先師古仏ちなみに臨安府浄慈寺にして上堂するにいはく、 今朝二月初一、払子眼睛凸出。明似鏡、黒如漆。驀然孛跳、呑却乾坤。一色衲僧門下、猶是撞牆撞壁。畢竟如何。尽情拈却笑呵呵、一任春風没奈何(今朝二月初一なり、払子眼睛凸出す。明なること鏡に似た

では、この浄慈寺上堂の一段を、
これまであなたが辿ってきた
眼睛=住めない現成/悟り否定/身体的坐禅の線を
最後まで崩さずに、仏道的に深掘りします。
ここは『眼睛』巻の総決算です。

Ⅰ まず結論(この上堂の核心)

| この上堂は、
| 眼睛が「悟り・理解・完成」になりそうになる
| その最後の瞬間を、
| 笑いによって完全に潰す場面である。

破壊はすでに終わっている。
ここで行われているのは、住みつきの最終防止。

Ⅱ 「今朝二月初一」──時間の徹底解体

これは暦の説明ではありません。

| 今朝/二月/初一
| =すべてが、それぞれ独立した眼睛

・連続する時間 ❌
・物語的な流れ ❌

| 時間の一点一点が、
| それ自体で完結して立っている。


今朝だから今朝、
二月だから二月、
初一だから初一。

どれも理由を持たない。

Ⅲ 「払子眼睛凸出」──道具が主語になる瞬間

払子は象徴ではありません。

・教え ❌
・権威 ❌
・比喩 ❌

| 払子という“物”が、
| そのまま眼睛として立ち上がっている。

「凸出」とは:
・見えるようになる ❌
・強調される ❌

| 隠れようがないほど、
| 露わになっている


見る者がいないまま、
見えてしまっている。

Ⅳ 「明似鏡、黒如漆」──古鏡すら破壊する

ここで重要なのは両立です。

・明るい
・黒い

これは対比ではない。

| 透明性と不透明性が、
| 同時に成立している。


「よく分かる」と
「まったく分からない」が
同時に起きている状態。

ここに住めば、即アウト。

Ⅴ 「驀然孛跳、呑却乾坤」──理解が成立する前

これは悟りの爆発ではありません。

| 意味づけが追いつく前に、
| 世界の方が先に現れてしまう。

・解釈が間に合わない
・立場が追いつかない


眼睛は、
理解よりも速い。

Ⅵ 「一色衲僧門下、猶是撞牆撞壁」

ここが極めて厳しい。

・一色=同じ理解
・衲僧=修行者

| どれだけ同じ禅を学んでも、
| なお撞牆撞壁する。

だが道元は言う:
| 渾牆撞・渾壁撞

・部分的な失敗 ❌
・修行不足 ❌


世界全体に、
真正面からぶつかっている。


それ自体が眼睛の働き。

Ⅶ 「畢竟如何」──最後の罠

ここで問いを立てる。

| 結局どうなのか?

この問い自体が罠。

Ⅷ 「尽情拈却笑呵呵」──笑いの意味

ここが最終局面。

・理解して笑う ❌
・悟って笑う ❌

| つかみきった“その情”を、
| すべて放り投げて笑う。


笑いは結論ではない。
結論が成立しなかったことの身体反応。

Ⅸ 「一任春風没奈何」──完全な非管理

・春風=自然
・没奈何=どうしようもない

| どうにもならないことを、
| どうにもしない。

・保たない
・維持しない
・説明しない


眼睛を、
眼睛のままにしておく。

Ⅹ 道元自身の註の決定性

| 驀然として孛跳するゆゑに今朝なり
| 呑却乾坤いく千万箇するゆゑに二月なり
| 尽情拈却のとき、初一なり

ここで道元は、因果をすべて逆転させる。

・時間が先 ❌
・出来事が後 ❌

| 出来事が起きたから、
| その時が成立する。


時間すら、眼睛の結果。

Ⅺ 一言で言うなら(この上堂の核心)

| この上堂は、
| 眼睛が「分かった」「見えた」「掴めた」
| になりかける瞬間を、
| 笑いと放擲によって、
| 永久に不成立にするための一撃である。

最後に(本当に最後)

もしこの段を読んで、

・何も残らない
・結論がない
・ただ笑うしかない

と感じたなら、
それは完全に正確です。

| 眼睛は、
| 人が立てる場所ではない。
| 立とうとするたびに、
| 笑いの方が先に来る。

ここで、『眼睛』は終わります。
58.眼睛正法眼蔵 ■ 
★注目スレッド: 『眼睛』と『身心脱落』の厳密な差(0)  眼睛は倫理や行為とどう関わるのか(0)  『眼睛』と『虚空』の厳密な差(0)  眼睛と「慈悲」は両立するのか(0)  その場で必要な行為かそうでない行為かはどうやって判断するのか(0)  『眼睛』と『虚空』と『古鏡』の厳密な差(0)  眼睛における「生死」(0)  『眼睛』と『有時』の厳密な差(0)  道元が「なぜ眼睛」を書かねばならなかったのか(0)  坐禅と眼睛の関係は(0)  眼睛を語れなくなるために、 座禅する?(0)  悟りと眼睛の関係(0)  億千万劫の参学を拈来して団欒せしむるは、八万四千の眼睛なり。 先師天童古仏、住瑞巌時、上堂示衆云、秋風清、秋月明。大地山河露眼睛。(1)  洞山悟本大師、在雲巌会時、遇雲巌作鞋次、師白雲巌曰、就和尚乞眼睛(洞山悟本大師、雲巌の会に在りし時、雲巌の作鞋に遇ふ次でに、師、雲巌に白して曰く、和尚に就いて眼睛を乞はん)。 雲巌曰、汝底与阿誰去也(汝底を阿誰にか与へ去るや)。(1)  先師古仏云く、抉出達磨眼睛、作泥團子打人(達磨の眼睛を抉出して、泥團子と作して打人す)。 高声云、著。海枯徹底過、波浪拍天高(著。海枯れて徹底過なり、波浪天を拍つて高し)。 これは清涼寺の方丈にして、海衆に為示するなり。しかあれば、打人とい(1) 
では、この浄慈寺上堂の一段を、
これまであなたが辿ってきた
眼睛=住めない現成/悟り否定/身体的坐禅の線を
最後まで崩さずに、仏道的に深掘りします。
ここは『眼睛』巻の総決算です。

Ⅰ まず結論(この上堂の核心)

| この上堂は、
| 眼睛が「悟り・理解・完成」になりそうになる
| その最後の瞬間を、
| 笑いによって完全に潰す場面である。

破壊はすでに終わっている。
ここで行われているのは、住みつきの最終防止。

Ⅱ 「今朝二月初一」──時間の徹底解体

これは暦の説明ではありません。

| 今朝/二月/初一
| =すべてが、それぞれ独立した眼睛

・連続する時間 ❌
・物語的な流れ ❌

| 時間の一点一点が、
| それ自体で完結して立っている。


今朝だから今朝、
二月だから二月、
初一だから初一。

どれも理由を持たない。

Ⅲ 「払子眼睛凸出」──道具が主語になる瞬間

払子は象徴ではありません。

・教え ❌
・権威 ❌
・比喩 ❌

| 払子という“物”が、
| そのまま眼睛として立ち上がっている。

「凸出」とは:
・見えるようになる ❌
・強調される ❌

| 隠れようがないほど、
| 露わになっている


見る者がいないまま、
見えてしまっている。

Ⅳ 「明似鏡、黒如漆」──古鏡すら破壊する

ここで重要なのは両立です。

・明るい
・黒い

これは対比ではない。

| 透明性と不透明性が、
| 同時に成立している。


「よく分かる」と
「まったく分からない」が
同時に起きている状態。

ここに住めば、即アウト。

Ⅴ 「驀然孛跳、呑却乾坤」──理解が成立する前

これは悟りの爆発ではありません。

| 意味づけが追いつく前に、
| 世界の方が先に現れてしまう。

・解釈が間に合わない
・立場が追いつかない


眼睛は、
理解よりも速い。

Ⅵ 「一色衲僧門下、猶是撞牆撞壁」

ここが極めて厳しい。

・一色=同じ理解
・衲僧=修行者

| どれだけ同じ禅を学んでも、
| なお撞牆撞壁する。

だが道元は言う:
| 渾牆撞・渾壁撞

・部分的な失敗 ❌
・修行不足 ❌


世界全体に、
真正面からぶつかっている。


それ自体が眼睛の働き。

Ⅶ 「畢竟如何」──最後の罠

ここで問いを立てる。

| 結局どうなのか?

この問い自体が罠。

Ⅷ 「尽情拈却笑呵呵」──笑いの意味

ここが最終局面。

・理解して笑う ❌
・悟って笑う ❌

| つかみきった“その情”を、
| すべて放り投げて笑う。


笑いは結論ではない。
結論が成立しなかったことの身体反応。

Ⅸ 「一任春風没奈何」──完全な非管理

・春風=自然
・没奈何=どうしようもない

| どうにもならないことを、
| どうにもしない。

・保たない
・維持しない
・説明しない


眼睛を、
眼睛のままにしておく。

Ⅹ 道元自身の註の決定性

| 驀然として孛跳するゆゑに今朝なり
| 呑却乾坤いく千万箇するゆゑに二月なり
| 尽情拈却のとき、初一なり

ここで道元は、因果をすべて逆転させる。

・時間が先 ❌
・出来事が後 ❌

| 出来事が起きたから、
| その時が成立する。


時間すら、眼睛の結果。

Ⅺ 一言で言うなら(この上堂の核心)

| この上堂は、
| 眼睛が「分かった」「見えた」「掴めた」
| になりかける瞬間を、
| 笑いと放擲によって、
| 永久に不成立にするための一撃である。

最後に(本当に最後)

もしこの段を読んで、

・何も残らない
・結論がない
・ただ笑うしかない

と感じたなら、
それは完全に正確です。

| 眼睛は、
| 人が立てる場所ではない。
| 立とうとするたびに、
| 笑いの方が先に来る。

ここで、『眼睛』は終わります。