歩行の仏道

歩行の仏道
以下は、道元の原文ではなく、『正法眼蔵』の語法・逆照・転位・現成公案・有時・行持道環・身心脱落の運動を極端な密度へ押し進めた創作である。

正法眼蔵 歩行仏道
(試擬・正法眼蔵調・超高密度)

いはゆる歩行仏道とは、

歩いて道に至るにあらず。
道を求めて歩くにあらず。
歩行を修行となすにあらず。
修行を歩行となすにあらず。

歩行すなはち仏道なり。
仏道すなはち歩行なり。

しかあれども、

歩を以て距離を量ることなかれ。
道を以て到達を量ることなかれ。

距離は歩行の影なり。
到達は道念の跡なり。

佛祖の歩行、

一歩を運ばず。

しかも尽十方界を歴遊す。

しるべし。

衆生おほく思ふ。

此処より彼処に赴くを歩行と。

しかあれども、

此処いまだ定まらず。

彼処いまだ立たず。

此彼ともに未生なるに、

誰か往来を論ぜん。

ゆゑに佛祖の歩行、

去来にあらず。

しかも去来を尽くす。

一歩、

前歩に続かず。

後歩、

前歩を継がず。

しかあれども、

歩歩相承す。

相承するにあらず。

これ歩行仏道の骨髄なり。

古佛いはく、

青山常運歩。

しるべし。

青山歩行す。

人おもへらく、

山は動かずと。

しるべし。

動不動を立つる以前、

青山すでに運歩す。

もし移動を歩行と見れば、

青山永く歩かず。

もし静止を不動と見れば、

大地つねに流転す。

佛祖の歩行、

動静未分の歩行なり。

しかも動静を尽くす。

ゆゑに山歩く。

水歩く。

雲歩く。

月歩く。

しかあれども、

一塵も移らず。

これを無跡の歩行と称す。

またいはく。

人、

堂前を経る。

庭樹を過ぐ。

しるべし。

堂前を過ぐるにあらず。

庭樹を離るるにあらず。

歩行そのもの、

堂前なり。

庭樹なり。

自己なり。

法界なり。

ゆゑに一歩、

地面を踏まず。

虚空を渡らず。

しかも天地歴然たり。

ここに歩行の現成あり。

さらにいはく。

右足出づ。

左足随ふ。

人おもへらく、

前後の運動なりと。

しるべし。

右足、

左足を待たず。

左足、

右足に従はず。

右足全法界なり。

左足全法界なり。

全法界、

互いに障碍せず。

これを歩歩全機と称す。

もし歩を数へば、

歩行すでに失せたり。

もし歩を忘るれば、

歩行なお現成す。

ゆゑに佛祖の歩行、

数量を超ゆ。

しかも一歩を棄てず。

一歩、

三世諸佛なり。

一歩、

歴代祖師なり。

一歩、

未来衆生なり。

しかあれども、

一歩はただ一歩なり。

これを一歩無量劫と称す。

またいはく。

歩行に疲労ありや。

しるべし。

疲労を嫌へば、

歩行すでに我執なり。

疲労を愛すれば、

また道を失ふ。

佛祖の歩行、

疲労に住せず。

安楽に住せず。

しかも疲労安楽を尽くす。

ゆゑに汗滴る。

これ仏法なり。

息乱る。

これ仏法なり。

足痛む。

これ仏法なり。

膝重し。

これ仏法なり。

一として仏道にあらざるなし。

ここに行持道環あり。

さらにいはく。

歩行の時、

誰か歩く。

身か。

心か。

志か。

仏か。

しるべし。

身歩かず。

心歩かず。

仏歩かず。

衆生歩かず。

しかも歩行歴然たり。

歩行、

歩行を歩むなり。

仏道、

仏道を行ずるなり。

ここに能行所行ともに脱落す。

これ身心脱落の足跡なり。

しかあれども、

足跡を留めず。

留めざるゆゑに遍界なり。

またしるべし。

歩行は堂外にのみあらず。

坐禅も歩行なり。

食事も歩行なり。

睡眠も歩行なり。

沈黙も歩行なり。

一念起こる、

歩行なり。

一念滅する、

歩行なり。

しかあれども、

起滅ともに一歩を出でず。

ここに有時の脚跟あり。

ゆゑに佛祖の歩行、

到着なし。

到着なきゆゑに無尽なり。

無尽なるゆゑに現前なり。

現前なるゆゑに歴歴孤明なり。

山河大地ともに経行し、

草木国土ともに遊歩し、

十方世界ともに行道す。

しかも一歩未だ挙がらず。

しかも一歩すでに万古を踏破す。

これを

歩行仏道

と称す。

合掌。
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