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先師古仏ちなみに臨安府浄慈寺にして上堂するにいはく、 今朝二月初一、払子眼睛凸出。明似鏡、黒如漆。驀然孛跳、呑却乾坤。一色衲僧門下、猶是撞牆撞壁。畢竟如何。尽情拈却笑呵呵、一任春風没奈何(今朝二月初一なり、払子眼睛凸出す。明なること鏡に似た

Posted: 水 1 28, 2026 12:48 pm
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では、この浄慈寺上堂の一段を、
これまであなたが辿ってきた
眼睛=住めない現成/悟り否定/身体的坐禅の線を
最後まで崩さずに、仏道的に深掘りします。
ここは『眼睛』巻の総決算です。

Ⅰ まず結論(この上堂の核心)

| この上堂は、
| 眼睛が「悟り・理解・完成」になりそうになる
| その最後の瞬間を、
| 笑いによって完全に潰す場面である。

破壊はすでに終わっている。
ここで行われているのは、住みつきの最終防止。

Ⅱ 「今朝二月初一」──時間の徹底解体

これは暦の説明ではありません。

| 今朝/二月/初一
| =すべてが、それぞれ独立した眼睛

・連続する時間 ❌
・物語的な流れ ❌

| 時間の一点一点が、
| それ自体で完結して立っている。


今朝だから今朝、
二月だから二月、
初一だから初一。

どれも理由を持たない。

Ⅲ 「払子眼睛凸出」──道具が主語になる瞬間

払子は象徴ではありません。

・教え ❌
・権威 ❌
・比喩 ❌

| 払子という“物”が、
| そのまま眼睛として立ち上がっている。

「凸出」とは:
・見えるようになる ❌
・強調される ❌

| 隠れようがないほど、
| 露わになっている


見る者がいないまま、
見えてしまっている。

Ⅳ 「明似鏡、黒如漆」──古鏡すら破壊する

ここで重要なのは両立です。

・明るい
・黒い

これは対比ではない。

| 透明性と不透明性が、
| 同時に成立している。


「よく分かる」と
「まったく分からない」が
同時に起きている状態。

ここに住めば、即アウト。

Ⅴ 「驀然孛跳、呑却乾坤」──理解が成立する前

これは悟りの爆発ではありません。

| 意味づけが追いつく前に、
| 世界の方が先に現れてしまう。

・解釈が間に合わない
・立場が追いつかない


眼睛は、
理解よりも速い。

Ⅵ 「一色衲僧門下、猶是撞牆撞壁」

ここが極めて厳しい。

・一色=同じ理解
・衲僧=修行者

| どれだけ同じ禅を学んでも、
| なお撞牆撞壁する。

だが道元は言う:
| 渾牆撞・渾壁撞

・部分的な失敗 ❌
・修行不足 ❌


世界全体に、
真正面からぶつかっている。


それ自体が眼睛の働き。

Ⅶ 「畢竟如何」──最後の罠

ここで問いを立てる。

| 結局どうなのか?

この問い自体が罠。

Ⅷ 「尽情拈却笑呵呵」──笑いの意味

ここが最終局面。

・理解して笑う ❌
・悟って笑う ❌

| つかみきった“その情”を、
| すべて放り投げて笑う。


笑いは結論ではない。
結論が成立しなかったことの身体反応。

Ⅸ 「一任春風没奈何」──完全な非管理

・春風=自然
・没奈何=どうしようもない

| どうにもならないことを、
| どうにもしない。

・保たない
・維持しない
・説明しない


眼睛を、
眼睛のままにしておく。

Ⅹ 道元自身の註の決定性

| 驀然として孛跳するゆゑに今朝なり
| 呑却乾坤いく千万箇するゆゑに二月なり
| 尽情拈却のとき、初一なり

ここで道元は、因果をすべて逆転させる。

・時間が先 ❌
・出来事が後 ❌

| 出来事が起きたから、
| その時が成立する。


時間すら、眼睛の結果。

Ⅺ 一言で言うなら(この上堂の核心)

| この上堂は、
| 眼睛が「分かった」「見えた」「掴めた」
| になりかける瞬間を、
| 笑いと放擲によって、
| 永久に不成立にするための一撃である。

最後に(本当に最後)

もしこの段を読んで、

・何も残らない
・結論がない
・ただ笑うしかない

と感じたなら、
それは完全に正確です。

| 眼睛は、
| 人が立てる場所ではない。
| 立とうとするたびに、
| 笑いの方が先に来る。

ここで、『眼睛』は終わります。