行為の無為

行為の無為
以下は創作としての『正法眼蔵』調・超高密度試擬である。道元に見られる修証一等・現成公案・行持道環・身心脱落・有時の論理を、意図的に極限まで圧縮し、転語と逆照を重ねている。

正法眼蔵 行為無為
(試擬・正法眼蔵調・超高密度)

いはゆる行為無為とは、

行為を滅して無為となるにあらず。
無為に住して行為を離るるにあらず。

行為すなはち無為なり。
無為すなはち行為なり。

しかあれども、

行為を見れば無為隠る。
無為を見れば行為失す。

行為無為の道理、

見不見の前後にあらず。

しるべし。

衆生おほく、

為すことを行為とおもふ。

手を挙ぐる。
足を運ぶ。
言葉を発す。
物を作る。

これを行為とおもへり。

しかあれども、

手いまだ挙がらざるに全挙手あり。
言葉いまだ発せざるに全説法あり。

ゆゑに佛祖の行為、

発現に始まらず。
停止に終わらず。

行為、

行為以前を含み、
行為以後を蔵す。

しかも以前以後を立てず。

これを無為の行為と称す。

またいはく。

無為とは何ぞや。

静止にあらず。
沈黙にあらず。
無念にあらず。
空寂にあらず。

もし静を無為と見れば、

山河大地ことごとく騒乱なり。

もし動を行為と見れば、

虚空また疲労すべし。

佛祖の無為、

動静未生の動静なり。

ゆゑに青山常運歩。

歩むに無為なり。

流水不競流。

流るるに無為なり。

花開く。

無為なり。

葉散る。

無為なり。

しかも一法として怠慢なし。

これ無為の全機なり。

さらにしるべし。

人おほく、

無為を自然と解す。

しかあれども、

自然を立つれば作意立つ。

作意を離れんと欲すれば、

その欲すら作意なり。

佛祖の無為、

自然を超えず。

自然に住せず。

為さずして成るにあらず。

成るところ、

為者なきなり。

ここに行為無為の消息あり。

たとへば典座、

菜を刻む。

しるべし。

菜を刻むにあらず。

典座を刻むにあらず。

法界みづから法界を刻むなり。

しかも包丁、

一法を傷つけず。

一法を残さず。

これ行為の無為なり。

またたとへば、

掃地する。

塵を払ふ。

しるべし。

塵を除くにあらず。

浄を得るにあらず。

掃くところ、

掃かるるものなし。

しかも大地歴然たり。

ゆゑに一掃帚、

無量劫の塵を払ふ。

しかも一塵去らず。

これ無為の作務なり。

さらにいはく。

坐禅する。

誰か坐す。

身か。
心か。
佛か。
衆生か。

しるべし。

身坐せず。

心坐せず。

佛坐せず。

衆生坐せず。

しかも端坐現成す。

これ無為の坐禅なり。

もし坐禅を為せば、

坐禅すでに工夫となる。

もし坐禅を棄つれば、

坐禅すでに失はる。

佛祖の坐禅、

工夫を離れず。

工夫に住せず。

ゆゑに只管打坐。

これ行為無為の頂𩕳なり。

またしるべし。

行為は果を求めず。

果また行為を待たず。

發心即成佛。

成佛即發心。

修證一等。

因果並立にあらず。

因果脱落にあらず。

因果みづから因果を行ずるなり。

ここに無為の因果あり。

ゆゑに佛祖の行為、

功徳を蔵せず。

名誉を求めず。

結果を積まず。

しかあれども、

一挙手、

尽十方界を震動し、

一微笑、

百千法門を開く。

しかも行為者なし。

行為者なきゆゑに、

全行為なり。

さらにいはく。

無為を知る者なし。

知れば有為なり。

無為を得る者なし。

得れば所有なり。

無為を忘るる者なし。

忘るる者また無為なり。

ここに至りて、

行為みづから行為を脱落し、

無為みづから無為を超越す。

山は山を運歩し、

水は水を流通し、

風は風を吹き、

月は月を照らさず。

しかも歴歴孤明。

現成公案。

行為そのもの、

無為の全身なり。

これを

行為無為

と称す。

合掌。
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