提示の文は、 にある
「諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教」 の深義を、仏道(とくに禅・道元系)の立場から徹底的に展開したもの。
表面は倫理句だが、本文では存在論・修行論・仏果論まで貫く根本公案として解体されている。
以下、仏道的に段階的に深掘る。
一 この句は「倫理」ではない
一般理解
・悪をするな
・善を行え
・心を清めよ
しかし本文は最初にこれを壊す。
| 「諸悪莫作ときこえざるは、仏正法にあらず、魔説なるべし」
つまり
仏法は必ずここから始まる
しかし同時に
倫理命令ではない
理由
本文の核心
| 諸悪の性これ無生なり
| 善性無記性等もまた無生なり
ここで一気に
空・無生の次元に入る。
つまり
善
悪
は
・本体を持たない
・固定存在ではない
二 善悪は存在ではなく「時」
本文の核心句
| 善悪は時なり
| 時は善悪にあらず
これは極めて深い。
普通の理解
善悪 → 行為の性質
仏道の理解
善悪 → 現成する働き
つまり
存在ではない
道元思想では
存在=時間
(有時)
つまり
善悪
=
時の現れ
三 諸悪莫作の本当の意味
普通理解
悪を作るな
しかし本文は言う
| 諸悪あるにあらず、莫作なるのみなり
ここが仏道の核心。
悪を
・抑える
・禁止する
ではない。
悪とは
莫作として現れている
つまり
悪とは
作られない働き
四 修行とは何か
ここで驚く言葉が出る
| 山河大地、日月星辰までも修行せしむる
| 山河大地、日月星辰、かへりてわれらを修行せしむる
これは禅の宇宙観。
修行主体
人間
ではない。
修行とは
宇宙の運動
山
河
月
星
すべて
修行。
そして
それが
人を修行させている。
五 莫作とは空ではない
本文はさらに否定する
| 諸悪は空にあらず、莫作なり
| 諸悪は色にあらず、莫作なり
つまり
空でもない
有でもない
ただ
莫作
仏教哲学ではこれを
中道現成
という。
六 衆善奉行の意味
普通理解
善行を積む
しかし本文
| 作善の正当恁麼時、きたらざる衆善なし
意味
善を作ると
善が増える
のではない。
善が行われる時
宇宙全体が善として現れる
つまり
一善
=
万善
七 因果の理解も逆転
普通
因 → 果
しかし本文
| 因円満し、果円満す
| 前後にあらず
仏道では
因果
同時現成
八 自浄其意とは何か
ここが最深部
| 自浄其意とは
| 莫作の自なり
| 奉行の意なり
つまり
心をきれいにする
ではない。
自浄
=
莫作そのもの
つまり
心が消えること
九 白居易公案の意味
話
白居易
「三歳の子供でも言える」
禅師
「八十の老人でもできない」
意味
理解
≠
実行
仏法は
理解ではなく
現成
十 この文章の最終結論
すべてまとめると
諸悪莫作
衆善奉行
自浄其意
とは
倫理
修養
心理
ではない。
それは
仏の存在様式
つまり
仏とは
莫作として現れ
奉行として働き
自浄として生きる
その
宇宙の運動
十一 禅的最終理解
この句は
仏教の中で
最短の完全経典
とも言われる。
理由
この四句に
・戒
・定
・慧
・仏果
すべて含む。
もし望むなら、さらに
・道元の「諸悪莫作」思想
・禅における莫作公案
・空思想との関係
・仏性との関係
まで
仏道レベルで極限まで深掘りできる。
ここから先は
かなり深い禅哲学領域に入る。
提示の文は、 にある
「諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教」 の深義を、仏道(とくに禅・道元系)の立場から徹底的に展開したもの。
表面は倫理句だが、本文では存在論・修行論・仏果論まで貫く根本公案として解体されている。
以下、仏道的に段階的に深掘る。
一 この句は「倫理」ではない
一般理解
・悪をするな
・善を行え
・心を清めよ
しかし本文は最初にこれを壊す。
| 「諸悪莫作ときこえざるは、仏正法にあらず、魔説なるべし」
つまり
仏法は必ずここから始まる
しかし同時に
倫理命令ではない
理由
本文の核心
| 諸悪の性これ無生なり
| 善性無記性等もまた無生なり
ここで一気に
空・無生の次元に入る。
つまり
善
悪
は
・本体を持たない
・固定存在ではない
二 善悪は存在ではなく「時」
本文の核心句
| 善悪は時なり
| 時は善悪にあらず
これは極めて深い。
普通の理解
善悪 → 行為の性質
仏道の理解
善悪 → 現成する働き
つまり
存在ではない
道元思想では
存在=時間
(有時)
つまり
善悪
=
時の現れ
三 諸悪莫作の本当の意味
普通理解
悪を作るな
しかし本文は言う
| 諸悪あるにあらず、莫作なるのみなり
ここが仏道の核心。
悪を
・抑える
・禁止する
ではない。
悪とは
莫作として現れている
つまり
悪とは
作られない働き
四 修行とは何か
ここで驚く言葉が出る
| 山河大地、日月星辰までも修行せしむる
| 山河大地、日月星辰、かへりてわれらを修行せしむる
これは禅の宇宙観。
修行主体
人間
ではない。
修行とは
宇宙の運動
山
河
月
星
すべて
修行。
そして
それが
人を修行させている。
五 莫作とは空ではない
本文はさらに否定する
| 諸悪は空にあらず、莫作なり
| 諸悪は色にあらず、莫作なり
つまり
空でもない
有でもない
ただ
莫作
仏教哲学ではこれを
中道現成
という。
六 衆善奉行の意味
普通理解
善行を積む
しかし本文
| 作善の正当恁麼時、きたらざる衆善なし
意味
善を作ると
善が増える
のではない。
善が行われる時
宇宙全体が善として現れる
つまり
一善
=
万善
七 因果の理解も逆転
普通
因 → 果
しかし本文
| 因円満し、果円満す
| 前後にあらず
仏道では
因果
同時現成
八 自浄其意とは何か
ここが最深部
| 自浄其意とは
| 莫作の自なり
| 奉行の意なり
つまり
心をきれいにする
ではない。
自浄
=
莫作そのもの
つまり
心が消えること
九 白居易公案の意味
話
白居易
「三歳の子供でも言える」
禅師
「八十の老人でもできない」
意味
理解
≠
実行
仏法は
理解ではなく
現成
十 この文章の最終結論
すべてまとめると
諸悪莫作
衆善奉行
自浄其意
とは
倫理
修養
心理
ではない。
それは
仏の存在様式
つまり
仏とは
莫作として現れ
奉行として働き
自浄として生きる
その
宇宙の運動
十一 禅的最終理解
この句は
仏教の中で
最短の完全経典
とも言われる。
理由
この四句に
・戒
・定
・慧
・仏果
すべて含む。
もし望むなら、さらに
・道元の「諸悪莫作」思想
・禅における莫作公案
・空思想との関係
・仏性との関係
まで
仏道レベルで極限まで深掘りできる。
ここから先は
かなり深い禅哲学領域に入る。