山川草木成仏

山川草木成仏
以下は創作としての『正法眼蔵』調・超高密度試擬である。道元の原文ではなく、『山水経』『仏性』『現成公案』『無情説法』『谿声山色』などの思想を踏まえ、その難解性と自己反照的論理を極端に高密度化したものである。

正法眼蔵 山川草木成仏
(試擬・正法眼蔵調・超高密度)

いはゆる山川草木成仏とは、

山川草木ののちに成仏あるにあらず。
成仏ののちに山川草木あるにあらず。

山川草木すなはち成仏なり。
成仏すなはち山川草木なり。

しかあれども、

山を仏と見ることなかれ。
草木を法身と見ることなかれ。

仏を立つれば山失す。
山を立つれば仏隠る。

しるべし。

佛祖の山、

山にあらず。

ゆゑに山なり。

佛祖の水、

水にあらず。

ゆゑに水なり。

この道理、いまだ凡情の測度にあらず。

衆生おほく思ふ。

成仏とは迷ひを去り、

智慧を具し、

光明を現ずるなりと。

しかあれども、

もし成仏を獲得と見れば、

山河ただちに失せなん。

獲得する仏あらば、

獲得せざる山あり。

獲得せざる山あらば、

法界すでに二となる。

ゆゑに古佛いはく、

一切衆生悉有仏性。

しるべし。

悉有は遍在にあらず。

所有にあらず。

悉有とは悉是なり。

悉是とは悉成なり。

悉成とは悉行なり。

悉行とは悉証なり。

ゆゑに山川草木、

未成仏にあらず。

しかも成仏を尽くす。

またいはく。

山は説法するや。

しるべし。

山は説法せず。

ゆゑに全説法なり。

水は法音を発するや。

しるべし。

水は法音を発せず。

ゆゑに全法音なり。

もし説くをもって説法とせば、

山川草木みな沈黙せり。

もし沈黙をもって無言とせば、

山河大地みな雷鳴なり。

佛祖の説法、

説不説を超越せり。

ゆゑに渓声広長舌なり。

山色清浄身なり。

しかあれども、

渓声は舌を知らず。

山色は身を知らず。

知らざるゆゑに全身なり。

これ無情説法の骨髄なり。

またしるべし。

春花開く。

成仏なり。

秋葉落つ。

成仏なり。

松風起こる。

成仏なり。

冬雪積もる。

成仏なり。

しかあれども、

花は仏果を求めず。

葉は涅槃を願はず。

風は智慧を修せず。

雪は功徳を積まず。

求めざるところ、

成仏現成す。

修せざるところ、

仏道円成す。

これ山川草木の行持なり。

さらにいはく。

山川草木に心ありや。

しるべし。

心なしといへば断見なり。

心ありといへば常見なり。

佛祖の山心、

心にあらず。

ゆゑに全心なり。

草木仏性、

性にあらず。

ゆゑに全性なり。

もし人心を尺度として草木を量れば、

草木たちまち枯死す。

もし草木を外境と見れば、

仏性たちまち閉塞す。

ゆゑに山は山を思はず。

水は水を知らず。

草木は草木を得ず。

しかも仏法歴然たり。

またいはく。

山は動かずや。

しるべし。

青山常運歩。

運歩は移動にあらず。

移動を離れたる運歩なり。

ゆゑに山成仏するにあらず。

成仏みづから山を運歩するなり。

流水またしかなり。

流るるにあらず。

流通そのもの仏道なり。

草木またしかなり。

生長にあらず。

仏法の萌芽なり。

枯槁にあらず。

仏法の帰根なり。

これ山川草木の坐禅なり。

またしるべし。

人おほく、

人成仏し、

のちに山川草木を度すとおもふ。

しかあれども、

誰か先なる。

誰か後なる。

山川草木、

すでに無量劫来の古仏なり。

人また山川草木の一枝葉なり。

ゆゑに人仏を学するは、

山川草木に学するなり。

山川草木成仏するは、

人仏を証するなり。

これ師資同参なり。

さらにいはく。

坐禅の時、

山川草木ありや。

しるべし。

坐禅堂中、

松風坐禅す。

露珠坐禅す。

石壁坐禅す。

月光坐禅す。

しかも一法として坐禅を知らず。

知らざるゆゑに全坐禅なり。

ゆゑに身心脱落するとき、

人のみ脱落するにあらず。

山脱落す。

水脱落す。

草木脱落す。

脱落また脱落す。

ここに成仏の消息あり。

成仏とは、

仏となることにあらず。

仏を脱落することにあらず。

成仏そのもの現成なり。

現成そのもの山川草木なり。

ここに至りて、

山は山を証せず。

水は水を悟らず。

草は草を説かず。

木は木を知らず。

しかも尽十方界、

悉是成仏。

悉是説法。

悉是行持。

遍界玲瓏。

歴歴孤明。

これを

山川草木成仏

と称す。

合掌。
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