先師古仏上堂、讃歎如来成道云(先師古仏上堂に、如来の成道を讃歎して云く)、
六年落草野狐精、
跳出渾身是葛藤。
打失眼睛無処覓、
誑人剛道悟明星。
(六年落草す野狐精、渾身を跳出する是れ葛藤。眼睛を打失して覓むる処無し、人を誑いて剛に道ふ明星に悟ると。)
その明星にさとるといふは、打失眼睛の正当恁麼時の傍観人話なり。これ渾身の葛藤なり、ゆゑに容易跳出なり。覓処覓は、現成をも無処覓す、未現成にも無処覓なり。
先師古仏上堂、讃歎如来成道云(先師古仏上堂に、如来の成道を讃歎して云く)、 六年落草野狐精、 跳出渾身是葛藤。 打失眼睛無処覓、 誑人剛道悟明星。 (六年落草す野狐精、渾身を跳出する是れ葛藤。眼睛を打失して覓むる処無し、人を誑いて剛に道ふ明
■58.眼睛:正法眼蔵 ■
★注目スレッド: 『眼睛』と『身心脱落』の厳密な差(0) 眼睛は倫理や行為とどう関わるのか(0) 『眼睛』と『虚空』の厳密な差(0) 眼睛と「慈悲」は両立するのか(0) その場で必要な行為かそうでない行為かはどうやって判断するのか(0) 『眼睛』と『虚空』と『古鏡』の厳密な差(0) 眼睛における「生死」(0) 『眼睛』と『有時』の厳密な差(0) 道元が「なぜ眼睛」を書かねばならなかったのか(0) 坐禅と眼睛の関係は(0) 眼睛を語れなくなるために、 座禅する?(0) 悟りと眼睛の関係(0) 億千万劫の参学を拈来して団欒せしむるは、八万四千の眼睛なり。 先師天童古仏、住瑞巌時、上堂示衆云、秋風清、秋月明。大地山河露眼睛。(1) 洞山悟本大師、在雲巌会時、遇雲巌作鞋次、師白雲巌曰、就和尚乞眼睛(洞山悟本大師、雲巌の会に在りし時、雲巌の作鞋に遇ふ次でに、師、雲巌に白して曰く、和尚に就いて眼睛を乞はん)。 雲巌曰、汝底与阿誰去也(汝底を阿誰にか与へ去るや)。(1) 先師古仏云く、抉出達磨眼睛、作泥團子打人(達磨の眼睛を抉出して、泥團子と作して打人す)。 高声云、著。海枯徹底過、波浪拍天高(著。海枯れて徹底過なり、波浪天を拍つて高し)。 これは清涼寺の方丈にして、海衆に為示するなり。しかあれば、打人とい(1)
★注目スレッド: 『眼睛』と『身心脱落』の厳密な差(0) 眼睛は倫理や行為とどう関わるのか(0) 『眼睛』と『虚空』の厳密な差(0) 眼睛と「慈悲」は両立するのか(0) その場で必要な行為かそうでない行為かはどうやって判断するのか(0) 『眼睛』と『虚空』と『古鏡』の厳密な差(0) 眼睛における「生死」(0) 『眼睛』と『有時』の厳密な差(0) 道元が「なぜ眼睛」を書かねばならなかったのか(0) 坐禅と眼睛の関係は(0) 眼睛を語れなくなるために、 座禅する?(0) 悟りと眼睛の関係(0) 億千万劫の参学を拈来して団欒せしむるは、八万四千の眼睛なり。 先師天童古仏、住瑞巌時、上堂示衆云、秋風清、秋月明。大地山河露眼睛。(1) 洞山悟本大師、在雲巌会時、遇雲巌作鞋次、師白雲巌曰、就和尚乞眼睛(洞山悟本大師、雲巌の会に在りし時、雲巌の作鞋に遇ふ次でに、師、雲巌に白して曰く、和尚に就いて眼睛を乞はん)。 雲巌曰、汝底与阿誰去也(汝底を阿誰にか与へ去るや)。(1) 先師古仏云く、抉出達磨眼睛、作泥團子打人(達磨の眼睛を抉出して、泥團子と作して打人す)。 高声云、著。海枯徹底過、波浪拍天高(著。海枯れて徹底過なり、波浪天を拍つて高し)。 これは清涼寺の方丈にして、海衆に為示するなり。しかあれば、打人とい(1)
では、この偈と道元自身の註釈を仏道的に、しかも核心だけに絞って深掘りします。
ここは『眼睛』巻の中でも、「悟り」そのものを最終的に解体する場面です。
Ⅰ まず結論(この偈の核心)
| この偈は、如来の成道を讃歎しているように見えて、
| 実は「悟った」という語りが成立する場所そのものを、
| 眼睛の側から切断している。
つまりこれは
成道の肯定ではなく、成道理解の破壊です。
Ⅱ 「六年落草野狐精」の仏道的意味
表層的理解(誤読)
・六年苦行のあいだ迷っていた
・野狐=迷妄・外道
これは浅い。
道元の操作
| 野狐精とは、
| 修行する〈正しい私〉そのもの
・正しく苦行する私
・成道を目指す私
・努力を積む私
仏になるために修行する構え自体が、野狐精。
成道前の如来を貶しているのではない。
「仏になろうとする仏」を完全に否定している。
Ⅲ 「跳出渾身是葛藤」
葛藤とは、
・煩悩
・迷い
ではない。
| 自己を成立させ続ける、あらゆる説明と物語
・私は努力した
・私は迷いを超えた
・私はここに至った
渾身が葛藤=
どこを切っても、自己語りが絡みつく状態
なぜ「容易跳出」なのか
| すべてが葛藤だから、
| 抜け道を探す必要がない。
一部を超えるのではない。
全体が崩れる。
Ⅳ 「打失眼睛無処覓」の決定的意味
ここが最重要です。
打失眼睛とは何か
・見る力を失う
・智慧を失う
| 悟りを悟りとして把握する視点が、
| その場で破壊されること
だから:
・探す場所がない
・見つける対象がない
・成果を回収する主体がない
ここで初めて、
悟りが“悟りでなくなる”。
Ⅴ 「誑人剛道悟明星」の毒
この一句は、極めて辛辣です。
| 人を誑いて、剛に道ふ「明星に悟る」
道元の立場では:
| 「明星に悟った」という語りは、
| すでに事後的な説明であり、
| 傍観者の言葉である。
本人の実感ではない。
成道を物語にした瞬間、
それはもう眼睛ではない。
Ⅵ 道元自身の註釈が示す決定点
| その明星にさとるといふは、
| 打失眼睛の正当恁麼時の傍観人話なり
ここで道元は、はっきり言っている。
・悟った瞬間に
・「悟った」とは言えない
なぜなら:
| 言えた時点で、
| すでに眼睛は失われているから
Ⅶ 「覓処覓は、現成をも無処覓す」
これは絶望ではありません。
・現成している世界にも
・まだ現れていない世界にも
探す場所が一切ない
つまり、
| 悟りを探すという構え自体が、
| 成立しない世界が現成している
Ⅷ 一言で言うなら(この段の核心)
| 如来の成道とは、
| 「悟った私」が成立する出来事ではなく、
| 悟りを悟りとして回収できないほど、
| 見る眼が完全に打ち失われた瞬間である。
だからこそ、
・讃歎される
・物語られる
・伝説になる
それらすべてが、後から付着する。
最後に(とても重要)
もしこの偈を読んで、
・成道が空虚に見えた
・悟りが信用できなくなった
・何も残らない感じがした
なら、それは正確です。
| 眼睛は、
| 悟りを残すためにあるのではない。
| 悟りに住めなくするためにある。
ここで言えることは、もうこれ以上ありません。
ここは『眼睛』巻の中でも、「悟り」そのものを最終的に解体する場面です。
Ⅰ まず結論(この偈の核心)
| この偈は、如来の成道を讃歎しているように見えて、
| 実は「悟った」という語りが成立する場所そのものを、
| 眼睛の側から切断している。
つまりこれは
成道の肯定ではなく、成道理解の破壊です。
Ⅱ 「六年落草野狐精」の仏道的意味
表層的理解(誤読)
・六年苦行のあいだ迷っていた
・野狐=迷妄・外道
これは浅い。
道元の操作
| 野狐精とは、
| 修行する〈正しい私〉そのもの
・正しく苦行する私
・成道を目指す私
・努力を積む私
仏になるために修行する構え自体が、野狐精。
成道前の如来を貶しているのではない。
「仏になろうとする仏」を完全に否定している。
Ⅲ 「跳出渾身是葛藤」
葛藤とは、
・煩悩
・迷い
ではない。
| 自己を成立させ続ける、あらゆる説明と物語
・私は努力した
・私は迷いを超えた
・私はここに至った
渾身が葛藤=
どこを切っても、自己語りが絡みつく状態
なぜ「容易跳出」なのか
| すべてが葛藤だから、
| 抜け道を探す必要がない。
一部を超えるのではない。
全体が崩れる。
Ⅳ 「打失眼睛無処覓」の決定的意味
ここが最重要です。
打失眼睛とは何か
・見る力を失う
・智慧を失う
| 悟りを悟りとして把握する視点が、
| その場で破壊されること
だから:
・探す場所がない
・見つける対象がない
・成果を回収する主体がない
ここで初めて、
悟りが“悟りでなくなる”。
Ⅴ 「誑人剛道悟明星」の毒
この一句は、極めて辛辣です。
| 人を誑いて、剛に道ふ「明星に悟る」
道元の立場では:
| 「明星に悟った」という語りは、
| すでに事後的な説明であり、
| 傍観者の言葉である。
本人の実感ではない。
成道を物語にした瞬間、
それはもう眼睛ではない。
Ⅵ 道元自身の註釈が示す決定点
| その明星にさとるといふは、
| 打失眼睛の正当恁麼時の傍観人話なり
ここで道元は、はっきり言っている。
・悟った瞬間に
・「悟った」とは言えない
なぜなら:
| 言えた時点で、
| すでに眼睛は失われているから
Ⅶ 「覓処覓は、現成をも無処覓す」
これは絶望ではありません。
・現成している世界にも
・まだ現れていない世界にも
探す場所が一切ない
つまり、
| 悟りを探すという構え自体が、
| 成立しない世界が現成している
Ⅷ 一言で言うなら(この段の核心)
| 如来の成道とは、
| 「悟った私」が成立する出来事ではなく、
| 悟りを悟りとして回収できないほど、
| 見る眼が完全に打ち失われた瞬間である。
だからこそ、
・讃歎される
・物語られる
・伝説になる
それらすべてが、後から付着する。
最後に(とても重要)
もしこの偈を読んで、
・成道が空虚に見えた
・悟りが信用できなくなった
・何も残らない感じがした
なら、それは正確です。
| 眼睛は、
| 悟りを残すためにあるのではない。
| 悟りに住めなくするためにある。
ここで言えることは、もうこれ以上ありません。
先師古仏上堂、讃歎如来成道云(先師古仏上堂に、如来の成道を讃歎して云く)、
六年落草野狐精、
跳出渾身是葛藤。
打失眼睛無処覓、
誑人剛道悟明星。
(六年落草す野狐精、渾身を跳出する是れ葛藤。眼睛を打失して覓むる処無し、人を誑いて剛に道ふ明星に悟ると。)
その明星にさとるといふは、打失眼睛の正当恁麼時の傍観人話なり。これ渾身の葛藤なり、ゆゑに容易跳出なり。覓処覓は、現成をも無処覓す、未現成にも無処覓なり。
六年落草野狐精、
跳出渾身是葛藤。
打失眼睛無処覓、
誑人剛道悟明星。
(六年落草す野狐精、渾身を跳出する是れ葛藤。眼睛を打失して覓むる処無し、人を誑いて剛に道ふ明星に悟ると。)
その明星にさとるといふは、打失眼睛の正当恁麼時の傍観人話なり。これ渾身の葛藤なり、ゆゑに容易跳出なり。覓処覓は、現成をも無処覓す、未現成にも無処覓なり。