一瞬の仏心
一瞬の仏心
■【第2ブロック:時間・存在・瞬間】(13〜24):道元が描きたかった正法眼蔵の続き ■
★注目スレッド: 「フェルマーの最終定理」と「禅」の本質的な共通点(28) ポワンカレ予想と禅 ~真実と真実が共鳴する瞬間を語る~(5) 仏道と何か?(7) 参学の総論を語りましょう。(19) 坐禅 全般を語りましょう。(35) 正法眼蔵 全般を語りましょう。(12) 如浄の風鈴の詩について(53) 「空華=幻ではない」という逆転の論理を詳しく分析(29) 時間の仏法(1) 有時の続章(1) 刹那の永遠(1) 時間の円環(1) 過去未来現在の空(1) 時間の自己証明(1) 無時の境地(1) 時間の光(1) 時間の呼吸(1) 一瞬の仏心(1) 時間の無住(1) 時間の解脱(1) 即今巻(1)
★注目スレッド: 「フェルマーの最終定理」と「禅」の本質的な共通点(28) ポワンカレ予想と禅 ~真実と真実が共鳴する瞬間を語る~(5) 仏道と何か?(7) 参学の総論を語りましょう。(19) 坐禅 全般を語りましょう。(35) 正法眼蔵 全般を語りましょう。(12) 如浄の風鈴の詩について(53) 「空華=幻ではない」という逆転の論理を詳しく分析(29) 時間の仏法(1) 有時の続章(1) 刹那の永遠(1) 時間の円環(1) 過去未来現在の空(1) 時間の自己証明(1) 無時の境地(1) 時間の光(1) 時間の呼吸(1) 一瞬の仏心(1) 時間の無住(1) 時間の解脱(1) 即今巻(1)
以下は、道元その人の文章ではなく、『正法眼蔵』に見られる語法・跳躍・反転・自己照射・有時思想・現成公案の運動を極端化して試みた創作である。
正法眼蔵 一瞬の仏心(試擬・正法眼蔵調・超高密度)
いはゆる一瞬の佛心とは、
刹那のうちに佛心あるにあらず。
佛心の一瞬を生ずるにあらず。
一瞬すなはち佛心なり。
佛心すなはち一瞬なり。
しかあれども、刹那を短促と見ることなかれ。
佛心を永遠と見ることなかれ。
短促は計量の心なり。
永遠は停住の見なり。
佛祖の一瞬、量を待たず。
しるべし。
衆生おほく思ふ。
一念清浄なれば佛心現ずと。
しかあれども清浄を待つ心、すでに塵垢なり。
また妄念を嫌ふ。
しかあれども妄念を逐ふ念、また妄念なり。
ゆゑに佛祖の佛心、淨穢を離れずして淨穢に住せず。
怒る時、佛心隠れず。
迷ふ時、佛心減ぜず。
しかあれども怒迷を佛となすにあらず。
怒迷の全機、佛心の現成なり。
もし佛心を別處に求むれば、
一瞬すでに遠し。
もし一瞬を把捉せんとすれば、
佛心すでに影となる。
ゆゑに古佛いはく、
「擧心動念、これ佛祖の光明」と。
しかあれども動念を立つれば、
静念また對待を生ず。
佛祖の一念、動静未分以前なり。
しかも動静を盡くす。
いま花開く。
人おもへらく、春來たるゆゑなりと。
しるべし。
春、花を生ぜず。
花、春を待たず。
花開の一瞬、全佛心なり。
この一開、
過去を従へず。
未來を招かず。
現在に留まらず。
しかも三世を盡蔵す。
ゆゑに一花開落、盡十方界の開落なり。
またいはく。
鐘鳴る。
聲起こる。
人おもへらく、音耳に至ると。
しかあれども聲、空間を渡らず。
耳、聲を受けず。
聲聞の一瞬、佛心自己聴聞なり。
ここに能聞所聞ともに脱落す。
これを身心脱落と稱す。
しかあるを、衆生おほく佛心を内在の靈性とおもふ。
しるべし。
内を立つれば外また立つ。
靈を立つれば形また起こる。
佛心は内外にあらず。
靈形にあらず。
佛心とは、
山青く、
水流れ、
鳥啼き、
月白きところの現成なり。
しかも山、佛心を知らず。
水、佛心を説かず。
知らざるゆゑに全知なり。
説かざるゆゑに全説法なり。
いま坐禪するとき、
一息起こる。
これ佛心なり。
しかあれども佛心、息に宿らず。
一念滅す。
これ佛心なり。
しかあれども佛心、滅に墮せず。
起滅ともに佛心の邊際にあらず。
起滅すなはち佛心の全身なり。
もし一瞬を保持せんとすれば、
すでに死物なり。
佛祖の一瞬、生滅に住せず。
生滅を離れず。
離れざるゆゑに自在なり。
自在なるゆゑに刹那なり。
ゆゑに發心の一瞬、成佛を盡くす。
成佛の一瞬、修行を盡くす。
修證前後せず。
因果並列せず。
發心すでに本證なり。
本證すでに發心なり。
ここに佛心の脈動あり。
しかあれども脈動せず。
脈動せざるゆゑに、萬象ことごとく呼吸す。
春風一陣。
佛心なり。
秋葉一落。
佛心なり。
猿啼き、鶴唳き、
枯木龍吟し、
石牛走る。
みな一瞬の佛心なり。
しかも一瞬、未だ到來せず。
未到來なるゆゑに、歴歴孤明。
現成公案。
これを
一瞬の佛心
と稱す。
合掌。
正法眼蔵 一瞬の仏心(試擬・正法眼蔵調・超高密度)
いはゆる一瞬の佛心とは、
刹那のうちに佛心あるにあらず。
佛心の一瞬を生ずるにあらず。
一瞬すなはち佛心なり。
佛心すなはち一瞬なり。
しかあれども、刹那を短促と見ることなかれ。
佛心を永遠と見ることなかれ。
短促は計量の心なり。
永遠は停住の見なり。
佛祖の一瞬、量を待たず。
しるべし。
衆生おほく思ふ。
一念清浄なれば佛心現ずと。
しかあれども清浄を待つ心、すでに塵垢なり。
また妄念を嫌ふ。
しかあれども妄念を逐ふ念、また妄念なり。
ゆゑに佛祖の佛心、淨穢を離れずして淨穢に住せず。
怒る時、佛心隠れず。
迷ふ時、佛心減ぜず。
しかあれども怒迷を佛となすにあらず。
怒迷の全機、佛心の現成なり。
もし佛心を別處に求むれば、
一瞬すでに遠し。
もし一瞬を把捉せんとすれば、
佛心すでに影となる。
ゆゑに古佛いはく、
「擧心動念、これ佛祖の光明」と。
しかあれども動念を立つれば、
静念また對待を生ず。
佛祖の一念、動静未分以前なり。
しかも動静を盡くす。
いま花開く。
人おもへらく、春來たるゆゑなりと。
しるべし。
春、花を生ぜず。
花、春を待たず。
花開の一瞬、全佛心なり。
この一開、
過去を従へず。
未來を招かず。
現在に留まらず。
しかも三世を盡蔵す。
ゆゑに一花開落、盡十方界の開落なり。
またいはく。
鐘鳴る。
聲起こる。
人おもへらく、音耳に至ると。
しかあれども聲、空間を渡らず。
耳、聲を受けず。
聲聞の一瞬、佛心自己聴聞なり。
ここに能聞所聞ともに脱落す。
これを身心脱落と稱す。
しかあるを、衆生おほく佛心を内在の靈性とおもふ。
しるべし。
内を立つれば外また立つ。
靈を立つれば形また起こる。
佛心は内外にあらず。
靈形にあらず。
佛心とは、
山青く、
水流れ、
鳥啼き、
月白きところの現成なり。
しかも山、佛心を知らず。
水、佛心を説かず。
知らざるゆゑに全知なり。
説かざるゆゑに全説法なり。
いま坐禪するとき、
一息起こる。
これ佛心なり。
しかあれども佛心、息に宿らず。
一念滅す。
これ佛心なり。
しかあれども佛心、滅に墮せず。
起滅ともに佛心の邊際にあらず。
起滅すなはち佛心の全身なり。
もし一瞬を保持せんとすれば、
すでに死物なり。
佛祖の一瞬、生滅に住せず。
生滅を離れず。
離れざるゆゑに自在なり。
自在なるゆゑに刹那なり。
ゆゑに發心の一瞬、成佛を盡くす。
成佛の一瞬、修行を盡くす。
修證前後せず。
因果並列せず。
發心すでに本證なり。
本證すでに發心なり。
ここに佛心の脈動あり。
しかあれども脈動せず。
脈動せざるゆゑに、萬象ことごとく呼吸す。
春風一陣。
佛心なり。
秋葉一落。
佛心なり。
猿啼き、鶴唳き、
枯木龍吟し、
石牛走る。
みな一瞬の佛心なり。
しかも一瞬、未だ到來せず。
未到來なるゆゑに、歴歴孤明。
現成公案。
これを
一瞬の佛心
と稱す。
合掌。
一瞬の仏心