時間の無住

時間の無住
以下は、道元の原文ではなく、『正法眼蔵』の語法・転回・逆照・有時思想・現成公案の運動を極端化して試みた創作である。

正法眼蔵 時間無住(試擬・正法眼蔵調・超高密度)

いはゆる時間無住とは、
時の住せざるにあらず。
時を移流と見るにあらず。
時の時處に住著せざるなり。

しかあれども、無住を漂蕩とおもふことなかれ。

漂蕩は去來の相なり。
去來は時執の影なり。

佛祖の無住、未だ去來を立てず。

しるべし。

衆生おほく時を一線とおもへり。

過去より現在を経て、未來に赴くと。

しかあれども、この線、いづれの處に懸かるや。

過去すでに滅し、
未來いまだ生ぜず、
現在また停住せず。

三時ともに把捉すべからず。

把捉すべからざるを連結して、
流轉を畫する。

これ凡情の時間なり。

佛祖の時間はしかあらず。

時、住せず。

しかも全時現成す。

一時の現成、他時に依らず。

春、春に住せず。
夏、夏を持せず。
秋、秋を蔵せず。
冬、冬を守らず。

しかあれども四時歴然たり。

歴然は停留にあらず。

停留を離るるがゆゑに歴然なり。

もし春、春に住せば、
春すでに死物なり。

もし秋、秋を保持せば、
秋すでに影像なり。

佛祖の春秋、住せざるがゆゑに全春秋なり。

ゆゑに古佛いはく、

「青山常運歩」と。

しるべし。

青山歩行す。

しかあれども移動せず。

移動せざるゆゑに運歩なり。

もし移動を歩行とおもはば、
時すでに地上に墮す。

佛祖の運歩、住不住を超越す。

いま坐禪するとき、

一炷香燃ゆ。

人おもへらく、時間経過すと。

しるべし。

香、時間を焼却せず。
灰、過去の遺骸にあらず。

燃焼そのもの無住なり。

炎、炎に住せず。
煙、空に住せず。

しかあれども香氣十方に遍満す。

これ時間の無住光なり。

またいはく。

一念起こる。

衆生おもへらく、心移ると。

しかあれども、一念前念に住せず。

後念また前念を承けず。

前後相續すると見ゆるは、
執見の縫合なり。

佛祖の一念、住處なし。

住處なきゆゑに全法界を盡くす。

もし一念に住せば、
一念すでに一塵に閉づ。

無住の一念、盡十方界を呑吐す。

しかも一塵を動かさず。

ゆゑに無住とは、
無所在にあらず。

所在を超えたる所在なり。

去來にあらず。

去來を透脱せる去來なり。

ここにおいて、

佛來たらず。
衆生去らず。

しかあれども發心あり、修行あり、成道あり。

發心、初心に住せず。
修行、功徳に住せず。
成道、佛位に住せず。

ゆゑに佛祖の大道、盡未來際に新なり。

新なるゆゑに古ならず。
古ならざるゆゑに萬古不易なり。

またしるべし。

無住を空寂と見ることなかれ。

空寂を立つれば、
寂また住著となる。

佛祖の無住、

花開き、
月白く、
流水聲あり、
猿夜啼く。

しかも一法として留まらず。

留まらざるゆゑに現成なり。

現成なるゆゑに無住なり。

もし現成を瞬間の顕現と見るとき、
現成すでに滅す。

現成は滅せず。

滅を現成するなり。

ここに有時の骨髄あり。

山河大地、住せず。
自己身心、住せず。
佛祖光明、住せず。

しかも歴歴孤明。

いづれの處にか去來せん。

いづれの時にか停住せん。

ただ無住現成、

全機独露。

これを

時間無住

と稱す。

合掌。
返信する