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Re: あるいは衆生といひ、有情といひ、群生といひ、群類といふ。

Posted: 日 1 04, 2026 11:01 am
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あるいは衆生といひ、有情といひ、群生といひ、群類といふ。
——『正法眼蔵』巻三「佛性」/道元

この一行は、「仏性」を誰が持つかという問いを、最初から無効化するための言語解体です。道元は定義を与えない。呼び名を並べて、定義の欲望そのものを退ける。

1) 並列は“分類”ではなく“破壊”

「衆生/有情/群生/群類」は同義語の説明ではありません。
固定的な主体像を作らせないための多重化です。

| 名が増えるほど、対象は固まらない。
| 固まらないから、仏性は“所有物”にならない。

2) 各語が壊しているもの

・衆生:生まれと死に縛られた個体像を立てさせない
・有情:感情や心を条件にしない(情がなくても除外しない)
・群生:個体主義を崩す(関係の網として現れる)
・群類:種差・序列を無効化する(人間中心主義を外す)

| どれか一つに決めた瞬間、仏性は逃げる。

3) 「あるいは」が示す時間論(有時)

「あるいは」は選択肢ではない。時制です。
状況(時)に応じて、同一の現れが別名で立つ。

| 仏性は属性ではなく、現成。
| 現れるたびに名が変わる。

4) 佛性=内在物、という誤読を切る

この列挙は、「仏性は皆が内に持つ」という安心を壊す。

| 仏性は“持たれない”。
| 持たれないから、誰も排除されない。

5) 倫理・修行への帰結

・「誰が救われるか」を問わない
・「条件を満たす主体」を作らない
・「到達点」を設定しない

| 修行は選抜ではなく、遮らない運行。

6) 現代的に言い換える

| 生きものを一つの定義に閉じるな。
| 閉じた瞬間、仏性は外に出る。
| 名は変わってよい。
| 変わるから、取りこぼさない。


ひと言で凝縮すると

この一句は、仏性の範囲を広げる文ではない。
“範囲を作る発想”そのものを解体する文である。
名が揺れるところで、仏性は現成する。

あるいは衆生といひ、有情といひ、群生といひ、群類といふ。

Posted: 土 1 03, 2026 1:23 pm
by writer
あるいは衆生といひ、有情といひ、群生といひ、群類といふ。