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七十五巻本
41.三界唯心
41.三界唯心
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「空華=幻ではない」という逆転の論理を詳しく分析
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41.三界唯心のスレッド一覧
「心これ皮肉骨髄なり、心これ拈花破顔(ねんげはがん)なり」。心は身体(皮肉骨髄)であり、同時にニッコリと微笑む行為そのものであるという一致。あなたの「身体の動き」そのものが「心」であると実感するとき、修行のあり方はどう変わりますか?
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「尽大地一箇の会仏法人を覓むるに不可得なり(大地を尽くして、一人も仏法を解する者はいない)」。これは絶望ではなく、悟りという「特別な状態」を追い求めているうちは、決して真実に触れられないという鋭い指摘ではないでしょうか?
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玄沙の「我れはこれを竹木と呼ぶ」という言葉。あえて高尚な仏教用語(唯心)を使わず、日常の言葉(竹木)に立ち戻ることこそが、本当の悟りの現れであるという逆説をどう読み解きますか?
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玄沙(げんしゃ)和尚と真応(しんおう)和尚の「椅子」をめぐる問答。「椅子を椅子と呼ぶこと」と「椅子を三界唯心と呼ぶこと」の間に、本質的な違いはあるのでしょうか?それとも呼び名を超えた「何か」があるのでしょうか?
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道元は「牆壁(かべ)瓦礫(かわらけ)」や「青黄赤白」までもが「心」であると言います。無機物や色彩そのものが「心」であるという視点は、私たちの「心」の定義をどう拡張させるでしょうか?
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「三界外無衆生(三界の外に衆生なし)」。仏が救うべき相手は、すべてこの現実世界(三界)の中にいます。理想郷や死後の世界に救いを求めるのではなく、この「今、ここ」の苦しみと向き合うことの重要性をどう考えますか?
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「父子同時に生現する父子あり、父子同時に現滅する父子あり」という親子論。道元は父と子の関係を「一方が先、一方が後」という時間の流れではなく、同時に成立するダイナミックな関係として描きます。他者との関係性を「同時存在」として捉え直すと、人間関
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釈尊の「今此三界、皆是我有(この三界はすべて私の所有である)」という宣言。これはエゴの所有欲ではなく、自分と世界の境界が消えた「一如」の境地を指します。あなたが世界を「わがもの」と感じるほど親密になれた瞬間はありますか?
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「不如三界、見於三界(三界のごとからざるに、三界を三界において見る)」という言葉について。私たちは自分の色眼鏡(主観)で世界を見がちですが、「世界が世界そのものを見ている」ような、私という視点を超えた観察は可能でしょうか?
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「三界はすなはち心といふにあらず」という一文。世界は心そのものだと言いつつ、安易に「心=世界」と同一視することを拒んでいます。これは「心という概念」で世界を閉じ込めてしまわないための、道元特有の警告ではないでしょうか?
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