在宋のとき、嗣書を礼拝することをえしに、多数の嗣書ありき。そのなかに惟一西堂とて、天童に掛錫せしは、越上の人事なり、前住広福寺の堂頭なり。先師と同郷人なり。先師つねにいはく、境風は一西堂に問取すべし。
あるとき西堂いはく、古蹟の可観は人間の珍玩なり、いくばくか見来せる。
道元いはく、見来すくなし。
ときに西堂いはく、吾那裏に一軸の古蹟あり。恁麼次第なり、与老兄看といひて、携来をみれば、嗣書なり。法眼下の嗣書にてありけるを、老宿の衣鉢のなかよりえたりけり。惟一長老のにはあらざりけり。かれにかきたりしは、
初祖摩訶迦葉、悟於釈迦牟尼仏。釈迦牟尼仏、悟於迦葉仏。
かくのごとくかきたり。
道元これをみしに、正嫡の正嫡に嗣法あることを決定信受す。未曽見の法なり。仏祖の冥感して兒孫を護持する時節なり。感激不勝なり。

雲門下の嗣書とて、宗月長老の天童の首座職に充せしとき、道元にみせしは、いま嗣書をうる人のつぎかみの師、および西天東地の仏祖をならべつらねて、その下頭に、嗣書をうる人の名字あり。諸仏祖より直にいまの新祖師の名字につらぬるなり。しかあれば、如来より四十余代、ともに新嗣の名字へきたれり。たとへば、おのおの新祖にさづけたるがごとし。摩訶迦葉阿難陀等は、余門のごとくにつらなれり。
ときに道元、宗月首座にとふ、和尚、いま五家の宗派をつらぬるに、いささか同異あり。そのこころいかん。西天より嫡嫡相嗣せらば、なんぞ同異あらんや。
宗月いはく、たとひ同異はるかなりとも、ただまさに雲門山の仏は、かくのごとくなると学すべし。
釈迦老子、なにによりてか尊重他なる、悟道によりて尊重なり。雲門大師なにによりてか尊重他なる、悟道によりて尊重なり。
道元この話をきくに、いささか領覽あり。
いま江浙に大刹の主とあるは、おほく臨濟雲門洞山等の嗣法なり。しかあるに、臨濟の遠孫と自称するやから、ままにくはだつる不是あり。いはく、善知識の会下に参じて、頂相一幅、法語一軸を懇請して、嗣法の標準にそなふ。しかあるに、一類の狗子あり、尊宿のほとりに法語頂相等を懇請して、かくしたくはふることあまたあるに、晩年におよんで、官家に陪銭し、一院を討得して、住持職に補するときは、法語頂相の師に嗣法せず、当代の名誉のともがら、あるいは王臣に親附なる長老等に嗣法するときは、得法をとはず、名誉をむさぼるのみなり。かなしむべし、末法悪時、かくのごとくの邪風あることを。かくのごとくのやからのなかに、いまだかつて一人としても仏祖の道を夢にも見聞せるあらず。
おほよそ法語頂相等をゆるすことは、教家の講師および在家の男女等にもさづく、行者商客等にもゆるすなり。そのむね、諸家の録にあきらかなり。あるいはその人にあらざるが、みだりに嗣法の証據をのぞむによりて、一軸の書をもとむるに、有道のいたむところなりといへども、なまじひに援筆するなり。しかのごときのときは、古来の書式によらず、いささか師吾のよしをかく。近来の法は、ただその師の会にて得力すれば、すなはちかの師を師と嗣法するなり。かつてその師の印をえざれども、ただ入室上堂に咨参して、長連牀にあるともがら、住院のときは、その師承を挙するにいとまあらざれども、大事打開するとき、その師を師とせるのみおほし。

また龍門仏眼禅師清遠和尚の遠孫にて、伝といふものありき。かの師伝蔵主、また嗣書を帯せり。嘉定のはじめに、輶禅上座、日本国人なりといへども、かの伝蔵やまひしけるに、輶禅よく伝蔵を看病しけるに、勤労しきりなるによりて、看病の労を謝せんがために、嗣書をとりいだして、礼拝せしめけり。みがたきものなり。与你礼拝といひけり。
それよりこのかた、八年ののち、嘉定十六年癸未あきのころ、道元はじめて天童山に寓直するに、輶禅上座、ねんごろに伝蔵主に請じて、嗣書を道元にみせし。その嗣書の様は、七仏よりのち、臨濟にいたるまで、四十五祖をつらねかきて、臨濟よりのちの師は、一圓相をつくりて、そのなかにめぐらして、法諱と花字とをうつしかけり。新嗣はおはりに、年月の下頭にかけり。臨濟の尊宿に、かくのごとくの不同ありとしるべし。

先師天童堂頭、ふかく人のみだりに嗣法を称ずることをいましむ。先師の会は、これ古仏の会なり、叢林の中興なり。みづからもまだらなる袈裟をかけず。芙蓉山の道楷禅師の衲法衣つたはれりといへども、上堂陞座にもちゐず。おほよそ住持職として、まだらなる法衣、かつて一生のうちにかけず。こころあるも、物しらざるも、ともにほめき。真善知識なりと尊重す。
先師古仏、上堂するに、つねに諸方をいましめていはく、近来おほく祖道に名をかれるやから、みだりに法衣を搭し、長髪をこのみ、師号に署するを出世の舟航とせり。あはれむべし、たれかこれをすくはん。うらむらくは、諸方長老無道心にして、学道せざることを。嗣書嗣法の因縁を見聞せるものなほまれなり、百千人中一箇也無。これ祖道淩遅なり。
かくのごとくよのつねにいましむるに、天下の長老うらみず。しかあればすなはち、誠心弁道することあらば、嗣書あることを見聞すべし。見聞することあるは学道なるべし。
臨濟の嗣書は、まづその名字をかきて、某甲子われに参ずともかき、わが会にきたれりともかき、入吾堂奥ともかき、嗣吾ともかきて、ついでのごとく前代をつらぬるなり。かれもいささかいひきたれる法訓あり。いはゆる宗趣は、嗣はをはりはじめにかかはれず、ただ真善知識を相見する的的の宗旨なり。臨濟にはかくのごとくかけるもあり。まのあたりみしによりてしるす。

了派蔵主者、威武人也。今吾子也。徳光参侍徑山杲和尚、徑山嗣夾山勤、勤嗣楊岐演、演嗣海会端、端嗣楊岐会、会嗣慈明圓、圓嗣汾陽照、照嗣首山念、念嗣風穴沼、沼嗣南院顒、顒嗣興化弉。弉是臨濟高祖之長嫡也(了派蔵主は、威武の人なり。今吾が子なり。徳光は徑山杲和尚に参侍し、徑山は夾山勤に嗣し、勤は楊岐演に嗣し、演は海会端に嗣し、端は楊岐会に嗣し、会は慈明圓に嗣し、圓は汾陽照に嗣し、照は首山念に嗣し、念は風穴沼に嗣し、沼は南院顒に嗣し、顒は興化弉に嗣す。弉は是れ臨濟高祖の長嫡なり)。
これは阿育王山仏照禅師徳光、かきて派無際にあたふるを、天童の住持なりしとき、小師僧知庚、ひそかにもちきたりて、了然寮にて道元にみせし。ときに大宋嘉定十七年甲申正月二十一日、はじめてこれをみる、喜感いくそばくぞ。すなはち仏祖の冥感なり、焼香礼拝して披看す。
この嗣書を請出することは、去年七月のころ、師広都寺、ひそかに寂光堂にて道元にかたれり。
道元ちなみに都寺にとふ、如今たれ人かこれを帯持せる。
都寺いはく、堂頭老漢那裏有相似。のちに請出ねんごろにせば、さだめてみすることあらん。
道元このことばをききしより、もとむるこころざし、日夜に休せず。このゆゑに今年ねんごろに小師の僧智庚を屈請し、一片心をなげて請得せりしなり。
そのかける地は、白絹の表背せるにかく。表紙はあかき錦なり。軸は玉なり。長九寸ばかり、闊七尺余なり。閑人にはみせず。
道元すなはち智庚を謝す、さらに即時に堂頭に参じて焼香、礼拝無際和尚。
ときに無際いはく、遮一段事、少得見知。如今老兄知得、便是学道之実帰也(この一段の事、見知すること得るもの少なし。如今老兄知得せり、便ち是れ学道の実帰なり)。
ときに道元喜感無勝。

のちに悪慶のころ、道元、台山鴈山等に雲遊するついでに、平田の万年寺にいたる。ときの住持は福州の元鼒和尚なり。宗鑑長老退院ののち、鼒和尚補す、叢席を一興せり。
人事のついでに、むかしよりの仏祖の家風往来せしむるに、大潙仰山の令嗣話を挙するに、長老いはく、曽看我箇裏嗣書也否。
道元いはく、いかにしてかみることをえん。
長老すなはちみづからたちて、嗣書をささげていはく、這箇はたとひ親人なりといへども、たとひ侍僧のとしをへたるといへども、これをみせしめず。これすなはち仏祖の法訓なり。しかあれども、元鼒ひごろ出城し、見知府のために在城のとき、一夢を感ずるにいはく、大梅山法常禅師とおぼしき高僧ありて、梅花一枝をさしあげていはく、もしすでに船舷をこゆる実人あらんには、花ををしむことなかれといひて、梅花をわれにあたふ。元鼒おぼえずして夢中に吟じていはく、未跨船舷、好与三十(未だ船舷を跨せざるに、好し、三十を与へんに)。しかあるに、不経五日、与老兄相見。いはんや老兄すでに船舷跨来、この嗣書また梅花綾にかけり。大梅のおしふるところならん。夢想と符合するゆゑにとりいだすなり。老兄もしわれに嗣法せんともとむや。たとひもとむとも、をしむべきにあらず。
道元、信感おくところなし。嗣書を請ずべしといへども、ただ焼香礼拝して、恭敬供養するのみなり。ときに焼香侍者法寧といふあり、はじめて嗣書をみるといひき。
道元ひそかに思惟しき、この一段の事、まことに仏祖の冥資にあらざれば見聞なほかたし。邊地の愚人として、なにのさいはひありてか数番これをみる。感涙霑袖。ときに維摩室大舍堂等に、閑闃無人なり。
この嗣書は、落地梅綾のしろきにかけり。長九寸余、闊一尋余なり。軸子は黄玉なり、表紙は錦なり。
道元、台山より天童にかへる路程に、大梅山護聖寺の旦過に宿するに、
大梅祖師きたり、開花せる一枝の梅花をさづくる霊夢を感ず。祖鑑もとも仰憑するものなり。その一枝花の縱横は、一尺余なり。梅花あに優曇花にあらざらんや。夢中と覚中と、おなじく真実なるべし。道元在宋のあひだ、帰国よりのち、いまだ人にかたらず。

いまわが洞山門下に、嗣書をかけるは、臨濟等にかけるにはことなり。仏祖の衣裏にかかれりけるを、青原高祖したしく曹谿の几前にして、手指より浄血をいだしてかき、正伝せられけるなり。この指血に、曹谿の指血を合して書伝せられけると相伝せり。初祖二祖のところにも、合血の儀おこなはれけりと相伝す。これ吾子参吾などはかかず、諸仏および七仏のかきつたへられける嗣書の儀なり。
しかあればしるべし、曹谿の血氣は、かたじけなく青原の浄血に和合し、青原の浄血、したしく曹谿の親血に和合して、まのあたり印証をうることは、ひとり高祖青原和尚のみなり。余祖のおよぶところにあらず。この事子をしれるともがらは、仏法はただ青原のみに正伝せると道取す。

嗣書

先師古仏天童堂上大和尚、しめしていはく、諸仏かならず嗣法あり、いはゆる、
釈迦牟尼仏者、迦葉仏に嗣法す、迦葉仏者、拘那含牟尼仏に嗣法す、拘那含牟尼仏者、拘留孫仏に嗣法するなり。かくのごとく仏々相嗣して、いまにいたると信受すべし。これ学仏の道なり。
ときに道元まうす、迦葉仏入涅槃ののち、釈迦牟尼仏はじめて出世成道せり。いはんやまた賢劫の諸仏、いかにしてか荘厳劫の諸仏に嗣法せん。この道理いかん。
先師いはく、なんぢがいふところは聴教の解なり、十聖参賢等の道なり、仏祖嫡嫡のみちにあらず。わが仏々相伝のみちはしかあらず。
釈迦牟尼仏、まさしく迦葉仏に嗣法せり、とならひきたるなり。釈迦仏の嗣法してのちに、迦葉仏は入涅槃すと参学するなり。釈迦仏もし迦葉仏に嗣法せざらんは、天然外道とおなじかるべし。たれか釈迦仏を信ずるあらん。かくのごとく仏々相嗣して、いまにおよびきたれるによりて、箇箇仏ともに正嗣なり。つらなれるにあらず、あつまれるにあらず。まさにかくのごとく仏々相嗣すると学するなり。諸阿笈摩教のいふところの劫量寿量等にかかはれざるべし。もしひとへに釈迦仏よりおこれりといはば、わづかに二千余年なり、ふるきにあらず。相嗣もわづかに四十余代なり、あらたなるといひぬべし。この仏嗣は、しかのごとく学するにあらず。釈迦仏は迦葉仏に嗣法すると学し、迦葉仏は釈迦仏に嗣法せりと学するなり。かくのごとく学するとき、まさに諸仏諸祖の嗣法にてあるなり。
このとき道元、はじめて仏祖の嗣法あることを稟受するのみにあらず、従来の旧窠をも脱落するなり。

于時日本仁治二年歳次辛丑参月二十七日観音導利興聖悪林寺 入宋伝法沙門道元記
寛元癸卯九月二十四日掛錫於越前吉田縣吉峰古寺草庵 (花押)

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:08
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正 法 眼 蔵    葛 藤かっとう  第三十八  
葛 藤

  釈迦牟尼仏の正法眼蔵無上菩提を証伝せること、霊山会には迦葉大士のみなり。嫡嫡正証二十八世、菩提達磨尊者にいたる。尊者みづから震旦国に祖儀して、正法眼蔵無上菩提を太祖正宗普覚大師に附嘱し、二祖とせり。 第二十八祖、はじめて震旦国に祖儀あるを初祖と称ず、第二十九祖を二祖と称ずるなり。すなはちこれ東土の俗なり。初祖かつて般若多羅尊者のみもとにして、仏訓道骨、まのあたり証伝しきたれり、根源をもて根源を証取しきたれり、枝葉の本とせるところなり。 おほよそ諸聖ともに葛藤の根源を截断する参学に趣向すといへども、葛藤をもて葛藤をきるを截断といふと参学せず、葛藤をもて葛藤をまつふとしらず。いかにいはんや葛藤をもて葛藤に嗣続することをしらんや。嗣法これ葛藤としれるまれなり、きけるものなし。道著せる、いまだあらず。証著せる、おほからんや。
  先師古仏云、胡蘆藤種纏胡蘆(胡蘆藤種、胡蘆を纏ふ)。 この示衆、かつて古今の諸方に見聞せざるところなり。はじめて先師ひとり道示せり。胡蘆藤の胡蘆藤をまつふは、仏祖の仏祖を参究し、仏祖の仏祖を証契するなり。たとへばこれ以心伝心なり。
  第二十八祖、謂門人云(第二十八祖、門人に謂て云く)、時将至矣、汝等盍言所得乎(時将に至りなんとす、汝等盍ぞ所得を言はざるや)。 時門人道副曰(時に門人道副曰く)、如我今所見、不執文字、不離文字、而為道用(我が今の所見の如きは、文字を執せず、文字を離れず、しかも道用をなす)。
  祖曰、汝得吾皮(汝、吾が皮を得たり)。
  尼総持曰、如我今所解、如慶喜見阿閦仏国、一見更不再見(我が今の所解の如きは、慶喜の阿閦仏国を見しに、一見して更に再見せざりしが如し)。
  祖曰、汝得吾肉(汝、吾が肉を得たり)。
  道育曰、四大本空、五陰非有、而我見処、無一法可得(四大本空なり、五陰有に非ず、しかも我が見処は、一法として得べき無し)。
  祖曰、汝得吾骨(汝、吾が骨を得たり)。
  最後慧可、礼三拝後、依位而立(最後に慧可、礼三拝して後、位に依つて立てり)。
  祖曰、汝得吾髄(汝、吾が髄を得たり)。
  果為二祖、伝法伝衣(果して二祖として、伝法伝衣せり)。
   いま参学すべし、初祖道の汝得吾皮肉骨髄は、祖道なり。門人四員、ともに得処あり、聞著あり。その聞著ならびに得処、ともに跳出身心の皮肉骨髄なり、脱落身心の皮肉骨髄なり。知見解会の一著子をもて、祖師を見聞すべきにあらざるなり。能所彼此の十現成にあらず。しかあるを、正伝なきともがらおもはく、四子各所解に親疎あるによりて、祖道また皮肉骨髄の浅深不同なり。皮肉は骨髄よりも疎なりとおもひ、二祖の見解すぐれたるによりて、得髄の印をえたりといふ。かくのごとくいふいひは、いまだかつて仏祖の参学なく、祖道の正伝あらざるなり。
  しるべし、祖道の皮肉骨髄は、浅深に非ざるなり。たとひ見解に殊劣ありとも、祖道は得吾なるのみなり。その宗旨は、得吾髄の為示、ならびに得吾骨の為示、ともに為人接人、拈草落草に足不足あらず。たとへば拈花のごとし、たとへば伝衣のごとし。四員のために道著するところ、はじめより一等なり。祖道は一等なりといへども、四解かならずしも一等なるべきにあらず。四解たとひ片片なりとも、祖道はただ祖道なり。
  おほよそ道著と見解と、かならずしも相委なるべからず。たとへば、祖師の四員の門人にしめすには、なんぢわが皮吾をえたりと道取するなり。もし二祖よりのち、百千人の門人あらんにも、百千道の説著あるべきなり。窮尽あるべからず。門人ただ四員あるがゆゑに、しばらく皮肉骨髄の四道取ありとも、のこりていまだ道取せず、道取すべき道取おほし。しるべし、たとひ二祖に為道せんにも、汝得吾皮と道取すべきなり。たとひ汝得吾皮なりとも、二祖として正法眼蔵を伝附すべきなり。得皮得髄の殊劣によれるにあらず。また道副道育総持等に為道せんにも、汝得吾髄と道取すべきなり。吾皮なりとも、伝法すべきなり。祖師の身心は、皮肉骨髄ともに祖師なり。髄はしたしく、皮はうときにあらず。 いま参学の眼目をそなへたらんに、汝得吾皮の印をうるは、祖師をうる参究なり。通身皮の祖師あり、通身肉の祖師あり、通身骨の祖師あり、通身髄の祖師あり。通身心の祖師あり、通身身の祖師あり、通心心の祖師あり。通祖師の祖師あり、通身得吾汝等の祖師あり。これらの祖師、ならびに現成して、百千の門人に為道せんとき、いまのごとく汝得吾皮と説著するなり。百千の説著、たとひ皮肉骨髄なりとも、傍観いたづらに皮肉骨髄の説著と活計すべきなり。もし祖師の会下に六七の門人あらば、汝得吾心の道著すべし、汝得吾身の道著すべし、汝得吾仏の道著すべし、汝得吾眼睛の道著すべし、汝得吾証の道著すべし。いはゆる汝は、祖なる時節あり、慧可なる時節あり、得の道理を審細に参究すべきなり。 しるべし、汝得吾あるべし、吾得汝あるべし、得吾汝あるべし、得汝吾あるべし。祖師の身心を参見するに、内外一如なるべからず、渾身は通身なるべからずといはば、仏祖現成の国土にあらず。皮をえたらんは、骨肉髄をえたるなり。骨肉髄をえたるは、皮肉面目をえたり。ただこれを尽十方界の真実体と曉了するのみならんや、さらに皮肉骨髄なり。このゆゑに得吾衣なり、汝得法なり。これによりて、道著も跳出の條條なり、師資同参す。聞著も跳出の條條なり、師資同参す。師資の同参究は仏祖の葛藤なり、仏祖の葛藤は皮肉骨髄の命脈なり。拈花瞬目、すなはち葛藤なり。破顔微笑、すなはち皮肉骨髄なり。 さらに参究すべし、葛藤種子すなはち脱体の力量あるによりて、葛藤を纏遶する枝葉花果ありて、囘互不囘互なるがゆゑに、仏祖現成し、公案現成するなり。 趙州真際大師示衆云、迦葉伝与阿難、且道、達磨伝与什麼人(迦葉、阿難に伝与せり、且く道ふべし、達磨什麼人にか伝与せる)。 因僧問、且如二祖得髄の如、又作麼生(且く二祖の得髄の如き、又作麼生)。 師云、莫謗二祖(二祖を謗ずること莫れ)。 師又云、達磨也有語、在外者得皮、在裡者得骨。且道、更在裏者得什麼(達磨也た語くこと有り、外に在る者は皮を得、裡に在る者は骨を得と。且く道ふべし、更に在裏の者は什麼をか得る)。 僧問、如何是得髄底道理(如何ならんか是れ得髄底の道理)。 師云、但識取皮、老僧者裡、髄也不立(但だ皮を識取すべし。老僧が者裡、髄も也た不立なり)。 僧問、如何是髄(如何ならんか是れ髄)。 師云、与麼即皮也摸未著(与麼ならば即ち、皮も也た摸未著なり)。 しかあればしるべし、皮也摸未著のときは、髄也摸未著なり。皮を摸得するは、髄もうるなり。与麼即皮也摸未著の道理を功夫すべし。如何是得髄底道理と問取するに、但識取皮、老僧遮裏、髄也不立と道取現成せり。識取皮のところ、髄也不立なるを、真箇の得髄底の道理とせり。かるがゆゑに、二祖得髄、又作麼生の問取現成せり。迦葉伝与阿難の時節を当観するに、阿難蔵身於迦葉なり、迦葉蔵身於阿難なり。しかあれども、伝与裏の相見時節には、換面目皮肉骨髄の行李をまぬかれざるなり。これによりて、且道、達磨伝与什麼人としめすなり。達磨すでに伝与するときは達磨なり、二祖すでに得髄するには達磨なり。この道理の参究によりて、仏法なほ今日にいたるまで仏法なり。もしかくのごとくならざらんは、仏法の今日にいたるにあらず。この道理、しづかに功夫参究して、自道取すべし、教他道取すべし。 在外者得皮、在裏者得骨、且道、更在裏者得什麼。 いまいふ外、いまいふ裏、その宗趣もとも端的なるべし。外を論ずるとき、皮肉骨髄ともに外あり。裏を論ずるとき、皮肉骨髄ともに裏あり。 しかあればすなはち、いま四員の達磨、ともに百千万の皮肉骨髄の向上を條條に参究せり。髄よりも向上あるべからずとおもふことなかれ。さらに三五枚の向上あるなり。 趙州古仏のいまの示衆、これ仏道なり。自余の臨濟徳山大潙雲門等のおよぶべからざるところ、いまだ夢見せざるところなり。いはんや道取あらんや。近来の杜撰の長老等、ありとだにもしらざるところなり。かれらに為説せば、驚怖すべし。 雪竇明覚禅師云、趙睦二州、是れ古仏なり。 しかあれば、古仏の道は仏法の証験なり。自己の曽道取なり。 雪峰真覚大師云、趙州古仏。 さきの仏祖も古仏の讃歎をもて讃歎す、のちの仏祖も古仏の讃歎をもて讃歎す。しりぬ、古今の向上に超越の古仏なりといふことを。 しかあれば、皮肉骨髄の葛藤する道理は、古仏の示衆する汝得吾の標準なり。この標格を功夫参究すべきなり。 また初祖は西帰するといふ、これ非なりと参学するなり。宋雲が所見かならずしも実なるべからず、宋雲いかでか祖師の去就をみん。ただ祖師帰寂ののち、熊耳山にをさめたてまつりぬるとならひしるを、正学とするなり。

正法眼蔵葛藤第三十八

爾時寛元元年癸卯七月七日

在雍州宇治郡観音導利興聖悪林寺示衆

寛元二年甲辰三月三日

在越州吉田郡吉峰寺侍司書寫 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:08
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正 法 眼 蔵    春 秋しゅんじゅう 第三十七 
春 秋

洞山悟本大師、因僧問、寒暑到来、如何廻避(寒暑到来、如何が廻避せん)。
師云、何不向無寒暑処去(何ぞ無寒暑の処に向つて去らざる)。
僧云、如何是無寒暑処(如何ならんか是れ無寒暑処)。
師云、寒時寒殺闍梨、熱時熱殺闍梨(寒時には闍梨を寒殺し、熱時には闍梨を熱殺す)。
この因縁、かつておほく商量しきたれり、而今おほく功夫すべし。仏祖かならず参来せり、参来せるは仏祖なり。西天東地古今の仏祖、おほくこの因縁を現成の面目とせり。この因縁の面目現成は、仏祖公案なり。
しかあるに、僧問の寒暑到来、如何廻避、くはしくすべし。いはく、正当寒到来時、正当熱到来時の参詳看なり。この寒暑、渾寒渾暑、ともに寒暑づからなり。寒暑づからなるゆゑに、到来時は寒暑づからの頂額より到来するなり、寒暑づからの眼睛より現前するなり。この頂額上、これ無寒暑のところなり。この眼睛裏、これ無寒暑のところなり。
高祖道の寒時寒殺闍梨、熱時熱殺闍梨は、正当到時の消息なり。いはゆる寒時たとひ道寒殺なりとも、熱時かならずしも熱殺道なるべからず。寒也徹帯寒なり、熱也徹帯熱なり。たとひ万億の廻避を参得すとも、なほこれ以頭換尾なり。寒はこれ祖宗の活眼睛なり、暑はこれ先師の煖皮肉なり。

浄因枯木禅師、嗣芙蓉和尚、諱法成和尚、云、衆中商量道、這僧問既落偏、洞山答帰正位。其僧言中知音、却入正来、洞山却従偏去。如斯商量、不唯謗涜先聖、亦乃屈沈自己。不見道、聞衆生解、意下丹青、目前雖美、久蘊成病(浄因枯木禅師、芙蓉和尚に嗣す、諱は法成和尚、云く、衆中に商量して道ふ、この僧の問、既に偏に落つ、洞山の答は正位に帰す。其の僧、言中に音を知つて却つて正に入り来る。洞山却つて偏に従ひ去く。斯くの如く商量するは、唯だ先聖を謗涜するのみにあらず、亦た乃ち自己を屈沈す。道ふことを見ずや、衆生の解を聞くに、意下に丹青す。目前美なりと雖も、久しく蘊んで病と成ると)。
大凡行脚高士、欲窮此事、先須識取上祖正法眼蔵。其余仏祖言教、是什麼熱椀鳴声。雖然如是、敢問諸人、畢竟作麼生是無寒暑処。還会麼(大凡行脚の高士、此の事を窮めんと欲はば、先づ須らく上祖の正法眼蔵識取すべし。其の余の仏祖の言教は、是れ什麼の熱椀鳴声ぞ。然も是の如くなりと雖も、敢て諸人に問ふ、畢竟じて作麼生ならんか是れ無寒暑処。還た会すや)。
玉楼巣翡翠、金殿?鴛鴦(玉楼に翡翠巣ひ、金殿鴛鴦?せり)。
師はこれ洞山の遠孫なり。しかあるに、箇箇おほくあやまりて、偏正の窟宅にして高祖洞山大師を礼拝せんとすることを炯誡するなり。仏法もし偏正の商量より相伝せば、いかでか今日にいたらん。あるいは野猫兒、あるいは田?奴、いまだ洞山の堂奥を参究せず。かつて仏法の道?を行李せざるともがら、あやまりて洞山に偏正等の五位ありて人を接すといふ。これは胡説乱説なり、見聞すべからず。ただまさに上祖の正法眼蔵あることを参究すべし。

慶元府天童山、宏智禅師、嗣丹霞和尚、諱正覚和尚、云、若論此事、如両家著碁相似。?不応我著、我即瞞汝去也。若恁麼体得、始会洞山意。天童不免下箇注脚(慶元府天童山、宏智禅師、丹霞和尚に嗣す、諱は正覚和尚、云く、若し此の事を論ぜば、両家の著碁するが如くに相似なり。?我が著に応ぜずは、我れ即ち汝を瞞じ去らん。若し恁麼に体得せば、始めて洞山の意を会すべし。天童免がれず箇の注脚を下すことを)。
しばらく、著碁はなきにあらず、作麼生是両家。もし両家著碁といはば、八目なるべし。もし八目ならん、著碁にあらず、いかん。いふべくはかくのごとくいふべし、著碁一家、敵手相逢なり。
しかありといふとも、いま宏智道の?不応我著、こころをおきて功夫すべし。身をめぐらして参究すべし。?不応我著といふは、なんぢ、われなるべからずといふなり。我即瞞汝去也、すごすことなかれ。泥裏有泥なり。蹈者あしをあらひ、また纓をあらふ。珠裏有珠なり、光明するに、かれをてらし、自をてらすなり。

夾山圜悟禅師、嗣五祖法演禅師、諱克勤和尚(夾山圜悟禅師、五祖法演禅師に嗣す、諱は克勤和尚)、云、
盤走珠、珠走盤。
偏中正、正中偏。
羚羊掛角無蹤跡、
獵狗遶林空?蹈。
(盤、珠を走らせ、珠、盤に走る。偏中正、正中偏。羚羊角を掛けて蹤跡無し、獵狗林を遶りて空らに?蹈す。)
いま盤走珠の道、これ光前絶後、古今罕聞なり。古来はただいはく、盤にはしる珠の住著なきがごとし。羚羊いまは空に掛角せり、林いま獵狗をめぐる。

慶元府雪竇山資聖寺明覚禅師、嗣北塔祚和尚、諱重顕和尚(慶元府雪竇山資聖寺明覚禅師、北塔祚和尚に嗣す。諱は重顕和尚)、云、
垂手還同万仭崖、
正偏何必在安排。
琉璃古殿照明月、
忍俊韓?空上階。
(垂手還つて万仭の崖に同じ、正偏何ぞ必ずしも安排すること在らん。琉璃の古殿明月照らす、忍俊の韓?空らに階に上る。)
雪竇は雲門三世の法孫なり。参飽の皮袋といひぬべし。いまも、かならずしもしかあるべからず。いま僧問山示の因縁、あながちに垂手不垂手にあらず、出世不出世にあらず。いはんや偏正の道をもちゐんや。偏正の眼をもちゐざれば、此因縁に下手のところなきがごとし。参請の巴鼻なきがごとくなるは、高祖の辺域にいたらず、仏法の大家を?見せざるによれり。さらに草鞋を拈来して参請すべし。みだりに高祖の仏法は正偏等の五位なるべしといふこと、やみね。

東京天寧長霊禅師守卓和尚云、
偏中有正正中偏、
流落人間千百年。
幾度欲帰帰未得、
門前依旧草芋芋。
(偏中正有り正中偏、人間に流落すること千百年。幾度か帰らんとして帰ること未だ得ず、門前旧に依つて草芋芋。)
これもあながちに偏正と道取すといへども、しかも拈来せり。拈来はなきにあらず、いかならんかこれ偏中有。

潭州大?仏性和尚、嗣圜悟、諱法泰(潭州大?仏性和尚、圜悟に嗣す、諱は法泰)、云、
無寒暑処為君通、
枯木生花又一重。
堪笑刻舟求剣者、
至今猶在冷灰中。
(無寒暑の処君が為に通ぜん、枯木花生くこと又一重。笑ふ堪し舟に刻して剣を求むる者、今に至りて猶ほ冷灰の中に在り。)
この道取、いささか公案踏著戴著の力量あり。

?潭湛堂文準禅師云、
熱時熱殺寒時寒、
寒暑由来総不干。
行尽天涯諳世事、
老君頭戴?皮冠。
(熱時は熱殺し寒時は寒、寒暑由来総に不干なり。天涯を行尽して世事を諳んず、老君が頭に?皮冠を戴す。)
しばらくとふべし、作麼生ならんかこれ不干底道理。速道速道。

湖州何山仏灯禅師、嗣太平仏鑑慧懃禅師、諱守葈和尚(湖州何山仏灯禅師、太平仏鑑慧懃禅師に嗣す、諱は守葈和尚)、云、
無寒暑処洞山道、
多少禅人迷処所。
寒時向火熱乗涼、
一生免得避寒暑。
(無寒暑処洞山の道、多少の禅人か処所に迷ふ。寒時は火に向ひ熱には乗涼す、一生免得して寒暑を避れり。)
この葈師は、五祖法演禅師の法孫といへども、小兒子の言語のごとし。しかあれども、一生免得避寒暑、のちに老大の成風ありぬべし。いはく、一生とは尽生なり、避寒暑は脱落身心なり。

おほよそ諸方の諸代、かくのごとく鼓両片皮をこととして頌古を供達すといへども、いまだ高祖洞山の辺事を?見せず。いかんとならば、仏祖の家常には、寒暑いかなるべしともしらざるによりて、いたづらに乗涼向火とらいふ。ことにあはれむべし、なんぢ老尊宿のほとりにして、なにを寒暑といふとか聞取せし。かなしむべし、祖師道廃せることを。この寒暑の形段をしり、寒暑の時節を経歴し、寒暑を使得しきたりて、さらに高祖為示の道を頌古すべし、拈古すべし。いまだしかあらざらんは、知非にはしかじ。俗なほ日月をしり、万物を保任するに、聖人賢者のしなじなあり。君子と愚夫のしなじなあり。仏道の寒暑、なほ愚夫の寒暑とひとしかるべしと錯会することなかれ。直須勤学すべし。

正法眼蔵 春秋 第三十七

爾時寛元二年甲辰在越宇山奥再示衆
逢仏時而転仏鱗経。祖師道、衆角雖多一鱗足矣(逢仏の時にして仏鱗経を転ず。祖師道はく、衆角多しと雖も一鱗に足れり)。

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:08
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正 法 眼 蔵    阿羅漢あらかん 第三十六 
阿羅漢

諸漏已尽、無復煩悩、逮得己利、尽諸有結、心得自在(諸漏已に尽き、復た煩悩無く、己利を逮得して、諸の有結を尽し、心自在を得たり)。
これ大阿羅漢なり、学仏者の極果なり。第四果となづく、仏阿羅漢あり。
諸漏は没柄破木杓なり。用来すでに多時なりといへども、已尽は木杓の渾身跳出なり。逮得己利は頂額に出入するなり。尽諸有結は尽十方界不曽蔵なり。心得自在の形段、これを高処自高平、低処自低平と参究す。このゆゑに、牆壁瓦礫あり。自在といふは、心也全機現なり。無復煩悩は未生煩悩なり、煩悩被煩悩礙をいふ。
阿羅漢の神通智慧、禅定説法、化道放光等、さらに外道天魔等の論にひとしかるべからず。見百仏世界等の論、かならず凡夫の見解に準ずべからず。将謂胡鬚赤、更有赤鬚胡の道理なり。入涅槃は、阿羅漢の入拳頭裡の行業なり。このゆゑに涅槃妙心なり、無廻避処なり。入鼻孔の阿羅漢を真阿羅漢とす、いまだ鼻孔に出入せざるは、阿羅漢にあらず。
古云、我等今日、真阿羅漢、以仏道声、令一切聞(古く云く、我等今日、真阿羅漢なり、仏道声を以て、一切をして聞かしむ)。
いま令一切聞といふ宗旨は、令一切諸法仏声なり。あにただ諸仏及弟子のみを挙拈せんや。有識有知、有皮有肉、有骨有髄のやから、みなきかしむるを、令一切といふ。有識有知といふは、国土草木、牆壁瓦礫なり。搖落盛衰、生死去来、みな聞著なり。以仏道声、令一切聞の由来は、渾界を耳根と参学するのみにあらず。

釈迦牟尼仏言、若我弟子、自謂阿羅漢辟支仏者、不聞不知諸仏如来但教化菩薩事、此非仏弟子、非阿羅漢、非辟支仏(釈迦牟尼仏言く、若し我が弟子、自ら阿羅漢辟支仏なりと謂て、諸仏如来の但だ菩薩のみを教化したまふ事を知らず聞かずは、此れ仏弟子に非ず、阿羅漢に非ず、辟支仏に非ず)。
仏言の但教化菩薩事は、我及十方仏、乃能知是事なり。唯仏与仏、乃能究尽、諸法実相なり。阿耨多羅三藐三菩提なり。しかあれば、菩薩諸仏の自謂も、自謂阿羅漢辟支仏者に一齊なるべし。そのゆゑはいかん。自謂すなはち聞知諸仏如来、但教化菩薩事なり。
古云、声聞経中、称阿羅漢、名為仏地(古に云く、声聞経の中には、阿羅漢を称じて、名づけて仏地となす)。
いまの道著、これ仏道の証明なり。論師胸臆の説のみにあらず、仏道の通軌あり。阿羅漢を称じて仏地とする道理をも参学すべし。仏地を称じて阿羅漢とする道理をも参学すべきなり。阿羅漢果のほかに、一塵一法の剰法あらず、いはんや三藐三菩提あらんや。阿耨多羅三藐三菩提のほかに、さらに一塵一法の剰法あらず。いはんや四向四果あらんや。阿羅漢擔来諸法の正当恁麼時、この諸法、まことに八両にあらず、半斤にあらず。不是心、不是仏、不是物なり。仏眼也?不見なり。八万劫の前後を論ずべからず。抉出眼睛の力量を参学すべし。剰法は渾法剰なり。

釈迦牟尼仏言、是諸比丘比丘尼、自謂已得阿羅漢、是最後身、究竟涅槃、便不復志求阿耨多羅三藐三菩提。当知、此輩皆是増上慢人。所以者何、若有比丘、実得阿羅漢、若不信此法、無有是処(釈迦牟尼仏言く、是の諸の比丘比丘尼、自ら已に阿羅漢を得たり、是れ最後身なり、究竟涅槃なりと謂うて、便ち復た阿耨多羅三藐三菩提を志求せざらん。当に知るべし、此輩皆な是れ増上慢人なり。所以者何、若し比丘有つて、実に阿羅漢を得て、若し此の法を信ぜざらん、是の処有ること無けん)。
いはゆる阿耨多羅三藐三菩提を能信するを、阿羅漢と証す。必信此法は、附嘱此法なり、単伝此法なり、修証此法なり。実得阿羅漢は、是最後身、究竟涅槃にあらず、阿耨多羅三藐三菩提を志求するがゆゑに。志求阿耨多羅三藐三菩提は、弄眼睛なり、壁面打坐なり、面壁開眼なり。?界なりといへども、神出鬼没なり。亙時なりといへども、互換投機なり。かくのごとくなるを、志求阿耨多羅三藐三菩提といふ。このゆゑに、志求阿羅漢なり。志求阿羅漢は、粥足飯足なり。

夾山圜悟禅師云、古人得旨之後、向深山茆茨石室、折脚鐺子煮飯喫十年二十年、大忘人世永謝塵寰。今時不敢望如此、但只韜名晦迹守本分、作箇骨律錐老衲、以自契所証、随己力量受用。消遣舊業、融通宿習、或有余力、推以及人、結般若縁、練磨自己脚跟純熟。正如荒草裡撥剔一箇半箇。同知有、共脱生死、転益未来、以報仏祖深恩。抑不得已、霜露果熟、推将出世、応縁順適、開托人天、終不操心於有求。何況依倚貴勢、作流俗阿師、挙止欺凡罔聖、苟利図名、作無間業。縦無機縁、只恁度世亦無業果、真出塵羅漢耶
(夾山圜悟禅師云く、古人得旨の後、深山茆茨石室に向いて、折脚の鐺子もて飯を煮ぎて喫ふこと十年二十年、大きに人の世を忘れ永く塵寰を謝す。今時敢て此の如くなるを望まず、但只名を韜み迹を晦まして本分を守り、箇の骨律錐の老衲と作つて、以て自ら所証に契ひ、己が力量に随つて受用せん。舊業を消遣し、宿習を融通し、或し余力有らば推して以て人に及ぼし、般若の縁を結び、自己の脚跟を練磨して純熟ならしめん。正に荒草裏に一箇半箇を撥剔するが如し。同じく有ることを知り、共に生死を脱し、転た未来を益し、以て仏祖の深恩に報ぜん。抑已むことを得ず、霜露果熟して、推して将て出世し、縁に応じて順適し、人天を開托して、終に心を有求に操らず。何に況んや貴勢に依倚し、流俗の阿師と作つて、挙止凡を欺き聖を罔みし、利を苟り名に図り、無間の業を作さんや。縦ひ機縁無からんにも、只だ恁く度世して亦た業果無き、真の出塵の羅漢ならん)。
しかあればすなはち、而今本色の衲僧、これ真出塵阿羅漢なり。阿羅漢の性相をしらんことは、かくのごとくしるべし。西天の論師等のことばを妄計することなかれ。東地の圜悟禅師は、正伝の嫡嗣ある仏祖なり。

洪州百丈山大智禅師云、眼耳鼻舌身意、各各不貪染一切有無諸法、是名受持四句偈、亦名四果(洪州百丈山大智禅師云く、眼耳鼻舌身意、各各一切有無諸法に貪染せず、是を受持四句偈と名づけ、亦た四果と名づく)。
而今の自他にかかはれざる眼耳鼻舌身意、その頭正尾正、はかりきはむべからず。このゆゑに、渾身おのれづから不貪染なり、渾一切有無諸法に不貪染なり。受持四句偈、おのれづからの渾渾を不貪染といふ、これをまた四果となづく。四果は阿羅漢なり。
しかあれば、而今現成の眼耳鼻舌身意、すなはち阿羅漢なり。構本宗末、おのづから透脱なるべし。始到牢関なるは受持四句偈なり、すなはち四果なり。透頂透底、全体現成、さらに絲毫の遺漏あらざるなり。畢竟じて道取せん、作麼生道。いはゆる、
羅漢在凡、諸法教他?礙。羅漢在聖、諸法教他解脱。須知、羅漢与諸法同参也。既証阿羅漢、被阿羅漢礙也。所以空劫以前老拳頭也(羅漢凡に在るや、諸法他をして?礙せしむ。羅漢聖に在るや、諸法他をして解脱せしむ。須らく知るべし、羅漢と諸法と同参なり。既に阿羅漢を証すれば、阿羅漢に礙へらる。所以に空劫以前の老拳頭なり)。

正法眼蔵阿羅漢第三十六

爾時仁治三年壬寅夏五月十五日住于雍州宇治郡観音導利興聖宝林寺示衆
建治元年六月十六日書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:08
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正 法 眼 蔵    神 通じんつう  第三十五  
神 通

かくのごとくなる神通は、仏家の茶飯なり、諸仏いまに懈倦せざるなり。これに六神通あり、一神通あり。無神通あり、最上通あり。朝打三千なり、暮打八百なるを為体とせり。与仏同生せりといへども仏にしられず、与仏同滅すといへども仏をやぶらず。上天に同條なり、下天にも同條なり、修行取証、みな同條なり。同雪山なり、如木石なり。過去の諸仏は釈迦牟尼仏の弟子なり、袈裟をささげてきたり、塔をささげきたる。このとき釈迦牟尼仏いはく、諸仏神通不可思議なり。しかあればしりぬ、現在未来も亦復如是なり。

大?禅師は、釈迦如来より直下三十七世の祖なり、百丈大智の嗣法なり。いまの仏祖、おほく十方に出興せる、大?の遠孫にあらざるなし、すなはち大?の遠孫なり。
大?あるとき臥せるに、仰山来三す。大?すなはち転面向壁臥す。
仰山いはく、慧寂これ和尚の弟子なり、形迹もちゐざれ。
大?おくるいきほひをなす。仰山すなはちいづるに、大?召して寂子とめす。
仰山かへる。
大?いはく、老僧ゆめをとかん、きくべし。
仰山かうべをたれて聴勢をなす。
大?いはく、わがために原夢せよ、みん。
仰山一盆の水、一條の手巾をとりてきたる。
大?つひに洗面す。洗面しをはりてわづかに坐するに、香厳きたる。
大?いはく、われ適来寂子と一上の神通をなす。不同小小なり。
香厳いはく、智閑下面にありて、了了に得知す。
大?いはく、子、こころみに道取すべし。
香厳すなはち一椀の茶を点来す。
大?ほめていはく、二子の神通智慧、はるかに?子目連よりもすぐれたり。
仏家の神通をしらんとおもはば、大?の道取を三学すべし。
不同小小のゆゑに、作是学者、名為仏学、不是学者、不名仏学(是の学を作す者を名づけて仏学と為し、是の学にあらざれば仏学と名づけず)なるべし。嫡嫡相伝せる神通智慧なり。さらに西天竺国の外道二乗の神通、および論師等の所学を学することなかれ。
いま大?の神通を学するに、無上なりといへども、一上の見聞あり。いはゆる臥次よりこのかた、転面向壁臥あり、起勢あり、召寂子あり、説箇夢あり、洗面了纔坐あり、仰山又低頭聴あり、盆水来、手巾来あり。
しかあるを、大?いはく、われ適来寂子と一上の神通をなすと。
この神通を学すべし。仏法正伝の祖師、かくのごとくいふ。説夢洗面といはざることなかれ、一上の神通なりと決定すべし。すでに不同小小といふ、小乗小量小見におなじかるべからず、十聖三賢等に同ずべきにあらず。かれらみな小神通をならひ、小身量のみをえたり。仏祖の大神通におよばず。これ仏神通なり、仏向上神通なり。この神通をならはん人は、魔外にうごかざるべからざるなり。経師論師いまだきかざるところ、きくとも信受しがたきなり。二乗外道経師論師等は小神通をならふ、大神通をならはず。諸仏は大神通を住持す、大神通を相伝す。これ仏神通なり。仏神通にあらざれば、盆水来、手巾来せず。転面向壁臥なし、洗面了纔坐なし。
この大神通のちからにおほはれて、小神通等もあるなり。大神通は小神通を接す、小神通は大神通をしらず。小神通といふは、いはゆる毛呑巨海、芥納須彌なり。また身上出水、身下出火等なり。又五通六通、みな小神通なり。これらのやから、仏神通は夢也未見聞在なり。五通六通を小神通といふことは、五通六通は修証に染汚せられ、際断を時処にうるなり。在生にありて身後に現ぜず、自己にありて他人にあらず。此土に現ずといへども他土に現ぜず。不現に現ずといへども、現時に現ずることをえず。
この大神通はしかあらず。諸仏の教行証、おなじく神通に現成せしむるなり。ただ諸仏の邊に現成するのみにあらず、仏向上にも現成するなり。神通仏の化儀、まことに不可思議なるなり。有身よりさきに現ず、現の三際にかかはれぬあり。仏神通にあらざれば、諸仏の発心修行菩提涅槃いまだあらざるなり。いまの無尽法界海の常不変なる、みなこれ仏神通なり。毛呑巨海のみにあらず、毛保任巨海なり、毛現巨海なり、毛吐巨海なり、毛使巨海なり。一毛に尽法界を呑却し吐却するとき、ただし一尽法界かくのごとくなれば、さらに尽法界あるべからずと学することなかれ。芥納須彌等もまたかくのごとし。芥吐須彌および芥現法界、無尽蔵海にてもあるなり。毛吐巨海、芥吐巨海するに、一念にも吐却す、万劫にも吐却するなり。万劫一念、おなじく毛芥より吐却せるがゆゑに。毛芥はさらになによりか得せる。すなはちこれ神通より得せるなり。この得、すなはち神通なるがゆゑに、ただまさに神通の神通を出生するのみなり。さらに三世の存沒あらずと学すべきなり。諸仏はこの神通のみに遊戯するなり。

?居士蘊公は、祖席の偉人なり。江西石頭の両席に三学せるのみにあらず、有道の宗師おほく相見し、相逢しきたる。あるときいはく、神通竝妙用、運水及搬柴。
この道理、よくよく三究すべし。いはゆる運水とは、水を運載しきたるなり。自作自為あり、他作教他ありて、水を運載せしむ。これすなはち神通仏なり。しることは有時なりといへども、神通はこれ神通なり。人のしらざるには、その法の癈するにあらず、その法の滅するにあらず。人はしらざれども、法は法爾なり。運水の神通なりとしらざれども、神通の運水なるは不退なり。
搬柴とは、たきぎをはこぶなり。たとへば六祖のむかしのごとし。朝打三千にも神通としらず、暮打八百にも神通とおぼへざれども、神通の現成なり。
まことに諸仏如来の神通妙用を見聞するは、かならず得道すべし。このゆゑに一切諸仏の得道、かならずこの神通力に成就せるなり。しかあれば、いま小乗の出水、たとひ小神通なりといふとも、運水の大神通なることを学すべし。運水搬柴はいまだすたれざるところ、人さしおかず。ゆゑにむかしよりいまにおよぶ、これよりかれにつたはれり。須臾も退転せざるは神通妙用なり。これは大神通なり、小小とおなじかるべきにあらず。

洞山悟本大師、そのかみ雲巌に侍せりしとき、雲巌とふ、いかなるかこれ价子神通妙用。
ときに洞山叉手近前而立。
又雲巌とふ、いかならんか神通妙用。
洞山ときに珍重而出。
この因縁、まことに神通の承言会宗なるあり。神通の事存凾蓋合なるあり。まさにしるべし、神通妙用は、まさに兒孫あるべし、不退なるものあり。まさに高祖あるべし、不進なるものなり。いたづらに外道二乗にひとしかるべきとおもはざれ。
仏道に身上身下の神変神通あり。いま尽十方界は、沙門一隻の真実体なり。九山八海、乃至性海、薩婆若海水、しかしながら身上身下身中の出水なり。又非身上非身下非身中の出水なり。乃至出火もまたかくのごとし。ただ水火風等のみにあらず、身上出仏なり、身下出仏なり。身上出祖なり、身下出祖なり。身上出無量阿僧祇劫なり、身下出無量阿僧祇劫なり。身上出法界海なり、身上入法界海なるのみにあらず、さらに世界国土を吐却七八箇し、呑却両三箇せんことも、またかくのごとし。いま四大五大六大諸大無量大、おなじく出なり沒なる神通なり。呑なり吐なる神通なり。いまの大地虚空の面面なる、呑却なり、吐却なり。芥に転ぜらるるを力量とせり、毛にかかれるを力量とせり。識知のおよばざるより同生して、識知のおよばざるを住持し、識知のおよばざるに実帰す。まことに短長にかかはれざる仏神通の変相、ひとへに測量を挙して擬するのみならんや。

むかし五通仙人、ほとけに事奉せしとき、仙人とふ、仏有六通、我有五通、如何是那一通(仏に六通あり、我れに五通あり、如何ならんか是れ那一通)。
ほとけ、ときに仙人を召していふ、五通仙人。
仙人応諾す。
仏言、那一通、爾問我。
この因縁、よくよく三究すべし。仙人いかでか仏に有六通としる。仏有無量神通智慧なり、ただ六通のみにあらず。たとひ六通のみをみるといふとも、六通もきはむべきにあらず、いはんやその余の神通におきて、いかでかゆめにもみん。
しばらくとふ、仙人たとひ釈迦老子をみるといふとも、見仏すやいまだしや、といふべし。たとひ見仏すといふとも、釈迦老子をみるやいまだしや。たとひ釈迦老子をみることをえ、たとひ見仏すといふとも、五通仙人をみるやいまだしや、と問著すべきなり。この問処に用葛藤を学すべし、葛藤断を学すべし。いはんや仏有六通、しばらく隣珍を算数するにおよばざるか。
いま釈迦老子道の那一通、爾問我のこころ、いかん。仙人に那一通ありといはず、仙人になしといはず。那一通の通塞はたとひとくとも、仙人いかでか那一通を通ぜん。いかんとなれば、仙人に五通あれど、仏有六通のなかの五通にあらず。仙人通はたとひ仏通の所通に通破となるとも、仙通いかでか仏通を通ずることをえん。もし仙人、仏の一通をも通ずることあらば、この通より仏を通ずべきなり。仙人をみるに仏通に相似せるあり、仏儀をみるに仙通に相似せることあるは、仏儀なりといへども、仏神通にあらずとしるべきなり。通ぜざれば、五通みな仏とおなじからざるなり。
たちまちに那一通をとふ、なにの用かある、となり。釈迦老子のこころは、一通をもとふべし、となり。那一通をとひ、那一通をとふべし、一通も仙人はおよぶところなし、となり。しかあれば、仏神通と余者通とは、神通の名字おなじといへども、神通の名字はるかに殊異なり。ここをもて、

臨濟院慧照大師云、古人云、如来挙身相、為順世間情。恐人生断見、權且立虚名。仮言三十二、八十也空声。有身非覚体、無相乃真形(臨濟院慧照大師云く、古人云く、如来挙身の相は、世間の情に順ぜんが為なり。人の断見を生ぜんことを恐りて、權に且く虚名を立つ。仮に三十二と言ふ、八十も也た空しき声なり。有身は覚体にあらず、無相は乃ち真形なり)。
?道、仏有六通、是不可思議。一切諸天、神仙、阿修羅、大力鬼、亦有神通、応是仏否。道流莫錯、祗如阿修羅与天帝釈戦、戦敗領八万四千眷属、入藕孔中蔵。莫是聖否。如山僧所挙、皆是業通依通(?道ふべし、仏に六通あるは、是れ不可思議なり。一切諸天、神仙、阿修羅、大力鬼も亦た神通あり、応に是れ仏なるべしや否や。道流、錯ること莫れ。ただ阿修羅と天帝釈と戦ふが如き、戦敗れて、八万四千の眷属を領じて、藕孔の中に入りて蔵る。是れ聖なること莫しや否や。山僧の挙する所の如きは、皆是れ業通なり、依通なり)。
夫如仏六通者不然。入色界不被色惑、入声界不被声惑、入香界不被香惑、入味界不被味惑、入触界不被触惑、入法界不被法惑。所以達六種色声香味触法、皆是空相、不能繋縛。此無依道人、雖是五蘊漏質、便是地行神道(夫れ、仏の六通の如きは然らず。色界に入つて色に惑はされず、声界に入つて声に惑はされず、香界に入つて香に惑はされず、味界に入つて味に惑はされず、触界に入つて触に惑はされず、法界に入つて法に惑はされず。所以に六種の色声香味触法皆是れ空相なるに達すれば、繋縛すること能はず。此れ無依の道人なり。是れ五蘊漏質なりと雖も、便ち是れ地行神道なり)。

道流、真仏無形、真法無相。?祗麼幻化上頭作模作様、設求得者、皆是野狐精魅、竝不是真仏、是外道見解(道流、真仏は無形なり、真法は無相なり。?祗麼に幻化上頭に模を作し様を作す。設ひ求得すとも、皆な是れ野狐精魅なり。竝びに是れ真仏にあらず、是れ外道の見解なり)。
しかあれば、諸仏の六神通は、一切諸天鬼神および二乗等のおよぶべきにあらず、はかるべきにあらざるなり。仏道の六通は、仏道の仏弟子のみ単伝せり、余人の相伝せざるところなり。仏六通は仏道に単伝す、単伝せざるは仏六通をしるべからざるなり。仏六通を単伝せざらんは、仏道人なるべからずと三学すべし。

百丈大智禅師云、眼耳鼻舌、各各不貪染一切有無諸法、是名受持四句偈、亦名四果。六入無迹、亦名六神通、祗如今但不被一切有無諸法礙、亦不依住知解、是名神通。不守此神通、是名無神通。如云無神通菩薩、蹤跡不可得尋、是仏向上人、最不可思議人、是自己天(百丈大智禅師云く、眼耳鼻舌、各各一切有無の諸法に貪染せず、是を受持四句偈と名づく、亦た四果と名づく。六入無迹なるを、亦た六神通と名づく。祗今但一切有無の諸法に礙へられず、亦た知解に依住せざるが如き、是を神通と名づく。此の神通を守らざる、是を無神通と名づく。云ふが如き無神通菩薩は、蹤跡尋ぬること得べからず、是れ仏向上人なり、最不可思議人なり、是れ自己天なり)。
いま仏仏祖祖相伝せる神通、かくのごとし。諸仏神通は仏向上人なり、最不可思議人なり、是自己天なり、無神通菩薩なり。知解不依住なり、神通不守此なり、一切諸法不被礙なり。いま仏道に六神通あり、諸仏の伝持しきたれることひさし。一仏も伝持せざるなし、伝持せざれば諸仏にあらず。その六神通は、六入を無迹にあきらむるなり。無迹といふは、古人のいはく、六般神用空不空、一顆円光非内外。非内外は無迹なるべし。無迹に修行し、三学し、証入するに、六入を動著せざるなり。動著せずといふは、動著するもの三十棒分あるなり。
しかあればすなはち、六神通かくのごとく三究すべきなり。仏家の嫡嗣にあらざらん、たれかこのことわりあるべしともきかん。いたづらに向外の馳走を帰家の行履とあやまれるのみなり。又、四果は、仏道の調度なりといへども、正伝せる三蔵なし。算沙のやから、??のたぐひ、いかでかこの果実をうることあらん。得小為足の類、いまだ参究の達せるにあらず。ただまさに仏仏相承せるのみなり。いはゆる四果は、受持四句偈なり。受持四句偈といふは、一切有無諸法におきて、眼耳鼻舌各各不貪染なるなり。不貪染は不染汚なり。不染汚といふは、平常心なり、吾常於此切なり。
六通四果を仏道に正伝せる、かくのごとし。これと相違あらんは仏法にあらざらんとしるべきなり。しかあれば、仏道はかならず神通より達するなり。その達する、涓滴の巨海を呑吐する、微塵の高嶽を拈放する、たれか疑著することをえん。これすなはち神通なるのみなり。

正法眼蔵 神通 第三十五

爾時仁治二年辛丑十一月十六日在於観音導利興聖悪林寺示衆
寛元甲辰中春初一日書寫之在於越州吉峰侍者寮 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:07
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正 法 眼 蔵    仏教ぶっきょう  第三十四
仏 教

  諸仏の道現成、これ仏教なり。これ仏祖の仏祖のためにするゆゑに、教の教のために正伝するなり。これ転法輪なり。この法輪の眼睛裏に、諸仏祖を現成せしめ、諸仏祖を般涅槃せしむ。その諸仏祖、かならず一塵の出現あり、一塵の涅槃あり。尽界の出現あり、尽界の涅槃あり。一須臾の出現あり、多劫海の出現あり。しかあれども、一塵一須臾の出現、さらに不具足の功徳なし。尽界多劫海の出現、さらに補虧闕の経営にあらず。このゆゑに朝に成道して夕に涅槃する諸仏、いまだ功徳かけたりといはず。もし一日は功徳すくなしといはば、人間の八十年ひさしきにあらず。人間の八十年をもて十劫二十劫に比せんとき、一日と八十年とのごとくならん。此仏彼仏の功徳、わきまへがたからん。長劫寿量の所有の功徳と、八十年の功徳とを挙して比量せんとき、疑著するにもおよばざらん。このゆゑに、仏教はすなはち教仏なり、仏祖究尽の功徳なり。諸仏は高広にして、法教は狹少なるにあらず。まさにしるべし、仏大なるは教大なり、仏小なるは教小なり。このゆゑにしるべし、仏および教は、大小の量にあらず、善悪無記等の性にあらず、自教教他のためにあらず。
  ある漢いはく、釈迦老漢、かつて一代の教典を宣説するほかに、さらに上乗一心の法を摩訶迦葉に正伝す、嫡嫡相承しきたれり。しかあれば、教は赴機の戯論なり、心は理性の真実なり。この正伝せる一心を、教外別伝といふ。三乗十二分教の所談にひとしかるべきにあらず。一心上乗なるゆゑに、直指人心、見性成仏なりといふ。
  この道取、いまだ仏法の家業にあらず。出身の活路なし、通身の威儀あらず。かくのごとくの漢、たとひ数百千年のさきに先達と称ずとも、恁麼の説話あらば、仏法仏道はあきらめず、通ぜざりけるとしるべし。ゆゑはいかん、仏をしらず、教をしらず、心をしらず、内をしらず、外をしらざるがゆゑに。そのしらざる道理は、かつて仏法をきかざるによりてなり。いま諸仏といふ本末、いかなるとしらず。去来の辺際すべて学せざるは、仏弟子と称ずるにたらず。ただ一心を正伝して、仏教を正伝せずといふは、仏法をしらざるなり。仏教の一心をしらず、一心の仏教をきかず。一心のほかに仏教ありといふ、なんぢが一心、いまだ一心ならず。仏教のほかに一心ありといふ、なんぢが仏教いまだ仏教ならざらん。たとひ教外別伝の謬説を相伝すといふとも、なんぢいまだ内外をしらざれば、言理の符合あらざるなり。
  仏正法眼蔵を単伝する仏祖、いかでか仏教を単伝せざらん。いはんや釈迦老漢、なにとしてか仏家の家業にあるべからざらん教法を施設することあらん。釈迦老漢すでに単伝の教法をあらしめん、いづれの仏祖かなからしめん。このゆゑに、上乗一心といふは、三乗十二分教これなり、大蔵小蔵これなり。
  しるべし、仏心といふは、仏の眼睛なり、破木杓なり、諸法なり、三界なるがゆゑに、山海国土、日月星辰なり。仏教といふは、万像森羅なり。外といふは、這裏なり、這裏来なり。正伝は、自己より自己に正伝するがゆゑに、正伝のなかに自己あるなり。一心より一心に正伝するなり、正伝に一心あるべし。上乗一心は、土石砂礫なり、土石砂礫は一心なるがゆゑに、土石砂礫は土石砂礫なり。もし上乗一心の正伝といはば、かくのごとくあるべし。
  しかあれども、教外別伝を道取する漢、いまだこの意旨をしらず。かるがゆゑに、教外別伝の謬説を信じて、仏教をあやまることなかれ。もしなんぢがいふがごとくならば、教をば心外別伝といふべきか。もし心外別伝といはば、一句半偈つたはるべからざるなり。もし心外別伝といはずは、教外別伝といふべからざるなり。
  摩訶迦葉すでに釈尊の嫡子として法蔵の教主たり。正法眼蔵を正伝して仏道の住持なり。しかありとも、仏教は正伝すべからずといふは、学道の偏局なるべし。しるべし、一句を正伝すれば、一法の正伝せらるるなり。一句を正伝すれば、山伝水伝あり。不能離却這裡(這裏を離却すること能はず)なり。
  釈尊の正法眼蔵無上菩提は、ただ摩訶迦葉に正伝せしなり。余子に正伝せず、正伝はかならず摩訶迦葉なり。このゆゑに、古今に仏法の真実を学する箇箇、ともにみな従来の教学を決択するには、かならず仏祖に参究するなり。決を余輩にとぶらはず。もし仏祖の正決をえざるは、いまだ正決にあらず。依教の正不を決せんとおもはんは、仏祖に決すべきなり。そのゆゑは、尽法輪の本主は仏祖なるがゆゑに。道有道無、道空道色(有と道ひ無と道ひ、空と道ひ色と道ふ)、ただ仏祖のみこれをあきらめ、正伝しきたりて、古仏今仏なり。
  巴陵因僧問、祖意教意、是同是別(是れ同か是れ別か)。
  師云、鶏寒上樹、鴨寒入水(鶏寒うして樹に上り、鴨寒うして水に入る)。
  この道取を参学して、仏道の祖宗を相見し、仏道の教法を見聞すべきなり。いま祖意教意と問取するは、祖意は祖意と是同是別と問取するなり。いま鶏寒上樹、鴨寒入水といふは、同別を道取すといへども、同別を見取するともがらの見聞に一任する同別にあらざるべし。しかあればすなはち、同別の論にあらざるがゆゑに、同別と道取しつべきなり。このゆゑに、同別と問取すべからずといふがごとし。

  玄沙因僧問、三乗十二分教即不要、如何是祖師西来意(三乗十二分教は即ち不要なり、如何ならんか是れ祖師西来意)。
  師云、三乗十二分教総不要(三乗十二分教総に不要なり)。
  いはゆる僧問の三乗十二分教即不要、如何是祖師西来意といふ、よのつねにおもふがごとく、三乗十二分教は條條の岐路なり。そのほか祖師西来意あるべしと問するなり。三乗十二分教これ祖師西来意なりと認ずるにあらず。いはんや八万四千法門蘊すなはち祖師西来意としらんや。しばらく参究すべし、三乗十二分教、なにとしてか即不要なる。もし要せんときは、いかなる規矩かある。三乗十二分教を不要なるところに、祖師西来意の参学を現成するか。いたづらにこの問の出現するにあらざらん。
  玄沙いはく、三乗十二分教総不要。
  この道取は、法輪なり。この法輪の転ずるところ、仏教の仏教に処在することを参究すべきなり。その宗旨は、三乗十二分教は仏祖の法輪なり、有仏祖の時処にも転ず、無仏祖の時処にも転ず。祖前祖後、おなじく転ずるなり。さらに仏祖を転ずる功徳あり。祖師西来意の正当恁麼時は、この法輪を総不要なり。総不要といふは、もちゐざるにあらず、やぶるるにあらず。この法輪、このとき、総不要輪の転ずるのみなり。三乗十二分教なしといはず、総不要の時節を覰見すべきなり。総不要なるがゆゑに三乗十二分教なり。三乗十二分教なるがゆゑに三乗十二分教にあらず。このゆゑに、三乗十二分教、総不要と道取するなり。その三乗十二分教、そこばくあるなかの一隅をあぐるには、すなはちこれあり。

三乗
一者声聞乗
  四諦によりて得道す。四諦といふは、苦諦、集諦、滅諦、道諦なり。これをきき、これを修行するに、生老病死を度脱し、般涅槃を究竟す。この四諦を修行するに、苦集は俗なり、滅道は第一義なりといふは、論師の見解なり。もし仏法によりて修行するがごときは、四諦ともに唯仏与仏なり。四諦ともに法住法位なり。四諦ともに実相なり、四諦ともに仏性なり。このゆゑに、さらに無性無作等の論におよばず、四諦ともに総不要なるゆゑに。

二者縁覚乗
  十二因縁によりて般涅槃す。十二因縁といふは、一者無明、二者行、三者識、四者名色、五者六入、六者触、七者受、八者愛、九者取、十者有、十一者生、十二者老死。
  この十二因縁を修行するに、過去現在未来に因縁せしめて、能観所観を論ずといへども、一一の因縁を挙して参究するに、すなはち総不要輪転なり、総不要因縁なり。しるべし、無明これ一心なれば、行識等も一心なり。無明これ滅なれば、行識等も滅なり。無明これ涅槃なれば、行識等も涅槃なり。生も滅なるがゆゑに、恁麼いふなり。無明も道著の一句なり、識名色等もまたかくのごとし。しるべし、無明行等は、吾有箇斧子、与汝住山(吾れに箇の斧子有り、汝と与に住山せん)なり。無明行識等は、発時蒙和尚許斧子、便請取(発時和尚に斧子を許すことを蒙れり、便ち請取せん)なり。

三者菩薩乗
  六波羅蜜の教行証によりて、阿耨多羅三藐三菩提を成就す。その成就といふは、造作にあらず、無作にあらず、始起にあらず、新成にあらず、久成にあらず、本行にあらず、無為にあらず。ただ成就阿耨多羅三藐三菩提なり。
  六波羅蜜といふは、檀波羅蜜、尸羅波羅蜜、羼提波羅蜜、毘梨耶波羅蜜、禅那波羅蜜、般若波羅蜜なり。これはともに無上菩提なり。無生無作の論にあらず。かならずしも檀をはじめとし般若ををはりとせず。
  経云、利根菩薩、般若為初、檀為終。鈍根菩薩、檀為初、般若為終(利根の菩薩は、般若を初めとし、檀を終りとす。鈍根の菩薩は、檀を初めとし、般若を終りとす)。
  しかあれども、羼提もはじめなるべし、禅那もはじめなるべし。三十六波羅蜜の現成あるべし。籮籠より籮籠をうるなり。
波羅蜜といふは、彼岸到なり。彼岸は古来の相貌蹤跡にあらざれども、到は現成するなり、到は公案なり。修行の彼岸へいたるべしともおふことなかれ。彼岸に修行あるがゆゑに、修行すれば彼岸到なり。この修行、かならず徧界現成の力量を具足せるがゆゑに。

十二分教

一者素咀纜 此云契経
二者祇夜 此云重頌
三者和伽羅那 此云授記
四者伽陀 此云諷誦
五者憂陀那 此云無問自説
六者尼陀那 此云因縁
七者波陀那 此云譬喩
八者伊帝目多伽 此云本事
九者闍陀伽 此云本生
十者毘仏略 此云方広
十一者阿浮陀達磨 此云未曽有
十二者優婆提舍 此云論議

如来則為直説陰界入等假実之法、是名修多羅。
或四五六七八九言偈、重頌世界陰入等事、是名祇夜。
或直記衆生未来事、乃至記鴿雀成仏等、是名和伽羅那。
或孤起偈、記世界陰入等事、是名伽陀。
或無人問、自説世界事、是名優陀那。
或約世界不善事、而結禁戒、是名尼陀那。
或以譬喩説世界事、是名阿波陀那。
或説本昔世界事、是名伊帝目多伽。
或説本昔受生事、是名闍陀伽。
或説世界広大事、是名毘仏略。
或説世界未曽有事、是名阿浮達摩。
或問難世界事、是名優婆提舍。
此是世界悉檀、為絓衆生故、起十二部経。

(如来即ち為に直に陰界入等の假実の法を説きたまふ、是れを修多羅と名づく。
或いは四、五、六、七、八、九言の偈をもて、重ねて世界陰入等の事を頌す、是れを祇夜と名づく。
或いは直に衆生未来の事を記し、乃至鴿雀の成仏等を記す、是れを和伽羅那と名づく。
或いは孤起偈をもて、世界陰入等の事を記す、是れを伽陀と名づく。
或いは人問ふこと無く、自ら世界の事を説く、是れを優陀那と名づく。
或いは世界不善の事に約して、禁戒を結す、是れを尼陀那と名づく。
或いは譬喩を以て、世界の事を説く、是れを阿波陀那と名づく。
或いは本昔世界の事を説く、是れを伊帝目多伽と名づく。
或いは本昔受生の事を説く、是れを闍陀伽と名づく。
或いは世界広大の事を説く、是れを毘仏略と名づく。
或いは世界の未曽有の事を説く、是れを阿浮陀達磨と名づく。
或いは世界の事を問難す、是れを優婆提舍と名づく。
此れは是れ世界悉檀なり、衆生を絓ばしめんが為の故に、十二部経を起す。)

  十二部経の名、きくことまれなり。仏法のよのなかにひろまれるときこれをきく、仏法すでに滅するときはきかず。仏法いまだひろまらざるとき、またきかず。ひさしく善根をうゑて仏をみたてまつるべきもの、これをきく。すでにきくものは、ひさしからずして阿耨多羅三藐三菩提をうべきなり。
  この十二、おのおの経と称ず。十二分教ともいひ、十二部経ともいふなり。十二分教おのおの十二分教を具足せるゆゑに、一百四十四分教なり。十二分教おのおの十二分教を兼含せるゆゑに、ただ一分教なり。しかあれども、億前億後の数量にあらず。これみな仏祖の眼睛なり、仏祖の骨髄なり、仏祖の家業なり、仏祖の光明なり、仏祖の荘厳なり、仏祖の国土なり。十二分教をみるは仏祖をみるなり、仏祖を道取するは十二分教を道取するなり。
  しかあればすなはち、靑原の垂一足、すなはち三乗十二分教なり。南嶽の説似一物即不中、すなはち三乗十二分教なり。いま玄沙の道取する総不要の意趣、それかくのごとし。この宗旨挙拈するときは、ただ仏祖のみなり。さらに半人なし、一物なし、一事未起なり。正当恁麼時、如何。いふべし総不要。

  あるいは九部といふあり。九分教といふべきなり。
九部
一者修多羅
二者伽陀
三者本事
四者本生
五者未曽有
六者因縁
七者譬喩
八者祇夜
九者優婆提舍
  この九部、おのおの九部を具足するがゆゑに、八十一部なり。九部おのおの一部を具足するゆゑに九部なり。帰一部の功徳あらずは、九部なるべからず。帰一部の功徳あるがゆゑに、一部帰なり。このゆゑに八十一部なり。此部なり、我部なり、払子部なり、挂杖部なり、正法眼蔵部なり。
  釈迦牟尼仏言、我此九部法、随順衆生説。入大乗為本、以故説是経(我が此の九部の法、衆生に随順して説く。大乗に入らんにこれ為本なり、故を以て是経を説く)。
  しるべし、我此は如来なり、面目身心あらはれきたる。この我此すでに九部法なり、九部法すなはち我此なるべし。いまの一句一偈は九部法なり。我此なるがゆゑに随順衆生説なり。しかあればすなはち、一切衆生の生従這裏生、すなはち説是経なり。死従這裏死は、すなはち説是経なり。乃至造次動容、すなはち説是経なり。化一切衆生、皆令入仏道、すなはち説是経なり。この衆生は、我此九部法の随順なり。この随順は、随他去なり、随自去なり、随衆去なり、随生去なり、随我去なり、随此去なり。その衆生、かならず我此なるがゆゑに、九部法の條條なり。
  入大乗為本といふは、証大乗といひ、行大乗といひ、聞大乗といひ、説大乗といふ。しかあれば、衆生は天然として得道せりといふにあらず、その一端なり。入は本なり、本は頭正尾正なり。ほとけ法をとく、法ほとけをとく。法ほとけにとかる、ほとけ法にとかる。火焔ほとけをとき、法をとく。ほとけ火焔をとき、法火焔をとく。
  是経すでに説故の良以あり、故説の良以あり。是経とかざらんと擬するに不可なり。このゆゑに以故説是経といふ。故説は亙天なり、亙天は故説なり。此仏彼仏ともに是経と一称じ、自界他界ともに是経と故説す。このゆゑに説是経なり、是経これ仏教なり。しるべし、恆沙の仏教は竹箆払子なり。仏教の恆沙は挂杖拳頭なり。
  おほよそしるべし、三乗十二分教等は、仏祖の眼睛なり。これを開眼せざらんもの、いかでか仏祖の兒孫ならん。これを拈来せざらんもの、いかでか仏祖の正眼を単伝せん。正法眼蔵を体達せざるは、七仏の法嗣にあらざるなり。


正法眼蔵 仏教 第三十四

于時仁治三年壬寅十一月七日 在雍州興聖精舎示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:07
by writer
正 法 眼 蔵    道得どうとく  第三十三
道 得

  諸仏諸祖は道得なり。このゆゑに、仏祖の仏祖を選するには、かならず道得也未と問取するなり。この問取、こころにても問取す、身にても問取す。拄杖払子にても問取す、露柱灯籠にても問取するなり。仏祖にあらざれば問取なし、道得なし、そのところなきがゆゑに。
  その道得は、他人にしたがひてうるにあらず、わがちからの能にあらず、ただまさに仏祖の究弁あれば、仏祖の道得あるなり。かの道得のなかに、むかしも修行し証究す、いまも功夫し弁道す。仏祖の仏祖を功夫して、仏祖の道得を弁肯するとき、この道得、おのづから三年、八年、三十年、四十年の功夫となりて、尽力道得するなり。
  [裡書云、三十年、二十年は、みな道得のなれる年月なり。この年月、ちからをあはせて道得せしむるなり。]
  このときは、その何十年の間も、道得の間隙なかりけるなり。しかあればすなはち、証究のときの見得、それまことなるべし。かのときの見得をまこととするがゆゑに、いまの道得なることは不疑なり。ゆゑに、いまの道得、かのときの見得をそなへたるなり。かのときの見得、いまの道得をそなへたり。このゆゑにいま道得あり、いま見得あり。いまの道得とかのときの見得と、一條なり、万里なり。いまの功夫すなはち道得と見得とに功夫せられゆくなり。
  この功夫の把定の、月ふかく年おほくかさなりて、さらに従来の年月の功夫を脱落するなり。脱落せんとするとき、皮肉骨髄おなじく脱落を弁肯す、国土山河ともに脱落を弁肯するなり。このとき、脱落を究竟の宝所として、いたらんと擬しゆくところに、この擬到はすなはち現出にてあるゆゑに、正当脱落のとき、またざるに現成する道得あり。心のちからにあらず、身のちからにあらずといへども、おのづから道得あり。すでに道得せらるるに、めづらしくあやしくおぼえざるなり。
  しかあれども、この道得を道得するとき、不道得を不道するなり。道得に道得すると認得せるも、いまだ不道得底を不道得底と証究せざるは、なほ仏祖の面目にあらず、仏祖の骨髄にあらず。しかあれば、三拝依位而立の道得底、いかにしてか皮肉骨髄のやからの道得底とひとしからん。皮肉骨髄のやからの道得底、さらに三拝依位而立の道得に接するにあらず、そなはれるにあらず。いまわれと他と、異類中行と相見するは、いまかれと他と、異類中行と相見するなり。われに道得底あり、不道得底あり。かれに道得底あり、不道得底あり。道底に自他あり、不道底に自他あり。

  趙州真際大師示衆云、儞若一生不離叢林、兀坐不道十年五載、無人喚作儞唖漢、已後諸仏也不及儞哉(趙州真際大師、示衆に云く、儞若し一生叢林離なれば、兀坐不道ならんこと十年五載すとも、ひとの儞を唖漢と喚作すること無からん、已後には諸仏も也た儞に及ばじ)。
  しかあれば、十年五載の在叢林、しばしば霜華を経歴するに、一生不離叢林の功夫弁道をおもふに、坐断せし兀坐は、いくばくの道得なり。不離叢林の経行坐臥、そこばくの無人喚作儞唖漢なるべし。一生は所従来をしらずといへども、不離叢林ならしむれば不離叢林なり。一生と叢林の、いかなる通霄路かある。ただ兀坐を弁肯すべし。不道をいとふことなかれ。不道は道得の頭正尾正なり。
  兀坐は一生、二生なり。一時、二時にあらず。兀坐して不道なる十年五載あれば、諸仏もなんぢをないがしろにせんことあるべからず。まことにこの兀坐不道は、仏眼也覰不見なり、仏力也牽不及なり。諸仏也不奈儞何なるがゆゑに。
  趙州のいふところは、兀坐不道の道取は、諸仏もこれを唖漢といふにおよばず、不唖漢といふにおよばず。しかあれば、一生不離叢林は、一生不離道得なり。兀坐不道十年五載は、道得十年五載なり。一生不離不道得なり、道不得十年五載なり。坐断百千諸仏なり、百千諸仏坐断儞なり。
  しかあればすなはち、仏祖の道得底は、一生不離叢林なり。たとひ唖漢なりとも、道得底あるべし、唖漢は道得なかるべしと学することなかれ。道得あるもの、かならずしも唖漢にあらざるにあらず。唖漢また道得あるなり。唖声きこゆべし、唖語きくべし。唖にあらずは、いかでか唖と相見せん、いかでか唖と相談せん。すでにこれ唖漢なり、作麼生相見、作麼生相談。かくのごとく参学して、唖漢を弁究すべし。

  雪峰の真覚大師の会に一僧ありて、やまのほとりにゆきて、草をむすびて庵を卓す。としつもりぬれど、かみをそらざりけり。庵裡の活計たれかしらん、山中の消息悄然なり。みづから一柄の木杓をつくりて、溪のほとりにゆきて水をくみてのむ。まことにこれ飲溪のたぐひなるべし。
  かくて日往月来するほどに、家風ひそかに漏泄せりけるによりて、あるとき僧きたりて庵主にとふ、いかにあらんかこれ祖師西来意。
  庵主云、谿深杓柄長(谿深くして杓柄長し)。
  とふ僧おくことあらず、礼拝せず、請益せず。やまにのぼりて雪峰に挙似す。
  雪峰ちなみに挙をききていはく、也甚奇怪、雖然如是、老僧自去勘過始得(也甚奇怪、然も是の如くなりと雖も、老僧自ら去いて勘過して始得なるべし)。
  雪峰のいふこころは、よさはすなはちあやしきまでによし、しかあれども、老僧みづからゆきてかんがへみるべしとなり。かくてあるに、ある日、雪峰たちまちに侍者に剃刀をもたせて卒しゆく。直に庵にいたりぬ。わづかに庵主をみるに、すなはちとふ、道得ならばなんぢが頭をそらじ。
  この間、こころうべし。道得不剃汝頭とは、不剃頭は道得なりときこゆ。いかん。この道得もし道得ならんには、畢竟じて不剃ならん。この道得、きくちからありてきくべし。きくべきちからあるもののために開演すべし。
  ときに庵主、かしらをあらひて雪峰のまへにきたれり。これも道得にてきたれるか、不道得にてきたれるか。雪峰すなはち庵主のかみをそる。
  この一段の因縁、まことに優曇の一現のごとし。あひがたきのみにあらず、ききがたかるべし。七聖十聖の境界にあらず、三賢七賢の覰見にあらず。経師論師のやから、神通変化のやから、いかにもはかるべからざるなり。仏出世にあふといふは、かくのごとくの因縁をきくをいふなり。
  しばらく雪峰のいふ道得不剃汝頭、いかにあるべきぞ。未道得の人これをききて、ちからあらんは驚疑すべし、ちからあらざらんは茫然ならん。仏と問著せず、道といはず、三昧と問著せず、陀羅尼といはず、かくのごとく問著する、問に相似なりといへども、道に相似なり。審細に参学すべきなり。
  しかあるに、庵主まことあるによりて、道得に助発せらるるに茫然ならざるなり。家風かくれず、洗頭してきたる。これ仏自智惠、不得其邊(仏自らの智慧、其の邊を得ず)の法度なり。現身なるべし、説法なるべし、度生なるべし、洗頭来なるべし。ときに雪峰もしその人にあらずは、剃刀を放下して呵呵大咲せん。しかあれども、雪峰そのちからあり、その人なるによりて、すなはち庵主のかみをそる。まことにこれ雪峰と庵主と、唯仏与仏にあらずよりは、かくのごとくならじ。一仏二仏にあらずよりは、かくのごとくならじ。龍と龍とにあらずよりは、かくのごとくならじ。驪珠は驪龍のをしむこころ懈倦なしといへども、おのづから解收の人の手にいるなり。
  しるべし、雪峰は庵主を勘過す、庵主は雪峰をみる。道得不道得、かみをそられ、かみをそる。しかあればすなはち、道得の良友は、期せざるにとぶらふみちあり。道不得のとも、またざれども知己のところありき。知己の参学あれば、道得の現成あるなり。

正法眼蔵道得第三十三

仁治三年壬寅十月五日書于観音導利興聖宝林寺 沙門
同三年壬寅十一月二日書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:07
by writer
正 法 眼 蔵    伝衣でんえ  第三十二
伝 衣
  
   仏仏正伝の衣法、まさに震旦に正伝することは、少林の高祖のみなり。高祖はすなはち釈迦牟尼仏より第二十八代の祖師なり。西天二十八代、嫡嫡あひつたはれ、震旦に六代、まのあたりに正伝す。西天東地都盧三十三代なり。
   第三十三代の祖、大鑑禅師、この衣法を黄梅の夜半に正伝し、生前護持しきたる。いまなほ曹谿山宝林寺に安置せり。諸代の帝王あひつぎて内裏に請入して供養す、神物護持せるものなり。
   唐朝の中宗肅宗代宗、しきりに帰内供養しき。請するにもおくるにも、勅使をつかはし、詔をたまふ。すなはちこれおもくする儀なり。代宗皇帝、あるとき仏衣を曹谿山におくる詔にいはく、
   今遣鎮国大将軍劉崇景、頂戴而送。朕為之国宝。卿可於本寺安置、令僧衆親承宗旨者、厳加守護、勿令遺墜(今、鎮国大将軍劉崇景をして、頂戴して送らしむ。朕、之を国宝とす。卿、本寺に安置し、僧衆の親しく宗旨を承けしものをして厳しく守護を加へ、遺墜せしむることなからしむべし)。
   しかあればすなはち、数代の帝者、ともにくにの重宝とせり。まことに無量恆河沙の三千世界を統領せんよりも、この仏衣くににたもてるは、ことにすぐれたる大宝なり。卞璧に準ずべからざるものなり。たとひ伝国璽となるとも、いかでか伝仏の奇宝とならん。大唐よりこのかた瞻礼せる緇白、かならず信法の大機なり。宿善のたすくるにあらずよりは、いかでかこの身をもちて、まのあたり仏仏正伝の仏衣を瞻礼することあらん。信受する皮肉骨髄はよろこぶべし。信受することあたはざらんは、みづからなりといふとも、うらむべし、仏種子にあらざることを。
   俗なほいはく、その人の行李をみるは、すなはちその人を見なり。いま仏衣を瞻礼せんは、すなはち仏をみたてまつるなり。百千万の塔を起立して、この仏衣に供養すべし。天上海中にも、こころあらんはおもくすべし。人間にも、転輪聖王等のまことをしり、すぐれたるをしらんは、おもくすべきなり。
   あはれむべし、よよに国主となれるやから、わがくにに重宝のあるをしらざること。ままに道士の教にまどはされて、仏法を癈せるおほし。その時、袈裟をかけず、円頂に葉巾をいただく。講ずるところは延寿長年の方なり。唐朝にもあり、宋朝にもあり。これらのたぐひは、国主なりといへども国民よりもいやしかるべきなり。
   しづかに観察しつべし、わがくにに仏衣とどまりて現在せり。衣仏国土なるべきかとも思惟すべきなり。舍利等よりもすぐれたるべし。舍利は輪王にもあり、師子にもあり、人にもあり、乃至辟支仏等にもあり。しかあれども、輪王には袈裟なし、師子に袈裟なし、人に袈裟なし。ひとり諸仏のみに袈裟あり、ふかく信受すべし。
   いまの愚人、おほく舍利はおもくすといへども、袈裟をしらず、護持すべきとしれるものまれなり。これすなはち先来より袈裟のおもきことをきけるものまれなり、仏法正伝いまだきかざるがゆへにしかあるなり。
   つらつら釈尊在世をおもひやれば、わづかに二千余年なり。国宝神器のいまにつたはれるも、これよりもすぎてふるくなれるもおほし。この仏法仏衣は、ちかくあらたなり。若田若里に展転せんこと、たとひ五十展転なれりとも、その益これ妙なるべし。かれなほ功徳あらたなり。この仏衣、かれとおなじかるべし。かれは正嫡より正伝せず、これは正嫡より正伝せり。
   しるべし、四句偈をきくに得道す、一句子をきくに得道す。四句偈および一句子、なにとしてか恁麼の霊験ある。いはゆる仏法なるによりてなり。いま一頂衣九品衣、まさしく仏法より正伝せり。四句偈よりも劣なるべからず、一句法よりも験なかるべからず。
   このゆゑに、二千余年よりこのかた、信行法行の諸機ともに随仏学者、みな袈裟を護持して身心とせるものなり。諸仏の正法にくらきたぐひは袈裟を崇重せざるなり。いま釈提桓因および阿那跋達多龍王等、ともに在家の天主なりといへども、龍王なりといへども、袈裟を護持せり。
   しかあるに、剃頭のたぐひ、仏子と称ずるともがら、袈裟におきては、受持すべきものとしらず。いはんや体色量をしらんや、いはんや着用の法をしらんや。いはんやその威儀、ゆめにもいまだみざるところなり。
  
   袈裟をば、ふるくよりいはく除熱惱服となづく、解脱服となづく。おほよそ功徳はかるべからざるなり。龍鱗の三熱、よく袈裟の功徳より解脱するなり。諸仏成道のとき、かならずこの衣をもちゐるなり。まことに辺地にむまれ末法にあふといへども、相伝あると相伝なきと、たくらぶることあらば、相伝の正嫡なるを信受護持すべし。
   いづれの家門にか、わが正伝のごとく、まさしく釈迦の衣法ともに正伝せる。ひとり仏道のみにあり。この衣法にあはんとき、たれか恭敬供養をゆるくせん。たとひ一日に無量恆河沙の身命をすてて供養すべし。生生世世の値遇頂戴をも発願すべし。われら仏生国をへだつること十万余里の山海のほかにむまれて、辺方の愚蒙なりといへども、この正法をきき、この袈裟を一日一夜なりといへども受持し、一句一偈なりといへども参究する、これただ一仏二仏を供養せる福徳のみにはあるべからず、無量百千億のほとけを供養奉覲せる福徳なるべし。たとひ自己なりといへども、たふとぶべし、愛すべし、おもくすべし。祖師伝法の大恩、ねんごろに報謝すべし。畜類なほ恩を報ず、人類いかでか恩をしらざらん。もし恩をしらずは、畜類よりも劣なるべし、畜類よりも愚なるべし。
  この仏衣の功徳、その伝仏正法の祖師にあらざる余人は、ゆめにもいまだしらざるなり。いはんや体色量をあきらむるにおよばんや。諸仏のあとをしたふべくは、まさにこれをしたふべし。たとひ百千万代ののちも、この正伝を正伝せん、まさに仏法なるべし。証験これあらたなり。
  
  俗なほいはく、先王の服にあらざれば服せず、先王の法にあらざればおこなはず。仏道もまたしかあるなり。先仏の法服にあらざればもちゐるべからず。もし先仏の法服にあらざらんほかは、なにを服してか仏道を修行せん、諸仏に奉覲せん。これを服せざらんは、仏会にいたりがたかるべし。
  後漢の孝明皇帝、永平年中よりこのかた、西天より東地に来到する僧侶くびすをつぎてたえず、震旦より印度におもむく僧侶、ままにきこゆれども、たれ人にあひて仏法を面授せりけるといはず。ただいたづらに論師および三蔵の学者に習学せる名相のみなり。仏法の正嫡をきかず。このゆゑに、仏衣正伝すべきといひつたへるにもおよばず、仏衣正伝せりける人にあひあふといはず、伝衣の人を見聞すとかたらず。はかりしりぬ、仏家の閫奥にいらざりけるといふことを。これらのたぐひは、ひとへに衣服とのみ認じて、仏法の尊重なりとしらず、まことにあはれむべし。
  仏法蔵相伝の正嫡に、仏衣も相伝相承するなり。法蔵正伝の祖師は仏衣を見聞せざるなきむねは、人中天上あまねくしれるところなり。しかあればすなはち、仏袈裟の体色量を正伝しきたり、正見聞しきたり、仏袈裟の大功徳を正伝し、仏袈裟の身心骨髄を正伝すること、ただまさに正伝の家業のみにあり。もろもろの阿笈摩教の家風には、しらざるところなり。おのおの今案に自立せるは正伝にあらず、正嫡にあらず。
  
  わが大師釈迦牟尼如来、正法眼蔵無上菩提を摩訶迦葉に附授するに、仏衣ともに伝附せりしより、嫡嫡相承して曹谿山大鑑禅師にいたるに三十三代なり。その体色量を親見親伝せること、家門ひさしくつたはれて、受持いまにあらたなり。すなはち五宗の高祖、おのおの受持せる、それ正伝なり。あるいは五十余代、あるいは四十余代、おのおの師資みだることなく、先仏の法によりて搭し、先仏の法によりて製することも、唯仏与仏の相伝し証契して、代代をふるに、おなじくあらたなり。
  
  嫡嫡相承する仏訓にいはくは、
  九條衣 三長一短 或四長一短
  十一條衣 三長一短 或四長一短
  十三條衣 三長一短 或四長一短
  十五條衣 三長一短
  十七條衣 三長一短
  十九條衣 三長一短
  二十一條衣 四長一短
  二十三條衣 四長一短
  二十五條衣 四長一短
  二百五十條衣 四長一短
  八万四千條衣 八長一短
  いま略して挙するなり。このほか諸般の袈裟あるなり。ともにこれ僧伽梨衣なるべし。
  あるいは在家にしても受持し、あるいは出家にしても受持す。受持するといふは、着用するなり。いたづらにたたみもたらんずるにあらざるなり。たとひかみひげをそれども、袈裟を受持せず、袈裟をにくみいとひ、袈裟をおそるるは天魔外道なり。
  百丈大智禅師いはく、宿殖の善種なきものは袈裟をいむなり、袈裟をいとふなり、正法をおそれいとふなり。
  
  仏言、若有衆生、入我法中、或犯重罪、或墮邪見、於一念中、敬心尊重僧伽梨衣、諸仏及我、必於三乗授記。此人当得作仏。若天若龍、若人若鬼、若能恭敬此人袈裟少分功徳、即得三乗不退不転。若有鬼神及諸衆生、能得袈裟、乃至四寸、飮食充足。若有衆生、共相違反、欲墮邪見、念袈裟力、依袈裟力、尋生非心、還得清浄。若有人在兵陣、持此袈裟少分、恭敬尊重、当得解脱(仏言く、若し衆生有つて、我が法の中に入つて、或いは重罪を犯し、或いは邪見に墮ちんに、一念の中に於て、敬心もて僧伽梨衣を尊重せば、諸仏及び我れ、必ず三乗に於て授記せん。此の人当に作仏することを得べし。若しは天、若しは龍、若しは人、若しは鬼、若し能く此の人の袈裟少分の功徳を恭敬せば、即ち三乗の不退不転を得ん。若し鬼神及び諸の衆生有つて、能く袈裟を得ること、乃至四寸もせば、飮食充足せん。若し衆生有つて、共に相違反して、邪見に墮ちんと欲んに、袈裟の力を念じ、袈裟の力に依らば、尋いで非心を生じ、還得清浄ならん。若し人有つて兵陣に在らんに、此の袈裟の少分を持ちて、恭敬尊重せん、当に解脱を得べし)。
  しかあればしりぬ、袈裟の功徳、それ無上不可思議なり。これを信受護持するところに、かならず得授記あるべし、得不退あるべし。ただ釈迦牟尼仏のみにあらず、一切諸仏またかくのごとく宣説しましますなり。
  しるべし、ただ諸仏の体相、すなはち袈裟なり。
  かるがゆゑに、
  仏言、当墮悪道者、厭悪僧伽梨(仏言く、当に悪道に墮すべき者は僧伽梨を厭ひ悪む)。
  しかあればすなはち、袈裟を見聞せんところに、厭悪の念おこらんには、当墮悪道のわがみなるべしと、悲心を生ずべきなり、慚愧懺悔すべきなり。
  いはんや釈迦牟尼仏、はじめて王宮をいでて山にいらんとせし時、樹神ちなみに僧伽梨衣一條を挙して釈迦牟尼仏にまうす、この衣を頂戴すれば、もろもろの魔嬈をまぬがるるなり。時に釈迦牟尼仏、この衣をうけて、頂戴して十二年をふるに、しばらくもおかずといふ。これ阿含経等の説なり。
  あるいはいふ、袈裟はこれ吉祥服なり。これを服用するもの、かならず勝位にいたる。おほよそ世界にこの僧伽梨衣の現前せざる時節なきなり。一時の現前は長劫中事なり。長劫中の事は一時来なり。袈裟を得するは仏標幟を得するなり。このゆゑに、諸仏如来の袈裟を受持せざる、いまだあらず。袈裟を受持せしともがらの作仏せざる、あらざるなり。
  
  搭袈裟法
  偏袒右肩は常途の法なり、通両肩搭の法もあり。両端ともに左の臂肩にかさねくるに、前頭を表面にかさね、前頭を裏面にかさね、後頭を表面にかさね、後頭を裏面にかさぬる事、仏威儀の一時あり。この儀は、諸声聞衆の見聞し相伝するところにあらず。諸阿笈摩教の経典に、もらしとくにあらず。
  おほよそ仏道に袈裟を搭する威儀は、現前せる伝正法の祖師、かならず受持せるところなり。受持かならずこの祖師に受持すべし。仏祖正伝の袈裟はこれすなはち仏仏正伝みだりにあらず。先仏後仏の袈裟なり、古仏新仏の袈裟なり。道を化し、仏を化す。過去を化し、現在を化し、未来を化するに、過去より現在に正伝し、現在より未来に正伝し、現在より過去に正伝し、過去より過去に正伝し、現在より現在に正伝し、未来より未来に正伝し、未来より現在に正伝し、未来より過去に正伝して、唯仏与仏の正伝なり。
  このゆゑに、祖師西来よりこのかた、大唐より大宋にいたる数百才のあひだ、講経の達者、おのれが業を見徹せるもの、おほく教家律等のともがら、仏法にいるとき、従来舊巣の弊衣なる袈裟を抛却して、仏道正伝の袈裟を正受するなり。かの因縁、すなはち伝、広、続、普灯等の録につらなれり。教律局量の小見を解脱して、仏祖正伝の大道をたふとみし、みな仏祖となれり。いまの人も、むかしの祖師をまなぶべし。
  
  袈裟を受持すべくは正伝の袈裟を正伝すべし、信受すべし。偽作の袈裟を受持すべからず。その正伝の袈裟といふは、いま少林曹谿より正伝せるは、これ如来より嫡嫡相承すること、一代も虧闕せざるところなり。このゆゑに、道業まさしく禀受し、仏衣したしく手にいれるによりてなり。
  仏道は仏道に正伝す、閑人の伝得に一任せざるなり。俗諺にいはく、千聞は一見にしかず、千見は一経にしかず。これをもてかへりみれば、千見万聞たとひありとも、一得にしかず。仏衣正伝せるにしくべからざるなり。正伝あるをうたがふべくは、正伝をゆめにもみざらんは、いよいようたがふべし。仏経を伝聞せんよりは、仏衣正伝せらんはしたしかるべし。千経万得ありとも、一証にしかじ。仏祖は証契なり。教律の凡夫にならふべからず。
  おほよそ祖門の袈裟の功徳は、正伝まさしく相承せり、本機まのあたりつたはれり。受持あひ嗣法して、いまにたえず。正受せる人、みなこれ証契伝法の祖師なり。十聖三賢にもすぐる、奉覲恭敬し、礼拝頂戴すべし。
  ひとたびこの仏衣正伝の道理、この身心に信受せられん、すなはち値仏の兆なり、学仏の道なり。不堪受是法ならん、悲生なるべし。この袈裟をひとたび身体におほはん、決定成菩提の護身符子なりと深肯すべし。一句一偈を信心にそめつれば、長劫の光明にして虧闕せずといふ。一法を身心にそめん、亦復如是なるべし。
  かの心念も無所住なり、我有にかかはれずといへども、その功徳すでにしかあり。身体も無所住なりといへどもしかあり。袈裟、無所従来なり、亦無所去なり。我有にあらず、他有にあらずといへども、所持のところに現住し、受持の人に加す。所得功徳もまたかくのごとくなるべし。
  
  作袈裟の作は、凡聖等の作にあらず。その宗旨、十聖三賢の究尽するところにあらず。宿殖の道種なきものは、一生二生乃至無量生を経歴すといへども、袈裟をみず、袈裟をきかず、袈裟をしらず。いかにいはんや受持することあらんや。ひとたび身体にふるる功徳も、うるものあり、えざるものあるなり。すでにうるはよろこぶべし、いまだえざらんはねがふべし、うべからざらんはかなしむべし。
  大千界の内外に、ただ仏祖の門下のみに仏衣つたはれること、人天ともに見聞普知せり。仏衣の様子をあきらむることも、ただ祖門のみなり。余門にはしらず。これをしらざらんものの、自己をうらみざらんは愚人なり。たとひ八万四千の三昧陀羅尼をしれりとも、仏祖の衣法を正伝せず、袈裟の正伝をあきらめざらんは、諸仏の正嫡なるべからず。
  他界の衆生は、いくばくかねがふらん、震旦国に正伝せるがごとく仏衣まさしく正伝せんことを。おのれがくにに正伝せざること、はづるおもひあるらん、かなしむこころふかかるらん。
  まことに如来世尊の衣法正伝せる法に値遇する、宿殖般若の大功徳種子によるなり。いま末法悪時世は、おのれが正伝なきことをはぢず、正伝をそねむ魔儻おほし。おのれが所有所住は、真実のおのれにあらざるなり。ただ正伝を正伝せん、これ学仏の直道なり。
  
  おほよそしるべし、袈裟はこれ仏身なり、仏心なり。また解脱服と称じ、福田衣と称ず。忍辱衣と称じ、無相衣と称ず。慈悲衣と称じ、如来衣と称じ、阿耨多羅三藐三菩提衣と称ずるなり。まさにかくのごとく受持すべし。
  いま現在大宋国の律学と名称ずるともがら、声聞酒に酔狂するによりて、おのれが家門にしらぬいへを伝来することを慚愧せず、うらみず、覚知せず。西天より伝来せる袈裟、ひさしく漢唐につたはれることをあらためて、小量にしたがふる、これ小見によりてしかあり。小見のはづべきなり。もしいまなんぢが小量の衣をもちゐるがごときは、仏威儀おほく虧闕することあらん。仏儀を学伝せることのあまねからざるによりて、かくのごとくあり。
  如来の身心、ただ祖門に正伝して、かれらが家業に流散せざること、あきらかなり。もし万一も仏儀をしらば、仏衣をやぶるべからず。文なほあきらめず、宗いまだきくべからず。
  
  又、ひとへに麁布を衣財にさだむ、ふかく仏法にそむく。ことに仏衣をやぶれり、仏弟子きるべきにあらず。ゆゑはいかん。布見を挙して袈裟をやぶれり。あはれむべし、小乗声聞の見、まさに迂曲かなしむべきことを。なんぢが布見やぶれてのち仏衣現成すべきなり。いふところの絹布の用は、一仏二仏の道にあらず。諸仏の大法として、糞掃を上品清浄の衣財とせるなり。そのなかに、しばらく十種の糞掃をつらぬるに、絹類あり、布類あり、余帛の類もあり。絹類の糞掃をとるべからざるか、もしかくのごとくならば、仏道に相違す。絹すでにきらはば、布またきらふべし。絹布きらふべき、そのゆゑなににかある。絹絲は殺生より生ぜるときらふ、おほきにわらふべきなり。布は生物の縁にあらざるか。情非情の情、いまだ凡情の情を解脱せず、いかでか仏袈裟をしらん。
  又、化絲の説をきたして乱道することあり。又わらふべし。いづれか化にあらざる。なんぢ化をきくみみを信ずといへども、化をみる目をうたがふ。目に耳なし、耳に目なきがごとし。いまの耳目、いづれのところにかある。しばらくしるべし、糞掃をひろふなかに、絹ににたるあり、布のごとくなるあらん。これをもちゐんには、絹となづくべからず、布と称ずべからず。まさに糞掃と称ずべし。糞掃なるがゆゑに、糞掃にして絹にあらず、布にあらざるなり。たとひ人天の糞掃と生長せるありとも有情といふべからず、糞掃なるべし。たとひ松菊の糞掃となれるありとも非情といふべからず、糞掃なるべし。糞掃の絹布にあらず、珠玉をはなれたる道理をしるとき、糞掃衣は現成するなり、糞掃衣にはむまれあふなり。絹布の見いまだ零落せざるは、いまだ糞掃を夢也未見なり。たとひ麁布を袈裟として一生受持すとも、布見をおぼえらんは、仏衣正伝にあらざるなり。
  又、数般の袈裟のなかに、布袈裟あり、絹袈裟あり、皮袈裟あり。ともに諸仏のもちゐるところ、仏衣仏功徳なり。正伝せる宗旨あり、いまだ断絶せず。しかあるを、凡情いまだ解脱せざるともがら、仏法をかろくし仏語を信ぜず、凡情に随他去せんと擬する、附仏法の外道といふつべし、壞正法のたぐひなり。
  あるいはいふ、天人のをしへによりて仏衣をあらたむと。しかあらば天仏をねがふべし、又天の流類となれるか。仏弟子は仏法を天人のために宣説すべし、道を天人にとふべからず。あはれむべし、仏法の正伝なきは、かくのごとくなり。
  天衆の見と仏子の見と、大小はるかにことなることあれども、天くだりて法を仏弟子にとぶらふ。そのゆゑは、仏見と天見と、はるかにことなるがゆゑなり。律家声聞の小見、すててまなぶことなかれ、小乗なりとしるべし。
  仏言、殺父殺母は懺悔しつべし、謗法は懺悔すべからず。
  おほよそ小見狐疑の道は仏の本意にあらず。仏法の大道は小乗およぶところなきなり。諸仏の大戒を正伝すること、附法蔵の祖道のほかには、ありとしれるもなし。
  
  むかし黄梅の夜半に、仏の衣法すでに六祖の頂上に正伝す。まことにこれ伝法伝衣の正伝なり、五祖の人をしるによりてなり。四果三賢のやから、および十聖等のたぐひ、教家の論師経師等のたぐひは神秀にさづくべし、六祖に正伝すべからず。しかあれども、仏祖の仏祖を選する、凡情路を超越するがゆゑに、六祖すでに六祖となれるなり。しるべし、仏祖嫡嫡の知人知己の道理、なほざりに測量すべきところにあらざるなり。
  のちにある僧すなはち六祖にとふ、黄梅の夜半の伝衣、これ布なりとやせん、絹なりとやせん、帛なりとやせん、畢竟じてこれなにものとかせん。
  六祖いはく、これ布にあらず、これ絹にあらず、これ帛にあらず。
  曹谿高祖の道、かくのごとしとしるべし。仏衣は絹にあらず、布にあらず、屈眗にあらざるなり。しかあるを、いたづらに絹と認じ布と認じ、屈眗と認ずるは、謗仏法のたぐひなり。いかにしてか仏袈裟をしらん、いはんや善来得戒の機縁あり、かれらが所得の袈裟、さらに絹布の論にあらざるは仏道の仏訓なり。
  
  また商那和修が衣は、在家の時は俗服なり、出家すれば袈裟となる。この道理、しづかに思量功夫すべし。見聞せざるがごとくして、さしおくべきにあらず。いはんや仏仏祖祖正伝しきたれる宗旨あり。文字かぞふるたぐひ、覚知すべからず、測量すべからず。まことに仏道の千変万化、いかでか庸流の境界ならん。三昧あり、陀羅尼あり。算沙のともがら、衣裏の宝珠をみるべからず。
  いま仏祖正伝せる袈裟の体色量を、諸仏の袈裟の正本とすべし。その例すでに西天東地、古往今来ひさしきなり。正邪を分別せし人、すでに超証しき。祖道のほかに袈裟を称ずるありとも、いまだ枝葉とゆるす本祖あらず。いかでか善根の種子をきざさん、いはんや果実あらんや。
  われらいま曠劫以来いまだあはざる仏法を見聞するのみにあらず、仏衣を見聞し仏衣を学習し、仏衣を受持することをえたり。すなはちこれまさしく仏を見たてまつるなり。仏音声をきく、仏光明をはなつ、仏受用を受用す。仏心を単伝するなり。得仏髄なり。
  
  伝衣
  
  予、在宋のそのかみ、長連牀に功夫せしとき、齊肩の隣単をみるに、毎暁の開静のとき、袈裟をささげて頂上に安置し、合掌恭敬して、一偈を黙誦す。ときに予、未曽見のおもひをなし、歓喜みにあまり、感涙ひそかにおちて襟をうるほす。阿含経を披閲せしとき、頂戴袈裟文をみるといへども、不分暁なり。いまはまのあたりにみる、ちなみにおもはく、あはれむべし、郷土にありしには、をしふる師匠なし、かたる善友にあはず。いくばくかいたづらにすぐる光陰ををしまざる、かなしまざらめやは。いまこれを見聞す、宿善よろこぶべし。もしいたづらに本国の諸寺に交肩せば、いかでかまさしく仏衣を著せる僧宝と隣肩なることをえん。悲喜ひとかたにあらず、感涙千万行。
  ときにひそかに発願す、いかにしてかはわれ不肖なりといふとも、仏法の正嫡を正伝して、郷土の衆生をあはれむに、仏仏正伝の衣法を見聞せしめん。
  かのときの正信、ひそかに相資することあらば、心願むなしかるべからず。いま受持袈裟の仏子、かならず日夜に頂戴する勤修をはげむべし、実功徳なるべし。一句一偈を見聞することは、若樹若石の因縁もあるべし。袈裟正伝の功徳は、十方に難遇ならん。
  大宋嘉定十七年癸未冬十月中、三韓の僧二人ありて、慶元府にきたれり。一人いはく智玄、一人は景雲。この二人、ともにしきりに仏経の義をいひ、あまつさへ文学の士なり。しかあれども、袈裟なし、鉢盂なし、俗人のごとし。あはれむべし、比丘形なりといへども比丘法なきこと、小国辺地のゆゑなるべし。我朝の比丘形のともがら、他国にゆかんとき、かの二僧のごとくならん。
  釈迦牟尼仏、すでに十二年中頂戴してさしおきましまさざるなり。その遠孫として、これを学すべし。いたづらに名利のために天を拝し神を拝し、王を拝し臣を拝する頂門を、いま仏衣頂戴に廻向せん、よろこぶべき大慶なり。
  
  ときに仁治元年庚子開冬日記于観音導利興聖宝林寺
  入宋伝法沙門 道元
  
   袈裟をつくる衣財、かならず清浄なるをもちゐる。清浄といふは、浄信檀那の供養するところの衣財、あるいは市にて買得するもの、あるいは天衆のおくるところ、あるいは龍神の浄施、あるいは鬼神の浄施、かくのごとくの衣財もちゐる。あるいは国王大臣の浄施、あるいは浄皮、これらもちゐるべし。
   また十種の糞掃衣を清浄なりとす。
   いはゆる十種糞掃衣
   一者牛嚼衣
   二者鼠噛衣
   三者火焼衣
   四者月水衣
   五者産婦衣
   六者神廟衣
   七者筭間衣
   八者求願衣
   九者王職衣
   十者往還衣
   この十種を、ことに清浄の衣財とせるなり。世俗には抛捨す、仏道にはもちゐる。世間と仏道と、その家業はかりしるべし。しかあればすなはち、清浄をもとめんときは、この十種をもとむべし。これをえて、浄をしり、不浄を弁肯すべし。心をしり、身を弁肯すべし。この十種をえて、たとひ絹類なりとも、たとひ布類なりとも、その浄不浄を商量すべきなり。
   この糞掃衣をもちゐることは、いたづらに弊衣にやつれたらんがためと学するは至愚なるべし。荘厳奇麗ならんがために、仏道に用着しきたれるところなり。仏道にやつれたる衣服とならはんことは、錦繍綾羅、金銀珍珠等の衣服の、不浄よりきたれるを、やつれたるとはいふなり。おほよそ此土他界の仏道に、清浄奇麗をもちゐるには、この十種それなるべし。これ浄不浄の辺際を超越せるのみにあらず、漏無漏の境界にあらず。色心を論ずることなかれ、得失にかかはれざるなり。ただ正伝受持するはこれ仏祖なり。仏祖たるとき、正伝禀受するがゆゑに、仏祖としてこれを受持するは、身の現不現によらず、心の挙不挙によらず、正伝せられゆくなり。
   ただまさにこの日本国には、近来の僧尼、ひさしく袈裟を著せざりつることをかなしむべし、いま受持せんことをよろこぶべし。在家の男女、なほ仏戒を受得せんは、五條七條九條の袈裟を着すべし。いはんや出家人、いかでか著せざらん。はじめ梵王六天より、淫男淫女奴婢にいたるまでも、仏戒をうくべし、袈裟を著すべしといふ、比丘比丘尼これを著せざらんや。畜生なほ仏戒をうくべし、袈裟をかくべしといふ、仏子なにとしてか仏衣を著せざらん。
   しかあれば、仏子とならんは、天上人間、国王百官をとはず、在家出家、奴婢畜生を論ぜず、仏戒を受得し袈裟を正伝すべし。まさに仏位に正入する直道なり。
  
   正法眼蔵第三十二
  
   袈裟浣濯之時、須用衆末香花和水。灑乾之後、畳收安置高処、以香花而供養之。三拝然後、踞跪頂戴、合掌致信、唱此偈(袈裟浣濯の時、須らく衆末香花を水に和して用ゐるべし。灑乾の後、畳み收めて高処に安置し、香花を以て之に供養すべし。三拝し然して後、踞跪頂戴し、合掌致信して、此の偈を唱ふべし)。
   大哉解脱服、無相福田衣、
   披奉如来教、広度諸衆生。三唱。
   而後立地、如披奉(而して後立地し、披奉すべし)。

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:07
by writer
正 法 眼 蔵    諸悪莫作しょあくばくさ  第三十一  
諸 悪 莫 作

  古仏云、諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教(諸悪を作すこと莫れ、衆善奉行すべし、自ら其の意を浄む、是れ諸仏の教なり)。
  これ七仏祖宗の通戒として、前仏より後仏に正伝す、後仏は前仏に相嗣せり。ただ七仏のみにあらず、是諸仏教なり。この道理を功夫参究すべし。いはゆる七仏の法道、かならず七仏の法道のごとし。相伝相嗣、なほ箇裡の通消息なり。すでに是諸仏教なり、百千万仏の教行証なり。
  いまいふところの諸悪者、善性悪性無記性のなかに悪性あり。その性これ無生なり。善性無記性等もまた無生なり、無漏なり、実相なりといふとも、この三性の箇裡に、許多般の法あり。諸悪は、此界の悪と他界の悪と同不同あり、先時と後時と同不同あり、天上の悪と人間の悪と同不同なり。いはんや仏道と世間と、道悪道善道無記、はるかに殊異あり。善悪は時なり、時は善悪にあらず。善悪は法なり、法は善悪にあらず。法等悪等なり、法等善等なり。
  しかあるに、阿耨多羅三藐三菩提を学するに、聞教し、修行し、証果するに、深なり、遠なり、妙なり。この無上菩提を或従知識してきき、或従経巻してきく。はじめは、諸悪莫作ときこゆるなり。諸悪莫作ときこえざるは、仏正法にあらず、魔説なるべし。
  しるべし、諸悪莫作ときこゆる、これ仏正法なり。この諸悪つくることなかれといふ、凡夫のはじめて造作してかくのごとくあらしむるにあらず。菩提の説となれるを聞教するに、しかのごとくきこゆるなり。しかのごとくきこゆるは、無上菩提のことばにてある道著なり。すでに菩提語なり、ゆゑに語菩提なり。無上菩提の説著となりて聞著せらるるに転ぜられて、諸悪莫作とねがひ、諸悪莫作とおこなひもてゆく。諸悪すでにつくられずなりゆくところに、修行力たちまち現成す。この現成は、尽地尽界、尽時尽法を量として現成するなり。その量は、莫作を量とせり。
  正当恁麼時の正当恁麼人は、諸悪つくりぬべきところに住し往来し、諸悪つくりぬべき縁に対し、諸悪つくる友にまじはるににたりといへども、諸悪さらにつくられざるなり。莫作の力量現成するゆゑに。諸悪みづから諸悪と道著せず、諸悪にさだまれる調度なきなり。一拈一放の道理あり。正当恁麼時、すなはち悪の人ををかさざる道理しられ、人の悪をやぶらざる道理あきらめらる。
  みづからが心を挙して修行せしむ、身を挙して修行せしむるに、機先の八九成あり、脳後の莫作あり。なんぢが心身を拈来して修行し、たれの身心を拈来して修行するに、四大五蘊にて修行するちから驀地に見成するに、四大五蘊の自己を染汚せず、今日の四大五蘊までも修行せられもてゆく。如今の修行なる四大五蘊のちから、上項の四大五蘊を修行ならしむるなり。山河大地、日月星辰までも修行せしむるに、山河大地、日月星辰、かへりてわれらを修行せしむるなり。一時の眼睛にあらず、諸時の活眼なり。眼睛の活眼にてある諸時なるがゆゑに、諸仏諸祖をして修行せしむ、聞教せしむ、証果せしむ。諸仏諸祖、かつて教行証をして染汚せしむることなきがゆゑに、教行証いまだ諸仏諸祖を罣礙することなし。このゆゑに仏祖をして修行せしむるに、過現当の機先機後に廻避する諸仏諸祖なし。衆生作仏作祖の時節、ひごろ所有の仏祖を罣礙せずといへども、作仏祖する道理を、十二時中の行住坐臥に、つらつら思量すべきなり。作仏祖するに衆生をやぶらず、うばはず、うしなふにあらず。しかあれども脱落しきたれるなり。
  善悪因果をして修行せしむ。いはゆる因果を動ずるにあらず、造作するにあらず。因果、あるときはわれらをして修行せしむるなり。この因果の本来面目すでに分明なる、これ莫作なり。無生なり、無常なり、不昧なり、不落なり。脱落なるがゆゑに。かくのごとく参究するに、諸悪は一條にかつて莫作なりけると現成するなり。この現成に助発せられて、諸悪莫作なりと見得徹し、坐得断するなり。 正当恁麼のとき、初中後、諸悪莫作にて現成するに、諸悪は因縁生にあらず、ただ莫作なるのみなり。諸悪は因縁滅にあらず、ただ莫作なるのみなり。諸悪もし等なれば諸法も等なり。諸悪は因縁生としりて、この因縁のおのれと莫作なるをみざるは、あはれむべきともがらなり。仏種従縁起なれば縁従仏種起なり。
  諸悪なきにあらず、莫作なるのみなり。諸悪あるにあらず、莫作なるのみなり。諸悪は空にあらず、莫作なり。諸悪は色にあらず、莫作なり。諸悪は莫作にあらず、莫作なるのみなり。たとへば、春松は無にあらず有にあらず、つくらざるなり。秋菊は有にあらず無にあらず、つくらざるなり。諸仏は有にあらず無にあらず、莫作なり。露柱灯籠、払子拄杖等、有にあらず、無にあらず、莫作なり。自己は有にあらず無にあらず、莫作なり。恁麼の参学は、見成せる公案なり、公案の見成なり。主より功夫し、賓より功夫す。すでに恁麼なるに、つくられざりけるをつくりけるとくやしむも、のがれず、さらにこれ莫作の功夫力なり。
  しかあれば、莫作にあらばつくらまじと趣向するは、あゆみをきたにして越にいたらんとまたんがごとし。諸悪莫作は、井の驢をみるのみにあらず、井の井をみるなり。驢の驢をみるなり、人の人をみるなり、山の山をみるなり。説箇の応底道理あるゆゑに、諸悪莫作なり。仏真法身、猶若虚空、応物現形、如水中月(仏の真法身は、猶し虚空のごとし、物に応じて形を現はすこと、水中の月の如し)なり。応物の莫作なるゆゑに、現形の莫作あり、猶若虚空、左拍右拍なり。如水中月、被水月礙(水月に礙へらる)なり。これらの莫作、さらにうたがふべからざる現成なり。

  衆善奉行。この衆善は、三性のなかの善性なり。善性のなかに衆善ありといへども、さきより現成して行人をまつ衆善いまだあらず。作善の正当恁麼時、きたらざる衆善なし。万善は無象なりといへども、作善のところに計会すること、磁鉄よりも速疾なり。そのちから、毘嵐風よりもつよきなり。大地山河、世界国土、業増上力、なほ善の計会を罣礙することあたはざるなり。
  しかあるに、世界によりて善を認ずることおなじからざる道理、おなじ認得を善とせるがゆゑに、如三世諸仏、説法之儀式(三世諸仏の説法の儀式の如し)。おなじといふは、在世説法ただ、時なり。寿命身量またときに一任しきたれるがゆゑに、説無分別法なり。
  しかあればすなはち、信行の機の善と、法行の機の善と、はるかにことなり。別法にあらざるがごとし。たとへば、声聞の持戒は菩薩の破戒なるがごとし。
  衆善これ因縁生、因縁滅にあらず。衆善は諸法なりといふとも、諸法は衆善にあらず。因縁と生滅と衆善と、おなじく頭正あれば尾正なり。衆善は奉行なりといへども、自にあらず、自にしられず。他にあらず、他にしられず。自他の知見は、知に自あり、他あり、見の自あり、他あるがゆゑに、各各の活眼睛、それ日にもあり、月にもあり。これ奉行なり。奉行の正当恁麼時に、現成の公案ありとも、公案の始成にあらず、公案の久住にあらず、さらにこれを奉行といはんや。
  作善の奉行なるといへども、測度すべきにはあらざるなり。いまの奉行、これ活眼睛なりといへども、測度にはあらず。法を測度せんために現成せるにあらず。活眼睛の測度は、余法の測度とおなじかるべからず。
  衆善、有無、色空等にあらず、ただ奉行なるのみなり。いづれのところの現成、いづれの時の現成も、かならず奉行なり。この奉行にかならず衆善の現成あり。奉行の現成、これ公案なりといふとも、生滅にあらず、因縁にあらず。奉行の入住出等も又かくのごとし。衆善のなかの一善すでに奉行するところに、尽法全身、真実地等、ともに奉行せらるるなり。
  この善の因果、おなじく奉行の現成公案なり。因はさき、果はのちなるにあらざれども、因円満し、果円満す。因等法等、果等法等なり。因にまたれて果感ずといへども、前後にあらず、前後等の道あるがゆゑに。

  自浄其意といふは、莫作の自なり、莫作の浄なり。自の其なり、自の意なり。莫作の其なり、莫作の意なり。奉行の意なり、奉行の浄なり、奉行の其なり、奉行の自なり。かるがゆゑに是諸仏教といふなり。
  いはゆる諸仏、あるいは自在天のごとし。自在天に同不同なりといへども、一切の自在天は諸仏にあらず。あるいは転輪王のごとくなり。しかあれども、一切の転輪聖王の諸仏なるにあらず。かくのごとくの道理、功夫参学すべし。諸仏はいかなるべしとも学せず、いたづらに苦辛するに相似せりといへども、さらに受苦の衆生にして、行仏道にあらざるなり。莫作および奉行は、驢事未去、馬事到来なり。

  唐の白居易は、仏光如満禅師の俗弟子なり。江西大寂禅師の孫子なり。杭州の刺史にてありしとき、鳥窠の道林禅師に参じき。
  ちなみに居易とふ、如何是仏法大意。
  道林いはく、諸悪莫作、衆善奉行。
  居易いはく、もし恁麼にてあらんは、三歳の孩兒も道得ならん。
  道林いはく、三歳孩兒縦道得、八十老翁行不得なり。
  恁麼いふに、居易すなはち拝謝してさる。
  まことに居易は、白将軍がのちなりといへども、奇代の詩仙なり。人つたふらくは、二十四生の文学なり。あるいは文殊の号あり、あるいは弥勒の号あり。風情のきこえざるなし、筆海の朝せざるなかるべし。しかあれども、仏道には初心なり、晩進なり。いはんやこの諸悪莫作、衆善奉行は、その宗旨、ゆめにもいまだみざるがごとし。
  居易おもはくは、道林ひとへに有心の趣向を認じて、諸悪をつくることなかれ、衆善奉行すべしといふならんとおもひて、仏道に千古万古の諸悪莫作、衆善奉行の亙古亙今なる道理、しらずきかずして、仏法のところをふまず、仏法のちからなきがゆゑにしかのごとくいふなり。たとひ造作の諸悪をいましめ、たとひ造作の衆善をすすむとも、現成の莫作なるべし。
  おほよそ仏法は、知識のほとりにしてはじめてきくと、究竟の果上もひとしきなり。これを頭正尾正といふ。妙因妙果といひ、仏因仏果といふ。仏道の因果は、異熟等流等の論にあらざれば、仏因にあらずは仏果を感得すべからず。道林この道理を道取するゆゑに仏法あるなり。
  諸悪たとひいくかさなりの尽界に弥綸し、いくかさなりの尽法を呑却せりとも、これ莫作の解脱なり。衆善すでに初中後善にてあれば、奉行の性相体力等を如是せるなり。居易かつてこの蹤跡をふまざるによりて、三歳の孩兒も道得ならんとはいふなり。道得をまさしく道得するちからなくて、かくのごとくいふなり。
  あはれむべし、居易、なんぢ道甚麼なるぞ。仏風いまだきかざるがゆゑに。三歳の孩兒をしれりやいなや。孩兒の才生せる道理をしれりやいなや。もし三歳の孩兒をしらんものは、三世諸仏をもしるべし。いまだ三世諸仏をしらざらんもの、いかでか三歳の孩兒をしらん。対面せるはしれりとおもふことなかれ、対面せざればしらざるとおもふことなかれ。一塵をしれるものは尽界をしり、一法を通ずるものは万法を通ず。万法に通ぜざるもの、一法に通ぜず。通を学せるもの通徹のとき、万法をもみる、一法をもみるがゆゑに、一塵を学するもの、のがれず尽界を学するなり。三歳の孩兒は仏法をいふべからずとおもひ、三歳の孩兒のいはんことは容易ならんとおもふは至愚なり。そのゆゑは、生をあきらめ死をあきらむるは仏家一大事の因縁なり。
  古徳いはく、なんぢがはじめて生下せりしとき、すなはち獅子吼の分あり。獅子吼の分とは、如来転法輪の功徳なり、転法輪なり。
  又古徳いはく、生死去来、真実人体なり。
  しかあれば、真実体をあきらめ、獅子吼の功徳あらん、まことに一大事なるべし、たやすかるべからず。かるがゆゑに、三歳孩兒の因縁行履あきらめんとするに、さらに大因縁なり。それ三世の諸仏の行履因縁と、同不同あるがゆゑに。
  居易おろかにして三歳の孩兒の道得をかつてきかざれば、あるらんとだにも疑著せずして、恁麼道取するなり。道林の道声の雷よりも顕赫なるをきかず、道不得をいはんとしては、三歳孩兒還道得といふ。これ孩兒の獅子吼をもきかず、禅師の転法輪をも蹉過するなり。
  禅師あはれみをやむるにあたはず、かさねていふしなり、三歳の孩兒はたとひ道得なりとも、八十の老翁は行不得ならんと。
  いふこころは三歳の孩兒に道得のことばあり、これをよくよく参究すべし。八十の老翁に行不得の道あり、よくよく功夫すべし。孩兒の道得はなんぢに一任す、しかあれども孩兒に一任せず。老翁の行不得はなんぢに一任す、しかあれども老翁に一任せずといひしなり。仏法はかくのごとく弁取し、説取し、宗取するを道理とせり。

正法眼蔵諸悪莫作第卅一

爾時延応庚子月夕在雍州宇治縣観音導利興聖悪林寺示衆
寛元元年癸卯三月下旬七日於侍司寮書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:07
by writer
正 法 眼 蔵    看 経かんぎん  第三十一  
看 経

  阿耨多羅三藐三菩提の修証、あるいは知識をもちゐ、あるいは経巻をもちゐる。知識といふは、全自己の仏祖なり。経巻といふは、全自己の経巻なり。全仏祖の自己、全経巻の自己なるがゆゑにかくのごとくなり。自己と称ずといへども我你の拘牽にあらず。これ活眼晴なり、活拳頭なり。 しかあれども念経、看経、誦経、書経、受経、持経あり。ともに仏祖の修証なり。しかあるに、仏経にあふことたやすきにあらず。於無量国中、乃至名字不可得聞(無量国の中に於て、乃至名字だも聞くこと得べからず)なり、於仏祖中、乃至名字不可得聞なり、於命脈中、乃至名字不可得聞なり。仏祖にあらざれば、経巻を見聞読誦解義せず。仏祖参学より、かつかつ経巻を参学するなり。このとき、耳処、眼処、舌処、鼻処、身心塵処、到処、聞処、話処の聞、持、受、説経等の現成あり。為求名聞故説外道論議(名聞を求めんが為の故に、外道の論議を説く)のともがら、仏経を修行すべからず。そのゆゑは、経巻は若樹若石の伝持あり、若田若里の流布あり。塵刹の演出あり、虚空の開講あり。

  薬山曩祖弘道大師、久不陞堂(薬山曩祖弘道大師、久しく陞堂せず)。
  院主白云、大衆久思和尚慈晦(大衆久しく和尚の慈晦を思ふ)。
  山云、打鐘著(打鐘せよ)。
  院主打鐘、大衆才集(院主打鐘し、大衆才に集まる)。
  山陞堂、良久便下座、帰方丈(山、陞堂し、良久して便ち下座し、方丈に帰る)。
  院主随後白云、和尚適来聴許為衆説法、如何不垂一言(院主、後に随つて、白して云く、和尚、適来為衆説法を聴許せり、如何が一言を垂れざる)。
  山云、経有経師、論有論師、争怪得老僧(経に経師有り、論に論師有り、争か老僧を怪得せん)。
  曩祖の慈晦するところは、拳頭有拳頭師、眼晴有眼晴師なり。しかあれども、しばらく曩祖に拝問すべし、争怪得和尚はなきにあらず、いぶかし、和尚是什麼師。

  韶州曹谿山、大鑑高祖会下、誦法花経僧法達来参(韶州曹谿山、大鑑高祖の会下に、誦法花経僧法達といふもの来参す)。
  高祖為法達説偈云(高祖、法達が為に説偈して云く)、
  心迷法華転、心悟転法華、
  (心迷は法華に転ぜられ、心悟は法華を転ず)
  誦久不明己、与義作讎家。
  (誦すること久しくして己れを明らめずは、義と讎家と作る)
  無念念即正、有念念成邪、
  (無念なれば念は即ち正なり、有念なれば念は邪と成る)
  有無倶不計、長御白牛車。
  (有無倶に計せざれば、長に白牛車を御らん)
  しかあれば、心迷は法花に転ぜられ、心悟は法花を転ず。さらに迷悟を跳出するときは、法花の法花を転ずるなり。
  法達、まさに偈をききて踊躍歓喜、以偈贊曰(偈を以て贊じて曰く)、
  経誦三千部、曹谿一句亡。
  (経、誦すること三千部、曹谿の一句に亡す)
  未明出世旨、寧歇累生狂。
  (未だ出世の旨を明らめずは、寧んぞ累生の狂を歇めん)
  羊鹿牛権設、初中後善揚。
  (羊鹿牛権に設く、初中後善く揚ぐ)
  誰知火宅内、元是法中王。
  (誰か知らん火宅の内、もと是れ法中の王なることを)
  そのとき高祖曰、汝今後方可名為念経僧也(汝、今より後、方に名づけて念経僧と為すべし)。
  しるべし、仏道に念経僧あることを。曹谿古仏の直指なり。この念経僧の念は、有念無念等にあらず、有無倶不計なり。ただそれ従劫至劫手不釈巻、従昼至夜無不念時(劫より劫に至るも手に巻を釈かず、昼より夜に至りて念ぜざる時無し)なるのみなり。従経至経無不経(経より経に至りて経ならざる無し)なるのみなり。

  第二十七祖東印度般若多羅尊者、因東印度国王、請尊者斉次(第二十七祖、東印度の般若多羅尊者、因みに東印度国王、尊者を請じて斉する次に)、国王乃問、諸人尽転経、唯尊者為甚不転(諸人尽く転経す、ただ尊者のみ甚としてか転ぜざる)。
  祖曰、貧道出息不随衆縁、入息不居蘊界、常転如是経、百千万億巻、非但一巻両巻(貧道は出息衆縁に随はず、入息蘊界に居せず、常に如是経を転ずること、百千万億巻なり、ただ一巻両巻のみに非ず)。
  般若多羅尊者は、天竺国東印度の種草なり。迦葉尊者より第二十七世の正嫡なり。仏家の調度ことごとく正伝せり。頂寧眼晴、拳頭鼻孔、拄杖鉢盂、衣法骨髄等を住持せり。われらが曩祖なり、われらは雲孫なり。いま尊者の渾力道は、出息の衆縁に不随なるのみにあらず、衆縁も出息に不随なり。衆縁たとひ頂寧眼晴にてもあれ、衆縁たとひ渾身にてもあれ、衆縁たとひ渾心にてもあれ、擔来擔去又擔来(擔ひ来り擔ひ去りて又擔ひ来る)、ただ不随衆縁なるのみなり。不随は渾随なり。このゆゑに築著磕著なり。出息これ衆縁なりといへども、不随衆縁なり。無量劫来、いまだ出息入息の消息をしらざれども、而今まさにはじめてしるべき時節到来なるがゆゑに不居蘊界をきく、不随衆縁をきく。衆縁はじめて入息等を参究する時節なり。この時節、かつてさきにあらず、さらにのちにあるべからず。ただ而今のみにあるなり。
  蘊界といふは、五蘊なり。いはゆる色受想行識をいふ。この五蘊に不居なるは、五蘊いまだ到来せざる世界なるがゆゑなり。この関棙子を拈ぜるゆゑに、所転の経ただ一巻両巻にあらず、常転百千万億巻なり。百千万億巻はしばらく多の一端をあぐといへども、多の量のみにあらざるなり。一息出の不居蘊界を百千万億巻の量とせり。しかあれども、有漏無漏智の所測にあらず、有漏無漏法の界にあらず。このゆゑに、有智の智の測量にあらず、有知の智の卜度にあらず。無智の知の商量にあらず、無知の智の所到にあらず。仏仏祖祖の修証、皮肉骨髄、眼晴拳頭、頂寧鼻孔、拄杖払子、勃跳造次なり。

  趙州観音院真際大師、因有婆子、施浄財、請大師転大蔵経(趙州観音院真際大師、因みに婆子有り、浄財を施して、大師に転大蔵経を請ず)。
  師下禅林、遶一匝、向使者云、転蔵已畢(師、禅林を下りて、遶ること一匝して、使者に向つて云く、転蔵已畢ぬ)。
  使者廻挙似婆子(使者、廻つて婆子に挙似す)。
  婆子曰、比来請転一蔵、如何和尚只転半蔵(比来転一蔵を請ず、如何が和尚只だ半蔵を転ずる)。

  あきらかにしりぬ。転一蔵半蔵は婆子経三巻なり。転蔵已畢は趙州経一蔵なり。おほよそ転大蔵経のていたらくは、禅林をめぐる趙州あり、禅林ありて趙州をめぐる。趙州をめぐる趙州あり、禅林をめぐる禅林あり。しかあれども、一切の転蔵は、遶禅林のみにあらず、禅林遶のみにあらず。

  益州大隋山神照大師、法諱法真、嗣長慶寺大安禅師。因有婆子、施浄財、請師転大蔵経(益州大隋山神照大師、法諱は法真、長慶寺の大安禅師に嗣す。因みに婆子有り、浄財を施して、師に転大蔵経を請ず)。
  師下禅林一匝、向使者曰、転大蔵経已畢(師、禅林を下りて一匝し、使者に向つて曰く、転大蔵経已畢ぬ)。
  使者帰挙似婆子(使者、帰つて婆子に挙似す)。
  婆子云、比来請転一蔵、如何和尚只転半蔵(比来転一蔵を請ず、如何が和尚只だ半蔵を転ずる)。

  いま大隋の禅林をめぐると学することなかれ、禅林の大隋をめぐると学することなかれ。拳頭眼晴の團圝のみにあらず、作一圓相せる打一圓相なり。しかあれども、婆子それ有眼なりや、未具眼なりや。只転半蔵たとひ道取を拳頭より正伝すとも、婆子さらにいふべし、比来請転大蔵経、如何和尚只管弄精魂(比来転大蔵経を請ず、如何が和尚只管に精魂を弄する)。あやまりてもかくのごとく道取せましかば、具眼晴の婆子なるべし。

  高祖洞山悟本大師、因有官人、設斉施浄財、請師看転大蔵経。大師下禅林向官人揖。官人揖大師。引官人倶遶禅林一匝、向官人揖。良久向官人云、会麼(高祖洞山悟本大師、因みに官人有り、斉を設け浄財を施し、師に看転大蔵経を請ず。大師、禅林より下りて、官人に向つて揖す。官人、大師を揖す。官人を引いて倶に禅林を遶ること一匝し、官人に向つて揖す。良久して、官人に向つて云く、会すや)。
  官人云、不会。
  大師云、我与汝看転大蔵経、如何不会(我れ汝が与に看転大蔵経せり、如何が不会なる)。

  それ我与汝看転大蔵経、あきらかなり。遶禅林を看転大蔵経と学するにあらず、看転大蔵経を遶禅林と会せざるなり。しかありといへども、高祖の慈晦を聴取すべし。
  この因縁、先師古仏、天童山に住せしとき、高麗国の施主、入山施財、大衆看経、請先師陞座(山に入りて財を施し、大衆看経し、先師に陞座を請ずる)のとき挙するところなり。挙しをはりて、先師すなはち払子をもておほきに圓相をつくること一匝していはく、天童今日、与汝看転大蔵経。
  便擲下払子下座(便ち払子を擲下して下座せり)。
  いま先師の道処を看転すべし、余者に比準すべからず。しかありといふとも、看転大蔵経には、壹隻眼をもちゐるとやせん、半隻眼をもちゐるとやせん。高祖の道処と先師の道処と、用眼晴、用舌頭、いくばくをかもちゐきたれる。究弁看。

  曩祖薬山弘道大師、尋常不許人看経。一日、将経自看、因僧問、和尚尋常不許人看経、為甚麼却自看(曩祖薬山弘道大師、尋常人に看経を許さず。一日、経を将て自ら看す、因みに僧問ふ、和尚尋常、人の看経するを許さず、甚麼としてか却つて自ら看する)。
  師云、我只要遮眼(我れは只だ遮眼せんことをを要するのみ)。
  僧云、某甲学和尚得麼(某甲和尚を学してんや)。
  師云、你若看、牛皮也須穿(你若し看せば、牛皮もまた穿るべし)。

  いま我要遮眼の道は、遮眼の自道処なり。遮眼は打失眼晴なり、打失経なり、渾眼遮なり、渾遮眼なり。遮眼は遮中開眼なり、遮裡活眼なり、眼裡活遮なり、眼皮上更添一枚皮(眼皮上更に一枚の皮を添ふ)なり。遮裡拈眼なり、眼自拈遮なり。しかあれば、眼晴経にあらざれば遮眼の功徳いまだあらざるなり。
  牛皮也須穿は、全牛皮なり、全皮牛なり、拈牛作皮なり。このゆゑに、皮肉骨髄、頭角鼻孔を牛桲の活計とせり。学和尚のとき、牛為眼晴(牛を眼晴と為す)なるを遮眼とす、眼晴為牛(眼晴を牛と為す)なり。

  冶父道川禅師云、
    億千供仏福無辺、
    争似常将古教看。
    白紙上辺書墨字、
    請君開眼目前観。
    (億千の供仏福無辺なり、争か似かん、常に古教を将て看ぜんには。白紙上辺に墨字を書す、請すらくは君、眼を開いて目前に観んことを。)

  しるべし、古仏を供すると古教をみると、福徳齊肩なるべし、福徳超過なるべし。古教といふは、白紙の上に墨字を書せる、たれかこれを古教としらん。当恁麼の道理を参究すべし。

  雲居山弘覚大師、因有一僧、在房内念経。大師隔窓問云、闍梨念底、是什麼経(雲居山弘覚大師、因みに一僧有り、房の内に在つて念経す。大師、窓を隔てて問うて云く、闍梨が念底、是れ什麼の経ぞ)。
  僧対曰、維摩経。
  師曰、不問你維摩経、念底是什麼経(你に維摩経を問はず、念底は是れ什麼の経ぞ)。
  此僧従此得入(此の僧、此れより得入せり)。

  大師道の念底是什麼経は、一條の念底、年代深遠なり、不欲挙似於念(念に挙似せんとは欲はず)なり。路にしては死蛇にあふ、このゆゑに什麼経の問著現成せり。人にあふては錯挙せず、このゆゑに維摩経なり。おほよそ看経は、尽仏祖を把拈しあつめて、眼晴として看経するなり。正当恁麼時、たちまちに仏祖作仏し、説法し、説仏し、仏作するなり。この看経の時節にあらざれば、仏祖の頂寧面目いまだあらざるなり。

  現在仏祖の会に、看経の儀則それ多般あり。いはゆる施主入山、請大衆看経(施主山に入り大衆を請じてする看経)、あるいは常転請僧看経(常に僧を請じて転ずる看経)、あるいは僧衆自発心看経等(僧衆自ら発心してする看経)なり。このほか大衆為亡僧看経(大衆亡僧の為にする看経)あり。
  施主入山、請僧看経は、当日の粥時より、堂司あらかじめ看経牌を僧堂前および衆寮にかく。粥罷に拝席を聖僧前にしく。ときいたりて僧堂前鐘を三会うつ、あるいは一会うつ。住持人の指揮にしたがふなり。
  鐘声罷に、首座大衆、搭袈裟、入雲堂、就被位、正面而坐(首座大衆、袈裟を搭し、雲堂に入り、被位に就き、正面して坐す)。
  つぎに住持人入堂し、向聖僧問訊焼香罷、依位而坐(聖僧に向つて問訊し、焼香罷りて、位に依つて坐す)。
  つぎに童行をして経を行ぜしむ。この経、さきより庫院にととのへ、安排しまうけて、ときいたりて供達するなり。経は、あるいは経凾ながら行じ、あるいは盤子に安じて行ず。大衆すでに経を請じて、すなはちひらきよむ。
  このとき、知客いまし施主をひきて雲堂にいる。施主まさに雲堂前にて手爐をとりて、ささげて入堂す。手爐は院門の公界にあり。あらかじめ裝香して、行者をして雲堂前にまうけて、施主まさに入堂せんとするとき、めしによりて施主にわたす。手爐をめすことは、知客これをめすなり。入堂するときは、知客さき、施主のち、雲堂の前門の南頬よりいる。
  施主、聖僧前にいたりて、焼一片香、拝三拝あり。拝のあひだ、手爐をもちながら拝するなり。拝のあひだ、知客は拝席の北に、おもてをみなみにして、すこしき施主にむかひて、叉手してたつ。
  施主の拝をはりて、施主みぎに転身して、住持人にむかひて、手爐をささげて曲躬し揖す。住持人は椅子にゐながら、経をささげて合掌して揖をうく。施主つぎに北にむかひて揖す。揖をはりて、首座のまへより巡堂す。巡堂のあひだ、知客さきにひけり。巡堂一匝して、聖僧前にいたりて、なほ聖僧にむかひて、手爐をささげて揖す。このとき、知客は雲堂の門限のうちに、拝席のみなみに、面を北にして叉手してたてり。
  施主、揖聖僧をはりて、知客にしたがひて雲堂前にいでて、巡堂前一匝して、なほ雲堂内にいりて、聖僧にむかひて拝三拝す。拝をはりて、交椅につきて看経を証明す。交椅は、聖僧のひだりの柱のほとりに、みなみにむかへてこれをたつ。あるいは南柱のほとりに、きたにむかひてたつ。
  施主すでに座につきぬれば、知客すべからく施主にむかひて揖してのち、くらゐにつく。あるいは施主巡堂のあひだ、梵音あり。梵音の座、あるいは聖僧のみぎ、あるいは聖僧のひだり、便宜にしたがふ。
  手爐には、沈香箋香の名香をさしはさみ、たくなり。この香は、施主みづから弁備するなり。
  施主巡堂のときは、衆僧合掌す。
  つぎに看経銭を俵す。銭の多少は、施主のこころにしたがふ。あるいは綿、あるいは扇等の物子、これを俵す。施主みづから俵す、あるいは知事これを俵す、あるいは行者これを俵す。俵する法は、僧のまへにこれをおくなり、僧の手にいれず。衆僧は、俵銭をまへに俵するとき、おのおの合掌してうくるなり。俵銭、あるいは当日の斉時にこれを俵す。もし斉時に俵するがごときは、首座施食ののち、さらに打槌一下して、首座施財す。
  施主囘向の旨趣を紙片にかきて、聖僧の左の柱に貼せり。
  雲堂裡看経のとき、揚声してよまず、低声によむ。あるいは経巻をひらきて文字をみるのみなり。句読におよばず、看経するのみなり。
  かくのごとくの看経、おほくは金剛般若経、法華経普門品、安楽行品、金光明経等を、いく百千巻となく、常住にまうけおけり。毎僧一巻を行ずるなり。看経をはりぬれば、もとの盤、もしは凾をもちて、座のまへをすぐれば、大衆おのおの経を安ず。とるとき、おくとき、ともに合掌するなり。とるときは、まづ合掌してのちにとる。おくときは、まづ経を安じてのちに合掌す。そののち、おのおの合掌して、低声に囘向するなり。
  もし常住公界の看経には、都鑑寺僧、焼香、礼拝、巡堂、俵銭、みな施主のごとし。手爐をささぐることも、施主のごとし。もし衆僧のなかに、施主となりて大衆の看経を請ずるも、俗施主のごとし。焼香、礼拝、巡堂、俵銭等あり。知客これをひくこと、俗施主のごとくなるべし。

  聖節の看経といふことあり。かれは、今上の聖誕の、仮令もし正月十五日なれば、まづ十二月十五日より、聖節の看経はじまる。今日上堂なし。仏殿の釈迦仏のまへに、連林を二行にしく。いはゆる東西にあひむかへて、おのおの南北行にしく。東西林のまへに檯盤をたつ。そのうへに経を安ず。金剛般若経、仁王経、法華経、最勝王経、金光明経等なり。堂裡僧を一日に幾僧と請じて、斉前に点心をおこなふ。あるいは麺一椀、羮一杯を毎僧に行ず。あるいは饅頭六七箇、羮一分、毎僧に行ずるなり。饅頭これも椀にもれり。はしをそへたり、かひをそへず。おこなふときは、看経の座につきながら、座をうごかずしておこなふ。点心は、経を安ぜる檯盤に安排せり。さらに棹子をきたせることなし。行点心のあひだ、経は檯盤に。点心おこなひをはりぬれば、僧おのおの座をたちて、嗽口して、かへりて座につく。すなはち看経す。粥罷より斉時にいたるまで看経す。斉時三下鼓響に座をたつ。今日の看経は、斉時をかぎりとせり。
  はじむる日より、建祝聖道場の牌を、仏殿の正面の東の簷頭にかく、黄牌なり。また仏殿のうちの正面の東の柱に、祝聖の旨趣を、障子牌にかきてかく、これ黄牌なり。住持人の名字は、紅紙あるいは白紙にかく。その二字を小片紙にかきて、牌面の年月日の下頭に貼せり。かくのごとく看経して、その御降誕の日にいたるに、住持人上堂し、祝聖するなり。これ古来の例なり。いまにふりざるところなり。
  また僧のみづから発心して看経するあり。寺院もとより公界の看経堂あり。かの堂につきて看経するなり。その儀、いま清規のごとし。

  高祖薬山弘道大師、問高沙弥云、汝従看経得、従請益得(高祖薬山弘道大師、高沙弥に問うて云く、汝看経よりや得たる、請益よりや得たる)。
  高沙弥云、不従看経得、亦不従請益得(看経より得たるにあらず、また請益より得たるにあらず)。
  師云、大有人、不看経、不請益、為什麼不得(大いに人有り、看経せず、請益せず、什麼としてか不得なる)。
  高沙弥云、不道他無、只是他不肯承当(他無しとは道はず、只だ是れ他の承当を肯せざるのみ)。
  仏祖の屋裡に承当あり、不承当ありといへども、看経請益は家常の調度なり。

正法眼蔵看経第三十

爾時仁治二年辛丑秋九月十五日在雍州宇治郡興聖悪林寺示衆
寛元三年乙巳七月八日在越州吉田縣大仏寺侍司書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:06
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 正 法 眼 蔵    山水経さんすいきょう  第二十九  
山 水 経

而今の山水は、古仏の道現成なり。ともに法位に住して、究尽の功徳を成ぜり。空劫已前の消息なるがゆゑに、而今の活計なり。朕兆未萌の自己なるがゆゑに、現成の透脱なり。山の諸功徳高広なるをもて、乗雲の道徳かならず山より通達す、順風の妙功さだめて山より透脱するなり。

大陽山楷和尚示衆云、青山常運歩、石女夜生兒。
山はそなはるべき功徳の虧闕することなし。このゆゑに常安住なり、常運歩なり。さの運歩の功徳、まさに審細に参学すべし。山の運歩は人の運歩のごとくなるべきがゆゑに、人間の行歩におなじくみえざればとて、山の運歩をうたがふことなかれ。
いま仏祖の説道、すでに運歩を指示す、これその得本なり。常運歩の示衆を究弁すべし。運歩のゆゑに常なり。青山の運歩は其疾如風よりもすみやかなれども、山中人は不覚不知なり、山中とは世界裏の花開なり。山外人は不覚不知なり、山をみる眼目あらざる人は、不覚不知、不見不聞、這箇道理なり。もし山の運歩を疑著するは、自己の運歩をもいまだしらざるなり、自己の運歩なきにはあらず、自己の運歩いまだしられざるなり、あきらめざるなり。自己の運歩をしらんがごとき、まさに青山の運歩をもしるべきなり。
青山すでに有情にあらず、非情にあらず。自己すでに有情にあらず、非情にあらず。いま青山の運歩を疑著せんことうべからず。いく法界を量局として青山を照鑑すべしとしらず。青山の運歩、および自己の運歩、あきらかに検点すべきなり。退歩歩退、ともに検点あるべし。
未朕兆の正当時、および空王那畔より、進歩退歩に、運歩しばらくもやまざること、検点すべし。運歩もし休することあらば、仏祖不出現なり。運歩もし窮極あらば、仏法不到今日ならん。進歩いまだやまず、退歩いまだやまず。進歩のとき退歩に乖向せず、退歩のとき進歩を乖向せず。この功徳を山流とし、流山とす。
青山も運歩を参究し、東山も水上行を参学するがゆゑに、この参学は山の参学なり。山の身心をあらためず、山の面目ながら廻途参学しきたれり。
青山は運歩不得なり、東山水上行不得なると、山を誹謗することなかれ。低下の見処のいやしきゆゑに、青山運歩の句をあやしむなり。小聞のつたなきによりて、流山の語をおどろくなり。いま流水の言も七通八達せずといへども、小見小聞に沈溺せるのみなり。
しかあれば、所積の功徳を挙せるを形名とし、命脈とせり。運歩あり、流行あり。山の山兒を生ずる時節あり、山の仏祖となる道理によりて、仏祖かくのごとく出現せるなり。
たとひ草木土石牆壁の見成する眼睛あらんときも、疑著にあらず、動著にあらず、全現成にあらず。たとひ七宝荘厳なりと見取せらるる時節現成すとも、実帰にあらず。たとひ諸仏行道の境界と見現成あるも、あながちの愛処にあらず。たとひ諸仏不思議の功徳と見現成の頂額をうとも、如実これのみにあらず。各各の見成は各各の依正なり、これらを仏祖の道業とするにあらず、一隅の管見なり。
転境転心は大聖の所呵なり、説心説性は仏祖の所不肯なり。見心見性は外道の活計なり、滞言滞句は解脱の道著にあらず。かくのごとくの境界を透脱せるあり、いはゆる青山常運歩なり、東山水上行なり。審細に参究すべし。
石女夜生兒は石女の生兒するときを夜といふ。おほよそ男石女石あり、非男女石あり。これよく天を補し、地を補す。天石あり、地石あり。俗のいふところなりといへども、人のしるところまれなるなり。生兒の道理しるべし。生兒のときは親子並化するか。兒の親となるを生兒現成と参学するのみならんや、親の兒となるときを生兒現成の修証なりと参学すべし、究徹すべし。

雲門匡真大師いはく、東山水上行。
この道現成の宗旨は、諸山は東山なり、一切の東山は水上行なり。このゆゑに、九山迷盧等現成せり、修証せり。これを東山といふ。しかあれども、雲門いかでか東山の皮肉骨髄、修証活計に透脱ならん。
いま現在大宋国に、杜撰のやから一類あり、いまは群をなせり。小実の撃不能なるところなり。かれらいはく、いまの東山水上行話、および南泉の鎌子話のごときは、無理会話なり。その意旨は、もろもろの念慮にかかはれる語話は仏祖の禅話にあらず。無理会話、これ仏祖の語話なり。かるがゆゑに、黄檗の行棒および臨濟の挙喝、これら理会およびがたく、念慮にかかはれず、これを朕兆未萌已前の大悟とするなり。先徳の方便、おほく葛藤断句をもちゐるといふは無理会なり。
かくのごとくいふやから、かつていまだ正師をみず、参学眼なし。いふにたらざる小獃子なり。宋土ちかく二三百年よりこのかた、かくのごとくの魔子六群禿子おほし。あはれむべし、仏祖の大道の廃するなり。これらが所解、なほ小乗声聞におよばず、外道よりもおろかなり。俗にあらず僧にあらず、人にあらず天にあらず、学仏道の畜生よりもおろかなり。禿子がいふ無理会話、なんぢのみ無理会なり、仏祖はしかあらず。なんぢに理会せられざればとて、仏祖の理会路を参学せざるべからず。たとひ畢竟じて無理会なるべくは、なんぢがいまいふ理会もあたるべからず。しかのごときのたぐひ、宋朝の諸方におほし。まのあたり見聞せしところなり。あはれむべし、かれら念慮の語句なることをしらず、語句の念慮を透脱することをしらず。在宋のとき、かれらをわらふに、かれら所陳なし、無語なりしのみなり。かれらがいまの無理会の邪計なるのみなり。たれかなんぢにをしふる、天真の師範なしといへども、自然の外道兒なり。
しるべし、この東山水上行は仏祖の骨髄なり。諸水は東山の脚下に現成せり。このゆゑに、諸山くもにのり、天をあゆむ。諸水の頂額は諸山なり、向上直下の行歩、ともに水上なり。諸山の脚尖よく諸水を行歩し、諸水を趯出せしむるゆゑに、運歩七縦八横なり、修証即不無なり。

水は強弱にあらず、濕乾にあらず、動静にあらず、冷煖にあらず、有無にあらず、迷悟にあらざるなり。こりては金剛よりもかたし、たれかこれをやぶらん。融しては乳水よりもやはらかなり、たれかこれをやぶらん。しかあればすなはち、現成所有の功徳をあやしむことあたはず。しばらく十方の水を十方にして著眼看すべき時節を参学すべし。人天の水をみるときのみの参学にあらず、水の水をみる参学あり、水の水を修証するがゆゑに。水の水を道著する参究あり、自己の自己に相逢する通路を現成せしむべし。他己の他己を参徹する活路を進退すべし、跳出すべし。
おほよそ山水をみること、種類にしたがひて不同あり。いはゆる水をみるに瓔珞とみるものあり。しかあれども瓔珞を水とみるにはあらず。われらがなにとみるかたちを、かれが水とすらん。かれが瓔珞はわれ水とみる。水を妙華とみるあり。しかあれど、花を水ともちゐるにあらず。鬼は水をもて猛火とみる、膿血とみる。龍魚は宮殿とみる、楼台とみる。あるいは七宝摩尼珠とみる、あるいは樹林牆壁とみる、あるいは清浄解脱の法性とみる、あるいは真実人体とみる。あるいは身相心性とみる。人間これを水とみる、殺活の因縁なり。すでに随類の所見不同なり、しばらくこれを疑著すべし。一境をみるに諸見しなじななりとやせん、諸象を一境なりと誤錯せりとやせん、功夫の頂額にさらに功夫すべし。しかあればすなはち、修証弁道も一般両般なるべからず、究竟の境界も千種万般なるべきなり。さらにこの宗旨を憶想するに、諸類の水たとひおほしといへども、本水なきがごとし、諸類の水なきがごとし。しかあれども、随類の諸水、それ心によらず身によらず、業より生ぜず、依自にあらず依他にあらず、依水の透脱あり。
しかあれば、水は地水火風空識等にあらず、水は青黄赤白黒等にあらず、色声香味触法等にあらざれども、地水火風空等の水、おのづから現成せり。かくのごとくなれば、而今の国土宮殿、なにものの能成所成とあきらめいはんことかたかるべし。空輪風輪にかかれると道著する、わがまことにあらず、他のまことにあらず。小見の測度を擬議するなり。かかれるところなくは住すべからずとおもふによりて、この道著するなり。

仏言、一切諸法畢竟解脱、無有所住(一切諸法は畢竟解脱なり、所住有ること無し)。
しるべし、解脱にして繋縛なしといへども諸法住位せり。しかあるに、人間の水をみるに、流注してとどまらざるとみる一途あり。その流に多般あり、これ人見の一端なり。いはゆる地を流通し、空を流通し、上方に流通し、下方に流通す。一曲にもながれ、九淵にもながる。のぼりて雲をなし、くだりてふちをなす。

文子曰、水之道、上天為雨露、下地為江河(水の道、天に上りては雨露を為す。地に下りては江河を為す)。
いま俗のいふところ、なほかくのごとし。仏祖の兒孫と称ぜんともがら、俗よりもくらからんは、もともはづべし。いはく、水の道は水の所知覚にあらざれども、水よく現行す。水の不知覚にあらざれども、水よく現行するなり。
上天為雨露といふ、しるべし、水はいくそばくの上天上方へものぼりて雨露をなすなり。雨露は世界にしたがふてしなじななり。水のいたらざるところあるといふは小乗声聞経なり、あるいは外道の邪教なり。水は火焔裏にもいたるなり、心念思量分別裏にもいたるなり、覚知仏性裏にもいたるなり。
下地為江河。しるべし、水の下地するとき、江河をなすなり。江河の精よく賢人となる。いま凡愚庸流のおもはくは、水はかならず江河海川にあるとおもへり。しかにはあらず、水のなかに江海をなせり。しかあれば、江海ならぬところにも水はあり、水の下地するとき、江海の功をなすのみなり。
また、水の江海をなしつるところなれば世界あるべからず、仏土あるべからずと学すべからず。一滴のなかにも無量の仏国土現成なり。しかあれば、仏土のなかに水あるにあらず、水裏に仏土あるにあらず。水の所在、すでに三際にかかはれず、法界にかかはれず。しかも、かくのごとくなりといへども、水現成の公案なり。
仏祖のいたるところには水かならずいたる。水のいたるところ、仏祖かならず現成するなり。これによりて、仏祖かならず水を拈じて身心とし、思量とせり。
しかあればすなはち、水はかみにのぼらずといふは、内外の典籍にあらず。水之道は、上下縦横に通達するなり。しかあるに、仏経のなかに、火風は上にのぼり、地水は下にくだる。この上下は、参学するところあり。いはゆる仏道の上下を参学するなり。いはゆる地水のゆくところを下とするなり。下を地水のゆくところとするにあらず。火風のゆくところは上なり。法界かならずしも上下四維の量にかかはるべからざれども、四大五大六大等の行処によりて、しばらく方隅法界を建立するのみなり。無想天はかみ、阿鼻獄はしもとせるにあらず。阿鼻も尽法界なり、無想も尽法界なり。
しかあるに、龍魚の水を宮殿とみるとき、人の宮殿をみるがごとくなるべし、さらにながれゆくと知見すべからず。もし傍観ありて、なんぢが宮殿は流水なりと為説せんときは、われらがいま山流の道著を聞著するがごとく、龍魚たちまちに驚疑すべきなり。さらに宮殿楼閣の欄堦露柱は、かくのごとくの説著ありと保任することもあらん。この料理、しづかにおもひきたり、おもひもてゆくべし。この邊表に透脱を学せざれば、凡夫の身心を解脱せるにあらず、仏祖の国土を究尽せるにあらず。凡夫の国土を究尽せるにあらず、凡夫の宮殿を究尽せるにあらず。
いま人間には、海のこころ、江のこころを、ふかく水と知見せりといへども、龍魚等、いかなるものをもて水と知見し、水と使用すといまだしらず。おろかにわが水と知見するを、いづれのたぐひも水にもちゐるらんと認ずることなかれ。いま学仏のともがら、水をならはんとき、ひとすぢに人間のみにはとどこほるべからず。すすみて仏道のみづを参学すべし。仏祖のもちゐるところの水は、われらこれをなにとか所見すると参学すべきなり、仏祖の屋裏また水ありや水なしやと参学すべきなり。

山は超古超今より大聖の所居なり。賢人聖人、ともに山を堂奥とせり、山を身心とせり。賢人聖人によりて山は現成せるなり。おほよそ山は、いくそばくの大聖大賢いりあつまれるらんとおぼゆれども、山はいりぬるよりこのかたは、一人にあふ一人もなきなり。ただ山の活計の現成するのみなり、さらにいりきたりつる蹤跡なほのこらず。世間にて山をのぞむ時節と、山中にて山にあふ時節と、頂額眼睛はるかにことなり。不流の憶想および不流の知見も、龍魚の知見と一齊なるべからず。人天の自界にところをうる、他類これを疑著し、あるいは疑著におよばず。しかあれば、山流の句を仏祖に学すべし、驚疑にまかすべからず。拈一はこれ流なり、拈一はこれ不流なり。一囘は流なり、一囘は不流なり。この参究なきがごときは、如来正法輪にあらず。
古仏いはく、欲得不招無間業、莫謗如来正法輪(無間の業を招かざることを得んと欲はば、、如来正法輪を謗ずること莫れ)。
この道を、皮肉骨髄に銘ずべし、身心依正に銘ずべし。空に銘ずべし、色に銘ずべし。若樹若石に銘ぜり、若田若里に銘ぜり。
おほよそ山は国界に属せりといへども、山を愛する人に属するなり。山かならず主を愛するとき、聖賢高徳やまにいるなり。聖賢やまにすむとき、やまこれに属するがゆゑに、樹石鬱茂なり、禽獣霊秀なり。これ聖賢の徳をかうぶらしむるゆゑなり。しるべし、山は賢をこのむ実あり、聖をこのむ実あり。
帝者おほく山に幸して賢人を拝し、大聖を拝問するは、古今の勝躅なり。このとき、師礼をもてうやまふ、民間の法に準ずることなし。聖化のおよぶところ、またく山賢を強為することなし。山の人間をはなれたること、しりぬべし。崆峒華封のそのかみ、黄帝これを拝請するに、膝行して広成にとふしなり。釈迦牟尼仏かつて父王の宮をいでて山へいれり。しかあれども、父王やまをうらみず、父王やまにありて太子ををしふるともがらをあやしまず。十二年の修道、おほく山にあり。法王の運啓も在山なり。まことに輪王なほ山を強為せず。しるべし、山は人間のさかひにあらず、上天のさかひにあらず、人慮の測度をもて山を知見すべからず。もし人間の流に比準せずは、たれか山流山不流等を疑著せん。

あるいはむかしよりの賢人聖人、ままに水にすむもあり。水にすむとき、魚をつるあり、人をつるあり、道をつるあり。これともに古来水中の風流なり。さらにすすみて自己をつるあるべし、釣をつるあるべし、釣につらるるあるべし、道につらるるあるべし。
むかし徳誠和尚、たちまちに薬山をはなれて江心にすみしすなはち、華亭江の賢聖をえたるなり。魚をつらざらんや、人をつらざらんや、水をつらざらんや、みづからをつらざらんや。人の徳誠をみることをうるは、徳誠なり。徳誠の人を接するは、人にあふなり。
世界に水ありいふのみにあらず、水界に世界あり。水中のかくのごとくあるのみにあらず、雲中にも有情世界あり、風中にも有情世界あり、火中にも有情世界あり、地中にも有情世界あり。法界中にも有情世界あり、一茎草中にも有情世界あり、一拄杖中にも有情世界あり。有情世界あるがごときは、そのところかならず仏祖世界あり。かくのごとくの道理、よくよく参学すべし。
しかあれば、水はこれ真龍の宮なり、流落にあらず。流のみなりと認ずるは、流のことば、水を謗ずるなり。たとへば非流と強為するがゆゑに。水は水の如是実相のみなり、水是水功徳なり、流にあらず。一水の流を参究し、不流を参究するに、万法の究尽たちまちに現成するなり。

山も宝にかくるる山あり、沢にかくるる山あり、空にかくるる山あり、山にかくるる山あり、蔵に蔵山する参学あり。
古仏云、山是山水是水。
この道取は、やまこれやまといふにあらず、山これやまといふなり。しかあれば、やまを参究すべし、山を参窮すれば山に功夫なり。
かくのごとくの山水、おのづから賢をなし、聖をなすなり。

正法眼蔵 山水経 第二十九

爾時 仁治元年 庚子 十月十八日 于時 在観音導利興聖宝林寺 示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:06
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正 法 眼 蔵    礼拝得髄らいはいとくずい 第二十八 
礼拝得髄

修行阿耨多羅三藐三菩提の時節には、導師をうることもともかたし。その導師は、男女等の相にあらず、大丈夫なるべし、恁麼人なるべし。古今人にあらず、野狐精にして善知識ならん。これ得髄の面目なり、導利なるべし。不昧因果なり、你我渠なるべし。
すでに導師に相逢せんよりこのかたは、万縁をなげすてて、寸陰をすごさず精進弁道すべし。有心にても修行し、無心にても修行し、半心にても修行すべし。
しかあるを、頭燃をはらひ、翹足を学すべし。かくのごとくすれば、訕謗の魔黨にをかされず、断臂得髄の祖、さらに他にあらず、脱落身心の師、すでに自なりき。
髄をうること、法をつたふること、必定して至誠により、信心によるなり。誠心ほかよりきたるあとなし、内よりいづる方なし。ただまさに法をおもくし、身をかろくするなり。世をのがれ、道をすみかとするなり。いささかも身をかへりみること法よりおもきには、法つたはれず、道うることなし。その法をおもくする志気、ひとつにあらず。他の教訓をまたずといへども、しばらく一二を挙拈すべし。
いはく、法をおもくするは、たとひ露柱なりとも、たとひ灯籠なりとも、たとひ諸仏なりとも、たとひ野干なりとも、鬼神なりとも、男女なりとも、大法を保任し、吾髄を汝得せるあらば、身心を牀座にして、無量劫にも奉事するなり。身心はうることやすし、世界に稻麻竹葦のごとし、法はあふことまれなり。
釈迦牟尼仏のいはく、無上菩提を演説する師にあはんには、種姓を観ずることなかれ、容顔をみることなかれ、非をきらふことなかれ、行をかんがふることなかれ。ただ般若を尊重するがゆゑに、日日に百千両の金を食せしむべし、天食をおくりて供養すべし、天花を散じて供養すべし。日日三時、礼拝し恭敬して、さらに患悩の心を生ぜしむることなかれ。かくのごとくすれば、菩提の道、かならずところあり。われ発心よりこのかた、かくのごとく修行して、今日は阿耨多羅三藐三菩提をえたるなり。
しかあれば、若樹若石もとかましとねがひ、若田若里もとかましともとむべし。露柱に問取し、牆壁をしても参究すべし。むかし、野干を師として礼拝問法する天帝釈あり、大菩薩の称つたはれり、依業の尊卑によらず。
しかあるに、不聞仏法の愚癡のたぐひおもはくは、われは大比丘なり、年少の得法を拝すべからず、われは久修練行なり、得法の晩学を拝すべからず、われは師号に署せり、師号なきを拝すべからず、われは法務司なり、得法の余僧を拝すべからず、われは僧正司なり、得法の俗男俗女を拝すべからず、われは三賢十聖なり、得法せりとも、比丘尼等を礼拝すべからず、われは帝胤なり、得法なりとも、臣家相門を拝すべからずといふ。かくのごとくの癡人、いたづらに父国をはなれて他国の道路に?跰するによりて、仏道を見聞せざるなり。

むかし、唐朝趙州真際大師、こころをおこして発足行脚せしちなみにいふ、たとひ七歳なりとも、われよりも勝ならば、われ、かれにとふべし。たとひ百歳なりとも、われよりも劣ならば、われ、かれををしふべし。
七歳に問法せんとき、老漢礼拝すべきなり。奇夷の志気なり、古仏の心術なり。得道得法の比丘尼出世せるとき、求法参学の比丘僧、その会に投じて礼拝問法するは、参学勝躅なり。たとへば、渇に飲にあふがごとくなるべし。

震旦国の志閑禅師は臨濟下の尊宿なり。臨濟ちなみに師のきたるをみて、とりとどむるに、師いはく、領也。
臨濟はなちていはく、旦放你一頓。
これより臨濟の子となれり。
臨濟をはなれて末山にいたるに、末山とふ、近離甚処。
師いはく、路口。
末山いはく、なんぢなんぞ蓋却しきたらざる。
師無語。すなはち礼拝して師資の礼をまうく。
師、かへりて末山にとふ、いかならんかこれ末山。
末山いはく、不露頂。
師いはく、いかならんかこれ山中人。
末山いはく、非男女等相。
師いはく、なんぢなんぞ変ぜざる。
末山いはく、これ野狐精にあらず、なにをか変ぜん。
師、礼拝す。
つひに発心して園頭をつとむること始終三年なり。のちに出世せりし時、衆にしめしていはく、われ臨濟爺爺のところにして半杓を得しき、末山嬢嬢のところにして半杓を得しき。ともに一杓につくりて喫しおはりて、直至如今飽餉餉なり。
いまこの道をききて、昔日のあとを慕古するに、末山は高安大愚の神足なり、命脈ちからありて志閑の嬢となる。臨濟は黄檗運師の嫡嗣なり、功夫ちからありて志閑の爺となる。爺とはちちといふなり、嬢とは母といふなり。志閑禅師の末山尼了然を礼拝求法する、志気の勝躅なり、晩学の慣節なり。撃関破節といふべし。

妙信尼は仰山の弟子なり。仰山ときに廨院主を選するに、仰山、あまねく勤旧前資等にとふ、たれ人かその仁なる。
問答往来するに、仰山つひにいはく、信淮子これ女流なりといへども大丈夫の志気あり。まさに廨院主とするにたへたり。
衆みな応諾す。
妙信つひに廨院主に充す。ときに仰山の会下にある龍象うらみず。まことに非細の職にあらざれども、選にあたらん自己としては自愛しつべし。
充職して廨院にあるとき、蜀僧十七人ありて、儻をむすびて尋師訪道するに、仰山にのぼらんとして薄暮に廨院に宿す。歇息する夜話に、曹谿高祖の風幡話を挙す。十七人おのおのいふこと、みな道不是なり。ときに廨院主、かべのほかにありてききていはく、十七頭瞎驢、をしむべし、いくばくの草鞋をかつひやす。仏法也未夢見在。
ときに行者ありて、廨院主の僧を不肯するをききて十七僧にかたるに、十七僧ともに廨院主の不肯するをうらみず。おのれが道不得をはぢて、すなはち威儀を具し、焼香礼拝して請問す。
廨院主いはく、近前来。
十七僧、近前するあゆみいまだやまざるに、廨院主いはく、不是風動、不是幡動、不是心動。
かくのごとく為道するに、十七僧ともに有省なり。礼謝して師資の儀をなす。すみやかに西蜀にかへる。つひに仰山にのぼらず。まことにこれ三賢十聖のおよぶところにあらず、仏祖嫡嫡の道業なり。

しかあれば、いまも住持および半座の職むなしからんときは、比丘尼の得法せらんを請すべし。比丘の高年宿老なりとも、得法せざらん、なにの要かあらん。為衆の主人、かならず明眼によるべし。
しかあるに、村人の身心に沈溺せらんは、かたくなにして、世俗にもわらひぬべきことおほし。いはんや仏法には、いふにたらず。又女人および姉姑等の、伝法の師僧を拝不肯ならんと擬するもありぬべし。これはしることなく、学せざるゆゑに、畜生にはちかく、仏祖にはとほきなり。
一向に仏法に身心を投ぜんことを、ふかくたくはふるこころとせるは、仏法かならず人をあはれむことあるなり。おろかなる人天、なほまことを感ずるおもひあり。諸仏の正法、いかでかまことに感応するあはれみなからん。土石沙礫にも誠感の至神はあるなり。

見在大宋国の寺院に、比丘尼の掛搭せるが、もし得法の声あれば、官家より尼寺の住持に補すべき詔をたまふには、即寺にて上堂す。住持以下衆僧、みな上参して立地聴法するに、問話も比丘僧なり、これ古来の規矩なり。
得法せらんはすなはち一箇の真箇なる古仏にてあれば、むかしのたれにて相見すべからず。かれわれをみるに、新條の特地に相接す。われかれをみるに、今日須入今日の相待なるべし。たとへば、正法眼蔵を伝持せらん比丘尼は、四果支仏および三賢十聖もきたりて礼拝問法せんに、比丘尼この礼拝をうくべし。男兒なにをもてか貴ならん。虚空は虚空なり、四大は四大なり、五蘊は五蘊なり。女流も又かくのごとし、得道はいづれも得道す。ただし、いづれも得法を敬重すべし、男女を論ずることなかれ。これ仏道極妙の法則なり。
又、宋朝に居士といふは、未出家の士夫なり。庵居して夫婦そなはれるもあり、又孤独潔白なるもあり。なほ塵労稠林といひぬべし。しかあれども、あきらむるところあるは、雲衲霞袂あつまりて礼拝請益すること、出家の宗匠におなじ。たとひ女人なりとも、畜生なりとも、又しかあるべし。
仏法の道理いまだゆめにもみざらんは、たとひ百歳なる老比丘なりとも、得法の男女におよぶべきにあらず。うやまふべからず。ただ賓主の礼のみなり。仏法を修行し、仏法を道取せんは、たとひ七歳の女流なりとも、すなはち四衆の導師なり、衆生の慈父なり。たとへば龍女成仏のごとし。供養恭敬せんこと、諸仏如来にひとしかるべし。これすなはち仏道の古儀なり。しらず、単伝せざらんは、あはれむべし。

延応庚子清明日記観音導利興聖宝林寺

又、和漢の古今に、帝位にして女人あり。その国土、みなこの帝王の所領なり、人みなひの臣となる。これは、人をうやまふにあらず、位をうやまふなり。比丘尼も又その人をうやまふことは、むかしよりなし。ひとへに得法をうやまふなり。
又、阿羅漢となれる比丘尼あるには、四果にしたがふ功徳みなきたる。功徳なほしたがふ、人天たれか四果の功徳よりもすぐれん。三界の諸天みなおよぶところにあらず、しかしながらすつるものとなる。諸天みなうやまふところなり。況や如来の正法を伝来し、菩薩の大心をおこさん、たれのうやまはざるかあらん。これをうやまはざらんは、おのれがをかしなり。おのれが無上菩提をうやまはざれば、謗法の愚癡なり。
又わが国には、帝者のむすめ或は大臣のむすめの、后宮に準ずるあり、又皇后の院号せるあり。これら、かみをそれるあり、かみをそらざるあり。しかあるに、貪名愛利の比丘僧に似たる僧侶、この家門にわしるに、かうべをはきものにうたずと云ことなし。なほ主徒よりも劣なり、況やまた奴僕となりてとしをふるもおほし。あはれなるかな、小国辺地にうまれぬるに、如是の邪風ともしらざることは。天竺唐土にはいまだなし、我国にのみあり。悲しむべし、あながちに鬢髪をそりて如来の正法をやぶる、深重の罪業と云べし。これひとへに夢幻空花の世途をわするるによりて、女人の奴僕と繋縛せられたること、かなしむべし。いたづらなる世途のため、なほかくの如す。無上菩提のため、なんぞ得法のうやまふべきをうやまはざらん。これは法をおもくするこころざしあさく、法をもとむるこころざしあまねからざるゆゑなり。すでにたからをむさぼるとき、女人のたからにてあればうべからずとおもはず。法をもとめんときは、このこころざしにはすぐるべし。もししかあらば、草木牆壁も正法をほどこし、天地万法も正法をあたふるなり。かならずしるべき道理なり。真善知識にあふといへども、いまだこの志気をたてて法をもとめざるときは、法水のうるほひかうぶらざるなり。審細に功夫すべし。
又、いま至愚のはなはだしき人おもふことは、女流は貪婬所対の境界にてありとおもふこころをあらためずしてこれをみる。仏子如是あるべからず。婬所対の境となりぬべしとていむことあらば、一切男子も又いむべきか。染汚の因縁となることは、男も境となる、女も境縁となる。非男非女も境縁となる、夢幻空花も境縁となる。あるいは水影を縁として非梵行あることありき、あるいは天日を縁として非梵行ありき。神も境となる、鬼も境となる。その縁かぞへつくすべからず。八万四千の境界ありと云ふ、これみなすつべきか、みるべからざるか。
律云、男二所、女三所、おなじくこれ波羅夷不共住。
しかあれば、婬所対の境になりぬべしとてきらはば、一切の男子と女人と、たがひにあひきらうて、さらに得度の期あるべからず。この道理、子細に検点すべし。
又、外道も妻なきあり。妻なしといへども、仏法に入らざれば邪見の外道なり。仏弟子も、在家の二衆は夫婦あり。夫婦あれども、仏弟子なれば、人中天上にも、肩をひとしくする余類なし。
又、唐国にも愚癡僧ありて願志を立するに云く、生生世世ながく女人をみることなからん。この願、なにの法にかよる。世法によるか、仏法によるか、外道の法によるか、天魔の法によるか。女人なにのとがかある、男子なにの徳かある。悪人は男子も悪人なるあり、善人は女人も善人なるあり。聞法をねがひ出離をもとむること、かならず男子女人によらず。もし未断惑のときは、男子女人おなじく未断惑なり。断惑証理のときは、男子女人、簡別さらにあらず。又ながく女人をみじと願せば、衆生無辺誓願度のときも、女人をばすつべきか。捨てば菩薩にあらず、仏慈悲と云はんや。ただこれ声聞の酒にゑふことふかきによりて、酔狂の言語なり。人天これをまことと信ずべからず。
又、むかし犯罪ありしとてきらはば、一切発心の菩薩をもきらふべし。もしのちに犯罪ありぬべしとてきらはば、一切発心の菩薩をもきらふべし。如此きらはば、一切みなすてん。なにによりてか仏法現成せん。如是のことばは、仏法をしらざる癡人の狂言なり。かなしむべし、もしなんぢが願の如くにあらば、釈尊および在世の諸菩薩、みな犯罪ありけるか、又なんぢよりも菩提心あさかりけるか。しづかに観察すべし、附法蔵の祖師および仏在世の菩薩この願なくは、仏法にならふべき処やあると参学すべきなり。もし汝が願のごとくにあらば、女人を濟度せざるのみにあらず、得法の女人世にいでて、人天のために説法せんときも、来りてきくべからざるか。もし来りてきかずは、菩薩にあらず、すなはち外道なり。

今大宋国をみるに、久修練行に似たる僧侶の、いたづらに海沙をかぞへて、生死海に流浪せるあり。女人にてあるとも、参尋知識し、弁道功夫して、人天の導師にてあるなり。餅をうらず、餅をすてし老婆等あり。あはれむべし、男子の比丘僧にてあれども、いたづらに教海のいさごをかぞへて、仏法はゆめにもいまだみざることを。
およそ境をみては、あきらむることをならふべし。おぢてにぐるとのみならふは、小乗声聞の教行なり。東をすてて西にかくれんとすれば、西にも境界なきにあらず。たとへにげぬるとおもふとあきらめざるにも、遠にても境なり、近にても境なり。なほこれ解脱の分にあらず。遠境はいよいよ深かるべし。
又、日本国にひとつのわらひごとあり。いはゆる或は結界の地と称じ、あるいは大乗の道場と称じて、比丘尼女人等を来入せしめず。邪風ひさしくつたはれて、人わきまふることなし。稽古の人あらためず、博達の士もかんがふることなし。或は権者の所為と称じ、あるいは古先の遺風と号して、更に論ずることなき、笑はば人の腸も断じぬべし。権者とはなに者ぞ。賢人か聖人か、神か鬼か、十聖か三賢か、等覚か妙覚か。又、ふるきをあらためざるべくは、生死流転をばすつべからざるか。
いはんや大師釈尊、これ無上正等覚なり。あきらむべきは、ことごとくあきらむ。おこなふべきは、ことごとくこれをおこなふ。解脱すべきはみな解脱せり。いまのたれか、ほとりにもおよばん。しかあるに、在世の仏会に、みな比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷等の四衆あり。八部あり、三十七部あり、八万四千部あり。みなこれ仏界を結せること、あらたなる仏会なり。いづれの会か比丘尼なき、女人なき、八部なき。如来在世の仏会よりもすぐれて清浄ならん結界をば、われらねがふべきにあらず、天魔界なるがゆゑに。仏会の法儀は、自界他方、三世千仏、ことなることなし。ことなる法あらんは、仏会にあらずとしるべし。
いはゆる四果は極位なり。大乗にても小乗にても、極位の功徳は差別せず。然あるに、比丘尼の四果を証するおほし。三界のうちにも十方の仏土にも、いづれの界にかいたらざらん。たれかこの行履をふさぐことあらん。
又、妙覚は無上位なり。女人すでに作仏す、諸方いづれのものか究尽せられざらん。たれかこれをふさぎて、いたらしめざらんと擬せん。すでに遍照於十方の功徳あり、界畔いかがせん。
又、天女をもふさぎていたらしめざるか、神女もふさぎていたらしめざるか。天女神女もいまだ断惑の類にあらず、なほこれ流転の衆生なり。犯罪あるときはあり、なきときはなし。人女畜女も、罪あるときはあり、罪なきときはなし。天のみち、神のみち、ふさがん人はたれぞ。すでに三世の仏会に参詣す、仏所に参学す。仏所仏会にことならん、たれか仏法と信受せん。ただこれ誑惑世間人の至愚也。野干の、窟穴を人にうばはれざらんとをしむよりもおろかなり。
又、仏弟子の位は、菩薩にもあれ、たとひ声聞にもあれ、第一比丘、第二比丘尼、第三優婆塞、第四優婆夷、かくのごとし。この位、天上人間ともにしれり。ひさしくきこえたり。しかあるを、仏弟子第二の位は、転輪聖王よりもすぐれ、釈提桓因よりもすぐるべし、いたらざる処あるべからず。いはんや小国辺土の国王大臣の位にならぶべきにあらず。いま比丘尼いるべからずと云道場をみるに、田夫野人農夫樵翁みだれ入る。況や国王、大臣、百官、宰相たれか入らざるあらん。田夫等と比丘尼と、学道を論じ、得位を論ぜんに、勝劣つひにいかん。たとひ世法にて論ずとも、たとひ仏法にて論ずとも、比丘尼のいたらん処へ、田夫野人あへていたるべからず。錯乱のはなはだしき、小国はじめてこのあとをのこす。あはれむべし、三界慈父の長子、小国にきたりて、ふさぎていたらしめざる処ありき。
又、かの結界と称ずる処にすめるやから、十悪おそるることなし、十重つぶさにをかす。ただ造罪界として不造罪人をきらふか。況や逆罪をおもきこととす。結界の地にすめるもの、逆罪もつくりぬべし。かくのごとくの魔界は、まさにやぶるべし。仏化を学すべし、仏界にいるべし。まさに仏恩を報ずるにてあらん。如是の古先、なんぢ結界の旨趣をしれりやいなや。たれよりか相承せりし、たれが印をかかうぶれる。
いはゆるこの諸仏所結の大界にいるものは、諸仏も衆生も、大地も虚空も、繋縛を解脱し、諸仏の妙法に帰源するなり。しかあれば即ち、この界をひとたびふむ衆生、しかしながら仏功徳をかうぶるなり。不違越の功徳あり、得清浄の功徳あり。一方を結するとき、すなはち法界みな結せられ、一重を結するとき、法界みな結せらるるなり。あるいは水をもて結する界あり、或は心をもて結界することあり、或は空をもて結界することあり。かならず相承相伝ありて知るべきこと在り。
況や結界のとき、灑甘露の後ち、帰命の礼をはり、乃至浄界等の後ち、頌に云、茲界遍法界、無為結清浄。
この旨趣、いまひごろ結界と称ずる古先老人知れりやいなや。おもふに、なんだち、結の中に遍法界の結せらるること、しるべからざるなり。しりぬ、なんぢ声聞の酒にゑうて、小界を大事とおもふなり。願くはひごろの迷酔すみやかにさめて、諸仏の大界の遍界に違越すべからざる、濟度攝受に一切衆生みな化をかうぶらん、功徳を礼拝恭敬すべし。たれかこれを得道髄といはざらん。

正法眼蔵 礼拝得髄

仁治元年庚子冬節前日書于興聖寺

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:06
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正 法 眼 蔵    夢中説夢むちゅうせつむ  第二十七  
夢 中 説 夢

諸仏諸祖出興之道、それ朕兆已前なるゆゑに旧窠の所論にあらず。これによりて仏祖辺、仏向上等の功徳あり。時節にかかはれざるがゆゑに寿者命者、なほ長遠にあらず、頓息にあらず。はるかに凡界の測度にあらざるべし。法輪転また朕兆已前の規矩なり。このゆゑに、大功不賞、千古榜様なり。これを夢中説夢す。証中見証なるがゆゑに夢中説夢なり。 この夢中説夢処、これ仏祖国なり、仏祖会なり。仏国仏会、祖道祖席は、証上而証、夢中説夢なり。この道取説取にあひながら仏会にあらずとすべからず、これ仏転法輪なり。この法輪、十方八面なるがゆゑに、大海須彌、国土諸法現成せり。これすなはち諸夢已前の夢中説夢なり。徧界の彌露は夢なり、この夢すなはち明明なる百草なり。擬著せんとする正当なり、粉紜なる正当なり。このとき夢草中草説草等なり。これを参学するに、根茎枝葉、花果光色、ともに大夢なり。夢然なりとあやまるべからず。 しかあれば、仏道をならはざらんと擬する人は、この夢中説夢にあひながら、いたづらにあるまじき夢草の、あるにもあらぬをあらしむるをいふならんとおもひ、まどひにまどひをかさぬるがごとくにあらんとおもへり。しかにはあらず。たとひ迷中又迷といふとも、まどひのうへのまどひと道取せられゆく道取の通霄の路、まさに功夫参学すべし。 夢中説夢は諸仏なり、諸仏は風雨水火なり。この名号を受持し、かの名号を受持す。夢中説夢は古仏なり。乗此宝乗、直至道場なり。直至道場は乗此宝乗中なり。夢曲夢直、把定放行逞風流なり。正当恁麼の法輪、あるいは大法輪界を転ずること、無量無辺なり。あるいは一微塵にも転ず、塵中に消息不休なり。この道理、いづれの恁麼事を転法するにも、怨家笑点頭なり。いづれの処所も恁麼事を転法するゆゑに転風流なり。このゆゑに、尽地みな驀地の無端なる法輪なり。徧界みな不昧の因果なり、諸仏の無上なり。しるべし、諸仏化道および説法蘊、ともに無端に建化し、無端に住位せり。去来の端をもとむることなかれ。尽従這裡去なり、尽従這裡来なり。このゆゑに、葛藤をうゑて葛藤をまつふ、無上菩提の性相なり。菩提の無端なるがごとく、衆生無端なり、無上なり。籠籮端なりといへども、解脱無端なり。公案見成は放儞三十棒、これ見成の夢中説夢なり。 しかあればすなはち、無根樹、不陰陽地、喚不響谷、すなはち見成の夢中説夢なり。これ人天の境界にあらず、凡夫の測度にあらず。夢の菩提なる、たれか疑著せん。疑著の所管にあらざるがゆゑに、認著するたれかあらん、認著の所転にあらざるがゆゑに。この無上菩提、これ無上菩提なるがゆゑに夢これを夢といふ。中夢あり、夢説あり、説夢あり、夢中あるなり。夢中にあらざれば説夢なし、説夢にあらざれば夢中なし、説夢にあらざれば諸仏なし、夢中にあらざれば諸仏出世し転妙法輪することなし。その法輪は、唯仏予仏なり、夢中説夢なり。ただまさに夢中説夢に無上菩提衆の諸仏諸祖あるのみなり。さらに法身向上事、すなはち夢中説夢なり。ここに唯仏予仏の奉覲あり。頭目髄脳、身肉手足を愛惜することあたはず、愛惜せられざるがゆゑに、賣金須是買金人なるを、玄之玄といひ、妙之妙といひ、証之証といひ、頭上安頭ともいふなり。これすなはち仏祖の行履なり。これを参学するに、頭をいふには人の頂上とおもふのみなり。さらに毘盧の頂上とおもはず、いはんや明明百草頭とおもはんや、頭聾をしらず。 むかしより頭上安頭の一句、つたはれきたれり。愚人これをききて剰法をいましむる言語とおもふ。あるべからずといはんとては、いかでか頭上安頭することあらむといふを、よのつねのならひとせり。まことにそれあやまらざるか。説と現成する、凡聖ともにもちゐるに相違あらず。このゆゑに、凡聖ともに夢中説夢なる、きのふにても生ずべし、今日にても長ずべし。しるべし、きのふの夢中説夢は夢中説夢を夢中説夢と認じきたる。如今の夢中説夢は夢中説夢を夢中説夢と参ずる、すなはちこれ値仏の慶快なり。かなしむべし、仏祖明明百草の夢あきらかなる事、百千の日月よりもあきらかなりといへども、生盲のみざること。あはれむべし、いはゆる頭上安頭といふその頭は、すなはち百草頭なり、千種頭なり、万般頭なり、通身頭なり。全界不曽蔵頭なり、尽十方界頭なり。一句合頭なり、百尺竿頭なり。安も上も頭頭なると参ずべし、究すべし。 しかあればすなはち、一切諸仏及諸仏阿耨多羅三藐三菩提、皆従此経出も、頭上安頭しきたれる夢中説夢なり。此経すなはち夢中説夢するに、阿耨菩提の諸仏を出興せしむ。菩提の諸仏、さらに此経をとく、さだまれる夢中説夢なり。夢因くらからざれば夢果不昧なり。ただまさに一槌千当万当なり、千槌万槌は一当半当なり。かくのごとくなるによりて、恁麼事なる夢中説夢あり、恁麼人なる夢中説夢あり、不恁麼事なる夢中説夢あり、不恁麼人なる夢中説夢ありとしるべし。しられきたる道理顕赫なり。いはゆるひめもすの夢中説夢、すなはち夢中説夢なり。 このゆゑに古仏いはく、我今為汝夢中説夢、三世諸仏也夢中説夢、六代祖師也夢中説夢(我れ今汝が為に夢中説夢す、三世諸仏も也た夢中説夢す、六代祖師も也た夢中説夢す)。 この道、あきらめ学すべし。いはゆる拈花瞬目すなはち夢中説夢なり、礼拝得髄すなはち夢中 夢なり。 おほよそ道得一句、不会不識、夢中説夢なり。千手千眼、用許多作麼なるがゆゑに、見色見声、聞色聞声の功徳具足せり。現身なる夢中説夢あり、説夢説法蘊なる夢中説夢あり。把定放行なる夢中説夢なり。直指は説夢なり、的当は説夢なり。把定しても放行しても、平常の秤子を学すべし。学得するに、かならず目銖機鑈あらはれて、夢中説夢しいづるなり。銖鑈を論ぜず、平にいたらざれば、平の見成なし。平をうるに平をみるなり。すでに平をうるところ、物によらず、秤によらず、機によらず。空にかかれりといへども、平をえざれば平をみずと参究すべし。みづから空にかかれるがごとく、物を接取して空に遊化せしむる夢中説夢あり。空裡に平を現身す、平は秤子の大道なり。空をかけ物をかく、たとひ空なりとも、たとひ色なりとも、平にあふ夢中説夢あり。解脱の夢中説夢にあらずといふことなし。夢これ尽大地なり、尽大地は平なり。このゆゑに囘頭転脳の無窮尽、すなはち夢裏証夢する信受奉行なり。
 釈迦牟尼仏言(釈迦牟尼仏言く)、 諸仏身金色、百福相荘厳。 (諸仏の身金色にして、百福の相荘厳あり) 聞法為人説、常有是好夢。 (聞法為人説するに、常に是の好夢有り) 又夢作国王、捨宮殿眷属、 (又夢に国王と作つて、宮殿眷属) 及上妙五欲、行詣於道場。 (及び上妙の五欲を捨て、道場に行詣す) 在菩提樹下、而処師子座。 (菩提樹下に在りて、師子の座に処し) 求道過七日、得諸仏之智。 (道を求むること七日に過りて、諸仏の智を得) 成無上道已、起而転法輪。 (無上道を成じ已つて、起つて法輪を転じ) 為四衆説法、逕千万億劫。 (四衆の為に説法して、千万億劫を逕) 説無漏妙法、度無量衆生。 (無漏の妙法を説いて、無量の衆生を度し) 後当入涅槃、如煙尽灯滅。 (後に当に涅槃入ること、煙尽灯滅の如くならん) 若後悪世中、説是第一法。 (若し後の悪世の中に、是の第一法を説かんに) 是人得大利、如上諸功徳。 (是の人大利を得ること、上の諸の功徳の如くならん)
 而今の仏説を参学して、諸仏の仏会を究尽すべし。これ譬喩にあらず。諸仏の妙法は、ただ唯仏予仏なるゆゑに、夢覚の諸法、ともに実相なり。覚中の発心修行菩提涅槃あり。夢裏の発心修行菩提涅槃あり。夢覚おのおの実相なり。大小せず、勝劣せず。 しかあるを、又夢作国王等の前後の道著を見聞する古今おもはくは、説是第一法のちからによりて、夜夢のかくのごとくなると錯会せり。かくのごとく会取するは、いまだ仏説を曉了せざるなり。夢覚もとより如一なり、実相なり。仏法はたとひ譬喩なりとも実相なるべし。すでに譬喩にあらず、夢作これ仏法の真実なり。釈迦牟尼仏および一切の諸仏諸祖、みな夢中に発心修行し、成等正覚するなり。しかあるゆゑに、而今の裟婆世界の一化の仏道、すなはち夢作なり。七日といふは、得仏智の量なり。転法輪、度衆生、すでに逕千万億劫といふ、夢中の消息たどるべからず。 諸仏身金色、百福相荘厳、聞法為人説、常有是好夢といふ、あきらかにしりぬ、好夢は諸仏なりと証明せらるるなり。常有の如来道あり、百年の夢のみにあらず。為人説は現身なり、聞法は眼処聞声なり、心処聞声なり。旧巣処聞声なり、空劫已前聞声なり。 諸仏身金色、百福相荘厳といふ、好夢は諸仏身なりといふこと、直至如今更不疑なり。覚中に仏化やまざる道理ありといへども、仏祖現成の道理、かならず夢作夢中なり。莫謗仏法の参学すべし。莫謗仏法の参学するとき、而今の如来道たちまちに現成するなり。

正法眼蔵夢中説夢第二十七

爾時仁治三年壬寅秋九月二十一日在雍州宇治郡観音導利興聖宝林精舍示衆

寛元元年癸卯三月廿三日書寫异侍者懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:06
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正 法 眼 蔵    仏向上事ぶつこうじょうじ 第二十六 
仏向上事

高祖?州洞山悟本大師は、潭州雲巌山無住大師の親嫡嗣なり。如来より三十八位の祖向上なり、自己より向上三十八位の祖なり。
大師、有時示衆云、体得仏向上事、方有些子語話分(仏向上の事を体得して、方に些子語話の分有り)。
僧便問、如何是語話(如何ならんか是れ語話)。
大師云、語話時闍梨不聞(語話の時、闍梨不聞なり)。
僧曰、和尚還聞否(和尚また聞くや否や)。
大師云、待我不語話時即聞(我が不語話の時を待つて、即ち聞くべし)。
いまいふところの仏向上事の道、大師その本祖なり。自余の仏祖は、大師の道を参学しきたり、仏向上事を体得するなり。まさにしるべし、仏向上事は、在因にあらず、果満にあらず。しかあれども、語話時の不聞を体得し参徹することあるなり。仏向上にいたらざれば仏向上を体得することなし、語話にあらざれば仏向上事を体得せず。相顕にあらず、相隠にあらず。相与にあらず、相奪にあらず。このゆゑに、語話現成のとき、これ仏向上事なり。仏向上事現成のとき、闍梨不聞なり。闍梨不聞といふは、仏向上事自不聞なり。すでに語話時闍梨不聞なり。しるべし、語話それ聞に染汚せず、不聞に染汚せず。このゆゑに聞不聞に不相干なり。
不聞裏蔵闍梨なり、語話裡蔵闍梨なりとも、逢人不逢人、恁麼不恁麼なり。闍梨語話時、すなはち闍梨不聞なり。その不聞たらくの宗旨は、舌骨に?礙せられて不聞なり、耳裡に?礙せられて不聞なり。眼睛に照穿せられて不聞なり、身心に塞却せられて不聞なり。しかあるゆゑに不聞なり。これらを拈じてさらに語話とすべからず。不聞すなはち語話なるにあらず、語話時不聞なるのみなり。高祖道の語話時闍梨不聞は、語話の道頭道尾は、如藤倚藤なりとも、語話纏語話なるべし、語話に?礙せらる。
僧いはく、和尚還聞否。
いはゆるは、和尚を挙して聞語話と擬するにあらず、挙聞さらに和尚にあらず、語話にあらざるがゆゑに。しかあれども、いま僧の疑議するところは、語話時に即聞を参学すべしやいなやと咨参するなり。たとへば、語話すなはち語話なりやと聞取せんと擬し、還聞これ還聞なりやと聞取せんと擬するなり。しかもかくのごとくいふとも、なんぢが舌頭にあらず。
洞山高祖道の待我不語話時即聞、あきらかに参究すべし。いはゆる正当語話のとき、さらに即聞あらず。即聞の現成は、不語話のときなるべし。いたづらに不語話のときをさしおきて、不語話をまつにはあらざるなり。即聞のとき、語話を傍観とするにあらず、真箇に傍観なるがゆゑに。即聞のとき、語話さりて一辺の那裡に存取せるにあらず、語話のとき、即聞したしく語話の眼睛裏に蔵身して霹靂するにあらず。しかあればすなはち、たとひ闍梨にても、語話時は不聞なり。たとひ我にても、不語話時即聞なる、これ方有些子語話分なり、これ体得仏向上事なり。たとへば、語話時即聞を体得するなり。このゆゑに、待我不語話時即聞なり。しかありといへども、仏向上事は、七仏已前事にあらず、七仏向上事なり。

高祖悟本大師示衆云、須知有仏向上人(須らく仏向上人有ることを知るべし)。
時有僧問、如何是仏向上人(如何ならんか是れ仏向上人)。
大師云、非仏。
雲門云、名不得、状不得、所以言非(名づくること得ず、状どること得ず、所以に非と言ふ)。
保福云、仏非。
法眼云、方便呼為仏(方便に呼んで仏と為す)。
おほよそ仏祖の向上に仏祖なるは、高祖洞山なり。そのゆゑは、余外の仏面祖面おほしといへども、いまだ仏向上の道は夢也未見なり。徳山臨濟等には為説すとも承当すべからず。巌頭雪峰等は粉碎其身すとも喫拳すべからず。高祖道の体得仏向上事、方有些子語話分、および須知有仏向上人等は、ただ一二三四五の三阿僧祇、百大劫の修証のみにては、証究すべからず。まさに玄路の参学あるもの、その分あるべし。
すべからく仏向上人ありとしるべし。いはゆるは、弄精魂の活計なり。しかありといへども、古仏を挙してしり、拳頭を挙起してしる。すでに恁麼見得するがごときは、有仏向上人をしり、無仏向上人をしる。而今の示衆は仏向上人となるべしとにあらず、仏向上人と相見すべしとにあらず。ただしばらく仏向上人ありとしるべしとなり。この関?子を使得するがごときは、まさに有仏向上人を不知するなり、無仏向上人を不知するなり。その仏向上人、これ非仏なり。いかならんか非仏と疑著せられんとき、思量すべし、仏より以前なるゆゑに非仏といはず、仏よりのちなるゆゑに非仏といはず、仏をこゆるゆゑに非仏なるにあらず。ただひとへに仏向上なるゆゑに非仏なり。その非仏といふは、脱落仏面目なるゆゑにいふ、脱落仏身心なるゆゑにいふ。

東京浄因枯木禅師[嗣芙蓉、諱法成]、示衆云、知有仏祖向上事、方有説話分。諸禅徳、且道、那箇是仏祖向上事。有箇人家兒子、六根不具、七識不全、是大闡提、無仏種性。逢仏殺仏、逢祖殺祖。天堂收不得、地獄攝無門。大衆還識此人麼。良久曰、対面不仙陀、睡多饒寐語(東京浄因枯木禅師[芙蓉に嗣す、諱は法成]、示衆に云く、仏祖向上の事有ることを知らば、方に説話の分有り。諸禅徳、且道すべし、那箇か是れ仏祖向上の事なる。箇の人家の兒子有り、六根不具、七識不全、是れ大闡提、無仏種性なり。仏に逢ひては仏を殺し、祖に逢ひては祖を殺す。天堂も收むること得ず、地獄も攝するに門無し。大衆還た此の人を識るや。良久して曰く、対面仙陀にあらず、睡多くして寐語饒なり)。
いはゆる六根不具といふは、眼睛被人換却木?子了也、鼻孔被人換却竹筒了也、髑髏被人借作屎杓了也、作麼生是換却底道理(眼睛人に木?子と換却せられ了りぬ、鼻孔人に竹筒と換却せられ了りぬ、髑髏人に借りて屎杓と作され了りぬ。作麼生ならんか是れ換却底の道理)。
このゆゑに六根不具なり。不具六根なるがゆゑに爐鞴裏を透過して金仏となれり、大海裏を透過して泥仏となれり、火焔裡を透過して木仏となれり。
七識不全といふは、破木杓なり。殺仏すといへども逢仏す。逢仏せるゆゑに殺仏す。天堂にいらんと擬すれば天堂すなはち崩壊す、地獄にむかへば地獄たちまちに破裂す。このゆゑに、対面すれば破顔す、さらに仙陀なし。睡多なるにもなほ寐語おほし。しるべし、この道理は、挙山匝地両知己、玉石全身百雑碎なり。枯木禅師の示衆、しづかに参究功夫すべし、卒爾にすることなかれ。

雲居山弘覚大師、参高祖洞山。山問、闍梨、名什麼(雲居山弘覚大師、高祖洞山に参ず。山問ふ、闍梨、名は什麼ぞ)。
雲居曰、道膺。
高祖又問、向上更道(向上更に道ふべし)。
雲居曰、向上道即不名道膺(向上に道はば、即ち道膺と名づけず)。
洞山道、吾在雲巌時祗対無異也(吾れ雲巌に在りし時祗対せしに異なること無し)。
いま師資の道、かならず審細にすべし。いはゆる向上不名道膺は、道膺の向上なり。適来の道膺に向上の不名道膺あることを参学すべし。向上不名道膺の道理現成するよりこのかた、真箇道膺なり。しかあれども、向上にも道膺なるべしといふことなかれ。たとひ高祖道の向上更道をきかんとき、領話を呈するに向上更名道膺と道著すとも、すなはち向上道なるべし。なにとしてかしかいふ。いはく、道膺たちまちに頂額に跳入して蔵身するなり。蔵身すといへども露影なり。

曹山本寂禅師、参高祖洞山。山問、闍梨、名什麼(曹山本寂禅師、高祖洞山に参ず。山問ふ、闍梨、名は什麼ぞ)。
曹山云、本寂。
高祖云、向上更道(向上更に道ふべし)。
曹山云、不道(道はじ)。
高祖云、為甚麼不道(甚麼と為てか道はざる)。
師云、不名本寂(本寂と名づけず)。
高祖然之(高祖然之す)。
いはく、向上に道なきにあらず、これ不道なり。為甚麼不道、いはゆる不名本寂なり。しかあれば、向上の道は不道なり、向上の不道は不名なり。不名の本寂は向上の道なり。このゆゑに、本寂不名なり。しかあれば、非本寂あり、脱落の不名あり、脱落の本寂あり。

盤山悪積禅師云、向上一路、千聖不伝。
いはくの向上一路は、ひとり盤山の道なり。向上事といはず、向上人といはず、向上一路といふなり。その宗旨は、千聖競頭して出来すといへども、向上一路は不伝なり。不伝といふは、千聖は不伝の分を保護するなり。かくのごとくも学すべし。さらに又いふべきところあり、いはゆる千聖千賢はなきにあらず、たとひ賢聖なりとも、向上一路は賢聖の境界にあらずと。

智門山光祚禅師、因僧問、如何是仏向上事(智門山光祚禅師、因みに僧問ふ、如何ならんか是れ仏向上事)。
師云、杖頭上挑日月(?杖頭上日月を挑ぐ)。
いはく、杖の日月に礙せらるる、これ仏向上事なり。日月の?杖を参学するとき、尽乾坤くらし。これ仏向上事なり。日月是?杖とにはあらず、?杖頭上とは、全?杖上なり。

石頭無際大師の会に、天皇寺の道悟禅師とふ、如何是仏法大意(如何ならんか是れ仏法大意)。
師云、不得不知。
道悟云、向上更有転処也無(向上更に転処有りや無や)。
師云、長空不礙白雲飛(長空白雲の飛ぶを礙へず)。
いはく、石頭は曹谿の二世なり。天皇寺の道悟和尚は薬山の師弟なり。あるときとふ、いかならんか仏法大意。この問は、初心晩学の所堪にあらざるなり。大意をきかば、大意を会取しつべき時節にいふなり。
石頭いはく、不得不知。しるべし、仏法は初一念にも大意あり、究竟位にも大意あり。その大意は不得なり。発心修行取証はなきにあらず、不得なり。その大意は不知なり。修証は無にあらず、修証は有にあらず、不知なり、不得なり。またその大意は、不得不知なり。聖諦修証なきにあらず、不得不知なり。聖諦修証あるにあらず、不得不知なり。
道悟いはく、向上更有転処也無。いはゆるは、転処もし現成することあらば、向上現成す。転処といふは方便なり、方便といふは諸仏なり、諸祖なり。これを道取するに、更有なるべし。たとひ更有なりとも、更無をもらすべきにあらず、道取あるべし。
長空不礙白雲飛は、石頭の道なり。長空さらに長空を不礙なり。長空これ長空飛を不礙なりといへども、さらに白雲みづから白雲を不礙なり。白雲飛不礙なり、白雲飛さらに長空飛を礙せず。他に不礙なるは自にも不礙なり、面面の不礙を要するにはあらず、各各の不礙を存するにあらず。このゆゑに不礙なり。長空不礙白雲飛の性相を挙拈するなり。正当恁麼時、この参学眼を揚眉して、仏来をも?見し、祖来をも相見す。自来をも相見し、他来をも相見す。これを問一答十の道理とせり。いまいふ問一答十は、問一もその人なるべし、答十もその人なるべし。

黄檗云、夫出家人、須知有従上来事分。且如四祖下牛頭法融大師、横説豎説、猶未知向上関?子。有此眼脳、方弁得邪正宗薫(黄檗云く、夫れ出家人は、須らく従上来事の分有ることを知るべし。且く四祖下の牛頭法融大師の如きは、横説豎説すれども、猶ほ未だ向上の関?子を知らず。此の眼脳有つて、方に邪正の宗薫を弁得すべし)。
黄檗恁麼道の従上来事は、従上仏仏祖祖、正伝しきたる事なり。これを正法眼蔵涅槃妙心といふ。自己にありといふとも須知なるべし、自己にありといへども猶未知なり。仏仏正伝せざるは夢也未見なり。黄檗は百丈の法子として百丈よりもすぐれ、馬祖の法孫として馬祖よりもすぐれたり。おほよそ祖宗三四世のあひだ、黄檗に齊肩なるなし。ひとり黄檗のみありて牛頭の両角なきことをあきらめたり。自余の仏祖、いまだしらざるなり。
牛頭山の法融禅師は、四祖下の尊宿なり。横説豎説、まことに経師論師に比するには、西天東地のあひだ、不為不足なりといへども、うらむらくはいまだ向上の関?子をしらざることを、向上の関?子を道取せざることを。もし従上来の関?子をしらざらんは、いかでか仏法の邪正を弁会することあらん。ただこれ学言語の漢なるのみなり。しかあれば、向上の関?子をしること、向上の関?子を修行すること、向上の関?子を証すること、庸流のおよぶところにあらざるなり。真箇の功夫あるところには、かならず現成するなり。
いはゆる仏向上事といふは、仏にいたりて、すすみてさらに仏をみるなり。衆生の仏をみるにおなじきなり。しかあればすなはち、見仏もし衆生の見仏とひとしきは、見仏にあらず。見仏もし衆生の見仏のごとくなるは、見仏錯なり。いはんや仏向上事ならんや。しるべし、黄檗道の向上事は、いまの杜撰のともがら、領覽におよばざらん。ただまさに法道もし法融におよばざるあり、法道おのづから法融にひとしきありとも、法融に法兄弟なるべし。いかでか向上の関?子をしらん。自余の十聖三賢等、いかにも向上の関?子をしらざるなり。いはんや向上の関?子を開閉せんや。この宗旨は、参学の眼目なり。もし向上の関?子をしるを、仏向上人とするなり、仏向上事を体得せるなり。

正法眼蔵仏向上事第二十六

爾時仁治三年壬寅三月二十三日在観音導利興聖悪林寺示衆
正元元年己未夏安居日以未再治御草本在永平寺書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:05
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正 法 眼 蔵    渓 声 山 色けいせいさんしょく 第二十五 
渓声山色

  阿耨菩提に伝道受業の仏祖おほし、粉骨の先蹤即不無なり。断臂の祖宗まなぶべし、掩泥の毫髪もたがふることなかれ。各各の脱殼うるに、従来の知見解会に拘牽せられず、曠劫未明の事、たちまちに現前す。恁麼時の而今は、吾も不知なり、誰も不識なり、汝も不期なり、仏眼も覰不見なり。人慮あに測度せんや。
  大宋国に、東坡居士蘇軾とてありしは、字は子瞻といふ。筆海の真龍なりぬべし、仏海の龍象を学す。重淵にも游泳す。曽雲にも昇降す。あるとき、廬山にいたりしちなみに、渓水の夜流する声をきくに悟道す。偈をつくりて、常総禅師に呈するにいはく、
   渓声便是広長舌、山色無非清浄身。
   夜来八万四千偈、他日如何挙似人。
   (渓声便ち是れ広長舌、山色清浄身に非ざること無し、夜来八万四千偈、他日如何が人に挙似せん。)
  この偈を総禅師に呈するに、総禅師、然之す。総は照覚常総禅師なり、総は黄龍慧南禅師の法嗣なり、南は慈明楚圓禅師の法嗣なり。
  居士、あるとき仏印禅師了元和尚と相見するに、仏印、さづくるに法衣仏戒等をもてす。居士、つねに法衣を搭して修道しき。居士、仏印にたてまつるに無價の玉帯をもてす。ときの人いはく、凡俗所及の儀にあらずと。
  しかあれば、聞渓悟道の因縁、さらにこれ仏流の潤益なからんや。あはれむべし、いくめぐりか現身説法の化儀にもれたるがごとくなる。なにとしてかさらに山色をみ、渓声をきく、一句なりとやせん、半句なりとやせん、八万四千偈なりとやせん。うらむべし、山水にかくれたる声色あること。又よろこぶべし、山水にあらはるる時節因縁あること。舌相も懈倦なし、身色あに存沒あらんや。しかあれども、あらはるるときをやちかしとならふ、かくれたるときをやちかしとならはん。一枚なりとやせん、半枚なりとやせん。従来の春秋は山水を見聞せざりけり、夜来の時節は山水を見聞することわづかなり。いま、学道の菩薩も、山流水不流より学入の門を開すべし。
  この居士の悟道せし夜は、そのさきのひ、総禅師と無情説法話を参問せしなり。禅師の言下に翻身の儀いまだしといへども、渓声のきこゆるところは、逆水の波浪たかく天をうつものなり。しかあれば、いま渓声の居士をおどろかす、渓声なりとやせん、照覚の流瀉なりとやせん。うたがふらくは照覚の無情説法話、ひびきいまだやまず、ひそかに渓流のよるの声にみだれいる。たれかこれ一升なりと弁肯せん、一海なりと朝宗せん。畢竟じていはば、居士の悟道するか、山水の悟道するか。たれの明眼あらんか、長舌相、清浄身を急着眼せざらん。

  又香厳智閑禅師、かつて大潙大圓禅師の会に学道せしとき、大潙いはく、なんぢ聰明博解なり。章疏のなかより記持せず、父母未生以前にあたりて、わがために一句を道取しきたるべし。   香厳、いはんことをもとむること数番すれども不得なり。ふかく身心をうらみ、年来たくはふるところの書籍を披尋するに、なほ茫然なり。つひに火をもちて、年来のあつむる書をやきていはく、畫にかけるもちひは、うゑをふさぐにたらず。われちかふ、此生に仏法を会せんことをのぞまじ、ただ行粥飯僧とならんといひて、行粥飯して年月をふるなり。行粥飯僧といふは、衆僧に粥飯を行益するなり。このくにの陪饌役送のごときなり。
  かくのごとくして大潙にまうす、智閑は身心昏昧にして道不得なり、和尚わがためにいふべし。
  大潙のいはく、われ、なんぢがためにいはんことを辞せず。おそらくはのちになんぢわれをうらみん。
  かくて年月をふるに、大証国師の蹤跡をたづねて武当山にいりて、国師の庵のあとにくさをむすびて為庵す。竹をうゑてともとしけり。あるとき、道路を併浄するちなみに、かはらほとばしりて竹にあたりて、ひびきをなすをきくに、瞎然として大悟す。沐浴し、潔斉して、大潙山にむかひて焼香礼拝して、大潙にむかひてまうす、大潙大和尚、むかしわがためにとくことあらば、いかでかいまこの事あらん。恩のふかきこと、父母よりもすぐれたり。つひに偈をつくりていはく、
   一撃亡所知、更不自修治。
   動容揚古路、不墮悄然機。
   処処無蹤跡、声色外威儀。
   諸方達道者、咸言上上機。
   (一撃に所知を亡ず、更に自ら修治せず。動容古路を揚ぐ、悄然の機に墮せず。処処蹤跡無し、声色外の威儀なり。諸方達道の者、咸く上上の機と言はん。)
  この偈を大潙に呈す。
  大潙いはく、此子徹也(此の子、徹せり)。

  又、霊雲志勤禅師は三十年の弁道なり。あるとき遊山するに、山脚に休息して、はるかに人里を望見す。ときに春なり。桃花のさかりなるをみて、忽然として悟道す。偈をつくりて大潙に呈するにいはく、
   三十年来尋剣客、幾囘葉落又抽枝。
   自従一見桃花後、直至如今更不疑。
   (三十年来尋剣の客、幾囘か葉落ち又枝を抽んづる。一たび桃花を見てより後、直に如今に至るまで更に疑はず)。
  大潙いはく、従縁入者、永不退失(縁より入る者は、永く退失せじ)。
  すなはち許可するなり。いづれの入者か従縁せざらん、いづれの入者か退失あらん。ひとり勤をいふにあらず。つひに大潙に嗣法す。山色の清浄身にあらざらん、いかでか恁麼ならん。

  長沙景岑禅師に、ある僧とふ、いかにしてか山河大地を転じて自己に帰せしめん。
  師いはく、いかにしてか自己を転じて山河大地に帰せしめん。
  いまの道取は、自己のおのづから自己にてある、自己たとひ山河大地といふとも、さらに所帰に罣礙すべきにあらず。

  琅琊の広照大師慧覚和尚は、南嶽の遠孫なり。あるとき、教家の講師子璿とふ、清浄本然、云何忽生山河大地(云何が忽ちに山河大地を生ずる)。
  かくのごとくとふに、和尚しめすにいはく、清浄本然、云何忽生山河大地。
  ここにしりぬ、清浄本然なる山河大地を山河大地とあやまるべきにあらず。しかあるを、経師かつてゆめにもきかざれば、山河大地を山河大地としらざるなり。

  しるべし山色渓声にあらざれば、拈花も開演せず、得髄も依位せざるべし。渓声山色の功徳によりて、大地有情同時成道し、見明星悟道する諸仏あるなり。かくのごとくなる皮袋、これ求法の志気甚深なりし先哲なり。その先蹤、いまの人、かならず参取すべし。いまも名利にかかはらざらん真実の参学は、かくのごときの志気をたつべきなり。遠方の近来は、まことに仏法を求覓する人まれなり。なきにはあらず、難遇なるなり。たまたま出家兒となり、離俗せるににたるも、仏道をもて名利のかけはしとするのみおほし。あはれむべし、かなしむべし、この光陰ををしまず、むなしく黒暗業に売買すること。いづれのときかこれ出離得道の期ならん。たとひ正師にあふとも、真龍を愛せざらん。かくのごとくのたぐひ、先仏これを可憐憫者といふ。その先世に悪因あるによりてしかあるなり。生をうくるに為法求法のこころざしなきによりて、真法をみるとき真龍をあやしみ、正法にあふとき正法にいとはるるなり。この身心骨肉、かつて従法而生ならざるによりて、法と不相応なり、法と不受用なり。祖宗師資、かくのごとく相承してひさしくなりぬ。菩提心はむかしのゆめをとくがごとし。あはれむべし、三山にうまれながら三財をしらず、三財をみず、いはんや法財をえんや。もし菩提心をおこしてのち、六趣四生に輪転すといへども、その輪転の因縁、みな菩提の行願となるなり。
  しかあれば、従来の光陰はたとひむなしくすごすといふとも、今生のいまだすぎざるあひだに、いそぎて発願すべし。
  ねがわくはわれと一切衆生と、今生より乃至生生をつくして、正法をきくことあらん。きくことあらんとき、正法を疑著せじ、不信なるべからず。まさに正法にあはんとき、世法をすてて仏法を受持せん、つひに大地有情ともに成道することをえん。
  かくのごとく発願せば、おのづから正発心の因縁ならん。この心術、懈倦することなかれ。
  又この日本国は、海外の遠方なり、人のこころ至愚なり。むかしよりいまだ聖人むまれず、生知むまれず、いはんや学道の実士まれなり。道心をしらざるともがらに、道心ををしふるときは、忠言の逆耳するによりて、自己をかへりみず、他人をうらむ。
  おほよそ菩提心の行願には、菩提心の発未発、行道不行道を世人にしられんことをおもはざるべし、しられざらんといとなむべし。いはんやみづから口称ぜんや。いまの人は、実をもとむることまれなるによりて、身に行なく、こころにさとりなくとも、他人のほむることありて、行解相応せりといはん人をもとむるがごとし。迷中又迷、すなはちこれなり。この邪念、すみやかに抛捨すべし。
  学道のとき見聞することかたきは、正法の心術なり。その心術は、仏仏相伝しきたれるものなり。これを仏光明とも、仏心とも相伝するなり。如来在世より今日にいたるまで、名利をもとむるを学道の用心とするににたるともがらおほかり。しかありしも、正師のをしへにあひて、ひるがへして正法をもとむれば、おのづから得道す。いま学道には、かくのごとくのやまふのあらんとしるべきなり。たとへば、初心始学にもあれ、久修練行にもあれ、伝道授業の機をうることもあり、機をえざることもあり。慕古してならふ機あるべし、訕謗してならはざる魔もあらん。両頭ともに愛すべからず、うらむべからず。いかにしてかうれへなからん、うらみざらん。
  いはく、三毒を三毒としれるともがらまれなるによりて、うらみざるなり。いはんやはじめて仏道を欣求せしときのこころざしをわすれざるべし。いはく、はじめて発心するときは、他人のために法をもとめず、名利をなげすてきたる。名利をもとむるにあらず、ただひとすぢに得道をこころざす。かつて国王大臣の恭敬供養をまつこと、期せざるものなり。しかあるに、いまかくのごとくの因縁あり、本期にあらず、所求にあらず、人天の繋縛にかかはらんことを期せざるところなり。しかあるを、おろかなる人は、たとひ道心ありといへども、はやく本志をわすれて、あやまりて人天の供養をまちて、仏法の功徳いたれりとよろこぶ。国王大臣の帰依しきりなれば、わがみちの見成とおもへり。これは学道の一魔なり、あはれむこころをわするべからずといふとも、よろこぶことなかるべし。
  みずや、ほとけののたまはく、如来現在、猶多怨嫉(如来の現在にすら猶怨嫉多し)の金言あることを。愚の賢をしらず、小畜の大聖をあたむこと、理かくのごとし。又、西天の祖師、おほく外道二乗国王等のためにやぶられたるを。これ外道のすぐれたるにあらず、祖師に遠慮なきにあらず。
  初祖西来よりのち、嵩山に掛錫するに、梁武もしらず、魏主もしらず。ときに両箇のいぬあり、いはゆる菩提流支三蔵と光統律師となり。虚名邪利の、正人にふさがれんことをおそりて、あふぎて天日をくらまさんと擬するがごとくなりき。在世の達多よりもなほはなはだし。あはれむべし、なんぢが深愛する名利は、祖師これを糞穢よりもいとふなり。かくのごとくの道理、仏法の力量の究竟せざるにはあらず、良人をほゆるいぬありとしるべし。ほゆるいぬをわづらふことなかれ、うらむることなかれ。引導の発願すべし、汝是畜生、発菩提心と施設すべし。先哲いはく、これはこれ人面畜生なり。
  又、帰依供養する魔類もあるべきなり。
  前仏いはく、不親近国王、王子、大臣、官長、婆羅門、居士(国王、王子、大臣、官長、婆羅門、居士に親近せざれ)。
  まことに仏道を学習せん人、わすれざるべき行儀なり。菩薩初学の功徳、すすむにしたがうてかさなるべし。
  又むかしより、天帝きたりて行者の志気を試験し、あるいは魔波旬きたりて、行者の修道をさまたぐることあり。これみな名利の志気はなれざるとき、この事ありき。大慈大悲のふかく、広度衆生の願の老大なるには、これらの障礙あらざるなり。
  修行の力量おのづから国土をうることあり、世運の達せるに相似せることあり。かくのごとくの時節、さらにかれを弁肯すべきなり。かれに瞌睡することなかれ。愚人これをよろこぶ、たとへば癡犬の枯骨をねぶるがごとし。賢聖これをいとふ、たとへば世人の糞穢をおづるににたり。

  おほよそ初心の情量は、仏道をはからふことあたはず、測量すといへどもあたらざるなり。初心に測量せずといへども、究竟に究尽なきにあらず。徹地の堂奥は初心の浅識にあらず。ただまさに先聖の道をふまんことを行履すべし。このとき、尋師訪道するに、梯山航海あるなり。導師をたづ、ね知識をねがふには、従天降下なり、従地湧出なり。
  その接渠のところに、有情に道取せしめ、無情に道取せしむるに、身処にきき、心処にきく。若将耳聴は家常の茶飯なりといへども、眼処聞声これ何必不必なり。見仏にも、自仏他仏をもみ、大仏小仏をみる。大仏にもおどろきおそれざれ、小仏にもあやしみわづらはざれ。いはゆる大仏小仏を、しばらく山色渓声と認ずるものなり。これに広長舌あり、八万偈あり。挙似迥脱なり、見徹独抜なり。このゆゑに俗いはく、弥高弥堅なり、先仏いはく、弥天弥綸なり。春松の操あり、秋菊の秀ある、即是なるのみなり。
  善知識この田地にいたらんとき、人天の大師なるべし。いまだこの田地にいたらず、みだりに為人の儀を存ぜん、人天の大賊なり。春松しらず、秋菊みざらん、なにの草料かあらん、いかが根源を截断せん。

  又、心も肉も、懈怠にもあり、不信にもあらんには、誠心をもはらして前仏に懺悔すべし。恁麼するとき前仏懺悔の功徳力、われをすくひて清浄ならしむ。この功徳、よく無礙の浄信精進を生長せしむるなり。浄信一現するとき、自他おなじく転ぜらるるなり。その利益、あまねく情非情にかうぶらしむ。その大旨は、
  願はくはたとひ過去の悪業おほくかさなりて、障道の因縁ありとも、仏道によりて得道せりし諸仏諸祖、われをあはれみて、業累を解脱せしめ、学道さはりなからしめ、その功徳法門、あまねく無尽法界に充満弥綸せらん、あはれみをわれに分布すべし。
  仏祖の往昔は吾等なり、吾等が当来は仏祖ならん。仏祖を仰観すれば一仏祖なり、発心を観想するにも一発心なるべし。あはれみを七通八達せんに、得便宜なり、落便宜なり。このゆゑに龍牙のいはく、
   昔生未了今須了、此生度取累生身。
   古仏未悟同今者、悟了今人即古人。
   (昔生に未だ了ぜずは今須らく了ずべし、此生に累生身を度取す。古仏も未悟なれば今者に同じ、悟了せば今人即ち古人なり。)
  しづかにこの因縁を参究すべし、これ証仏の承当なり。
  かくのごとく懺悔すれば、かならず仏祖の冥助あるなり。心念身儀発露白仏すべし、発露のちから罪根をして銷殞せしむるなり。これ一色の正修行なり、正信心なり、正信身なり。
  正修行のとき、渓声渓色、山色山声、ともに八万四千偈ををしまざるなり。自己もし名利身心を不惜すれば、渓山また恁麼の不惜あり。たとひ渓声山色八万四千偈を現成せしめ、現成せしめざることは夜来なりとも、渓山の渓山を挙似する尽力未便ならんは、たれかなんぢを渓声山色と見聞せん。

正法眼蔵渓声山色第二十五

爾時延応庚子結制後五日在観音導利興聖三林寺示衆
寛元癸卯結制前仏誕生日在同寺侍司書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:05
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正 法 眼 蔵    画 餅がべい 第二十四 
画 餅

諸仏これ証なるゆゑに、諸物これ証なり。しかあれども、一性にあらず、一心にあらず。一性にあらず一心にあらざれども、証のとき、証証さまたげず現成するなり。現成のとき、現現あひ接することなく現成すべし。これ祖宗の端的なり。一異の測度を挙して参学の力量とすることなかれ。
このゆゑにいはく、一法纔通万法通(一法纔かに通ずれば万法通ず)、いふところの一法通は、一法の従来せる面目を奪却するにあらず、一法を相対せしむるにあらず、一法を無対ならしむるにあらず。無対ならしむるはこれ相礙なり。通をして通の礙なからしむるに、一通これ、万通これ、なり。一通は一法なり、一法通、これ万法通なり。

古仏言、画餅不充飢。
この道を参学する雲衲霞袂、この十方よりきたれる菩薩声聞の名位をひとつにせず、かの十方よりきたれる神頭鬼面の皮肉、あつくうすし。これ古仏今仏の学道なりといへども、樹下草庵の活計なり。このゆゑに家業を正伝するに、あるいはいはく、経論の学業は真智を薫修せしめざるゆゑにしかのごとくいふといひ、あるいは三乗一乗の教学さらに三菩提のみちにあらずといはんとして恁麼いふなりと見解せり。おほよそ假立なる法は真に用不著なるをいはんとして、恁麼の道取ありと見解する、おほきにあやまるなり。祖宗の功業を正伝せず、仏祖の道取にくらし。この一言をあきらめざらん、たれか余仏の道取を参究せりと聴許せん。
画餅不能充飢と道取するは、たとへば、諸悪莫作、衆善奉行と道取するがごとし、是什麼物恁麼来と道取するがごとし、吾常於是切といふがごとし。しばらくかくのごとく参学すべし。
画餅といふ道取、かつて見来せるともがらすくなし、知及せるものまたくあらず。なにとしてか恁麼しる、従来の一枚二枚の臭皮袋を勘過するに、疑著におよばず、親覲におよばず。ただ隣談に側耳せずして不管なるがごとし。
画餅といふは、しるべし、父母所生の面目あり、父母未生の面目あり。米麺をもちゐて作法せしむる正当恁麼、かならずしも生不生にあらざれども、現成道成の時節なり。去来の見聞に拘牽せらるると参学すべからず。餅を画する丹雘は、山水を画する丹雘とひとしかるべし。いはゆる山水を画するには青丹をもちゐる。画餅を画するには米麺をもちゐる。恁麼なるゆゑに、その所用おなじ、功夫ひとしきなり。
しかあればすなはち、いま道著する画餅といふは、一切の糊餅菜餅乳餅焼餅糍餅等、みなこれ画図より現成するなり。しるべし、画等餅等法等なり。このゆゑに、いま現成するところの諸餅、ともに画餅なり。このほかに画餅をもとむるには、つひにいまだ相逢せず、未拈出なり。一時現なりといへども一時不現なり。しかあれども、老少の相にあらず、去来の跡にあらざるなり。しかある這頭に、画餅国土あらはれ、成立するなり。
不充飢といふは、飢は十二時使にあらざれども、画餅に相見する便宜あらず。画餅を喫著するに、つひに飢をやむる功なし。飢に相待せらるる餅なし。餅に相待せらるる餅あらざるがゆゑに、活計つたはれず、家風つたはれず。飢も一條拄杖なり、横擔豎擔、千変万化なり。餅も一身心現なり、青黄赤白、長短方円なり。いま山水を画するには、青虫丹雘をもちゐ、奇巌怪石をもちゐ、七宝四宝をもちゐる。餅を画する経営もまたかくのごとし。人を画するには四大五蘊をもちゐる、仏を画するには泥龕土塊をもちゐるのみにあらず、三十二相をもちゐる、一茎草をもちゐる、三祇百劫の薫修をもちゐる。かくのごとくして、一軸の画仏を図しきたれるゆゑに、一切諸仏はみな画仏なり。一切画仏はみな諸仏なり。画仏と画餅と点検点すべし。いづれか石烏亀、いづれか鉄拄杖なる。いづれか色法、いづれか心法なると、審細に功夫参究すべきなり。恁麼功夫するとき、生死去来はことごとく画図なり。無上菩提すなはち画図なり。おほよそ法界虚空、いづれも画図にあらざるなし。

古仏言、道成白雪千扁去、画得青山数軸来(道は成る白雪千扁去る、画し得たり青山数軸来る)。
これ大悟話なり。弁道功夫の現成せし道底なり。しかあれば、得道の正当恁麼時は、青山白雪を数軸となづく、画図しきたれるなり。一動一静しかしながら画図にあらざるなし。われらがいまの功夫、ただ画よりえたるなり。十号三明、これ一軸の画なり。根力覚道、これ一軸の画なり。もし画は実にあらずといはば、万法みな実にあらず。万法みな実にあらずは、仏法も実にあらず。仏法もし実なるには、画餅すなはち実なるべし。

雲門匡真大師、ちなみに僧とふ、いかにあらんかこれ超仏越祖之談。
師いはく、糊餅。
この道取、しづかに功夫すべし。糊餅すでに現成するには、超仏越祖の談を説著する祖師あり、聞著せざる鉄漢あり、聴得する学人あるべし、現成する道著あり。いま糊餅の展事投機、かならずこれ画餅の二枚三枚なり。超仏越祖の談あり、入仏入魔の分あり。

先師道、修竹芭蕉入画図(修竹芭蕉画図に入る)。
この道取は、長短を超越せるものの、ともに画図の参学ある道取なり。修竹は長竹なり。陰陽の運なりといへども、陰陽をして運ならしむるに、修竹の年月あり。その年月陰陽、はかることうべからざるなり。大聖は陰陽を?見すといへども、大聖、陰陽を測度する事あたはず。陰陽ともに法等なり、測度等なり、道等なるがゆゑに。いま外道二乗の心目にかかはる陰陽にはあらず。これは修竹の陰陽なり、修竹の歩暦なり、修竹の世界なり。修竹の眷属として、十方諸仏あり。しるべし、天地乾坤は、修竹の根茎枝葉なり。このゆゑに天地乾坤をして長久ならしむ。大海須弥、尽十方界をして堅牢ならしむ。?杖竹箆をして一老一不老ならしむ。芭蕉は、地水火風空、心意識智慧を根茎枝葉、花果光色とせるゆゑに、秋風を帶して秋風にやぶる。のこる一塵なし、浄潔といひぬべし。眼裏に筋骨なし、色裡に膠禽あらず。当処の解脱あり。なほ速疾に拘牽せられざれば、須叟刹那等の論におよばず。この力量を挙して、地水火風を活計ならしめ、心意識智を大死ならしむ。かるがゆゑに、この家業に春秋冬夏を調度として受業しきたる。
いま修竹芭蕉の全消息、これ画図なり。これによりて、竹声を聞著して大悟せんものは、龍蛇ともに画図なるべし。凡聖の情量と疑著すべからず。那竿得恁麼長なり、這竿得恁麼短なり。這竿得恁麼長なり、那竿得恁麼短なり。これみな画図なるがゆゑに、長短の図、かならず相符するなり。長画あれば、短画なきにあらず。この道理、あきらかに参究すべし。ただまさに尽界尽法は画図なるがゆゑに、人法は画より現じ、仏祖は画より成ずるなり。
しかあればすなはち、画餅にあらざれば充飢の薬なし、画飢にあらざれば人に相逢せず。画充にあらざれば力量あらざるなり。おほよそ、飢に充し、不飢に充し、飢を充せず、不飢を充せざること、画飢にあらざれば不得なり、不道なるなり。しばらく這箇は画餅なることを参学すべし。この宗旨を参学するとき、いささか転物物転の功徳を身心に究尽するなり。この功徳いまだ現前せざるがごときは、学道の力量いまだ現成せざるなり。この功徳を現成せしむる、証画現成なり。

正法眼蔵 画餅 第二十四

爾時仁治三年壬寅十一月初五日在于観音導利興聖宝林寺示衆
仁治壬寅十一月初七日在興聖客司書写之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:05
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 正 法 眼 蔵    都 機つき 第二十 
都 機

諸月の円成すること、前のみにあらず、後のみにあらず。円成の諸月なる、前のみにあらず、後のみにあらず。このゆゑに、釈迦牟尼仏言く、仏真法身、猶若虚空。応物現形、如水中月(仏の真法身は、猶ほ虚空の若し。物に応じて形を現はす、水中の月の如し)。いはゆる如水中月の如は水月なるべし。水如、月如、如中、中如なるべし。相似を如と道取するにあらず、如は是なり。仏真法身は虚空の猶若なり。この虚空は、猶若の仏真法身なり。仏真法身なるがゆゑに、尽地尽界、尽法尽現、みづから虚空なり。現成せる百草万像の猶若なる、しかしながら仏真法身なり、如水如月なり。月のときはかならず夜にあらず、夜かならずしも暗にあらず。ひとへに人間の小量にかかはることなかれ。日月なきところにも昼夜あるべし、日月は昼夜のためにあらず。日月ともに如なるがゆゑに、一月両月にあらず、千月万月にあらず。月の自己、たとひ一月両月の見解を保任すといふとも、これは月の見解なり、かならずしも仏道の道取にあらず、仏道の知見にあらず。しかあれば、昨夜たとひ月ありといふとも、今夜の月は昨月にあらず、今夜の月は初中後ともに今夜の月なりと参究すべし。月は月に相嗣するがゆゑに、月ありといへども新旧にあらず。

盤山宝積禅師云、心月孤円、光呑万象。光非照境、境亦非存。光境倶亡、復是何物(心月孤円、光、万象を呑めり。光、境を照らすに非ず、境亦た存ずるに非ず。光境倶に亡ず、復た是れ何物ぞ)。
いまいふところは、仏祖仏子、かならず心月あり。月を心とせるがゆゑに。月にあらざれば心にあらず、心にあらざる月なし。孤円といふは、虧闕せざるなり。両参にあらざるを万象といふ。万象これ月光にして万象にあらず。このゆゑに光呑万象なり。万象おのづから月光を呑尽せるがゆゑに、光の光を呑却するを、光呑万象といふなり。たとへば、月呑月なるべし、光呑月なるべし。ここをもて、光非照境、境亦非存と道取するなり。得恁麼なるゆゑに、応以仏身得度者のとき、即現仏身而為説法なり。応以普現色身得度者のとき、即現普現色身而為説法なり。これ月中の転法輪にあらずといふことなし。たとひ陰精陽精の光象するところ、火珠水珠の所成なりとも、即現現成なり。この心すなはち月なり、この月おのづから心なり。仏祖仏子の心を究理究事すること、かくのごとし。

古仏いはく、一心一切法、一切法一心。
しかあれば、心は一切法なり、一切法は心なり。心は月なるがゆゑに、月は月なるべし。心なる一切法、これことごとく月なるがゆゑに、遍界は遍月なり。通身ことごとく通月なり。たとひ直須万年の前後、いづれか月にあらざらん。いまの身心依正なる日面仏月面仏、おなじく月中なるべし。生死去来ともに月にあり。尽十方界は月中の上下左右なるべし。いまの日用、すなはち月中の明明百草頭なり、月中の明明祖師心なり。

舒州投子山慈濟大師、因僧問、月未円時如何(月未円なる時、如何)。
師云、呑却箇四箇(箇四箇を呑却す)。
僧云、円後如何(円なる後、如何)。
師云、吐却七箇八箇(七箇八箇を吐却す)。
いま参究するところは、未円なり、円後なり、ともにそれ月の造次なり。月に箇四箇あるなかに、未円の一枚あり。月に七箇八箇あるなかに、円後の一枚あり。呑却は参箇四箇なり。このとき、月未円時の見成なり。吐却は七箇八箇なり。このとき、円後の見成なり。月の月を呑却するに、箇四箇なり。呑却に月ありて現成す、月は呑却の見成なり。月の月を吐却するに、七箇八箇あり。吐却に月ありて現成す。月は吐却の現成なり。このゆゑに、呑却尽なり、吐却尽なり。尽地尽天吐却なり、蓋天蓋地呑却なり。呑自呑他すべし、吐自吐他すべし。

釈迦牟尼仏告金剛蔵菩薩言、譬如動目能搖湛水、又如定眼猶廻転火。雲駛月運、舟行岸移、亦復如是(釈迦牟尼仏、金剛蔵菩薩に告げて言はく、譬へば動目の能く湛水を搖がすが如く、又、定眼のなほ火を廻転せしむるが如し。雲駛れば月運り、舟行けば岸移る、亦復是の如し)。
いま仏演説の雲駛月運、舟行岸移、あきらめ参究すべし。倉卒に学すべからず、凡情に順ずべからず。しかあるに、この仏説を仏説のごとく見聞するものまれなり。もしよく仏説のごとく学習するといふは、円覚かならずしも身心にあらず、菩提涅槃にあらず、菩提涅槃かならずしも円覚にあらず、身心にあらざるなり。
いま如来道の雲駛月運、舟行岸移は、雲駛のとき、月運なり。舟行のとき、岸移なり。
いふ宗旨は、雲と月と、同時同道して同歩同運すること、始終にあらず、前後にあらず。舟と岸と、同時同道して同歩同運すること、起止にあらず、流転にあらず。たとひ人の行を学すとも、人の行は起止にあらず、起止の行は人にあらざるなり。起止を挙揚して人の行に比量することなかれ。雲の駛も月の運も、舟の行も岸の移も、みなかくのごとし。おろかに小量の見に局量することなかれ。雲の駛は東西南北をとはず、月の運は昼夜古今に休息なき宗旨、わすれざるべし。舟の行および岸の移、ともに世にかかはれず、よく世を使用するものなり。このゆゑに、直至如今飽不飢(直に如今に至るまで飽いて飢ゑず)なり。
しかあるを、愚人おもはくは、雲のはしるによりて、うごかざる月をうごくとみる、舟のゆくによりて、うつらざる岸をうつるとみゆると見解せり。もし愚人のいふがごとくならんは、いかでか如来の道ならん。仏法の宗旨、いまだ人天の小量にあらず。ただ不可量なりといへども、随機の修行あるのみなり。たれか舟岸を再撈摝せざらん、たれか雲月を急著眼看せざらん。
しるべし、如来道は、雲を什麼法に譬せず、月を什麼法に譬せず、舟を什麼法に譬せず、岸を什麼法に譬せざる道理、しづかに功夫参究すべきなり。月の一歩は如来の円覚なり、如来の円覚は月の運為なり。動止にあらず、進退にあらず。すでに月運は譬喩にあらざれば、孤円の性相なり。
しるべし、月の運度はたとひ駛なりとも、初中後にあらざるなり。このゆゑに第一月、第二月あるなり。第一、第二、おなじくこれ月なり。正好修行これ月なり、正好供養これ月なり、払袖便行これ月なり。円尖は去来の輪転にあらざるなり。去来輪転を使用し、使用せず、放行し、把定し、逞風流するがゆゑに、かくのごとくの諸月なるなり。

正法眼蔵都機第二十

仁治癸卯端月六日書于観音導利興聖宝林寺 沙門
寛元癸卯解制前日書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:05
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正 法 眼 蔵    全 機ぜんき  第二十二  
全 機

  諸仏の大道、その究尽するところ、透脱なり、現成なり。その透脱といふは、あるいは生も生を透脱し、死も死を透脱するなり。このゆゑに、出生死あり、入生死あり。ともに究尽の大道なり。捨生死あり、度生死あり。ともに究尽の大道なり。現成これ生なり、生これ現成なり。その現成のとき、生の全現成にあらずといふことなし、死の全現成にあらずといふことなし。
 この機関、よく生ならしめよく死ならしむ。この機関の現成する正当恁麼時、かならずしも大にあらず、かならずしも小にあらず。遍界にあらず、局量にあらず。長遠にあらず、短促にあらず。いまの生はこの機関にあり、この機関はいまの生にあり。
  生は来にあらず、生は去にあらず。生は現にあらず、生は成にあらざるなり。しかあれども、生は全機現なり、死は全機現なり。しるべし、自己に無量の法あるなかに、生あり、死あるなり。 しづかに思量すべし、いまこの生、および生と同生せるところの衆法は、生にともなりとやせん、生にともならずとやせん。一時一法としても、生にともならざることなし、一事一心としても、生にともならざるなし。
  生といふは、たとへば、人のふねにのれるときのごとし。このふねは、われ帆をつかひわれかぢをとれり。われさををさすといへども、ふねわれをのせて、ふねのほかにわれなし。われふねにのりて、このふねをもふねならしむ。この正当恁麼時を功夫参学すべし。この正当恁麼時は、舟の世界にあらざることなし。天も水も岸もみな舟の時節となれり、さらに舟にあらざる時節とおなじからず。このゆゑに、生はわが生ぜしむるなり、われをば生のわれならしむるなり。舟にのれるには、身心依正、ともに舟の機関なり。尽大地、尽虚空、ともに舟の機関なり。生なるわれ、われなる生、それかくのごとし。
  圜悟禅師克勤和尚云、生也全機現、死也全機現。
  この道取、あきらめ参究すべし。参究すといふは、生也全機現の道理、はじめをはりにかかはれず、尽大地尽虚空なりといへども、生也全機現をあひ罣礙せざるのみにあらず、死也全機現をも罣礙せざるなり。死也全機現のとき、尽大地尽虚空なりといへども、死也全機現をあひ罣礙せざるのみにあらず、生也全機現をも罣礙せざるなり。このゆゑに、生は死を罣礙せず、死は生を罣礙せざるなり。尽大地尽虚子空、ともに生にもあり、死にもあり。しかあれども、一枚の尽大地、一枚の尽虚空を、生にも全機し、死にも全機するにはあらざるなり。一にあらざれども異にあらず、異にあらざれども即にあらず、即にあらざれども多にあらず。このゆゑに、生にも全機現の衆法あり、死にも全機現の衆法あり。生にあらず死にあらざるにも全機現あり。全機現に生あり、死あり。このゆゑに、生死の全機は、壮士の臂を屈伸するがごとくにもあるべし。如人夜間背手摸枕子にてもあるべし。これに許多の神通光明ありて現成するなり。
  正当現成のときは、現成に全機せらるるによりて、現成よりさきに現成あらざりつると見解するなり。しかあれども、この現成よりさきは、さきの全機現なり。さきの全機現ありといへども、いまの全機現を罣礙せざるなり。このゆゑにしかのごとくの見解、きほひ現成するなり。

正法眼蔵全機第二十二

于時仁治三年壬寅十二月十七日在雍州六波羅蜜寺側前雲州刺史幕下示衆

同四年癸卯正月十九日書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:05
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正 法 眼 蔵    授 記じゅき  第二十一  
授 記

仏祖単伝の大道は授記なり。仏祖の参学なきものは、夢也未見なり。その授記の時節は、いまだ菩提心をおこさざるものにも授記す。無仏性に授記す、有仏性に授記す。有身に授記し、無身に授記す。諸仏に授記す。諸仏は諸仏の授記を保任するなり。得授記ののちに作仏すと参学すべからず、作仏ののちに得授記すと参学すべからず。授記時に作仏あり、授記時に修行あり。このゆゑに、諸仏に授記あり、仏向上に授記あり。自己に授記す、身心に授記す。授記に飽学措大なるとき、仏道に飽学措大なり。身前に授記あり、身後に授記あり。自己にしらるる授記あり、自己にしられざる授記あり。他をしてしらしむる授記あり、他をしてしらしめざる授記あり。
まさにしるべし、授記は自己を現成せり。授記これ現成の自己なり。このゆゑに、仏仏祖祖、嫡嫡相承せるは、これただ授記のみなり。さらに一法としても授記にあらざるなし。いかにいはんや山河大地、須弥巨海あらんや。さらに一箇半箇の張三李四なきなり。かくのごとく参究する授記は、道得一句なり、聞得一句なり。不会一句なり、会取一句なり。行取なり、説取なり。退歩を教令せしめ、進歩を教令せしむ。いま得坐披衣、これ古来の得授記にあらざれば現成せざるなり。合掌頂戴なるがゆゑに現成は授記なり。
仏言、それ授記に多般あれども、しばらく要略するに八種あり。いはゆる、
瓔珞第九、八種授記あり。
一者 自己知、他不知。
己知他不知者、発心自誓未広及人、未得四無所畏、未得善権故(己知他不知とは、発心自誓未だ広く人に及ばず、未だ四無所畏を得ず、未だ善権を得ざるが故に)。
二者 衆人尽知、自己不知。
衆人尽知、己不知者、発心広大得無畏善権故(衆人尽知、己不知とは、発心広大にして無畏善権を得るが故に)。
三者 自己衆人、供知。
皆知者、位在七地、無畏善権、得空観故(皆知とは、位七地に在りて、無畏善権、空観を得るが故に)。
四者 自己衆人、供不知。
皆不知者、未入七地、未得無著行(皆不知とは、未だ七地に入らず、未だ無著の行を得ず)。
五者 近覚、遠不覚。
遠者不覚者、弥勒是也。諸根具足、不捨如来無著行故(遠者不覚とは弥勒是れなり。諸根具足し如来無著の行を捨せざるが故に)。
六者、遠覚、近不覚。
近者不覚者、此人未能演説賢聖之行、師子膺是也(近者不覚とは、此の人未だ賢聖の行を演説すること能はず、師子膺是れなり)。
七者、供覚。
近遠供覚者、諸根具足、不捨無著之行、柔順菩薩是也(近遠供覚とは、諸根具足するも無著の行を捨てず、柔順菩薩是れなり)。
八者、供不覚。
近遠供不覚者、未得善権、不能悉知如来蔵、等行菩薩是也(近遠供不覚とは、未だ善権を得ず、如来蔵を悉く知ること能はず、等行菩薩是れなり)。
余経又云、
近知者。
従現仏得記也、如弥勒等(現仏に従ひて記を得るなり、弥勒等の如し)。
遠知者。
不従今仏、従当仏得記。如仏語弊魔、弥勒当四汝記(今仏に従はず、当仏に従ひて記を得。仏、弊魔に、弥勒当に汝に記を与ふべしと語りたまふが如し)。
遠近供知者。
今当仏供与記也(今当の仏、供に記を与へたまふなり)。
近遠供不知者。
今当仏供不記也(今当の仏、供に記したまはざるなり)。
かくのごとく授記あり。
しかあれば、いまこの臭皮袋の精魂に識度せられざるには授記あるべからずと活計することなかれ、未悟の人面にたやすく授記すべからずといふことなかれ。よのつねにおもふには、修行功満じて作仏決定する時授記すべしと学しきたるといへども、仏道はしかにはあらず。或従知識して一句をきき、或従経巻して一句をきくことあるは、すなはち得授記なり。これ諸仏の本行なるがゆゑに、百草の善根なるがゆゑに。もし授記を道取するには、得記人みな究竟人なるべし。しるべし、一塵なほ無上なり、一塵なほ向上なり。授記なんぞ一塵ならざらん、授記なんぞ一法ならざらん、授記なんぞ万法ならざらん、授記なんぞ修証ならざらん、授記なんぞ仏祖ならざらん、授記なんぞ功夫弁道ならざらん、授記なんぞ大悟大迷ならざらん。授記はこれ吾宗到汝、大興于世なり、授記はこれ汝亦如是、吾亦如是なり。授記これ標榜なり、授記これ何必なり。授記これ破顔微笑なり、授記これ生死去来なり。授記これ尽十方界なり、授記これ徧界不曽蔵なり。

玄沙院宗一大師、侍雪峰行次、雪峰指面前地云、這一片田地、好造箇無縫塔(玄沙院宗一大師、雪峰に侍して行く次でに、雪峰、面前の地を指して云く、這の一片の田地、好し、箇の無縫塔を造らんに)。
玄沙曰、高多少(高さ多少ぞ)。
雪峰乃上下顧視(雪峰乃ち上下に顧視す)。
玄沙云、人天福報即不無、和尚霊山授記、未夢見在(人天の福報は即ち無きにあらず、和尚霊山の授記、未夢見在なり)。
雪峰云、你作麼生。
玄沙曰、七尺八尺。
いま玄沙のいふ和尚霊山授記、未夢見在は、雪峰に霊山の授記なしといふにあらず、雪峰に霊山の授記ありといふにあらず、和尚霊山授記、未夢見在といふなり。
霊山の授記は、高著眼なり。吾有正法眼蔵涅槃妙心、附属摩訶迦葉なり。しるべし、青原の石頭に授記せしときの同参は、摩訶迦葉も青原の授記をうく、青原も釈迦の授記をさづくるがゆゑに、仏仏祖祖の面面に、正法眼蔵附属有在なることあきらかなり。ここをもて、曹谿すでに青原に授記す、青原すでに六祖の授記をうくるとき、授記に保任せる青原なり。このとき、六祖諸祖の参学、正直に青原の授記によりて行取しきたれるなり。これを明明百草頭、明明仏祖意といふ。
しかあればすなはち、仏祖いづれか百草にあらざらん、百草なんぞ吾汝にあらざらん。至愚にしておもふことなかれ、みづからに具足する法は、みづからかならずしるべしと、みるべしと。恁麼にあらざるなり。自己の知する法、かならずしも自己の有にあらず。自己の有、かならずしも自己のみるところならず、自己のしるところならず。しかあれば、いまの知見思量分にあたはざれば自己にあるべからずと疑著することなかれ。いはんや霊山の授記といふは、釈迦牟尼仏の授記なり。この授記は、釈迦牟尼仏の釈迦牟尼仏に授記しきたれるなり。授記の未合なるには授記せざる道理なるべし。その宗旨は、すでに授記あるに授記するに罣礙なし、授記なきに授記するに剰法せざる道理なり。虧闕なく、剰法にあらざる、これ諸仏祖の諸仏祖に授記しきたれる道理なり。
このゆゑに古仏いはく、
古今挙払示東西、
大意幽微肯易参。
此理若無師教授、
欲将何見語玄談。
(古今挙払して東西に示す、大意幽微にして肯つて参ずること易からんや。此の理若し師の教授無くんば、何れの見を将てか玄談を語らんとするや。)
いまの玄沙の宗旨を参究するに、無縫塔の高多少を量するに、高多少の道得あるべし。さらに五百由旬にあらず、八万由旬にあらず。これによりて、上下を顧視するをきらふにあらず。ただこれ人天の福報は即不無なりとも、無縫塔高を顧視するは、釈迦牟尼仏の授記にはあらざるのみなり。釈迦牟尼仏の授記をうるは、七尺八尺の道得あるなり。真箇の釈迦牟尼仏の授記を点検することは七尺八尺の道得をもて検点すべきなり。しかあればすなはち、七尺八尺の道得を是不是せんことはしばらくおく、授記はさだめて雪峰の授記あるべし、玄沙の授記あるべきなり。いはんや授記を挙して無縫塔高の多少を道得すべきなり。授記にあらざらんを挙して仏法を道得するは、道得にはあらざるべきなり。
自己の真箇に自己なるを会取し聞取し道取すれば、さだめて授記の現成する公案あるなり。授記の当陽に、授記と同参する功夫きたるなり。授記を究竟せんために、如許多の仏祖は現成正覚しきたれり。授記の功夫するちから、諸仏を推出するなり。このゆゑに、唯以一大事因縁故出現といふなり。その宗旨は、向上には非自己かならず非自己の授記をうるなり。このゆゑに、諸仏は諸仏の授記をうるなり。
おほよそ授記は、一手を挙して授記し、両手を挙して授記し、千手眼を挙して授記し、授記せらる。あるいは優曇花を挙して授記す、あるいは金襴衣を拈じて授記する、ともにこれ強為にあらず、授記の云為なり。内よりうる授記あるべし、外よりうる授記あるべし。内外を参究せん道理は、授記に参学すべし。授記の学道は万里一條鉄なり。授記の兀坐は一念万年なり。

古仏いはく、相継得成仏、転次而授記(相継いで成仏することを得て、転次に而も授記せん)。
いはくの成仏は、かならず相継するなり。相継する少許を成仏するなり。これを授記の転次するなり。転次は転得転なり、転次は次得次なり。たとへば造次なり。造次は施為なり。その施為は、局量の造身にあらず、局量の造境にあらず、度量の造作にあらず、造心にあらざるなり。まさに造境不造境、ともに転次の道理に一任して究弁すべし。造作不造作、ともに転次の道理に一任して究弁すべし。いま諸仏諸祖の現成するは施為に転次せらるるなり。祖師の西来する施為に転次せらるるなり。いはんや運水般柴は、転次しきたるなり。即心是仏の現生する転次なり。即心是仏の滅度する、一滅度二滅度をめづらしくするにあらず、如許多の滅度を滅度すべし、如許多の成道を成道すべし、如許多の相好を相好すべし。これすなはち相継得成仏なり、相継得滅度等なり。相継得授記なり、相継得転次なり。転次は本来にあらず、ただ七通八達なり。いま仏面祖面の面面に相見し、面面に相逢するは相継なり。仏授記祖授記の転次する、廻避のところ、間隙にあらず。

古仏いはく、我今従仏聞、授記荘厳事、及転次受決、身心遍歓喜(我れ今仏に従ひたてまつりて、授記荘厳の事、及び転次に決を受けんことを聞きて、身心遍く歓喜せり)。
いふところは、授記荘厳事、かならず我今従仏聞なり。我今従仏聞の及転次受決するといふは、身心遍歓喜なり。及転次は我今なるべし。過現当の自他にかかはるべからず、従仏聞なるべし。従他聞にあらず。迷悟にあらず、衆生にあらず、草木国土にあらず、従仏聞なるべし。授記荘厳事なり、及転次受決なり。転次の道理、しばらくも一隅にとどまりぬることなし。身心遍歓喜しもてゆくなり。歓喜なる及転次受決、かならず身と同参して遍参し、心と同参して遍参す。さらに又、身はかならず心に遍ず、心はかならず身に遍ずるゆゑに身心遍といふ。すなはちこれ徧界徧方、徧身徧心なり。これすなはち特地一條の歓喜なり。その歓喜、あらはに寝寤を歓喜せしめ、迷悟を歓喜せしむるに、おのおのと親切なりといへども、おのおのと不染汚なり。かるがゆゑに、転次而受決なる、授記荘厳事なり。
釈迦牟尼仏、因薬王菩薩告八万大士、薬王、汝見是大衆中、無量諸天、龍王、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人与非人、及比丘比丘尼、優婆塞優婆夷、求声聞者、求辟支仏者、求仏道者、如是等類、咸於仏前、聞妙法華経一偈一句、乃至一念随喜者、我皆与授記。当得阿耨多羅三藐三菩提(釈迦牟尼仏、薬王菩薩に因りて八万大士に告げたまはく、薬王、汝、是の大衆の中の無量の諸天、龍王、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人と非人と、及び比丘比丘尼、優婆塞優婆夷、声聞を求むる者、辟支仏を求むる者、仏道を求むる者を見るに、是の如き等の類、咸く仏の前に於て、妙法華経の一偈一句を聞きて、乃至一念も随喜せん者に、我れ皆授記を与ふべし。当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし)。
しかあればすなはち、いまの無量なる衆会、あるいは天王龍王、四部、八部、所求所解ことなりといへども、たれか妙法にあらざらん一句一偈をきかしめん。いかならんなんぢが乃至一念も、他法を随喜せしめん。如是等類といふは、これ法華類なり。咸於仏前といふは、咸於仏中なり。人与非人の万像に錯認するありとも、百草に下種せるありとも、如是等類なるべし。如是等類は、我皆与授記なり。我皆与授記の頭正尾正なる、すなはち当阿耨多羅三藐三菩提なり。

釈迦牟尼仏告薬王、又如来滅度之後、若有人聞妙法華経、乃至一偈一句、一念随喜者、我亦与授阿耨多羅三藐三菩提記(釈迦牟尼、仏薬王に告げたまはく、又、如来滅度の後、若し人有つて妙法華経を聞きて、乃至一偈一句に、一念も随喜せん者に、我れ亦た阿耨多羅三藐三菩提の記を与授すべし)。
いまいふ如来滅度之後は、いづれの時節到来なるべきぞ。四十九年なるか、八十年中なるか。しばらく八十年中なるべし。若有人聞妙法華経、乃至一偈一句、一念随喜といふは、有智の所聞なるか、無智の所聞なるか。あやまりてきくか、あやまらずしてきくか。為他道せば、若有人の所聞なるべし。さらに有智無智等の諸類なりとすることなかれ。いふべし、聞法華経はたとひ甚深無量なるいく諸仏智慧なりとも、きくにはかならず一句なり、きくにかならず一偈なり、きくにかならず一念随喜なり。このとき、我亦与授阿耨多羅三藐三菩提記なるべし。亦与授記あり、皆与授記あり。蹉過の張三に一任せしむることなかれ、審細の功夫に同参すべし。句偈随喜を若有人聞なるべし。皮肉骨髄を頭上安頭するにいとまあらず。見授阿耨多羅三藐三菩提記は、我願既満なり、如許皮袋なるべし、衆望亦足なり、如許若有人聞ならん。念松枝の授記あり、念優曇華の授記あり。念瞬目の授記あり、念破顔の授記あり、靸鞋を転授せし蹤跡あり。そこばくの是法非思量分別之所能解(是の法は思量分別の能く解する所に非ず)なるべし。我身是也の授記あり、汝身是也の授記あり。この道理、よく過去現在未来を授記するなり。授記中の過去現在未来なるがゆゑに、自授記に現成し、他授記に現成するなり。

維摩詰、謂弥勒言、弥勒、世尊授仁者記、一生当得阿耨多羅三藐三菩提、為用何生得受記乎。過去耶、未来耶、現在耶。若過去生、過去生已滅。若未来生、未来生未至。若現在生、現在生無住。如仏所説、比丘、汝今即時、亦生亦老亦滅。若以無生得受記者、無生即是正位。於正位中、亦無受記、亦無得阿耨多羅三藐三菩提。云何弥勒受一生記乎。為従如生得受記耶、為従如滅得受記耶。若以如生得受記者、如無有生。若以如滅得受記者、如無有滅。一切衆生皆如也、一切法亦如也。衆聖賢亦如也。至於弥勒亦如也。若弥勒得受記者、一切衆生亦応受記。所以者何、夫如者不二不異。若弥勒得阿耨多羅三藐三菩提者、一切衆生皆亦応得。所以者何、一切衆生即菩提相
(維摩詰、弥勒に謂て言く、弥勒、世尊の仁者に記を授け、一生に当に阿耨多羅三藐三菩提を得べしとは、何れの生を用て受記を得るとやせん。過去なりや、未来なりや、現在なりや。若し過去生といはば、過去生は已に滅す。若し未来生といはば、未来生は未至なり。若し現在生といはば、現在生は住すること無し。仏の所説の如くならば、比丘、汝今の即時は、亦生亦老亦滅なり。若し無生を以て受記を得といはば、無生は即ち是れ正位なり。正位中に於て、また受記無し。また阿耨多羅三藐三菩提を得べきこと無し。云何ぞ弥勒一生の記を受くるや。如生より受記を得とせんるや、如滅より受記を得とせんや。若し如生を以て受記を得といはば、如は生有ること無し。若し如滅を以て受記を得といはば、如は滅有ること無し。一切衆生、皆な如なり、一切の法も亦た如なり。衆の聖賢も亦た如なり。弥勒に至るまでも亦た如なり。若し弥勒受記を得るとなれば、一切衆生も亦た応に受記すべし。所以何となれば、夫れ、如は不二、不異なり。若し弥勒阿耨多羅三藐三菩提を得ば、一切衆生も皆亦た応に得べし。所以何となれば、一切衆生は即ち菩提の相なり)。
維摩詰の道取するところ、如来これを不是といはず。しかあるに、弥勒の得受記、すでに決定せり。かるがゆゑに、一切衆生の得受記、おなじく決定すべし。衆生の受決あらずは、弥勒の受記あるべからず。すでに一切衆生、即菩提相なり。菩提の、菩提の授記をうるなり。受記は今日生仏の慧命なり。しかあれば、一切衆生は弥勒と同発心するゆゑに同受記なり、同成道なるべし。ただし、維摩道の於正位中、亦無受記は、正位即授記をしらざるがごとし、正位即菩提といはざるがごとし。また過去生已滅、未来生未至、現在生無住とらいふ。過去かならずしも已滅にあらず、未来かならずしも未至にあらず、現在かならずしも無住にあらず、無住未至已滅等を過未現と学すといふとも、未至のすなはち過現来なる道理、かならず道取すべし。
しかあれば、生滅ともに得記する道理あるべし、生滅ともに得菩提の道理あるなり。一切衆生の授記をうるとき、弥勒も授記をうるなり。
しばらくなんぢ維摩にとふ、弥勒は衆生と同なりや異なりや。試道看。
すでに若弥勒得記せば、一切衆生も得記せんといふ、弥勒、衆生にあらずといはば、衆生は衆生にあらず、弥勒も弥勒にあらざるべし。いかん。正当恁麼時、また維摩にあらざるべし。維摩にあらずは、この道得用不著ならん。
しかあればいふべし、授記の一切衆生をあらしむるとき、一切衆生および弥勒はあるなり。授記よく一切をあらしむべし。

正法眼蔵授記第二十一

仁治三年壬寅孟夏四月二十五日記于観音導利興聖悪林寺
寛元二年甲辰正月廿日書寫之在于越州吉峰寺侍者寮

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:04
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正 法 眼 蔵    有 時うじ  第ニ十  
有 時

  古仏言、 有時高高峰頂立、有時深深海底行。有時三頭八臂、有時丈六八尺。 有時拄杖払子、有時露柱灯篭。有時張三李四、有時大地虚空。
  いはゆる有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり。丈六金身これ時なり、時なるがゆゑに時の荘厳光明あり。いまの十二時に習学すべし。三頭八臂これ時なり、時なるがゆゑにいまの十二時に一如なるべし。十二時の長遠短促、いまだ度量せずといへども、これを十二時といふ。去来の方跡あきらかなるによりて、人これを疑著せず、疑著せざれどもしれるにあらず。衆生もとよりしらざる毎物毎事を疑著すること一定せざるがゆゑに、疑著する前程、かならずしもいまの疑著に符合することなし。ただ疑著しばらく時なるのみなり。
  われを排列しおきて尽界とせり、この尽界の頭頭物物を時時なりと覰見すべし。物物の相礙せざるは、時時の相礙せざるがごとし。このゆゑに同時発心あり、同心発時あり。および修行成道もかくのごとし。われを排列してわれこれをみるなり。自己の時なる道理、それかくのごとし。
  恁麼の道理なるゆゑに、尽地に万象百草あり、一草一象おのおの尽地にあることを参学すべし。かくのごとくの往来は、修行の発足なり。到恁麼の田地のとき、すなはち一草一象なり、会象不会象なり、会草不会草なり。正当恁麼時のみなるがゆゑに、有時みな尽時なり、有草有象ともに時なり。時時の時に尽有尽界あるなり。しばらくいまの時にもれたる尽有尽界ありやなしやと観想すべし。
  しかあるを、仏法をならはざる凡夫の時節にあらゆる見解は、有時のことばをきくにおもはく、あるときは三頭八臂となれりき、あるときは丈六金身となれりき。たとへば、河をすぎ、山をすぎしがごとくなりと。いまはその山河、たとひあるらめども、われすぎきたりて、いまは玉殿朱楼に処せり、山河とわれと、天と地となりとおもふ。
  しかあれども、道理この一條のみにあらず。いはゆる山をのぼり河をわたりし時にわれありき、われに時あるべし。われすでにあり、時さるべからず。時もし去来の相にあらずは、上山の時は有時の而今なり。時もし去来の相を保任せば、われに有時の而今ある、これ有時なり。かの上山渡河の時、この玉殿朱楼の時を呑却せざらんや、吐却せざらんや。
  三頭八臂はきのふの時なり、丈六八尺はけふの時なり。しかあれども、その昨今の道理、ただこれ山のなかに直入して、千峰万峰をみわたす時節なり、すぎぬるにあらず。三頭八臂もすなはちわが有時にて一経す、彼方にあるににたれども而今なり。
  丈六八尺も、すなはちわが有時にて一経す、彼処にあるににたれども而今なり。 しかあれば、松も時なり、竹も時なり。時は飛去するとのみ解会すべからず、飛去は時の能とのみは学すべからず。時もし飛去に一任せば、間隙ありぬべし。有時の道を経聞せざるは、すぎぬるとのみ学するによりてなり。要をとりていはば、尽界にあらゆる尽有は、つらなりながら時時なり。有時なるによりて吾有時なり。

  有時に経歴の功徳あり。いはゆる今日より明日に経歴す、今日より昨日に経歴す、昨日より今日に経歴す。今日より今日に経歴す、明日より明日に経歴す。経歴はそれ時の功徳なるがゆゑに。
  古今の時、かさなれるにあらず、ならびつもれるにあらざれども、靑原も時なり、黄檗も時なり、江西も石頭も時なり。自他すでに時なるがゆゑに、修証は諸時なり。入泥入水おなじく時なり。いまの凡夫の見、をよび見の因縁、これ凡夫のみるところなりといへども、凡夫の法にあらず、法しばらく凡夫を因縁せるのみなり。この時、この有は、法にあらずと学するがゆゑに、丈六金身はわれにあらずと認ずるなり。われを丈六金身にあらずとのがれんとする、またすなはち有時の片片なり、未証據者の看看なり。
  いま世界に排列せるむまひつじをあらしむるも、住法位の恁麼なる昇降上下なり。ねずみも時なり、とらも時なり、生も時なり、仏も時なり。この時、三頭八臂にて尽界を証し、丈六金身にて尽界を証す。それ尽界をもて尽界を界尽するを、究尽するとはいふなり。丈六金身をもて丈六金身するを、発心修行菩提涅槃と現成する、すなはち有なり、時なり。尽時を尽有と究尽するのみ。さらに剰法なし、剰法これ剰法なるがゆゑに。たとひ半究尽の有時も、半有時の究尽なり。たとひ蹉過すとみゆる形段も有なり。さらにかれにまかすれば、蹉過の現成する前後ながら、有時の住位なり。住法位の活撥々地なる、これ有時なり。無と動著すべからず、有と強為すべからず。時は一向にすぐるとのみ計功して、未到と解会せず。解会は時なりといへども、他にひかるる縁なし。去来と認じて、住位の有時と見徹せる皮袋なし。いはんや透関の時あらんや。たとひ住位を認ずとも、たれか既得恁麼の保任を道得せん。たとひ恁麼と道得せることひさしきを、いまだ面目現前を模索せざるなし。凡夫の有時なるに一任すれば、菩提涅槃もわづかに去来の相のみなる有時なり。
  おほよそ籮篭とどまらず有時現成なり。いま右界に現成し左方に現成する天王天衆、いまもわが尽力する有時なり。その余外にある水陸の衆有時、これわがいま尽力して現成するなり。冥陽に有時なる諸類諸頭、みなわが尽力現成なり、尽力経歴なり。わがいま尽力経歴にあらざれば、一法一物も現成することなし、経歴することなしと参学すべし。
  経歴といふは、風雨の東西するがごとく学しきたるべからず。尽界は不動転なるにあらず、不進退なるにあらず、経歴なり。経歴は、たとへば春のごとし。春に許多般の様子あり、これを経歴といふ。外物なきに経歴すると参学すべし。たとへば、春の経歴はかならず春を経歴するなり。経歴は春にあらざれども、春の経歴なるがゆゑに、経歴いま春の時に成道せり。審細に参来参去すべし。経歴をいふに、境は外頭にして、能経歴の法は東にむきて百千世界をゆきすぎて、百千劫をふるとおもふは、仏道の参学、これのみを専一にせざるなり。

 薬山弘道大師、ちなみに無際大師の指示によりて江西大寂禅師に参問す、三乗十二分教、某甲ほぼその宗旨をあきらむ。如何是祖師西来意(如何ならんか是れ祖師西来意)。
  かくのごとくとふに大寂禅師いはく、
有時教伊揚眉瞬目(ある時は伊をして眉を揚げ目を瞬がしむ)、 有時不教伊揚眉瞬目(ある時は伊をして眉を揚げ目を瞬がしめず)。
有時教伊揚眉瞬目者是(ある時は伊をして眉を揚げ目を瞬がしむる者是)、 有時教伊揚眉瞬目者不是(ある時は伊をして眉を揚げ目を瞬がしむる者不是なり)。
 薬山ききて大悟し、大寂にまうす、某甲かつて石頭にありし、蚊子の鉄牛にのぼれるがごとし。 大寂の道取するところ、余者とおなじからず。眉目は山海なるべし、山海は眉目なるゆゑに。その教伊揚は山をみるべし、その教伊瞬は海を宗すべし。是は伊に慣習せり、伊は教に誘引せらる。不是は不教伊にあらず、不教伊は不是にあらず、これらともに有時なり。
  山も時なり、海も時なり。時にあらざれば山海あるべからず、山海の而今に時あらずとすべからず。時もし壊すれば山海も壊す、時もし不壊なれば山海も不壊なり。この道理に、明星出現す、如来出現す、眼睛出現す、拈花出現す。これ時なり。時にあらざれば不恁麼なり。

  葉縣の帰省禅師は臨濟の法孫なり、首山の嫡嗣なり。あるとき大衆にしめしていはく、
有時意到句不到(有る時は意到りて句到らず)、 有時句到意不到(有る時は句到りて意到らず)。
有時意句両倶到(有る時は意句両つ倶に到る)、 有時意句倶不到(有る時は意句倶到らず)。
意句ともに有時なり、到不到ともに有時なり。到時未了なりといへども不到時来なり。意は驢なり、句は馬なり。馬を句とし、驢を意とせり。到それ来にあらず、不到これ未にあらず。有時かくのごとくなり。到は到に罣礙せられて不到に罣礙せられず。不到は不到に罣礙せられて到に罣礙せられず。意は意をさへ、意をみる。句は句をさへ、句をみる。礙は礙をさへ、礙をみる。礙は礙を礙するなり、これ時なり。礙は他法に使得せらるるといへども、他法を礙する礙いまだあらざるなり。我逢人なり、人逢人なり、我逢我なり、出逢出なり。これらもし時をえざるには、恁麼ならざるなり。
  又、意は現成公案の時なり、句は向上関棙の時なり。到は脱体の時なり、不到は即此離此の時なり。かくのごとく弁肯すべし、有時すべし。 向来の尊宿ともに恁麼いふとも、さらに道取すべきところなからんや。いふべし 意句半到也有時、 意句半不到也有時。 かくのごとく参究あるべきなり。
教伊揚眉瞬目也半有時、教伊揚眉瞬目也錯有時、 不教伊揚眉瞬目也錯錯有時。
  恁麼のごとく参来参去、参到参不到する、有時の時なり。

正法眼蔵有時第二十

仁治元年庚子開冬日書于興聖宝林寺寛元癸卯夏安居書寫 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:04
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 正 法 眼 蔵    古 鏡こきょう  第十九  
古 鏡

諸仏諸祖の受持し単伝するは古鏡なり。同見同面なり、同像同鋳なり、同参同証す。胡来胡現、十万八千、漢来漢現、一念万年なり。古来古現し、今来今現し、仏来仏現し、祖来祖現するなり。
第十八祖伽耶舍多尊者は、西域の摩提国の人なり。姓は鬱頭藍、父名天蓋、母名方聖。母氏かつて夢見にいはく、ひとりの大神、おほきなるかがみを持してむかへりと。ちなみに懐胎す、七日ありて師をむめり。師、はじめて生ぜるに肌体みがける瑠璃のごとし。いまだかつて洗浴せざるに自然に香潔なり。いとけなくより閑静をこのむ、言語よのつねの童子にことなり。うまれしより一の浄明の円鑑、おのづから同生せり。
円鑑とは円鏡なり、奇代の事なり。同生せりといふは、円鑑も母氏の胎よりむめるにはあらず。師は胎生す、師の出胎する同時に、円鑑きたりて、天真として師のほとりに現前して、ひごろの調度のごとくありしなり。この円鑑、その儀よのつねにあらず。童子むかひきたるには円鑑を両手にささげきたるがごとし、しかあれども童面かくれず。童子さりゆくには円鑑をおほうてさりゆくがごとし、しかあれども童身かくれず。童子睡眠するときは円鑑そのうへにおほふ、たとへば花蓋のごとし。童子端坐のときは円鑑その面前にあり。おほよそ動容進止にあひしたがふなり。しかのみにあらず、古来今の仏事、ことごとくこの円鑑にむかひてみることをう。また天上人間の衆事諸法、みな円鑑にうかみてくもれるところなし。たとへば、経書にむかひて照古照今をうるよりも、この円鑑よりみるはあきらかなり。
しかあるに、童子すでに出家受戒するとき、円鑑これより現前せず。このゆゑに近里遠方、おなじく奇妙なりと讃歎す。まことに此裟婆世界に比類すくなしといふとも、さらに他那裡に親族かくのごとくなる種胤あらんことを莫怪なるべし、遠慮すべし。まさにしるべし、若樹若石に化せる経巻あり、若田若里に流布する知識あり。かれも円鑑なるべし。いまの黄紙朱軸は円鑑なり、たれか師をひとへに希夷なりとおもはん。
あるとき出遊するに、僧伽難提尊者にあうて、直にすすみて難提尊者の前にいたる。尊者とふ、汝が手中なるはまさに何の所表かある。有何所表を問著にあらずとききて参学すべし。
師いはく、諸仏大円鑑、内外無瑕翳、両人同得見、心眼皆相似(諸仏の大円鑑は内外瑕翳なし。両人同じく得見あり、心と眼と皆相似たり)。
しかあれば、諸仏大円鑑、なにとしてか師と同生せる。師の生来は大円鑑の明なり。諸仏はこの円鑑に同参同見なり。諸仏は大円鑑の鋳像なり。大円鑑は、智にあらず理にあらず、性にあらず相にあらず。十聖三賢等の法のなかにも大円鑑の名あれども、いまの諸仏の大円鑑にあらず。諸仏かならずしも智にあらざるがゆゑに諸仏に智恵あり。智恵を諸仏とせるにあらず。
参学しるべし、智を説著するは、いまだ仏道の究竟説にあらざるなり。すでに諸仏大円鑑たとひわれと同生せりと見聞すといふとも、さらに道理あり。いわゆるこの大円鑑、この生に接すべからず、他生に接すべからず。玉鏡にあらず銅鏡にあらず、肉鏡にあらず髄鏡にあらず。円鑑の言偈なるか、童子の説偈なるか。童子この四句の偈をとくことも、かつて人に学習せるにあらず。かつて或従経巻にあらず、かつて或従知識にあらず。円鑑をささげてかくのごとくとくなり。師の幼稚のときより、かがみにむかふを常儀とせるのみなり。生知の弁恵あるがごとし。大円鑑の童子と同生せるか、童子の大円鑑と同生せるか、まさに前後生もあるべし。大円鑑は、すなはち諸仏の功徳なり。
このかがみ、内外にくもりなしといふは、外にまつ内にあらず、内にくもれる外にあらず。面背あることなし、両箇おなじく得見あり。心と眼とあひにたり。相似といふは、人の人にあふなり。たとひ内の形像も、心眼あり、同得見あり。たとひ外の形像も、心眼あり、同得見あり。いま現前せる依報正報、ともに内に相似なり、外に相似なり。われにあらず、たれにあらず、これは両人の相見なり、両人の相似なり。かれもわれといふ、われもかれとなる。
心と眼と皆相似といふは、心は心に相似なり、眼は眼に相似なり。相似は心眼なり。たとへば心眼各相似といはんがごとし。いかならんかこれ心の心に相似せる。いはゆる三祖六祖なり。いかならんかこれ眼の眼に相似なる。いはゆる道眼被眼礙(道眼、眼の礙を被る)なり。
いま師道得する宗旨かくのごとし。これはじめて僧伽難提尊者に奉覲する本由なり。この宗旨を挙拈して、大円鑑の仏面祖面を参学すべし、古鏡の眷属なり。

第三十三祖大鑑禅師、かつて黄梅山の法席に功夫せしとき、壁書して祖師に呈する偈にいはく、
菩提本無樹、
明鏡亦非台。
本来無一物、
何処有塵埃。
(菩提もと樹無し、明鏡また台に非ず。本来無一物、何れの処にか塵埃有らん。)
しかあれば、この道取を学取すべし。大鑑高祖、よの人これを古仏といふ。
圜悟禅師いはく、稽首曹谿真古仏。
しかあればしるべし、大鑑高祖の明鏡をしめす、本来無一物、何処有塵埃なり。明鏡非台、これ命脈あり、功夫すべし。明明はみな明鏡なり。かるがゆゑに明頭来明頭打といふ。いづれのところにあらざれば、いづれのところなし。いはんやかがみにあらざる一塵の、尽十方界にのこれらんや。かがみにあらざる一塵の、かがみにのこらんや。しるべし、尽界は塵刹にあらざるなり、ゆゑに古鏡面なり。

南嶽大恵禅師の会に、ある僧とふ、
如鏡鋳像、光帰何処(鏡の像の鋳るが如き、光何れの処にか帰す)。
師云、大徳未出家時相貌、向甚麼処去(大徳未出家時の相貌、甚麼の処に向つてか去る)。
僧曰、成後為甚麼不鑑照(成りて後、甚麼としてか鑑照せざる)。
師云、雖不鑑照、瞞他一点也不得(鑑照せずと雖も、他の一点をも瞞ずること、又不得なり)。
いまこの万像は、なにものとあきらめざるに、たづぬれば鏡を鋳成せる証明、すなはち師の道にあり。鏡は金にあらず玉にあらず、明にあらず像にあらずといへども、たちまちに鋳像なる、まことに鏡の究弁なり。
光帰何処は、如鏡鋳像の如鏡鋳像なる道取なり。たとへば、像帰像処(像は像の処に帰す)なり、鋳能鋳鏡(鋳は能く鏡を鋳る)なり。大徳未出家時相貌、向甚麼処去といふは、鏡をささげて照面するなり。このとき、いづれの面面かすなはち自己面ならん。
師いはく、雖不鑑照、瞞他一点也不得といふは、鑑照不得なり、瞞他不得なり。海枯不到露底(海枯れて底を露はすに到らず)を参学すべし、莫打破、莫動著(打破すること莫れ、動著すること莫れ)なり。しかありといへども、さらに参学すべし、拈像鋳鏡(像を拈じて鏡を鋳る)の道理あり。当恁麼時は、百千万の鑑照にて、瞞瞞点点なり。

雪峰真覚大師、あるとき衆にしめすにいはく、
要会此事、我這裡如一面古鏡相似。胡来胡現、漢来漢現(此の事を会せんと要せば、我這裡、一面の古鏡の如く相似なり。胡来胡現し、漢来漢現す)。
時玄沙出問、忽遇明鏡来時如何(時に玄沙出でて問ふ、忽ちに明鏡来に遇はん時、如何)。
師云、胡漢倶隠(胡漢倶に隠る)。
玄沙曰、某甲即不然(某甲は即ち然らず)。
峰云、你作麼生。
玄沙曰、請和尚問(請すらくは和尚問ふべし)。
峰云、忽遇明鏡来時如何(忽ち明鏡来に遇はん時如何)。
玄沙曰、百雑砕。
しばらく雪峰道の此事といふは、是什麼事と参学すべし。しばらく雪峰の古鏡をならひみるべし。如一面古鏡の道は、一面とは、辺際ながく断じて、内外さらにあらざるなり。一珠走盤の自己なり。いま胡来胡現は、一隻の赤鬚なり。漢来漢現は、この漢は、混沌よりこのかた、盤古よりのち、三才五才の現成せるといひきたれるに、いま雪峰の道には、古鏡の功徳の漢現せり。いまの漢は漢にあらざるがゆゑに、すなはち漢現なり。いま雪峰道の胡漢倶隠、さらにいふべし、鏡也自隠なるべし。
玄沙道の百雑砕は、道也須是恁麼道(道ふことは須らく是れ恁麼道なるべし)なりとも、比来責你、還吾砕片来。如何還我明鏡来(比雷你に責む、吾れに砕片を還し来れと。如何が我れに明鏡を還し来る)なり。
黄帝のとき十二面の鏡あり、家訓にいはく、天授なり。又広成子の崆峒山にして与授せりけるともいふ。その十二面のもちゐる儀は、十二時に時時に一面をもちゐる、又十二月に毎月毎面にもちゐる、十二年に年年面面にもちゐる。いはく、鏡は広成子の経典なり。黄帝に伝授するに、十二時等は鏡なり。これより照古照今するなり。十二時もし鏡にあらずよりは、いかでか照古あらん。十二時もし鏡にあらずは、いかでか照今あらん。いはゆる十二時は十二面なり、十二面は十二鏡なり、古今は十二時の所使なり。この道理を指示するなり。これ俗の道取なりといへども、漢現の十二時中なり。
軒轅黄帝膝行進崆峒、問道乎広成子(軒轅黄帝、膝行して崆峒に進んで、道を広成子に問ふ)。
于時広成子曰、鏡是陰陽本、治身長久。自有三鏡、云天、云地、云人。此鏡無視無聴。抱神以静、形将自正。必静必清、無労汝形、無搖汝精、乃可以長生(時に広成子曰く、鏡は是れ陰陽の本、身を治めて長久なり。自ら三鏡有り、云く天、云く地、云く人。此の鏡、無視なり、無聴なり。神を抱めて以て静に、形、将に自ら正しからんとす。必ず静にし必ず清にし、汝が形を労すること無く、汝が精を搖すことが無くんば、乃ち以て長生すべし)。
むかしはこの三鏡をもちて、天下を治し、大道を治す。この大道にあきらかなるを天地の主とするなり。俗のいはく、太宗は人をかがみとせり。安危理乱、これによりて照悉するといふ。三鏡のひとつをもちゐるなり。人を鏡とするとききては、博覽ならん人に古今を問取せば、聖賢の用舍をしりぬべし、たとへば、魏徴をえしがごとく、房玄齡をえしがごとしとおもふ。これをかくのごとく会取するは、太宗の人を鏡とすると道取する道理にはあらざるなり。人をかがみとすといふは、鏡を鏡とするなり、自己を鏡とするなり。五行を鏡とするなり、五常を鏡とするなり。人物の去来をみるに、来無迹、去無方を人鏡の道理といふ。賢不肖の万般なる、天象に相似なり。まことに経緯なるべし。人面鏡面、日面月面なり。五嶽の精および四涜の精、世をへて四海をすます、これ鏡の慣習なり。人物をあきらめて経緯をはかるを太宗の道といふなり、博覽人をいふにはあらざるなり。
日本国自神代有三鏡、璽之与剣、而共伝来至今。一枚在伊勢大神宮、一枚在紀伊国日前社、一枚在内裡内侍所(日本国、神代より三鏡有り。璽と剣と、而も共に伝来して今に至る。一枚は伊勢大神宮に在り、一枚は紀伊国日前社に在り、一枚は内裏内侍所に在り)。
しかあればすなはち、国家みな鏡を伝持すること、あきらかなり。鏡をえたるは国をえたるなり。人つたふらくは、この三枚の鏡は、神位とおなじく伝来せり、天神より伝来せりと相伝す。しかあれば、百練の銅も陰陽の化成なり。今来今現、古来古現ならん。これ古今を照臨するは、古鏡なるべし。
雪峰の宗旨は、新羅来新羅現、日本来日本現ともいふべし。天来天現、人来人現ともいふべし。現来をかくのごとくの参学すといふとも、この現いまわれらが本末をしれるにあらず、ただ現を相見するのみなり。かならずしも来現をそれ知なり、それ会なりと学すべきにあらざるなり。いまいふ宗旨は、胡来は胡現なりといふか。胡来は一條の胡来にて、胡現は一條の胡現なるべし。現のための来にあらず。古鏡たとひ古鏡なりとも、この参学あるべきなり。
玄沙出てとふ、たちまちに明鏡来にあはんに、いかん。
この道取、たづねあきらむべし。いまいふ明の道得は、幾許なるべきぞ。いはくの道は、その来はかならずしも胡漢にはあらざるを、これは明鏡なり、さらに胡漢と現成すべからずと道取するなり。明鏡来はたとひ明鏡来なりとも、二枚なるべからざるなり。たとひ二枚にあらずといふとも、古鏡はこれ古鏡なり、明鏡はこれ明鏡なり。古鏡あり明鏡ある証験、すなはち雪峰と玄沙と道取せり。これを仏道の性相とすべし。この玄沙の明鏡来の道話の七通八達なるとしるべし。八面玲瓏なること、しるべし。逢人には即出なるべし、出即には接渠なるべし。しかあれば、明鏡の明と古鏡の古と、同なりとやせん、異なりとやせん。明鏡に古の道理ありやなしや、古鏡に明の道理ありやなしや。古鏡といふ言によりて、明なるべしと学することなかれ。宗旨は吾亦如是あり、汝亦如是あり。西天諸祖亦如是の道理、はやく練磨すべし。祖師の道得に、古鏡は磨ありと道取す。明鏡もしかるべきか、いかん。まさにひろく諸仏諸祖の道にわたる参学あるべし。
雪峰道の胡漢倶隠は、胡も漢も、明鏡時は倶隠なりとなり。この倶隠の道理、いかにいふぞ。胡漢すでに来現すること、古鏡を相罣礙せざるに、なにとしてかいま倶隠なる。古鏡はたとひ胡来胡現、漢来漢現なりとも、明鏡来はおのづから明鏡来なるがゆゑに、古鏡現の胡漢は倶隠なるなり。しかあれば、雪峰道にも古鏡一面あり、明鏡一面あるなり。正当明鏡来のとき、古鏡現の胡漢を罣礙すべからざる道理、あきらめ決定すべし。いま道取する古鏡の胡来胡現、漢来漢現は、古鏡上に来現すといはず、古鏡裡に来現すといはず、古鏡外に来現すといはず、古鏡と同参来現すといはず。この道を聴取すべし。胡漢来現の時節は、古鏡の胡漢を現来せしむるなり、胡漢倶隠ならん時節も、鏡は存取すべきと道得せるは、現にくらく、来におろそかなり。錯乱といふにおよばざるものなり。
ときに玄沙いはく、某甲はすなはちしかあらず。
雪峰いはく、なんぢ作麼生。
玄沙いはく、請すらくは和尚とふべし。
いま玄沙のいふ請和尚問のことば、いたづらに蹉過すべからず。いはゆる和尚問の来なる、和尚問の請なる、父子の投機にあらずは、為甚如此(甚と為てか此の如くなる)なり。すでに請和尚問ならん時節は、恁麼人さだめて問処を若会すべし。すでに問処の霹靂するには、無廻避処なり。
雪峰いはく、忽遇明鏡来時如何。
この問処は、父子ともに参究する一條の古鏡なり。
玄沙いはく、百雑砕。
この道取は、百千万に雑砕するとなり。いはゆる忽遇明鏡来時は百雑砕なり。百雑砕を参得せんは明鏡なるべし。明鏡を道得ならしむるに、百雑砕なるべきがゆゑに。雑砕のかかれるところ、明鏡なり。さきに未雑砕なるときあり、のちにさらに不雑砕ならん時節を管見することなかれ。ただ百雑砕なり。百雑砕の対面は孤峻の一なり。しかあるに、いまいふ百雑砕は、古鏡を道取するか、明鏡を道取するか。更請一転語(更に一転語を請ふ)なるべし。また古鏡を道取するにあらず、明鏡を道取するにあらず。古鏡明鏡はたとひ問来得なりといへども、玄沙の道取を擬議するとき、砂礫牆壁のみ現前せる舌端となりて、百雑砕なりぬべきか。砕来の形段作麼生。
万古碧潭空海月。

雪峰真覚大師と三聖院恵然禅師と行次に、ひとむれの獼猴をみる。ちなみに雪峰いはく、この獼猴、おのおの一面の古鏡を背せり。
この語よくよく参学すべし。獼猴といふはさるなり。いかならんか雪峰のみる獼猴。かくのごとく問取して、さらに功夫すべし。経劫をかへりみることなかれ。おのおの一面の古鏡を背せりとは、古鏡たとひ諸仏祖面なりとも、古鏡は向上にも古鏡なり。獼猴おのおの面面に背せりといふは、面面に大面小面あらず、一面古鏡なり。背すといふは、たとへば、絵像の仏のうらをおしつくるを、背すとはいふなり。獼猴の背を背するに、古鏡にて背するなり。使得什麼糊来(什麼なる糊をか使得し来る)。こころみにいはく、さるのうらは古鏡にて背すべし、古鏡のうらは獼猴にて背するか。古鏡のうらを古鏡にて背す、さるのうらをさるにて背す。各背一面のことば、虚設なるべからず。道得是の道得なり。しかあれば、獼猴か、古鏡か。畢竟作麼生道。われらすでに獼猴か、獼猴にあらざるか。たれにか問取せん。自己の獼猴にある、自知にあらず、他知にあらず。自己の自己にある、模索およばず。
三聖いはく、歴劫無名なり、なにのゆゑにかあらはして古鏡とせん。
これは、三聖の古鏡を証明せる一面一枚なり。歴劫といふは、一心一念未萌以前なり、劫裡の不出頭なり。無名といふは、歴劫の日面月面、古鏡面なり、明鏡面なり。無名真箇に無名ならんには、歴劫いまだ歴劫にあらず。歴劫すでに歴劫にあらずは、三聖の道得これ道得にあらざるべし。しかあれども、一念未萌以前といふは今日なり。今日を蹉過せしめず練磨すべきなり。まことに歴劫無名、この名たかくきこゆ。なにをあらはしてか古鏡とする、龍頭蛇尾。
このとき三聖にむかひて、雪峰いふべし、古鏡古鏡と。
雪峰恁麼いはず、さらに瑕生也といふは、きずいできぬるとなり。いかでか古鏡に瑕生也ならんとおぼゆれども、古鏡の瑕生也は、歴劫無名とらいふをきずとせるなるべし、古鏡の瑕生也は全古鏡なり。三聖いまだ古鏡の瑕生也の窟をいでざりけるゆゑに、道来せる参究は一任に古鏡瑕なり。しかあれば、古鏡にも瑕生なり、瑕生なるも古鏡なりと参学する、これ古鏡を参学するなり。
三聖いはく、有什麼死急、話頭也不識(什麼の死急か有らん、話頭も不識)。
いはくの宗旨は、なにとしてか死急なる。いはゆるの死急は、今日か明日か、自己か他門か。尽十方界か、大唐国裡か。審細に功夫参学すべきものなり。話頭也不識は、話といふは、道来せる話あり、未道得の話あり、すでに道了也の話あり。いまは話頭なる道理現成するなり。たとへば、話頭も大地有 同時成道しきたれるか。さらに再全の錦にはあらざるなり。かるがゆゑに不識なり。対朕者不識なり、対面不相識なり。話頭はなきにあらず、祇是不識(祇是れ不識)なり、不識は條條の赤心なり、さらにまた明明の不見なり。
雪峰いはく、老僧罪過。
いはゆるは、あしくいひにけるといふにも、かくいふこともあれども、しかはこころうまじ。老僧といふことは、屋裡の主人翁なり。いはゆる余事を参学せず、ひとへに老僧を参学するなり。千変万化あれども、神面鬼面あれども、参学は唯老僧一著なり。仏来祖来、一念万年あれども、参学は唯老僧一著なり。罪過は住持事繁なり。
おもへばそれ、雪峰は徳山の一角なり、三聖は臨濟の神足なり。両位の尊宿、おなじく系譜いやしからず、青原の遠孫なり、南嶽の遠派なり。古鏡を住持しきたれる、それかくのごとし。晩進の亀鑑なるべし。

雪峰示衆云、世界闊一丈、古鏡闊一丈。世界闊一尺、古鏡闊一尺(世界闊きこと一丈なれば、古鏡闊きこと一丈なり。世界闊きこと一尺なれば、古鏡闊きこと一尺なり)。
時玄沙、指火爐云、且道、火爐闊多少(時に玄沙、火爐を指して云く、且く道ふべし、火爐闊きこと多少ぞ)。
雪峰云、似古鏡闊(古鏡の闊きに似たり)。
玄沙云、老和尚脚跟未点地在(老和尚、脚跟未だ地に点かざること在り)。
一丈、これを世界といふ、世界はこれ一丈なり。一尺、これを世界とす、世界これ一尺なり。而今の一丈をいふ、而今の一尺をいふ。さらにことなる尺丈にはあらざるなり。
この因縁を参学するに、世界のひろさは、よのつねにおもはくは、無量無辺の三千大千世界および無尽法界といふも、ただ小量の自己にして、しばらく隣里の彼方をさすがごとし。この世界を拈じて一丈とするなり。このゆゑに雪峰いはく、古鏡闊一丈、世界闊一丈。
この一丈を学せんには、世界闊の一端を見取すべし。
又古鏡の道を聞取するにも、一枚の薄氷の見をなす、しかにはあらず。一丈の闊は世界の闊一丈に同参なりとも、形興かならずしも世界の無端に斉肩なりや、同参なりやと功夫すべし。古鏡さらに一顆珠のごとくにあらず。明珠を見解することなかれ、方円を見取することなかれ。尽十方界たとひ一顆明珠なりとも、古鏡にひとしかるべきにあらず。
しかあれば、古鏡は胡漢の来現にかかはれず、縦横の玲瓏に條條なり。多にあらず、大にあらず、闊はその量を挙するなり、広をいはんとにはあらず。闊といふは、よのつねの二寸三寸といひ、七箇八箇とかぞふるがごとし。仏道の算数には、大悟不悟と算数するに、二両三両をあきらめ、仏仏祖祖と算数するに、五枚十枚を見成す。一丈は古鏡闊なり、古鏡闊は一枚なり。
玄沙のいふ火爐闊多少、かくれざる道得なり。千古万古にこれを参学すべし。いま火爐をみる、たれ人となりてかこれをみる。火爐をみるに、七尺にあらず、八尺にあらず。これは動執の時節話にあらず、新條特地の現成なり。たとへば是什麼物恁麼来なり。闊多少の言きたりぬれば、向来の多少は多少にあらざるべし。当処解脱の道理、うたがはざりぬべし。火爐の諸相諸量にあらざる宗旨は、玄沙の道をきくべし。現前の一団子、いたづらに落地せしむることなかれ、打破すべし。これ功夫なり。
雪峰いはく、如古鏡闊。
この道取、しづかに照顧すべし。火爐闊一丈といふべきにあらざれば、かくのごとく道取するなり。一丈といはんは道得是にて、如古鏡闊は道不是なるにあらず。如古鏡闊の行履をかがみるべし。おほく人のおもはくは、火爐闊一丈といはざるを道不是とおもへり。闊の独立をも功夫すべし、古鏡の一片をも鑑照すべし。如如の行李をも蹉過せしめざるべし。動容揚古路、不墮悄然機なるべし。
玄沙いはく、老漢脚跟未点地在。
いはくのこころは、老漢といひ、老和尚といへども、かならず雪峰にあらず。雪峰は老漢なるべきがゆゑに。脚跟といふはいづれのところぞと問取すべきなり、脚跟といふはなにをいふぞと参究すべし。参究すべしといふは、脚跟とは正法眼蔵をいふか、虚空をいふか、尽地をいふか、命脈をいふか、幾箇あるものぞ。一箇あるか、半箇あるか、百千万箇あるか。恁麼勤学すべきなり。
未点地在は、地といふは、是恁麼物なるぞ。いまの大地といふ地は、一類の所見に準じて、しばらく地といふ。さらに諸類、あるいは不思議解脱法門とみるあり、諸仏諸行道とみる一類あり。しかあれば、脚跟の点ずべき地は、なにものをか地とせる。地は実有なるか、実無なるか。又おほよそ地といふものは、大道のなかに寸許もなかるべきか。問来問去すべし、道他道己すべし。脚跟は点地也是なる、不点地也是なる。作麼生なればか未点地在と道取する。大地無寸土の時節は、点地也未、未点地也未なるべし。
しかあれば、老漢脚跟未点地在は、老漢の消息なり、脚跟の造次なり。

婺州金花山国泰院弘瑫禅師、ちなみに僧とふ、古鏡未磨時如何(古鏡未だ磨せざる時、如何)。
師云、古鏡。
僧云、磨後如何。
師云、古鏡。
しるべし、いまいふ古鏡は、磨時あり、未磨時あり、磨後あれども、一面に古鏡なり。しかあれば、磨時は古鏡の全古鏡を磨するなり。古鏡にあらざる水銀等を和して磨するにあらず。磨自、自磨にあらざれども、磨古鏡なり。未磨時は古鏡くらきにあらず。くろしと道取すれども、くらきにあらざるべし、活古鏡なり。おほよそ鏡を磨して鏡となす、塼を磨して鏡となす。塼を磨して塼となす、鏡を磨して塼となす。磨してなさざるあり、なることあれども磨することえざるあり。おなじく仏祖の家業なり。

江西馬祖むかし南嶽に参学せしに、南嶽かつて心印を馬祖に密受せしむ。磨塼のはじめのはじめなり。馬祖、伝法院に住してよのつねに坐禅すること、わづかに十余歳なり。雨夜の草庵、おもひやるべし、封雪の寒牀におこたるといはず。
南嶽あるとき馬祖の庵にいたるに、馬祖侍立す。
南嶽とふ、汝近日作什麼。
馬祖いはく、近日道一祇管打坐するのみなり。
南嶽いはく、坐禅なにごとをか図する。
馬祖いはく、坐禅は作仏を図す。
南嶽すなはち一片の塼をもちて、馬祖の庵のほとりの石にあてて磨す。
馬祖これをみてすなはちとふ、和尚、作什麼。
南嶽いはく、磨塼。
馬祖いはく、磨塼用作什麼。
南嶽いはく、磨作鏡。
馬祖いはく、磨塼豈得成鏡耶。
南嶽いはく、坐禅豈得作仏耶。
この一段の大事、むかしより数百歳のあひだ、人おほくおもふらくは、南嶽ひとへに馬祖を勧励せしむると。いまだかならずしもしかあらず。大聖の行履、はるかに凡境を出離せるのみなり。大聖もし磨塼の法なくは、いかでか為人の方便あらん。為人のちからは仏祖の骨髄なり。たとひ構得すとも、なほこれ家具なり。家具調度にあらざれば仏家につたはれざるなり。いはんやすでに馬祖を接することすみやかなり。はかりしりぬ、仏祖正伝の功徳、これ直指なることを。まことにしりぬ、磨塼の鏡となるとき、馬祖作仏す。馬祖作仏するとき、馬祖すみやかに馬祖となる。馬祖の馬祖となるとき、坐禅すみやかに坐禅となる。かるがゆゑに、塼を磨して鏡となすこと、古仏の骨髄に住持せられきたる。
しかあれば、塼のなれる古鏡あり、この鏡を磨しきたるとき、従来も未染汚なるなり。塼のちりあるにはあらず、ただ塼なるを磨塼するなり。このところに、作鏡の功徳の現成する、すなはち仏祖の功夫なり。磨塼もし作鏡せずは、磨鏡も作鏡すべからざるなり。たれかはかることあらん、この作に作仏あり、作鏡あることを。又疑著すらくは、古鏡を磨するとき、あやまりて塼と磨しなすことのあるべきか。磨時の消息は、余時のはかるところにあらず。しかあれども、南嶽の道、まさに道得を道得すべきがゆゑに、畢竟じてすなはちこれ磨塼作鏡なるべし。
いまの人も、いまの塼を拈じ磨してこころみるべし、さだめて鏡とならん。塼もし鏡とならずは、人ほとけになるべからず。塼を泥団なりとかろしめば、人も泥団なりとかろからん。人もし心あらば、塼も心あるべきなり。たれかしらん、塼来塼現の鏡子あることを。又たれかしらん、鏡来鏡現の鏡子あることを。

正法眼蔵古鏡第十九

仁治二年辛丑九月九日観音導利興聖宝林寺示衆
同四年癸卯正月十三日書寫于栴檀林裡

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:04
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正 法 眼 蔵    観音かんのん  第十八  
観 音

  雲巌無住大師、問道吾山修一大師、大悲菩薩、用許多手眼作麼(雲巌無住大師、道吾山修一大師に問ふ、大悲菩薩、許多の手眼を用ゐて作麼)。
  道悟曰、如人夜間背手摸枕子(人の夜間に手を背にして枕子を摸するが如し)。
  雲巌曰、我会也、我会也(我会せり、我会せり)。
  道悟曰、汝作麼生会(汝作麼生か会せる)。
  雲巌曰、遍身是手眼。
  道悟曰、道也太殺道、祇得八九成(道ふことは太殺道へり、ただ道得すること八九成なり)。
  雲巌曰、某甲祇如此(某甲はただ此の如し)、師兄作麼生。
  道悟曰、通身是手眼。
  道得観音は、前後の聞声ままにおほしといへども、雲巌道悟にしかず。観音を参学せんとおもはば、雲巌道悟のいまの道也を参究すべし。いま道取する大悲菩薩といふは、観世音菩薩なり、観自在菩薩ともいふ。諸仏の父母とも参学す、諸仏よりも未得道なりと参学することなかれ。過去正法明如来也。
  しかあるに、雲巌道の大悲菩薩、用許多手眼作麼の道を挙拈して、参究すべきなり。観音を保任せしむる家門あり、観音を未夢見なる家門あり。雲巌に観音あり、道悟と同参せり。ただ一両の観音のみにあらず、百千の観音、おなじく雲巌に同参す。観音を真箇に観音ならしむるは、ただ雲巌会のみなり。所以はいかん。雲巌道の観音と、余仏道の観音と、道得道不得なり。余仏道の観音はただ十二面なり、雲巌しかあらず。余仏道の観音はわづかに千手眼なり、雲巌しかあらず。余仏道の観音はしばらく八万四千手眼なり、雲巌しかあらず。なにをもつてかしかありとしる。
  いはゆる雲巌道の大悲菩薩用許多眼は、許多の道、ただ八万四千手眼のみにあらず、いはんや十二および三十二三の数般のみならんや。許多は、いくそばくといふなり。如許多の道なり、種般かぎらず。種般すでにかぎらずは、無辺際量にもかぎるべからざるなり。用許多のかず、その宗旨かくのごとく参学すべし。すでに無量無辺の辺量を超越せるなり。いま雲巌道の許多手眼の道を拈来するに、道悟さらに道不著といはず、宗旨あるべし。
  雲巌道悟はかつて薬山に同参の斉肩より、すでに四十年の同行として、古今の因縁を商量するに、不是処は剗却し是処は証明す。恁麼しきたれるに、今日は許多手眼と道取するに、雲巌道取し、道悟証明する、しるべし、両位の古仏、おなじく同道取せる許多手眼なり。許多手眼は、あきらかに雲巌道悟同参なり。いまは用作麼を道悟に問取するなり。この問取を、経師論師ならびに十聖三賢等の問取にひとしめざるべし。この問取は、道取を挙来せり、手眼を挙来せり。いま用許多手眼作麼と道取するに、この功業をちからとして成仏する古仏新仏あるべし。使許多手眼作麼とも道取しつべし、作什麼とも道取し、動什麼とも道取し、道什麼とも道取ありぬべし。
  道悟いはく、如人夜間背手摸枕子。
  いはゆる宗旨は、たとへば人の夜間に手をうしろにして枕子を模索するがごとし。模索するといふは、さぐりもとむるなり。夜間はくらき道得なり。なほ日裡看山と道取せんがごとし。用手眼は、如人夜間背手摸枕子なり。これをもて用手眼を学すべし。夜間を日裡よりおもひやると、夜間にして夜間なるときと、検点すべし。すべて昼夜にあらざらんときと、検点すべきなり。人の摸枕子せん、たとひこの儀すなはち観音の用手眼のごとくなる、会取せざれども、かれがごとくなる道理、のがれのがるべきにあらず。
  いまいふ如人の人は、ひとへに譬喩の言なるべきか。又この人は平常の人にして、平常の人なるべからざるか。もし仏道の平常人なりと学して、譬喩のみにあらずは、摸枕子に学すべきところあり。枕子も咨問すべき何形段あり。夜間も、人天昼夜の夜間のみなるべからず。しるべし、道取するは取得枕子にあらず、牽挽枕子にあらず、推出枕子にあらず。夜間背手摸枕子と道取する道悟の道底を検点せんとするに、眼の夜間をうる、見るべし、すごさざれ。手のまくらをさぐる、いまだ劑限を著手せず。背手の機要なるべくは、背眼すべき機要のあるか。夜間をあきらむべし。手眼世界なるべきか、人手眼のあるか、ひとり手眼のみ飛霹靂するか、頭正尾正なる手眼の一條両條なるか。もしかくのごとくの道理を検点すれば、用許多手眼はたとひありとも、たれかこれ大悲菩薩、ただ手眼菩薩のみきこゆるがごとし。
  恁麼いはば、手眼菩薩、用許多大悲菩薩作麼と問取しつべし。しるべし、手眼はたとひあひ罣礙せずとも、用作麼は恁麼用なり、用恁麼なり。恁麼道得するがごときは、徧手眼は不曽蔵なりとも、徧手眼と道得する期をまつべからず。不曽蔵の那手眼ありとも、這手眼ありとも、自己にはあらず、山海にはあらず、日面月面にあらず、即心是仏にあらざるなり。
  雲巌道の我会也、我会也は、道悟の道を我会するといふにあらず。用恁麼の手眼を道取に道得ならしむるには、我会也、我会也なり。無端用這裡なるべし、無端須入今日なるべし。
  道悟道の儞作麼生会は、いはゆる我会也、たとひ我会也なるを罣礙するにあらざれども、道悟に儞作麼生会の道取あり。すでにこれ我会儞会なり、眼会手会なからんや。現成の会なるか、未現成の会なるか。我会也の会を我なりとすとも、儞作麼生会に儞あることを功夫ならしむべし。
  雲巌道の遍身是手眼の出現せるは、夜間背手摸枕子を講誦するに、遍身これ手眼なりと道取せると参学する観音のみおほし。この観音たとひ観音なりとも、未道得なる観音なり。雲巌道の遍身是手眼といふは、手眼是身遍といふにあらず。遍はたとひ遍界なりとも、身手眼の正当恁麼は、遍の所遍なるべからず。身手眼にたとひ遍の功徳ありとも、攙奪行市の手眼にあらざるべし。手眼の功徳は、是と認ずる見取行取説取あらざるべし。手眼すでに許多といふ、千にあまり、万にあまり、八万四千にあまり、無量無辺にあまる。ただ遍身是手眼のかくのごとくあるのみにあらず、度生説法もかくのごとくなるべし、国土放光もかくのごとくなるべし。かるがゆゑに、雲巌道は遍身是手眼なるべし、手眼を遍身ならしむるにはあらずと参学すべし。遍身是手眼を使用すといふとも、動容進止せしむといふとも、動著することなかれ。
  道悟道取す、道也太殺道、祇道得八九成。
  いはくの宗旨は、道得は太殺道なり。太殺道といふは、いひあていひあらはす、のこれる未道得なしといふなり。いますでに未道得のつひに道不得なるべきのこりあらざるを道取するときは、祇道得八九成なり。
  いふ意旨の参学は、たとひ十成なりとも、道未尽なる力量にてあらば参究にあらず。道得は八九成なりとも、道取すべきを八九成に道取すると、十成に道取するとなるべし。当恁麼の時節に、百千万の道得に道取すべきを、力量の妙なるがゆゑに些子の力量を挙して、わづかに八九成に道得するなり。たとへば、尽十方界を百千万力に拈来するあらんも、拈来せざるにはすぐるべし。しかあるを、一力に拈来せんは、よのつねの力量なるべからず。いま八九成のこころ、かくのごとし。しかあるを、仏祖の祇道得八九成の道をききては、道得十成なるべきに、道得いたらずして八九成といふと会取す。仏法もしかくのごとくならば、今日にいたるべからず。いはゆるの八九成は、百千といはんがごとし、許多といはんがごとく参学すべきなり。すでに八九成と道取す、はかりしりぬ、八九にかぎるべからずといふなり。仏祖の道話、かくのごとく参学するなり。
  雲巌道の某甲祇如是、師兄作麼生は、道悟のいふ道得八九成の道を道取せしむるがゆゑに、祇如是と道取するなり。これ不留朕迹なりといへども、すなはち臂長衫袖短(臂長くして衫の袖短し)なり、わが適来の道を道未尽ながらさしおくを、某甲祇如是といふにはあらず。
  道悟いはく、通身是手眼。
  いはゆる道は、手眼たがひに手眼として通身なりといふにあらず、手眼の通身を通身是手眼といふなり。
  しかあれば、身はこれ手眼なりといふにはあらず。用許多手眼は、用手用眼の許多なるには、手眼かならず通身是手眼なるなり。用許多身心作麼と問取せんには、通身是作麼なる道得もあるべし。いはんや雲巌の遍と道悟の通と、道得尽、道未尽にはあらざるなり。雲巌の遍と道悟の通と、比量の論にあらずといへども、おのおの許多手眼は恁麼の道取あるべし。
  しかあれば、釈迦老子の道取する観音はわづかに千手眼なり、十二面なり、三十三身、八万四千なり。雲巌道悟の観音は許多手眼なり。しかあれども、多少の道にはあらず。雲巌道悟の許多手眼の観音を参学するとき、一切諸仏は観音の三昧を成八九成するなり。

  正法眼蔵観音第十八

   爾時仁治三年壬寅四月二十六日示

  いま仏法西来よりこのかた、仏祖おほく観音を道取するといへども、雲巌道悟におよばざるゆゑに、ひとりこの観音を道取す。
  永嘉真覚大師に、不見一法名如来、方得名為観自在(一法を見ざるを如来と名づく、方に名づけて観自在と為すことを得たり)の道あり。如来と観音と、即現此身なりといへども、他身にはあらざる証明なり。
  麻谷臨濟に正手眼の相見あり。許多の一一なり。
  雲門に見色明心、聞声悟道の観音あり。いづれの声色か見聞の観世音菩薩にあらざらん。
  百丈に入理の門あり、楞厳会に円通観音あり、法華会に普門示現観音あり。みな与仏同参なり、与山河大地同参なりといへども、なほこれ許多手眼の一二なるべし。

   仁治壬寅仲夏十日書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:04
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正 法 眼 蔵    恁 麼いんも  第十七  
恁 麼

雲居山弘覚大師は、洞山の嫡子なり。釈迦牟尼仏より三十九世の法孫なり、洞山宗の嫡祖なり。
一日示衆云、欲得恁麼事、須是恁麼人。既是恁麼人、何愁恁麼事。
いはゆるは、恁麼事をえんとおもふは、すべからくこれ恁麼人なるべし。すでにこれ恁麼人なり、なんぞ恁麼事をうれへん。この宗旨は、直趣無上菩提、しばらくこれを恁麼といふ。この無上菩提のていたらくは、すなはち尽十方界も無上菩提の少許なり。さらに菩提の尽界よりもあまるべし。われらもかの尽十方界のなかにあらゆる調度なり。なにによりてか恁麼あるとしる。いはゆる身心ともに尽界にあらはれて、われにあらざるゆゑにしかありとしるなり。
身すでにわたくしにあらず、いのちは光陰にうつされてしばらくもとどめがたし。紅顔いづくへかさりにし、たづねんとするに蹤跡なし。つらつら観ずるところに、往事のふたたびあふべからざるおほし。赤心もとどまらず、片片として往来す。たとひまことありといふとも、吾我のほとりにとどこほるものにあらず。恁麼なるに、無端に発心するものあり。この心おこるより、向来もてあそぶところをなげすてて、所未聞をきかんとねがひ、所未証を証せんともとむる、ひとへにわたくしの所為にあらず。しるべし、恁麼人なるゆゑにしかあるなり。なにをもつてか恁麼人にてありとしる、すなはち恁麼事をえんとおもふによりて恁麼人なりとしるなり。すでに恁麼人の面目あり、いまの恁麼事をうれふべからず。うれふるもこれ恁麼事なるがゆゑに、うれへにあらざるなり。又恁麼事の恁麼あるにも、おどろくべからず。たとひおどろきあやしまるる恁麼ありとも、さらにこれ恁麼なり。おどろくべからずといふ恁麼あるなり。これただ仏量にて量ずべからず、心量にて量ずべからず、法界量にて量ずべからず、尽界量にて量ずべからず。ただまさに既是恁麼人、何愁恁麼事なるべし。このゆゑに、声色の恁麼は恁麼なるべし、身心の恁麼は恁麼なるべし、諸仏の恁麼は恁麼なるべきなり。たとへば、因地倒者(地に因りて倒るる者)のときを恁麼なりと恁麼会なるに、必因地起(必ず地に因りて起く)の恁麼のとき、因地倒をあやしまざるなり。

古昔よりいひきたり、西天よりいひきたり、天上よりいひきたれる道あり。いはゆる若因地倒、還因地起、離地求起、終無其理(若し地に因りて倒るるは、還た地に因りて起く、地を離れて起きんと求むるは、終に其の理無けん)。
いはゆる道は、地によりてたふるるものはかならず地によりておく、地によらずしておきんことをもとむるは、さらにうべからずとなり。しかあるを挙拈して、大悟をうるはしとし、身心をもぬくる道とせり。このゆゑに、もし、いかなるか諸仏成道の道理なると問著するにも、地にたふるるものの地によりておくるがごとしといふ。これを参究して向来をも透脱すべし、末上をも透脱すべし、正当恁麼時をも透脱すべし。大悟不悟、却迷失迷、被悟礙、被迷礙。ともにこれ地にたふるるものの、地によりておくる道理なり。これ天上天下の道得なり、西天東地の道得なり、古往今来の道得なり、古仏新仏の道得なり。この道得、さらに道未尽あらず、道虧闕あらざるなり。
しかあれども、恁麼会のみにして、さらに不恁麼会なきは、このことばを参究せざるがごとし。たとひ古仏の道得は恁麼つたはれりといふとも、さらに古仏として古仏の道を聞著せんとき、向上の聞著あるべし。いまだ西天に道取せず、天上に道取せずといへども、さらに道著の道理あるなり。いはゆる地によりてたふるるもの、もし地によりておきんことをもとむるには、無量劫をふるに、さらにおくべからず。まさにひとつの活路よりおくることをうるなり。いはゆる地によりてたふるるものは、かならず空によりておき、空によりてたふるるものは、かならず地によりておくるなり。もし恁麼あらざらんは、つひにおくることあるべからず。諸仏諸祖、みなかくのごとくありしなり。
もし人ありて恁麼とはん、空と地と、あひさることいくそばくぞ。
恁麼問著せんに、かれにむかひて恁麼いふべし、空と地と、あひさること十万八千里なり。若因地倒、必因空起、離空求起、終無其理、若因空倒、必因地起、離地求起、終無其理(地に因りて倒るるがごときは、必ず空に因りて起く。空を離れて起きんと求むるは終に其の理無けん。空に因りて倒るるがごときは、必ず地に因りて起く。地を離れて起きんと求むるは終に其の理無けん)。
もしいまだかくのごとく道取せざらんは、仏道の地空の量、いまだしらざるなり、いまだみざるなり。

第十七代の祖師、僧伽難提尊者、ちなみに伽耶舍多、これ法嗣なり。あるとき、殿にかけてある鈴鐸の、風にふかれてなるをききて、伽耶舍多にとふ、風のなるとやせん、鈴のなるとやせん。
伽耶舍多まうさく、風の鳴にあらず、鈴の鳴にあらず、我心の鳴なり。
僧伽難提尊者いはく、心はまたなにぞや。
伽耶舍多まうさく、ともに寂静なるがゆゑに。
僧伽難提尊者いはく、善哉善哉、わが道を次べきこと、子にあらずよりはたれぞや。
つひに正法眼蔵を伝付す。
これは風の鳴にあらざるところに、我心鳴を学す。鈴のなるにあらざるとき、我心鳴を学す。我心鳴はたとひ恁麼なりといへども、倶寂静なり。
西天より東地につたはれ、古代より今日にいたるまで、この因縁を学道の標準とせるに、あやまるたぐひおほし。
伽耶舍多の道取する風のなるにあらず、鈴のなるにあらず、心のなるなりといふは、能聞の恁麼時の正当に念起あり、この念起を心といふ。この心念もしなくは、いかでか鳴響を縁ぜん。この念によりて聞を成ずるによりて、聞の根本といひぬべきによりて、心のなるといふなり。これは邪解なり。正師のちからをえざるによりてかくのごとし。たとへば、依主隣近の論師の釈のごとし。かくのごとくなるは仏道の玄学にあらず。
しかあるを、仏道の嫡嗣に学しきたれるには、無上菩提正法眼蔵、これを寂静といひ、無為といひ、三昧といひ、陀羅尼といふ道理は、一法わづかに寂静なれば、万法ともに寂静なり。風吹寂静なれば鈴鳴寂静なり。このゆゑに倶寂静といふなり。心鳴は風鳴にあらず、心鳴は鈴鳴にあらず、心鳴は心鳴にあらずと道取するなり。親切の恁麼なるを究弁せんよりは、さらにただいふべし、風鳴なり、鈴鳴なり、吹鳴なり、鳴鳴なりともいふべし。何愁恁麼事のゆゑに恁麼あるにあらず、何関恁麼事なるによりて恁麼なるなり。

第三十三祖大鑑禅師、未剃髪のとき、広州法性寺に宿するに、二僧ありて相論するに、一僧いはく、幡の動ずるなり。
一僧いはく、風の動ずるなり。
かくのごとく相論往来して休歇せざるに、六祖いはく、風動にあらず、幡動にあらず、仁者心動なり。
二僧ききてすみやかに信受す。
この二僧は西天よりきたれりけるなり。しかあればすなはち、この道著は風も幡も動も、ともに心にてあると、六祖は道取するなり。まさにいま六祖の道をきくといへども、六祖の道をしらず。いはんや六祖の道得を道取することをえんや。為甚麼恁麼道(甚麼としてか恁麼道ふ)。
いはゆる仁者心動の道をききて、すなはち仁者心動といはんとしては、仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり。いま六祖の兒孫として、六祖の道を道取し、六祖の身体髪膚をえて道取するには、恁麼いふべきなり。いはゆる仁者心動はさもあらばあれ、さらに仁者動といふべし。為甚麼恁麼道。
いはゆる動者動なるがゆゑに、仁者仁者なるによりてなり。既是恁麼人なるがゆゑに恁麼道なり。
六祖のむかしは新州の樵夫なり。山をもきはめ、水をもきはむ。たとひ青松の下に功夫して根源を截断せりとも、なにとしてか明窓のうちに従容して、照心の古教ありとしらん。澡雪たれにかならふ。いちにありて経をきく、これみづからまちしところにあらず、他のすすむるにあらず。いとけなくして父を喪し、長じては母をやしなふ。しらず、このころもにかかれりける一顆珠の乾坤を照破することを。たちまちに発明せしより、老母をすてて知識をたづぬ、人のまれなる儀なり。恩愛のたれかかろからん。法をおもくして恩愛をかろくするによりて棄恩せしなり。これすなはち有智若聞、即能信解(智有るもの若し聞かば、即ち能く信解す)の道理なり。
いはゆる智は、人に学せず、みづからおこすにあらず。智よく智につたはれ、智すなはち智をたづぬるなり。五百の蝙蝠は智おのづから身をつくる。さらに身なし、心なし。十千の游魚は智したしく身にてあるゆゑに、縁にあらず、因にあらずといへども、聞法すれば即解するなり。きたるにあらず、入にあらず。たとへば、東君の春にあふがごとし。智は有念にあらず、智は無念にあらず。智は有心にあらず、智は無心にあらず。いはんや大小にかかはらんや、いはんや迷悟の論ならんや。いふところは、仏法はいかにあることともしらず、さきより聞取するにあらざれば、したふにあらず、ねがふにあらざれども、聞法するに、恩をかろくし身をわするるは、有智の身心すでに自己にあらざるがゆゑにしかあらしむるなり。これを即能信解といふ。しらず、いくめぐりの生死にか、この智をもちながら、いたづらなる塵労にめぐる。なほし石の玉をつつめるが、玉も石につつまれりともしらず、石も玉をつつめりともしらざるがごとし。人これをしる、人これを採。これすなはち玉の期せざるところ、石のまたざるところ、石の知見によらず、玉の思量にあらざるなり。すなはち人と智とあひしらざれども、道かならず智にきかるるがごとし。
無智疑怪、即為永失(智無きは疑怪す、即ち為めに永く失ふ)といふ道あり。智かならずしも有にあらず、智かならずしも無にあらざれども、一時の春松なる有あり、秋菊なる無あり。この無智のとき、三菩提みな疑怪となる、尽諸法みな疑怪なり。このとき永失即為なり。所聞すべき道、所証なるべき法、しかしながら疑怪なり。われにあらず、遍界かくるるところなし。たれにあらず、万里一條鉄なり。たとひ恁麼して抽枝なりとも、十方仏土中、唯有一乗法なり。たとひ恁麼して葉落すとも、是法住法位、世間相常住なり。既是恁麼事なるによりて、有智と無智と、日面と月面となり。
恁麼人なるがゆゑに、六祖も発明せり。つひにすなはち黄梅山に参じて大満禅師を拝するに、行堂に投下せしむ。昼夜に米を碓こと、わづかに八箇月をふるほどに、あるとき夜ふかく更たけて、大満みづからひそかに碓房にいたりて六祖にとふ、米白也未(米白まれりや未だしや)と。
六祖いはく、白也未有篩在(白けれども未だ篩ること有らず)。
大満つゑして臼をうつこと三下するに、六祖、箕にいれる米をみたび簸る。このときを、師資の道あひかなふといふ。みづからもしらず、他も不会なりといへども、伝法伝衣、まさしく恁麼の正当時節なり。

南嶽山無際大師、ちなみに薬山とふ、三乗十二分教某甲粗知。嘗聞南方直指人心、見性成仏、実未明了。伏望和尚、慈悲指示(三乗十二分教は某甲粗知れり。嘗て聞く、南方の直指人心、見性成仏、実に未だ明了ならず。伏望すらくは和尚、慈悲をもて指示したまはんことを)。
これ薬山の問なり。薬山は本為講者なり。三乗十二分教は通利せりけるなり。しかあれば、仏法さらに昧然なきがごとし。むかしは別宗いまだおこらず、ただ三乗十二分教をあきらむるを教学の家風とせり。いまの人おほく鈍致にして、各各の宗旨をたてて仏法を度量する、仏道の法度にあらず。
大師いはく、恁麼也不得、不恁麼也不得、恁麼不恁麼縈不得、汝作麼生(恁麼も不得、不恁麼も不得なり、恁麼不恁麼縈に不得なり。汝作麼生)。
これすなはち大師の薬山のためにする道なり。まことにそれ恁麼不恁麼縈不得なるゆゑに、恁麼不得なり、不恁麼不得なり。恁麼は恁麼をいふなり。有限の道用にあらず、無限の道用にあらず、恁麼は不得に参学すべし、不得は恁麼に問取すべし。這箇の恁麼および不得、ひとへに仏量のみにかかはれるにあらざるなり。会不得なり、悟不得なり。
曹谿山大鑑禅師、ちなみに南嶽大慧禅師にしめすにいはく、是什麼物恁麼来。
この道は、恁麼はこれ不疑なり、不会なるがゆゑに、是什麼物なるがゆゑに、万物まことにかならず什麼物なると参究すべし。一物まことにかならず什麼物なると参究すべし。什麼物は疑著にはあらざるなり、恁麼来なり。

正法眼蔵恁麼第十七

爾時仁治三年壬寅三月二十日在于観音導利興聖悪林寺示衆
寛元元年癸卯四月十四日書寫之侍者寮 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:04
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正法眼蔵   行持ぎょうじ   下 第十六
行持 下

 真丹初祖の西来東土は、般若多羅尊者の教敕なり。航海三載の霜華、その風雪いたましきのみならんや、雲煙いくかさなりの嶮浪なりとかせん。不知のくににいらんとす、身命ををしまん凡類、おもひよるべからず。これひとへに伝法救迷情の大慈よりなれる行持なるべし。伝法の自己なるがゆゑにしかあり、伝法の遍界なるがゆゑにしかあり。尽十方界は真実道なるがゆゑにしかあり、尽十方界自己なるがゆゑにしかあり、尽十方界尽十方界なるがゆゑにしかあり。いづれの生縁か王宮にあらざらん、いづれの王宮か道場をさへん。このゆゑにかくのごとく西来せり。救迷情の自己なるゆゑに驚疑なく、怖畏せず。救迷情の遍界なるゆゑに驚疑せず、怖畏なし。ながく父王の国土を辞して、大舟をよそほうて、南海をへて広州にとづく。使船の人おほく、巾瓶の僧あまたありといへども、史者失録せり。著岸よりこのかた、しれる人なし。すなはち梁代の普通八年丁未歳九月二十一日なり。
 広州の刺史蕭昂といふもの、主礼をかざりて迎接したてまつる。ちなみに表を修して武帝にきこゆる、蕭昂が勤恪なり。武帝すなはち奏を覽じて、欣絓して、使に詔をもたせて迎請したてまつる。すなはちそのとし十月一日なり。
初祖金陵にいたりて、梁武と相見するに、
 梁武とふ、朕即位已来、造寺写経度僧、不可勝紀、有何功徳(朕即位よりこのかた、造寺写経度僧、勝げて紀すべからず、何の功徳か有る)。
 師曰、竝無功徳(竝びに功徳無し)。
 帝曰、何以無功徳(何を以ってか功徳無きと)。
 師曰、此但人天小果、有漏之因。如影随形、雖有非実(此れは但人天の小果、有漏の因なり。影の形に随ふが如し、有りと雖も実に非ず)。
 帝曰、如何是真功徳(如何ならんか是れ真の功徳なる)。
 師曰、浄智妙円、体自空寂。如是功徳、不以世求(浄智妙円、体自ら空寂なり。是の如き功徳は、世を以て求めず)。
 帝又問、如何是聖諦第一義諦(如何ならんか是れ聖諦第一義諦)。
 師曰く、廓然無聖。
 帝曰く、対朕者誰(朕に対する者は誰そ)。
 師曰く、不識。
 帝、不領悟。師、知機不契(帝領悟せず。師、機の不契なるを知る)。
 ゆゑにこの十月十九日、ひそかに江北にゆく。そのとし十一月二十三日、洛陽にいたりぬ。嵩山少林寺に寓止して、面壁而坐、終日黙然なり。しかあれども、魏主も不肖にしてしらず、はぢつべき理もしらず。

 師は南天竺の刹利種なり、大国の皇子なり。大国の王宮、その法ひさしく慣熟せり。小国の風俗は、大国の帝者に為見のはぢつべきあれども、初祖、うごかしむるこころあらず。くにをすてず、人をすてず。ときに菩提流支の訕謗を救せず、にくまず。光統律師が邪心をうらむるにたらず、きくにおよばず。かくのごとくの功徳おほしといへども、東地の人物、ただ尋常の三蔵および経論師のごとくにおもふは至愚なり。小人なるゆゑなり。あるいはおもふ、禅宗とて一途の法門を開演するが、自余の論師等の所云も、初祖の正法もおなじかるべきとおもふ。これは仏法を濫穢せしむる小畜なり。
 初祖は釈迦牟尼仏より二十八世の嫡嗣なり、父王の大国をはなれて、東地の衆生を救済する、たれのかたをひとしくするかあらん。もし、祖師西来せずは、東地の衆生いかにしてか仏正法を見聞せん。いたづらに名相の沙石にわづらふのみならん。いまわれらがごときの辺地遠方の披毛戴角までも、あくまで正法をきくことをえたり。いまは田夫農父、野老村童までも見聞する、しかしながら祖師航海の行持にすくはるるなり。西天と中華と、土風はるかに勝劣せり、方俗はるかに邪正あり。大忍力の大慈にあらずよりは、伝持法蔵の大聖、むかふべき処在にあらず。住すべき道場なし、知人の人まれなり。しばらく嵩山に掛錫すること九年なり。人これを壁観婆羅門といふ。史者これを習禅の列に編集すれども、しかにはあらず。仏仏嫡嫡相伝する正法眼蔵、ひとり祖師のみなり。

 石門林間録云、菩提達磨、初自梁之魏。経行嵩山之下、倚杖於少林。面壁燕坐而已、非習禅也。久之人莫測其故。因以達磨為習禅。夫禅那、諸行之一耳。何足以尽聖人。而当時之人、以之、為史者、又従而伝於習禅之列、使予枯木死灰之徒為伍。雖然、聖人非止於禅那、而亦不違禅那。如易出于陰陽、而亦不違乎陰陽(石門の林間録に云く、菩提達磨、初め梁より魏に之く。嵩山の下に経行し、少林に倚杖す。面壁燕坐するのみなり、習禅には非ず。久しくなりて人其の故を測ること莫し。因て達磨を以て習禅とす。夫れ禅那は、諸行の一のみなり。何ぞ以て聖人を尽すに足らん。而も当時の人、之を以てし、為史の者、又従へて習禅の列に伝ね、枯木死灰の徒と伍ならしむ。然りと雖も、聖人はただ禅那のみ非ず、而も亦禅那に違せず。易の陰陽より出でて、而も亦陰陽に違せざるが如し)。
 梁武初見達磨之時、即問、如何是聖諦第一義(梁武初めて達磨を見し時、即ち問ふ、如何ならんか是れ聖諦第一義)。
 答曰、廓然無聖。
 進曰、対朕者誰(朕に対する者は誰そ)。
 又曰、不識。
 使達磨不通方言、則何於是時、使能爾耶(使達磨方言に不通ならんには、則ち何ぞ是の時に於て、能くしかあらしむるにいたらんや)。
 しかあればすなはち、梁より魏へゆくことあきらけし。嵩山に経行して少林に倚杖す。面壁燕坐すといへども、習禅にはあらざるなり。一卷の経書を将来せざれども、正法伝来の正主なり。しかあるを、史者あきらめず、習禅の篇につらぬるは、至愚なり、かなしむべし。
 かくのごとくして嵩山に経行するに、犬あり、尭をほゆ。あはれむべし、至愚なり。たれのこころあらんか、この慈恩をかろくせん。たれのこころあらんか、この恩を報ぜざらん。世恩なほわすれず、おもくする人おほし、これを人といふ。祖師の大恩は父母にもすぐるべし、祖師の慈愛は親子にもたくらべざれ。
 われらが卑賎おもひやれば、驚怖しつべし。中土をみず、中華にむまれず、聖をしらず、賢をみず、天上にのぼれる人いまだなし、人心ひとへにおろかなり。開闢よりこのかた化俗の人なし、国をすますときをきかず。いはゆるは、いかなるか清、いかなるか濁としらざるによる。二柄三才の本末にくらきによりてかくのごとくなり。いはんや五才の盛衰をしらんや。この愚は、眼前の声色にくらきによりてなり。くらきことは、経書をしらざるによりてなり、経書に師なきによりてなり。その師なしといふは、この経書いく十卷といふことをしらず、この経いく百偈、いく千言としらず、ただ文の説相をのみよむ。いく千偈、いく万言といふことをしらざるなり。すでに古経をしり、古書をよむがごときは、すなはち慕古の意旨あるなり。慕古のこころあれば、古経きたり現前するなり。漢高祖および魏太祖、これら天象の偈をあきらめ、地形の言をつたへし帝者なり。かくのごときの経典あきらむるとき、いささか三才あきらめきたるなり。いまだかくのごとくの聖君の化にあはざる百姓のともがらは、いかなるを事君とならひ、いかなるを事親とならふとしらざれば、君子としてもあはれむべきものなり。親族としてもあはれむべきなり。臣となれるも子となれるも、尺璧もいたづらにすぎぬ、寸陰もいたづらにすぎぬるなり。かくのごとくなる家門にむまれて、国土のおもき職なほさづくる人なし、かろき官位なほをしむ。にごれるときなほしかあり、すめらんときは見聞もまれならん。かくのごときの辺地、かくのごときの卑賎の身命をもちながら、あくまで如来の正法をきかんみちに、いかでかこの卑賎の身命ををしむこころあらん。をしんでのちになにもののためにかすてんとする。おもくかしこからん、なほ法のためにをしむべからず、いはんや卑賎の身命をや。たとひ卑賎なりといふとも、為道為法のところにをしまずすつることあらば、上天よりも貴なるべし、輪王よりも貴なるべし、おほよそ天神地祇、三界衆生よりも貴なるべし。
 しかあるに初祖は南天竺国香至王の第三皇子なり。すでに天竺国の帝胤なり、皇子なり。高貴のうやまふべき、東地辺国には、かしづきたてまつるべき儀もいまだしらざるなり。香なし、花なし、坐褥おろそかなり、殿台つたなし。いはんやわがくには、遠方の絶岸なり、いかでか大国の皇をうやまふ儀をしらん。たとひならふとも、迂曲してわきまふべからざるなり。諸侯と帝者と、その儀ことなるべし、その礼も軽重あれどもわきまへしらず。自己の貴賎をしらざれば、自己を保任せず。自己を保任せざれば、自己の貴賎もともあきらむべきなり。初祖は釈尊第二十八世の附法なり。道にありてよりこのかた、いよいよおもし。かくのごとくなる大聖至尊、なほ師敕によりて身命ををしまざるは伝法のためなり、救生のためなり。真丹国には、いまだ初祖西来よりさきに嫡嫡単伝の仏子をみず、嫡嫡面授の祖面を面授せず、見仏いまだしかりき。のちにも初祖の遠孫のほか、さらに西来せざるなり。曇花の一現はやすかるべし、年月をまちて算数しつべし、初祖の西来はふたたびあるべからざるなり。しかあるに、祖師の遠孫と称ずるともがらも、楚国の至愚にゑうて、玉石いまだわきまへず、経師論師を斉肩すべきとおもへり。少聞薄解によりてしかあるなり。宿殖般若の正種なきやからは祖道の遠孫とならず、いたづらに名相の邪路に足令跰するもの、あはれむべし。
梁の普通よりのち、なほ西天にゆくものあり、それなにのためぞ。至愚のはなはだしきなり。悪業のひくによりて、他国に足令跰するなり。歩歩に謗法の邪路におもむく、歩歩に親父の家郷を逃逝す、なんだち西天にいたりてなんの所得かある。ただ山水に辛苦するのみなり。西天の東来する宗旨を学せずは、仏法の東漸をあきらめざるによりて、いたづらに西天に迷路するなり。仏法をもとむる名称ありといへども、仏法をもとむる道念なきによりて、西天にしても正師にあはず、いたづらに論師経師にのみあへり。そのゆゑは、正師は西天にも現在せれども、正法をもとむる正心なきによりて、正法なんだちが手にいらざるなり。西天にいたりて正師をみたるといふたれか、その人いまだきこえざるなり。もし正師にあはば、いくそばくの名称をも自称せん。なきによりて自称いまだあらず。
 また真丹国にも、祖師西来よりのち、経論に倚解して、正法をとぶらはざる僧侶おほし。これ経論を披閲すといへども経論の旨趣にくらし。この黒業は今日の業力のみにあらず、宿生の悪業力なり。今生つひに如来の真訣をきかず、如来の正法をみず、如来の面授にてらされず、如来の仏心を使用せず、諸仏の家風をきかざる、かなしむべき一生ならん。隋唐宋の諸代、かくのごときのたぐひおほし、ただ宿殖般若の種子ある人は、不期に入門せるも、あるは算沙の業を解脱して、祖師の遠孫となれりしは、ともに利根の機なり、上上の機なり、正人の正種なり。愚蒙のやから、ひさしく経論の草庵に止宿するのみなり。しかあるに、かくのごとくの嶮難あるさかひを辞せずといはず、初祖西来する玄風、いまなほあふぐところに、われらが臭皮袋を、をしんでつひになににかせん。
 香厳禅師いはく、計千方只為身、不知身是筭中塵。
 莫言白髪無言語、此是黄泉伝語人。
 (百計千方只身の為なり、知らず、身は是れ筭の中の塵なること。言ふこと莫れ白髪に言語無しと、此れは是れ黄泉伝語の人なり。)
 しかあればすなはち、をしむにたとひ百計千方をもてすといふとも、つひにはこれ筭中一堆の塵と化するものなり。いはんやいたづらに小国の王民につかはれて、東西に馳走いるあひだ、千辛万苦いくばくの身心をかくるしむる。義によりては身命をかろくす、殉死の礼わすれざるがごし。恩につかはるる前途、ただ暗頭の雲霧なり。小臣につかはれ、民間に身命をすつるもの、むかしよりおほし。をしむべき人身なり、道器となりぬべきゆゑに。いま正法にあふ、百千恆沙の身命をすてても正法を参学すべし。いたづらなる小人と、広大深遠の仏法と、いづれのためにか身命をすつべき。賢不肖ともに進退にわづらふべからざるものなり。
 しづかにおもふべし、正法よに流布せざらんときは、身命を正法のために抛捨せんことをねがふともあふべからず。正法にあふ今日のわれらをねがふべし、正法にあうて身命をすてざるわれらを慚愧せん。はづべくは、この道理をはづべきなり。しかあれば、祖師の大恩を報謝せんことは、一日の行持なり。自己の身命をかへりみることなかれ。禽獣よりもおろかなる恩愛、をしんですてざることなかれ。たとひ愛惜すとも、長年のともなるべからず。あくたのごとくなる家門、たのみてとどまることなかれ。たとひとどまるとも、つひの幽棲にあらず。むかし仏祖のかしこかりし、みな七宝千子をなげすて、玉殿朱楼をすみやかにすつ。涕唾のごとくみる、糞土のごとくみる。これらみな、古来の仏祖の古来の仏祖を報謝しきたれる知恩報恩の儀なり。病雀なほ恩をわすれず、三府の環よく報謝あり。窮亀なほ恩をわすれず、余不の印よく報謝あり。かなしむべし、人面ながら畜類よりも愚劣ならんことは。
 いまの見仏聞法は、仏祖面面の行持よりきたれる慈恩なり。仏祖もし単伝せずは、いかにしてか今日にいたらん。一句の恩なほ報謝すべし、一法の恩なほ報謝すべし。いはんや正法眼蔵無上大法の大恩、これを報謝せざらんや。一日に無量恆河沙の身命すてんこと、ねがふべし。法のためにすてんかばねは、世世のわれら、かへりて礼拝供養すべし。諸天龍神ともに恭敬尊重し、守護讃歎するところなり、道理それ必然なるがゆゑに。
 西天竺国には、髑髏をうり髑髏をかふ婆羅門の法、ひさしく風聞せり。これ聞法の人の髑髏形骸の功徳おほきことを尊重するなり。いま道のために身命をすてざれば、聞法の功徳いたらず。身命をかへりみず聞法するがごときは、その聞法成熟するなり。この髑髏は、尊重すべきなり。いまわれら、道のためにすてざらん髑髏は、他日にさらされて野外にすてらるとも、たれかこれを礼拝せん、たれかこれを売買せん。今日の精魂、かへりてうらむべし。鬼の先骨をうつありき、天の先骨を礼せしあり。いたづらに塵土に化するときをおもひやれば、いまの愛惜なし、のちのあはれみあり。もよほさるるところは、みん人のなみだのごとくなるべし。いたづらに塵土に化して人にいとはれん髑髏をもて、よくさいはひに仏正法を行持すべし。
 このゆゑに、寒苦をおづることなかれ、寒苦いまだ人をやぶらず、寒苦いまだ道をやぶらず。ただ不修をおづべし、不修それ人をやぶり、道をやぶる。暑熱をおづることなかれ、暑熱いまだ人をやぶらず、暑熱いまだ道をやぶらず。不修よく人をやぶり、道をやぶる。麥をうけ、蕨をとるは、道俗の勝躅なり。血をもとめ、乳をもとめて、鬼畜にならはざるべし。ただまさに行持なる一日は、諸仏の行履なり。

 真丹第二祖大祖正宗普覚大師は、神鬼ともに嚮慕す、道俗おなじく尊重せし高徳の師なり、曠達の士なり。伊洛に久居して群書を博覽す。くにのまれなりとするところ、人のあひがたきなり。法高徳重のゆゑに、神物倏見して、祖にかたりていふ、
 将欲受果、何滞此耶。大道匪遠、汝其南矣(将に受果を欲はば、何ぞ此に滞るや。大道遠きに匪ず、汝其れ南へゆくべし)。
 あくる日、にはかに頭痛すること刺がごとし。其師洛陽龍門香山宝浄禅師、これを治せんとするときに、
 空中有声曰、此乃換骨、非常痛也(空中に声有りて曰く、此れ乃ち骨を換ふるなり、常の痛みに非ず)。
 祖遂以見神事、白于師。師視其頂骨、即如五峰秀出矣。乃曰、汝相吉祥、当有所証。神汝南者、斯則少林寺達磨大士、必汝之師也(祖遂に見神の事を以て、師に白す、師その頂骨を視るに、即ち五峰の秀出せるが如し。乃ち曰く、汝が相、吉祥なり、当に所証有るべし。神の汝南へゆけといふは、斯れ則ち少林寺の達磨大士、必ず汝が師なり)。
 この教をききて、祖すなはち少室峰に参ず。神はみづからの久遠修道の守道神なり。このとき窮臈寒天なり。十二月初九夜といふ。天大雨雪ならずとも、深山高峰の冬夜は、おもひやるに、人物の窓前に立地すべきにあらず。竹節なほ破す、おそれつべき時候なり。しかあるに、大雪匝地、埋山沒峰なり。破雪して道をもとむ、いくばくの嶮難なりとかせん。つひに祖室にとづくといへども、入室ゆるされず、顧眄せざるがごとし。この夜、ねぶらず、坐せず、やすむことなし。堅立不動にしてあくるをまつに、夜雪なさけなきがごとし。ややつもりて腰をうづむあひだ、おつるなみだ滴滴こほる。なみだをみるになみだをかさぬ、身をかへりみて身をかへりみる。
自惟すらく、
 昔人求道、敲骨取髄、刺血済饑。布髪淹泥、投崖邙虎。古尚若此、我又何人(昔の人、道を求むるに、骨を敲ちて髄を取り、血を刺して饑ゑたるを済ふ。髪を布きて泥を淹ひ、崖に投げて虎に邙ふ。古尚此の若し、我又何人ぞ)。
 かくのごとくおもふに、志気いよいよ励志あり。
 いまいふ古尚若此、我又何人を、晩進もわすれざるべきなり。しばらくこれをわするるとき、永劫の沈溺あるなり。
 かくのごとく自惟して、法をもとめ道をもとむる志気のみかさなる。澡雪の操を操とせざるによりて、しかありけるなるべし。遅明のよるの消息、はからんとするに肝膽もくだけぬるがごとし。ただ身毛の寒怕せらるるのみなり。
 初祖、あはれみて昧旦にとふ、汝久立雪中、当求何事(汝、久しく雪中に立つて、当に何事をか求むる)。
かくのごとくきくに、二祖、悲涙ますますおとしていはく、惟願和尚、慈悲開甘露門、広度群品(惟し願はくは和尚、慈悲をもて甘露門を開き、広く群品を度すべし)。
 かくのごとくまうすに、
 初祖曰、諸仏無上妙道、曠劫精勤、難行能行、非忍而忍。豈以小徳小智、軽心慢心、欲冀真乗、徒労勤苦(諸仏無上の妙道は、曠劫に精勤して難行能行す、非忍にして忍なり。豈小徳小智、軽心慢心を以て、真乗を冀はんとせん、徒労に勤苦ならん)。
 このとき、二祖ききていよいよ誨励す。ひそかに利刀をとりて、みづから左臂を断て、置于師前するに、初祖ちなみに二祖これ法器なりとしりぬ。
 乃曰、諸仏最初求道、為法忘形。汝今断臂吾前、求亦可在(諸仏、最初に道を求めしとき、法の為に形を忘じき。汝今臂を吾が前に断ず、求むること亦可なること在り)。
 これより堂奥にいる。執侍八年、勤労千万、まことにこれ人天の大依怙なるなり、人天の大導師なるなり。かくのごときの勤労は、西天にもきかず、東地はじめてあり。
 破顔は古をきく、得髄は祖に学す。しづかに観想すらくは、初祖いく千万の西来ありとも、二祖もし行持せずば、今日の飽学措大あるべからず。今日われら正法を見聞するたぐひとなれり、祖の恩かならず報謝すべし。その報謝は、余外の法はあたるべからず、身命も不足なるべし、国城もおもきにあらず。国城は他人にもうばはる、親子にもゆづる。身命は無常にもまかす、主君にもまかす、邪道にもまかす。しかあれば、これを挙して報謝に擬するに不道なるべし。ただまさに日日の行持、その報謝の正道なるべし。
 いはゆるの道理は、日日の生命を等閑にせず、わたくしにつひやさざらんと行持するなり。そのゆゑはいかん。この生命は、前来の行持の余慶なり、行持の大恩なり。いそぎ報謝すべし。かなしむべし、はづべし、仏祖行持の功徳分より生成せる形骸を、いたづらなる妻子のつぶねとなし、妻子のもちあそびにまかせて、破落ををしまざらんことは。邪狂にして身命を名利の羅刹にまかす。名利は一頭の大賊なり。名利をおもくせば名利をあはれむべし。名利をあはれむといふは、仏祖となりぬべき身命を、名利にまかせてやぶらしめざるなり。妻子親族あはれまんことも、またかくのごとくすべし。名利は夢幻空花と学することなかれ、衆生のごとく学すべし。名利をあはれまず、罪報をつもらしむることなかれ。参学の正眼、あまねく諸方をみんこと、かくのごとくなるべし。
 世人のなさけある、金銀珍玩の蒙惠なほ報謝す、好語好声のよしみ、こころあるはみな報謝のなさけをはげむ。如来無上の正法を見聞する大恩、たれの人面か、わするるときあらん。これをわすれざらん、一生の珍宝なり。この行持を不退転ならん形骸髑髏は、生時死時、おなじく七宝塔におさめ、一切人天皆応供養の功徳なり。かくのごとく大恩ありとしりなば、かならず草露の命をいたづらに零落せしめず、如山の徳をねんごろに報ずべし。これすなはち行持なり。
 この行持の功は、祖仏として行持するわれありしなり。おほよそ初祖二祖、かつて精藍を草創せず、薙草の繁務なし。および三祖四祖もまたかくのごとし。五祖六祖の寺院を自草せず、青原南嶽もまたかくのごとし。

 石頭大師は草庵を大石にむすびて石上に坐禅す。昼夜にねぶらず、坐せざるときなし。衆務を虧闕せずといへども、十二時の坐禅かならずつとめきたれり。いま青原の一派の天下に流通すること、人天を利潤せしむることは、石頭大力の行持堅固のしかあらしむるなり。いまの雲門法眼のあきらむるところある、みな石頭大師の法孫なり。

 第三十一祖大医禅師は、十四歳のそのかみ、三祖大師をみしより、服労九載なり。すでに仏祖の祖風を嗣続するより、攝心無寝にして脅不至席なること僅六十年なり。化、怨親にかうぶらしめ、徳、人天にあまねし。真丹の第四祖なり。
 貞観癸卯歳、太宗嚮師道味、欲瞻風彩、詔赴京。師上表遜謝、前後三返、竟以疾辞。第四度、命使曰、如果不赴、即取首来。使至山諭旨。師乃引頚就刄、神色儼然。使異之、廻以状聞。帝弥加歎慕。就賜珍絵、以遂其志(貞観癸卯の歳、太宗、師の道味を嚮び、風彩を瞻んとして、赴京を詔す。師、上表して遜謝すること前後三返、竟に疾を以て辞す。第四度、使に命じて曰く、如果して赴せずは、即ち首を取りて来れ。使、山に至つて旨を諭す。師乃ち頚を引いて刄に就く、神色儼然たり。使、之を異とし、廻つて状を以て聞す。帝弥加歎慕す。珍絵を就賜して、以てその志を遂ぐ)。
 しかあればすなはち、四祖禅師は身命を身命とせず、王臣に親近せざらんと行持せる行持、これ千歳の一遇なり。太宗は有義の国主なり、相見のものうかるべきにあらざれども、かくのごとく先達の行持はありけると参学すべきなり。人主としては、引頚就刄して身命ををしまざる人物をも、なほ歎慕するなり。これいたづらなるにあらず、光陰ををしみ、行持を專一にするなり。上表三返、奇代の例なり。いま澆季には、もとめて帝者にまみえんとねがふあり。
 高宗永徽辛亥歳、閏九月四日、忽垂誡門人曰、一切諸法悉皆解脱。汝等各自護念、流化未来。言訖安坐而逝。寿七十有二、塔于本山。明年四月八日、塔戸無故自開、儀相如生。爾後、門人不敢復閉(高宗の永徽辛亥の歳、閏九月四日、忽ちに門人に垂誡して曰く、一切諸法は悉く皆解脱なり。汝等各自護念すべし、未来を流化すべし。言ひ訖りて安坐して逝す。寿七十有二。本山に塔たつ。明年四月八日、塔の戸、故無く自ら開く、儀相生ける如し。爾後、門人敢てまた閉ぢず)。
 しるべし、一切諸法悉皆解脱なり、諸法の空なるにあらず、諸法の諸法ならざるにあらず、悉皆解脱なる諸法なり。いま四祖には、未入塔時の行持あり、既在塔時の行持あるなり。生者かならず滅ありと見聞するは小見なり、滅者は無思覚と知見せるは小聞なり。学道にはこれらの小聞小見をならふことなかれ。生者の滅なきもあるべし、滅者の有思覚なるもあるべきなり。

 福州玄沙宗一大師、法名師備、福州閩縣人也。姓謝氏。幼年より垂釣をこのむ。小艇を南台江にうかめて、もろもろの漁者になれきたる。唐の咸通のはじめ、年甫三十なり。たちまちに出塵をねがふ。すなはち釣舟をすてて、芙蓉山霊訓禅師に投じて落髪す。豫章開元寺道玄律師に具足戒をうく。
 布衲芒履、食纔接気、常終日宴坐。衆皆異之。予雪峰義存、本法門昆仲、而親近若師資。雪峰以其苦行、呼為頭陀(布衲芒履なり、食は纔かに気を接す、常に終日宴坐す。衆皆之を異なりとす、雪峰義存と、本と法門の昆中なり、而して親近すること師資の若し。雪峰其の苦行を以て、呼んで頭陀と為す)。
 一日雪峰問曰、阿那箇是備頭陀(一日、雪峰問ふて曰く、阿那箇か是れ備頭陀)。
 師対曰、終不敢誑於人(師対へて曰く、終に敢て人を誑かさず)。
異 日雪峰召曰、備頭陀何不遍参去(異日雪峰召んで曰く、備頭陀何ぞ遍参去せざる)。
師曰く、達磨不来東土、二祖不往西天。
 雪峰然之。
 つひに象骨山にのぼるにおよんで、すなはち師と同力締構するに、玄徒臻萃せり。師の入室咨決するに、晨昏にかはることなし。諸方の玄学のなかに所未決あるは、かならず師にしたがひて請益するに、雪峰和尚いはく、備頭陀にとふべし。師まさに仁にあたりて不譲にしてこれをつとむ。拔群の行持にあらずよりは、恁麼の行履あるべからず。終日宴坐の行持、まれなる行持なり。いたづらに声色に馳騁することはおほしといへども、終日の宴坐はつとむる人まれなるなり。いま晩学としては、のこりの光陰のすくなきことをおそりて、終日宴坐、これをつとむべきなり。

 長慶の慧稜和尚は、雪峰下の尊宿なり。雪峰と玄沙とに往来して、参学すること僅二十九年なり。その年月に蒲団二十枚を坐破す。いまの人の坐禅を愛するあるは、長慶をあげて慕古の勝躅とす。したふはおほし、およぶすくなし。しかあるに、三十年の功夫むなしからず、あるとき涼簾を卷起せしちなみに、忽然として大悟す。
 三十来年かつて郷土にかへらず、親族にむかはず、上下肩と談笑せず、專一に功夫す。師の行持は三十年なり。疑滞を疑滞とせること三十年、さしおかざる利機といふべし、大根といふべし。励志の堅固なる、伝聞するは或従経卷なり。ねがふべきをねがひ、はづべきをはぢとせん、長慶に相逢すべきなり。実を論ずれば、ただ道心なく、操行つたなきによりて、いたづらに名利には繋縛せらるるなり。

 大潙山大円禅師は、百丈の授記より、直に潙山の峭絶にゆきて、鳥獣為伍して結草修練す。風雪を辞労することなし。橡栗充食せり。堂宇なし、常住なし。しかあれども、行持の見成すること四十来年なり。のちには海内の名藍として龍象蹴踏するものなり。
 梵刹の現成を願ぜんにも、人情をめぐらすことなかれ、仏法の行持を堅固にすべきなり。修練ありて堂閣なきは古仏の道場なり、露地樹下の風、とほくきこゆ。この処在、ながく結界となる。まさに一人の行持あれば、諸仏の道場につたはるなり。末世の愚人、いたづらに堂閣の結構につかるることなかれ。仏祖いまだ堂閣をねがはず。自己の眼目いまだあきらめず、いたづらに殿堂精藍を結構する、またく諸仏の仏宇を供養せんとにはあらず、おのれが名利の窟宅とせんがためなり。潙山のそのかみの行持、しづかにおもひやるべきなり。おもひやるといふは、わがいま潙山にすめらんがごとくおもふべし。深夜のあめの声、こけをうがつのみならんや、巖石を穿却するちからもあるべし。冬天のゆきの夜は、禽獣もまれなるべし、いはんや人煙のわれをしるあらんや。命をかろくし法をおもくする行持にあらずは、しかあるべからざる活計なり。薙草すみやかならず、土木いとなまず。ただ行持修練し、弁道功夫あるのみなり。あはれむべし、正法伝持の嫡祖、いくばくか山中の嶮岨にわづらふ。潙山をつたへきくには、池あり、水あり、こほりかさなり、きりかさなるらん。人物の堪忍すべき幽棲にあらざれども、仏道と玄奥と、化、成ずることあらたなり。かくのごとく行持しきたれりし道得を見聞す、身をやすくしてきくべきにあらざれども、行持の勤労すべき報謝をしらざれば、たやすくきくといふとも、こころあらん晩学、いかでかそのかみの潙山を、目前のいまのごとくおもひやりてあはれまざらん。
 この潙山の行持の道力化功によりて、風輪うごかず、世界やぶれず。天衆の宮殿おだいかなり、人間の国土も保持せるなり。潙山の遠孫にあらざれども、潙山は祖宗なるべし。のちに仰山きたり侍奉す。仰山、もとは百丈先師のところにして、問十答百の鶖子なりといへども、潙山に参侍して、さらに看牛三年の功夫となる。近来は断絶し、見聞することなき行持なり。三年の看牛、よく道得を人にもとめざらしむ。

 芙蓉山の楷祖、もはら行持見成の本源なり。国主より定照禅師号ならびに紫袍をたまふに、祖、うけず、修表具辞す。国主とがめあれども、師、つひに不受なり。米湯の法味つたはれり。芙蓉山に庵せしに、道俗の川湊するもの、僅数百人なり。日食粥一杯なるゆゑに、おほく引去す。師、ちかふて赴斉せず。あるとき衆にしめすにいはく、
 夫出家者、為厭塵労。求脱生死、休心息念、断絶挙縁。故名出家。豈可以等閑利養、埋沒平生。直須両頭撒開、中間放下。遇声遇色、如石上栽華。見利見名、似眼中著屑。況従無始以来、不是不曽経歴、又不是不知次第、不過翻頭作尾。止於如此、何須苦苦貪恋。如今不歇、更待何時。所以先聖、教人只要尽却。今時能尽今時、更有何事。若得心中無事、仏祖猶是冤家。一切世事、自然冷淡、方始那辺相応(夫れ出家は、塵労を厭はん為なり。脱生死求め、休心息念し挙縁を断絶す。故に出家と名づく。豈に等閑の利養を以て、平生を埋沒す可けんや。直に須らく両頭撒開し、中間放下すべし。声に遇ひ色に遇ふも、石上華を栽うるが如し。利を見名を見るも、眼中に著屑に似たるべし。況んや無始より以来、是れ曽て経歴せざるにあらず、又是れ次第を知らざるにあらず、翻頭作尾に過ぎず。止此の如くなるに於て、何ぞ須らく苦苦に貪恋せん。如今歇めずは、更に何れの時をか待たん。所以に先聖、人をして只要ず尽却せしむ。今時能く今時を尽さば、更に何事か有らん。若し心中の無事を得れば、仏祖も猶是れ冤家なるがごとし。一切世事、自然冷淡なり、方に始めて那辺相応す)。
 儞不見、隱山至死、不肯見人。趙州至死、不肯告人、匾擔拾橡栗為食、大梅以荷葉為衣、紙衣道者は只披紙、玄太上座只著布。石霜置枯木堂、予衆坐臥、只要死了你心。投子使人弁米、同煮共餐、要得省取你事。且従上諸聖、有如此榜様。若無長処、如何甘得。諸仁者、若也於斯体究、的不虧人。若也不肯承当、向後深恐費力(你見ずや、隱山死に至るまで人に見えんことを肯せず。趙州は死に至るまで人に告げんことを肯せず。匾擔は橡栗を拾つて食とし、大梅は荷葉を以て衣とし、紙衣道者は只だ紙を披る、玄太上座は只だ布を著る。石霜は枯木堂を置きて衆と予に坐臥す。只你が心を死了せんことを要す。投子は人をして米を弁じ、同煮共餐せしむ、你が事を省取することを要得す。且く従上の諸聖、此の如くの榜様有り。若し長処無くんば、如何甘得せん。諸仁者、若也斯に於て体究すれば、的不虧人なり。若也承当を肯せずは、向後深く恐らくは費力せん)。
 山僧行業無取、忝主山門。豈可坐費常住、頓忘先聖附属。今者輙欲略学古人為住持体例。予諸人議定、更不下山、不赴斉、不発化主。唯将本院荘課一歳所得、均作三百六十分、日取一分用之、更不随人添減。可以備飯則作飯、作飯不足則作粥。作粥不足、則作米湯。新到相見、茶湯而已、更不煎點。唯置一茶堂、自去取用。務要省縁、專一弁道(山僧行業取無くして、忝く山門を主す。豈に坐ら常住を費やし、頓に先聖の附属を忘る可けんや。今は輙ち古人の住持たる体例に略学せんとす。諸人と議定して更に山を下らず、斉に赴かず、化主を発せず。唯、本院の荘課一歳の所得を将て、均しく三百六十分に作して、日に一分を取つて之を用ゐる、更に人に随つて添減せず。以て飯に備すべきには則ち作飯す、作飯不足なれば則ち作粥す。作粥不足なれば、則ち米湯に作る。新到の相見は、茶湯のみなり、更に煎點せず。唯一の茶堂を置いて、自去取用す。務要省縁し、專一に弁道す)。
 又況活計具足、風景不疎。華解笑、鳥解啼。木馬長鳴、石牛善走。天外之青山寡色、耳畔之鳴泉無声。嶺上猿啼、露濕中霄之月。林氐鶴唳、風囘清暁之松。春風起時枯木龍吟、秋葉凋而寒林花散。玉階鋪苔蘚之紋、人面帯煙霞之色。音塵寂爾、消息宛然。一味蕭條、無可趣向(又況んや活計具足し、風景疎ならず。華は笑くことを解し、鳥啼くことを解す。木馬長く鳴き、石牛善く走る。天外の青山色寡く、耳畔の鳴泉声無し。嶺上猿啼んで露中霄の月を濕らす。林氐鶴唳いて風清暁の松を囘る。春風起こる時枯木龍吟す、秋葉凋みおちて寒林花を散ず。玉階苔蘚の紋を鋪き、人面煙霞の色を帯す。音塵寂爾にして、消息宛然なり。一味蕭條として、趣向すべき無し)。
 山僧今日、向諸人面前説家門。已是不著便、豈可更去陞堂入室、拈槌豎払、東喝西棒、張眉努目、如癇病発相似。不唯屈沈上座、況亦辜負先聖(山僧今日、諸人の面前に向つて家門を説く。已に是れ不著便なり、豈に更に去いて陞堂し入室し、拈槌豎払し、東喝西棒し、張眉怒目して、癇病発相似の如くなるべけんや。唯上座を屈沈するのみにあらず、況に亦先聖を辜負せん)。
 你不見、達磨西来、到少室山下、面壁九年。二祖至立雪断臂、可謂受艱辛。然而達磨不曽措了、二祖不曽問著一句。還喚達磨作不為人得麼、喚二祖做不求師得麼。山僧毎至説著古聖做処、便無覚地容身。慚愧後人軟弱。又況百味珍羞、逓相供養、道我四事具足、方可発心。只恐做手脚不迭、便是隔生隔世去也。時光似箭、深為可惜。雖然如是、更在他人従長相度。山僧也強教你不得(你見ずや、達磨西来して、少室山の下に到つて、面壁九年す。二祖立雪断臂するに至るまで、謂つべし、艱辛を受くと。然れども達磨曽て措了せず、二祖曽て一句を問著せず。還つて達磨を喚んで不為人と作んや、二祖を喚んで不求師と做んや。山僧古聖の做処を説著するに至る毎に、便ち地の容身すべき無きを覚ゆ。慚愧づらくは後人軟弱なること。又況に百味珍羞、逓に相供養し、道ふ、我れは四事具足して、方に発心すべしと。只恐らくは做手脚不迭にして、便ち是れ隔生隔世せん。時光箭に似たり、深く可惜たり。然も是の如くなりと雖も、更に他人の従長して相度する在らん。山僧也強ひて你に教ふること不得なり)。
 諸人者、還見古人偈麼(諸人者、還古人の偈を見るや)、
 山田脱粟飯、野菜淡黄齏、喫則従君喫、不喫任東西。
 (山田脱粟の飯、野菜淡黄の齏、喫することは則ち君の喫するに従す、喫せざれば東西に任す。)
 伏惟同道、各自努力。珍重(伏して惟んみれば同道、各自努力よや。珍重)。
 これすなはち祖宗単伝の骨髄なり。
 高祖の行持おほしといへども、しばらくこの一枚を挙するなり。いまわれらが晩学なる、芙蓉高祖の芙蓉山に修練せし行持、したひ参学すべし。それすなはち祇園の正儀なり。

 洪州江西開元寺大寂禅師、諱道一、漢州十方縣人なり。南嶽に参侍すること十余載なり。あるとき、郷里にかへらんとして半路にいたる。半路よりかへりて焼香礼拝するに、南嶽ちなみに偈をつくりて馬祖にたまふにいはく、
 勧君莫帰郷、帰郷道不行。竝舍老婆子、説汝旧時名。
 (勧君すらく帰郷すること莫れ、帰郷は道行はれず。竝舍の老婆子、汝が旧時の名を説かん。)
 この法話をたまふに、馬祖、うやまひたまはりて、ちかひていはく、われ生生にも漢州にむかはざらんと誓願して、漢州にむかひて一歩をあゆまず。江西に一往して十方を往来せしむ。わづかに即心即仏を道得するほかに、さらに一語の為人なし。しかありといへども南嶽の嫡嗣なり、人天の命脈なり。
 いかなるかこれ莫帰郷。莫帰郷とはいかにあるべきぞ。東西南北の帰去来、ただこれ自己の倒起なり。まことに帰郷道不行なり。道不行なる帰郷なりとや行持する、帰郷にあらざるとや行持する、帰郷なにによりてか道不行なる。不行にさへらるとやせん、自己にさへらるとやせん。
 竝舍老婆子は説汝旧時名なりとはいはざるなり。竝舍老婆子、説汝旧時名なりといふ道得なり。南嶽いかにしてかこの道得ある、江西いかにしてかこの法語をうる。その道理は、われ向南行するときは大地おなじく向南行するなり、余方もまたしかあるべし。須弥大海を量としてしかあらずと疑殆し、日月星辰に格量して猶滞するは小見なり。

 第三十二祖大満禅師は黄梅人なり。俗姓は周氏なり。母の姓を称なり。師は無父而生なり。たとへば、李老君のごとし。七歳伝法よりのち、七十有四にいたるまで、仏祖正法眼蔵、よくこれを住持し、ひそかに衣法を慧能行者に付属する、不群の行持なり。衣法を神秀にしらせず、慧能に付属するゆゑに正法の寿命不断なるなり。

 先師天童和尚は越上人事なり。十九歳にして教学をすてて参学するに、七旬におよんでなほ不退なり。嘉定の皇帝より紫衣師号をたまはるといへどもつひにうけず、修表辞謝す。十方の雲衲ともに崇重す、遠近の有識ともに随喜するなり。皇帝大絓して御茶をたまふ。しれるものは奇代の事と讃歎す、まことにこれ真実の行持なり。そのゆゑは、愛名は犯禁よりもあし。犯禁は一事の非なり、愛名は一生の累なり。おろかにしてすてざることなかれ、くらくしてうくることなかれ。うけざるは行持なり、すつるは行持なり。六代の祖師、おのおの師号あるは、みな滅後の敕謚なり、在世の愛名にあらず。しかあれば、すみやかに生死の愛名をすてて、仏祖の行持をねがふべし。貪愛して禽獣にひとしきことなかれ。おもからざる吾我をむさぼり愛するは禽獣もそのおもひあり、畜生もそのこころあり。名利をすつることは人天もまれなりとするところ、仏祖いまだすてざるはなし。
 あるがいはく、衆生利益のために貪名愛利すといふ、おほきなる邪説なり。附仏法の外道なり、謗正法の魔黨なり。なんぢいふがごとくならば、不貪名利の仏祖は利生なきか。わらふべし、わらふべし。又、不貪の利生あり、いかん。又そこばくの利生あることを学せず、利生にあらざるを利生と称ずる、魔類なるべし。なんぢに利益せられん衆生は、墮獄の種類なるべし。一生のくらきことをかなしむべし、愚蒙を利生に称ずることなかれ。しかあれば、師号を恩賜すとも上表辞謝する、古来の勝躅なり、晩学の参究なるべし。まのあたり先師をみる、これ人にあふなり。
 先師は十九歳より離郷尋師、弁道功夫すること、六十五歳にいたりてなほ不退不転なり。帝者に親近せず、帝者にみえず。丞相と親厚ならず、官員と親厚ならず。紫衣師号を表辞するのみにあらず、一生まだらなる袈裟を搭せず、よのつねに上堂入室、みなくろき袈裟裰子をもちゐる。
 衲子を教訓するにいはく、参禅学道は第一有道心、これ学道のはじめなり。いま二百来年、祖師道すたれたり、かなしむべし。いはんや一句を道得せる皮袋すくなし。某甲そのかみ径山に掛錫するに、光仏照そのときの粥飯頭なりき。上堂していはく、仏法禅道かならずしも他人の言句をもとむべからず、ただ各自理会。かくのごとくいひて、僧堂裏都不管なりき、雲水兄弟也都不管なり。祇管予官客相見追尋(祇管に官客と相見追尋)するのみなり。仏照、ことに仏法の機関をしらず、ひとへに貪名愛利のみなり。仏法もし各自理会ならば、いかでか尋師訪道の老古錐あらん。真箇是光仏照、不曽参禅也(真箇是れ光仏照、曽て参禅せざるなり)。いま諸方長老無道心なる、ただ光仏照箇子也。仏法那得他手裏有(仏法那んぞ他が手裏に有ることを得ん)。可惜、可惜。
 かくのごとくいふに、仏照兒孫おほくきくものあれど、うらみず。
 又いはく、参禅者身心脱落也、不用焼香礼拝念仏修懺看経、祇管坐始得(参禅は身心脱落なり、焼香礼拝念仏修懺看経を用ゐず、祇管に坐して始得なり)。
 まことに、いま大宋国の諸方に、参禅に名字をかけ、祖宗の遠孫と称ずる皮袋、ただ一、二百のみにあらず、稻麻竹葦なりとも、打坐を打坐に勧誘するともがら、たえて風聞せざるなり。ただ四海五湖のあひだ、先師天童のみなり。諸方もおなじく天童をほむ、天童諸方をほめず。又すべて天童をしらざる大刹の主もあり。これは中華にむまれたりといへども、禽獣の流類ならん。参ずべきを参ぜず、いたづらに光陰を蹉過するがゆゑに。あはれむべし、天童をしらざるやからは、胡説乱道をかまびすしくするを仏祖の家風と錯認せり。

 先師よのつねに普説す、われ十九載よりこのかた、あまねく諸方の叢林をふるに、為人師なし。十九載よりこのかた、一日一夜も不礙蒲団の日夜あらず。某甲未住院よりこのかた、郷人とものがたりせず。光陰をしきによりてなり。掛錫の所在にあり、庵裏寮舍すべていりてみることなし。いはんや游山翫水に功夫をつひやさんや。雲堂公界の坐禅のほか、あるいは閣上、あるいは屏処をもとめて、独子ゆきて、穩便のところに坐禅す。つねに袖裏に蒲団をたづさへて、あるいは岩下にも坐禅す。つねにおもひき、金剛座を坐破せんと。これ、もとむる所期なり。臀肉の爛壞するときどきもありき。このとき、いよいよ坐禅をこのむ。某甲今年六十五載、老骨頭懶、不会坐禅なれども、十方兄弟をあはれむによりて、住持山門、暁諭方来、為衆伝道なり。諸方長老、那裏有什麼仏法なるゆゑに。
 かくのごとく上堂し、かくのごとく普説するなり。
 又、諸方の雲水の人事の産をうけず。

 趙提挙は嘉定聖主の胤孫なり。知明州軍州事、管内勧農使なり。先師を請じて州府につきて陞座せしむるに、銀子一万鋋を布施す。
 先師、陞座了に、提挙にむかうて謝していはく、某甲依例出山陞座、開演正法眼蔵涅槃妙心、謹以薦福先公冥府。只是銀子、不敢拝領。僧家不要這般物子。千万賜恩、依旧拝還(某甲例に依つて出山して陞座し、正法眼蔵涅槃妙心を開演す。謹んで以て先公の冥府に薦福す。只だ是の銀子、敢へて拝領せじ。僧家、這般の物子を要せず。千万賜恩、旧に依つて拝還せん)。
 提挙いはく、和尚、下官悉以皇帝陛下親族、到処且貴、宝貝見多。今以先父冥福之日、欲資冥府。和尚如何不納。今日多幸、大慈大悲、卒留小襯(和尚、下官悉く皇帝陛下の親族なるを以て、到る処に且つ貴なり、宝貝見に多し。今、先父の冥福の日を以て、冥府に資せんと欲ふ。和尚如何不納めたまはざる。今日多幸、大慈大悲をもて、小襯を卒留したまへ)。
 先師曰、提挙台命且厳、不敢遜謝。只有道理、某甲陞座説法、提挙聰聴得否(提挙の台命且つ厳なり、敢へて遜謝せず。只し道理有り、某甲陞座説法す、提挙聰かに聴得すや否や)。
 提挙曰、下官只聴歓喜(下官只だ聴いて歓喜す)。
 先師いはく、提挙聰明、照鑑山語、不勝皇恐。更望台臨、鈞候万福。山僧陞座時、説得甚麼法。試道看。若道得、拝領銀子一万鋋、若道不得、便府使收銀子(提挙聰明にして、山語を照鑑す、皇恐に勝へず。更に望むらくは台臨、鈞候万福。山僧陞座の時、甚麼の法をか説得する。試道看。若し道ひ得ば、銀子一万鋋を拝領せん。若し道ひ得ずは、便ち府使銀子を收めよ)。
 提挙起向先師曰、即辰伏惟、和尚法候、動止万福。
 先師いはく、這箇是挙来底、那箇是聴得底(這箇は是れ挙し来る底、那箇か是れ聴得底なる)。
 提挙擬議。
 先師いはく、先公冥福円成、襯施且待先公台判(先公冥福円成なり、襯施は且く先公の台判を待つべし)。
 かくのごとくいひて、すなはち請暇するに、提挙いはく、未恨不領、且喜見師(未だ不領なるをば恨みず、且喜ぶ師を見ることを)。
 かくのごとくてひて、先師をおくる。浙東浙西の道俗、おほく讃歎す。このこと、平侍者が日録にあり。
 平侍者いはく、這老和尚、不可得人。那裏容易得見(這の老和尚は、不可得人なり。那裏にか容易く見ることを得ん)。
 たれか諸方にうけざる人あらん、一万鋋の銀子。ふるき人のいはく、金銀珠玉、これをみんこと糞土のごとくみるべし。たとひ金銀のごとくみるとも、不受ならんは衲子の風なり。先師にこの事あり、余人にこのことなし。
 先師つねにいはく、三百年よりこのかた、わがごとくなる知識いまだいでず。諸人審細に弁道功夫すべし。

 先師の会に、西蜀の綿州人にて、道昇とてありしは道家流なり。徒儻五人、ともにちかうていはく、われら一生に仏祖の大道を弁取すべし。さらに郷土にかへるべからず。
先師ことに随喜して、経行道業ともに衆僧と一如ならしむ。その排列のときは比丘尼のしもに排立す、奇代の勝躅なり。
 又、福州の僧、その名善如、ちかひていはく、善如平生さらに一歩をみなみにむかひてうつすべからず。もはら仏祖の大道を参ずへし。
 先師の会に、かくのごとくのたぐひあまたあり。まのあたりみしところなり。余師のところになしといへども、大宋国の僧宗の行持なり。われらにこの心操なし、かなしむべし。仏法にあふときなほしかあり、仏法にあはざらんときの身心、はぢてもあまりあり。
 しづかにおもふべし、一生いくばくにあらず、仏祖の語句、たとひ三三両両なりとも、道得せんは仏祖を道得せるならん。ゆゑはいかん。仏祖は身心如一なるがゆゑに、一句両句、みな仏祖のあたたかなる身心なり。かの身心きたりてわが身心を道得す。正当道取時、これ道得きたりてわが身心を道取するなり。此生道取累生身なるべし。かるがゆゑに、ほとけとなり祖となるに、仏をこゑ祖をこゆるなり。三三両両の行持の句、それかくのごとし。いたづらなる声色の名利に馳騁することなかれ。馳騁せざれば、仏祖単伝の行持なるべし。すすむらくは大隱小隱、一箇半箇なりとも、万事万縁をなげすてて、行持を仏祖に行持すべし。

仏祖行持

仁治三年壬寅四月五日書于観音導利興聖宝林寺

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:03
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正 法 眼 蔵    行持ぎょうじ   上 第十六
行持 上

 仏祖の大道、かならず無上の行持あり。道環してほとけ断絶せず、発心修行、菩提涅槃、しばらくの間隙あらず、行持道環なり。このゆゑに、みづからの強為にあらず、他の強為にあらず、不曽染汚の行持なり。
 この行持の功徳、われを保任し、他を保任す。その宗旨は、わが行持、すなはち十方の匝地漫天みなその功徳をかうむる。他もしらず、われもしらずといへども、しかあるなり。このゆゑに、諸仏諸祖の行持によりてわれらが行持見成し、われらが大道通達するなり。われらが行持によりて諸仏の行持見成し、諸仏の大道通達するなり。われらが行持によりて、この道環の功徳あり。これによりて、仏仏祖祖、仏住し、仏非し、仏心し、仏成じてほとけ断絶せざるなり。この行持によりて日月星辰あり、行持によりて大地虚空あり、行持によりて依正身心あり、行持によりて四大五蘊あり。行持これ世人の愛処にあらざれども、諸人の実帰なるべし。過去現在未来の諸仏の行持によりて、過去現在未来の諸仏は現成するなり。その行持の功徳、ときにかくれず、かるがゆゑに発心修行す。その功徳、ときにあらはれず、かるがゆゑに見聞覚知せず。あらはれざれども、かくれずと参学すべし。隠顕存沒に染汚せられざるがゆゑに、われを見成する行持、いまの当隠に、これいかなる縁起の諸法ありて行持すると不会なるは、行持の会取、さらに新條の特地にあらざるによりてなり。縁起は行持なり、行持は縁起せざるがゆゑにと、功夫参学を審細にすべし。かの行持を見成する行持は、すなはちこれわれらがいまの行持なり。行持のいまは自己の本有元住にあらず、行持のいまは自己に去来出入するにあらず。いまといふ道は、行持よりさきにあるにはあらず、行持現成するをいまといふ。
 しかあればすなはち、一日の行持、これ諸仏の種子なり、諸仏の行持なり。この行持に諸仏見成せられ、行持せらるるを、行持せざるは、諸仏をいとひ、諸仏を供養せず、行持をいとひ、諸仏と同生同死せず、同学同参せざるなり。いまの花開葉落、これ行持の見成なり。磨鏡破鏡、それ行持にあらざるなし。このゆゑに行持をさしおかんと擬するは、行持をのがれんとする邪心をかくさんがために、行持をさしおくも行持なるによりて、行持におもむかんとするは、なほこれ行持をこころざすににたれども、真父の家郷に宝財をなげすてて、さらに他国レイ跰の窮子となる。レイ跰のときの風水、たとひ身命を喪失せしめずといふとも、真父の宝財なげすつべきにあらず。真父の法財なほ失誤するなり。このゆゑに、行持はしばらくも懈倦なき法なり。

 慈父大師釈迦牟尼仏、十九歳の仏寿より、深山に行持して、三十歳の仏寿にいたりて、大地有情同時成道の行持あり。八旬の仏寿にいたるまで、なほ山林に行持し、精藍に行持す。王宮にかへらず、国利を領ぜず、布僧伽梨を衣持し、在世に一経するに互換せず、一盂在世に互換せず。一時一日も独処することなし。人天の閑供養を辞せず、外道の訕謗を忍辱す。おほよそ一化は行持なり、浄衣乞食の仏儀、しかしながら行持にあらずといふことなし。
 第八摩訶迦葉尊者は、釈尊の嫡嗣なり。生前もはら十二頭陀を行持して、さらにおこたらず。十二頭陀といふは、
一者 不受人請、日行乞食。亦不受比丘僧一飯食分銭財(一つには人の請を受けず、日に乞食を行ず。亦比丘僧の一飯食分の銭財を受けず)。
二者 止宿山上、不宿人舍郡縣聚落(二つには山上に止宿して、人舍郡縣聚落に宿せず)。
三者不得従人乞衣被、人与衣被亦不受。但取丘筭間死人所棄衣、補治衣之(三つには人に従つて衣被を乞ふことを得ず、人の与ふる衣被をも亦受けず。但丘筭間の、死人の棄つる所の衣を取つて、補治して之を衣る)。
四者 止宿野田中樹下(四つには野田の中の樹下に止宿す)。
五者 一日一食。一名僧迦僧泥(五つには一日に一食す。一は僧迦僧泥と名づく)。
六者 昼夜不臥、但坐睡経行。一名僧泥沙者傴(六つには昼夜不臥なり、但坐睡経行す。一は僧泥沙者傴と名づく)。
七者 有三領衣、無有余衣。亦不臥被中(七つには三領衣を有ちて、余衣を有すること無し。亦被中に臥せず)。
八者 在筭間、不在仏寺中、亦不在人間。目視死人骸骨、坐禅求道(八つには筭間に在んで、仏寺の中に在まず、亦人間に在まず。目に死人骸骨を視て、坐禅求道す)。
九者 但欲独処。不欲見人、亦不欲与人共臥(九つには但独処を欲ふ。人を見んと欲はず、亦人と共に臥せんと欲はず)。
十者 先食果蓏、却食飯。食已不得復食果蓏(十には先に果蓏を食し、却りて飯を食す。食し已りて復果蓏を食することを得ず)。
十一者 但欲露臥、不在樹下屋宿(十一には但だ露臥を欲ふ、樹下屋宿に在まず)。
十二者 不食肉、亦不食醍醐。麻油不塗身(十二には肉を食せず、亦醍醐を食せず。麻油身に塗らず)。
これを十二頭陀といふ。
 摩訶迦葉尊者、よく一生に不退不転なり。如来の正法眼蔵を正伝すといへども、この頭陀を退することなし。
 あるとき仏言すらく、なんぢすでに年老なり、僧食を食すべし。
摩訶迦葉尊者いはく、われもし如来の出世にあはずは、辟支仏となるべし、生前に山林に居すべし。さいはひに如来の出世にあふ、法のうるひあり。しかりといふとも、つひに僧食を食すべからず。
如来称讃しまします。
 あるいは迦葉、頭陀行持のゆゑに、形体憔悴せり。衆みて軽忽するがごとし。ときに如来、ねんごろに迦葉をめして、半座をゆづりまします。迦葉尊者、如来の座に坐す。しるべし、摩訶迦葉は仏会の上座なり。生前の行持、ことごとくあぐべからず。

 第十波栗濕縛尊者は、一生脇不至席なり。これ八旬老年の弁道なりといへども、当時すみやかに大法を単伝す。これ光陰をいたづらにもらさざるによりて、わづかに三箇年の功夫なりといへども、三菩提の正眼を単伝す。尊者の在胎六十年なり、出胎白髪なり。
 誓不屍臥、名脇尊者。乃至暗中手放光明、以取経法
 (誓つて屍臥せず、脇尊者と名づく。乃至暗中に手より光明を放つて、以て経法を取る)。
これ生得の奇相なり。
 脇尊者、生年八十、垂捨家染衣。城中少年、便誚之曰、愚夫朽老、一何浅智。夫出家者、有二業焉。一則習定、二乃誦経。而今衰耄、無所進取。濫迹清流、徒知飽食
 (脇尊者、生年八十にして、捨家染衣せんと垂。城中の少年、便ち之を誚めて曰く、愚夫朽老なり、一に何ぞ浅智なる。夫れ出家は、二業有り。一には則ち習定、二には乃ち誦経なり。而今衰耄せり、進取する所無けん。濫に清流に迹し、徒に飽食することを知らんのみ)。
 時脇尊者、聞諸譏議、因謝時人、而自誓曰、我若不通三蔵理、不ほとけ断三界欲、不得六神通、不具八解脱、終不以脇至於席
 (時に脇尊者、諸の譏議を聞いて、因みに時の人に謝して、而も自ら誓て曰く、我れ若し三蔵の理を通ぜず、三界の欲をほとけ断ぜず、六神通を得ず、八解脱を具せずは、終に脇を以て席に至けじ)。
 自爾之後、唯日不足、経行宴坐、住立思惟。昼則研習理教、夜乃静慮凝神。綿歴三歳、学通三蔵、断三界欲、得三明智。時人敬仰、因号脇尊者
 (爾より後、唯日も足らず、経行宴坐し、住立思惟す。昼は則ち理教を研習し、夜は乃ち静慮凝神す。三蔵を綿歴するに、学三蔵を通じ、三界の欲をほとけ断じ、三明の智を得。時の人敬仰して、因に脇尊者と号す)。
 しかあれば、脇尊者処胎六十年はじめて出胎せり。胎内に功夫なからんや。出胎よりのち八十にならんとするに、はじめて出家学道をもとむ。託胎よりのち一百四十年なり。まことに不群なりといへども、朽老は阿誰よりも朽老ならん。処胎にて老年あり、出胎にても老年なり。しかあれども、時人の譏嫌をかへりみず、誓願の一志不退なれば、わづかに三歳をふるに、弁道現成するなり。たれか見賢思斉をゆるくせむ、年老耄及をうらむることなかれ。
 この生しりがたし、生か、生にあらざるか。老か、老にあらざるか。四見すでにおなじからず、諸類の見おなじからず。ただ志気を專修にして、弁道功夫すべきなり。弁道に生死をみるに相似せりと参学すべし、生死に弁道するにはあらず。いまの人、あるいは五旬六旬におよび、七旬八旬におよぶに、弁道をさしおかんとするは至愚なり。生来たとひいくばくの年月と覚知すとも、これはしばらく人間の精魂の活計なり、学道の消息にあらず。壮齢耄及をかへりみることなかれ、学道究弁を一志すべし。脇尊者に斉肩なるべきなり。
 筭間の一堆の塵土、あながちにをしむことなかれ、あながちにかへりみることなかれ。一志に度取せずば、たれかたれをあはれまん。無主の形骸いたづらに偏野せんとき、眼睛をつくるがごとく正観すべし。

 六祖は新州の樵夫なり、有識と称じがたし。いとけなくして父を喪す、老母に養育せられて長ぜり。樵夫の業を養母の活計とす。十字の街頭にして一句の聞経よりのち、たちまちに老母をすてて大法をたづぬ。これ奇代の大器なり、拔群の弁道なり。ほとけ断臂たとひ容易なりとも、この割愛は大難なるべし、この棄恩はかろかるべからず。黄梅の会に投じて八箇月、ねぶらず、やすまず、昼夜に米をつく。夜半に衣鉢を正伝す。得法已後、なほ石臼をおひありきて、米をつくこと八年なり。出世度人説法するにも、この石臼をさしおかず、希世の行持なり。

 江西馬祖の坐禅することは二十年なり。これ南嶽の密印を稟受するなり。伝法濟人のとき、坐禅をさしおくと道取せず。参学のはじめていたるには、かならず心印を密受せしむ。普請作務のところに、かならず先赴す。老にいたりて懈倦せず。いまの臨濟は江西の流なり。

 雲巌和尚と道悟と、おなじく薬山に参学して、ともにちかひをたてて、四十年わきを席につけず、一味参究す。法を洞山の悟本大師に伝付す。
洞山いはく、われ、欲打成一片、坐禅弁道已二十年(一片に打成せんと欲して、坐禅弁道すること已に二十年なり)。
 いまその道、あまねく伝付せり。

 雲居山弘覚大師、そのかみ三峰庵に住せしとき、天廚送食す。大師あるとき洞山に参じて、大道を決択して、さらに庵にかへる。天使また食を再送して師を尋見するに、三日をへて師をみることをえず。天廚をまつことなし、大道を所宗とす。弁肯の志気、おもひやるべし。

 百丈山大智禅師、そのかみ馬祖の侍者とありしより、入寂のゆふべにいたるまで、一日も為衆為人の勤仕なき日あらず。かたじけなく一日不作、一日不食のあとをのこすといふは、百丈禅師すでに年老臘高なり。なほ普請作務のところに、壮齢と同じく励力す。衆、これをいたむ。人、これをあはれむ。師、やまざるなり。つひに作務のとき、作務の具をかくして師にあたへざりしかば、師、その日一日不食なり。衆の作務にくははらざることをうらむる意旨なり。これを百丈の一日不作、一日不食のあとといふ。いま大宋国に流伝せる臨濟の玄風ならびに諸方叢林、おほく百丈の玄風を行持するなり。

 鏡清和尚住院のとき、土地神かつて師顔をみることをえず、たよりをえざるによりてなり。
参平山義忠禅師、そのかみ天廚送食す。大巓をみてのちに、天神また師をもとむるに、みることあたはず。

 後大潙和尚いはく、
 我二十年在潙山、喫潙山飯、屙潙山屙、不参潙山道。只牧得一頭水牯牛、終日露廻廻也
 (我れ二十年潙山に在て、潙山の飯を喫し、潙山の屙を屙し、潙山道に参ぜず。只一頭の水牯牛を牧得して、終日露廻廻なり)。
しるべし、一頭の水牯牛は二十年在潙山の行持より牧得せり。この師、かつて百丈の会下に参学しきたれり。しづかに二十年中の消息おもひやるべし、わするる時なかれ。たとひ参潙山道する人ありとも、不参潙山道の行持はまれなるべし。

 趙州観音院真際大師従諗和尚、とし六十一歳なりしに、はじめて発心求道をこころざす。瓶錫をたづさへて行脚し、遍歴諸方するに、つねにみづからいはく、
 七歳童児、若勝我者、我即問伊。百歳老翁、不及我者、我即教他
 (七歳の童児なりとも、若し我れよりも勝れば、我即ち伊に問ふべし。百歳の老翁も、我に及ばざれば、我即ち他を教ふべし)。
 かくのごとくして南泉の道を学得する功夫、すなはち二十年なり。年至八十のとき、はじめて趙州城東観音院に住して、人天を化導すること四十年来なり。いまだかつて一封の書をもて檀那につけず。僧堂おほきならず、前架なし、後架なし。あるとき、牀脚をれき。一隻の焼ほとけ断の燼木を、繩をもてこれをゆひつけて、年月を経歴し修行するに、知事この牀脚をかへんと請ずるに、趙州ゆるさず。
 古仏の家風、きくべし。
 趙州の趙州に住することは八旬よりのちなり、伝法よりこのかたなり。正法正伝せり、諸人これを古仏といふ。いまだ正法正伝せざらん余人は師よりもかろかるべし、いまだ八旬にいたらざらん余人は師よりも強健なるべし。壮年にして軽爾ならんわれら、なんぞ老年の崇重なるとひとしからん。はげみて弁道行持すべきなり。
 四十年のあひだ世財をたくはへず、常住に米穀なし。あるいは栗子椎子をひろふて食物にあつ、あるいは旋転飯食す。まことに上古龍象の家風なり、恋慕すべき操行なり。
  あるとき衆にしめしていはく、儞若一生不離叢林、不語十年五載、無人換儞作唖漢、已後諸仏也不奈儞何(儞若し一生叢林を離れず、不語なること十年五載ならんには、人の儞を喚んで唖漢と作る無し、已後には諸仏も也不奈儞何ならん)。これ行持をしめすなり。
しるべし、十年五載の不語、おろかなるに相似せりといへども、不離叢林の功夫によりて、不語なりといへども唖漢にあらざらん。仏道かくのごとし。仏道声をきかざらんは、不語の不唖漢なる道理あるべからず。しかあれば、行持の至妙は不離叢林なり。不離叢林は脱落なる全語なり。至愚のみづからは不唖漢をしらず、不唖漢をしらせず。阿誰か遮障せざれども、しらせざるなり。不唖漢なるを得恁麼なりときかず、得恁麼なりとしらざらんは、あはれむべき自己なり。不離叢林の行持、しづかに行持すべし。東西の風に東西することなかれ。十年五載の春風秋月、しらざれども声色透脱の道あり。その道得、われに不知なり、われに不会なり。行持の寸陰を可惜許なりと参学すべし。不語を空然なるとあやしむことなかれ。入之一叢林なり、出之一叢林なり。鳥路一叢林なり、偏界一叢林なり。
 大梅山は慶元府にあり。この山に護聖寺を草創す、法常禅師その本元なり。禅師は襄陽人なり。かつて馬祖の会に参じてとふ、如何是仏と。
 馬祖云く、即心是仏と。
 法常このことばをききて、言下大悟す。ちなみに大梅山の絶頂にのぼりて人倫に不群なり、草庵に独居す。松実を食し、荷葉を衣とす。かの山に少池あり、池に荷おほし。坐禅弁道すること三十余年なり。人事たえて見聞せず、年暦おほよそおぼえず、四山青又黄のみをみる。おもひやるにはあはれむべき風霜なり。
 師の坐禅には、八寸の鉄塔一基を頂上におく、如載宝冠なり。この塔を落地却せしめざらんと功夫すれば、ねぶらざるなり。その塔いま本山にあり、庫下に交割す。かくのごとく弁道すること、死にいたりて懈倦なし。
 かくのごとくして年月を経歴するに、鹽官の会より一僧きたりて、山にいりて拄杖をもとむるちなみに、迷山路して、はからざるに師の庵所にいたる。不期のなかに師をみる、すなはちとふ、和尚、この山に住してよりこのかた、多少時也。
 師いはく、只見四山青又黄(只四山の青又黄なるを見るのみ)。
この僧またとふ、出山路、向什麼処去(出山の路、什麼の処に向ひてか去かん)。
師いはく、随流去(流れに随ひて去くべし)。
 この僧あやしむこころあり。かへりて鹽官に挙似するに、鹽官いはく、そのかみ江西にありしとき、一僧を曽見す。それよりのち消息をしらず。莫是此僧否(是れ此の僧に莫ずや否や)。
つひに僧に命じて、師を請ずるに出山せず。偈をつくりて答するにいはく、
 摧残枯木倚寒林、
 幾度逢春不変心。
 樵客遇之猶不顧、
 郢人那得苦追尋。
 (摧残の枯木寒林に倚る、幾度か春に逢うて心を変ぜず。樵客之に遇うて猶顧みず、郢人那ぞ苦に追尋することを得ん。)
 つひにおもむかず。これよりのちに、なほ山奥へいらんとせしちなみに、有頌するにいはく、
 一池荷葉衣無尽、
 数樹松花食有余。
 剛被世人知住処、
 更移茅舍入深居。
(一池の荷葉衣るに尽くること無し、数樹の松花食するに余有り。剛世人に住処を知らる、更に茅舍を移して深居に入る。)
 つひに庵を山奥にうつす。
 あるとき、馬祖ことさら僧をつかはしてとはしむ、和尚そのかみ馬祖を参見せしに、得何道理、便住此山(何の道理を得てか便ち此山に住する)なる。
 師いはく、馬祖、われにむかひていふ、即心是仏。すなはちこの山に住す。
 僧いはく、近日は仏法また別なり。
 師いはく、作麼生別なる。
 僧いはく、馬祖いはく、非心非仏とあり。
 師いはく、這老漢、ひとを惑乱すること了期あるべからず。任他非心非仏、我祗管即心是仏(さもあらばあれ非心非仏、我れは祗管に即心是仏なり)。
 この道をもちて馬祖に挙似す。
 馬祖いはく、梅子熟也(梅子熟せり)。
 この因縁は、人天みなしれるところなり。天龍は師の神足なり、倶胝は師の法孫なり。高麗の迦智は、師の法を伝持して本国の初祖なり。いま高麗の諸師は師の遠孫なり。
 生前には一虎一象、よのつねに給侍す、あひあらそはず。師の円寂ののち、虎象いしをはこび、泥をはこびて師の塔をつくる。その塔いま護聖寺に現存せり。
 師の行持、むかしいまの知識とあるは、おなじくほむるところなり。劣慧のものはほむべしとしらず。貪名愛利のなかに仏法あらましと強為するは小量の愚見なり。

 五祖山の法演禅師いはく、師翁はじめて楊岐に住せしとき、老屋敗椽して、風雨之敝はなはだし。ときに冬暮なり、殿堂ことごとく舊損せり。そのなかに僧堂ことにやぶれ、雪霰満牀、居不遑処(雪霰牀に満ちて、居、処るに遑あらず)なり。雪頂の耆宿なほ澡雪し、厖眉の尊年、皺眉のうれへあるがごとし。衆僧やすく坐禅することなし。衲子、投誠して修造せんことを請ぜしに、師翁却之いはく、我仏有言、時当減劫、高岸深谷、遷変不常。安得円満如意、自求称足(我仏言へること有り、時、減劫に当つて、高岸深谷、遷変して常ならず。安くんぞ円満如意にして、自ら称足なるを求むることを得ん)ならん。古往の聖人、おほく樹下露地に経行す。古来の勝躅なり、履空の玄風なり。なんだち出家学道する、做手脚なほいまだおだやかならず。わづかにこれ四五十歳なり、たれかいたづらなるいとまありて豊屋をこととせん。つひに不従なり。
 翌日に上堂して、衆にしめしていはく、
 楊岐乍住屋壁疎、   満牀尽撒雪珍珠。
 縮却項、暗嗟嘘、
 翻憶古人樹下居。
(楊岐乍めて住す屋壁疎かなり、満牀尽く雪の珍珠を撒らす。項を縮却て、暗に嗟嘘す、翻って憶ふ、古人樹下に居せしことを。)
 つひにゆるさず。
 しかあれども、四海五湖の雲衲霞袂、この会に掛錫するを、ねがふところとせり。耽道の人おほきことをよろこぶべし。この道、こころにそむべし、この語、みに銘すべし。
 演和尚、あるときしめしていはく、行無越思、思無越行(行は思を越ゆることなく、思は行を越ゆることなし)。
 この語、おもくすべし。
 日夜思之、朝夕行之(日夜に之を思ひ、朝夕に之を行ふ)、いたづらに東西南北の風にふかるるがごとくなるべからず。いはんやこの日本国は、王臣の宮殿なほその豊屋にあらず、わづかにおろそかなる白屋なり。出家学道の、いかでか豊屋に幽棲するあらん。もし豊屋をえたるは、邪命にあらざるなし、清浄なるまれなり。もとよりあらんは論にあらず、はじめてさらに経營することなかれ。草庵白屋は、古聖の所住なり、古聖の所愛なり。晩学したひ参学すべし、たがゆることなかれ。黄帝尭舜等は、俗なりといへども草屋に居す、世界の勝躅なり。
 尸子曰、欲観黄帝之行、於合宮。欲観尭舜之行、於総章。黄帝明堂以草蓋之、名曰合宮。舜之明堂以草蓋之、名曰総章(尸子曰く、黄帝の行を観んと欲はば、合宮に於てすべし。尭舜の行を観んと欲はば、総章に於てすべし。黄帝の明堂は草を以て之を蓋く、名づけて合宮と曰ふ。舜の明堂は草を以て之を蓋く、名づけて総章と曰ふ)。
 しるべし、合宮総章はともに草をふくなり。いま黄帝尭舜をもてわれらにならべんとするに、なほ天地の論にあらず。これなほ草蓋を明堂とせり。俗なほ草屋に居す、出家人いかでか高堂大観を所居に擬せん。慚愧すべきなり。古人の樹下に居し、林間にすむ、在家出家ともに愛する所住なり。黄帝は崆峒道人広成の弟子なり、広成は崆峒といふ巌のなかにすむ。いま大宋国の国王大臣、おほくこの玄風をつたふるなり。
 しかあればすなはち、塵労中人なほかくのごとし。出家人いかでか塵労中人より劣ならん、塵労中人よりもにごれらん。向来の仏祖のなかに、天の供養をうくるおほし。しかあれども、すでに得道のとき、天眼およばず、鬼神たよりなし。そのむね、あきらむべし。天衆神道もし仏祖の行履をふむときは、仏祖にちかづくみちあり。仏祖あまねく天衆神道を超証するには、天衆神道はるかに見上のたよりなし、仏祖のほとりにちかづきがたきなり。
 南泉いはく、老僧修行のちからなくして鬼神に覰見せらる。しるべし、無修の鬼神に覰見せらるるは、修行のちからなきなり。

 太白山宏智禅師正覚和尚の会に、護伽藍神いはく、われきく、覚和尚この山に住すること十余年なり。つねに寝堂にいたりてみんとするに、不能前なり、未之識なり。
 まことに有道の先蹤にあひあふなり。この天童山は、もとは小院なり。覚和尚の住裡に、道士観、尼寺、教院等を掃除して、いまの景徳寺となせり。
 師、遷化ののち、左朝奉大夫侍御史王伯庠、因に師の行業記を記するに、ある人いはく、かの道士観、尼寺、教院をうばひて、いまの天童寺となせることを記すべし。御史いはく不可也。此事非僧徳矣(不可なり、此の事、僧徳に非ず)。ときの人、おほく侍御史をほむ。
 しるべし、かくのごとくの事は俗の能なり、僧の徳にあらず。おほよそ仏道に登入する最初より、はるかに三界の人天をこゆるなり。三界の所使にあらず、三界の所見にあらざること、審細に咨問すべし。身口意および依正をきたして功夫参究すべし。仏祖行持の功徳、もとより人天を濟度する巨益ありとも、人天さらに仏祖の行持にたすけらるると覚知せざるなり。
 いま仏祖の大道を行持せんには、大隠小隠を論ずることなく、聰明鈍癡をいとふことなかれ。ただながく名利をなげすてて、万縁に繋縛せらるることなかれ。光陰をすごさず、頭燃をはらふべし。大悟をまつことなかれ、大悟は家常の茶飯なり。不悟をねがふことなかれ、不悟は髻中の宝珠なり。ただまさに家郷あらんは家郷をはなれ、恩愛あらんは恩愛をはなれ、名あらんは名をのがれ、利あらんは利をのがれ、田園あらんは田園をのがれ、親族あらんは親族をはなるべし。名利等なからんも又はなるべし。すでにあるをはなる、なきをもはなるべき道理あきらかなり。それすなはち一條の行事なり。生前に名利をなげすてて一事を行持せん、仏寿長遠の行事なり。いまこの行持、さだめて行持に行持せらるるなり。この行持あらん身心、みづからも愛すべし、みづからもうやまふべし。

 大慈寰中禅師いはく、説得一丈、不如行取一尺。説得一尺、不如行取一寸(一丈を説得せんよりは、一尺を行取せんに如かず。一尺を説得せんよりは、一寸を行取せんに如かず)。
 これは、時人の行持おろそかにして仏道の通達をわすれたるがごとくなるをいましむるににたりといへども、一丈の説は不是とにはあらず、一尺の行は一丈説よりも大功なりといふなり。なんぞただ丈尺の度量のみならん、はるかに須弥と芥子との論功もあるべきなり。須弥に全量あり、芥子に全量あり。行持の大節、これかくのごとし。いまの道得は寰中の自為道にあらず、寰中の自為道なり。

 洞山悟本大師道、説取行不得底、行取説不得底(行不得底を説取し、説不得底を行取す)。
 これ高祖の道なり。その宗旨は、行は説に通ずるみちをあきらめ、説の行に通ずるみちあり。しかあれば、終日とくところに終日おこなふなり。その宗旨は、行不得底を行取し、説不得底を説取するなり。
 雲居山弘覚大師、この道を七通八達するにいはく、
 説時無行路、行時無説路。
 この道得は、行説なきにあらず、その説時は、一生不離叢林なり。その行時は、洗頭到雪峰前なり。説時無行路、行時無説路、さしおくべからず、みだらざるべし。

 古来の仏祖いひきたれることあり、いはゆる若人生百歳、不会諸仏機、未若生一日、而能決了之(若し人、生きて百歳あらんも、諸仏の機を会せずは、未だ生きて一日にして、能く之を決了せんには若かじ)。
 これは一仏二仏のいふところにあらず、諸仏の道取しきたれるところ、諸仏の行取しきたれるところなり。百千万劫の囘生囘死のなかに、行持ある一日は、髻中の明珠なり、同生同死の古鏡なり。よろこぶべき一日なり、行持力みづからよろこばるるなり。行持のちからいまだいたらず、仏祖の骨髄うけざるがごときは、仏祖の身心ををしまず、仏祖の面目をよろこばざるなり。仏祖の面目骨髄、これ不去なり、如去なり、如来なり、不来なりといへども、かならず一日の行持に稟受するなり。しかあれば、一日はおもかるべきなり。いたづらに百歳いけらんは、うらむべき日月なり、かなしむべき形骸なり。たとひ百歳の日月は声色の奴婢と馳走すとも、そのなか一日の行持を行取せば、一生の百歳を行取するのみにあらず、百歳の他生をも度取すべきなり。この一日の身命はたふとぶべき身命なり。たふとぶべき形骸なり。かるがゆゑに、いけらんこと一日ならんは、諸仏の機を会せば、この一日を曠劫多生にもすぐれたりとするなり。このゆゑに、いまだ決了せざらんときは、一日をいたづらにつかふことなかれ。この一日はをしむべき重宝なり。尺璧の價直に擬すべからず、驪珠にかふることなかれ。古賢をしむこと身命よりもすぎたり。
 しづかにおもふべし、驪珠はもとめつべし、尺璧はうることもあらん。一生百歳のうちの一日は、ひとたびうしなはん、ふたたびうることなからん。いづれの善巧方便ありてか、すぎにし一日をふたたびかへしえたる。紀事の書にしるさざるところなり。もしいたづらにすごさざるは、日月を皮袋に包含して、もらさざるなり。しかあるを、古聖先賢は、日月ををしみ光陰ををしむこと、眼睛よりもをしむ、国土よりもをしむ。そのいたづらに蹉過するといふは、名利の浮世に濁乱しゆくなり。いたづらに蹉過せずといふは、道にありながら道のためにするなり。
 すでに決了することをえたらん、又一日をいたづらにせざるべし。ひとへに道のために行取し、道のために説取すべし。このゆゑにしりぬ、古来の仏祖いたづらに一日の功夫をつひやさざる儀、よのつねに観想すべし。遅遅花日も明窓に坐しておもふべし、蕭蕭雨夜も白屋に坐してわするることなかれ。光陰なにとしてかわが功夫をぬすむ。一日をぬすむのみにあらず、多劫の功徳をぬすむ。光陰とわれと、なんの怨家ぞ。うらむべし、わが不修のしかあらしむるなるべし。われ、われとしたしからず、われ、われをうらむるなり。仏祖も恩愛なきにあらず、しかあれどもなげすてきたる。仏祖も諸縁なきにあらず、しかあれどもなげすてきたる。たとひをしむとも、自他の因縁をしまるべきにあらざるがゆゑに。われもし恩愛をなげすてずは、恩愛かへりてわれをなげすつべき云為あるなり。恩愛をあはれむべくは恩愛をあはれむべし。恩愛をあはれむといふは、恩愛をなげすつるなり。

 南嶽大慧禅師懐譲和尚、そのかみ曹谿に参じて、執侍すること十五秋なり。しかうして伝道授業すること、一器水瀉一器(一器の水を一器に寫す)なることをえたり。古先の行履、もとも慕古すべし。十五秋の風霜、われをわづらはすおほかるべし。しかあれども純一に究弁す、これ晩進の亀鏡なり。寒爐に炭なく、ひとり虚堂にふせり、涼夜に燭なく、ひとり明窓に坐する、たとひ一知半解なくとも、無為の絶学なり。これ行持なるべし。
 おほよそ、ひそかに貪名愛利をなげすてきたりぬれば、日日に行持の積功のみなり。このむね、わするることなかれ。説似一物即不中は、八箇年の行持なり。古今まれなりとするところ、賢不肖ともにこひねがふ行持なり。

 香厳の智閑禅師は、大潙に耕道せしとき、一句を道得せんとするに数番つひに道不得なり。これをかなしみて、書籍を火にやきて、行粥飯僧となりて年月を経歴しき。のちに武当山にいりて、大証の舊跡をたづねて結草為庵し、放下幽棲す。一日わづかに道路を併浄するに、礫のほどばしりて竹にあたりて声をなすによりて、忽然として悟道す。のちに香厳寺に住して、一盂一衲を平生に不換なり。奇巌清泉をしめて、一生偃息の幽棲とせり。行跡おほく本山にのこれり。平生に山をいでざりけるといふ。

 臨濟院慧照大師は、黄檗の嫡嗣なり。黄檗の会にありて三年なり。純一に弁道するに、睦州陳尊宿の教訓によりて、仏法の大意を黄檗にとふこと三番するに、かさねて六十棒を喫す。なほ励志たゆむことなし。大愚にいたりて大悟することも、すなはち黄檗睦州釈尊宿の教訓なり。祖席の英雄は臨濟徳山といふ。しかあれども、徳山いかにしてか臨濟におよばん。まことに臨濟のごときは群に群せざるなり。そのときの群は、近代の拔群よりも拔群なり。行業純一にして行持拔群せりといふ、幾枚幾般の行持なりとおもひ、擬せんとするに、あたるべからざるものなり。
 師在黄檗、与黄檗栽杉松次、黄檗問師曰、深山裏、栽許多樹作麼(師、黄檗に在りしとき、黄檗と与に杉松を栽うる次でに、黄檗、師に問うて曰く、深山の裏に、許多の樹を栽ゑて作麼)。
 師曰、一与山門為境致、二与後人作標榜、乃将鍬拍地両下(師曰く、一には山門の与に境致と為し、二には後人の与に標榜と作す、乃ち鍬を将て地を拍つこと両下す)。
 黄檗拈起拄杖曰、雖然如是、汝已喫我三十棒了也(黄檗拄杖を拈起して曰く、然も是の如くなりと雖も、汝已に我が三十棒を喫し了れり)。
 師作嘘嘘声(師、嘘嘘声をなす)。
 黄檗曰、吾宗到汝大興於世(黄檗曰く、吾が宗汝に到つて大きに世に興らん)。
 しかあればすなはち、得道ののちも杉松などをうゑけるに、てづからみづから鍬柄をたづさへけるとしるべし。吾宗到汝大興於世、これによるべきものならん。栽松道者の古蹤、まさに単伝直指なるべし。黄檗も臨濟とともに栽樹するなり。黄檗のむかしは、捨衆して、大安精舍の労侶に混迹して、殿堂を掃洒する行持あり。仏殿を掃洒し、法堂を掃洒す。心を掃洒すると行持をまたず、ひかりを掃洒すると行持をまたず。裴相国と相見せし、この時節なり。

 唐宣宗皇帝は、憲宗皇帝第二の子なり。少而より敏黠なり。よのつねに結跏趺坐を愛す。宮にありてつねに坐禅す。穆宗は宣宗の兄なり。穆宗在位のとき、早朝罷に、宣宗すなはち戯而して、龍牀にのぼりて、揖群臣勢をなす。大臣これをみて心風なりとす。すなはち穆宗に奏す。穆宗みて宣宗を撫而していはく、我弟乃吾宗之英冑也(我が弟は乃ち吾が宗の英冑なり)。ときに宣宗、としはじめて十三なり。
 穆宗は長慶四年晏駕あり。穆宗に三子あり、一は敬宗、二は文宗、三は武宗なり。敬宗父位をつぎて、三年に崩ず。文宗継位するに、一年といふに、内臣謀而、これを易す。武宗即位するに、宣宗いまだ即位せずして、をひのくににあり。武宗つねに宣宗をよぶに癡叔といふ。武宗は会昌の天子なり。仏法を廃せし人なり。武宗あるとき宣宗をめして、昔日ちちのくらゐにのぼりしことを罰して、一頓打殺して、後花園のなかにおきて、不浄を潅するに復生す。
 つひに父王の邦をはなれて、ひそかに香厳禅師の会に参して、剃頭して沙弥となりぬ。しかあれど、いまだ不具戒なり。志閑禅師をともとして遊方するに、盧山にいたる。因に志閑みづから瀑布を題していはく、
 穿崖透石不辞労、
 遠地方知出処高。
(崖を穿ち石を透して労を辞せず、遠地方に知るぬ出処の高きことを。)
 この両句をもて、沙弥を釣他して、これいかなる人ぞとみんとするなり。沙弥これを続していはく、
 谿澗豈能留得住、
 終帰大海作波涛。
(谿澗豈能く留め得て住めんや、終に大海に帰して波涛と作る。)
 この両句をみて、沙弥はこれつねの人にあらずとしりぬ。
 のちに杭州鹽官斉安国師の会にいたりて書記に充するに、黄檗禅師、ときに鹽官の首座に充す。ゆゑに黄檗と連単なり。黄檗、ときに仏殿にいたりて礼仏するに、書記いたりてとふ、不著仏求、不著法求、不著僧求、長老用礼何為(仏に著いて求めず、法に著いて求めず、僧に著いて求めず、長老礼を用ゐて何にかせん)。
 かくのごとく問著するに、黄檗便掌して、沙弥書記にむかひて道す、不著仏求、不著法求、不著僧求、常礼如是事(仏に著て求めず、法に著て求めず、僧に著て求めず、常に如是の事を礼す)。
 かくのごとく道しをはりて、又掌すること一掌す。
 書記いはく、太麁生なり。
 黄檗いはく、遮裏是什麼所在、更説什麼麁細(遮裏は是れ什麼なる所在なればか、更に什麼の麁細をか説く)。
 また書記を掌すること一掌す。
 書記ちなみに休去す。
 武宗ののち、書記つひに還俗して即位す。武宗の廃仏法を廃して、宣宗すなはち仏法を中興す。宣宗は即位在位のあひだ、つねに坐禅をこのむ。未即位のとき、父王のくにをはなれて、遠地の谿澗に遊方せしとき、純一に弁道す。即位ののち、昼夜に坐禅すといふ。まことに父王すでに崩御す、兄帝また晏駕す、をひのために打殺せらる。あはれむべき窮子なるがごとし。しかあれども、励志うつらず弁道功夫す、奇代の勝躅なり、天真の行持なるべし。

 雪峰真覚大師義存和尚、かつて発心よりこのかた、掛錫の叢林および行程の接待、みちはるかなりといへども、ところをきらはず、日夜の坐禅おこたることなし。雪峰草創の露堂堂にいたるまで、おこたらずして坐禅と同死す。咨参のそのかみは九上洞山、参到投子する、奇世の弁道なり。行持の清厳をすすむるには、いまの人おほく雪峰高行といふ。雪峰の昏昧は諸人とひとしといへども、雪峰の伶俐は、諸人のおよぶところにあらず。これ行持のしかあるなり。いまの道人、かならず雪峰の澡雪をまなぶべし。しづかに雪峰の諸方に参学せし筋力をかへりみれば、まことに宿有霊骨の功徳なるべし。
 いま有道の宗匠の会をのぞむに、真実請参せんとするとき、そのたより、もとも難弁なり。ただ二十、三十箇の皮袋にあらず、百千人の面面なり。おのおの実帰をもとむ、授手の日くれなんとす、打春の夜あけなんとす。あるいは師の普説するときは、わが耳目なくしていたづらに見聞をへだつ。耳目そなはるときは、師またときをはりぬ。耆宿尊年の老古錐すでに拊掌笑呵呵のとき、新戒晩進のおのれとしては、むしろのすゑを接するたよりなほまれなるがごとし。堂奥にいるといらざると、師決をきくときかざるとあり。光陰は矢よりもすみやかなり、露命は身よりももろし。師はあれどもわれ参不得なるうらみあり、参ぜんとするに師不得なるかなしみあり。かくのごとくの事、まのあたりに見聞せしなり。
 大善知識かならず人をしる徳あれども、耕道功夫のとき、あくまで親近する良縁まれなるものなり。雪峰のむかし洞山にのぼれりけんにも、投子にのぼれりけんにも、さだめてこの事煩をしのびけん。この行持の法操あはれむべし、参学せざらんはかなしむべし。

正法眼蔵 行持 第十六 上

                                仁治癸卯正月十八日書寫了
                                同三月八日校點了 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:03
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正 法 眼 蔵    光 明こうみょう  第十五  
光 明

大宋国湖南長沙招賢大師、上堂示衆云、
尽十方界、是沙門眼。尽十方界、是沙門家常語。尽十方界、是沙門全身。尽十方界、是自己光明。尽十方界、自己在光明裏。尽十方界、無一人不是自己。(尽十方界、是れ沙門の眼。尽十方界、是れ沙門の家常語。尽十方界、是れ沙門の全身。尽十方界、是れ自己の光明。尽十方界、自己の光明裏に在り。尽十方界、一人として是れ自己にあらざる無し。)
仏道の参学、かならず勤学すべし。転疎転遠なるべからず。これによりて光明を学得せる作家、まれなるものなり。
震旦国、後漢の孝明皇帝、帝諱は荘なり、廟号は顯宗皇帝とまうす。光武皇帝の第四の御子なり。孝明皇帝の御宇、永平十年戊辰のとし、摩騰迦、竺法蘭、はじめて仏教を漢国に伝来す。焚経台のまへに道士の邪徒を降伏し、諸仏の神力をあらはす。それよりのち、梁武帝の御宇、普通年中にいたりて、初祖みづから西天より南海の広州に幸す。これ正法眼蔵正伝の嫡嗣なり、釈迦牟尼仏より二十八世の法孫なり。ちなみに嵩山の少室峰少林寺に掛錫しまします。法を二祖太祖禅師に正伝せりし、これ仏祖光明の親曽なり。それよりさきは仏祖の光明を見聞せるなかりき、いはんや自己の光明をしれるあらんや。たとひその光明は頂額より擔来して相逢すといへども、自己の眼睛に参学せず。このゆゑに、光明の長短方円をあきらめず、光明の巻舒斂放をあきらめず。光明の相逢を猒却するゆゑに、光明と光明と転疎転遠なり。この疎遠たとひ光明なりとも、疎遠に罣礙せらるるなり。
転疎転遠の臭皮袋おもはくは、仏光も自己光明も、赤白青黄にして火光水光のごとく、珠光玉光のごとく、龍天の光のごとく、日月の光のごとくなるべしと見解す。或従知識し、或従経巻すといへども、光明の言教をきくには、螢光のごとくならんとおもふ、さらに眼睛頂額の参学にあらず。漢より隋唐宋および而今にいたるまで、かくのごとくの流類おほきのみなり。文字の法師に習学することなかれ、禅師胡乱の説、きくべからず。
いはゆる仏祖の光明は尽十方界なり、尽仏尽祖なり、唯仏与仏なり。仏光なり、光仏なり。仏祖は仏祖を光明とせり。この光明を修証して、作仏し、坐仏し、証仏す。このゆゑに、此光照東方万八千仏土の道著あり。これ話頭光なり。此光は仏光なり、照東方は東方照なり。東方は彼此の俗論にあらず、法界の中心なり、拳頭の中央なり。東方を罣礙すといへども、光明の八両なり。此土に東方あり、他土に東方あり、東方に東方ある宗旨を参学すべし。万八千といふは、万は半拳頭なり、半即心なり。かならずしも十千にあらず、万万百万等にあらず。仏土といふは、眼睛裡なり。照東方のことばを見聞して、一條白練去を東方へひきわたせらんがごとくに憶想参学するは学道にあらず。尽十方界は東方のみなり、東方を尽十方界といふ。このゆゑに尽十方界あるなり。尽十方界と開演する話頭すなはち万八千仏土の聞声するなり。

唐憲宗皇帝は、穆宗、宣宗、両皇帝の帝父なり。敬宗、文宗、武宗、三皇帝の祖父なり。仏舍利を拝請して、入内供養のちなみに、夜放光明あり。皇帝大絓し、早朝の群臣、みな賀表をたてまつるにいはく、陛下の聖徳聖感なり。
ときに一臣あり、韓愈文公なり。字は退之といふ。かつて仏祖の席末に参学しきたれり。文公ひとり賀表せず。
憲宗皇帝宣問す、群臣みな賀表をたてまつる、卿なんぞ賀表せざる。
文公奏対す、微臣かつて仏書をみるにいはく、仏光は青黄赤白にあらず。いまのこれ龍神衛護の光明なり。
皇帝宣問す、いかにあらんかこれ仏光なる。
文公無対なり。
いまこの文公、これ在家の士俗なりといへども、丈夫の志氣あり。囘天転地の材といひぬべし。かくのごとく参学せん、学道の初心なり。不如是学は非道なり。たとひ講経して天花をふらすとも、いまだこの道理にいたらずは、いたづらの功夫なり。たとひ十聖三賢なりとも、文公と同口の長舌を保任せんとき、発心なり修証なり。
しかありといへども、韓文公なほ仏書を見聞せざるところあり。いはゆる仏光非青黄赤白等の道、いかにあるべしとか学しきたれる。卿もし青黄赤白をみて仏光にあらずと参学するちからあらば、さらに仏光をみて青黄赤白とすることなかれ。憲宗皇帝もし仏祖ならんには、かくのごとくの宣問ありぬべし。
しかあれば明明の光明は百草なり。百草の光明、すでに根茎枝葉、花菓光色、いまだ与奪あらず。五道の光明あり、六道の光明あり。這裏是什麼処在なればか、説光説明する。云何忽生山河大地なるべし。長沙道の尽十方界、是自己光明の道取を審細に参学すべきなり。光明、自己、尽十方界を参学すべきなり。
生死去来は光明の去来なり。超凡越聖は、光明の藍朱なり。作仏作祖は、光明の玄黄なり。修証はなきにあらず、光明の染汚なり。草木牆壁、皮肉骨髄、これ光明の赤白なり。烟霞水石、鳥道玄路、これ光明の廻環なり。自己の光明を見聞するは、値仏の証験なり、見仏の証験なり。尽十方界は是自己なり。是自己は尽十方界なり。廻避の余地あるべからず。たとひ廻避の地ありとも、これ出身の活路なり。而今の髑髏七尺、すなはち尽十方界の形なり、象なり。仏道に修証する尽十方界は、髑髏形骸、皮肉骨髄なり。

雲門山大慈雲匡真大師は、如来世尊より三十九世の兒孫なり。法を雪峰真覚大師に嗣す。仏衆の晩進なりといへども、祖席の英雄なり。たれか雲門山に光明仏の未曽出世と道取せん。
あるとき、上堂示衆云、人人尽有光明在、看時不見暗昏昏、作麼生是諸人光明在(人人尽く光明の在る有り、看る時見ず暗昏昏なり。作麼生ならんか是れ諸人の光明在ること)。
衆無対(衆、対ふること無し)。
自代云(自ら代て云く)、僧堂仏殿廚庫三門。
いま大師道の人人尽有光明在は、のちに出現すべしといはず、往世にありしといはず、傍観の現成といはず。人人、自有、光明在と道取するを、あきらかに聞持すべきなり。百千の雲門をあつめて同参せしめ、一口同音に道取せしむるなり。人人、尽有、光明在は、雲門の自構にあらず、人人の光明みづから拈光為道なり。人人尽有光明とは、渾人自是光明在なり。光明といふは人人なり。光明を拈得して、依報正報とせり。光明尽有人人在なるべし、光明自是人人在なり、人人自有人人在なり、光光自有光光在なり、有有尽有有有在なり、尽尽有有尽尽在なり。
しかあればしるべし、人人尽有の光明は、現成の人人なり。光光、尽有の人人なり。しばらく雲門にとふ、なんぢなにをよんでか人人とする、なにをよんでか光明とする。
雲門みづからいはく、作麼生是光明在。
この問著は、疑殺話頭の光明なり。しかあれども、恁麼道著すれば、人人、光光なり。
ときに衆無対。
たとひ百千の道得ありとも、無対を拈じて道著するなり。これ仏祖使用伝の正法眼蔵涅槃妙心なり。
雲門自代云、僧堂仏殿廚庫三門。
いま道取する自代は、雲門に自代するなり、大衆に自代するなり、光明に自代するなり。僧堂仏殿廚庫三門に自代するなり。しかあれども、雲門なにをよんでか僧堂仏殿廚庫三門とする。大衆および人人をよんで僧堂仏殿廚庫三門とすべからず。いくばくの僧堂仏殿廚庫三門かある。雲門なりとやせん、七仏なりとやせん。四七なりとやせん、二三なりとやせん。拳頭なりとやせん、鼻孔なりとやせん。いはくの僧堂仏殿廚庫三門、たとひいづれの仏祖なりとも、人人をまぬかれざるものなり。このゆゑに人人にあらず。しかありしよりこのかた、有仏殿の無仏なるあり、無仏殿の無仏なるあり。有光仏あり、無光仏あり。無仏光あり、有仏光あり。

雪峰山真覚大師、示衆云、僧堂前、与諸人相見了也(僧堂前に、諸人と相見し了れり)。
これすなはち雪峰の通身是眼睛時なり、雪峰の雪峰を覰見する時節なり。僧堂の僧堂と相見するなり。
保福、挙問鵞湖、僧堂前且置、什麼処望州亭、烏石嶺相見(保福、挙して鵞湖に問ふ、僧堂前は且く置く、什麼の処か望州亭、烏石嶺の相見なる)。
鵞湖、驟歩帰方丈(鵞湖、驟歩して方丈に帰る)。
保福、便入僧堂(保福便ち僧堂に入る)。
いま帰方丈、入僧堂、これ話頭出身なり。相見底の道理なり、相見了也僧堂なり。

地蔵院真応大師云、典座入庫堂(典座庫堂に入る)。
この話頭は、七仏已前事なり。

正法眼蔵光明第十五

仁治三年壬寅夏六月二日夜、三更四點、示衆于観音導利興聖悪林寺。于時梅雨霖霖、簷頭滴滴。作麼生是光明在。大家未免雲門道覰破
寛元甲辰臘月中三日在越州大仏寺之侍司書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:03
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正 法 眼 蔵    空 華くうげ  第十四  
空 華

高祖道、一花開五葉、結果自然成。
この華開の時節、および光明色相を参学すべし。一華の重は五葉なり、五葉の開は一華なり。一華の道理の通ずるところ、吾本来此土、伝法救迷情なり。光色の尋処は、この参学なるべきなり。結果任你結果なり、自然成をいふ。自然成といふは、修因感果なり。公界の因あり、公界の果あり。この公界の因果を修し、公界の因果を感ずるなり。自は己なり、己は必定これ你なり、四大五蘊をいふ。使得無位真人のゆゑに、われにあらず、たれにあらず。このゆゑに不必なるを自といふなり。然は聴許なり。自然成すなはち華開結果の時節なり、伝法救迷の時節なり。たとへば、優鉢羅華の開敷の時処は、火裏火時なるがごとし。鑽火焔火みな優鉢羅華の開敷処なり、開敷時なり。もし優鉢羅華の時処にあらざれば、一星火の出生するなし、一星火の活計なきなり。しるべし、一星火に百千朶の優鉢羅花ありて、空に開敷し、地に開敷するなり。過去に開敷し、現在に開敷するなり。火の現時現処を見聞するは、優鉢羅花を見聞するなり。優鉢羅華の時処をすごさず見聞すべきなり。
古先いはく、優鉢羅華火裏開。
しかあれば、優鉢羅華はかならず火裏に開敷するなり。火裏をしらんとおもはば、優鉢羅華開敷のところなり。人見天見を執して、火裏をならはざるべからず。疑著せんことは、水中に蓮花の生ぜるも疑著しつべし。枝條に諸華あるをも疑著しつべし。又疑著すべくは、器世間の安立も疑著しつべし。しかあれども疑著せず。仏祖にあらざれば花開世界起をしらず。華開といふは、前三三後三三なり。この員数を具足せんために、森羅をあつめていよよかにせるなり。
この道理を到来せしめて、春秋をはかりしるべし。ただ春秋に華果あるにあらず、有時かならず花果あるなり。華果ともに時節を保任せり、時節ともに花果を保任せり。このゆゑに百草みな華果あり、諸樹みな華果あり。金銀銅鉄珊瑚頗梨樹等、みな華果あり。地水火風空樹みな花果あり。人樹に花あり、人花に花あり、枯木に花あり。かくのごとくあるなかに、世尊道、虚空華あり。
しかあるを、少聞少見のともがら、空華の彩光葉華いかなるとしらず、わづかに空華と聞取するのみなり。しるべし、仏道に空華の談あり、外道は空華の談をしらず、いはんや覚了せんや。ただし、諸仏諸祖、ひとり空華地華の開落をしり、世界華等の開落をしれり。空華地華世界花等の経典なりとしれり。これ学仏の規矩なり。仏祖の所乗は空華なるがゆゑに、仏世界および諸仏法、すなはちこれ空華なり。
しかあるに、如来道の翳眼所見は空華とあるを伝聞する凡愚おもはくは、翳眼といふは、衆生の顛倒のまなこをいふ。病眼すでに顛倒なるゆゑに、浄虚空に空花を見聞するなりと消息す。この理致を執するによりて、三界六道、有仏無仏、みなあらざるをありと妄見するとおもへり。この迷妄の眼翳もしやみなば、この空華みゆべからず。このゆゑに空本無華と道取すると活計するなり。あはれむべし、かくのごとくのやから、如来道の空華の時節始終をしらず。諸仏道の翳眼空華の道理、いまだ凡夫外道の所見にあらざるなり。諸仏如来、この空華を修行して衣座室をうるなり、得道得果するなり。拈華し瞬目する、みな翳眼空花の現成する公案なり。正法眼蔵涅槃妙心いまに正伝して断絶せざるを翳眼空華といふなり。菩提涅槃、法身自性等は、空華の開五葉の両三葉なり。
釈迦牟尼仏言、亦如翳人、見空中華、翳病若除、華於空滅(また翳人の空中の華を見るが如し、翳病若し除こほれば、華空に滅す)。
この道著、あきらむる学者いまだあらず。空をしらざるがゆゑに空華をしらず、空華をしらざるがゆゑに翳人をしらず、翳人をみず、翳人にあはず、翳人ならざるなり。翳人と相見して、空華をもしり、空華をもみるべし。空華をみてのちに、華於空滅をもみるべきなり。ひとたび空花やみなば、さらにあるべからずとおもふは、小乗の見解なり。空華みえざらんときは、なににてあるべきぞ。ただ空花は所捨となるべしとのみしりて、空花ののちの大事をしらず、空華の種熟脱をしらず。
いま凡夫の学者、おほくは陽気のすめるところ、これ空ならんとおもひ、日月星辰のかかれるところを空ならんとおもへるによりて假令すらくは、空華といはんは、この清気のなかに、浮雲のごとくして、飛花の風にふかれて東西し、および昇降するがごとくなる彩色のいできたらんずるを、空花といはんずるとおもへり。能造所造の四大、あはせて器世間の諸法、ならびに本覚本性等を空花といふとは、ことにしらざるなり。又諸法によりて能造の四大等ありとしらず、諸法によりて器世間は住法位なりとしらず、器世間によりて諸法ありとばかり知見するなり。眼翳によりて空花ありとのみ覚了して、空花によりて眼翳あらしむる道理を覚了せざるなり。
しるべし、仏道の翳人といふは本覚人なり、妙覚人なり、諸仏人なり、三界人なり、仏向上人なり。おろかに翳を妄法なりとして、このほかに真法ありと学することなかれ。しかあらんは小量の見なり。翳花もし妄法ならんは、これを妄法と邪執する能作所作、みな妄法なるべし。ともに妄法ならんがごときは、道理の成立すべきなし。成立する道理なくは、翳華の妄法なること、しかあるべからざるなり。悟の翳なるには、悟の衆法、ともに翳荘厳の法なり。迷の翳なるには、迷の衆法、ともに翳荘厳の法なり。しばらく道取すべし、翳眼平等なれば空花平等なり、翳眼無生なれば空華無生なり、諸法実相なれば翳花実相なり。過現来を論ずべからず、初中後にはかかはれず。生滅に罣礙せざるゆゑに、よく生滅をして生滅せしむるなり。空中に生じ、空中に滅す。翳中に生じ、翳中に滅す。華中に生じ、花中に滅す。乃至諸余の時処もまたまたかくのごとし。
空華を学せんこと、まさに衆品あるべし。翳眼の所見あり、明眼の所見あり。仏眼の所見あり、祖眼の所見あり。道眼の所見あり、瞎眼の所見あり。三千年の所見あり、八百年の所見あり。百劫の所見あり、無量劫の所見あり。これらともにみな空花をみるといへども、空すでに品品なり、華また重重なり。
まさにしるべし、空は一草なり、この空かならず花さく、百草に花さくがごとし。この道理を道取するとして、如来道は空本無華と道取するなり。本無花なりといへども、今有花なることは、桃李もかくのごとし、梅柳もかくのごとし。梅昨無華、梅春有華と道取せんがごとし。しかあれども、時節到来すればすなはちはなさく花時なるべし、花到来なるべし。この花到来の正当恁麼時、みだりなることいまだあらず。
梅柳の花はかならず梅柳にさく。花をみて梅柳をしる、梅柳をみて花をわきまふ。桃李の花いまだ梅柳にさくことなし。梅柳の花は梅柳にさき、桃李の花は桃李にさくなり。空花の空にさくも、またまたかくのごとし。さらに余草にさかず、余樹にさかざるなり。空花の諸色をみて、空菓の無窮なるを測量するなり。空花の開落をみて、空花の春秋を学すべきなり。空花の春と余花の春と、ひとしかるべきなり。空花のいろいろなるがごとく、春時もおほかるべし。このゆゑに古今の春秋あるなり。空花は実にあらず、余花はこれ実なりと学するは、仏教を見聞せざるものなり。空本無華の説をききて、もとよりなかりつる空花のいまあると学するは、短慮少見なり。進歩して遠慮あるべし。
祖師いはく、華亦不曽生。この宗旨の現成、たとへば華亦不曽生、花亦不曽滅なり。花亦不曽花なり、空亦不曽空の道理なり。華時の前後を胡乱して、有無の戯論あるべからず。華はかならず諸色にそめたるがごとし、諸色かならずしも華にかぎらず。諸時また青黄赤白等のいろあるなり。春は花をひく、華は春をひくものなり。

張拙秀才は、石霜の俗弟子なり。悟道の頌をつくるにいはく、
光明寂照遍河沙(光明寂照、河沙に遍し)。
この光明、あらたに僧堂仏殿廚庫山門を現成せり。遍河沙は光明現成なり、現成光明なり。
凡聖含霊共我家(凡聖含霊、共に我が家)。
凡夫賢聖なきにあらず、これによりて凡夫賢聖を謗ずることなかれ。
一念不生全体現(一念不生にして全体現ず)。
念念一一なり。これはかならず不生なり、これ全体全現なり。このゆゑに一念不生と道取す。
六根纔動被雲遮(六根纔かに動ずれば雲に遮へらる)。
六根はたとひ眼耳鼻舌身意なりとも、かならずしも二三にあらず、前後三三なるべし。動は如須彌山なり、如大地なり、如六根なり、如纔動なり。動すでに如須彌山なるがゆゑに、不動また如須彌山なり。たとへば、雲をなし水をなすなり。
断除煩悩重増病(煩悩を断除すれば重ねて病を増す)。
従来やまふなきにあらず、仏病祖病あり。いまの智断は、やまふをかさね、やまふをます。断除の正当恁麼時、かならずそれ煩悩なり。同時なり、不同時なり。煩悩かならず断除の法を帶せるなり。
趣向真如亦是邪(真如に趣向するも亦た是れ邪なり)。
真如を背する、これ邪なり。真如に向する、これ邪なり。真如は向背なり、向背の各各にこれ真如なり。たれかしらん、この邪の亦是真如なることを。
随順世縁無罣礙(世縁に随順して罣礙無し)。
世縁と世縁と随順し、随順と随順と世縁なり。これを無罣礙といふ。罣礙不罣礙は、被眼礙に慣習すべきなり。
涅槃生死是空華(涅槃と生死と是れ空華)。
涅槃といふは、阿耨多羅三藐三菩提なり。仏祖および仏祖の弟子の所住これなり。生死は真実人体なり。この涅槃生死は、その法なりといへども、これ空花なり。空華の根茎枝葉、花果光色、ともに空花の花開なり。空花かならず空菓をむすぶ、空種をくだすなり。いま見聞する三界は、空花の五葉開なるゆゑに不如三界、見於三界なり。この諸法実相なり、この諸法華相なり。乃至不測の諸法、ともに空花空果なり、梅柳桃李とひとしきなりと参学すべし。

大宋国福州芙蓉山霊訓禅師、初参帰宗寺至真禅師問、如何是仏(大宋国福州芙蓉山霊訓禅師、初め帰宗寺の至真禅師に参じて問ふ、如何ならんか是れ仏)。
帰宗云、我向汝道、汝還信否(我れ汝に向つて道はんに、汝また信ずるや否や)。
師云、和尚誠言、何敢不信(和尚の誠言、何ぞ敢て信ぜざらん)。
帰宗云、即汝便是(即ち汝便ち是なり)。
師云、如何保任(如何が保任せん)。
帰宗云、一翳在眼、空花乱墜(一翳眼に在れば、空花乱墜す)。
いま帰宗道の一翳在眼空花乱墜は、保任仏の道取なり。しかあればしるべし、翳花の乱墜は諸仏の現成なり、眼空の花果は諸仏の保任なり。翳をもて眼を現成せしむ、眼中に空花を現成し、空花中に眼を現成せり。空花在眼、一翳乱墜。一眼在空、衆翳乱墜なるべし。ここをもて、翳也全機現、眼也全機現、空也全機現、花也全機現なり。乱墜は千眼なり、通身眼なり。おほよそ一眼の在時在処、かならず空花あり、眼花あるなり。眼花を空花とはいふ、眼花の道取、かならず開明なり。このゆゑに、

瑯椰山広照大師いはく、奇哉十方仏、元是眼中花。欲識眼中花、元是十方仏。欲識十方仏、不是眼中華。欲識眼中花、不是十方仏。於此明得、過在十方仏、若未明得、声聞作舞、独覚臨粧(奇なる哉十方仏、元より是れ眼中の花なり。眼中の花を識らんと欲はば、元是れ十方仏なり。十方仏を識らんと欲はば、是れ眼中華にあらず。眼中花を識らんと欲はば、是れ十方仏にあらず。此に於て明得すれば、過十方仏に在り。若し未だ明得せずは、声聞作舞し、独覚臨粧す)。
しるべし、十方仏の実ならざるにあらず、もとこれ眼中花なり。十方諸仏の住位せるところは眼中なり、眼中にあらざれば諸仏の住処にあらず。眼中花は、無にあらず有にあらず、空にあらず実にあらず、おのづからこれ十方仏なり。いまひとへに十方諸仏と欲識すれば眼中花にあらず、ひとへに眼中花と欲識すれば十方諸仏にあらざるがごとし。かくのごとくなるゆゑに、明得未明得、ともに眼中花なり、十方仏なり。欲識および不是、すなはち現成の奇哉なり、大奇なり。
仏仏祖祖の道取する、空華地華の宗旨、それ恁麼の逞風流なり。空華の名字は経師論師もなほ聞及すとも、地華の命脈は、仏祖にあらざれば見聞の因縁あらざるなり。
地花の命脈を知及せる仏祖の道取あり。

大宋国石門山の慧徹禅師は、梁山下の尊宿なり。ちなみに僧ありてとふ、如何是山中悪(如何ならんか是れ山中の悪)。
この問取の宗旨は、たとへば、如何是仏(如何ならんか是れ仏)と問取するにおなじ、如何是道と問取するがごとくなり。
師いはく、空華従地発、蓋国買無門無(空華地より発け、蓋国買ふに門無し)。
この道取、ひとへに自余の道取に準的すべからず。よのつねの諸方は、空花の空花を論ずるには、於空に生じてさらに於空に滅するとのみ道取す。従空しれる、なほいまだあらず。いはんや従地としらんや。ただひとり石門のみしれり。従地といふは、初中後つひに従地なり。発は開なり。この正当恁麼のとき、従尽大地発なり、従尽大地開なり。
蓋国買無門は、蓋国買はなきにあらず、買無門なり。従地発の空華あり、従花開の尽地あり。
しかあればしるべし、空華は、地空ともに開発せしむる宗旨なり。

正法眼蔵空華第十四

爾時寛元元年癸卯三月十日在観音導利興聖悪林寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:03
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正 法 眼 蔵    海印三昧かいいんざんまい  第十三  
海印三昧

諸仏諸祖とあるに、かならず海印三昧なり。この三昧の游泳に、説時あり、証時あり、行時あり。海上行の功徳、その徹底行あり。これを深深海底行なりと海上行するなり。流浪生死を還源せしめんと願求する、是什麼心行にはあらず。従来の透関破節、もとより諸仏諸祖の面面なりといへども、これ海印三昧の朝宗なり。
仏言、但以衆法、合成此身。起時唯法起、滅時唯法滅。此法起時、不言我起。此法滅時、不言我滅。
前念後念、念念不相待。前法後法、法法不相対。是即名為海印三昧。
(仏言はく、但衆法を以て此身を合成す。起時は唯法の起なり、滅時は唯法の滅なり。此の法起る時、我起ると言はず。此の法滅する時、我滅すと言はず。
前念後念、念念不相待なり。前法後法、法法不相対なり。是れを即ち名づけて海印三昧とす。)

この仏道を、くはしく参学功夫すべし。得道入証はかならずしも多聞によらず、多語によらざるなり。多聞の広学はさらに四句に得道し、恆沙の遍学、つひに一句偈に証入するなり。いはんやいまの道は、本覚を前途にもとむるにあらず、始覚を証中に拈来するにあらず。おほよそ本覚等を現成せしむるは仏祖の功徳なりといへども、始覚本覚等の諸覚を仏祖とせるにはあらざるなり。
いはゆる海印三昧の時節は、すなはち但以衆法の時節なり、但以衆法の道得なり。このときを合成此身といふ。衆法を合成せる一合相、すなはち此身なり。此身を一合相とせるにあらず、衆法合成なり。合成此身を此身と道得せるなり。
起時唯法起。この法起、かつて起をのこすにあらず。このゆゑに、起は知覚にあらず、知見にあらず、これを不言我起といふ。我起を不言するに、別人は此法起と見聞覚知し、思量分別するにはあらず。さらに向上の相見のとき、まさに相見の落便宜あるなり。起はかならず時節到来なり、時は起なるがゆゑに。いかならんかこれ起なる、起也なるべし。
すでにこれ時なる起なり。皮肉骨髄を独露せしめずといふことなし。起すなはち合成の起なるがゆゑに、起の此身なる、起の我起なる、但以衆法なり。声色と見聞するのみにあらず、我起なる衆法なり、不言なる我起なり。不言は不道にはあらず、道得は言得にあらざるがゆゑに、起時は此法なり、十二時にあらず。此法は起時なり、三界の競起にあらず。
古仏いはく、忽然火起。この起の相待にあらざるを、火起と道取するなり。
古仏いはく、起滅不停時如何(起滅不停の時如何)。
しかあれば、起滅は我我起、我我滅なるに不停なり。この不停の道取、かれに一任して弁肯すべし。この起滅不停時を仏祖の命脈として断続せしむ。起滅不停時は是誰起滅(是れ誰が起滅ぞ)なり。是誰起滅は、應以此身得度者なり、即現此身なり、而為説法なり。過去心不可得なり、汝得吾髄なり、汝得吾骨なり。是誰起滅なるゆゑに。
此法滅時、不言我滅。まさしく不言我滅のときは、これ此法滅時なり。滅は法の滅なり。滅なりといへども法なるべし。法なるゆゑに客塵にあらず、客塵にあらざるゆゑに不染汚なり。ただこの不染汚、すなはち諸仏諸祖なり。汝もかくのごとしといふ、たれか汝にあらざらん。前念後念あるはみな汝なるべし。吾もかくのごとしといふ、たれか吾にあらざらん。前念後念はみな吾なるがゆゑに。この滅に多般の手眼を荘厳せり。いはゆる無上大涅槃なり、いはゆる謂之死(之を死と謂ふ)なり、いはゆる執為断(執して断と為す)なり、いはゆる為所住(所住と為す)なり。いはゆるかくのごとくの許多手眼、しかしながら滅の功徳なり。滅の我なる時節に不言なると、起の我なる時節に不言なるとは、不言の同生ありとも、同死の不言にはあらざるべし。すでに前法の滅なり、後法の滅なり。法の前念なり、法の後念なり。為法の前後法なり、為法の前後念なり。不相待は為法なり、不相待は法為なり。不相対ならしめ、不相待ならしむるは八九成の道得なり。滅の四大五蘊を手眼とせる、拈あり收あり。滅の四大五蘊を行程とせる、進歩あり相見あり。このとき、通身是手眼、還是不足なり。遍身是手眼、還是不足なり。
おほよそ滅は仏祖の功徳なり。いま不相対と道取あり、不相待と道取あるは、しるべし、起は初中後起なり。官不容針、私通車馬(官には針を容れず、私に車馬を通ず)なり。滅を初中後に相待するにあらず、相対するにあらず。従来の滅処に忽然として起法すとも、滅の起にはあらず、法の起なり。法の起なるゆゑに不対待相なり。また滅と滅と相待するにあらず、相対するにあらず。滅も初中後滅なり、相逢不拈出、挙意便知有(相逢ふては拈出せず、意を挙すれば便ち有ることを知る)なり。従来の起処に忽然として滅すとも、起の滅にあらず、法の滅なり。法の滅なるがゆゑに不相対待なり。たとひ滅の是即にもあれ、たとひ起の是即にもあれ、但以海印三昧、名為衆法なり。是即の修証はなきにあらず、只此不染汚、名為海印三昧なり。
三昧は現成なり、道得なり。背手摸枕子の夜間なり。夜間のかくのごとく背手摸枕子なる、摸枕子は億億万劫のみにあらず、我於海中、唯常宣説妙法華経なり。不言我起なるがゆゑに我於海中なり。前面も一波纔動万波随なる常宣説なり、後面も万波纔動一波随の妙法華経なり。たとひ千尺万尺の絲綸を卷舒せしむとも、うらむらくはこれ直下垂なることを。いはゆるの前面後面は我於海面なり。前頭後頭といはんがごとし。前頭後頭といふは頭上安頭なり。海中は有人にあらず、我於海は世人の住処にあらず、聖人の愛処にあらず。我於ひとり海中にあり。これ唯常の宣説なり。この海中は中間に属せず、内外に属せず、鎮常在説法華経なり。東西南北に不居なりといへども、満船空載月明帰(満船空しく月明を載せて帰る)なり。この実帰は便帰来なり。たれかこれを滯水の行履なりといはん。ただ仏道の劑限に現成するのみなり。これを印水の印とす。さらに道取す、印空の印なり。さらに道取す、印泥の印なり。印水の印、かならずしも印海の印にはあらず、向上さらに印海の印なるべし。これを海印といひ、水印といひ、泥印といひ、心印といふなり。心印を単伝して印水し、印泥し、印空するなり。

曹山元証大師、因僧問、承教有言、大海不宿死屍、如何是海(承る教に言へること有り、大海死屍を宿せずと。如何なるか是れ海)。
師云、包含万有。
僧云、為什麼不宿死屍(什麼と為てか死屍を宿せざる)。
師云く、絶気者不著。
僧曰く、既是包含万有、為什麼絶気者不著(既に是れ包含万有、什麼と為てか絶気の者不著なる)。
師云く、万有非其功絶気(万有、その功、絶気に非ず)。
この曹山は、雲居の兄弟なり。洞山の宗旨、このところに正的なり。いま承教有言といふは、仏祖の正教なり。凡聖の教にあらず、附仏法の小教にあらず。
大海不宿死屍。いはゆる大海は、内海外海等にあらず、八海等にはあらざるべし。これらは学人のうたがふところにあらず。海にあらざるを海と認ずるのみにあらず、海なるを海と認ずるなり。たとひ海と強為すとも、大海といふべからざるなり。大海はかならずしも八功徳水の重淵にあらず、大海はかならずしも鹹水等の九淵にあらず。衆法は合成なるべし。大海かならずしも深水のみにてあらんや。このゆゑに、いかなるか海と問著するは、大海のいまだ人天にしられざるゆゑに、大海を道著するなり。これを問著せん人は、海執を動著せんとするなり。
不宿死屍といふは、不宿は明頭来明頭打、暗頭来暗頭打なるべし。死屍は死灰なり、幾度逢春不変心(幾度か春に逢ふも心を変ぜず)なり。死屍といふは、すべて人人いまだみざるものなり。このゆゑにしらざるなり。
師いはく包含万有は、海を道著するなり。宗旨の道得するところは、阿誰なる一物の万有を包含するといはず、包含、万有なり。大海の万有を包含するといふにあらず。包含万有を道著するは、大海なるのみなり。なにものとしれるにあらざれども、しばらく万有なり。仏面祖面と相見することも、しばらく万有を錯認するなり。包含のときは、たとひ山なりとも高高峰頭立のみにあらず。たとひ水なりとも深深海底行のみにあらず。收はかくのごとくなるべし、放はかくのごとくなるべし。仏性海といひ、毘盧蔵海といふ、ただこれ万有なり。海面みえざれども、游泳の行履に疑著する事なし。
たとへば、多福一叢竹を道取するに、一茎両茎曲なり。三茎四茎斜なるも、万有を錯失せしむる行履なりとも、なにとしてかいまだいはざる、千曲万曲なりと。なにとしてかいはざる、千叢万叢なりと。一叢の竹、かくのごとくある道理、わすれざるべし。曹山の包含万有の道著、すなはちなほこれ万有なり。
僧のいはく為什麼絶気者不著は、あやまりて疑著の面目なりといふとも、是什麼心行なるべし。従来疑著這漢なるときは、従来疑著這漢に相見するのみなり。什麼処在に為什麼絶気者不著なり。為什麼不宿死屍なり。這頭にすなはち既是包含万有、為什麼絶気者不著なり。しるべし、包含は著にあらず、包含は不宿なり。万有たとひ死屍なりとも、不宿の直須万年なるべし。不著の這老僧一著子なるべし。
曹山の道すらく万有非其功絶気。いはゆるは、万有はたとひ絶気なりとも、たとひ不絶気なりとも、不著なるべし。死屍たとひ死屍なりとも、万有に同参する行履あらんがごときは包含すべし、包含なるべし。万有なる前程後程、その功あり、これ絶気にあらず。いはゆる一盲引衆盲なり。一盲引衆盲の道理は、さらに一盲引一盲なり、衆盲引衆盲なり。衆盲引衆盲なるとき、包含万有、包含于包含万有なり。さらにいく大道にも万有にあらざる、いまだその功夫現成せず、海印三昧なり。

正法眼蔵海印三昧第十三

仁治三年壬寅孟夏二十日記于観音導利興聖悪林寺
寛元元年癸卯書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:02
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正 法 眼 蔵    坐禅箴ざぜんしん  第十二
坐 禅 箴

観音導利興聖悪林寺
薬山弘道大師、坐次有僧問、兀兀地思量什麼(薬山弘道大師、坐次に、有る僧問ふ、兀兀地什麼をか思量せん)。
師云、思量箇不思量底(箇の不思量底を思量す)。
僧云、不思量底如何思量(不思量底、如何が思量せん)。
師云、非思量。
大師の道かくのごとくなるを証して、兀坐を参学すべし、兀坐正伝すべし。兀坐の仏道につたはれる参究なり。兀兀地の思量ひとりにあらずといへども、薬山の道は其一なり。いはゆる思量箇不思量底なり、思量の皮肉骨髄なるあり、不思量の皮肉骨髄なるあり。
僧のいふ、不思量底如何思量。
まことに不思量底たとひふるくとも、さらにこれ如何思量なり。兀兀地に思量なからんや、兀兀地の向上なにによりてか通ぜざる。賎近の愚にあらずは、兀兀地を問著する力量あるべし、思量あるべし。
大師いはく、非思量。
いはゆる非思量を使用すること玲瓏なりといへども、不思量底を思量するには、かならず非思量をもちゐるなり。非思量にたれあり、たれ我を保任す。兀兀地たとひ我なりとも、思量のみにあらず、兀兀地を学頭するなり。兀兀地たとひ兀兀地なりとも、兀兀地いかでか兀兀地を思量せん。しかあればすなはち、兀兀地は仏量にあらず、法量にあらず、悟量にあらず、会量にあらざるなり。薬山かくのごとく単伝すること、すでに釈迦牟尼仏より直下三十六代なり。薬山より向上をたづぬるに、三十六代に釈迦牟尼仏あり。かくのごとく正伝せる、すでに思量箇不思量底あり。
しかあるに、近年おろかなる杜撰いはく、功夫坐禅、得胸襟無事了、便是平穏地也(功夫坐禅は、胸襟無事なることを得了りぬれば、便ち是れ平穏地なり)。この見解、なほ小乗の学者におよばず、人天乗よりも劣なり。いかでか学仏法の漢とはいはん。見在大宋国に恁麼の功夫人おほし、祖道の荒蕪かなしむべし。
又一類の漢あり、坐禅弁道はこれ初心晩学の要機なり、かならずしも仏祖の行履にあらず。行亦禅、坐亦禅、語黙動静体安然(行もまた禅、坐もまた禅、語黙動静に体安然)なり。ただいまの功夫のみにかかはることなかれ。臨濟の余流と称ずるともがら、おほくこの見解なり。仏法の正命つたはれることおろそかなるによりて恁麼道するなり。なにかこれ初心、いづれか初心にあらざる、初心いづれのところにかおく。
しるべし、学道のさだまれる参究には、坐禅弁道するなり。その榜様の宗旨は、作仏をもとめざる行仏あり。行仏さらに作仏にあらざるがゆゑに、公案見成なり。身仏さらに作仏にあらず、籮籠打破すれば坐仏さらに作仏をさへず。正当恁麼のとき、千古万古、ともにもとよりほとけにいり魔にいるちからあり。進歩退歩、したしく溝にみち壑にみつ量あるなり。

江西大寂禅師、ちなみに南嶽大慧禅師に参学するに、密受心印よりこのかた、つねに坐禅す。
南嶽あるとき大寂のところにゆきてとふ、大徳、坐禅図箇什麼(坐禅は箇の什麼を図る)。
この問、しづかに功夫参学すべし。そのゆゑは、坐禅より向上にあるべき図のあるか、坐禅より格外に図すべき道のいまだしきか、すべて図すべからざるか。当時坐禅せるに、いかなる図か現成すると問著するか。審細に功夫すべし。彫龍を愛するより、すすみて真龍を愛すべし。彫龍、真龍ともに雲雨の能あること学習すべし。遠を貴することなかれ、遠を賎することなかれ、遠に慣熟なるべし。近を賎することなかれ、近を貴することなかれ、近に慣熟なるべし。目をかろくすることなかれ、目をおもくすることなかれ。耳をおもくすることなかれ、耳をかろくすることなかれ、耳目をして聰明ならしむべし。
江西いはく、図作仏(作仏を図る)。
この道、あきらめ達すべし。作仏と道取するは、いかにあるべきぞ。ほとけに作仏せらるるを作仏と道取するか、ほとけを作仏するを作仏と道取するか、ほとけの一面出、両面出するを作仏と道取するか。図作仏は脱落にして、脱落なる図作仏か。作仏たとひ万般なりとも、この図に葛藤しもてゆくを図作仏と道取するか。
しるべし、大寂の道は、坐禅かならず図作仏なり、坐禅かならず作仏の図なり。図は作仏より前なるべし、作仏より後なるべし、作仏の正当恁麼時なるべし。且問すらくは、この一図、いくそばくの作仏を葛藤すとかせん。この葛藤、さらに葛藤をまつふべし。このとき、尽作仏の條條なる葛藤、かならず尽作仏の端的なる、みなともに條條の図なり。一図を廻避すべからず。一図を廻避するときは、喪身失命するなり。喪身失命するとき、一図の葛藤なり。
南嶽ときに一塼をとりて石上にあててとぐ。
大寂つひにとふにいはく、師、作什麼(師、什麼をか作す)。
まことに、たれかこれを磨塼とみざらん、たれかこれを磨塼とみん。しかあれども、磨塼はかくのごとく作什麼と問せられきたるなり。作什麼なるは、かならず磨塼なり。此土他界ことなりといふとも、磨塼いまだやまざる宗旨あるべし。自己の所見を自己の所見と決定せざるのみにあらず、万般の作業に参学すべき宗旨あることを一定するなり。しるべし、仏をみるに仏をしらず、会せざるがごとく、水をみるをもしらず、山をみるをもしらざるなり。眼前の法、さらに通路あるべからずと倉卒なるは、仏学にあらざるなり。
南嶽いはく、磨作鏡(磨して鏡と作す)。
この道旨、あきらむべし。磨作鏡は、道理かならずあり。見成の公案あり、虚設なるべからず。塼はたとひ塼なりとも、鏡はたとひ鏡なりとも、磨の道理を力究するに、許多の榜様あることをしるべし。古鏡も明鏡も、磨塼より作鏡をうるなるべし、もし諸鏡は磨塼よりきたるとしらざれば、仏祖の道得なし、仏祖の開口なし、仏祖の出気を見聞せず。
大寂いはく、磨塼豈得成鏡耶(磨塼豈に鏡を成すことを得んや)。
まことに磨塼の鉄漢なる、他の力量をからざれども、磨塼は成鏡にあらず、成鏡たとひ漸なりとも、すみやかなるべし。
南嶽いはく、坐禅豈得作仏耶(坐禅豈に作仏を得んや)。
あきらかにしりぬ、坐禅の作仏をまつにあらざる道理あり、作仏の坐禅にかかはれざる宗旨かくれず。 大寂いはく、如何即是(如何にして即ち是ならん)。
いまの道取、ひとすぢに這頭の問著に相似せりといへども、那頭の即是をも問著するなり。たとへば、親友の親友に相見する時節をしるべし。われに親友なるはかれに親友なり。如何、即是、すなはち一時の出現なり。
南嶽いはく、如人駕車、車若不行、打車即是、打牛即是(人の車を駕するが如き、車若し行かずは、車を打つが即ち是か、牛を打つが即ち是か)。
しばらく、車若不行といふは、いかならんかこれ車行、いかならんかこれ車不行。たとへば、水流は車行なるか、水不流は車行なるか。流は水の不行といふつべし、水の行は流にあらざるもあるべきなり。しかあれば、車若不行の道を参究せんには、不行ありとも参ずべし、不行なしとも参ずべし、時なるべきがゆゑに。若不行の道、ひとへに不行と道取せるにあらず。打車即是、打牛即是といふ、打車もあり、打牛もあるべきか。打車と打牛とひとしかるべきか、ひとしからざるべきか。世間に打車の法なし、凡夫に打車の法なくとも、仏道に打車の法あることをしりぬ、参学の眼目なり。たとひ打車の法あることを学すとも、打牛と一等なるべからず、審細に功夫すべし。打牛の法たとひよのつねにありとも、仏道の打牛はさらにたずね参学すべし。水牯牛を打牛するか、鉄牛を打牛するか、泥牛を打牛するか、鞭打なるべきか、尽界打なるべきか、尽心打なるべきか、打併髄なるべきか、拳頭打なるべきか。拳打拳あるべし、牛打牛あるべし。
大寂無対なる、いたづらに蹉過すべからず。抛塼引玉あり、囘頭換面あり。この無対さらに攙奪すべからず。
南嶽、又しめしていはく、汝学坐禅、為学坐仏(汝坐禅を学せば、坐仏を学すと為す)。
この道取を参究して、まさに祖宗の要機を弁取すべし。いはゆる学坐禅の端的いかなりとしらざるに、学坐仏としりぬ。正嫡の兒孫にあらずよりは、いかでか学坐禅の学坐仏なると道取せん。まことにしるべし、初心の坐禅は最初の坐禅なり、最初の坐禅は最初の坐仏なり。
坐禅を道取するにいはく、若学坐禅、禅非坐臥(若し坐禅を学せば、禅は坐臥に非ず)。 いまいふところは、坐禅は坐禅なり、坐臥にあらず。坐臥にあらずと単伝するよりこのかた、無限の坐臥は自己なり。なんぞ親疎の命脈をたづねん、いかでか迷悟を論ぜん、たれか智断をもとめん。 南嶽いはく、若学坐仏、仏非定相(若し坐仏を学せば、仏は定相に非ず)。
いはゆる道取を道取せんには恁麼なり。坐仏の一仏二仏のごとくなるは、非定相を荘厳とせるによりてなり。いま仏非定相と道取するは、仏相を道取するなり。非定相仏なるがゆゑに、坐仏さらに廻避しがたきなり。しかあればすなはち、仏非定相の荘厳なるゆゑに、若学坐禅すなはち坐仏なり。たれか無住法におきて、ほとけにあらずと取捨し、ほとけなりと取捨せん。取捨さきより脱落せるによりて坐仏なるなり。
南嶽いはく、汝若坐仏、即是殺仏(汝若し坐仏せば、即是殺仏なり)。 いはゆるさらに坐仏を参究するに、殺仏の功徳あり。坐仏の正当恁麼時は殺仏なり。殺仏の相好光明は、たづねんとするにかならず坐仏なるべし。殺の言、たとひ凡夫のごとくにひとしくとも、ひとへに凡夫と同ずべからず。又坐仏の殺仏なるは、有什麼形段(什麼なる形段か有る)と参究すべし。仏功徳すでに殺仏なるを拈挙して、われらが殺人未殺人をも参学すべし。
若執坐相、非達其理(若し坐相を執せば、その理に達するに非ず)。
いはゆる執坐相とは、坐相を捨し、坐相を触するなり。この道理は、すでに坐仏するには、不執坐相なることえざるなり。不執坐相なることえざるがゆゑに、執坐相はたとひ玲瓏なりとも、非達其理なるべし。恁麼の功夫を脱落身心といふ。いまだかつて坐せざるものにこの道のあるにあらず。打坐時にあり、打坐人にあり、打坐仏にあり、学坐仏にあり。ただ人の坐臥する坐の、この打坐仏なるにあらず。人坐のおのづから坐仏仏坐に相似なりといへども、人作仏あり、作仏人あるがごとし。作仏人ありといへども、一切人は作仏にあらず、ほとけは一切人にあらず。一切仏は一切人のみにあらざるがゆゑに、人かならず仏にあらず、仏かならず人にあらず。坐仏もかくのごとし。
南嶽江西の師勝資強、かくのごとし。坐仏の作仏を証する、江西これなり。作仏のために坐仏をしめす、南嶽これなり。南嶽の会に恁麼の功夫あり、薬山の会に向来の道取あり。
しるべし、仏仏祖祖の要機とせるは、これ坐仏なりといふことを。すでに仏仏祖祖とあるは、この要機を使用せり。いまだしきは夢也未見在なるのみなり。おほよそ西天東地に仏法つたはるるといふは、かならず坐仏のつたはるるなり。それ要機なるによりてなり。仏法つたはれざるには坐禅つたはれず、嫡嫡相承せるはこの坐禅の宗旨のみなり。この宗旨いまだ単伝せざるは仏祖にあらざるなり。この一法あきらめざれば万法あきらめざるなり、万行あきらめざるなり。法法あきらめざらんは明眼といふべからず、得道にあらず。いかでか仏祖の今古ならん。ここをもて仏祖かならず坐禅を単伝すると一定すべし。
仏祖の光明に照臨せらるるといふは、この坐禅を功夫参究するなり。おろかなるともがらは、仏光明をあやまりて、日月の光明のごとく、珠火の光耀のごとくあらんずるとおもふ。日月の光耀は、わづかに六道輪廻の業相なり、さらに仏光明に比すべからず。仏光明といふは、一句を受持聴聞し、一法を保任護持し、坐禅を単伝するなり。光明にてらさるるにおよばざれば、この保任なし、この信受なきなり。
しかあればすなはち、古来なりといへども、坐禅を坐禅なりとしれるすくなし。いま現在大宋国の諸山に、甲刹の主人とあるもの、坐禅をしらず、学せざるおほし。あきらめしれるありといへども、すくなし。諸寺にもとより坐禅の時節さだまれり。住持より諸僧ともに坐禅するを本分の事とせり、学者を勧誘するにも坐禅をすすむ。しかあれども、しれる住持人はまれなり。このゆゑに、古来より近代にいたるまで、坐禅銘を記せる老宿一両位あり、坐禅儀を撰せる老宿一両位あり。坐禅箴を記せる老宿一両位あるなかに、坐禅銘、ともにとるべきところなし、坐禅儀、いまだその行履にくらし。坐禅をしらず、坐禅を単伝せざるともがらの記せるところなり。景徳伝灯録にある坐禅箴、および嘉泰普灯録にあるところの坐禅銘等なり。あはれむべし、十方の叢林に経歴して一生をすごすといへども、一坐の功夫あらざることを。打坐すでになんぢにあらず、功夫さらにおのれと相見せざることを。打坐すでになんぢにあらず、功夫さらにおのれと相見せざることを。これ坐禅のおのれが身心をきらふにあらず、真箇の功夫をこころざさず、倉卒に迷酔せるによりてなり。かれらが所集は、ただ還源返本の様子なり、いたづらに息慮凝寂の経営なり。観練蝉修の階級におよばず、十地等覚の見解におよばず、いかでか仏仏祖祖の坐禅を単伝せん。宋朝の録者あやまりて録せるなり、晩学すててみるべからず。
坐禅箴は、大宋国慶元府太白名山天童景徳寺、宏智禅師正覚和尚の撰せるのみ仏祖なり、坐禅箴なり、道得是なり。ひとり法界の表裏に光明なり、古今の仏祖に仏祖なり。前仏後仏この箴に箴せられもてゆき、今祖古祖この箴より現成するなり。かの坐禅箴は、すなはちこれなり。

坐禅箴 敕謚宏智禅師正覚撰
仏仏要機、祖祖機要。 (仏仏の要機、祖祖の機要)
不触事而知、不対縁而照。 (事を触せずして知り、縁に対せずして照らす)
不触事而知、其知自微。 (事を触せずして知る、其の知自ら微なり)
不対縁而照、其照自妙。 (縁に対せずして照す、其の照自ら妙なり)
其知自微、曽無分別之思。 (其の知自ら微なるは、曽て分別の思ひ無し)
其照自妙、曽無毫忽之兆。 (其の照自ら妙なるは、曽て毫忽の兆し無し)
曽無分別之思、其知無偶而奇。 (曽て分別の思無き、其の知無偶にして奇なり)
曽無毫忽之兆、其照無取而了。 (曽て毫忽の兆し無き、其の照取ること無くして了なり)
水清徹底兮、魚行遅遅。 (水清んで底に徹つて、魚の行くこと遅遅)
空闊莫涯兮、鳥飛杳杳。 (空闊くして涯りなし、鳥の飛ぶこと杳杳なり)

いはゆる坐禅箴の箴は、大用現前なり、声色向上威儀なり、父母未生前の節目なり。莫謗仏祖好(仏祖を謗ずること莫くんば好し)なり、未免喪身失命(未だ免れず喪身失命することを)なり、頭長三尺頚短二寸なり。
仏仏要機
仏仏はかならず仏仏を要機とせる、その要機現成せり、これ坐禅なり。
祖祖機要
先師無此語なり。この道理これ祖祖なり。法伝衣伝あり。おほよそ囘頭換面の面面、これ仏仏要機なり。換面囘頭の頭頭、これ祖祖機要なり。
不触事而知
知は覚知にあらず、覚知は小量なり。了知の知にあらず、了知は造作なり。かるがゆゑに、知は不触事なり、不触事は知なり。遍知と度量すべからず、自知と局量すべからず。その不触事といふは、明頭来明頭打、暗頭来暗頭打なり、坐破孃生皮なり。
不対縁而照
この照は照了の照にあらず、霊照にあらず、不対縁を照とす。照の縁と化せざるあり、縁これ照なるがゆゑに。不対といふは、遍界不曽蔵なり、破界不出頭なり。微なり、妙なり、囘互不囘互なり。
其知自微、曽無分別之思
思の知なる、かならずしも他力をからず。其知は形なり、形は山河なり。この山河は微なり、この微は妙なり、使用するに活撥撥なり。龍を作するに、禹門の内外にかかはれず。いまの一知わづかに使用するは、尽界山河を拈来し、尽力して知するなり。山河の親切にわが知なくは、一知半解あるべからず。分別思量のおそく来到するとなげくべからず。已曽分別なる仏仏、すでに現成しきたれり。曽無は已曽なり、已曽は現成なり。しかあればすなはち、曽無分別は、不逢一人なり。
其照自妙、曽無毫忽之兆
毫忽といふは尽界なり。しかあるに、自妙なり、自照なり。このゆゑに、いまだ将来せざるがごとし。目をあやしむことなかれ、耳を信ずべからず、直須旨外明宗、莫向言中取則(直に旨外に宗を明らむべし、言中に向つて則を取ること莫れ)なるは、照なり。このゆゑに無偶なり、このゆゑに無取なり。これを奇なりと住持しきたり、了なりと保任しきたるに、我却疑著(我れ却つて疑著せり)なり。
水清徹底兮、魚行遅遅 水清といふは、空にかかれる水は清水に不徹底なり。いはんや器界に泓澄する、水清の水にあらず。邊際に涯岸なき、これを徹底の清水とす。うをもしこの水をゆくは行なきにあらず。行はいく万程となくすすむといへども不測なり、不窮なり。はかる岸なし、うかむ空なし、しづむそこなきがゆゑに測度するたれなし。測度を論ぜんとすれば徹底の清水のみなり。坐禅の功徳、かの魚行のごとし。千程万程、たれか卜度せん。徹底の行程は、挙体の不行鳥道なり。
空闊莫涯兮、鳥飛杳杳
空闊といふは、天にかかれるにあらず。天にかかれる空は闊空にあらず。いはんや彼此に普遍なるは闊空にあらず。穏顯に表裏なき、これを闊空といふ。とりもしこの空をとぶは飛空の一法なり。飛空の行履、はかるべきにあらず。飛空は尽界なり、尽界飛空なるがゆゑに。この飛、いくそばくといふことしらずといへども、卜度のほかの道取を道取するに、杳杳と道取するなり。直須足下無絲去なり。空の飛去するとき、鳥も飛去するなり。鳥の飛去するに、空も飛去するなり。飛去を参究する道取にいはく、只在這裏なり。これ兀兀地の箴なり。いく万程か只在這裏をきほひいふ。

宏智禅師の坐禅箴かくのごとし。諸代の老宿のなかに、いまだいまのごとくの坐禅箴あらず。諸方の臭皮袋、もしこの坐禅箴のごとく道取せしめんに、一生二生のちからをつくすとも道取せんことうべからざるなり。いま諸方にみえず、ひとりこの箴のみあるなり。
先師上堂の時、尋常に云く、宏智、古仏なり。自余の漢を恁麼いふこと、すべてなかりき。知人の眼目あらんとき、仏祖をも知音すべきなり。まことにしりぬ、洞山に仏祖あることを。
いま宏智禅師より後八十余年なり、かの坐禅箴をみて、この坐禅箴を撰す。いま仁治三年壬寅三月十八日なり。今年より紹興二十七年十月八日にいたるまで、前後を算数するに、わづかに八十五年なり。いま撰する坐禅箴、これなり。

坐禅箴 仏仏要機、祖祖機要。(仏仏の要機、祖祖の機要)
不思量而現、不囘互而成。(不思量にして現じ、不囘互にて成ず)
不思量而現、其現自親。(不思量にして現ず、其の現自ら親なり)
不囘互而成、其成自証。(不囘互にして成ず、其の成自ら証なり)
其現自親、曽無染汚。(其の現自ら親なり、曽て染汚無し)
其成自証、曽無正偏。(其の成自ら証なり、曽て正偏無し)
曽無染汚之親、其親無委而脱落。(曽て染汚無きの親、其の親無にして脱落なり)
曽無正偏之証、其証無図而功夫。(曽て正偏無きの証、其の証無図にして功夫なり)
水清徹地兮、魚行似魚。(水清んで徹地なり、魚行いて魚に似たり)
空闊透天兮、鳥飛如鳥。(空闊透天なり、鳥飛んで鳥の如し)
宏智禅師の坐禅箴、それ道未是にあらざれども、さらにかくのごとく道取すべきなり。おほよそ仏祖の兒孫、かならず坐禅を一大事なりと参学すべし。これ単伝の正印なり。

正法眼蔵坐禅箴第十二

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:02
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正 法 眼 蔵    坐禅儀ざぜんぎ  第十一  
坐 禅 儀

参禅は坐禅なり。坐禅は静処よろし。坐蓐あつくしくべし。風烟をいらしむる事なかれ、雨露をもらしむることなかれ、容身の地を護持すべし。かつて金剛のうへに坐し、盤石のうへに坐する蹤跡あり、かれらみな草をあつくしきて坐せしなり。坐処あきらかなるべし、昼夜くらからざれ。冬暖夏涼をその術とせり。諸縁を放捨し、万事を休息すべし。善也不思量なり、悪也不思量なり。心意識にあらず、念想観にあらず。作仏を図する事なかれ、坐臥を脱落すべし。飲食を節量すべし、光陰を護惜すべし。頭燃をはらふがごとく坐禅をこのむべし。黄梅山の五祖、ことなるいとなみなし、唯務坐禅のみなり。坐禅のとき、袈裟をかくべし、蒲団をしくべし。蒲団は全跏にしくにはあらず、跏趺のなかばよりはうしろにしくなり。しかあれば、累足のしたは坐蓐にあたれり、脊骨のしたは蒲団にてあるなり。これ仏仏祖祖の坐禅のとき坐する法なり。あるいは半跏趺坐し、あるいは結跏趺坐す。結跏趺坐は、みぎのあしをひだりのももの上におく。ひだりの足をみぎのもものうへにおく。あしのさき、おのおのももとひとしくすべし。参差なることをえざれ。半跏趺坐は、ただ左の足を右のもものうへにおくのみなり。衣衫を寛繋して斉整ならしむべし。右手を左足のうへにおく。左手を右手のうへにおく。ふたつのおほゆび、さきあひささふ。両手かくのごとくして身にちかづけておくなり。ふたつのおほゆびのさしあはせたるさきを、ほそに対しておくべし。正身端坐すべし。ひだりへそばだち、みぎへかたぶき、まへにくぐまり、うしろへあふのくことなかれ。かならず耳と肩と対し、鼻と臍と対すべし。舌は、かみの顎にかくべし。息は鼻より通ずべし。くちびる歯あひつくべし。目は開すべし、不張不微なるべし。かくのごとく身心をととのへて、欠気一息あるべし。兀兀と坐定して思量箇不思量底なり。不思量底如何思量。これ非思量なり。これすなはち坐禅の法術なり。
坐禅は習禅にはあらず、大安楽の法門なり。不染汚の修証なり。

正法眼蔵 坐禅儀第十一
爾時寛元元年癸卯冬十一在越州吉田縣吉峰精舎示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:02
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正 法 眼 蔵    大悟たいご  第十  
大 悟

仏仏の大道、つたはれて綿密なり。祖祖の功業、あらはれて平展なり。このゆゑに大悟現成し、不悟至道し、省悟弄悟し、失悟放行す。これ仏祖家常なり。挙拈する使得十二時あり、抛却する被使十二時あり。さらにこの関橛子を跳出する弄泥團もあり、弄精魂もあり。大悟より仏祖かならず恁麼現成する参学を究竟すといへども、大悟の渾悟を仏祖とせるにはあらず、仏祖の渾仏祖を渾大悟なりとにはあらざるなり。仏祖は大悟の辺際を跳出し、大悟は仏祖より向上に跳出する面目なり。
しかあるに、人根に多般あり。
いはく、生知。これは生じて生を透脱するなり。いはゆるは、生の初中後際に体究なり。
いはく、学而知。これは学して自己を究竟す。いはゆるは、学の皮肉骨髄を体究するなり。
いはく、仏知者あり。これは生知にあらず、学知にあらず。自他の際を超越して、遮裏に無端なり、自他知に無拘なり。
いはく、無師知者あり。善知識によらず、経巻によらず、性によらず、相によらず、自を撥転せず、他を囘互せざれども露堂堂なり。これらの数般、ひとつを利と認し、ふたつを鈍と認ぜざるなり。多般ともに多般の功業を現成するなり。
しかあれば、いづれの情無情か生知にあらざらんと参学すべし。生知あれば生悟あり、生証明あり、生修行あり。しかあれば、仏祖すでに調御丈夫なる、これを生悟と称じきたれり。悟を拈来せる生なるがゆゑにかくのごとし。参飽大悟する生悟なるべし。拈悟の学なるゆゑにかくのごとし。
しかあればすなはち、三界を拈じて大悟す、百草を拈じて大悟す、四大を拈じて大悟す、仏祖を拈じて大悟す、公案を拈じて大悟す。みなともに大悟を拈来して、さらに大悟するなり。その正当恁麼時は而今なり。

臨濟院慧照大師云、大唐国裏、覓一人不悟者難得(大唐国裏、一人の不悟者を覓むるに難得なり)。
いま慧照大師の道取するところ、正脈しきたれる皮肉骨髄なり、不是あるべからず。
大唐国裏といふは自己眼睛裏なり。尽界にかかはれず、塵刹にとどまらず。遮裏に不悟者の一人をもとむるに難得なり。自己の昨自己も不悟者にあらず、他己の今自己も不悟者にあらず。山人水人の古今、もとめて不悟を要するにいまだえざるべし。学人かくのごとく臨濟の道を参学せん、虚度光陰なるべからず。
しかもかくのごとくなりといへども、さらに祖宗の懐業を参学すべし。いはく、しばらく臨濟に問すべし、不悟者難得のみをしりて、悟者難得をしらずは、未足為是なり。不悟者難得をも参究せるといひがたし。たとひ一人の不悟者をもとむるには難得なりとも、半人の不悟者ありて面目雍容、巍巍堂堂なる、相見しきたるやいまだしや。たとひ大唐国裏に一人の不悟者をもとむるに難得なるを究竟とすることなかれ。一人半人のなかに両三箇の大唐国をもとめこころみるべし。難得なりや、難得にあらずや。この眼目をそなへんとき、参飽の仏祖なりとゆるすべし。

京兆華厳寺宝智大師[嗣洞山諱休静]、因僧問、大悟底人却迷時如何(京兆華厳寺の宝智大師[洞山に嗣す、諱は休静]、因みに僧問ふ、大悟底人却つて迷ふ時如何)。
師云、破鏡不重照、落花難上樹(破鏡重ねて照らさず、落花樹に上り難し)。
いまの問処は、問処なりといへども示衆のごとし。華厳の会にあらざれば開演せず、洞山の嫡子にあらざれば、加被すべからず。まことにこれ参飽仏祖の方席なるべし。
いはゆる大悟底人は、もとより大悟なりとにはあらず、余外に大悟してたくはふるにあらず。大悟は公界におけるを、末上の老年に相見するにあらず。自己より強為して牽挽出来するにあらざれども、かならず大悟するなり。不迷なるを大悟とするにあらず、大悟の種草のためにはじめて迷者とならんと擬すべきにもあらず。大悟人さらに大悟す、大迷人さらに大悟す。大悟人あるがごとく、大悟仏あり、大悟地水火風空あり、大悟露柱灯籠あり。いまは大悟底人と問取するなり。大悟底人却迷時如何の問取、まことに問取すべきを問取するなり。華厳きらはず叢席に慕古す、仏祖の勳業なるべきなり。
しばらく功夫すべし、大悟底人の却迷は、不悟底人と一等なるべしや。大悟底人却迷の時節は、大悟を拈来して迷を造作するか。他那裏より迷を拈来して、大悟を蓋覆して却迷するか。また大悟底人は一人にして大悟をやぶらずといへども、さらに却迷を参ずるか。また大悟底人の却迷といふは、さらに一枚の大悟を拈来するを却迷とするかと、かたがた参究すべきなり。また大悟也一隻手なり、却迷也一隻手なるか。いかやうにても、大悟底人の却迷ありと聽取するを、参来の究徹なりとしるべし。却迷を親曽ならしむる大悟ありとしるべきなり。
しかあれば、認賊為子を却迷とするにあらず、認子為賊を却迷とするにあらず。大悟は認賊為賊なるべし、却迷は認子為子なり。多処添些子を大悟とす。少処減些子、これ却迷なり。しかあれば、却迷者を摸著して把定了に大悟底人に相逢すべし。而今の自己、これ却迷なるか、不迷なるか、検点将来すべし。これを参見仏祖とす。
師云、破鏡不重照、落花難上樹。
この示衆は、破鏡の正当恁麼時を道取するなり。しかあるを、未破鏡の時節にこころをつかはして、しかも破鏡のことばを参学するは不是なり。いま華厳道の破鏡不重照、落花難上樹の宗旨は、大悟底人不重照といひ、大悟底人難上樹といひて、大悟底人さらに却迷せずと道取すると会取しつべし。しかあれども、恁麼の参学にあらず。人のおもふがごとくならば、大悟底人家常如何とら問取すべし。これを答話せんに、有却迷時とらいはん。而今の因縁、しかにはあらず。大悟底人、却迷時、如何と問取するがゆゑに、正当却迷時を未審するなり。恁麼時節の道取現成は、破鏡不重照なり、落花難上樹なり。落花のまさしく落花なるときは、百尺の竿頭に昇進するとも、なほこれ落花なり。破鏡の正当破鏡なるゆゑに、そこばくの活計見成すれども、おなじくこれ不重照の照なるべし。破鏡と道取し落花と道取する宗旨を拈来して、大悟底人却迷時の時節を参取すべきなり。
これは大悟は作仏のごとし、却迷は衆生のごとし。還作衆生(還つて衆生と作る)といひ、従本垂迹(本より迹を垂る)とらいふがごとく学すべきにはあらざるなり。かれは大覚をやぶりて衆生となるがごとくいふ。これは大悟やぶるるといはず、大悟うせぬるといはず、迷きたるといはざるなり。かれらにひとしむべからず。まことに大悟無端なり、却迷無端なり。大悟を罣礙する迷あらず。大悟三枚を拈来して、小迷半枚をつくるなり。ここをもて、雪山の雪山のために大悟するあり、木石は木石をかりて大悟す。諸仏の大悟は衆生のために大悟す、衆生の大悟は諸仏の大悟を大悟す、前後にかかはれざるべし。而今の大悟は、自己にあらず他己にあらず、ききたるにあらざれども填溝塞壑なり。さるにあらざれども切忌随他覓(切に忌む、他に随つて覓むることを)なり。なにとしてか恁麼なる。いはゆる随他去なり。

京兆米胡和尚、令僧問仰山、今時人、還仮悟否(京兆米胡和尚、僧をして仰山に問はしむ、今時の人、還て悟を仮るや否や)。
仰山云、悟即不無、争奈落第二頭何(仰山云く、悟は即ち無きにあらず、第二頭に落つることを争奈何ん)。
僧廻挙似米胡。胡深肯之(僧廻りて米胡に挙似す。胡、深く之を肯せり)。
いはくの今時は、人人の而今なり。令我念過去未来現在(我をして過去、未来、現在を念ぜしむ)いく千万なりとも、今時なり、而今なり。人の分上は、かならず今時なり。あるいは眼睛を今時とせるあり、あるいは鼻孔を今時とせるあり。
還仮悟否。この道しづかに参究して、胸襟にも換却すべし、頂額にも換却すべし。
近日大宋国禿子等いはく、悟道是本期(悟道是れ本期なり)。かくのごとくいひていたづらに待悟す。しかあれども、仏祖の光明にてらされざるがごとし。ただ真善知識に参取すべきを、懶惰にして蹉過するなり。古仏の出世にも度脱せざりぬべし。
いまの還仮悟否の道取は、さとりなしといはず、ありといはず、きたるといはず、かるやいなやといふ。今時人のさとりはいかにしてさとれるぞと道取せんがごとし。たとへばさとりをうといはば、ひごろはなかりつるかとおぼゆ。さとりきたれりといはば、ひごろはそのさとり、いづれのところにありけるぞとおぼゆ。さとりになれりといはば、さとり、はじめありとおぼゆ。かくのごとくいはず、かくのごとくならずといへども、さとりのありやうをいふときに、さとりをかるやとはいふなり。
しかあるを、さとりといふはいはる、しかあれども、第二頭へおつるぞいかにかすべきといひつれば、第二頭もさとりなりといふなり。第二頭といふは、さとりになりぬるといひや、さとりをうといひや、さとりきたれりといはんがごとし。なりぬといふも、きたれりといふも、さとりなりといふなり。しかあれば、第二頭におつることをいたみながら、第二頭をなからしむるがごとし。さとりのなれらん第二頭は、またまことの第二頭なりともおぼゆ。しかあれば、たとひ第二頭なりとも、たとひ百千頭なりとも、さとりなるべし。第二頭あれば、これよりかみに第一頭のあるをのこせるにはあらぬなり。たとへば、昨日のわれをわれとすれども、昨日はけふを第二人といはんがごとし。而今のさとり、昨日にあらずといはず、いまはじめたるにあらず、かくのごとく参取するなり。しかあれば、大悟頭黒なり、大悟頭白なり。

正法眼蔵大悟第十

爾時仁治三年壬寅春正月二十八日住観音導利興聖宝林寺示衆
而今寛元二年甲辰春正月二十七日錫駐越宇吉峰古寺而書示於人天大衆
同二年甲辰春三月二十日侍越宇吉峰精舎堂奥次書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:02
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正 法 眼 蔵    古 仏 心こぶっしん  第九  
古 仏 心

  祖宗の嗣法するところ、七仏より曹谿にいたるまで四十祖なり。曹谿より七仏にいたるまで四十仏なり。七仏ともに向上向下の功徳あるがゆゑに、曹谿にいたり七仏にいたる。曹谿に向上向下の功徳あるがゆゑに、七仏より正伝し、曹谿より正伝し、後仏に正伝す。ただ前後のみにあらず、釈迦牟尼仏のとき、十方諸仏あり。靑原のとき南嶽あり、南嶽のとき靑原あり。乃至石頭のとき江西あり。あひ 罣礙せざるは不礙にあらざるべし。かくのごとくの功徳あること、参究すべきなり。
  向来の四十位の仏祖、ともにこれ古仏なりといへども、心あり身あり、光明あり国土あり、過去久矣あり、未曽過去あり。たとひ未曽過去なりとも、たとひ過去久矣なりとも、おなじくこれ古仏の功徳なるべし。古仏の道を参学するは、古仏の道を証するなり。代代の古仏なり。いはゆる古仏は、新古の古に一斉なりといへども、さらに古今を超出せり、古今に正直なり。

  先師曰く、与宏智古仏相見(宏智古仏と相見す)。
はかりしりぬ、天童の屋裏に古仏あり、古仏の屋裏に天童あることを。

  圜悟禅師曰く、稽首曹谿真古仏(稽首す、曹谿真の古仏)。
しるべし、釈迦牟尼仏より第三十三世はこれ古仏なりと稽首すべきなり。圜悟禅師に古仏の荘厳光明あるゆゑに、古仏と相見しきたるに、恁麼の礼拝あり。しかあればすなはち、曹谿の頭正尾正を草料して、古仏はかくのごとくの巴鼻なることをしるべきなり。この巴鼻あるは、この古仏なり。

  疎山曰く、大庾嶺頭有古仏、放光射到此間(大庾嶺頭に古仏有り、放光此間に射到す)。
しるべし、疎山すでに古仏と相見すといふことを。ほかに参尋すべからず。古仏の有処は、大庾嶺頭なり。古仏にあらざる自己は古仏の出処をしるべからず。古仏の在処をしるは古仏なるべし。
  雪峰いはく、趙州古仏。
  しるべし、趙州たとひ古仏なりとも、雪峰もし古仏の力量を分奉せられざらんは、古仏に奉覲する骨法を了達しがたからん。いまの行履は、古仏の加被によりて、古仏に参学するには、不答話の功夫あり。いはゆる雪峰老漢、大丈夫なり。古仏の家風および古仏の威儀は、古仏にあらざるには相似ならず、一等ならざるなり。しかあれば、趙州の初中後善を参学して、古仏の寿量を参学すべし。

  西京光宅寺大証国師は、曹谿の法嗣なり。人帝天帝、おなじく恭敬尊重するところなり。まことに神丹国に見聞まれなるところなり。四代の帝師なるのみにあらず、皇帝てづからみづから車をひきて参内せしむ。いはんやまた帝釈宮の請をえて、はるかに上天す。諸天衆のなかにして、帝釈のために説法す。
  国師因僧問、如何是古仏心(如何にあらんか是れ古仏心)。
  師云、牆壁瓦礫。
  いはゆる問処は、這頭得恁麼といひ、那頭得恁麼といふなり。この道得を挙して問処とせるなり。この問処、ひろく古今の道得となれり。
  このゆゑに、花開の万木百草、これ古仏の道得なり、古仏の問処なり。世界起の九山八海、これ古仏の日面月面なり、古仏の皮肉骨髄なり。さらに又古心の行仏なるあるべし、古心の証仏なるあるべし、古心の作仏なるあるべし。仏古の為心なるあるべし。古心といふは、心古なるがゆゑなり。心仏はかならず古なるべきがゆゑに、古心は椅子竹木なり。尽大地覓一箇会仏法人不可得(尽大地、一箇の仏法を会する人を覓むるに不可得)なり、和尚喚這箇作甚麼(和尚這箇を喚んで甚麼とか作ん)なり。いまの時節因縁および塵刹虚空、ともに古心にあらずといふことなし。古心を保任する、古仏を保任する、一面目にして両頭保任なり、両頭畫図なり。
  師いはく、牆壁瓦礫。
  いはゆる宗旨は、牆壁瓦礫にむかひて道取する一進あり、牆壁瓦礫なり。道出する一途あり、牆壁瓦礫の牆壁瓦礫の許裏に道著する一退あり。これらの道取の現成するところの円成十成に、千仭万仭の壁立せり、迊地迊天の牆立あり、一片半片の瓦蓋あり、乃大乃小の礫尖あり。かくのごとくあるは、ただ心のみにあらず、すなはちこれ身なり、乃至依正なるべし。
  しかあれば、作麼生是牆壁瓦礫と問取すべし、道取すべし。答話せんには、古仏心と答取すべし。かくのごとく保任してのちに、さらに参究すべし。いはゆる牆壁はいかなるべきぞ。なにをか牆壁といふ、いまいかなる形段をか具足せると、審細に参究すべし。造作より牆壁を出現せしむるか、牆壁より造作を出現せしむるか。造作か、造作にあらざるか。有情なりとやせん、無情なりや。現前すや、不現前なりや。かくのごとく功夫参学して、たとひ天上人間にもあれ、此土他界の出現なりとも、古仏心は牆壁瓦礫なり、さらに一塵の出頭して染汚する、いまだあらざるなり。

  漸源仲興大師、因僧問、如何是古仏心(如何なるか是れ古仏心)。
  師云く、世界崩壊(世界崩壊す)。
  僧曰く、為甚麼世界崩壊(甚麼としてか世界崩壊なる)。
  師云く、寧無我身(寧ろ我身無からん)。
  いはゆる世界は、十方みな仏世界なり。非仏世界いまだあらざるなり。崩壊の形段は、この尽十方界に参学すべし、自己に学することなかれ。自己に参学せざるゆゑに、崩壊の当恁麼時は、一條両條、三四五條なるがゆゑに無尽條なり。かの條條、それ寧無我身なり。我身は寧無なり。而今を自惜して、我身を古仏心ならしめざることなかれ。
  まことに七仏以前に古仏心壁豎す、七仏以後に古仏心才生す、諸仏以前に古仏心花開す、諸仏以後に古仏心結果す、古仏心以前に古仏心脱落なり。

  正法眼蔵古仏心第九

   爾時寛元元年癸卯四月二十九日在六波羅蜜寺示衆
   寛元二年甲辰五月十二日在越州吉峰庵下侍司書寫 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:02
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正 法 眼 蔵    心不可得しんふかとく  第八 
心不可得

釈迦牟尼仏言、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得。
これ仏祖の参究なり。不可得裏に過去現在未来の窟籠を 来せり。しかれども、自家の宿籠をもちゐきたれり。いはゆる自家といふは、心不可得なり。而今の思量分別は、心不可得なり。使得十二時の渾身、これ心不可得なり。仏祖の入室よりこのかた、心不可得を会取す。いまだ仏祖の入室あらざれば、心不可得の問取なし、道著なし、見聞せざるなり。経師論師のやから、声聞縁覚のたぐひ、夢也未見在なり。

その験ちかきにあり、いはゆる徳山宣鑑禅師、そのかみ金剛般若経をあきらめたりと自称す、あるいは周金剛王と自称す。ことに 龍疏をよくせりと称ず。さらに十二擔の書籍を撰集せり、斉肩の講者なきがごとし。しかあれども、文字法師の末流なり。あるとき、南方に嫡嫡相承の無上仏法あることをききて、いきどほりにたへず、経疏をたづさへて山川をわたりゆく。ちなみに龍潭の信禅師の会にあへり。かの会に投ぜんとおもむく、中路に歇息せり。ときに老婆子きたりあひて、路側に歇息せり。
ときに鑑講師とふ。なんぢはこれなに人ぞ。
婆子いはく、われは買餅の老婆子なり。
徳山いはく、わがためにもちひをうるべし。
婆子いはく、和尚もちひをかうてなにかせん。
徳山いはく、もちひをかうて点心にすべし。
婆子いはく、和尚のそこばくたづさへてあるは、それなにものぞ。
徳山いはく、なんぢきかずや、われはこれ周金剛王なり。金剛経に長ぜり、通達せずといふところなし。わがいまたづさへたるは、金剛経の解釈なり。
かくいふをききて、婆子いはく、老婆に一問あり、和尚これをゆるすやいなや。
徳山いはく、われいまゆるす。なんぢ、こころにまかせてとふべし。
婆子いはく、われかつて金剛経をきくにいはく、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得。いまいづれの心をか、もちひをしていかに点ぜんとかする。和尚もし道得ならんには、もちひをうるべし。和尚もし道不得ならんには、もちひをうるべからず。
徳山ときに茫然として祇対すべきところをおぼえざりき。婆子すなはち払袖していでぬ。つひにもちひを徳山にうらず。
うらむべし、数百軸の釈主、数十年の講者、わづかに弊婆の一問をうるに、たちまちに負処に墮して、祇対におよばざること。正師をみると正師に師承せると、正法をきけると、いまだ正法をきかず正法をみざると、はるかにこのなるによりて、かくのごとし。
徳山このときはじめていはく、画にかけるもちひ、うゑをやむるにあたはずと。
いまは龍潭に嗣法すと称ず。
つらつらこの婆子と徳山と相見する因縁をおもへば、徳山のむかしあきらめざることは、いまきこゆるところなり。龍潭をみしよりのちも、なほ婆子を怕却しつべし。なほこれ参学の晩進なり、超証の古仏にあらず。婆子そのとき徳山を杜口せしむとも、実にその人なること、いまださだめがたし。そのゆゑは、心不可得のことばをききては、心、うべからず、心、あるべからずとのみおもひて、かくのごとくとふ。徳山もし丈夫なりせば、婆子を勘破するちからあらまし。すでに勘破せましかば、婆子まことにその人なる道理もあらはるべし。徳山いまだ徳山ならざれば、婆子その人なることもいまだあらはれず。
現在大宋国にある雲衲霞袂、いたづらに徳山の対不得をわらひ、婆子が霊利なることをほむるは、いとはかなかるべし、おろかなるなり。そのゆゑは、婆子を疑著する、ゆゑなきにあらず。いはゆるそのちなみ、徳山道不得ならんに、婆子なんぞ徳山にむかうていはざる、和尚いま道不得なり、さらに老婆にとふべし、老婆かへりて和尚のためにいふべし。
かくのごとくいひて、徳山の問をえて、徳山にむかうていふこと道是ならば、婆子まことにその人なりといふことあらはるべし。問著たとひありとも、いまだ道処あらず。むかしよりいまだ一語をも道著せざるをその人といふこと、いまだあらず。いたづらなる自称の始終、その益なき、徳山のむかしにてみるべし。いまだ道処なきものをゆるすべからざること、婆子にてしるべし。
こころみに徳山にかはりていふべし、婆子まさしく恁麼問著せんに、徳山すなはち婆子にむかひていふべし、恁麼則你莫与吾売餅(恁麼ならば則ち你吾が与に餅を売ること莫れ)。
もし徳山かくのごとくいはましかば、伶利の参学ならん。
婆子もし徳山とはん、現在心不可得、過去心不可得、未来心不可得。いまもちひをしていづれの心をか点ぜんとかする。
かくのごとくとはんに、婆子すなはち徳山にむかふていふべし、和尚はただもちひの心を点ずべからずとのみしりて、心のもちひを点ずることをしらず、心の心を点ずることをもしらず。
恁麼いはんに、徳山さだめて擬議すべし。当恁麼時、もちひ三枚を拈じて徳山に度与すべし。徳山とらんと擬せんとき、婆子いふべし、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得。
もし又徳山展手擬取せずば、一餅を拈じて徳山をうちていふべし、無魂屍子、你莫茫然(無魂の屍子、你茫然なること莫れ)。
かくのごとくいはんに、徳山いふことあらばよし、いふことなからんには、婆子さらに徳山のためにいふべし。ただ払袖してさる、そでのなかに蜂ありともおぼえず。徳山も、われはいふことあたはず、老婆わがためにいふべしともいはず。
しかあれば、いふべきをいはざるのみにあらず、とふべきをもとはず。あはれむべし、婆子徳山、過去心、未来心、現在心、問著道著、未来心不可得なるのみなり。
おほよそ徳山それよりのちも、させる発明ありともみえず、ただあらあらしき造次のみなり。ひさしく龍潭にとぶらひせば、頭角触折することもあらまし、頷珠を正伝する時節にもあはまし。わづかに吹滅紙燭をみる、伝灯に不足なり。
しかあれば、参学の雲水、かならず勤学なるべし、容易にせしは不是なり、勤学なりしは仏祖なり。おほよそ心不可得とは、画餅一枚を買弄して、一口に咬著嚼著するをいふ。
正法眼蔵第八

爾時仁治二年辛丑夏安居于雍州宇治郡観音導利興聖悪林寺示衆

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 07:02
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 正 法 眼 蔵    一 顆 明 珠いっかみょうじゅ  第七  
一 顆 明 珠

  裟婆世界大宋国、福州玄沙山院宗一大師、法諱師備、俗姓者謝なり。在家のそのかみ釣魚を愛し、舟を南台江にうかべて、もろもろのつり人にならひけり。不釣自上の金鱗を不待にもありけん。唐の咸通のはじめ、たちまちに出塵をねがふ。舟をすてて山にいる。そのとし三十歳になりけり。浮世のあやうきをさとり、仏道の高貴をしりぬ。つひに雪峰山にのぼりて、真覚大師に参じて、昼夜に弁道す。
  あるときあまねく諸方を参徹せんため、嚢をたづさへて出嶺するちなみに、脚指を石に築著して、流血し、痛楚するに、忽然として猛省していはく、是身非有、痛自何来(是の身有に非ず、痛み何れよりか来れる)。
  すなはち雪峰にかへる。
  雪峰とふ、那箇是備頭陀(那箇か是れ備頭陀)。
  玄沙いはく、終不敢誑於人(終に敢へて人を誑かさず)。
  このことばを雪峰ことに愛していはく、たれかこのことばをもたざらん、たれかこのことばを道得せん。
  雪峰さらにとふ、備頭陀なんぞ徧参せざる。
  師いはく、達磨不来東土、二祖不往西天(達磨東土に来らず、二祖西天に往かず)といふに、雪峰ことにほめき。
  ひごろはつりする人にてあれば、もろもろの経書、ゆめにもかつていまだ見ざりけれども、こころざしのあさからぬをさきとすれば、かたへにこゆる志気あらはれけり。雪峰も、衆のなかにすぐれたりとおもひて、門下の角立なりとほめき。ころもはぬのをもちゐ、ひとつをかへざりければ、ももつづりにつづれけり。はだへには紙衣をもちゐけり、艾草をもきけり。雪峰に参ずるほかは、自余の知識をとぶらはざりけり。しかあれども、まさに師の法を嗣するちから、弁取せりき。

  つひにみちをえてのち、人にしめすにいはく、尽十方世界、是一顆明珠。
  ときに僧問、承和尚有言、尽十方世界是一顆明珠。学人如何会得(承るに和尚言へること有り、尽十方世界は是れ一顆の明珠と。学人如何が会得せん)。
  師曰、尽十方世界是一顆明珠、用会作麼(尽十方世界は是れ一顆の明珠、会を用ゐて作麼)。
  師、来日却問其僧(来日却つて其の僧に問ふ)、尽十方世界是一顆明珠、汝作麼生会(尽十方世界は是れ一顆の明珠、汝作麼生か会せる)。
  僧曰、尽十方世界是一顆明珠、用会作麼(尽十方世界は是れ一顆の明珠、会を用ゐて作麼)。
  師曰く、知、汝向黒山鬼窟裏作活計(知りぬ、汝黒山鬼窟裏に向つて、活計を作すことを)。
  いま道取する尽十方世界是一顆明珠、はじめて玄沙にあり。その宗旨は、尽十方世界は、広大にあらず微小にあらず、方円にあらず、中正にあらず、活撥々にあらず露廻廻にあらず。さらに、生死去来にあらざるゆゑに生死去来なり。恁麼のゆゑに、昔日曽此去(昔日は曽て此より去り)にして、而今従此来(而今は此より来る)なり。究弁するに、たれか片片なりと見徹するあらん、たれか兀兀なりと撿挙するあらん。
  尽十方といふは、逐物為己、逐己為物(物を逐ひて己と為し、己を逐ひて物と為す)の未休なり。情生智隔(情生ずれば智隔たる)を隔と道取する、これ囘頭換面なり、展事投機なり。逐己為物のゆゑに未休なる尽十方なり。機先の道理なるゆゑに機要の管得にあまれることあり。
  是一顆珠は、いまだ名にあらざれども道得なり、これを名に認じきたることあり。一顆珠は、直須万年なり。亙古未了なるに、亙今到来なり。身今あり、心今ありといへども明珠なり。彼此の草木にあらず、乾坤の山河にあらず、明珠なり。
  学人如何会得。この道取は、たとひ僧の弄業識に相似せりとも、大用現、是大軌則なり。すすみて一尺水、一尺波を突兀ならしむべし。いはゆる一丈珠、一丈明なり。
いはゆるの道得を道取するに、玄沙の道は尽十方世界是一顆明珠、用会作麼なり。この道取は、仏は仏に嗣し、祖は祖に嗣し、玄沙は玄沙に嗣する道得なり。嗣せざらんと廻避せんに、廻避のところなかるべきにあらざれども、しばらく灼然廻避するも、道取生あるは現前の蓋時節なり。
  玄沙来日問其僧、尽十方世界是一顆明珠、汝作麼生会。
  これは道取す、昨日説定法なる、今日二枚をかりて出気す。今日説不定法なり、推倒昨日點頭笑なり。
  僧曰、尽十方世界是一顆明珠、用会作麼。
  いふべし騎賊馬逐賊(賊馬に騎て賊を逐ふ)なり。
  古仏為汝説するには異類中行なり。しばらく廻光返照すべし、幾箇枚の用会作麼かある。試道するには、乳餅七枚、菜餅五枚なりといへども、湘之南、潭之北の教行なり。
玄沙曰、知、汝向黒山鬼窟裏作活計。
  しるべし、日面月面は往古よりいまだ不換なり。日面は日面とともに共出す、月面は月面とともに共出するゆゑに、若六月道正是時、不可道我性熱(若し六月に正に是れ時と道ふも、我が姓は熱と道ふべからず)なり。
  しかあればすなはち、この明珠の有始無始は無端なり。尽十方世界一顆明珠なり、両顆三顆といはず。全身これ一隻の正法眼なり、全身これ真実体なり、全身これ一句なり、全身これ光明なり、全身これ全心なり。全身のとき、全身の罣礙なし。円陀陀地なり、転轆轆なり。明珠の功徳かくのごとく見成なるゆゑに、いまの見色聞声の観音彌勒あり、現身説法の古仏新仏あり。
  正当恁麼時、あるいは虚空にかかり、衣裏にかかる、あるいは頷下にをさめ、髻中にをさむる、みな尽十方世界一顆明珠なり。ころものうらにかかるを様子とせり、おもてにかけんと道取することなかれ。髻中頷下にかかるを様子とせり、髻表頷表に弄せんと擬することなかれ。酔酒の時節にたまをあたふる親友あり、親友にはかならずたまをあたふべし。たまをかけらるる時節、かならず酔酒するなり。
  既是恁麼は、尽十方界にてある一顆明珠なり。しかあればすなはち、転不転のおもてをかへゆくににたれども、すなはち明珠なり。まさにたまはかくありけるとしる、すなはちこれ明珠なり。明珠はかくのごとくきこゆる声色あり。既得恁麼なるには、われは明珠にはあらじとたどらるるは、たまにはあらじとうたがはざるべきなり。たどりうたがひ、取舍する作無作も、ただしばらく小量の見なり、さらに小量に相似ならしむるのみなり。
  愛せざらんや、明珠かくのごとくの彩光きはまりなきなり。彩彩光光の片片條條は尽十方界の功徳なり。たれかこれを攙奪せん。行市に塼をなぐる人あらず、六道の因果に不落有落をわづらふことなかれ。不昧本来の頭正尾正なる、明珠は面目なり、明珠は眼睛なり。
  しかあれども、われもなんぢも、いかなるかこれ明珠、いかなるかこれ明珠にあらざるとしらざる百思百不思は、明明の草料をむすびきたれども、玄沙の法道によりて、明珠なりける身心の様子をもききしり、あきらめつれば、心これわたくしにあらず、起滅をたれとしてか明珠なり、明珠にあらざると取舍にわづらはん。たとひたどりわづらふとも、明珠にあらぬにあらず、明珠にあらぬがありておこさせける行にも念にもにてはあらざれば、ただまさに黒山鬼窟の進歩退歩、これ一顆明珠なるのみなり。

正法眼蔵一顆明珠第七

爾時嘉禎四年四月十八日在雍州宇治縣観音導利興聖悪林寺示衆
寛元元年癸卯閏七月二十三日書寫于越州吉田郡志比荘吉峰寺院主房侍者比丘懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 05:58
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正 法 眼 蔵    行仏威儀ぎょうぶついいぎ  第六 
行仏威儀

諸仏かならず威儀を行足す、これ行仏なり。行仏それ報仏にあらず、化仏にあらず、自性身仏にあらず、他性身仏にあらず。始覚本覚にあらず、性覚無覚にあらず。如是等仏、たえて行仏に斉肩することうべからず。
しるべし、諸仏の仏道にある、覚をまたざるなり。仏向上の道に行履を通達せること、唯行仏のみなり。自性仏等、夢也未見在なるところなり。この行仏は、頭頭に威儀現成するゆゑに、身前に威儀現成す、道前に化機漏泄すること、亙時なり、亙方なり、亙仏なり亙行なり。行仏にあらざれば、仏縛法縛いまだ解脱せず、仏魔法魔に当類せらるるなり。
仏縛といふは、菩提を菩提と知見解会する、即知見、即解会に即縛せられぬるなり。一念を経歴するに、なほいまだ解脱の期を期せず、いたづらに錯解す。菩提をすなはち菩提なりと見解せん、これ菩提相応の知見なるべし。たれかこれを邪見といはんと想憶す、これすなはち無縄自縛なり。縛縛綿綿として樹倒藤枯にあらず。いたづらに仏辺の窠窟に活計せるのみなり。法身のやまふをしらず、報身の窮をしらず。
教家経師論師等の仏道を遠聞せる、なほしいはく、即於法性、起法性見、即是無明(法性に即して法性の見を起す、即ち是れ無明なり)。この教家のいはくは、法性に法性の見おこるに、法性の縛をいはず、さらに無明の縛をかさぬ、法性の縛あることをしらず。あはれむべしといへども、無明縛のかさなれるをしれるは、発菩提心の種子となりぬべし。いま行仏、かつてかくのごとくの縛に縛せられざるなり。
かるがゆゑに我本行菩薩道、所成寿命、今猶未尽、復倍上数(我れ本より菩薩道を行じて、成る所の寿命、今なほ未だ尽きず、また上の数に倍せり)なり。
しるべし、菩薩の寿命いまに連綿とあるにあらず、仏寿命の過去に布遍せるにあらず。いまいふ上数は、全所成なり。いひきたる今猶は、全寿命なり。我本行たとひ万里一條鉄なりとも、百年抛却任縦横なり。
しかあればすなはち、修証は無にあらず、修証は有にあらず、修証は染汚にあらず。無仏無人の処在に百千万ありといへども、行仏を染汚せず。ゆゑに行仏の修証に染汚せられざるなり。修証の不染汚なるにはあらず、この不染汚、それ不無なり。

曹谿いはく、祇此不染汚、是諸仏之所護念、汝亦如是、吾亦如是、乃至西天諸祖亦如是(ただ此の不染汚、是れ諸仏の所護念なり、汝もまた是の如し、吾もまた是の如し、乃至西天の諸祖もまた是の如し)。
しかあればすなはち汝亦如是のゆゑに諸仏なり、吾亦如是のゆゑに諸仏なり。まことにわれにあらず、なんぢにあらず。この不染汚に、如吾是吾、諸仏所護念、これ行仏威儀なり。如汝是汝、諸仏所護念、これ行仏威儀なり。吾亦のゆゑに師勝なり、汝亦のゆゑに資強なり。師勝資強、これ行仏の明行足なり。しるべし、是諸仏之所護念と、吾亦なり、汝亦なり。曹谿古仏の道得、たとひわれにあらずとも、なんぢにあらざらんや。行仏之所護念、行仏之所通達、それかくのごとし。かるがゆゑにしりぬ、修証は性相本末等にあらず。行仏の去就これ果然として仏を行ぜしむるに、仏すなはち行ぜしむ。
ここに為法捨身あり、為身捨法あり。不惜身命あり、但惜身命あり。法のために法をすつるのみにあらず、心のために法をすつる威儀あり。捨は無量なること、わするべからず。仏量を拈来して大道を測量し度量すべからず。仏量は一隅なり、たとへば花開のごとし。心量を挙来して威儀を摸索すべからず、擬議すべからず。心量は一面なり、たとへば世界のごとし。一茎草量、あきらかに仏祖心量なり。これ行仏の蹤跡を認ぜる一片なり。一心量たとひ無量仏量を包含せりと見徹すとも、行仏の容止動静を量せんと擬するには、もとより過量の面目あり。過量の行履なるがゆゑに、即不中なり、使不得なり、量不及なり。

しばらく、行仏威儀に一究あり。即仏即自と恁麼来せるに、吾亦汝亦の威儀、それ唯我能にかかはれりといふとも、すなはち十方仏然の脱落、これ同條のみにあらず。かるがゆゑに、
古仏いはく、体取那辺事、却来這裏行履(那辺の事を体取し、這裏に却来して行履せよ)。
すでに恁麼保任するに、諸法、諸身、諸行、諸仏、これ親切なり。この行法身仏、おのおの承当に罣礙あるのみなり。承当に罣礙あるがゆゑに、承当に脱落あるのみなり。眼礙の明明百草頭なる、不見一法、不見一物と動著することなかれ。這法に若至なり、那法に若至なり。拈来拈去、出入同門に行履する、遍界不曽蔵なるがゆゑに、世尊の密語密証密行密付等あるなり。
出門便是草、入門便是草、万里無寸草(門を出づれば是れ草、門を入るも是れ草、万里無寸草無し)なり。入之一字、出之一字、這頭也不用得、那頭也不用得(入の一字、出の一字、這頭も不用得、那頭も不用得)なり。いまの把捉は、放行をまたざれども、これ夢幻空花なり。たれかこれを夢幻空花と将錯就錯せん。進歩也錯、退歩也錯、一歩也錯、両歩也錯なるがゆゑに錯錯なり。天地懸隔するがゆゑに至道無難なり。威儀儀威、大道体寛と究竟すべし。
しるべし、出生合道出なり、入死合道入なり。その頭正尾正に、玉転珠囘の威儀現前するなり。仏威儀の一隅を遣有するは、尽乾坤大地なり、尽生死去来なり。塵刹なり、蓮花なり。これ塵刹蓮花、おのおの一隅なり。

学人おほくおもはく、尽乾坤といふは、この南瞻部洲をいふならんと擬せられ、又この一四洲をいふならんと擬せられ、ただ又神丹一国おもひにかかり、日本一国おもひにめぐるがごとし。又、尽大地といふも、ただ三千大千世界とおもふがごとし、わづかに一洲一縣をおもひにかくるがごとし。尽大地尽乾坤の言句を参学せんこと、三次五次もおもひめぐらすべし、ひろきにこそはとてやみぬることなかれ。この得道は、極大同小、極小同大の超仏越祖なるなり。大の有にあらざる、小の有にあらざる、疑著ににたりといへども威儀行仏なり。仏仏祖祖の道趣する尽乾坤の威儀、尽大地の威儀、ともに不曽蔵を遍界と参学すべし。遍界不曽蔵なるのみにはあらざるなり。これ行仏一中の威儀なり。
仏道を説著するに、胎生化生等は仏道の行履なりといへども、いまだ濕生卵生等を道取せず。いはんやこの胎卵濕化生のほかになほ生あること、夢也未見在なり。いかにいはんや胎卵濕化生のほかに、胎卵濕化生あることを見聞覚知せんや。いま仏仏祖祖の大道には、胎卵濕化生のほかの胎卵濕化生あること、不曽蔵に正伝せり、親密に正伝せり。この道得、きかずならはず、しらずあきらめざらんは、なにの儻類なりとかせん。すでに四生はきくところなり、死はいくばくかある。四生には四死あるべきか、又、三死二死あるべきか、又、五死六死、千死万死あるべきか。この道理わづかに疑著せんも、参学の分なり。
しばらく功夫すべし、この四生衆類のなかに、生はありて死なきものあるべしや。又、死のみ単伝にして、生を単伝せざるありや。単生単死の類の有無、かならず参学すべし。わづかに無生の言句をききてあきらむることなく、身心の功夫をさしおくがごとくするものあり。これ愚鈍のはなはだしきなり。信法頓漸の論にもおよばざる畜類といひぬべし。ゆゑいかんとなれば、たとひ無生ときくといふとも、この道得の意旨作麼生なるべし。さらに無仏無道無心無滅なるべしや、無無生なるべしや、無法界、無法性なるべしや、無死なるべしやと功夫せず、いたづらに水草の但念なるがゆゑなり。

しるべし、生死は仏道の行履なり、生死は仏家の調度なり。使也要使なり、明也明得なり。ゆゑに諸仏はこの通塞に明明なり、この要使に得得なり。この生死の際にくらからん、たれかなんぢをなんぢといはん。たれかなんぢを了生達死漢といはん。生死にしづめりときくべからず、生死にありとしるべからず、生死を生死なりと信受すべからず、不会すべからず、不知すべからず。
あるいはいふ、ただ人道のみに諸仏出世す、さらに余方余道には出現せずとおもへり。いふがごとくならば、仏在のところ、みな人道なるべきか。これは人仏の唯我独尊の道得なり。さらに天仏もあるべし、仏仏もあるべきなり。諸仏は唯人間のみに出現すといはんは、仏祖の閫奥にいらざるなり。
祖宗いはく、釈迦牟尼仏、自従迦葉仏所伝正法、往兜率天、化兜率陀天、于今有在(釈迦牟尼仏、迦葉仏の所にして正法を伝へてより、兜率天に往いて、兜率陀天を化して今に有在す)。
まことにしるべし、人間の釈迦は、このとき滅度現の化をしけりといへども、上天の釈迦は于今有在にして化天するものなり。学人しるべし、人間の釈迦の千變万化の道著あり、行取あり、説著あるは、人間一隅の放光現瑞なり。おろかに上天の釈迦、その化さらに千品万門ならん、しらざるべからず。仏仏正伝する大道の、断絶を超越し、無始無終を脱落せる宗旨、ひとり仏道のみに正伝せり。自余の諸類、しらずきかざる功徳なり。行仏の設化するところには、四生あらざる衆生あり。天上人間法界等にあらざるところあるべし。行仏の威儀を覰見せんとき、天上人間のまなこをもちゐることなかれ、天上人間の情量をもちゐるべからず。これを挙して測量せんと擬することなかれ。十聖三賢なほこれをしらずあきらめず、いはんや人中天上の測量のおよぶことあらんや。人量短小なるには識智も短小なり、寿命短促なるには思慮も短促なり。いかにしてか行仏の威儀を測量せん。
しかあればすなはち、ただ人間を挙して仏法とし、人法を挙して仏法を局量せる家門、かれこれともに仏子と許可することなかれ、これただ業報の衆生なり。いまだ身心の聞法あるにあらず、いまだ行道せる身心なし。従法生にあらず、従法滅にあらず、従法見にあらず、従法聞にあらず、従法行住坐臥にあらず。かくのごとくの儻類、かつて法の潤益なし。行仏は本覚を愛せず、始覚を愛せず、無覚にあらず、有覚にあらずといふ、すなはちこの道理なり。
いま凡夫の活計する有念無念、有覚無覚、始覚本覚等、ひとへに凡夫の活計なり、仏仏相承せるところにあらず。凡夫の有念と諸仏の有念と、はるかにことなり、比擬することなかれ。凡夫の本覚と活計すると、諸仏の本覚と証せると、天地懸隔なり、比論の所及にあらず。十聖三賢の活計、なほ諸仏の道におよばず。いたづらなる算沙の凡夫、いかでかはかることあらん。しかあるを、わづかに凡夫外道の本末の邪見を活計して、諸仏の境界とおもへるやからおほし。

諸仏いはく、此輩罪根深重なり、可憐愍者なり。
深重の罪根たとひ無端なりとも、此輩の深重擔なり。この深重擔、しばらく放行して著眼看すべし。把定して自己を礙すといふとも、起首にあらず。いま行仏威儀の無礙なる、ほとけに礙せらるるに、拕泥滯水の活路を通達しきたるゆゑに、無罣礙なり。上天にしては化天す、人間にしては化人す。花開の功徳あり、世界起の功徳あり。かつて間隙なきものなり。このゆゑに自他に迥脱あり、往来に独拔あり。即往兜率天なり、即来兜率天なり、即即兜率天なり。即往安楽なり、即来安楽なり、即即安楽なり。即迥脱兜率なり、即迥脱安楽なり。即打破百雑碎安楽兜率なり、即即把定放行安楽兜率なり、一口呑尽なり。

しるべし、安楽兜率といふは、浄土天堂ともに輪廻することの同般なるとなり。行履なれば、浄土天堂おなじく行履なり。大悟なれば、おなじく大悟なり。大迷なれば、おなじく大迷なり。これしばらく行仏の鞋裏の動指なり。あるときは一道の放屁声なり、放屎香なり。鼻孔あるは臭得す、耳処身処行履処あるに聴取するなり。又、得吾皮肉骨髄するときあり、さらに行得に他よりえざるものなり。
了生達死の大道すでに豁達するに、ふるくよりの道取あり、大聖は生死を心にまかす、生死を身にまかす、生死を道にまかす、生死を生死にまかす。
この宗旨あらはるる、古今のときにあらずといへども行仏の威儀忽爾として行尽するなり。道環として生死身心の宗旨すみやかに弁肯するなり。行尽明尽、これ強為の為にあらず、迷頭認影に大似なり。廻光返照に一如なり。その明上又明の明は、行仏に彌綸なり。これ行取に一任せり。この任任の道理、すべからく心を参究すべきなり。その参究の兀爾は、万囘これ心の明白なり。三界ただ心の大隔なりと知及し会取す。この知及会取、さらに万法なりといへども、自己の家郷を行取せり、当人の活計を便是なり。
しかあれば、句中取則し、言外求巧する再三撈摝、それ把定にあまれる把定あり、放行にあまれる放行あり。その功夫は、いかなるかこれ生、いかなるかこれ死、いかなるかこれ身心、いかなるかこれ与奪、いかなるかこれ任違。それ同門出入の不相逢なるか、一著落在に蔵身露角なるか。大慮而解なるか、老思而知なるか、一顆明珠なるか、一大蔵教なるか、一條拄杖なるか、一枚面目なるか。三十年後なるか、一念万年なるか。子細に検点し、検点を子細にすべし。検点の子細にあたりて、満眼聞声、満耳見色、さらに沙門壹隻眼の開明なるに、不是目前法なり、不是目前事なり。雍容の破顔あり、瞬目あり。これ行仏の威儀の暫爾なり。被物牽にあらず不牽物なり。縁起の無生無作にあらず、本性法性にあらず、住法位にあらず、本有然にあらず。如是を是するのみにあらず、ただ威儀行仏なるのみなり。
しかあればすなはち、為法為身の消息、よく心にまかす。脱生脱死の威儀、しばらくほとけに一任せり。ゆゑに道取あり、万法唯心、三界唯心。さらに向上に道得するに、唯心の道得あり、いはゆる牆壁瓦礫なり。唯心にあらざるがゆゑに牆壁瓦礫にあらず。これ行仏の威儀なる、任心任法、為法為身の道理なり。さらに始覚本覚等の所及にあらず。いはんや外道二乗、三賢十聖の所及ならんや。この威儀、ただこれ面面の不会なり、枚枚の不会なり。たとひ活撥撥地も條條漸なり。一條鉄か、両頭動か。一條鉄は長短にあらず両頭動は自他にあらず。この展事投機のちから、功夫をうるに、威掩万法(威、万法を掩ふ)なり、眼高一世(眼、一世に高し)なり、收放をさへざる光明あり、僧堂仏殿廚庫三門。さらに收放にあらざる光明あり、僧堂仏殿廚庫三門なり。さらに十方通のまなこあり、大地全收のまなこあり。心のまへあり、心のうしろあり。かくのごとくの眼耳鼻舌身意、光明功徳の熾然なるゆゑに、不知有を保任せる三世諸仏あり、却知有を投機せる貍奴白牯あり。この巴鼻あり、この眼睛あるは、法の行仏のとき、法の行仏をゆるすなり。

雪峰山真覚大師、衆に示して云く、三世諸仏、在火焔裏、転大法輪(三世諸仏、火焔裏に在つて大法輪を転ず)。
玄沙院宗一大師云、火焔為三世諸仏説法、三世諸仏立地聴(火焔ゝ三世諸仏の為に説法するに、三世諸仏地に立ちて聴く)。
圜悟禅師云、将謂猴白、更有猴黒、互換投機、神出鬼沒(将に謂へり猴白と、更に猴黒有り。互換の投機、神出鬼沒なり)。
烈焔亙天仏説法、
亙天烈焔法説仏。
風前剪断葛藤窠、
一言勘破維摩詰。
(烈焔亙天は、仏、法を説くなり、亙天烈焔は、法、仏を説くなり。風前に剪断す葛藤窠、一言に勘破す維摩詰。)
いま三世諸仏といふは、一切諸仏なり。行仏すなはち三世諸仏なり。十方諸仏、ともに三世にあらざるなし。仏道は三世をとくに、かくのごとく説尽するなり。いま行仏をたづぬるに、すなはち三世諸仏なり。たとひ知有なりといへども、たとひ不知有なりといへども、かならず三世諸仏なる行仏なり。
しかあるに、三位の古仏、おなじく三世諸仏を道得するに、かくのごとくの道あり。しばらく雪峰のいふ三世諸仏、在火焔裏、転大法輪といふ、この道理ならふべし。三世諸仏の転法輪の道場は、かならず火焔裏なるべし。火焔裏かならず仏道場なるべし。経師論師きくべからず、外道二乗しるべからず。しるべし、諸仏の火焔は諸類の火焔なるべからず。又、諸類は火焔あるかなきかとも照顧すべし。三世諸仏の在火焔裏の化儀、ならふべし。火焔裏に処在する時は、火焔と諸仏と親切なるか、転疎なるか。依正一如なるか、依報正報あるか。依正同條なるか、依正同隔なるか。転大法輪は転自転機あるべし。展事投機なり、転法法転あるべし。すでに転法輪といふ、たとひ尽大地これ尽火焔なりとも、転火輪の法輪あるべし、転諸仏の法輪あるべし、転法輪の法輪あるべし、転三世の法輪あるべし。
しかあればすなはち、火焔は諸仏の転大法輪の大道場なり。これを界量、時量、人量、凡聖量等をもて測量するは、あたらざるなり。これらの量に量ぜられざれば、すなはち三世諸仏、在火焔裏、転大法輪なり。すでに三世諸仏といふ、これ量を超越せるなり。三世諸仏、転法輪道場なるがゆゑに火焔あるなり。火焔あるがゆゑに諸仏の道場あるなり。

玄沙いはく、火焔の三世諸仏のために説法するに、三世諸仏は立地聴法す。この道をききて、玄沙の道は雪峰の道よりも道得是なりといふ、かならずしもしかあらざるなり。しるべし、雪峰の道は、玄沙の道と別なり。いはゆる雪峰は、三世諸仏の転大法輪の処在を道取し、玄沙は、三世諸仏の聴法を道取するなり。雪峰の道、まさしく転法を道取すれども、転法の処在かならずしも聴法不聴を論ずるにあらず。しかあれば、転法にかならず聴法あるべしときこえず。又、三世諸仏、為火焔説法といはず、三世諸仏、為三世諸仏、転大法輪といはず、火焔為火焔、転大法輪といはざる宗旨あるべし。転法輪といひ、転大法輪といふ、その別あるか。転法輪は説法にあらず、説法かならずしも為他あらんや。
しかあれば、雪峰の道の、道取すべき道を道取しつくさざる道にあらず。

雪峰の在火焔裏、転大法輪、かならず委悉に参学すべし。玄沙の道に混乱することなかれ。雪峰の道を通ずるは、仏威儀を威儀するなり。火焔の三世諸仏を在裏せしむる、一無尽法界、二無尽法界の周遍のみにあらず。一微塵二微塵の通達のみにあらず。転大法輪を量として、大小広狹の量に擬することなかれ。転大法輪は、為自為他にあらず、為説為聴にあらず。
玄沙の道に、火焔為三世諸仏説法、三世諸仏立地聴といふ、これは火焔たとひ為三世諸仏説法すとも、いまだ転法輪すといはず、また三世諸仏の法輪を転ずといはず。三世諸仏は立地聴すとも、三世諸仏の法輪、いかでか火焔これを転ずることあらん。為三世諸仏説法する火焔、又転大法輪すやいなや。玄沙もいまだいはず、転法輪はこのときなりと。転法輪なしといはず。しかあれども、想料すらくは、玄沙おろかに転法輪は説法輪ならんと会取せるか。もししかあらば、なほ雪峰の道にくらし。火焔の三世諸仏のために説法のとき、三世諸仏立地聴法すとはしれりといへども、火焔転法輪のところに、火焔立地聴法すとしらず。火焔転法輪のところに、火焔同転法輪すといはず。三世諸仏の聴法は、諸仏の法なり、他よりかうぶらしむるにあらず。火焔を法と認ずることなかれ、火焔を仏と認ずることなかれ、火焔を火焔と認ずることなかれ。まことに師資の道なほざりなるべからず。将謂赤鬚胡のみならんや、さらにこれ胡鬚赤なり。
玄沙の道かくのごとくなりといへども、参学の力量とすべきところあり。いはゆる経師論師の大乗小乗の局量の性相にかかはれず、仏仏祖祖正伝せる性相を参学すべし。いはゆる三世諸仏の聴法なり。これ大小乗の性相にあらざるところなり。諸仏は機縁に逗する説法ありとのみしりて、諸仏聴法すといはず、諸仏修行すといはず、諸仏成仏すといはず。いま玄沙の道には、すでに三世諸仏立地聴法といふ、諸仏聴法する性相あり。かならずしも能説をすぐれたりとし、能聴是法者を劣なりといふことなかれ。説者尊なれば、聴者も尊なり。
釈迦牟尼仏のいはく、
若説此経、則為見我、為一人説、是則為難。
(若し此の経を説かんは、則ち我を見ると為す、一人の為に説くは、是れ則ち難しと為す。)
しかあれば、能説法は見釈迦牟尼仏なり、則為見我は釈迦牟尼なるがゆゑに。
又いはく、
於我滅後、聴受此経、問其義趣、是則為難。
(我が滅後に於て、此の経を聴受し、其の義趣を問ふは、是れ則ち難しと為す。)
しるべし、聴受者もおなじくこれ為難なり、勝劣あるにあらず。立地聴これ最尊なる諸仏なりといふとも、立地聴法あるべきなり、立地聴法これ三世諸仏なるがゆゑに。諸仏は果上なり、因中の聴法をいふにあらず、すでに三世諸仏とあるがゆゑに。しるべし、三世諸仏は火焔の説法を立地聴法して諸仏なり。一道の化儀、たどるべきにあらず。たどらんとするに、箭鋒相拄せり。火焔は決定して三世諸仏のために説法す。赤心片片として鉄樹花開世界香(鉄樹、花開いて世界香ばし)なるなり。且道すらくは、火焔の説法を立地聴しもてゆくに、畢竟じて現成箇什麼。いはゆるは智勝于師(智、師に勝る)なるべし、智等于師(智、師に等し)なるべし。さらに師資の窠奥に参究して三世諸仏なるなり。

圜悟いはくの猴白と将謂する、さらに猴黒をさへざる、互換の投機、それ神出鬼沒なり。これは玄沙と同條出すれども、玄沙に同條入せざる一路もあるべしといへども、火焔の諸仏なるか、諸仏を火焔とせるか。黒白互換のこころ、玄沙の神鬼に出沒すといへども、雪峰の声色、いまだ黒白の際にのこらず。しかもかくのごとくなりといへども、玄沙に道是あり、道不是あり。雪峰に道拈あり、道放あることをしるべし。
いま圜悟さらに玄沙に同ぜず、雪峰に同ぜざる道あり、いはゆる烈焔亙天はほとけ法をとくなり、亙天烈焔は法ほとけをとくなり。
この道は、真箇これ晩進の光明なり。たとひ烈焔にくらしといふとも、亙天におほはれば、われその分あり、他この分あり。亙天のおほふところ、すでにこれ烈焔なり。這箇をきらうて用那頭は作麼生なるのみなり。
よろこぶべし、この皮袋子、むまれたるところは去聖方遠なり、いけるいまは去聖時遠なりといへども、亙天の化導なほきこゆるにあへり。いはゆるほとけ法をとく事は、きくところなりといへども、法ほとけをとくことは、いくかさなりの不知をかわづらひこし。
しかあればすなはち、三世の諸仏は三世に法をとかれ、三世の諸法は三世に仏にとかるるなり。葛藤窠の風前に剪断する亙天のみあり。一言は、かくるることなく、勘破しきたる、維摩詰をも非維摩詰をも。しかあればすなはち、法説仏なり、法行仏なり、法証仏なり。仏説法なり、仏行仏なり、仏作仏なり。かくのごとくなる、ともに行仏の威儀なり。亙天亙地、亙古亙今にも、得者不軽微、明者不賎用なり。

正法眼蔵行仏威儀第六

仁治二年辛丑十月中旬記于観音導利興聖宝林寺
沙門道元

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 05:58
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正 法 眼 蔵    即心是仏そくしんぜぶつ  第五  
即 心 是 仏

 仏仏祖祖、いまだまぬかれず保任しきたれるは即心是仏のみなり。しかあるを、西天には即心是仏なし、震旦にはじめてきけり。学者おほくあやまるによりて、将錯就錯せず。将錯就錯せざるゆゑに、おほく外道に零落す。 いはゆる即心の話をききて、癡人おもはくは、衆生の慮知念覚の未発菩提心なるを、すなはち仏とすとおもへり。これはかつて正師にあはざるによりてなり。 外道のたぐひとなるといふは、西天竺国に外道あり、先尼となづく。かれが見処のいはくは、大道はわれらがいまの身にあり、そのていたらくは、たやすくしりぬべし。いはゆる苦楽をわきまへ、冷煖を自知し、痛癢を了知す。万物にさへられず、諸境にかかはれず。物は去来し境は生滅すれども、霊知はつねにありて不変なり。この霊知、ひろく周遍せり。凡聖含霊の隔異なし。そのなかに、しばらく妄法の空花ありといへども、一念相応の知慧あらはれぬれば、物も亡じ、境も滅しぬれば、霊知本性ひとり了了として鎮常なり。たとひ身相はやぶれぬれども、霊知はやぶれずしていづるなり。たとへば人舍の失火にやくるに、舍主いでてさるがごとし。昭昭霊霊としてある、これを覚者知者の性といふ。これをほとけともいひ、さとりとも称ず。自他おなじく具足し、迷悟ともに通達せり。万法諸境ともかくもあれ、霊知は境とともならず、物とおなじからず、歴劫に常住なり。いま現在せる諸境も、霊知の所在によらば、真実といひぬべし。本性より縁起せるゆゑには実法なり。たとひしかありとも、霊知のごとくに常住ならず、存没するがゆゑに。明暗にかかはれず、霊知するがゆゑに。これを霊知といふ。また真我と称じ、覚元といひ、本性と称ず。かくのごとくの本性をさとるを常住にかへりぬるといひ、帰真の大士といふ。これよりのちは、さらに生死に流転せず、不生不滅の性海に証入するなり。このほかは真実にあらず。この性あらはさざるほど、三界六道は競起するといふなり、これすなはち先尼外道が見なり。
 大唐国大証国師慧忠和尚僧に問ふ、従何方来(何れの方より来れる)。
 僧曰、南方来(南方より来る)。
 師曰、南方有何知識(南方何の知識か有る)。
 僧曰、知識頗多(知識頗る多し)。
 師曰、如何示人(如何が人に示す)。
 僧曰、彼方知識、直下示学人即心是仏。仏是覚義、汝今悉具見聞覚知之性、此性善能揚眉瞬目、去来運用。徧於身中、挃頭頭知、挃脚脚知、故名正遍知。離此之外、更無別仏。此身即有生滅、心性無始以来、未曽生滅。身生滅者、如龍換骨、似蛇脱皮、人出故宅。即身是無常、其性常也。南方所説、大約如此。(僧曰く、彼方の知識、直下に学人に即心是仏と示す。仏は是れ覚の義なり、汝今、見聞覚知の性を悉具せり。此の性善能く揚眉瞬目し、去来運用す。身中に徧く、頭に挃るれば頭知り、脚に挃るれば脚知る、故に正遍知と名づく。此れを離るるの外、更に別の仏無し。此の身は即ち生滅有り、心性は無始より以来、未だ曽て生滅せず。身、生滅するとは、龍の骨を換ふるが如く、蛇の皮を脱し、人の故宅を出づるに似たり。即ち身は是れ無常なり、其の性は常なり。南方の所説、大約此の如し。)
 師曰く、若然者、与彼先尼外道、無有差別。彼云、我此身中有一神性、此性能知痛癢。身壊之時、神則出去。如舍被焼舍主出去。舍即無常、舍主常矣。審如此者、邪正莫弁、孰為是乎。吾比遊方、多見此色。近尤盛矣。聚却三五百衆、目視雲漢云、是南方宗旨。把他壇経改換、添糅鄙譚、削除聖意、惑乱後徒、豈成言教。苦哉、吾宗喪矣。若以見聞覚知、是為仏性者、浄名不応云法離見聞覚知、若行見聞覚知、是則見聞覚知非求法也。(師曰く、若し然らば、彼の先尼外道と差別有ること無けん。彼が云く、我が此の身中に一神性有り、此の性能く痛癢を知る、身壊する時、神則ち出で去る。舍の焼かるれば舍主の出で去るが如し。舍は即ち無常なり、舍主は常なりと。審すらくは此の如きは、邪正弁ずるなし、孰んが是とせんや。吾れ比遊方せしに、多く此の色を見き。近尤も盛んなり。三五百衆を聚却て、目に雲漢を視て云く、是れ南方の宗旨なりと。他の壇経を把つて改換して、鄙譚を添糅し、聖意を削除して後徒を惑乱す、豈言教を成らんや。苦哉、吾宗喪びにたり。若し見聞覚知を以て是を仏性とせば、浄名は応に法は見聞覚知を離る、若し見聞覚知を行ぜば是れ即ち見聞覚知なり、法を求むるに非ずと云ふべからず。)
 大証国師は曹溪古仏の上足なり、天上人間の大善知識なり。国師のしめす宗旨をあきらめて、参学の亀鑑とすべし。先尼外道が見処としりてしたがふことなかれ。 近代は大宋国に諸山の主人とあるやから、国師のごとくなるはあるべからず。むかしより国師にひとしかるべき知識いまだかつて出世せず。しかあるに、世人あやまりておもはく、臨濟徳山も国師にひとしかるべしと。かくのごとくのやからのみおほし。あはれむべし、明眼の師なきことを。 いはゆる仏祖の保任する即心是仏は、外道二乗のゆめにもみるところにあらず。唯仏祖与仏祖のみ即心是仏しきたり、究尽しきたる聞著あり、行取あり、証著あり。 仏百草を拈却しきたり、打失しきたる。しかあれども丈六の金身に説似せず。 即公案あり、見成を相待せず、敗壊を廻避せず。 是三界あり、退出にあらず、唯心にあらず。 心牆壁あり、いまだ泥水せず、いまだ造作せず。 あるいは心是仏を参究し、心即仏是を参究し、仏即是心を参究し、即心仏是を参究し、是仏心即を参究す。かくのごとくの参究、まさしく即心是仏、これを挙して即心是仏に正伝するなり。かくのごとく正伝して今日にいたれり。いはゆる正伝しきたれる心といふは、一心一切法、一切法一心なり。 このゆゑに古人いはく、若人識得心、大地無寸土(若し人、心を識得せば、大地に寸土無し)。 しるべし、心を識得するとき、蓋天撲落し、迊地裂破す。あるいは心を識得すれば、大地さらにあつさ三寸をます。 古徳云く、作麼生是妙浄明心。山河大地、日月星辰(作麼生ならんか是れ妙浄明心。山河大地、日月星辰)。 あきらかにしりぬ、心とは山河大地なり、日月星辰なり。しかあれども、この道取するところ、すすめば不足あり、しりぞくればあまれり。山河大地心は山河大地のみなり。さらに波浪なし、風煙なし。日月星辰心は日月星辰のみなり。さらにきりなし、かすみなし。生死去来心は生死去来のみなり。さらに迷なし、悟なし。牆壁瓦礫心は牆壁瓦礫のみなり。さらに泥なし、水なし。四大五蘊心は四大五蘊のみなり。さらに馬なし、猿なし。椅子払子心は椅子払子のみなり。さらに竹なし、木なし。かくのごとくなるがゆゑに、即心是仏、不染汚即心是仏なり。諸仏、不染汚諸仏なり。 しかあればすなはち、即心是仏とは、発心、修行、菩提、涅槃の諸仏なり。いまだ発心修行菩提涅槃せざるは、即心是仏にあらず。たとひ一刹那に発心修証するも即心是仏なり、たとひ一極微中に発心修証するも即心是仏なり、たとひ無量劫に発心修証するも即心是仏なり、たとひ一念中に発心修証するも即心是仏なり、たとひ半拳裏に発心修証するも即心是仏なり。しかあるを、長劫に修行作仏するは即心是仏にあらずといふは、即心是仏をいまだみざるなり、いまだしらざるなり、いまだ学せざるなり。即心是仏を開演する正師を見ざるなり。 いはゆる諸仏とは釈迦牟尼仏なり。釈迦牟尼仏これ即心是仏なり。過去現在未来の諸仏、ともにほとけとなるときは、かならず釈迦牟尼仏となるなり。これ即心是仏なり。

正法眼蔵 即心是仏第五

爾時延応元年五月二十五日在雍州宇治郡観音導利興聖宝林寺示衆

于時寛元三年乙巳七月十二日在越州吉田縣大仏寺侍者寮書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 05:58
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正 法 眼 蔵    心身学道しんじんがくどう  第四  
身 心 学 道

  仏道は、不道を擬するに不得なり、不学を擬するに転遠なり。
  南嶽大慧禅師のいはく、修証はなきにあらず、染汚わぜんすることえじ。
  仏道を学せざれば、すなはち外道闡提等の道に墮在す。このゆゑに、前仏後仏かならず仏道を修行するなり。
  仏道を学するに、しばらくふたつあり。いはゆる心をもて学し、身をもて学するなり。
  心をもて学するとは、あらゆる諸心をもて学するなり。その諸心といふは、質多心、汗栗駄心かりだしん、矣栗駄心いりだしん等なり。又、感応道交して、菩提心をおこしてのち、仏祖の大道に帰依し、発菩提心の行李を習学するなり。たとひいまだ真実の菩提心おこらずといふとも、さきに菩提心をおこせりし仏祖の法をならふべし。これ発菩提心なり、赤心片片なり、古仏心なり、平常心なり、三界一心なり。
  これらの心を放下して学道するあり、拈挙して学道するあり。このとき、思量して学道す、不思量して学道す。あるいは金襴衣を正伝し、金襴衣を稟受す。あるいは汝得吾髄あり、三拝依立而立あり。碓米伝衣する、以心学心なり。剃髪染衣、すなはち囘心ういしんなり、明心なり。踰城し入山する、出一心、入一心なり。山の所入なる、思量箇不思量底なり。世の所捨なる、非思量なり。これを眼睛に団じきたること二三斛ごく、これを業識に弄しきたること千万端なり。かくのごとく学道するに、有功に賞おのづからきたり、有賞に功いまだいたらざれども、ひそかに仏祖の鼻孔をかりて出氣せしめ、驢馬の脚蹄を拈じて印証せしむる、すなはち万古の榜様なり。
  しばらく山河大地日月星辰、これ心なり。この正当恁麼時、いかなる保任か現前する。山河大地といふは、山河はたとへば山水なり。大地は此処のみにあらず、山もおほかるべし、大須彌小須彌あり。横に処せるあり、豎しゅに処せるあり。三千界あり、無量国あり。色にかかるあり、空にかかるあり。河もさらにおほかるべし、天河あり、地河あり、四大河あり、無熱池あり。北倶廬州には四阿耨達池あり。海あり、池あり。地はかならずしも土にあらず、土かならずしも地にあらず。土地もあるべし、心地もあるべし、宝地もあるべし。万般なりといふとも、地なかるべからず、空と地とせる世界もあるべきなり。日月星辰は人天の所見不同あるべし、諸類の所見おなじからず。恁麼なるがゆゑに、一心の所見、これ一斉なるなり。これらすでに心なり。内なりとやせん、外なりとやせん。来なりとやせん、去なりとやせん。生時は一点を増ずるか、増ぜざるか。死には一塵をさるか、さらざるか。この生死および生死の見、いづれのところにかおかんとかする。向来はただこれ心の一念二念なり。一念二念は一山河大地なり、二山河大地なり。山河大地等、これ有無にあらざれば大小にあらず、得不得にあらず、識不識にあらず、通不通にあらず、悟不悟に変ぜず。
  かくのごとくの心、みづから学道することを慣習するを、心学道といふと決定信受すべし。
この信受、それ大小有無にあらず。いまの知家非家、捨家出家(家、家に非ずと知りて捨家出家す)の学道、それ大小の量にあらず、遠近の量にあらず。鼻祖鼻末にあまる、向上向下にあまる。展事あり、七尺八尺なり。投機あり、為自為他なり。恁麼なる、すなはち学道なり。学道は恁麼なるがゆゑに、牆壁瓦礫これ心なり。さらに三界唯心にあらず、法界唯心にあらず、牆壁瓦礫なり。咸通年前につくり、咸通年後にやぶる、た拕泥滯水なり、無縄自縛なり。玉をひくちからあり、水にいる能あり。とくる日あり、くだくるときあり、極微にきはまる時あり。露柱と同参せず、灯籠と交肩せず。かくのごとくなるゆゑに赤脚走して学道するなり、たれか著眼看せん。翻筋斗して学道するなり、おのおの随他去あり。このとき、壁落これ十方を学せしむ、無門これ四面を学せしむ。
  発菩提心は、あるいは生死にしてこれをうることあり、あるいは涅槃にしてこれをうることあり、あるいは生死涅槃のほかにしてこれをうることあり。ところをまつにあらざれども、発心のところにさへられざるあり。境発にあらず、智発にあらず、菩提心発なり、発菩提心なり。発菩提心は、有にあらず無にあらず、善にあらず悪にあらず、無記にあらず。報地によりて縁起するにあらず、天有情はさだめてうべからざるにあらず。ただまさに時節とともに発菩提心するなり、依にかかはれざるがゆゑに。発菩提心の正当恁麼時には、法界ことごとく発菩提心なり。依を転ずるに相似なりといへども、依にしらるるにあらず。共出一隻手なり、自出一隻手なり、異類中行なり。地獄、餓鬼、畜生、修羅等のなかにしても発菩提心するなり。
  赤心片片といふは、片片なるはみな赤心なり。一片両片にあらず、片片なるなり。
  荷葉団団団似鏡、菱角尖尖尖似錐(荷葉団団、団なること鏡に似たり、菱角尖尖、尖なること錐に似たり)。
  かがみににたりといふとも片片なり、錐ににたりといふとも片片なり。
  古仏心といふは、むかし僧ありて大証国師にとふ、いかにあらむかこれ古仏心。
  ときに国師いはく、牆壁瓦礫。
  しかあればしるべし、古仏心は牆壁瓦礫にあらず、牆壁瓦礫を古仏心といふにあらず、古仏心それかくのごとく学するなり。
  平常心といふは、此界他界といはず、平常心なり。昔日はこのところよりさり、こんにちはこのところよりきたる。さるときは漫天さり、きたるときは尽地きたる。これ平常心なり。平常心この屋裡に開門す、千門万戸一時開閉なるゆゑに平常なり。いまこの蓋天蓋地は、おぼえざることばのごとし、噴地の一声のごとし。語等なり、心等なり、法等なり。寿行生滅の刹那に生滅するあれども、最後身よりさきはかつてしらず。しらざれども、発心すれば、かならず菩提の道にすすむなり。すでにこのところあり、さらにあやしむべきにあらず。すでにあやしむことあり、すなはち平常なり。

  身学道といふは、身にて学道するなり。赤肉団の学道なり。身は学道よりきたり、学道よりきたれるは、ともに身なり。尽十方界是箇真実人体なり、生死去来真実人体なり。この身体をめぐらして、十悪をはなれ、八戒をたもち、三宝に帰依して捨家出家する、真実の学道なり。このゆゑに真実人体といふ。後学かならず自然見の外道に同ずることなかれ。
  百丈大智禅師のいはく、若執本清浄本解脱自是仏、自是禅道解者、即属自然外道(若し本清浄、本解脱、自は是れ仏、自は是れ禅道の解と執せば、即ち自然外道に属す)。
  これら閑家の破具にあらず、学道の積功累徳なり。綍跳して玲瓏八面なり、脱落して如藤倚樹なり。或現此身得度而為説法なり、或現他身得度而為説法なり、或不現此身得度而為説法なり、或不現他身得度而為説法なり、乃至不為説法なり。
  しかあるに棄身するところに揚声止響することあり、捨命するところに断腸得髄することあり。たとひ威音王よりさきに発足学道すれども、なほこれみづからが兒孫として増長するなり。
  尽十方世界といふは、十方面ともに尽界なり。東西南北四維上下を十方といふ。かの表裏縦横の究尽なる時節を思量すべし。思量するといふは、人体はたとひ自他に罣礙せらるといふとも、尽十方なりと諦観し、決定するなり。これ未曽聞をきくなり。方等なるゆゑに、界等なるゆゑに。人体は四大五蘊なり、大塵ともに凡夫の究尽するところにあらず、聖者の参究するところなり。又、一塵に十方を諦観すべし、十方は一塵に嚢括するにあらず。あるいは一塵に僧堂仏殿を建立し、あるいは僧堂仏殿に、尽界を建立せり。これより建立せり、建立これよりなれり。恁麼の道理、すなはち尽十方界真実人体なり。自然天然の邪見をならふべからず。界量にあらざれば広狹にあらず。尽十方界は八万四千の説法蘊なり、八万四千の三昧なり、八万四千の陀羅尼なり。八万四千の説法蘊、これ転法輪なるがゆゑに、法輪の転処は、亙界なり、亙時なり。方域なきにあらず、真実人体なり。いまのなんぢ、いまのわれ、尽十方界真実人体なる人なり。これらを蹉過することなく学道するなり。たとひ三大阿僧祇劫、十三大阿僧祇劫、無量阿僧祇劫までも、捨身受身しもてゆく、かならず学道の時節なる進歩退歩学道なり。礼拝問訊するすなはち、動止威儀なり。枯木を畫図し、死灰を磨專す。しばらくの間断あらず。暦日は短促なりといへども学道は幽遠なり。捨家出家せる風流たとひ蕭然なりとも、樵夫に混同することなかれ。活計たとひ競頭すとも、佃戸に一斉なるにあらず。迷悟善悪の論に比することなかれ、邪正真偽の際にとどむることなかれ。
  生死去来真実人体といふは、いはゆる生死は凡夫の流転なりといへども、大聖の所脱なり。
超凡越聖せん、これを真実体とするのみにあらず。これに二種七種のしなあれども、究尽するに、面面みな生死なるゆゑに恐怖すべきにあらず。ゆゑいかんとなれば、いまだ生をすてざれども、いますでに死をみる。いまだ死をすてざれども、いますでに生をみる。生は死を罣礙するにあらず、死は生を罣礙するにあらず、生死ともに凡夫のしるところにあらず。生は栢樹子のごとし。死は鉄漢のごとし。栢樹はたとひ栢樹に礙せらるとも、生はいまだ死に礙せられざるゆゑに学道なり。生は一枚にあらず、死は両疋にあらず。死の生に相対するなし、生の死に相待するなし。

  圜悟禅師曰く、生也全機現、死也全機現、逼塞ひっそく太虚空、赤心常片片(生も全機現なり、死も全機現なり。太虚空に逼塞し、赤心常に片片たり)。
  この道著、しづかに功夫点撿すべし。圜悟禅師かつて恁麼いふといへども、なほいまだ生死の全機にあまれることをしらず。去来を参学するに、去に生死あり、来に生死あり、生に去来あり、死に去来あり。去来は尽十方界を両翼三翼として飛去飛来す、尽十方界を三足五足として進歩退歩するなり。生死を頭尾として、尽十方界真実人体はよく翻身囘脳するなり。翻身囘脳するに、如一銭大なり、似微塵裏なり、平坦坦地、それ壁立千仭なり、壁立千仭処、それ平坦坦地なり。このゆゑに南州北州の面目あり、これを撿して学道す。非想非非想の骨髄あり、これを抗して学道するのみなり。

  正法眼蔵身心学道第四

   爾時仁治三年壬寅重陽日在于宝林寺示衆
   仁治癸卯仲春初二日書寫 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 05:25
by writer
正 法 眼 蔵    仏 性ぶっしょう  第三  
仏 性

  釈迦牟尼仏言、一切衆生 悉有仏性 如来常住 無有変易。
  これ、われらが大師釈尊の師子吼の転法輪なりといへども、一切諸仏 一切祖師の頂額眼睛なり。参学しきたること、すでに二千一百九十年(当日本仁治二年辛丑歳)正嫡わづかに五十代(至先師天童浄和尚)、西天二十八代、代代住持しきたり、東地二十三世、世世住持しきたる。十方の仏祖、ともに住持せり。
  世尊の道ふ一切衆生 悉有仏性、その宗旨いかん。是什麼物恁麼来の道転法輪なり。あるいは衆生といひ、有情といひ、群生といひ、群類といふ。
  悉有の言は衆生なり、群有也。すなはち悉有は仏性なり。悉有の一悉を衆生といふ。正当恁麼時は、衆生の内外すなはち仏性の悉有なり。単伝する皮肉骨髄のみにあらず、汝得吾皮肉骨髄なるがゆゑに。
  しるべし、いま仏性に悉有せらるる有は、有無の有にあらず。悉有は仏語なり、仏舌なり。仏祖眼睛なり、衲僧鼻孔なり。悉有の言、さらに始有にあらず、本有にあらず、妙有等にあらず、いはんや縁有妄有ならんや。心境性相等にかかはれず。しかあればすなはち、衆生悉有の依正、しかしながら業増上力にあらず、妄縁起にあらず、法爾にあらず、神通修証にあらず。もし衆生の悉有、それ業増上および縁起法爾等ならんには、諸聖の証道および諸仏の菩提、仏祖の眼睛も、業増上力および縁起法爾なるべし。しかあらざるなり。尽界はすべて客塵なし、直下さらに第二人あらず、直截根源人未識、忙忙業識幾時休なるがゆゑに。妄縁起の有にあらず、徧界不曽蔵のゆゑに。徧界不曽蔵といふは、かならずしも満界是有といふにあらざるなり。徧界我有は外道の邪見なり。本有の有にあらず、亙古亙今のゆゑに。始起の有にあらず、不受一塵のゆゑに。條條の有にあらず、合取のゆゑに。無始有の有にあらず、是什麼物恁麼来のゆゑに。始起有の有にあらず、吾常心是道のゆゑに。まさにしるべし、悉有中に衆生快便難逢なり。悉有を会取することかくのごとくなれば、悉有それ透体脱落なり。
  仏性の言をききて、学者おほく先尼外道の我のごとく邪計せり。それ、人にあはず、自己にあはず、師をみざるゆゑなり。いたづらに風火の動著する心意識を仏性の覚知覚了とおもへり。たれかいふ、仏性に覚知覚了ありと。覚者知者はたとひ諸仏なりとも、仏性は覚知覚了にあらざるなり。いはんや諸仏を覚者知者といふ覚知は、なんだちが云云の邪解を覚知とせず、風火の動静を覚知とするにあらず、ただ一両の仏面祖面、これ覚知なり。
  往往に古老先徳、あるいは西天に往還し、あるいは人天を化導する、漢唐より宋朝にいたるまで、稻麻竹葦のごとくなる、おほく風火の動著を仏性の知覚とおもへる、あはれむべし、学道転疎なるによりて、いまの失誤あり。いま仏道の晩学初心、しかあるべからず。たとひ覚知を学習すとも、覚知は動著にあらざるなり。たとひ動著を学習すとも、動著は恁麼にあらざるなり。もし真箇の動著を会取することあらば、真箇の覚知覚了を会取すべきなり。仏と性と、彼に達し、此に達すなり。仏性かならず悉有なり、悉有は仏性なるがゆゑに。悉有は百雑砕にあらず、悉有は一條鉄にあらず。拈拳頭なるがゆゑに大小にあらず。すでに仏性といふ、諸聖と齊肩なるべからず、仏性と齊肩すべからず。
  ある一類おもはく、仏性は草木の種子のごとし。法雨のうるひしきりにうるほすとき、芽茎生長し、枝葉花果もすことあり。果実さらに種子をはらめり。かくのごとく見解する、凡夫の情量なり。たとひかくのごとく見解すとも、種子および花果、ともに條條の赤心なりと参究すべし。果裏に種子あり、種子みえざれども根茎等を生ず。あつめざれどもそこばくの枝條大圍となれる、内外の論にあらず、古今の時に不空なり。しかあれば、たとひ凡夫の見解に一任すとも、根茎枝葉みな同生し同死し、同悉有なる仏性なるべし。

  仏言はく、仏性の義を知らんと欲はば、まさに時節の因縁を観ずべし。時節若し至れば、仏性現前す。
  いま仏性義をしらんとおもはばといふは、ただ知のみにあらず、行ぜんとおもはば、証せんとおもはば、とかんとおもはばとも、わすれんとおもはばともいふなり。かの説、行、証、忘、錯、不錯等も、しかしながら時節の因縁なり。時節の因縁を観ずるには、時節の因縁をもて観ずるなり、払子拄杖等をもて相観するなり。さらに有漏智、無漏智、本覚、始覚、無覚、正覚等の智をもちゐるには観ぜられざるなり。
  当観といふは、能観所観にかかはれず、正観邪観等に準ずべきにあらず、これ当観なり。当観なるがゆゑに不自観なり、不他観なり、時節因縁漸なり、超越因縁なり。仏性漸なり、脱体仏性なり。仏仏漸なり、性性漸なり。
  時節若至の道を、古今のやから往往におもはく、仏性の現前する時節の向後にあらんずるをまつなりとおもへり。かくのごとく修行しゆくところに、自然に仏性現前の時節にあふ。時節いたらざれば、参師問法するにも、弁道功夫するにも、現前せずといふ。恁麼見取して、いたづらに紅塵にかへり、むなしく雲漢をまぼる。かくのごとくのたぐひ、おそらくは天然外道の流類なり。いはゆる欲知仏性義は、たとへば当知仏性義といふなり。当観時節因縁といふは、当知時節因縁といふなり。いはゆる仏性をしらんとおもはば、しるべし、時節因縁これなり。時節若至といふは、すでに時節いたれり、なにの疑著すべきところかあらんとなり。疑著時節さもあらばあれ、還我仏性来なり。しるべし、時節若至は、十二時中不空過なり。若至は、既至といはんがごとし。時節若至すれば、仏性不至なり。しかあればすなはち、時節すでにいたれば、これ仏性の現前なり。あるいは其理自彰なり、おほよそ時節の若至せざる時節いまだあらず、仏性の現前せざる仏性あらざるなり。

  第十二祖馬鳴尊者、第十三祖のために仏性海をとくにいはく、 山河大地、皆依建立、三昧六通、由茲発現。
  しかあれば、この山河大地、みな仏性海なり。皆依建立といふは、建立せる正当恁麼時、これ山河大地なり。すでに皆依建立といふ、しるべし、仏性海のかたちはかくのごとし。さらに内外中間にかかはるべきにあらず。恁麼ならば、山河をみるは仏性をみるなり、仏性をみるは驢腮馬觜をみるなり。皆依は全依なり、依全なりと会取し不会取するなり。
  三昧六通由茲発現。しるべし、諸三昧の発現来現、おなじく皆依仏性なり。全六通の由茲不由茲、ともに皆依仏性なり。六神通はただ阿笈摩教にいふ六神通にあらず。六といふは、前三三後三三を六神通波羅蜜といふ。しかあれば、六神通は明明百草頭、明明仏祖意なりと参究することなかれ。六神通に滞累せしむといへども、仏性海の朝宗に罣礙するものなり。
  五祖大満禅師、蘄州黄梅人也。無父而生、童兒得道、乃栽松道者也。初在蘄州西山栽松、遇四祖出遊。告道者、吾欲伝法与汝、汝已年邁、若待汝再来、吾尚遅汝。

  師、諾す。遂に周氏家の女に往いて托生す。因みに濁港の中に抛つ。神物護持して七日損せず。因みに收りて養へり。七歳に至るまで童兒たり、黄梅路上に四祖大医禅師に逢ふ。祖、師を見るに、是れ小兒なりと雖も、骨相奇秀、常の童に異なり。
  祖見問して曰はく、汝何なる姓ぞ。
  師答ふて曰く、姓は即ち有り、是れ常の姓にあらず。
  祖曰、是れ何なる姓ぞ。
  祖師答曰、是れ仏性。
  祖曰、汝に仏性無し。
  師答曰、仏性空なる故に、所以に無と言ふ。
  祖、其の法器なるを識つて、侍者たらしめて、後に正法眼蔵を付す。黄梅東山に居して、大きに玄風を振ふ。

  しかあればすなはち、祖師の道取を参究するに、四祖いはく、汝何性は、その宗旨あり。むかしは何国人の人あり、何姓の姓あり。なんぢは何姓と為説するなり。たとへば吾亦如是、汝亦如是と道取するがごとし。
  五祖いはく、姓即有、不是常姓。
  いはゆるは、有即姓は常姓にあらず、常姓は即有に不是なり。
  四祖いはく是何姓は、何は是なり、是を何しきたれり。これ姓なり。何ならしむるは是のゆゑなり。是ならしむるは何の能なり。姓は是也、何也なり。これを蒿湯にも点ず、茶湯にも点ず、家常の茶飯ともするなり。
  五祖いはく、是仏性。
  いはくの宗旨は、是は仏性なりとなり。何のゆゑに仏なるなり。是は何姓のみに究取しきたらんや、是すでに不是のとき仏性なり。しかあればすなはち是は何なり、仏なりといへども、脱落しきたり、透脱しきたるに、かならず姓なり。その姓すなはち周なり。しかあれども、父にうけず祖にうけず、母氏に相似ならず、傍観に齊肩ならんや。
  四祖いはく、汝無仏性。
  いはゆる道取は、汝はたれにあらず、汝に一任すれども、無仏性なりと開演するなり。しるべし、学すべし、いまはいかなる時節にして無仏性なるぞ。仏頭にして無仏性なるか、仏向上にして無仏性なるか。七通を逼塞することなかれ、八達を摸索することなかれ。無仏性は一時の三昧なりと修習することもあり。仏性成仏のとき無仏性なるか、仏性発心のとき無仏性なるかと問取すべし、道取すべし。露柱をしても問取せしむべし、露柱にも問取すべし、仏性をしても問取せしむべし。
  しかあればすなはち、無仏性の道、はるかに四祖の祖室よりきこゆるものなり。黄梅に見聞し、趙州に流通し、大潙に挙揚す。無仏性の道、かならず精進すべし、趑趄することなかれ。無仏性たどりぬべしといへども、何なる標準あり、汝なる時節あり、是なる投機あり、周なる同生あり、直趣なり。
  五祖いはく、仏性空故、所以言無。
  あきらかに道取す、空は無にあらず。仏性空を道取するに、半斤といはず、八両といはず、無と言取するなり。空なるゆゑに空といはず、無なるゆゑに無といはず、仏性空なるゆゑに無といふ。しかあれば、無の片片は空を道取する標榜なり、空は無を道取する力量なり。いはゆるの空は、色即是空の空にあらず。色即是空といふは、色を強為して空とするにあらず、空をわかちて色を作家せるにあらず。空是空の空なるべし。空是空の空といふは、空裏一片石なり。
しかあればすなはち、仏性無と仏性空と仏性有と、四祖五祖、問取道取。

  震旦第六祖曹谿山大鑑禅師、そのかみ黄梅山に参ぜしはじめ、五祖とふ、なんぢいづれのところよりかきたれる。
  六祖いはく、嶺南人なり。
  五祖いはく、きたりてなにごとをかもとむる。
  六いはく、作仏をもとむ。
  五祖いはく、嶺南人無仏性、いかにしてか作仏せん。
  この嶺南人無仏性といふ、嶺南人は仏性なしといふにあらず、嶺南人は仏性ありといふにあらず、嶺南人、無仏性となり。いかにしてか作仏せんといふは、いかなる作仏をか期するといふなり。
  おほよそ仏性の道理、あきらむる先達すくなし。諸阿笈摩教および経論師のしるべきにあらず。
仏祖の兒孫のみ単伝するなり。仏性の道理は、仏性は成仏よりさきに具足せるにあらず、成仏よりのちに具足するなり。仏性かならず成仏と同参するなり。この道理、よくよく参究功夫すべし。三二十年も功夫参学すべし。十聖三賢のあきらむるところにあらず。衆生有仏性、衆生無仏性と道取する、この道理なり。成仏以来に具足する法なりと参学する正的なり。かくのごとく学せざるは仏法にあらざるべし。かくのごとく学せずば、仏法あへて今日にいたるべからず。もしこの道理あきらめざるには、成仏をあきらめず、見聞せざるなり。このゆゑに、五祖は向他道するに、嶺南人無仏性と為道するなり。見仏聞法の最初に、難得難聞なるは、衆生無仏性なり。或従知識、或従経巻するに、きくことのよろこぶべきは衆生無仏性なり。一切衆生無仏性を、見聞覚知に参飽せざるものは、仏性いまだ見聞覚知せざるなり。六祖もはら作仏をもとむるに、五祖よく六祖を作仏せしむるに、他の道取なし、善巧なし。ただ嶺南人無仏性といふ。しるべし、無仏性の道取聞取、これ作仏の直道なりといふことを。しかあれば、無仏性の正当恁麼時すなはち作仏なり。無仏性いまだ見聞せず、道取せざるは、いまだ作仏せざるなり。
  六祖いはく、人有南北なりとも、仏性無南北なり。この道取を挙して、句裏を功夫すべし。南北の言、まさに赤心に照顧すべし。六祖道得の句に宗旨あり。いはゆる人は作仏すとも、仏性は作仏すべからずといふ一隅の搆得あり。六祖これをしるやいなや。
  四祖五祖の道取する無仏性の道得、はるかに得礙の力量ある一隅をうけて、迦葉仏および釈迦牟尼仏等の諸仏は、作仏し転法するに、悉有仏性と道取する力量あるなり。悉有の有、なんぞ無無の無に嗣法せざらん。しかあれば、無仏性の語、はるかに四祖五祖の室よりきこゆるなり。このとき、六祖その人ならば、この無仏性の語を功夫すべきなり。有無の無はしばらくおく、いかならんかこれ仏性と問取すべし、なにものかこれ仏性とたづぬべし。いまの人も、仏性とききぬれば、いかなるかこれ仏性と問取せず、仏性の有無等の義をいふがごとし、これ倉卒なり。しかあれば、諸無の無は、無仏性の無に学すべし。六祖の道取する人有南北、仏性無南北の道、ひさしく再三撈摝すべし、まさに撈波子に力量あるべきなり。六祖の道取する人有南北仏性無南北の道、しづかに拈放すべし。おろかなるやからおもはくは、人間には質礙すれば南北あれども、仏性は虚融にして南北の論におよばずと、六祖は道取せりけるかと推度するは、無分の愚蒙なるべし。この邪解を抛却して、直須勤学すべし。

  六祖、門人行昌に示して云く、無常は即ち仏性なり、有常は即ち善悪一切諸法分別心なり。
  いはゆる六祖道の無常は、外道二乗等の測度にあらず。二乗外道の鼻祖鼻末、それ無常なりといふとも、かれら窮尽すべからざるなり。しかあれば、無常のみづから無常を説著、行著、証著せんは、みな無常なるべし。今、自身を現ずるを以て得度すべき者には、即ち自身を現じて而も為に法を説くなり、これ仏性なり。さらに或現長法身、或現短法身なるべし。常聖これ無常なり、常凡これ無常なり。常凡聖ならんは、仏性なるべからず。小量の愚見なるべし、測度の管見なるべし。仏者小量身也、性者小量作也。このゆゑに六祖道取す、無常は仏性なり。
  常者未転なり。未転といふは、たとひ能断と変ずとも、たとひ所断と化すれども、かならずしも去来の蹤跡にかかはれず、ゆゑに常なり。
  しかあれば、草木叢林の無常なる、すなはち仏性なり。人物身心の無常なる、これ仏性なり。
国土山河の無常なる、これ仏性なるによりてなり。阿耨多羅三藐三菩提これ仏性なるがゆゑに無常なり、大般涅槃これ無常なるがゆゑに仏性なり。もろもろの二乗の小見および経論師の三蔵等は、この六祖の道を驚疑怖畏すべし。もし驚疑せんことは、魔外の類なり。

  第十四祖龍樹尊者、梵に那伽閼刺樹那と云ふ。唐には龍樹また龍勝と云ふ、また龍猛と云ふ。
西天竺国の人なり。南天竺国に至る。彼の国の人、多く福業を信ず。尊者、為に妙法を説く。
聞く者、逓相に謂つて曰く、人の福業有る、世間第一なり。徒らに仏性を言ふ、誰か能く之を覩たる。
尊者曰、汝仏性を見んと欲はば、先づ須らく我慢を除くべし。
  彼人曰、仏性大なりや小なりや。
  尊者曰く、仏性大に非ず小に非ず、広に非ず狹に非ず、福無く報無く、不死不生なり。
  彼、理の勝たることを聞いて、悉く初心を廻らす。
  尊者、また坐上に自在身を現ずること、満月輪の如し。一切衆会、唯法音のみを聞いて、師相を覩ず。
  彼の衆中に、長者子迦那提婆といふもの有り、衆会に謂ひて曰く、此の相を識るや否や。
  衆会曰く、而今我等目に未だ見ざる所、耳に聞く所無く、心に識る所無く、身に住する所無し。
  提婆曰く、此れは是れ尊者、仏性の相を現して、以て我等に示す。何を以てか之を知る。蓋し、無相三昧は形満月の如くなるを以てなり。仏性の義は廓然虚明なり 言ひ訖るに、輪相即ち隱る。また本座に居して、偈を説いて言く、 身に円月相を現じ、以て諸仏の体を表す、説法其の形無し、用辯は声色に非ず。
  しるべし、真箇の用辯は声色の即現にあらず。真箇の説法は無其形なり。尊者かつてひろく仏性を為説する、不可数量なり。いまはしばらく一隅を略挙するなり。
  汝欲見仏性、先須除我慢。この為説の宗旨、すごさず弁肯すべし。見はなきにあらず、その見これ除我慢なり。我もひとつにあらず、慢も多般なり、除法また万差なるべし。しかあれども、これらみな見仏性なり。眼見目覩にならふべし。
  仏性非大非小等の道取、よのつねの凡夫二乗に例諸することなかれ。偏枯に仏性は広大ならんとのみおもへる、邪念をたくはへきたるなり。大にあらず小にあらざらん正当恁麼時の道取に罣礙せられん道理、いま聴取するがごとく思量すべきなり。思量なる聴取を使得するがゆゑに。
  しばらく尊者の道著する偈を聞取すべし、いはゆる身現円月相、以表諸仏体なり。すでに諸仏体を以表しきたれる身現なるがゆゑに円月相なり。しかあれば、一切の長短方円、この身現に学習すべし。身と現とに転疎なるは、円月相にくらきのみにあらず、諸仏体にあらざるなり。愚者おもはく、尊者かりに化身を現ぜるを円月相といふとおもふは、仏道を相承せざる党類の邪念なり。いづれのところのいづれのときか、非身の他現ならん。まさにしるべし、このとき尊者は高座せるのみなり。身現の儀は、いまのたれ人も坐せるがごとくありしなり。この身、これ円月相現なり。身現は方円にあらず、有無にあらず、隱顯にあらず、八万四千蘊にあらず、ただ身現なり。円月相といふ、這裏是れ甚麼の処在ぞ、細と説き、麤と説く月なり。この身現は、先須除我慢なるがゆゑに、龍樹にあらず、諸仏体なり。以表するがゆゑに諸仏体を透脱す。しかあるがゆゑに、仏辺にかかはれず。仏性の満月を形如する虚明ありとも、円月相を排列するにあらず。いはんや用辯も声色にあらず、身現も色身にあらず、蘊処界にあらず。蘊処界に一似なりといへども以表なり、諸仏体なり。これ説法蘊なり、それ無其形なり。無其形さらに無相三昧なるとき身現なり。一衆いま円月相を望見すといへども、目所未見なるは、説法蘊の転機なり、現自在身の非声色なり。即隱、即現は、輪相の進歩退歩なり。復於座上現自在身の正当恁麼時は、一切衆会、唯聞法音するなり、不覩師相なるなり。
  尊者の嫡嗣迦那提婆尊者、あきらかに満月相を識此し、円月相を識此し、身現を識此し、諸仏性を識此し、諸仏体を識此せり。入室瀉缾の衆たとひおほしといへども、提婆と齊肩ならざるべし。提婆は半座の尊なり、衆会の導師なり、全座の分座なり。正法眼蔵無上大法を正伝せること、霊山に摩訶迦葉尊者の座元なりしがごとし。龍樹未廻心のさき、外道の法にありしときの弟子おほかりしかども、みな謝遣しきたれり。龍樹すでに仏祖となれりしときは、ひとり提婆を附法の正嫡として、大法眼蔵を正伝す。これ無上仏道の単伝なり。しかあるに、僭偽の邪群、ままに自称すらく、われらも龍樹大士の法嗣なり。論をつくり義をあつむる、おほく龍樹の手をかれり、龍樹の造にあらず。むかしすてられし群徒の、人天を惑乱するなり。仏弟子はひとすぢに、提婆の所伝にあらざらんは、龍樹の道にあらずとしるべきなり。これ正信得及なり。しかあるに、偽なりとしりながら稟受するものおほかり。謗大般若の衆生の愚蒙、あはれみかなしむべし。
  迦那提婆尊者、ちなみに龍樹尊者の身現をさして衆会につげていはく、此れは是れ尊者、仏性の相を現じて、以て我等に示すなり。何を以てか之れを知る。蓋し、無相三昧は形満月の如くなるを以てなり。仏性の義は、廓然として虚明なり。
  いま天上人間、大千法界に流布せる仏法を見聞せる前後の皮袋、たれか道取せる、身現相は仏性なりと。大千界にはただ提婆尊者のみ道取せるなり。余者はただ、仏性は眼見耳聞心識等にあらずとのみ道取するなり。身現は仏性なりとしらざるゆゑに道取せざるなり。祖師のをしむにあらざれども、眼耳ふさがれて見聞することあたはざるなり。身識いまだおこらずして、了別することあたはざるなり。無相三昧の形如満月なるを望見し礼拝するに、目未所覩なり。
仏性之義、廓然虚明なり。
  しかあれば身現の説仏性なる、虚明なり、廓然なり。説仏性の身現なる、以表諸仏体なり。いづれの一仏二仏か、この以表を仏体せざらん。仏体は身現なり、身現なる仏性あり。四大五蘊と道取し会取する仏量祖量も、かへりて身現の造次なり。すでに諸仏体といふ、蘊処界のかくのごとくなるなり。一切の功徳、この功徳なり。仏功徳はこの身現を究尽し、嚢括するなり。一切無量無辺の功徳の往来は、この身現の一造次なり。
  しかあるに、龍樹提婆師資よりのち、三国の諸方にある前代後代、ままに仏学する人物、いまだ龍樹提婆のごとく道取せず。いくばくの経師論師等か、仏祖の道を蹉過する。大宋国むかしよりこの因縁を画せんとするに、身に画し心に画し、空に画し、壁に画することあたはず、いたづらに筆頭に画するに、法座上に如鏡なる一輪相を図して、いま龍樹の身現円月相とせり。すでに数百歳の霜華も開落して、人眼の金屑をなさんとすれども、あやまるといふ人なし。あはれむべし、万事の蹉跎たることかくのごときなる。もし身現円月相は一輪相なりと会取せば、真箇の画餅一枚なり。弄他せん、笑也笑殺人なるべし。かなしむべし、大宋一国の在家出家、いづれの一箇も、龍樹のことばをきかずしらず、提婆の道を通ぜずみざること。いはんや身現に親切ならんや。円月にくらし、満月を虧闕せり。これ稽古のおろそかなるなり、慕古いたらざるなり。古仏新仏、さらに真箇の身現にあうて、画餅を賞翫することなかれ。
  しるべし、身現円月相の相を画せんには、法座上に身現相あるべし。揚眉瞬目それ端直なるべし。皮肉骨髄正法眼蔵、かならず兀坐すべきなり。破顔微笑つたはるべし、作仏作祖するがゆゑに。この画いまだ月相ならざるには、形如なし、説法せず、声色なし、用辯なきなり。もし身現をもとめば、円月相を図すべし。円月相を図せば、円月相を図すべし、身現円月相なるがゆゑに。円月相を画せんとき、満月相を図すべし、満月相を現すべし。しかあるを、身現を画せず、円月を画せず、満月相を画せず、諸仏体を図せず、以表を体せず、説法を図せず、いたづらに画餅一枚を図す、用て什麼にか作ん。これを急著眼看せん、たれか直至如今飽不飢ならん。月は円形なり、円は身現なり。円を学するに一枚銭のごとく学することなかれ、一枚餅に相似することなかれ。身相円月身なり、形如満月形なり。一枚銭、一枚餅は、円に学習すべし。

  予、雲遊のそのかみ、大宋国にいたる、嘉定十六年癸未秋のころ、はじめて阿育王山広利禅寺にいたる。西廊の壁間に、西天東地三十三祖の変相を画せるをみる。このとき領覽なし。のちに悪慶元年乙酉夏安居のなかに、かさねていたるに、西蜀の成桂知客と、廊下を行歩するついでに、
  予、知客にとふ。這箇は是れ什麼の変相ぞ。
  知客いはく、龍樹の身現円月相なり。かく道取する顔色に鼻孔なし、声裏に語句なし。
  予いはく、真箇に是れ一枚の画餅に相似せり。
  ときに知客、大笑すといへども、笑裏に刀無く、画餅を破すること不得なり。
  すなはち知客と予と、舍利殿および六殊勝地等にいたるあひだ、数番挙揚すれども、疑著するにもおよばず。おのづから下語する僧侶も、おほく都不是なり。
  予いはく、堂頭にとふてみん。ときに堂頭は大光和尚なり。
  知客いはく、他は鼻孔無し、対へ得じ。如何でか知ることを得ん。
  ゆゑに光老にとはず。恁麼道取すれども、桂兄も会すべからず。聞説する皮袋も道取せるなし。前後の粥飯頭みるにあやしまず、あらためなほさず。又、画することうべからざらん法はすべて画せざるべし。画すべくは端直に画すべし。しかあるに、身現の円月相なる、かつて画せるなきなり。
  おほよそ仏性は、いまの慮知念覚ならんと見解することさめざるによりて、有仏性の道にも、無仏性の道にも、通達の端を失せるがごとくなり。道取すべきと学習するもまれなり。しるべし、この疎怠は癈せるによりてなり。諸方の粥飯頭、すべて仏性といふ道得を、一生いはずしてやみぬるもあるなり。あるいはいふ、聴教のともがら仏性を談ず、参禅の雲衲はいふべからず。かくのごとくのやからは、真箇是畜生なり。なにといふ魔党の、わが仏如来の道にまじはりけがさんとするぞ。聴教といふことの仏道にあるか、参禅といふことの仏道にあるか。いまだ聴教参禅といふこと、仏道にはなしとしるべし。

  杭州鹽官縣齊安国師は、馬祖下の尊宿なり。ちなみに衆にしめしていはく、一切衆生有仏性。
  いはゆる一切衆生の言、すみやかに参究すべし。一切衆生、その業道依正ひとつにあらず、その見まちまちなり。凡夫外道、三乗五乗等、おのおのなるべし。いま仏道にいふ一切衆生は、有心者みな衆生なり、心是衆生なるがゆゑに。無心者おなじく衆生なるべし、衆生是心なるがゆゑに。しかあれば、心みなこれ衆生なり、衆生みなこれ有仏性なり。草木国土これ心なり、心なるがゆゑに衆生なり、衆生なるがゆゑに有仏性なり。日月星辰これ心なり、心なるがゆゑに衆生なり、衆生なるがゆゑに有仏性なり。国師の道取する有仏性、それかくのごとし。もしかくのごとくにあらずは、仏道に道取する有仏性にあらざるなり。いま国師の道取する宗旨は、一切衆生有仏性のみなり。さらに衆生にあらざらんは、有仏性にあらざるべし。しばらく国師にとふべし、一切諸仏、有仏性なりや也無や。かくのごとく問取し、試験すべきなり。一切衆生即仏性といはず、一切衆生、有仏性といふと参学すべし。有仏性の有、まさに脱落すべし。脱落は一條鉄なり、一條鉄は鳥道なり。しかあれば、一切衆生有衆生なり。これその道理は、衆生を説透するのみにあらず、仏性をも説透するなり。国師たとひ会得を道得に承当せずとも、承当の期なきにあらず。今日の道得、いたづらに宗旨なきにあらず。又、自己に具する道理、いまだかならずしもみづから会得せざれども、四大五陰もあり、皮肉骨髄もあり。しかあるがごとく、道取も、一生に道取することもあり、道取にかかれる生生もあり。

  大潙山大円禅師、あるとき衆にしめしていはく、一切衆生無仏性。
  これをきく人天のなかに、よろこぶ大機あり、驚疑のたぐひなきにあらず。釈尊説道は一切衆生悉有仏性なり、大潙の説道は一切衆生無仏性なり。有無の言理、はるかにことなるべし、道得の当不、うたがひぬべし。しかあれども、一切衆生無仏性のみ仏道に長なり。鹽官有仏性の道、たとひ古仏とともに一隻の手をいだすににたりとも、なほこれ一條拄杖両人舁なるべし。
  いま大潙はしかあらず、一條拄杖呑両人なるべし。いはんや国師は馬祖の子なり、大潙は馬祖の孫なり。しかあれども、法孫は、師翁の道に老大なり、法子は、師父の道に年少なり。いま大潙道の理致は、一切衆生無仏性を理致とせり。いまだ曠然縄墨外といはず。自家屋裏の経典、かくのごとくの受持あり。さらに摸索すべし、一切衆生なにとしてか仏性ならん、仏性あらん。
もし仏性あるは、これ魔党なるべし。魔子一枚を将来して、一切衆生にかさねんとす。仏性これ仏性なれば、衆生これ衆生なり。衆生もとより仏性を具足せるにあらず。たとひ具せんともとむとも、仏性はじめてきたるべきにあらざる宗旨なり。張公酒を喫すれば李公酔ふといふことなかれ。もしおのづから仏性あらんは、さらに衆生あらず。すでに衆生あらんは、つひに仏性にあらず。
  このゆゑに百丈いはく、衆生に仏性有りと説くもまた仏法僧を謗ず。衆生に仏性無しと説くもまた仏法僧を謗ずるなり。しかあればすなはち、有仏性といひ無仏性といふ、ともに謗となる。謗となるといふとも、道取せざるべきにはあらず。
  且問你、大潙、百丈しばらくきくべし。謗はすなはちなきにあらず、仏性は説得すやいまだしや。たとひ説得せば、説著を罣礙せん。説著あらば聞著と同参なるべし。また、大潙にむかひていふべし。一切衆生無仏性はたとひ道得すといふとも、一切仏性無衆生といはず、一切仏性無仏性といはず、いはんや一切諸仏無仏性は夢にもまた未だ見ざること在るなり。試みに挙げて看よ。

  百丈山大智禅師、衆に示して云く、仏は是れ最上乗なり、是れ上上智なり。是れ仏道立此人なり、是れ仏有仏性なり、是れ導師なり。是れ使得無所礙風なり、是れ無礙慧なり。於後能く因果を使得す、福智自由なり。是れ車となして因果を運載す。生に処して生に留められず、死に処して死に礙へられず、五陰に処して門の開るが如し。五陰に礙へられず、去住自由にして、出入無難なり。若し能く恁麼なれば、階梯勝劣を論ぜず、乃至蟻子之身も、但能く恁麼ならば、尽く是れ浄妙国土、不可思議なり。
  これすなはち百丈の道処なり。いはゆる五蘊は、いまの不壊身なり。いまの造次は門開なり、不被五陰礙なり。生を使得するに生にとどめられず、死を使得するに死にさへられず。いたづらに生を愛することなかれ、みだりに死を恐怖することなかれ。すでに仏性の処在なり、動著し厭却するは外道なり。現前の衆縁と認ずるは使得無礙風なり。これ最上乗なる是仏なり。この是仏の処在、すなはち浄妙国土なり。

  黄檗南泉の茶堂の内に在つて坐す。南泉、黄檗に問ふ、定慧等学、明見仏性。此の理如何。
  黄檗云、十二時中一物にも依倚せずして始得ならん。
  南泉云く、便ち是れ長老の見処なることなきや。
  黄檗曰く、不敢。
  南泉云、醤水銭は且く致く、草鞋銭は什麼人をしてか還さしめん。
  黄檗便ち休す。
  いはゆる定慧等学の宗旨は、定学の慧学をさへざれば、等学するところに明見仏性のあるにはあらず、明見仏性のところに、定慧等学の学あるなり。此理如何と道取するなり。たとへば、明見仏性はたれか所作なるぞと道取せんもおなじかるべし。仏性等学、明見仏性、此理如何と道取せんも道得なり。
黄檗いはく、十二時中不依倚一物といふ宗旨は、十二時中たとひ十二時中に処在せりとも、不依倚なり。不依倚一物、これ十二時なるがゆゑに仏性明見なり。この十二時中、いづれの時節到来なりとかせん、いづれの国土なりとかせん。いまいふ十二時は、人間の十二時なるべきか、他那裏に十二時のあるか、白銀世界の十二時のしばらくきたれるか。たとひ此土なりとも、たとひ他界なりとも、不依倚なり。すでに十二時中なり、不依倚なるべし。
  莫便是長老見処麼といふは、これを見処とはいふまじやといふがごとし。長老見処麼と道取すとも、自己なるべしと囘頭すべからず。自己に的当なりとも、黄檗にあらず。黄檗かならずしも自己のみにあらず、長老見処は露廻廻なるがゆゑに。
  黄檗いはく、不敢。
  この言は、宋土に、おのれにある能を問取せらるるには、能を能といはんとても、不敢といふなり。しかあれば、不敢の道は不敢にあらず。この道得はこの道取なること、はかるべきにあらず。長老見処たとひ長老なりとも、長老見処たとひ黄檗なりとも、道取するには不敢なるべし。一頭の水牯牛出で来りて吽吽と道ふなるべし。かくのごとく道取するは、道取なり。道取する宗旨さらに又道取なる道取、こころみて道取してみるべし。
  南泉いはく、醤水銭且致、草鞋銭教什麼人還。
  いはゆるは、こんづのあたひはしばらくおく、草鞋のあたひはたれをしてかかへさしめんとなり。
この道取の意旨、ひさしく生生をつくして参究すべし。醤水銭いかなればかしばらく不管なる、留心勤学すべし。草鞋銭なにとしてか管得する。行脚の年月にいくばくの草鞋をか踏破しきたれるとなり。いまいふべし、若し銭を還さずは、未だ草鞋を著かじ。またいふべし、両三輪。この道得なるべし、この宗旨なるべし。
  黄檗便休。これは休するなり。不肯せられて休し、不肯にて休するにあらず。本色衲子しかあらず。しるべし休裏有道は、笑裏有刀のごとくなり。これ仏性明見の粥足飯足なり。
  この因縁を挙して、潙山、仰山にとうていはく、是れ黄檗他の南泉を搆すること得ざるにあらずや。
  仰山いはく、然らず。須く知るべし、黄檗陷虎之機有ることを。
  潙山いはく、子見処、子が見処、恁麼に長ずること得たり。
  大潙の道は、そのかみ黄檗は南泉を搆不得なりやといふ。
  仰山いはく、黄檗は陷虎の機あり。すでに陷虎することあらば、捋虎頭なるべし。
虎を陷れ虎を捋る。異類中に行く。仏性を明見しては一隻眼を開き、仏性明見すれば一隻眼を失す。速やかに道へ、速やかに道へ。仏性の見処、恁麼に長ずることを得たりなり。
  このゆゑに、半物全物、これ不依倚なり。百千物、不依倚なり、百千時、不依倚なり。このゆゑにいはく、籮籠は一枚、時中は十二、依倚も不依倚も、葛藤の樹に依が如し。天中と全天と、後頭未だ語あらずなり。

  趙州真際大師にある僧とふ、狗子還有仏性也無。
  この問の意趣あきらむべし。狗子とはいぬなり。かれに仏性あるべしと問取せず、なかるべしと問取するにあらず。これは、鉄漢また学道するかと問取するなり。あやまりて毒手にあふ、うらみふかしといへども、三十年よりこのかた、さらに半箇の聖人をみる風流なり。
  趙州いはく、無。
  この道をききて、習学すべき方路あり。仏性の自称する無も恁麼なるべし、狗子の自称する無も恁麼道なるべし、傍観者の喚作の無も恁麼道なるべし。その無わづかに消石の日あるべし。
  僧いはく、一切衆生皆仏性有り、狗子甚麼としてか無き。
  いはゆる宗旨は、一切衆生無ならば、仏性も無なるべし、狗子も無なるべしといふ、その宗旨作麼生、となり。狗子仏性、なにとして無をまつことあらん。
  趙州いはく、他に業識在ること有るが為なり。
  この道旨は、為他有は業識なり。業識有、為他有なりとも、狗子無、仏性無なり。業識いまだ狗子を会せず、狗子いかでか仏性にあはん。たとひ雙放雙収すとも、なほこれ業識の始終なり。

  趙州有僧問、狗子にまた仏性有りや無や。
  この問取は、この僧、搆得趙州の道理なるべし。しかあれば、仏性の道取問取は、仏祖の家常茶飯なり。
  趙州いはく、有。
  この有の様子は、教家の論師等の有にあらず、有部の論有にあらざるなり。すすみて仏有を学すべし。仏有は趙州有なり、趙州有は狗子有なり、狗子有は仏性有なり。
  僧いはく、既に有ならば、甚麼としてか却この皮袋に撞入する。
  この僧の道得は、今有なるか、古有なるか、既有なるかと問取するに、既有は諸有に相似せりといふとも、既有は孤明なり。既有は撞入すべきか、撞入すべからざるか。撞入這皮袋の行履、いたづらに蹉過の功夫あらず。
  趙州いはく、他、知りて故に犯すが為なり。
  この語は、世俗の言語としてひさしく途中に流布せりといへども、いまは趙州の道得なり。いふところは、しりてことさらをかす、となり。この道得は、疑著せざらん、すくなかるべし。いま一字の入あきらめがたしといへども、入之一字も不用得なり。いはんや庵中不死の人を識らんと欲はば、豈只今のこの皮袋を離れんやなり。不死人はたとひ阿誰なりとも、いづれのときか皮袋に莫離なる。故犯はかならずしも入皮袋にあらず、撞入這皮袋かならずしも知而故犯にあらず。知而のゆゑに故犯あるべきなり。しるべし、この故犯すなはち脱体の行履を覆蔵せるならん。これ撞入と説著するなり。説体の行履、その正当覆蔵のとき、自己にも覆蔵し、他人にも覆蔵す。しかもかくのごとくなりといへども、いまだのがれずといふことなかれ、驢前馬後漢。いはんや、雲居高祖いはく、たとひ仏法辺事を学得する、はやくこれ錯用心了也。
  しかあれば、半枚学仏法辺事ひさしくあやまりきたること日深月深なりといへども、これ這皮袋に撞入する狗子なるべし。知而故犯なりとも有仏性なるべし。

  長沙景岑和尚の会に、竺尚書とふ、蚯蚓斬れて両段と為る、両頭倶に動く。未審、仏性阿那
箇頭にか在る。
  師云く、莫妄想。
  書曰く、争奈動何。
  師云く、只是風火未散。
  いま尚書いはくの蚯蚓斬為両段は、未斬時は一段なりと決定するか。仏祖の家常に不恁麼なり。蚯蚓もとより一段にあらず、蚯蚓きれて両段にあらず。一両の道取、まさに功夫参学すべし。
  両頭倶動といふ両頭は、未斬よりさきを一頭とせるか、仏向上を一頭とせるか。両頭の語、たとひ尚書の会不会にかかはるべからず、語話をすつることなかれ。きれたる両段は一頭にして、さらに一頭のあるか。その動といふに倶動といふ、定動智拔ともに動なるべきなり。
  未審、仏性在阿那箇頭。仏性斬為両段、未審、蚯蚓在阿那箇頭といふべし。この道得は審細にすべし。両頭倶動、仏性在阿那箇頭といふは、倶動ならば仏性の所在に不堪なりといふか。倶動なれば、動はともに動ずといふとも、仏性の所在は、そのなかにいづれなるべきぞといふか。
  師いはく、莫妄想。この宗旨は、作麼生なるべきぞ。妄想することなかれ、といふなり。しかあれば、両頭倶動するに、妄想なし、妄想にあらずといふか、ただ仏性は妄想なしといふか。仏性の論におよばず、両頭の論におよばず、ただ妄想なしと道取するか、とも参究すべし。
  動ずるはいかがせんといふは、動ずればさらに仏性一枚をかさぬべしと道取するか、動ずれば仏性にあらざらんと道著するか。
  風火未散といふは、仏性を出現せしむるなるべし。仏性なりとやせん、風火なりとやせん。仏性と風火と、倶出すといふべからず、一出一不出といふべからず、風火すなはち仏性といふべからず。ゆゑに長沙は蚯蚓有仏性といはず、蚯蚓無仏性といはず。ただ莫妄想と道取す、風火未散と道取す。仏性の活計は、長沙の道を卜度すべし。風火未散といふ言語、しづかに功夫すべし。未散といふは、いかなる道理かある。風火のあつまれりけるが、散ずべき期いまだしきと道取するに、未散といふか。しかあるべからざるなり。風火未散はほとけ法をとく、未散風火は法ほとけをとく。たとへば一音の法をとく時節到来なり。説法の一音なる、到来の時節なり。法は一音なり、一音の法なるゆゑに。
  又、仏性は生のときのみにありて、死のときはなかるべしとおもふ、もとも少聞薄解なり。生のときも有仏性なり、無仏性なり。死のときも有仏性なり、無仏性なり。風火の散未散を論ずることあらば、仏性の散不散なるべし。たとひ散のときも仏性有なるべし、仏性無なるべし。たとひ未散のときも有仏性なるべし、無仏性なるべし。しかあるを、仏性は動不動によりて在不在し、識不識によりて神不神なり、知不知に性不性なるべきと邪執せるは、外道なり。
  無始劫来は、癡人おほく識神を認じて仏性とせり、本来人とせる、笑殺人なり。さらに仏性を道取するに、拕泥滞水なるべきにあらざれども、牆壁瓦礫なり。向上に道取するとき、作麼生ならんかこれ仏性。還委悉麼。
  三頭八臂。

  正法眼蔵仏性第三

   同四年癸卯正月十九日書寫之 懐弉

  爾時仁治二年辛丑十月十四日在雍州観音導利興聖悪林寺示衆
  再治御本之奥書也
   正嘉二年戊午四月二十五日以再治御本交合了

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 05:25
by writer
正 法 眼 蔵    摩訶般若波羅蜜まかはんにゃはらみつ  第二  
摩訶般若波羅蜜

  観自在菩薩の行深般若波羅蜜多時は、渾身の照見五蘊皆空なり。五蘊は色受想行識なり、五枚の般若なり。照見これ般若なり。この宗旨の開演現成するにいはく、色即是空なり、空即是色なり、色是色なり、空即空なり。百草なり。万象なり。般若波羅蜜十二枚、これ十二入なり。また十八枚の般若あり、眼耳鼻舌身意、色声香味触法、および眼耳鼻舌身意識等なり。また四枚の般若あり、苦集滅道なり。また六枚の般若あり、布施、浄戒、安忍、精進、静慮、般若なり。また一枚の般若波羅蜜、而今現成せり、阿耨多羅三藐三菩提なり。また般若波羅蜜三枚あり、過去現在未来なり。また般若六枚あり、地水火風空識なり。また四枚の般若、よのつねにおこなはる、行住坐臥なり。

  釈迦牟尼如来の会中に一の苾蒭あり、竊かに是の念を作さく、我れ甚深般若波羅蜜多を敬礼すべし。此の中に諸法の生滅無しと雖も、而も戒蘊、定蘊、慧蘊、解脱蘊、知見蘊の施設可得有り、また預流果、一来果、不還果、阿羅漢果の施設可得有り、また独覚菩提の施設可得有り、また無上正等菩提の施設可得有り、また仏法僧悪の施設可得有り、また転妙法輪、度有情類の施設可得有り。
  仏、其の念を知して、苾蒭に告げて言く、是の如し、是の如し。甚深般若波羅蜜は、微妙なり、難測なり。
  而今の一苾蒭の竊作念は、諸法を敬礼するところに、雖無生滅の般若、これ敬礼なり。この正当敬礼時、ちなみに施設可得の般若現成せり。いわゆる戒定慧乃至度有情類等なり、これを無といふ。無の施設、かくのごとく可得なり。これ甚深微妙難測の般若波羅蜜なり。

  天帝釈、具寿善現に問うて言く、大徳、若し菩薩摩訶薩、甚深般若波羅蜜多を学せんと欲はば、まさに如何が学すべき。
  憍尸迦、もし菩薩摩訶薩、甚深般若波羅蜜多を学せんと欲はば、まさに虚空の如く学すべし。
  しかあれば、学般若これ虚空なり、虚空は学般若なり。
  天帝釈、また仏に白して言さく、世尊、若し善男子善女人等、此の所説の甚深般若波羅蜜多に於て、受持読誦し、如理思惟し、他の為に演説せんに、我れまさに云何が守護すべき。ただ願はくは世尊、哀を垂れ示し教へましませ。
  爾の時に具寿善現、天帝釈に謂つて言く、憍尸迦、汝、法の守護すべき有ると見るや不や。
  不や、大徳、我れ法の是れ守護すべき有ることを見ず。
  憍尸迦、若し善男子善女人等、是の如くの説をなさば、甚深般若波羅蜜多、即守護すべし。若し善男子善女人等、所説の如くなさば、甚深般若波羅蜜多、常に遠離せず。まさに知るべし、一切人非人等、其の便を伺求して、損害を為さんと欲んに、終に得ること能はじ。
  憍尸迦、若し守護せんと欲はば、所 の如くなすべし。甚深般若波羅蜜多と、 菩薩とは異なること無し、欲守護虚空と為す。
  しるべし、受持読誦、如理思惟、すなはち守護般若なり。欲守護は受持読誦等なり。
  先師古仏云、渾身似口掛虚空、不問東西南北風、一等為他談般若。滴丁東了滴丁東。(先師古仏云く、渾身口に似て虚空に掛り、東西南北の風を問はず、一等他と般若を談ず。滴丁東了滴丁東。)
  これ仏 嫡嫡の談般若なり。渾身般若なり、渾他般若なり、渾自般若なり、渾東西南北般若なり。

  釈迦牟尼仏言、舍利子、是の の有 、此の般若波羅蜜多に於て、仏の住したまふが如く供養し礼敬すべし。般若波羅蜜多を思惟すること、応に仏薄伽梵を供養し礼敬するが如くすべし。所以は何。般若波羅蜜多は、仏薄伽梵に異ならず、仏薄伽梵は般若波羅蜜多に異ならず。般若波羅蜜多は ち是れ仏薄伽梵なり。仏薄伽梵は ち是れ般若波羅蜜多なり。何を以ての故に。舍利子、一切の如来応正等覚は、皆般若波羅蜜多より出現することを得るが故に。舍利子、一切の菩薩摩訶薩、独覚、阿羅漢、不還、一来、預流等は、皆般若波羅蜜多によりて出現することを得るが故に。舍利子、一切世間の十善業道、四静慮、四無色定、五 通は、皆般若波羅蜜多によりて出現することを得るが故に。
  しかあればすなはち、仏薄伽梵は般若波羅蜜多なり、般若波羅蜜多は是諸法なり。この諸法は空相なり、不生不滅なり、不垢不浄、不 不減なり。この般若波羅蜜多の現成せるは仏薄伽梵の現成せるなり。問取すべし、参取すべし。供養礼敬する、これ仏薄伽梵に奉覲承事するなり。奉覲承事の仏薄伽梵なり。

  正法眼蔵 摩訶般若波羅蜜 第二

  爾時天福元年夏安居日在観音導利院示衆

  寛元二年甲辰春三月廿一日侍越宇吉峰 舍侍司書寫之 懐弉

Re: 正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 05:25
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正 法 眼 蔵    現 成 公 案げんじょうこうあん  第一  
現成公案

  諸法の仏法なる時節、すなはち迷悟あり、修行あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。
  万法ともにわれにあらざる時節、まどひなくさとりなく、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。
  仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。
  しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。
  自己をはこびて万法を修証するを迷とす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり。迷を大悟するは諸仏なり、悟に大迷なるは衆生なり。さらに悟上に得悟する漢あり、迷中又迷の漢あり。諸仏のまさしく諸仏なるときは、自己は諸仏なりと覚知することをもちゐず。しかあれども証仏なり、仏を証しもてゆく。
  身心を挙して色を見取し、身心を挙して声を聴取するに、したしく会取すれども、かがみに影をやどすがごとくにあらず、水と月とのごとくにあらず。一方を証するときは一方はくらし。
  仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。悟迹の休歇なるあり、休歇なる悟迹を長長出ならしむ。
  人、はじめて法をもとむるとき、はるかに法の辺際を離却せり。法すでにおのれに正伝するとき、すみやかに本分人なり。
  人、舟にのりてゆくに、めをめぐらして岸をみれば、きしのうつるとあやまる。目をしたしく舟につくれば、ふねのすすむをしるがごとく、身心を乱想して万法を弁肯するには、自心自性は常住なるかとあやまる。もし行李をしたしくして箇裏に帰すれば、万法のわれにあらぬ道理あきらけし。
  たき木、はひとなる、さらにかへりてたき木となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり。前後ありといへども、前後際断せり。灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。かのたき木、はひとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。このゆゑに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり。このゆゑに不滅といふ。生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとへば、冬と春のごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。
  人のさとりをうる、水に月のやどるがごとし。月ぬれず、水やぶれず。ひろくおほきなるひかりにてあれど、尺寸の水にやどり、全月も弥天も、くさの露にもやどり、一滴の水にもやどる。さとりの人をやぶらざる事、月の水をうがたざるがごとし。人のさとりを罣礙、滴露の天月を罣礙せざるがごとし。ふかきことはたかき分量なるべし。時節の長短は、大水小水を撿点し、天月の広狭を弁取すべし。
  身心に法いまだ参飽せざるには、法すでにたれりとおぼゆ。法もし身心に充足すれば、ひとかたはたらずとおぼゆるなり。たとへば、船にのりて山なき海中にいでて四方をみるに、ただまろにのみみゆ、さらにことなる相みゆることなし。しかあれど、この大海、まろなるにあらず、方なるにあらず、のこれる海徳つくすべからざるなり。宮殿のごとし、瓔珞のごとし。ただわがまなこのおよぶところ、しばらくまろにみゆるのみなり。かれがごとく、万法またしかあり。塵中格外、おほく様子を帶せりといへども、参参眼力のおよぶばかりを見取会取するなり。万法の家風をきかんには、方円とみゆるほかに、のこりの海徳山徳おほくきはまりなく、よもの世界あることをしるべし。かたはらのみかくのごとくあるにあらず、直下も一滴もしかあるとしるべし。
  うを水をゆくに、ゆけども水のきはなく、鳥そらをとぶに、とぶといへどもそらのきはなし。しかあれども、うをとり、いまだむかしよりみづそらをはなれず。只用大のときは使大なり。要小のときは使小なり。かくのごとくして、頭頭に辺際をつくさずといふ事なく、処処に踏翻せずといふことなしといへども、鳥もしそらをいづればたちまちに死す、魚もし水をいづればたちまちに死す。以水為命しりぬべし、以空為命しりぬべし。以鳥為命あり、以魚為命あり。以命為鳥なるべし、以命為魚なるべし。このほかさらに進歩あるべし。修証あり、その寿者命者あること、かくのごとし。
  しかあるを、水をきはめ、そらをきはめてのち、水そらをゆかんと擬する鳥魚あらんは、水にもそらにもみちをうべからず、ところをうべからず。このところをうれば、この行李したがひて現成公案す。このみちをうれば、この行李したがひて現成公案なり。このみち、このところ、大にあらず小にあらず、自にあらず他にあらず、さきよりあるにあらず、いま現ずるにあらざるがゆゑにかくのごとくあるなり。
  しかあるがごとく、人もし仏道を修証するに、得一法、通一法なり、遇一行、修一行なり。これにところあり、みち通達せるによりて、しらるるきはのしるからざるは、このしることの、仏法の究尽と同生し、同参するゆゑにしかあるなり。得処かならず自己の知見となりて、慮知にしられんずるとならふことなかれ。証究すみやかに現成すといへども、密有かならずしも現成にあらず、見成これ何必なり。
  麻浴山悪徹禅師、あふぎをつかふちなみに、僧きたりてとふ、風性常住無処不周なり、なにをもてかさらに和尚あふぎをつかふ。
  師いはく、なんぢただ風性常住をしれりとも、いまだところとしていたらずといふことなき道理をしらずと。
  僧いはく、いかならんかこれ無処不周底の道理。
  ときに、師、あふぎをつかふのみなり。
  僧、礼拝す。
  仏法の証験、正伝の活路、それかくのごとし。常住なればあふぎをつかふべからず、つかはぬをりもかぜをきくべきといふは、常住をもしらず、風性をもしらぬなり。風性は常住なるがゆゑに、仏家の風は、大地の黄金なるを現成せしめ、長河の蘇酪を参熟せり。

正法眼蔵 見成公案 第一

これは天福元年中秋のころ、かきて鎭西の俗弟子楊光秀にあたふ。

建長壬子拾勒

正法眼蔵

Posted: 2026年3月18日(水) 05:20
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正法眼蔵