布施の恣意的主観 PART4
布施の恣意的主観 PART4
■布施:正法眼蔵 ■
★注目スレッド: 仏道と何か?(7) 参学の総論を語りましょう。(20) 坐禅 全般を語りましょう。(38) 正法眼蔵 全般を語りましょう。(12) 好きな詩を乗せよう!!(7) 「布施」の根本論:不貪(むさぼらざる)の心(0) 財施と法施の一如:「一銭一草」と「一句一偈」の功徳(0) 対価を求めぬ自力の発揮:見返りを貪らぬ分け与え(0) 道に任せ財に任せる:自他を超えた布施の流動(0) 阿育王の半菴羅果:物や心の大小を超えた広大なる供養(0) 万物・自然の営みと布施:舟橋・花風・鳥時の功徳(0) 治生産業と日常の実践:受身捨身すべてが布施であること(0) 「自ら用いる」ことも布施:自己と身内への施しの意味(0) 「心転物・物転心」:衆生の心地を転ずる最初の力(0) 六波羅蜜の始門:菩薩行の根本としての檀波羅蜜(0) 布施の恣意的主観(15) 布施の恣意的主観 PART2(21) 布施の恣意的主観 PART3(11) 🏡 地域コミュニティ掲示板「てらカフェ」 テーマ:道元禅師『布施』の一節について語ろう(15) 布施の恣意的主観 PART4(11)
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転じがたきは
衆生のこころなり。
「日本サッカーを善く」しようとか、
「チームを強く」しようと思った時に、
「選手達の心は転じる」のが難しい、
「元々難しいと分かっている」
「欲張れない時に欲張らない」
「深い追いできない時に深追いしない」
「昔の最適」よりも「#今の最適に集中する」
衆生のこころなり。
「日本サッカーを善く」しようとか、
「チームを強く」しようと思った時に、
「選手達の心は転じる」のが難しい、
「元々難しいと分かっている」
「欲張れない時に欲張らない」
「深い追いできない時に深追いしない」
「昔の最適」よりも「#今の最適に集中する」
諸仏のひとつの功徳を
すでに正伝しつくれるがゆゑに、
サッカーを「#人から学ぶ」人間は、
いずれ「貪り、怒り、愚かさ」で「自分が歪む」。
サッカーを「#仏から学ぶ」人間は、
ひたすら「求めず、得ようとせず、考えず」
人が思えない所にも
人の正解はある
仏=「比べず、急がず、怠らず」
すでに正伝しつくれるがゆゑに、
サッカーを「#人から学ぶ」人間は、
いずれ「貪り、怒り、愚かさ」で「自分が歪む」。
サッカーを「#仏から学ぶ」人間は、
ひたすら「求めず、得ようとせず、考えず」
人が思えない所にも
人の正解はある
仏=「比べず、急がず、怠らず」
菩薩の一法を
はじめて修行するがゆゑに。
「動く事」の逆は
「動かない事」
「勉強」の対義語は
「坐禅」
「無明」の逆は
「光明」
「スポーツ」の対義語は
「正法眼蔵」
サッカー至上主義は
サッカーを極められない、
「自己の中に全て」あるから、
「自己を習う」「自己を忘れる」
はじめて修行するがゆゑに。
「動く事」の逆は
「動かない事」
「勉強」の対義語は
「坐禅」
「無明」の逆は
「光明」
「スポーツ」の対義語は
「正法眼蔵」
サッカー至上主義は
サッカーを極められない、
「自己の中に全て」あるから、
「自己を習う」「自己を忘れる」
#向きの逆
諸仏のひとつの功徳を
すでに正伝しつくれるがゆゑに
「答えを出す事」の逆は
「自己を習う事」と「自己を忘れる事」
菩提心を発すというは、
己れ未だ度らざる前に一切衆生を度さんと
発願し営むなり、
苦にありというとも楽にありというとも、
早く自未得度先度他の心を発すべし。
諸仏のひとつの功徳を
すでに正伝しつくれるがゆゑに
「答えを出す事」の逆は
「自己を習う事」と「自己を忘れる事」
菩提心を発すというは、
己れ未だ度らざる前に一切衆生を度さんと
発願し営むなり、
苦にありというとも楽にありというとも、
早く自未得度先度他の心を発すべし。
みづからが所作なりといふとも、
しづかに随喜すべきなり。
基本的に全部、
「#自が自に」「#他が他に」で考える。
徳あるは褒めるべし、徳なきは憐れむべし、
と言われたら、
「#徳のある自分」を褒めて、
「#徳の無い自分」を憐れむ、と考える。
自分の中に可能性、
広く自分自身を究竟参徹
しづかに随喜すべきなり。
基本的に全部、
「#自が自に」「#他が他に」で考える。
徳あるは褒めるべし、徳なきは憐れむべし、
と言われたら、
「#徳のある自分」を褒めて、
「#徳の無い自分」を憐れむ、と考える。
自分の中に可能性、
広く自分自身を究竟参徹
「#固定的に考えて良いものはない」
「#止まる事は煩悩」
もしよく布施に
一塵を捨せんときは、
あらゆる功徳が
説心説性でしかない、
チームのために
選手は変わり続けるし、
選手のために
チームは変わり続ける、
一塵の変化でも、
そのもののかろきをきらはず、
その功の実なるべきなり。
「#止まる事は煩悩」
もしよく布施に
一塵を捨せんときは、
あらゆる功徳が
説心説性でしかない、
チームのために
選手は変わり続けるし、
選手のために
チームは変わり続ける、
一塵の変化でも、
そのもののかろきをきらはず、
その功の実なるべきなり。
父母妻子に
あたふるも布施なるべし。
直近を知れば、最遠が分かる。
極小知れば、極大をが分かる。
自分がいなくても、
上手く行く組織作りには、
多くを求めなくても良い「組織作りが肝心」で、
「優れたリーダー」よりも、
「#優れた家族」を目指した方が、
「#長期的に少欲知足」でいれる。
あたふるも布施なるべし。
直近を知れば、最遠が分かる。
極小知れば、極大をが分かる。
自分がいなくても、
上手く行く組織作りには、
多くを求めなくても良い「組織作りが肝心」で、
「優れたリーダー」よりも、
「#優れた家族」を目指した方が、
「#長期的に少欲知足」でいれる。
しかあればしりぬ、
みづからもちゐるも布施の一分なり、
「指導力の高さ」とは、
「与える事」と「与えやすくする事」
自分が周りを「大事にすれば」、
周りは周りを「大事にしやすくなる」。
自分が周りに「優しさを与えれば」、
周りは周りを「優しさを与えやすくなる」。
#転得転、#次得次
みづからもちゐるも布施の一分なり、
「指導力の高さ」とは、
「与える事」と「与えやすくする事」
自分が周りを「大事にすれば」、
周りは周りを「大事にしやすくなる」。
自分が周りに「優しさを与えれば」、
周りは周りを「優しさを与えやすくなる」。
#転得転、#次得次
ほとけののたまはく、
於其自身、尚可受用、何況能与父母妻子
(其の自身に於ても、尚ほ受用すべし、
何に況んや能く父母妻子に与へんをや)
今の自分自身があるのは
「#少欲知足のお陰」であって、
組織やシステム、文化ではない。
それらは
「#少欲知足」として機能した時に
意義深くなる
於其自身、尚可受用、何況能与父母妻子
(其の自身に於ても、尚ほ受用すべし、
何に況んや能く父母妻子に与へんをや)
今の自分自身があるのは
「#少欲知足のお陰」であって、
組織やシステム、文化ではない。
それらは
「#少欲知足」として機能した時に
意義深くなる
まことに、
みづからに
布施の功徳の本具なるゆゑに、
いまのみづからはえたるなり。
今の自分自身があるのは、
周りが貪らなかったお陰、
周りが貪っていたら、
今の自分自身は無かった。
赤子の時に、
誰かが貪っていたら、
誰だって死んでいる。
サッカー選手も同じ、
周りが貪らない事を参究
みづからに
布施の功徳の本具なるゆゑに、
いまのみづからはえたるなり。
今の自分自身があるのは、
周りが貪らなかったお陰、
周りが貪っていたら、
今の自分自身は無かった。
赤子の時に、
誰かが貪っていたら、
誰だって死んでいる。
サッカー選手も同じ、
周りが貪らない事を参究
身力をはげますのみにあらず、
便宜をすごさざるべし。
何事も「#タイミング」が重要
サッカーを極めるには
「サッカーを習う」のではなく
「#自己を習う」
自分の中に
「無限の可能性」があるから、
タイミング事に「#自己を習う」
「#タイミング」事に
「#自が自に」「#他が他に」
便宜をすごさざるべし。
何事も「#タイミング」が重要
サッカーを極めるには
「サッカーを習う」のではなく
「#自己を習う」
自分の中に
「無限の可能性」があるから、
タイミング事に「#自己を習う」
「#タイミング」事に
「#自が自に」「#他が他に」
布施の恣意的主観 PART4