とてもよい流れです。
眼睛=逃げない、虚空=塞がない、と来て、
古鏡=歪めない。
坐禅における身体の使い方は、ここで決定的に変わります。
結論(まず核心)
| 古鏡を身体で学ぶ坐禅とは、
| 身体と心に起きるものを、
| 取り上げもせず、拒みもせず、
| “映ってしまうまま”に任せる稽古である。
眼睛のように踏みとどまらず、
虚空のように放置もしない。
そのまま映ることを邪魔しない。
Ⅰ 最初に切っておく最大の誤解
次のことをしようとした瞬間、古鏡ではありません。
・客観的に観察しよう
・公平に見よう
・評価せずに見よう
・鏡のようになろう
これらはすべて、
| 「正しく映せる私」を立てる行為
古鏡は人格でも能力でもない。
Ⅱ 古鏡に対応する身体の基本姿勢

姿勢(重要)
・背骨を立てるが、張らない
・崩れを直そうとしない
・「保つ」感じを作らない
ポイントは:
| 姿勢を“操作対象”にしない
姿勢は、
・正しい
・間違っている
と評価される前に、
ただ坐っている。
これが身体的な「鏡面」。

眼(視覚)
・半眼
・焦点を結ばない
・見ない努力もしない
| 映るが、追わない
視覚が最も分かりやすい古鏡の入口です。
Ⅲ 呼吸の扱い(古鏡の決定点)
呼吸については、こうします。
・整えない
・数えない
・追わない
しかし虚空と違い、
| 呼吸を「無視」もしない
吸う息・吐く息が、
・はっきりしても
・乱れても
・止まりそうでも
ただ映っている
呼吸が“対象”にならず、
かといって消えもしない状態。
Ⅳ 思考・感情が起きたときの態度(最重要)
ここが古鏡の核心です。

やってはいけないこと
・「雑念だ」と切る
・深さを判断する
・逃げていると見抜く
・放っておこうと決める
これらはすべて介入。

古鏡の態度
| 起きたことが、
| 起きたまま映る
・怒り → 怒りとして
・不安 → 不安として
・判断 → 判断として
距離を取らないが、掴まない
古鏡は「静か」ではない。
騒がしくても、そのまま映る。
Ⅴ 「同時性」を壊さない
古鏡の坐禅では、
・思考が起きている
・呼吸がある
・音が聞こえる
・身体が重い
これらが、
| 同時に、同じ重さで起きている
どれか一つを主役にしない。
選ばないことが、映る条件。
Ⅵ 「うまく映っているか?」が出たら
これは必ず出ます。
・今日はよく映っている
・邪魔が少ない
・鏡っぽい
その判断も、映る。
・消さない
・正さない
・否定しない
評価が起きる身体ごと、
古鏡の中に置かれる。
Ⅶ 古鏡を身体で学ぶとはどういうことか
坐禅を重ねると、
次の変化が起きるかもしれません。
・反応が一拍遅れる
・判断が薄くなる
・物語が続きにくくなる
しかしこれは成果ではない。
| 身体が、
| “歪めずに映ってしまう”構造に
| 慣れ始めているだけ
Ⅷ 日常への開き方(重要)
古鏡は、日常でこう現れます。
・言葉が出る前に、状況が映る
・感情に巻き込まれる前に、感情が見える
・正しさに飛びつく前に、場が映る
しかし、
| 古鏡であろうとした瞬間、
| それは古鏡ではない。
崩れていい。
歪んでいい。
また坐る。
Ⅸ 一言で言うなら(実践の核心)
| 古鏡を身体で学ぶ坐禅とは、
| 映ることに成功しようとする身体を、
| そのまま映してしまう稽古である。
最後に(とても大切)
もしあなたが、
・何をしているのか分からない
・これで合っているのか不安
・手応えがない
と感じているなら、
それは正確です。
| 古鏡は、
| 「できている」という感触を、
| 決して残さない。
坐禅は、
その手応えのなさが映り続ける場です。
ここまで来たら、
三つ(眼睛・虚空・古鏡)は
坐禅の中で自然に往還し始めます。
とてもよい流れです。
眼睛=逃げない、虚空=塞がない、と来て、
古鏡=歪めない。
坐禅における身体の使い方は、ここで決定的に変わります。
結論(まず核心)
| 古鏡を身体で学ぶ坐禅とは、
| 身体と心に起きるものを、
| 取り上げもせず、拒みもせず、
| “映ってしまうまま”に任せる稽古である。
眼睛のように踏みとどまらず、
虚空のように放置もしない。
そのまま映ることを邪魔しない。
Ⅰ 最初に切っておく最大の誤解
次のことをしようとした瞬間、古鏡ではありません。
・客観的に観察しよう
・公平に見よう
・評価せずに見よう
・鏡のようになろう
これらはすべて、
| 「正しく映せる私」を立てる行為
古鏡は人格でも能力でもない。
Ⅱ 古鏡に対応する身体の基本姿勢
1️⃣ 姿勢(重要)
・背骨を立てるが、張らない
・崩れを直そうとしない
・「保つ」感じを作らない
ポイントは:
| 姿勢を“操作対象”にしない
姿勢は、
・正しい
・間違っている
と評価される前に、
ただ坐っている。
これが身体的な「鏡面」。
2️⃣ 眼(視覚)
・半眼
・焦点を結ばない
・見ない努力もしない
| 映るが、追わない
視覚が最も分かりやすい古鏡の入口です。
Ⅲ 呼吸の扱い(古鏡の決定点)
呼吸については、こうします。
・整えない
・数えない
・追わない
しかし虚空と違い、
| 呼吸を「無視」もしない
吸う息・吐く息が、
・はっきりしても
・乱れても
・止まりそうでも
ただ映っている
呼吸が“対象”にならず、
かといって消えもしない状態。
Ⅳ 思考・感情が起きたときの態度(最重要)
ここが古鏡の核心です。
❌ やってはいけないこと
・「雑念だ」と切る
・深さを判断する
・逃げていると見抜く
・放っておこうと決める
これらはすべて介入。
⭕ 古鏡の態度
| 起きたことが、
| 起きたまま映る
・怒り → 怒りとして
・不安 → 不安として
・判断 → 判断として
距離を取らないが、掴まない
古鏡は「静か」ではない。
騒がしくても、そのまま映る。
Ⅴ 「同時性」を壊さない
古鏡の坐禅では、
・思考が起きている
・呼吸がある
・音が聞こえる
・身体が重い
これらが、
| 同時に、同じ重さで起きている
どれか一つを主役にしない。
選ばないことが、映る条件。
Ⅵ 「うまく映っているか?」が出たら
これは必ず出ます。
・今日はよく映っている
・邪魔が少ない
・鏡っぽい
その判断も、映る。
・消さない
・正さない
・否定しない
評価が起きる身体ごと、
古鏡の中に置かれる。
Ⅶ 古鏡を身体で学ぶとはどういうことか
坐禅を重ねると、
次の変化が起きるかもしれません。
・反応が一拍遅れる
・判断が薄くなる
・物語が続きにくくなる
しかしこれは成果ではない。
| 身体が、
| “歪めずに映ってしまう”構造に
| 慣れ始めているだけ
Ⅷ 日常への開き方(重要)
古鏡は、日常でこう現れます。
・言葉が出る前に、状況が映る
・感情に巻き込まれる前に、感情が見える
・正しさに飛びつく前に、場が映る
しかし、
| 古鏡であろうとした瞬間、
| それは古鏡ではない。
崩れていい。
歪んでいい。
また坐る。
Ⅸ 一言で言うなら(実践の核心)
| 古鏡を身体で学ぶ坐禅とは、
| 映ることに成功しようとする身体を、
| そのまま映してしまう稽古である。
最後に(とても大切)
もしあなたが、
・何をしているのか分からない
・これで合っているのか不安
・手応えがない
と感じているなら、
それは正確です。
| 古鏡は、
| 「できている」という感触を、
| 決して残さない。
坐禅は、
その手応えのなさが映り続ける場です。
ここまで来たら、
三つ(眼睛・虚空・古鏡)は
坐禅の中で自然に往還し始めます。