古先いはく、優鉢羅華火裏開。 しかあれば、優鉢羅華はかならず火裏に開敷するなり。火裏をしらんとおもはば、優鉢羅華開敷のところなり。人見天見を執して、火裏をならはざるべからず。疑著せんことは、水中に蓮花の生ぜるも疑著しつべし。枝條に諸華あるを

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展開ビュー トピックのレビュー: 古先いはく、優鉢羅華火裏開。 しかあれば、優鉢羅華はかならず火裏に開敷するなり。火裏をしらんとおもはば、優鉢羅華開敷のところなり。人見天見を執して、火裏をならはざるべからず。疑著せんことは、水中に蓮花の生ぜるも疑著しつべし。枝條に諸華あるを

この部分も 道元 の 「空華」巻(『正法眼蔵』) の核心的な段落です。先ほどの部分とつながっていて、「空華=幻ではない」という思想をさらに展開しています。
内容を 段落ごとにやさしく解説します。

1. 優鉢羅華は火の中に咲く

最初の一句:
| 古先いはく、優鉢羅華火裏開
| (古徳は言う、優鉢羅華は火の中に咲く)

優鉢羅華(うばらげ)
→ 仏教の聖なる青い蓮華(サンスクリット *utpala*)

普通なら

・花 → 水に咲く
・火 → 花を焼く

しかしここでは

「火の中に花が咲く」

と言っています。

これは禅でよくある

逆説(パラドックス)

です。

道元の言いたいこと:
| 真理は常識の因果を超えて現れる

2. 火とは何か

道元は続けて言います。

| 火裏をしらんとおもはば、優鉢羅華開敷のところなり

意味:
火とは花が咲いているその現場である。

つまり

```id="z8gk1g"


花を焼くもの
```

ではなく

```id="m1d5hy"


花が咲く場
```

に読み替えています。

3. 常識を疑え

次に道元は言います。

もし疑うなら

・水に蓮が咲くことも疑え
・木に花が咲くことも疑え
・世界が存在することも疑え

つまり

火の中の花だけを疑うのはおかしい

という論法です。

4. 「花開世界起」

ここで禅の有名な言葉が出ます。

| 花開世界起

意味:
花が開くと世界が起こる

つまり

```id="34pmnb"
世界 → 花
```

ではなく

```id="w9b6kr"
花が開く

世界が現れる
```

という順序です。

これは禅の世界観です。

5. 「前三三後三三」

| 華開といふは、前三三後三三なり

これは禅の語で

意味ははっきり説明しない言葉です。

一般的には

完全な数・完全な働き

を表します。

つまり

花が開くことは

宇宙の完全な働き

という意味になります。

6. 花はすべてのものにある

次に道元は大胆なことを言います。

花は

・草
・木
・金
・銀
・銅
・鉄
・珊瑚
・ガラス
・地
・水
・火
・風
・空

すべてにある。

つまり

```id="2ff9uc"
花 = 植物
```

ではなく

```id="hm0zgo"
花 = 存在の開花
```

という意味です。

7. 人にも花がある

さらに言います。

・人の木に花あり
・人花に花あり
・枯木に花あり

つまり

生命の有無に関係なく花はある

禅では

枯木花開

という言葉があります。

死んだ木にも花が咲く。

これは

悟りの象徴です。

8. そして空華

最後に重要な部分。

| 世尊道、虚空華あり
| (釈尊は言った、虚空に花あり)

つまり

空華は仏が説いたもの

なのに

世間の人は

| 空華とは聞いたことがあるだけ

と言っています。

つまり

理解していない。

9. 仏祖だけが知ること

道元は言います。

仏祖は

・空華
・地華
・世界華

の 開く・散る を知っている。

つまり

世界全体が花の開花

なのです。

10. 最後の結論

この段落の最も重要な一行:
| 仏祖の所乗は空華なるがゆゑに、仏世界および諸仏法、すなはちこれ空華なり。

意味:
仏の世界そのものが空華である。

つまり

```id="uwtdru"
空華 = 幻
```

ではなく

```id="9l1ssq"
空華 = 仏の世界
```

という結論です。

まとめ(この段落)

道元の主張:
1️⃣ 花は植物ではない
2️⃣ 花とは存在の開花
3️⃣ 世界は花の開き
4️⃣ 空華は幻ではない
5️⃣ 仏の世界そのもの


もし興味があれば、ここからさらに面白い話として

・「空華=宇宙」になる理由
・道元の存在論(有時)との関係
・なぜ禅は花を悟りの象徴にするのか

を解説できます。
この「空華」巻は 道元思想の核心の一つです。
古先いはく、優鉢羅華火裏開。
しかあれば、優鉢羅華はかならず火裏に開敷するなり。火裏をしらんとおもはば、優鉢羅華開敷のところなり。人見天見を執して、火裏をならはざるべからず。疑著せんことは、水中に蓮花の生ぜるも疑著しつべし。枝條に諸華あるをも疑著しつべし。又疑著すべくは、器世間の安立も疑著しつべし。しかあれども疑著せず。仏祖にあらざれば花開世界起をしらず。華開といふは、前三三後三三なり。この員数を具足せんために、森羅をあつめていよよかにせるなり。
この道理を到来せしめて、春秋をはかりしるべし。ただ春秋に華果あるにあらず、有時かならず花果あるなり。華果ともに時節を保任せり、時節ともに花果を保任せり。このゆゑに百草みな華果あり、諸樹みな華果あり。金銀銅鉄珊瑚頗梨樹等、みな華果あり。地水火風空樹みな花果あり。人樹に花あり、人花に花あり、枯木に花あり。かくのごとくあるなかに、世尊道、虚空華あり。
しかあるを、少聞少見のともがら、空華の彩光葉華いかなるとしらず、わづかに空華と聞取するのみなり。しるべし、仏道に空華の談あり、外道は空華の談をしらず、いはんや覚了せんや。ただし、諸仏諸祖、ひとり空華地華の開落をしり、世界華等の開落をしれり。空華地華世界花等の経典なりとしれり。これ学仏の規矩なり。仏祖の所乗は空華なるがゆゑに、仏世界および諸仏法、すなはちこれ空華なり。

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