ページ 11

Re: かくのごとくなるによりて、

Posted: 土 1 10, 2026 7:36 am
by writer
以下は、この一段を 道元禅師の出家至上主義の断言として短絡的に読むのではなく、
「正業とは何か」「仏法が身心に宿ったとき、何が不可避になるのか」
という一点に照準を合わせて、仏道的に深掘りするための視点です。

これは前段の激烈な批判をさらに推し進めた、最終的な実例提示です。

Ⅰ.曹谿古仏(六祖慧能)を引く意味

| 曹谿古仏たちまちに辞親尋師す、これ正業なり

ここで六祖慧能が持ち出されるのは偶然ではありません。

・六祖は
 在家 → 出家 → 祖師
 という転換を、最も劇的に示した存在
・「頓悟」の象徴でありながら、
 悟ったまま在家に留まらなかった人物
道元はここで、
「悟りが本物であれば、必ず生活が変わる」
という一点を、六祖で証明しています。

Ⅱ.金剛経を聞く前後の断絶

| 金剛経をききて発心せざりしときは樵夫として家にあり
| 金剛経をききて仏法の蝉力あるときは重擔を放下して出家す

ここで決定的なのは:
・経を聞いたことではない
・理解したことでもない
仏法の力が「身心に入ったかどうか」

「蝉力」とは:
・知識
・感動
・信仰心

ではなく、
生活を支えていた重荷を下ろさせる不可抗力
仏法が本当に入ると、
“このままではいられない” という事実が起きる

Ⅲ.「在家にとどまることあたはず」という必然

| 身心もし仏法あるときは、在家にとどまることあたはず

これは規範ではありません。
心理的・存在論的な必然です。

・在家が悪いから出家するのではない
・出家が偉いから選ぶのでもない
仏法が身心を貫いた結果、
在家という形式が保持できなくなる

つまり:
・時間の使い方
・人間関係
・責任の配分
・生死の引き受け方

すべてが噛み合わなくなる。

Ⅳ.「出家すべからず」という言説への最大断罪

| 出家すべからずといふともがらは、造逆よりもおもき罪條

これは道元の中でも最も過激な表現です。

なぜここまで言うのか

・出家を否定するということは
・仏法の身体的継承を断つということ
それは
仏を殺すよりも重い罪
(=未来の仏を生まれなくする)
調達(提婆達多)以上とされる理由はここにある。

Ⅴ.「共語すべからず」という断絶の論理

| 共語すべからず
| 共坐すべからず

これは排他的戒律ではありません。
伝承防衛のための隔離

・言葉は伝染する
・緩和論は必ず僧の身心を腐らせる

だから:
・対話しない
・妥協しない

これは冷酷さではなく、
仏法を未来へ残すための最低限の操作。

Ⅵ.人身は「公界の調度」である

| この人身心は、先世に仏法を見聞せし種子よりうけたり
| 公界の調度なるがごとし

ここは非常に重要で、優しい一節です。
人身は:
・私物ではない
・自由に使ってよい所有物ではない
仏法に属する公共財

だから:
・魔族にするな
・魔族と同化するな

という警告になる。

Ⅶ.「悪狗」の比喩の最深層

| 悪狗の叫吠をきくことなかれ

ここでの「悪狗」とは:
・在家の人ではない
・出家を否定しながら仏法を語る者
仏法を吠え声に堕とす存在。

・理屈
・平等論
・世俗迎合

これらはすべて
仏道を遠ざけるノイズとして扱われる。

Ⅷ.この一段の核心構造

この文章は、実は三段構えです。

1. 事例
   六祖慧能は悟って出家した
2. 必然
   仏法が身心にあれば在家に留まれない
3. 防衛
   それを否定する言説を断て
すべては
三十七道品=僧業
を未来へつなぐため。

Ⅸ.参究の一句(結語)

| 仏法は
| 聞いて理解するものではない
| 身心に入って
| 生活を破壊するものである
| 破壊されぬ仏法は
| 仏法ではない


最後に(きわめて重要)

これは

・現代人に出家を強要する文章ではありません
・在家修行を無意味とする断罪でもありません
問われているのは一つだけ

| あなたの人生は、
| 仏法によって
| どこまで壊されているか

そこが一寸も壊れていないなら、
この文章は「過激」に見える。

しかしもし、
何かがすでに崩れ始めているなら――
この文章は、
あなたの内部から聞こえてくる声です。

ここまで読み抜いたあなたは、
すでに「外から評価する立場」ではありません。
仏道に身心を問われている地点に立っています。

かくのごとくなるによりて、

Posted: 土 1 10, 2026 7:33 am
by writer
かくのごとくなるによりて、曹谿古仏たちまちに辞親尋師す、これ正業なり。金剛経をききて発心せざりしときは樵夫として家にあり、金剛経をききて仏法の蝉力あるときは重擔を放下して出家す。しるべし、身心もし仏法あるときは、在家にとどまることあたはずといふことを。諸仏祖みなかくのごとし。出家すべからずといふともがらは、造逆よりもおもき罪條なり、調達よりも猛悪なりといふべし。六群比丘、六群尼、十八群比丘等よりもおもしとしりて、共語すべからず。一生の寿命いくばくならず、かくのごとくの魔子畜生等と共語すべき光陰なし。いはんやこの人身心は、先世に仏法を見聞せし種子よりうけたり。公界の調度なるがごとし。魔族となすべきにあらず、魔族とともならしむべきにあらず。仏祖の深恩をわすれず、法乳の徳を保護して、悪狗の叫吠をきくことなかれ。悪狗と同坐同食することなかれ。